リクエスト2
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《龍鳳凰の舞姫》ヒロイン視点
※ヒロインは舞師
いつまでも追いつづけている背中。
いつまでたっても追いつかない背中。
こんなにも手を伸ばしているというのに。
ふぅ、と。つい溜息が漏れた。
腕に絡ませた薄手の衣を手繰りながら空を見上げる。
雲一つない夜空に、綺麗な円を描く満月があった。
(月も遠い)
人は届かない物ほど焦がれるのだろうか。
いやでも。
人類は月に降り立った。
ならば私だって届く筈。
あの、天賦の才といわれる兄にだって………
「舞は終わりかィ?」
『!?』
物思いに耽っていれば、背後から聞こえた低い声。
人気のない夜の公園、思わず身構えて振り向けば、背の高い青年がこちらを見ていた。
「驚かせちまってすまねェ、俺は夕神迅。昨日ここでお前さんを見かけてな。今日もいたら声をかけようと思ってたんだ」
『……』
「…、悪ィな。怖がらせるつもりなんざなかった。ただ、もう一回お前さんの舞がみたかっただけだ」
『私の、舞を?』
「あァ…詳しいことは知らねェんだが、お前さんの舞は好きだ。つい見惚れちまう」
口調こそ独特だけど、はにかんだ顔は嘘をついてるように見えなかった。
それに、自分の舞を好きだと言ってくれる人がいるなんて。
『…ありがとうございます』
兄の影に隠れていた私。
こんな風にまっすぐ見てもらえたことはなかった。
「もし良かったらもう一回舞ってくれねェか?あと、名前も」
『私は雨月、私の舞でよければ…』
ゆっくりと笑顔で頷いて、彼はスペースをとる為に一歩下がった。
そして、私は衣を翻す。
囃子もない、語りもない、風の音と月の光だけが私を飾る。
私は風になって、
月の光にとけて、
それから……
地上に降り立つ。
「雨月、お前さん人間だよなァ?」
『…当たり前じゃないですか』
「昨日も思ったんだが、天女みたいだな」
『はあ!?』
「昨日は幻でもみたのかと思ったんだが、今日はあのまま天に帰んのかと思って、思わず引き止めちまった」
『私は地球人ですよ…』
「はは、それは悪かった。今日はありがとな。じゃァ、また」
爽やかなはにかみを浮かべて彼は去っていった。
『また…』
それからというもの、私が練習していると彼は決まって現れた。
舞っている間はただ静かに見つめ、舞い終われば穏やかな笑顔と控え目な拍手をくれる。
そんな彼に、私はいつの間にか惹かれていって。
会話こそ多くなかったけれど、彼と過ごす時間は私にとってかけがえのないものになっていた。
「今日は友達を連れてきた」
『友達?』
「あァ…、――ギン」
「ピィ-ッ」
『わぁっ!』
彼が突然連れてきた友達、それは一羽の鷹だった。
大きさからすると、子供なのだろうか。
「雨月の舞は風みたいだからな。きっと、風の中で生きるコイツと仲良くなれると思って」
『……』
「ほらギン、挨拶しろ」
「ピィ-ッ!」
『、こんにちは』
「ははっ、お前さんも律儀だな」
羽を広げたギンに小さく頭を下げて声をかければ、上から降って来る笑い声。
ギンも、目をぱちくりとさせてこちらを見ていた。
『ギンの羽、綺麗…』
「まだ所々生毛だがな。しばらくすりゃあもっと綺麗になる」
『迅さん…私が舞師になれたら、ギンの羽で簪をつけて舞いたいです』
「…あァ、きっと似合うだろうな。ギンもそう思うだろ?」
「ピィッ」
『約束ですよ?』
「あァ」
でも、そんな日々は突然終わってしまった。
『…そんな………』
新聞の一面を飾る、
「現役検事による殺人事件:被疑者夕神、罪を認める」
の見出し。
どの新聞もそればかり。
違う、きっと彼はやってない。
いや、絶対にやってないのに…!
