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《人魚の悲劇》
※[妬み嫉みの輪]の一応その後
※ノマカプ表現にあたる描写がほんのり有り
ココネ→夕神 チシオ→←レイ
「ねぇ、雨月ちゃん。本当にこれでいいの?」
『じゃあ成歩堂さんは私に、あれをぶち壊してこいっていうんですか』
視線の先にいるのは、オドロキ君、希月さん、そして…森澄さん。
それを給湯室から遠く眺めている。既視感があるのは気のせいではない。
少なからず、1年前まで私はこうやって彼を眺めながら想っていた。
そして、とあるきっかけから彼と想い通じることができ、恋人になれたのがその頃。
少ない人数の事務所だから、職場に私情は持ち込まなかった。
呼称もそのまま、態度もそのまま。帰りだけは成歩堂さんの「送ってってあげなよ、オドロキ君」の言葉を受けて一緒に帰っていた。
まあ、方向が同じだからなんだけど。
そのせいもあって、半年前に新しく入った希月さんは私達の関係を知らない。
「仲がいいですね♪」
『可愛い後輩だもの』
「頼れる先輩だからね」
そんな会話で終わり。
嘘ではないから、彼女の耳にもノイズは聞こえないんじゃないかと思う。
それが仇となったのがまさに今。
その、"今"に至ってしまった原因は一週間程遡る。
宇宙センターで起きた、ロケットの爆破と殺人。
殺人事件の被害者は、オドロキ君の親友だった。
彼は弁護席に立ち、私は傍聴席に。
その裁判中、法廷が爆破される事件が起き、証言台にいた森澄さんを庇ったオドロキ君は至るところを怪我した。
それだけで十分心配したというのに、この後犯人に後頭部を殴られるなんて。
生きててくれて本当によかった。そう思わずにはいられなかった。
そして、事件が全て片付き、事務所から帰る時だった。
「じゃあ、オドロキ君。雨月ちゃん送っていって」
「はい」
なんとなく、その声に違和感を感じた。
いつもなら"はいっ!"みたいな、元気いっぱいの声なのに。
大きな事件のあとだし、怪我にも響くのだろうか。
『お疲れ様、オドロキ君。無事でよかった』
「先輩は大袈裟ですよ。泣きつかれた時は流石にびっくりしました」
『だって、本当に死んじゃうんじゃないかと思ったんだもの』
「本当に先輩は心配症ですね」
違和感は更に積み重なった。彼は、私と二人になると私を"先輩"とは呼ばない。
"羽影さん"と、控え目に呼んでいた。名前で呼ぶのは部屋にいるときだけ。それでも十分嬉しかったのに。
他にもあった。
駅にいくのに、いつもは遠回りな裏道を通る。
遠回り且つ狭いということもあって人通りが少なかったから、そこを通る時だけは手を繋いでいた。
でもその日は、
『…今日はこっち通らないの?』
「え、だってそっちは遠回りじゃないですか」
そういって、角を素通りした。
どちらともなく繋がれるはずの手も、彼の手は鞄の紐を握ったままで。
「じゃあ、俺は向こうのホームなんで。お疲れ様でした」
『うん、お疲れ』
いつもは私が帰るまで見送ってくれるのに、先に行ってしまったりして。
(どうしたんだろう)
そうして積み重なった疑問の原因が判明したのはその翌日、
「事務所でクリスマスパーティーしませんか?」
と、希月さんが提案したのがきっかけ。
「それ、楽しそう!パパ、みぬきもやりたい!」
「いいんじゃない?」
「事件に関わってくれた人も呼びましょうよ!しのぶと、チシオちゃん、レイ君」
「あと、ユガミ検事ですね♪」
モニ太が喜びを目一杯表してるところと、髪を撫でる動きのあたり、希月さんは夕神さんが来るの嬉しいらしい。
問題はその後。
「森澄さんも来るんですね」
「そうですよ先輩!事件のお祝いがしたいって、しのぶ張り切ってましたから!」
楽しみだなぁ、なんて。
オドロキ君の顔が緩んだ。
確かに私は嫉妬深いから、そのせいもあるんだろうけど、なんだかいたたまれなかった。
だって、事件が起きる前は
「クリスマス…二人でどっか行きませんか?」
『う、うん!』
なんてことがあって。
予定していた日が、事務所のパーティーとブッキングしてるのに。
彼は何の反応もせず、嬉しそうに計画に参加している。
「……一つ確認しておくけど、皆、クリスマスの予定はないの?他の友達とか、ライブとか」
「元々しのぶ達との予定でしたから、問題ないですよ」
「ガリューウェーブも解散しちゃったし、ライブはないよ?パパ」
「俺も別に」
『………』
「なら、いいんだ。楽しみだね」
成歩堂さんは"雨月ちゃん、お茶淹れるの手伝って"と、給湯室に私を呼んだ。
「…約束、あったんでしょ?」
『はい…』
「さっきのオドロキ君の返事、サイコロックはかかってなかったよ」
『え…それじゃあ…』
「約束を覚えてないんだろうね」
約束を覚えていない?
