赤の似合う君と
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08
《過去からの逆転》御剣視点
12月31日
『いらっしゃい、寒かったでしょ?上がって』
"正月は一緒に過ごそう"
その約束通り、私は雨月のマンションに来ていた。
最も、一緒に年を越したいと言われたので、大晦日の今日伺ったのだが。
『少ないけど、おせち作ったから食べよ?』
彼女の部屋はシンプルで、テーブルの上にはやや小さめな重箱や、ご飯などが並んでいた。
『沢山作っても余っちゃうから』
伊達巻き、田作り、昆布や蓮根の煮物、かまぼこ、鰤の入った重箱。
澄まし汁に、茶碗蒸し。
「…全て作ったのか?」
『かまぼこ以外は手作りだよー』
「見事なものだ」
食べてからにしてよ。と、はにかむ彼女はとても嬉しそうだった。
『…どう?』
「美味しい、見た目通りにな」
『よかった』
さっきより更に嬉しそうに微笑む彼女に、こちらまで綻んでしまう。
『今年はいろいろ大変だったけど、無事終わりそうだね』
「…そうだな」
本当に沢山あった。私も彼女も。
成歩堂と再会したり、裁判にかけられたり。
一番は雨月と近くなった事。
『お疲れ様でした』
「本当に、その…、ありがとう」
『どう致しまして』
柔らかく微笑む彼女に、肩の荷が軽くなったのを骨身に感じる。
「…雨月、実家に帰ったりしなくてよかったのか…?」
食事を終え、片付けをする彼女をソファーから眺めながら口にした疑問。
年の暮れ、家族の元に帰る者だって多いのだ。
『私、実家ないから』
「え…」
『私だけ、怜侍の事知ってるのも不公平だよね』
ポスッ、と私の横へ座った雨月。テーブルの上には暖かい紅茶が並ぶ。
『私もね、15年前の冬に家族を失ったの。両親も、弟も…住み慣れた家も』
「な…」
『私は11歳、弟は9歳だった』
彼女は、ぼんやりと回想するように語り始めた。
……
…………
その頃、近所では連続殺人が起きていた。
計画的無差別殺人。
最も質の悪い犯罪が。
毎週金曜の夜、地区で一人がナイフで刺殺されていた。
しかし、一度も凶器は見つからなかった。
5人目の被害者が出た朝、父は被疑者として連れていかれて…起訴された。
根拠は"現場の公園の横を走り去るのを見た"という目撃証言だった。
その日は弟の誕生日で、遅くなった父は走って自宅に向かっていた。
…ただそれだけだった。
「まさか…」
『冤罪。私はそう思ってる』
その証言以外は大した証拠も証言もなかった。
同時に、父のアリバイもなかった。
父は毎週金曜に残業をしていたから、犯行時間と帰宅時間が重なり、疑いは濃くなった。
そして、裁判の最終日が来たとき、悲劇が起きた。
"異議あり!検察側は証拠を提出する!"
凶器のナイフが提出された。指紋は着いていないが、被害者と父の血痕が残っているということだった。
あの時の父の顔は酷く青ざめていた。
そのナイフが決め手となり、父は有罪判決をくだされた。
被害者の家族、世論は死刑を訴え、私の家は凄まじい嫌がらせを受けた。
窓から石が投げ込まれたり、電話が鳴り止まなかったり。
引っ越すお金もなく、こんな状態では母方の実家も父方の実家も受け入れてくれなかった。
一週間後、家の食料が尽きて私が買いに行く事にした。ノイローゼ気味の母や、怯えた弟を外に出してはいけないと思った。
非難の嵐を浴びながら買い物をして、家の前に着いた私はそこに崩れ落ちた。
『家がね、燃えてたんだ。気味が悪いくらいの赤さで。今でもこびりついて離れない、熱さと赤さ…』
雑踏の中に母と弟の姿は見えなかった。
"お母さんっ、祐樹っ"
"危ないから下がって!!"
"母と弟が中にいるんですっ!!"
"この炎じゃもう…"
お母さん、ゆうき…っ!!