裁判の傍聴に行こうとも、面会に行こうとも思った。
けど、
(なんて、声をかけたら……)
意気地無しな私、結局会いになんていけなかった。
ただひたすら、
(彼の濡れ衣が晴れますように)
そう祈るだけで。
祈り続けること7年、舞の練習も続けていた。
「雨月、お前を正式に舞師として御披露目する演舞が決まったよ」
『え!兄さん、本当?』
「ああ。俺の襲名も同じ頃になる予定だから、個人の舞の他に、兄妹で舞えるものも入れたいと思うんだが」
『二人で…』
ずっと追いかけていた、届かない背中に並べる日が来る………
「どうだ?できるか?」
『もちろん!やるよ、やってみせる!』
夢にまで見た日が。
そう思ったら俄然やる気と勇気が湧いてきた。
(ギンの羽の簪…)
貰わなければ。
伝えなければ。
あの人に、会わなければ!!
運命というのはある程度組み込まれているのだろう。演舞の日程が1ヶ月後に決まった時、つけっぱなしだったテレビから聞こえてきたニュース。
「人質はとったわ!助けたかったら要求は一つ、URー1事件の再審理よ!」
(URー1事件!!)
それは、迅さんが捕まった事件。
きっと、まだ見ぬ真実が眠っている事件…!
(行かなきゃ!)
驚く兄や、稽古の仲間も見ずに、一目散に地方裁判所へ走る。
明日、死刑だなんて。
なんとしてでも会わなければ…!
人混みを走りぬけて、駆け込み乗車や信号の滑り込みなんかをして裁判所へ着いたのは、もう審理の終盤だった。というか、終わっていた。
ここまで来たのに、急にすくんできた足。
7年も前のことだ、私を覚えていてくれるだろうか。
7年の間、会いにもこなかった私をどう思うだろうか?
そう考えると、角の先にある、彼のいるロビーに踏み出せない。
「…よかった!夕神さん、私、私…っ」
踏み止まっていれば、ロビーから聞こえてきた若い女の子の声。
『世話んなったなァ、心音』
「いいんです、夕神さん、私の為にこんな…」
話の相手が彼だと解り、こっそり顔を出して覗いてみた。
髪こそ伸びているけど、紛れもない彼。肩にギンがいるのがその証拠だ。
そして、彼の手を握りしめて泣いている女の子。きっと、さっきの声は彼女。
泣きじゃくる彼女の頭を、彼の手が優しく撫でた。
(ーーーっ!)
思わず息を詰めて、一歩後ずさる。
「…っ、クェー!」
気づいたギンが、大人になった声で鳴いた。
それに弾かれるように私はその場を走り去る。
(そりゃあ、そうだよね)
あんなかっこよくて、優しくて、素敵な人。
恋人がいたっておかしくない。
何年たってると思ってるの。
それに、彼は私の"舞"が好きって言っただけで。
"私"が好きとは言ってなかったじゃないか。
「おかえり、雨月。…!どうした?」
『何でもない、気にしないで兄さん…夜の稽古はちゃんと出るから…』
「…無理しなくてもいいぞ」
『ううん、平気だよ』
もう、私には舞しかないんだ。
彼が好きだといってくれた、舞。
憧れだった兄さんと同じ演舞ができる。
それだけでいい。
それだけあれば。
運命、というならこれも運命だったのだろう。
演舞まで後1週間。
本番の舞台での確認をしていて、縁の強い人達もそれを見に来ていた。
そして、その方々の部屋に挨拶に回っている時だった。
『相沢様、失礼します。雨月でござい………っ!』
相沢さんの部屋に入ると、床に倒れるその人の姿に、突き刺さった演舞用の剣。それから、夥しい血が目に入る。
叫びかけた時、相沢さんの手に見慣れたものが目に止まった。これは…
(兄さんの、舞具の飾り?)
