赤の似合う君と
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20
《逆転の終末》ヒロイン視点
「…すまない」
『謝らないでよ。私が蒔いた種だし、私が好きでやったことだから』
「しかし…」
ソファーの上、隣あって座る。
私の左手の包帯を見つめて、眉間を寄せる彼はさっきからそればかりだ。
手の平を横断するように斜めに入った傷は、紛れも無く彼を庇ってついたものだけれども。
『もう、せめて怒るか感謝するにしてくれないかなぁ…咄嗟だったとはいえ結構勇気ある行動だったでしょ?』
「勿論だ。言葉では表せない程感謝している」
『じゃあそれでいいじゃない、謝るの禁止』
「ム…それでは自分が遣り切れないのだ。貴女を守ると、支えになると誓ったのに」
自責の念に捕われてしまった彼に、中々声は届かない。
想われているのは嬉しいけれど、誤解は困るのだ。
『怜侍は気づいてないかもしれないけどさ、私は君にすっごく支えられたよ』
「……」
『検事局に寝泊まりした10日間は本当に何もできなかった。犯人を探そうとすればする程、空回りしてさ。心身共に参ったよ。でも君が帰って来てくれた。それで、震える私を抱きしめてくれたでしょ?凄く、凄く心強かった』
「…それしかできなかったのだ」
『ううん、違う』
俯いた彼の髪を掻き分ける。
薄らと笑みを零すと、彼は眩しそうにしながらその顔をあげた。
『一人じゃないって思えたし、君の先輩検事で主席検事なんだって混乱していた頭を冷静にすることができた』
「…雨月」
『笑わないでよ?私、検事局で君の前にいる時は格好いい先輩でいたいの。怯えたり泣いたりしない、真実と正義の為なら恐怖に戦慄く事なく立ち向かえる…そんな検事でいたい。そして、君がいるとそれを実現できてしまう』
トン、と。
彼の胸に額をあてるように寄り掛かった。
そして、首に緩く腕を回す。
『どんなに怖くても、君がいれば私は検事・羽影として検事局に座り、法廷に立つことができる。私を検事にするのは君だし、…』
"一人の女にするのも君なんだよ"
見上げるようにして軽く重ねる唇。
その温もりは触れただけでゆっくりと離れてゆく。
その温もりで、自分の中の何かが切れるのがわかった。
『ごめんね…怜侍…』
堰を切るように流れ出す涙。少しの嗚咽。
「貴女が謝ることは何もないだろう?」
『だって、私のせいで怜侍にナイフが向いた…私がいない時だったら、…もし止められなかったら…っ』
しゃくりあげるような泣き声。
情けない、彼の前ではもう絶対泣きたくなかったのに。
けど、彼の前なら安心して泣くことができる。
矛盾した感情が心の中を渦巻いて、結局涙となって流れてゆく。
『怖かった…、怖かったよ…っ』
同時に溢れ出す本音を、自分では制御できなくて。
彼は呆れているかもしれない、引いているかもしれない。
それでも。
『…れい、じ…っ、よかった、無事でよかった…っ』
零れ落ちていく言葉はどこまでも本音だった。
「貴女という人は…どうしてそう優しいのだ」
力強く抱きしめられた背に、瞬間、嗚咽が止まる。
「何故自分の心配をしない…泣くほど怖かったのに、何故自分の為に泣かない!?」
『…っ、得意、でしょ?ロジック…。考えてみてよ、きっと、怜侍だって…』
やっぱり、彼は頭がいい。
私が言い終える前に答えにたどり着く。
閃いたように目を一瞬見開いて、あやすように髪を撫でられた。
「そうだな…私が貴女の立場なら同じ心配をする。自分よりも貴女の無事を喜ぶだろう」
その言葉で、また咽ぶように泣き出す。
どんなに長い距離、どんなに永い時間離れていても、私と彼は同じ気持ちを抱く事ができた。
恐怖からの解放と、彼の優しさに、涙は留まる事を知らない。
「…私は間違っていたのかもしれないな」
『え…?』
「貴女を泣かすまい誓った。勿論、私が貴女を泣かす事などあってはなるまい。だが…貴女が検事という名を外して泣ける場所に私はなりたい」
『怜侍…っ…』
「涙が涸れるまで泣きたまえ。そうしたら、いつものように笑って欲しい」
もう一度、強く抱き直された私は。彼の胸に顔を埋めて泣いた。
声を上げて泣いたのは10年ぶりくらいだろうか。
17年前の事件、千尋さんの死、神乃木さんの事、怜侍の失踪と空白の時間、今回の事件。
全部まとめて泣いた。
「……涙は涸れないのかもしれないな」
私の頬を伝っている涙を、指で拭いながら彼はそういった。
