花と蝶 番外
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《零:2018まこたん④》
『お誕生日おめでとう、真君も二十歳になったね』
ワインボトルを抱えて、彼女は笑う。
誕生日なんて、本当はどうでもいいけれど。
『ティーンズ終わっちゃったけど、20代も真君が幸せでありますように』
はにかむ彼女を見ていると、なんだか幸せなことのように感じるから不思議だ。
「雨月といて幸せじゃなかったことなんてねぇよ」
応えて笑えば、彼女は顔を赤くしてボトルの栓を開ける。
『ありがとう。じゃあ、今在る幸せを祝して、これからの幸せを祈って』
乾杯、と傾けられたグラス。
最早乾杯の音頭は誕生日のそれではないが、構わない。
お酒は真君と一緒に飲む、と。半年早く二十歳になった彼女はずっと飲酒しなかった。
未成年でも家飲みなら咎められやしないのに、と言っても聞き入れられず。
そんな彼女を前に飲むわけにもいかなくて。
それで今日。用意されたのは赤と白のワインボトル。
『真君は、何飲んでみたい?』
「あー…ワインだな。種類多くて飽きなそう。お前は?」
『うーん、カクテルならなんでも。甘いのとか可愛いのがいい、苦いの得意じゃないから』
その会話の結果だ。
100円ショップで買ったワイングラスと、同じく100円のカクテルグラス。
前菜に彼女が用意したチーズと生ハムに合わせて、ワイングラスに注がれる赤。
「…お前、苦手だろ」
『……うん、美味しくはないかな。でも、嫌いじゃない』
安物の割りに香りはよいが、渋みがあるそれ。ジュースの様にはいかない。
「白のが軽くていいかもな」
『そうなの?じゃあ、』
続けて抜栓された白。
肴は白身魚のカルパッチョ。
『あ、こっちのが好き。真君は赤のがいいね?』
「そうだな」
続けてバーニャカウダを出した彼女は、カクテルグラスに白ワインを入れてソーダ水で割る。
『名前は忘れちゃったけど…真君は?』
「俺は赤をそのまま。それはスプリッツァーじゃなかったか?」
『多分そう、流石だね』
それから魚のフリッター、ビーフチューと食事が続いて。
俺のグラスは赤ワインがまだ残っているにも関わらず、彼女のグラスはスプリッツァーを飲み終えて3杯目だ。
カリモーチョ、オペレーター、スプリッツァールージュ。
それでいて顔の紅潮も無ければテンションや口数も変わらない。もしかして、ザルだろうか。
『ふふ、真君、顔赤くて可愛い』
「……通りで顔ばっか熱いと思った」
『お水飲む?ソーダ?』
「ソーダ…なあ、お前は酔ってねぇの?」
ぼんやりし始めた頭は、大して考えもせず言葉を紡いだ。
お前は、なんて。
『うーん、あんまり変わった気はしないけど…真君はほろ酔いみたいだね』
「…そうだな、熱いし少しふわふわする。割りと気分いいぜ?」
『ならよかった。今日の主役だもの』
いつもより軽い口、いつもより鈍い頭。
思い浮かんだ言葉は吟味される前に口から出ていく。
「でもな、ちょっと眠ぃ」
『うん、目元がとろんとしてる。じゃあ、先にプレゼント渡すね』
「…?ノート?」
『そう、10年日記』
「ふはっ、長ぇの」
重たい腕を伸ばして受け取った黒革の綺麗なノートは、罫線が細かくそれなりの厚み。
『それから、新しいボールペンとシャーペンのセットに、万年筆』
「…日記つけるための用意だな」
『まあ、日記はね、私の趣味』
「…あ?」
『私、10歳の時におばあちゃんから10年日記もらったの』
毎日書くのも大切だけど、疲れちゃうから、書きたい時に書きたいだけ書きなさい。罫線なんて気にしなくていいのよ。
忘れたくないことだけ書けばいいの、いつか、それが宝物になる日が来るかも知れないから。
『…私の日記、10歳から13歳まで殆んど書いてない。初日に日記を貰ったって書いて、たまに学校行事のことを書いて在るだけ』
「…」
『それがね、ある日、真君が一緒に寝てくれた…から始まってずっと真君ばっかり。嬉しいことも悲しいことも、文字にできるようになった』
「…!」
『だから、真君の日記にも、私が残ればいいなって。…真君は頭いいから、書かなくても忘れないかもしれないけどね』