私とお揃いの、衣の端を結ぶ珠飾りがその手に握られていた。
(兄さんが?まさか)
頭を過ぎる嫌な考え。
これから襲名する兄さんに限って、そんなこと。
(ああ…そうか)
一つ、動機が心当たる。
(なら…いっそ私が…)
亡骸の手から球を取って一度拭く。
そして、私の手で握りしめてからもとの場所へ戻した。
部屋を見渡し、突き刺さっている剣も、同じように。
それから、こっそりと部屋を出て。兄の部屋に自分の珠飾りを置いた。
(これでいい、これでいいんだ)
響き渡る他の稽古生の叫び声。
自分の部屋に戻ってぼんやりそれを聞いていた。
剣は刺し直したから、少量だけど私は返り血を浴びている。
大丈夫、きっと大丈夫。
「……久々の対面が留置所たァ、味気ねェなァ」
『…』
「残念ながら弁護士はいらねェってのは叶えられねェな。裁判にならねェだろ」
『…』
「…だんまりか。こっちで勝手に弁護士はつける」
『…』
「…最後に聞くぜ?お前さんが、雨月が殺ったのか?」
『はい』
「…………解った」
最悪だ。
よりによって彼が検事だなんて。
まして、つけられた弁護士が。
「弁護士の希月心音です!」
ココネ。
あの子だなんて。
「雨月さん。貴女が殺したんですか」
『はい』
「…!」
あの子の他に2人の弁護士が一緒に来ていたけど、答えた瞬間に彼女と青いスーツの人が目を丸くした。
『じゃあ、これで』
概要なんて、検察が全部持ってた。
私が話す必要はない。
「成歩堂さん!あの人の言葉、感情が何も読み取れませんでした!」
「そうなんですか?俺も腕輪の反応はありませんでしたが…」
「本当に彼女が…」
「……違うんじゃないかな」
「えっ…」
「僕には見えたんだよ。……異常な数のサイコロックが」
(黒くなかったから、自分で閉ざしてるんだろうな)
「これより裁判を始めます。事件の概要ですが」
(裁判長が概要喋るのに違和感を感じなくなったな)
「被害者は相沢謙吉さん。死因は背後から刃物で複数回刺された事による失血死。被疑者は雨月さん、返り血と思われる血液が付着した服を着て控室にいた所を警官が逮捕しました」
「…自供もしてる、裁判は事実の確認程度ってこったァ」
「意義あり!まだ関係性や動機が明らかになっていません!」
「それをこれからやるっつってんだよ」
検察が提出した動機。
相沢謙吉は2つある分家のうちの1つの長だ。
私が舞師になることも、兄の襲名も最後まで反対していた。
それが動機じゃないか。
私もそう思った。だから兄が…と。
「…証拠は自供。それから返り血の着いた服、被害者の手にあった指紋つきの飾り、指紋の着いた凶器。以上だ」
「…びっくりするほど不利ですね」
「むしろ有りすぎだよ…雨月さん、気づかなかったんですか」
『隠す気なんてない』
「……ダメです、ノイズも感情も入って来ません」
「ちなみに、被害者の部屋から出てくるのを目撃されている」
「なっ…誰にですか!」
「太田豊太郎、被害者とは別の分家の跡取りだ。第一発見者でもある」
「すぐに召喚して下さい!」
太田豊太郎。
兄のことをいつもライバル視してた男。高い技術を持っているのに、その動きに心がないと、よく指導されていたのを覚えている。
そして、私には妙に馴れ馴れしかったが、兄を貶す言い草がある故に、私は彼が苦手だった。
そして、これを期に大嫌いになった。
「実は、雨月ちゃんが出てくる前に彼女のお兄さんが出てくるのを見たんだ」
「ほ、本当ですか?」
「なんですってぇ!」
「…聞いてねェぞ!」
「だからきっと、雨月ちゃんはお兄さんをかばってるだけなんでしょ?そうでしょ?」
私の計画を台なしにしようとしてるコイツ。
でも、なんだろう…この違和感。
「黙りなァ」
『…!』
「そのお兄さんとやらが出てから、そこのお嬢さんが出てくるまでの間も…害者が生きてた可能性が高い。普通に考えりゃな」
そうだ。相沢さんはいつ亡くなった?兄さんは、いつ目撃された?
流石迅さん、きっと、私を有罪にしてくれる。
「でも、雨月ちゃんが人殺しなんてする筈ないよ!可愛くて優しい雨月ちゃんが…」
「証人…貴方弁護側の味方なんですか?」
「僕は雨月ちゃんの味方。だから犯人はアイツだよ、妹まで巻き込んでるアイツ」
「……この線を攻めるとすると、雨月さんは無罪になるかもしれない」
「成歩堂さん、証人の発言、ノイズがあります」
「それと、お兄さんの話が出るときは動揺が感じられます」
「…まさか……」
「黙りなァ!!」
先程より大きく響いた迅さんの声。
そして、机を叩く音。
「…感情論や個人的な希望で証言してんじゃねェ。ここは法廷だ、それが許されんなら俺だって雨月が殺ったなんざ思ってねェんだよ!」
「ちょ、ちょっと、ユガミ検事!わっ…」
どこからともなく、裁判長の頭スレスレを飛びながらギンが何かを持ってきた。
「ありがとなギン。……雨月、よく聞け。お前さんの兄貴はたった今アリバイがとれた。挨拶回り中に着信があって、外に出て電話してたらしい。外の防犯カメラにも映ってるし、通話記録も確認できた」
『…!』
兄さんが、犯人じゃない…?