たかだか一週間前の話なのに?
『まさか、事件のショックで?』
「有り得るね、頭を殴られたりもしてるし」
『そんな……あ、』
「どうしたの?」
『オドロキ君、きっと私が恋人だってことも忘れてるんだと思います』
そういって、昨日感じた違和感を伝えれば。
成歩堂さんはげんなりした表情を浮かべて、それから考えているような素振りをする。
「…でも、オドロキ君は君を好きになったわけだし。きっと、また好きになると思うよ」
『そう、でしょうか』
「うん。ほら、お茶持っていこ」
成歩堂さんの気遣いもあって、その時は平穏に過ごした。
大丈夫。
彼の言葉を反芻しながら…
(全然、大丈夫じゃない)
クリスマス当日、もう泣き出したいくらいだった。
集まったメンバーは、結構な人数で、途中までは輪だった筈のパーティーも、なぜか思い思いに二人組になって話していた。
みぬきちゃんはゆめみちゃんと。
厚井さんは静矢君と。
希月さんは夕神さんと。
オドロキ君は、森澄さんと。
もちろん、希月さんのはからいで。
悪いとは思ったけど、狭い事務所。嫌でも話の内容が聞こえた。
「オ、オドロキさん、これ…編んできたんです、マフラー」
「あ、ありがとう!大切にするよ。これなら寒くないし、初詣、いかない?」
「い、いいんですか!?」
………私も、クリスマスプレゼント準備してあったんだ。同じ手編みのマフラー。
あんなハートのついたのじゃなくて、黒と赤のチェックのやつ。
それに、初詣に行く約束もしてた。着物が見てみたいっていうから、レンタルもしてあった。
『成歩堂さん…私、ちょっと酔ったみたいで…帰ります』
「…送るよ。僕も外の空気吸いたいから」
外に出た瞬間、涙がポロポロと溢れてきた。
あのマフラーは捨てよう。
着物のレンタルもキャンセルしよう。
「…ごめんね、無責任なこと言って」
『……成歩堂さんのせいじゃないです』
「…」
『オドロキ君、幸せそうでした』
「…」
『だから、あれでいいんです』
溢れてくる涙に、成歩堂さんがハンカチを貸してくれた。
「…僕は口を挟めないけど、話を聞くくらいなら、いくらでもするし、何か行動したくなったら手を貸すよ」
『ありがとう、ございます』
駅のホームで、成歩堂さんは電車が出るまで見送ってくれた。
…オドロキ君がそうしてくれたように。
見えないところで進行する分には、まだ堪えれたのかもしれない。
「先輩、女の子ってどんなものが好きなんでしょう?」
『…は?』
「森澄さんと初詣に行くんですけど、クリスマスプレゼントのお返しがしたくて…」
『希月さんに聞いたら?お友達みたいだし』
「後輩に聞くのって、恥ずかしいじゃないですか」
その火の粉が自分にかかってくるのは堪らない。
いつもなら動揺を感じ取る彼が、それもなくデレデレして私に聞いてくる。
『…森澄さんのこと、そんなに好きなんだね』
照れたように、頭を掻きながら笑う彼。
ああ、もう、確定だ。
『…大丈夫だよ。好きな人がくれたものは、なんでも嬉しいから』
それ以上の声はかけられなかった。
でも彼の惚気話は私の心を何度もえぐった。
そして、"今"。
オドロキ君、希月さん、森澄さんが、どういうわけか事務所で初詣の計画を立てていた。
どうやら、夕神さんを誘ってのダブルデートにしたいらしい。
「初詣、成歩堂さんと羽影さんは行かないんですか」
「僕は人の多いところにいく体力、もうないから」
「成歩堂さん達も来ればトリプルデートになったのに、残念」
「トリプルって…」
しかも、希月さんの中では成歩堂さんと私は付き合ってるらしく、殆どうしようもない。
そして、やっぱり。
給湯室に逃げ込んだのだ。
「…このままでいいの?」
『…だって、あんな楽しそうに…壊せませんよ。森澄さんがいい子なのが解っている以上…余計に』
唇を噛み締めて、泣きそうになるのを堪えた。
きっと、成歩堂さんにはサイコロックが見えている。そんなの解ってるけど…
「それだけ、オドロキ君が好きなんだね」
『…』