…
………
……………
捜査の結果、出火原因は放火。母も弟も、死因は窒息だった。
「煙に巻かれたのか…」
『ううん、無理心中、母が弟の首を絞めて…母はロープで』
結局、放火犯は近所の子供。未成年だったし、火事のせいで死んだ訳でもないから、大した罪にはならなかった。
"無罪の人間が死刑で犯罪者がのうのうと生きてるのか…"
その知らせを聞いた父は獄中で狂死してしまった。
孤児院から奨学金で学校に通った私に、待っていてくれる人はいなかった。
文化祭、卒業式、親が昇降口で待っていてくれるのがいつも羨ましかった。
"なんで、私だけ生きてるんだろう…"
その疑問がピークになった高校の卒業式の日。
気づいたら、橋の欄干の上に座っていた。
誰も声をかけず、遠巻きに見ているだけ。
"お母さんとお父さんと祐樹は…待っていてくれてるよね……"
欄干から飛び降りようとしたら、凄く強く抱き留められた。
"馬鹿なコトするもんじゃねぇっ"
それが、神乃木さんだった。
その時、事件が起きてから始めて泣いた。
バイトとして就職が決まっていたものの、法界へ進もうとしている事を、過去の経歴も交ぜて話した。
黙って優しく聞いてもらえるのが嬉しくて次から次へと捲し立てた。
そして、彼が弁護士だと知った。
「弁護士…」
独学で司法試験に受からなければならなくて、彼がまだ新米で仕事の少なかった一年間、教えて貰っていた。
彼に出会って一年目の春、時間が噛み合わなくなり、私は本格的に独学をする事になった。
"私の事…待っていて貰えませんか…"
…………
……
…
『今思えば…あの人は"私が法界に入るのを待っていて欲しい"って捕らえたんだと思う』
だから、検事になった時、驚かれたんだ。
『私にとって、"待つ"っていうのはとても重い事なんだ…』
「…雨月」
『だから私は神乃木さんを待たなければならない。誰も待っていない悲しみは、私が一番知ってる』
どこか遠くを見るように、しかし何も見ていないかのようだった視線が、急に私に向いた。
『でもね、待っていて気づいたの』
「?」
『確かに私は神乃木さんに憧れているし、彼の事を待ってる。でも、恋愛感情じゃない、恩返しがしたいだけなんだ』
「…それは……」
部屋の時計が、12時を告げる。
『改めて、大好きだよ、怜侍…今年もよろしくね』
「こちらこそ…私も大好きだ、雨月…」
泣き腫らしたような瞳に吸い込まれるように、彼女の唇に自分のそれを重ねた。
『怜侍、初詣いこうよ』
「今からか?」
『うん。また明日待ち合わせるより楽だよ。まぁ、疲れてるなら無理言わないけど』
「いや、行こう」
『ふふ、ありがとう』
コートを羽織って玄関に向かう。
そう遠くないところに小さな神社があった筈だ。
『泊まって貰ってもよかったんだけど…さすがに準備して来なかったよね』
「…準備云々より一人暮らしの女性の家に泊まるのはどうかと思うが……」
『怜侍なら全然構わないよ』
「そのようなアレは…」
そうこう話してるうちに神社について、5円玉を取り出す。
時間帯と、別に有名な神社でないことも合わせて、私達しかいなかった。
5円玉をいれて、手を合わせる。
『…』
「…」
『怜侍は何お願いしたの?』
「む…それを答えると叶わなくなってしまうのではなかったか?」
『あ、そうだっけ』
「雨月は何を願ったのだ?」
『叶わないと困るから教えない』
顔を見合わせて少し笑った。
寒空の下、彼女の暖かい手が、冷たい私の手を握った。
『やっぱり今日泊まっていきなよ。…寒いから』
「…だが」
『明日、お雑煮一緒に食べよ?』
「………解った…」
身を、心を凍らせる冬から、雨月を少しでも守れるなら。
それに、彼女がいれば私も、きっと凍えない。
(貴女が)
(君が)
((幸せでありますように))
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