かれこれ30分泣いたのに、未だにぐずつく涙腺には私自身驚いている。
『っ、干からびそう…』
「紅茶を煎れようか」
『ん…ありがとう』
抱きしめていた腕を緩めて、髪を一撫でしながら彼は立ち上がる。
なんとなく寂しくなったけれど、大人しく座って待っていた。
しばらくして、ふわりといい香りが鼻を掠める。
「落ち着いたか?」
『…少しは』
その紅茶の香にさえ目頭がじんとしてしまって。
ミルクをいれる手が震える。
「貸したまえ」
カップとミルク入れを取り上げられて、彼の手で完成するミルクティーを見つめていた。
一緒に紅茶を飲んだのは一ヶ月、いや、もっと前だったのに。私がいつも飲んでいるのと同じだけのミルクが注がれていく。
じんわりと心に滑り込んできた暖かいものに、想わず微笑んだ。
「やっと笑ったな」
『ふふ、嬉しくて』
隣に誰かが。いや、彼がいるということがこんなに幸せだなんて。
離れた時間、彼の心の中に居れたことがこんなに嬉しいだなんて。
想像もつかなかった。
「…雨月」
『なに?』
おさまりかけた涙を拭って彼を見れば、また私の左手に目を向けていて。
労るようにその手を取られた。
「痛かっただろう?」
『まあ…。その時はそれどころじゃなかったけど』
「貴女に傷をつけた償いをさせて欲しいのだ」
『ちょ、償いって…大袈裟な…』
「それでも、受け取ってもらいたいのだよ」
するり。
指を何かひんやりしたものが通って。
左手の薬指に銀色が光っていた。
「私の気持ちだ。貴女に対する償いと、尊敬と、憧憬と、愛情…」
『怜…侍、』
「私と、結婚して欲しい」
私の涙腺は再び決壊した。
溢れてくる涙でうまく声がでなくて、必死に首を縦に振る。
そして、何とか呼吸を整えてから彼を真っすぐ見る。
『ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いします』
彼は一瞬目を見開いて。
それから、優しく微笑んだ。
「こちらこそ」
なんだか緊張が解けてしまって。顔を見合わせればクスクスと笑みが零れる。
『凄く嬉しいっ…』
「…結局、貴女は嬉しくても泣くのではないか」
笑いながらも目尻から溢れた涙を、彼の指が掬う。
『泣いていいって言ったの怜侍じゃない』
「確かに言ったが、本当に干からびそうだな」
彼は微苦笑を浮かべて私を抱きしめた。
「次の休みは…貴女のご家族に挨拶がしたい」
『私も、君のご両親に挨拶に行きたいな』
お互いに、返事をしてくれる家族はいないけれど、そう言い出してくれた彼。
嗚呼、また涙が出そうだ。
後日。
私は御剣家の墓の前で。
『お義父さん、お義母さん。ふつつかな娘ですがよろしくお願いします』
彼は羽影家の墓の前で。
「お義父さん、お義母さん。娘さんを必ず幸せにします」
それぞれの言葉を口にした。
((お父さん、お母さん))
((素敵な人に出会えました))
((産んでくれてありがとう))
心の中で思ったことは、きっと同じ。
「おめでとうございますッス!」
『ありがとう、糸鋸刑事』
「いやもうびっくりッスよ、検事局2トップが結婚するなん…ん?」
「どうしたのだ?」
「もしかして…、御剣検事が2人になるッスか…?」
『ああ、そうだね』
「ややこしいッス!」
間もなくして籍を入れ、今の私は"御剣雨月"。
「あまりからかうのは如何かと思うが?」
『ふふ、ごめんなさい。局では旧姓のままで構わないからって、申請してあるから』
「よ、よかったッス」
とりあえず、身近な人々に報告に回っている。
………………………………………
「御剣が結婚なんて、信じられないんだけど」
「…私も成歩堂に娘がいたとは信じられないが」
「あのな!」
………………………………………
『お世話に、なりました』
「クッ、式の時は外出届け受理してくれよ?ゴドーブレンド奢ってやらなきゃな」
『ありがとうございます!』
………………………………………
『なんだか夢みたい』
自宅。彼と同じ部屋で。彼の隣で。ここ数日を思い返す。
「何がだ?」
『君と、同じ姓を名乗ることが』
「それは私もだ」
『何それ』
自然と零れた笑みに、彼もまた微笑み返す。
ずっとずっと、こんなふうに。
一緒に笑いあって。
一緒に支えあって。
一緒に歩んで生きたい。
赤の似合う君と。
(部屋の片隅で)
(いつかの白と赤のバラ)
(色褪せる事ないドライフラワー)
(どこか、微笑んだ気がした)
End