「それでいて、他の人のことも考えてる」
『…だって、今のままなら私だけ悲しめばいい。もし、壊してしまったら…』
傷つくのは、森澄さん。オドロキ君。何も知らずにくっつけてしまった希月さん。
きっと、事務所がギスギスしてしまう。
「…」
『成歩堂さん、私…考えたんです』
ここを、辞めようと思います。
「寂しいですね、先輩が突然郷里に帰っちゃうなんて」
「また来てくれるといいなぁ」
「俺達が行くのもアリですよね。成歩堂さん、先輩の地元知ってるんでしょう?」
「さあ…海の近くとは聞いてるけど」
きっと、あの子は泡になってしまったんだろう。
王子に思い出してもらうこともできず。
新しい妃を責めることもできず。
誰にも迷惑をかけまいとした人魚。
あんな、悲しそうな笑顔を浮かべて。
『今まで、お世話になりました。………ごめんなさい、成歩堂さん。幸せになって下さい』
(気づかれていたなんて)
僕がずっと見ていたことも、ずっと想っていたことも。
(やっぱり僕が、掻っ攫っておけばよかった)
人魚の悲劇
(どうか、その声をもう一度)
*******
「どうぞ、散らかってるけど」
「お邪魔します」
先輩が事務所を辞めて半年、また暑い夏が来た。
希月さんが気をきかせて、俺しかいない時間に森澄さんを呼んでくれて。
今は二人しかいない。
「はい、麦茶だけど」
「ありがとうございます」
いつかもこうやって、外から帰ってきた彼女に麦茶を出したっけ。
そして、今みたいに恥ずかしそうに顔を伏せる彼女に告白したんだ。
「懐かしいな、なんだか、告白した時みたいだね」
「えっ?」
「?、なに?」
「私…その、オドロキさんに告白…されてないですよ……」
「えっ!?だって、一昨年の夏、俺は…」
「オドロキさん。私達が会ったのは…去年の秋です」
「…!」
「夏を迎えるの、初めてなんですよ」
そんな筈ない。
だって、俺は大好きだった人に告白した。
この暑い事務所で、麦茶を飲みながら。
…彼女は成歩堂さんと外から帰ってきて。
「俺は確かに先輩が好きだって…、…………………!」
先輩?
俺の先輩は…
「羽影先輩…」
「やっぱり、そうでしたか」
「森澄さん、俺…」
「いいんです、薄々気づいてましたから。一回も行ったことのないお店で"久しぶりだね"とか言ってましたし」
「ごめん…」
「いいんです。だから早く、行ってあげて下さい」
ぐちゃぐちゃな頭を抱えて、事務所を飛び出し成歩堂さんの所へ向かった。
「成歩堂さん!先輩の、羽影先輩の居場所を教えて下さい!」
「…どうしたの、急に」
「俺、会わなきゃいけないんです!酷いことしたの、謝らなきゃいけなくて!」
「何、また彼女を泣かせにいくの?」
「…っ、違います!二度と先輩を泣かせないために!!」
「……次泣かしたら、事務所クビだから」
「は、はい!」
押し付けられたメモを持って、駅へと走った。
(ここ、だよな)
小さな港町、昼過ぎの暑い時間、人通りも少ない。
メモを頼りに只管通りを走れば、見覚えのある人影。
しゃがみ込んで小魚を猫にくれていたその人は紛れもなく…
「先輩…!」
『っ、な、なんで』
「ごめんなさい!俺のせいで、沢山苦しい思いさせて…俺馬鹿だから、今日思い出したんです、それで、それで!」
『…森澄さんは?彼女、なんでしょ?』
「……確かに、今まで先輩と森澄さんを間違えてましたけど、何もしてません。本当です!」
『そんな、ずるいよ、今更、なんで』
「好きだからです!先輩が、羽影さんが大好きだから」
『…っ』
出会い頭からまくし立てて、足元にいた猫はすっかりいなくなってしまった。
「俺、羽影さんを泣かせたり、困らせたり、悲しませたりばっかだけど、二度とそんな思いさせませんから!」
『…』
「もう一度、俺と付き合って下さい!」
頭を下げて、右手を差し出した。
振り払われて当然の手、撥ね除けられて当然の言葉だ。
『…覚えてる?オドロキ君…私達は一昨年の今日、恋人になったんだよ』
「!」
『よろしくね、』
手を握られた感触に、思わず顔を上げれば。