照れ臭そうに笑った彼女は、更に封筒を取り出す。
『日記をつけるかは真君の自由だから、もうひとつ』
「……開けていいのか?」
『うん』
シンプルな白い封筒に、可愛らしい花模様の描かれた便箋。
中身はいわずもがな手紙のようで。
"花宮真君へ
お誕生日おめでとう。
貴方がこの日に生まれてくれたこと、今生きていてくれること、とても幸せに感じています。
真君は勉強してるときも、バスケットをしてるときもかっこよくて、観ているだけで胸が高鳴りました。…勿論、それは今もですが。
何より、私を眠らせてくれた手の温かさや、かけてくれた言葉の柔らかさを思うと、その優しさに胸が苦しくなります。
私は真君に愛されて幸せです。
私は、真君を愛せて幸せです。
真君、大好き、大好きです。
これからも、一緒に居てください。
花宮雨月より"
「…」
『…』
"追伸
プレゼントは私…と言いたいところですが、既に真君のものです。
なので、プレゼントは私への我が儘…です。本日限り有効なので、お早めに"
「…くくっ、ガキみてぇ」
『な!』
「でも、お前からのラブレターだもんな。いいもん貰った」
『……真君』
「我が儘言っていいんだろ?なあ、飯の片付け明日にしろよ。雨月と話すにはテーブル越しじゃ遠い」
空になった皿を端に積めば、彼女は苦笑いしてその皿をシンクに放り出す。
『それから?』
「ソファー、隣…じゃねぇな、ここ」
ダイニングの椅子からリビングのソファーに移り座り込んだ。その膝の間に彼女を呼ぶ。
「…違う。こっち向き」
背中を向けて収まろうとした彼女を抱き抱えて、横向きにした。
座ってるけど、お姫様だっこ。
『ちょっと、恥ずかしい』
「いいだろ?顔も見れるし声も聞こえる」
ほら、さっきの手紙の返事をしなくちゃ。
「俺も雨月に愛されて幸せだし、雨月を愛せて幸せだ。お前に会わないまま、お前のいない今日なんて想像できないくらい」
『…っ』
「お前が居なかったらバスケットが楽しいなんて一瞬も思わなかったろうな。飯も美味しいなんて思わなかったし、一人で寝るのが寂しいなんて知らなかった」
彼女の目を見つめたまま、横髪をするりと撫でて笑う。
腕の中に俺の大切な人は収まったまま、それでも恥ずかしげに瞬きをした。
「雨月、大好きだ。ふはっ、愛しい、なんて感情、本当にあるんだな」
『真、くん』
「これからも、傍にいてくれよ?……違うな、我が儘言っていいんだろ?……居ろ、ずっと…ずっと…」
こつん、と合わせた額はどちらも熱かった。
でも、俺の顔を這う彼女の指はヒンヤリして気持ちいい。
『居るよ、ずっと、ずっと』
「約束な」
お互いのワインの匂いがする呼気を飲み込んで、熱に濡れた唇を合わせた。
幾度となく、こんな口約束をして、婚姻届けまで書いて。
それでも、心のどこかでいつも不安で。
彼女の言葉を聞いて、笑顔を見て、やっと安心するのだ。
(あー……暖けぇな)
『真君、本当に眠いのね。ベッド行こうか?』
唇を離した後、彼女は目を覗き込んでそんなことを言う。
「なんだ、お誘いか?」
『へ?……あ!ち、違う!』
「ふぅん、残念」
『ぅ…………そ、それが、我が儘…なら』
意味を理解してあたふたした癖に、ちょっと引いて見せれば困ったようにすり寄ってくる。
いつもなら、据え膳食わぬは……と言わんばかりに乗っかるのだけど。
「…俺は、俺の我が儘でお前を抱きたくなんてねぇんだよ。だから、今日はしない。我が儘になっちまうから」
『…』
「明日、"お願い"するわ」
『……!ふふ、もう…狡いの』
俺は、悪童でも神童でもなく。
彼女といることで、やっと"ただの人"になれたのだ。
悪人になることも、才人になることもなく。
「雨月、来年の誕生日も、祝ってくれるよな?」
『当然でしょ?我が儘なんて、思ったことないんだから』
「ふはっ、狡いのはお前じゃねぇか」
10年日記の1ページ目は幸せでちょっと覚束無い文字から始まる。
(真君、お酒弱いのね)
(覚えてはいるが……頭痛いな…喋りすぎた)
(外では飲まない方がいいかな?)
(……かもな)
花宮、お誕生日おめでとう。
Fin