花と蝶 番外
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《one:2018はなたん③》
「おはよう」
『…おはよう』
何時もより広いダブルベッドで目覚めた私達は、お互いを見留めて微笑んだ。
『ご飯食べたら出発だっけ?』
「ああ。でも土産屋見るくらいの時間はとれる」
『ありがと』
お互い身支度をして、朝食のバイキングを堪能してチェックアウトする。
買い足したお土産や、買って貰った品々は自宅宛に郵送して、ハウステンボスからも出た。
『今日は?』
「レンタカーで長崎市まで。高速乗るが多少景色はいいはずだ」
『運転久しぶりだね』
「…まあな」
『…………その間は、練習したでしょ』
「野暮なこと聞くなよ」
キーを回しながら笑う彼に続いて助手席に座る。
言われた通り、海や小島が見渡せる場所もあって素敵なドライブだった。
ただ、それなりに長い運転で、市内は見慣れない路面電車が走っていたから。
真君はずっと真剣な顔でハンドルを握っていた。
(その横顔がカッコいいとか、今言ったらダメだろうか)
右折するタイミングを計って目だけを動かしているのが、なんだか新鮮でときめく。…とは、余りに真剣なので言えず仕舞い。
宿泊予定のホテルに車だけ置いて昼食に向かう。
「せっかくだからな、長崎ちゃんぽん」
『私、揚げ麺のやつ!』
「じゃあ、俺はちゃんぽん麺」
どうせ、どっちも食べてみたいと言い出す私の為にわざとずらしてくれる真君は本当イケメン。そして保護者。
「急かして悪いが、食い終わったらフェリー乗るぞ。軍艦島行きの」
『軍艦島!?』
教科書で名前を見た。その程度の知識しかない私。
「ガイドの説明も名物だからな、基礎知識無い方が楽しいかもしれないぜ?」
悪戯に笑う彼と、ちゃんぽんの皿を交換して頷いた。
私以上に私を知ってる彼が言うんだから、きっとそうなんだろう。
フェリーに乗ったガイドさん曰く、軍艦島に上陸できるようになったのはつい最近のことで。遺産として登録されてるのはごく一部の壁くらい、常に波に削られている場所なのだという。
「これを遺す術を、私達は得ていません。明日、明後日、この島はまた姿を変えてしまうでしょう」
かつて、日本の最先端だったコンクリートの島を前に、私は足がすくんだ。
炭坑の跡、密集する住宅、殆どが灰色の街。
ノスタルジックな気持ちにもなるが、どこか未来のような気がする風景。
『故郷なのに、戻れない人もいるんだね』
「…そいつらが故郷だと思ってるのは、この風景じゃないだろ。閑散と朽ちてく島じゃなくて、活気に溢れたこれからを生きる島の筈だ」
日本の栄華を極めながらも、失われかけている島。
島は何を思い、ここを離れた人は何を感じた?
『なら…この島は、いつか皆が帰ってきて…また賑わうのを待ってるのかもね』
「……さあな」
形あるものは、いつか必ず失われる。
ここにあった生活さえ、どこかへ行ってしまった。
「…戻るぞ、船が出る」
消える。
という恐怖が胸いっぱいに広がって。
フェリーに乗り込んだものの、島から目を離せない私に、真君は波音に消えそうな声で囁く。
「いつか、必ず消えちまうから、記憶に残すんだろ。この島だって、ずっと覚えてる筈だ」
『……そうだね』
そんなノスタルジックな気持ちも、帰りに見える造船所の風景で変わっていく。
今も、ここはこうして栄えている海なのだ。何もかも消えてしまう訳じゃない。
「……次、大浦天主堂な」
坂の街を歩き回り、教会や平和記念公園
、眼鏡橋を見て回る。
どこを見ても自分の住む街とは景観が違って、すっかりまた観光気分だ。
『ステンドグラス…素敵…』
「結婚式は教会がいいか?」
『え、あ…』
「でも神前式も捨てがたいな…お前は白無垢もドレスも似合うだろうし。……どうせなら両方するか、籍はとっくに入れてるもんな」
教会のステンドグラスを前に、彼はそう言って微笑む。
夕日が差し込んでキラキラする視界でそんな顔をされると、本当にどうしようもない。
『真君だって、袴もタキシードも似合うんだからね!』
「…どっちかっつーと俺は白スーツ似合わないと思うが」
『そうかな?……うん、カッコいいよ、白でもグレーでもカッコいい。絶対カッコいい』
脳内で着せ替え想像して、強く頷いた。
やっぱり真君はカッコいいよ、黒スーツも袴も何着ても似合う。
「…、お前は色眼鏡かけてるからな」
『それは真君もでしょ』
「ふはっ!かもな。神なんて信じてないが、お前を愛してることだけは神に誓ってもいい」
『…っ!!』
やめてやめて、顔に熱が集まるのがわかるから!