久しぶりにみた羽影さんの笑顔があった。
「っ、ありがとうございます!俺、一生羽影さんを幸せにしますから!」
『えっ!』
「結婚してください!」
『えええっ!』
「い、嫌ですか?」
『嫌じゃないけど、急かな…』
「だって、今決めたんです!先輩を一生幸せにするためには、結婚するしかないって」
『…』
「絶対、もう泣かせません。幸せにします。だから、俺と結婚してください、雨月さん」
しばらく見つめ合って、彼女は深呼吸のあと
『よろしくお願いします』
と、握っていた手に力を込めた。
「っ、はい!」
『わっ、ちょ!!』
嬉しくて嬉しくて。
今までの謝罪を詫びる為に。
開いた時間を埋める為に。
いかに本気か示す為に。
俺は精一杯雨月さんを抱きしめた。
人魚の悲劇
(を回避して)
余談
その日、
喜びでいっぱいになった俺が彼女に抱き着いたのを、俺の大声で集まった人達に囃し立てられたり。
その騒ぎもあって、その日の内にご両親に挨拶をしたり。
果ては市役所に婚姻届まで出しに行った。
(今日は記念日だね)
(結婚記念日ですね)
(付き合い始めた日でもあるしね)
(そして、羽影さんの成歩堂なんでも事務所へ再就職記念日です)
(…うん、解った)
End
※[妬み嫉みの輪]の一応その後
※ノマカプ表現にあたる描写がほんのり有り
ココネ→夕神 チシオ→←レイ
「ねぇ、雨月ちゃん。本当にこれでいいの?」
『じゃあ成歩堂さんは私に、あれをぶち壊してこいっていうんですか』
視線の先にいるのは、オドロキ君、希月さん、そして…森澄さん。
それを給湯室から遠く眺めている。既視感があるのは気のせいではない。
少なからず、1年前まで私はこうやって彼を眺めながら想っていた。
そして、とあるきっかけから彼と想い通じることができ、恋人になれたのがその頃。
少ない人数の事務所だから、職場に私情は持ち込まなかった。
呼称もそのまま、態度もそのまま。帰りだけは成歩堂さんの「送ってってあげなよ、オドロキ君」の言葉を受けて一緒に帰っていた。
まあ、方向が同じだからなんだけど。
そのせいもあって、半年前に新しく入った希月さんは私達の関係を知らない。
「仲がいいですね♪」
『可愛い後輩だもの』
「頼れる先輩だからね」
そんな会話で終わり。
嘘ではないから、彼女の耳にもノイズは聞こえないんじゃないかと思う。
それが仇となったのがまさに今。
その、"今"に至ってしまった原因は一週間程遡る。
宇宙センターで起きた、ロケットの爆破と殺人。
殺人事件の被害者は、オドロキ君の親友だった。
彼は弁護席に立ち、私は傍聴席に。
その裁判中、法廷が爆破される事件が起き、証言台にいた森澄さんを庇ったオドロキ君は至るところを怪我した。
それだけで十分心配したというのに、この後犯人に後頭部を殴られるなんて。
生きててくれて本当によかった。そう思わずにはいられなかった。
そして、事件が全て片付き、事務所から帰る時だった。
「じゃあ、オドロキ君。雨月ちゃん送っていって」
「はい」
なんとなく、その声に違和感を感じた。
いつもなら"はいっ!"みたいな、元気いっぱいの声なのに。
大きな事件のあとだし、怪我にも響くのだろうか。
『お疲れ様、オドロキ君。無事でよかった』
「先輩は大袈裟ですよ。泣きつかれた時は流石にびっくりしました」
『だって、本当に死んじゃうんじゃないかと思ったんだもの』
「本当に先輩は心配症ですね」
違和感は更に積み重なった。彼は、私と二人になると私を"先輩"とは呼ばない。
"羽影さん"と、控え目に呼んでいた。名前で呼ぶのは部屋にいるときだけ。それでも十分嬉しかったのに。
他にもあった。
駅にいくのに、いつもは遠回りな裏道を通る。
遠回り且つ狭いということもあって人通りが少なかったから、そこを通る時だけは手を繋いでいた。
でもその日は、
『…今日はこっち通らないの?』
「え、だってそっちは遠回りじゃないですか」
そういって、角を素通りした。