「本当のことを言え雨月!やっと舞師になれるんだろうが!」
そうだ……。
私、来週はお披露目で。
覚えてくれれば、ギンの羽をつけて舞うんだ。
私は……
「私は…………やってないです」
私のしたことは全て話した。
そして、不自然になる太田の証言。
兄を見たというのが決定的な嘘。
何より、
「失礼します!太田の車から血痕の付着した衣類が発見されました」
「ぐ…っ!」
証拠と動機。
分家を消して、ライバルである兄を陥れれば。自ずとトップになるのは太田。
私に好意を寄せていたらしく、籍を入れて本家になるつもりでいたらしい。
「雨月さんの判決を言い渡します。…無罪」
私は偽証罪にこそ問われたものの、情状酌量をへて執行猶予がついた。
兄さんにはもちろん、"無茶してまったく…"と小言をもらったけども。
『お世話になりました』
「いえいえ、今回はこちら側ほとんど何もしてないので」
『何も話さない依頼人なんて、やりにくかったでしょう』
「何事も経験ですから!それに、話は夕神さんから聞いてましたから」
閉廷後のロビー。いつか、彼と彼女を見かけた所。
丁度その彼女、心音さんに挨拶をしていた。
『……………迅さん』
「雨月はやってない、無罪だから弁護しろ。って有無も言わせずに資料置いてったんですよ」
『あの人が?』
「そうですよ、出所してすぐに雨月さんの演舞の知らせを見たらしいんですが…中々会いにいかないので意外と奥手なのかなーなんて」
「会いにいかねェんじゃなくて、代物ができてなくて会えなかったんだ」
横から割って入ってきた彼。話に出ていた迅さん。
『…お久しぶりです』
「あァ、久しぶりだな」
「で、代物ってなんですか」
「雨月、手ェ出せ」
疑問に思いながらも手の平を出せば、そこにのせられるもの。
『…っ、これ』
「約束したからな」
鷹の羽をあしらった、派手ではないのに華やかさのある、簪。
『ありがとう、ございます』
「来週の演舞、行くからな」
『はい、是非来て下さいね』
一週間後、私のお披露目も兄の襲名も無事に終わり、最後の演舞。
迅さんが、私の舞を風のようだといってくれたように。この演舞は風を表すもの。
兄は力強く、それでいてしなやかな龍の起こす風。
私は軽やかに、自由でゆるやかな鳳凰の起こす風。
舞い終わったあと、客席に見えた彼。
眼光こそ鋭いものの、昔のように穏やかな笑顔と控え目な拍手を送ってくれた。
「やぁ、もう、雨月さん素敵でした!」
『心音さんも来てくれたんですね』
「はい!あんまり夕神さんが惚れ込んでるので是非見てみたくて!」
惚れ込んでる、っていうのはやっぱり"舞"に対してだろうな。
でも。
『ふふ、そう言って貰えると嬉しい』
「お兄さんとの演舞も息ピッタリで!ね、夕神さん!」
「…」
『…迅さん?』
「お前さん…やっぱり天女かなんかだろ」
『…は?』
「…へ?」
いつぞやか聞いた、その台詞。
真面目な顔で彼はまた呟いた。
「地上にいろよ。いつまでも、雨月の舞がみたい」
私には舞しかない。
目標だった兄の隣に並んだ今。彼、迅さんの為に舞うのもいいかもしれない。
『…私は、ずっとここにいますよ』
きっとそうだ。
微笑んで答えた言葉に、彼も小さく微笑んだ。
(オマエラ ハヤク クッツケヨー)
(あっこら、モニ太!)
(心音、お前…)
(サッキノ プロポーズ デショ!)
(ぷ、ぷろぽ…)
(ドウミテモ リョウオモイダロ! リアジュウメ!)
(あああ…モニ太ぁ……)
モニ太のおかげでこのあと距離が縮まってた、り。
してね。
End