嬉しくて泣きたくなるから!
私は息を飲んだまま、言葉を発っせなくて。
そんな私を、やっぱり彼は優しく微笑んだまま手を引いていく。
(……あ)
(なんだ、真君も真っ赤じゃない)
夕日から逃れた静かな光の下でも、彼の頬は朱色に染まっていた。
.
…………
…………
夕飯を食べたのは、地魚の美味しい小料理屋。
とにかく魚尽くしなのだけど、何をとっても美味しいのだ。
カワハギのお造り、骨煎餅と肝醤油付き
カサゴの唐揚げと煮付け
アマダイの蒸し物
ウチワエビの味噌汁
マダイの鯛めし
これは鮮度がものを言ってるのは勿論だし、物もいい。それに、大将の腕もいい。
真似ようと思ってできるものじゃない。
……でも
『真君、美味しい?』
「まあまあ」
彼の返事が、美味しいじゃない以上。
『私がこの味を出すのは、まだ無理だけど…帰ったら作ってみるね』
「ああ。楽しみにしてる」
作らずにはいられない。
それに、料理の視野が広がるのは楽しいこと。
…そこまで考えて、お店選びしてくれてるんだろうな。
「さて、まだ今日は終わらないぜ?」
『え、チェックインしたのに?』
「長崎といえば夜だろ」
『……!夜景!!』
部屋に荷物を運び込んだ私達は、上着を羽織って稲佐山へ向かう巡回バスへ乗り込んだ。
長崎の夜景って、世界三大夜景に入るんだよね!
『なんか、地形がいいんだっけ?』
「すり鉢型だな。坂が多くて、そこに家が建ち並んでる」
『ああ、確かに坂多かった』
ロープウェイに乗ってから、段々広がっていく光が綺麗。
頂上に着いてからも、展望台までの道が光のトンネルになっている。
『うわぁ…』
展望台の中は螺旋状のスロープで、登る間にも景色は変わっていった。
『さすが1000万ドルの夜景』
「絶対盛ってると思ったが…価値はあるな」
港から広がる光の数々に目を奪われる。
港の明かり、街のネオン、民家の灯り、全てが美しかった。
展望台の頂上、見渡せるベンチには先客のカップルがちらほら。
それに倣って他のベンチに座る。
若いカップルは何か日常の話を、少し年輩のカップルは何か思い出話を。
内容なんて聞き取れないし聞く気もないけどそんな感じ。
私達は、黙って肩を寄せ合わせ、ただ煌めく光を眺めていた。
真君と隣り合う左手の甲に、彼は自分の右手を重ねて膝に置く。
それから、私の薬指に嵌められた銀色を撫でて。ゆっくり指を絡めた。
この指輪は、私と真君が家族という証。
(エンゲージリングだけど)
あの、煌めく光の下にも色んな家族がいて、それぞれの事情があって、沢山の人がいて。
その偶然が重なって、私は真君とここに居られる。
私の誕生日だというだけで、ここまでしてくれる。こんなに愛してくれてる人に出会えた。
キセキ
そう思う。
『…』
つい潤んだ瞳から涙を溢すまいと、少し目線を上げた。
その様子につられて真君は私に目線を下げる。
その瞳に、あの綺麗な夜景が映った。
ああ、ねえ、宇宙を閉じ込めたみたい…吸い込まれそう。
「…」
『…っ』
本当に吸い込まれるように、ゆっくり近づいた唇が一瞬重なって。
「…」
無言のまま、彼は小さく微笑む。
…全部お見通しみたいだ。
彼には私の考えてることなんて全て筒抜けてしまう。
「冷えたろ、戻ろう」
優しく引かれる左手に従って、私は彼の背中を追う。
『……覚えててくれたんだね』
「なにが?」
『いつか見たいものリスト』
「なに、今更気付いたのか?」
高校生の時、綺麗な画像を集めてパソコンで見るのが好きで。
真君の誕生日の時、それを一緒に見て
『いつか、二人で見に行きたいね』
と話した。
その中に、夜景とステンドグラス、ローズガーデンがあったことを思い出したのは今。
『…あのときはね、知らない世界に行きたかったの。お父さんもお母さんも忘れて、綺麗な世界に埋もれたかった』
「…」
『でも、今の私は…貴方がいないと、この世界は何も輝かない』
「…っ」
『だから忘れてたんだね、真君がずっとそばに居てくれるから。一緒に見たいのは本当だけど、一緒じゃなくちゃ価値がないんだよ』
そうだ。
だから、今まで思い出せなかった。
あのフォルダだって、最近はずっと開いてない。
「…それで、俺と一緒の長崎は楽しかったのか?」
『当然』
立ち止まった彼の、その腕に抱きついて。
もう一度、その夜景を目に焼き付ける。
『…本当に、ありがとう』
before one day
.