どちらともなく繋がれるはずの手も、彼の手は鞄の紐を握ったままで。
「じゃあ、俺は向こうのホームなんで。お疲れ様でした」
『うん、お疲れ』
いつもは私が帰るまで見送ってくれるのに、先に行ってしまったりして。
(どうしたんだろう)
そうして積み重なった疑問の原因が判明したのはその翌日、
「事務所でクリスマスパーティーしませんか?」
と、希月さんが提案したのがきっかけ。
「それ、楽しそう!パパ、みぬきもやりたい!」
「いいんじゃない?」
「事件に関わってくれた人も呼びましょうよ!しのぶと、チシオちゃん、レイ君」
「あと、ユガミ検事ですね♪」
モニ太が喜びを目一杯表してるところと、髪を撫でる動きのあたり、希月さんは夕神さんが来るの嬉しいらしい。
問題はその後。
「森澄さんも来るんですね」
「そうですよ先輩!事件のお祝いがしたいって、しのぶ張り切ってましたから!」
楽しみだなぁ、なんて。
オドロキ君の顔が緩んだ。
確かに私は嫉妬深いから、そのせいもあるんだろうけど、なんだかいたたまれなかった。
だって、事件が起きる前は
「クリスマス…二人でどっか行きませんか?」
『う、うん!』
なんてことがあって。
予定していた日が、事務所のパーティーとブッキングしてるのに。
彼は何の反応もせず、嬉しそうに計画に参加している。
「……一つ確認しておくけど、皆、クリスマスの予定はないの?他の友達とか、ライブとか」
「元々しのぶ達との予定でしたから、問題ないですよ」
「ガリューウェーブも解散しちゃったし、ライブはないよ?パパ」
「俺も別に」
『………』
「なら、いいんだ。楽しみだね」
成歩堂さんは"雨月ちゃん、お茶淹れるの手伝って"と、給湯室に私を呼んだ。
「…約束、あったんでしょ?」
『はい…』
「さっきのオドロキ君の返事、サイコロックはかかってなかったよ」
『え…それじゃあ…』
「約束を覚えてないんだろうね」
約束を覚えていない?
たかだか一週間前の話なのに?
『まさか、事件のショックで?』
「有り得るね、頭を殴られたりもしてるし」
『そんな……あ、』
「どうしたの?」
『オドロキ君、きっと私が恋人だってことも忘れてるんだと思います』
そういって、昨日感じた違和感を伝えれば。
成歩堂さんはげんなりした表情を浮かべて、それから考えているような素振りをする。
「…でも、オドロキ君は君を好きになったわけだし。きっと、また好きになると思うよ」
『そう、でしょうか』
「うん。ほら、お茶持っていこ」
成歩堂さんの気遣いもあって、その時は平穏に過ごした。
大丈夫。
彼の言葉を反芻しながら…
(全然、大丈夫じゃない)
クリスマス当日、もう泣き出したいくらいだった。
集まったメンバーは、結構な人数で、途中までは輪だった筈のパーティーも、なぜか思い思いに二人組になって話していた。
みぬきちゃんはゆめみちゃんと。
厚井さんは静矢君と。
希月さんは夕神さんと。
オドロキ君は、森澄さんと。
もちろん、希月さんのはからいで。
悪いとは思ったけど、狭い事務所。嫌でも話の内容が聞こえた。
「オ、オドロキさん、これ…編んできたんです、マフラー」
「あ、ありがとう!大切にするよ。これなら寒くないし、初詣、いかない?」
「い、いいんですか!?」
………私も、クリスマスプレゼント準備してあったんだ。同じ手編みのマフラー。
あんなハートのついたのじゃなくて、黒と赤のチェックのやつ。
それに、初詣に行く約束もしてた。着物が見てみたいっていうから、レンタルもしてあった。
『成歩堂さん…私、ちょっと酔ったみたいで…帰ります』
「…送るよ。僕も外の空気吸いたいから」
外に出た瞬間、涙がポロポロと溢れてきた。
あのマフラーは捨てよう。
着物のレンタルもキャンセルしよう。
「…ごめんね、無責任なこと言って」
『……成歩堂さんのせいじゃないです』
「…」
『オドロキ君、幸せそうでした』
「…」
『だから、あれでいいんです』
溢れてくる涙に、成歩堂さんがハンカチを貸してくれた。
「…僕は口を挟めないけど、話を聞くくらいなら、いくらでもするし、何か行動したくなったら手を貸すよ」
『ありがとう、ございます』
駅のホームで、成歩堂さんは電車が出るまで見送ってくれた。
…オドロキ君がそうしてくれたように。
見えないところで進行する分には、まだ堪えれたのかもしれない。
「先輩、女の子ってどんなものが好きなんでしょう?」
『…は?』
「森澄さんと初詣に行くんですけど、クリスマスプレゼントのお返しがしたくて…」
『希月さんに聞いたら?お友達みたいだし』
「後輩に聞くのって、恥ずかしいじゃないですか」
その火の粉が自分にかかってくるのは堪らない。
いつもなら動揺を感じ取る彼が、それもなくデレデレして私に聞いてくる。
『…森澄さんのこと、そんなに好きなんだね』
照れたように、頭を掻きながら笑う彼。
ああ、もう、確定だ。
『…大丈夫だよ。好きな人がくれたものは、なんでも嬉しいから』
それ以上の声はかけられなかった。
でも彼の惚気話は私の心を何度もえぐった。
そして、"今"。
オドロキ君、希月さん、森澄さんが、どういうわけか事務所で初詣の計画を立てていた。
どうやら、夕神さんを誘ってのダブルデートにしたいらしい。
「初詣、成歩堂さんと羽影さんは行かないんですか」
「僕は人の多いところにいく体力、もうないから」
「成歩堂さん達も来ればトリプルデートになったのに、残念」
「トリプルって…」
しかも、希月さんの中では成歩堂さんと私は付き合ってるらしく、殆どうしようもない。
そして、やっぱり。
給湯室に逃げ込んだのだ。
「…このままでいいの?」
『…だって、あんな楽しそうに…壊せませんよ。森澄さんがいい子なのが解っている以上…余計に』
唇を噛み締めて、泣きそうになるのを堪えた。
きっと、成歩堂さんにはサイコロックが見えている。そんなの解ってるけど…
「それだけ、オドロキ君が好きなんだね」
『…』
「それでいて、他の人のことも考えてる」
『…だって、今のままなら私だけ悲しめばいい。もし、壊してしまったら…』
傷つくのは、森澄さん。オドロキ君。何も知らずにくっつけてしまった希月さん。
きっと、事務所がギスギスしてしまう。
「…」
『成歩堂さん、私…考えたんです』
ここを、辞めようと思います。
「寂しいですね、先輩が突然郷里に帰っちゃうなんて」
「また来てくれるといいなぁ」
「俺達が行くのもアリですよね。成歩堂さん、先輩の地元知ってるんでしょう?」
「さあ…海の近くとは聞いてるけど」
きっと、あの子は泡になってしまったんだろう。
王子に思い出してもらうこともできず。
新しい妃を責めることもできず。
誰にも迷惑をかけまいとした人魚。
あんな、悲しそうな笑顔を浮かべて。
『今まで、お世話になりました。………ごめんなさい、成歩堂さん。幸せになって下さい』
(気づかれていたなんて)
僕がずっと見ていたことも、ずっと想っていたことも。
(やっぱり僕が、掻っ攫っておけばよかった)
人魚の悲劇
(どうか、その声をもう一度)
*******
「どうぞ、散らかってるけど」
「お邪魔します」
先輩が事務所を辞めて半年、また暑い夏が来た。
希月さんが気をきかせて、俺しかいない時間に森澄さんを呼んでくれて。
今は二人しかいない。
「はい、麦茶だけど」
「ありがとうございます」
いつかもこうやって、外から帰ってきた彼女に麦茶を出したっけ。
そして、今みたいに恥ずかしそうに顔を伏せる彼女に告白したんだ。
「懐かしいな、なんだか、告白した時みたいだね」
「えっ?」
「?、なに?」
「私…その、オドロキさんに告白…されてないですよ……」
「えっ!?だって、一昨年の夏、俺は…」
「オドロキさん。私達が会ったのは…去年の秋です」
「…!」
「夏を迎えるの、初めてなんですよ」
そんな筈ない。
だって、俺は大好きだった人に告白した。
この暑い事務所で、麦茶を飲みながら。
…彼女は成歩堂さんと外から帰ってきて。
「俺は確かに先輩が好きだって…、…………………!」
先輩?
俺の先輩は…
「羽影先輩…」
「やっぱり、そうでしたか」
「森澄さん、俺…」
「いいんです、薄々気づいてましたから。一回も行ったことのないお店で"久しぶりだね"とか言ってましたし」
「ごめん…」
「いいんです。だから早く、行ってあげて下さい」
ぐちゃぐちゃな頭を抱えて、事務所を飛び出し成歩堂さんの所へ向かった。
「成歩堂さん!先輩の、羽影先輩の居場所を教えて下さい!」
「…どうしたの、急に」
「俺、会わなきゃいけないんです!酷いことしたの、謝らなきゃいけなくて!」
「何、また彼女を泣かせにいくの?」
「…っ、違います!二度と先輩を泣かせないために!!」
「……次泣かしたら、事務所クビだから」
「は、はい!」
押し付けられたメモを持って、駅へと走った。
(ここ、だよな)
小さな港町、昼過ぎの暑い時間、人通りも少ない。
メモを頼りに只管通りを走れば、見覚えのある人影。
しゃがみ込んで小魚を猫にくれていたその人は紛れもなく…
「先輩…!」
『っ、な、なんで』
「ごめんなさい!俺のせいで、沢山苦しい思いさせて…俺馬鹿だから、今日思い出したんです、それで、それで!」
『…森澄さんは?彼女、なんでしょ?』
「……確かに、今まで先輩と森澄さんを間違えてましたけど、何もしてません。本当です!」
『そんな、ずるいよ、今更、なんで』
「好きだからです!先輩が、羽影さんが大好きだから」
『…っ』
出会い頭からまくし立てて、足元にいた猫はすっかりいなくなってしまった。
「俺、羽影さんを泣かせたり、困らせたり、悲しませたりばっかだけど、二度とそんな思いさせませんから!」
『…』
「もう一度、俺と付き合って下さい!」
頭を下げて、右手を差し出した。
振り払われて当然の手、撥ね除けられて当然の言葉だ。
『…覚えてる?オドロキ君…私達は一昨年の今日、恋人になったんだよ』
「!」
『よろしくね、』
手を握られた感触に、思わず顔を上げれば。
久しぶりにみた羽影さんの笑顔があった。
「っ、ありがとうございます!俺、一生羽影さんを幸せにしますから!」
『えっ!』
「結婚してください!」
『えええっ!』
「い、嫌ですか?」
『嫌じゃないけど、急かな…』
「だって、今決めたんです!先輩を一生幸せにするためには、結婚するしかないって」
『…』
「絶対、もう泣かせません。幸せにします。だから、俺と結婚してください、雨月さん」
しばらく見つめ合って、彼女は深呼吸のあと
『よろしくお願いします』
と、握っていた手に力を込めた。
「っ、はい!」
『わっ、ちょ!!』
嬉しくて嬉しくて。
今までの謝罪を詫びる為に。
開いた時間を埋める為に。
いかに本気か示す為に。
俺は精一杯雨月さんを抱きしめた。
人魚の悲劇
(を回避して)
余談
その日、
喜びでいっぱいになった俺が彼女に抱き着いたのを、俺の大声で集まった人達に囃し立てられたり。
その騒ぎもあって、その日の内にご両親に挨拶をしたり。
果ては市役所に婚姻届まで出しに行った。
(今日は記念日だね)
(結婚記念日ですね)
(付き合い始めた日でもあるしね)
(そして、羽影さんの成歩堂なんでも事務所へ再就職記念日です)
(…うん、解った)
End