赤の似合う君と
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19
《予期せぬ逆転》御剣視点
飛行機で犯人扱いをされ、帰国すれば狂言誘拐に巻き込まれ。
挙げ句私の執務室で殺人が起きていた。
一体何なんだ………。
『どうも連絡来ないと思ったらそういうことね』
「申し訳ない、今犯人を捕まえたところだ」
『…仕方ないね』
彼女とも久しぶりの再会なのに、感動的にならないのはいつものことだ。
『怜侍…こめかみ怪我したの?』
「…ああ、昨日のごたごたでな」
『まったくもう…』
呆れながらも、彼女が心配してくれているのは手にとるように解る。
「さあ、家に帰ろう?」
『…うん』
彼女に渡した新居の鍵。
引っ越しも済んで、もう殆ど住める状態らしい。
彼女曰く、最近忙しいくて帰れていなかったから、掃除ができていないとか。
「…まあ、通常生活に支障はないだろう」
広い部屋。必要最低限のものは整頓されているけれど、多少段ボールが残っている。
『ごめんね、あんまり片付かなくて…』
「いや、貴女一人にやらせるつもりはないから、気にしないでくれたまえ」
"ありがと"
小さく笑った彼女は、本当に疲れているように見えた。
「明日は休んだらどうだ?」
『え…』
「仕事も終わったのだろう?顔色も悪いし…」
『怜侍は?』
「私は、ヤタガラスのことで明日は調べ物をしてくる。もしかしたら夜中になるかもしれん」
『…そっか』
寝巻に着替えてベッドに潜り込む彼女の顔には、深い影が見えて。
「何か、あったのか?」
『…ううん。何にも。たださ……、早く帰ってきてね?』
「…、ああ。できるだけ急ごう」
きっと、寂しかったのかもしれない。
などと頭を過ぎって。
同じベッドに入りながらその体を引き寄せる。
「貴女は、よく休むといい」
『うん。そうする』
今思えば。
一緒に捜査に行っていた方がよかったなんて。
どうして気づけただろうか。
ヤタガラス。
その正体と。
密輸組織。
そのトップ。
どちらも暴ききった時には、もう真夜中なんてものではなかった。
"早く帰ってきてね"
なんとなく、違和感のあった彼女の様子。
それに些か心配になって急いで帰る。
「雨月?ただいま…」
ドアを開けようとすれば、オートロックなのにチェーンがかかっていて。
中からガサガサと慌てた様子で彼女は出てきた。
「チェーンをかけても意味がないだろう…居住者しかこのフロアには入れないのだから」
『ご、ごめんね。今外すから…』
でも、私が部屋に入ると再びチェーンをかける。
もともとこの部屋にはなかったチェーン、彼女の家にあったものだろうか。
「……何かあったのか?」
『ううん。何かって程じゃないよ、大丈夫』
その"大丈夫"は彼女自身に向けられているように聞こえた。
「私には言えないことか?」
『…』
「助けにはなれないのだろうか?」
二人がけのソファー。
いつものように並んで座って、彼女の肩を抱き寄せる。
こんなに疲れた顔をしていて、何もないはずない。
もっとも、私自身も人の事はいえないのかもしれないが。
そんな事を考えていると、足元に何枚かのよれた紙が落ちているのに気づいた。
(なんだ?)
それを拾い上げると、
『っ、見ないで!』
我に帰ったように、雨月はその紙に手を伸ばす。
「…それだけ反応があって、見ないと思うか?」
『…』
項垂れるように、体を縮こめて。自分を抱きしめながら彼女は手を下ろした。
「な…っ」
綴られていたのは赤い文字。
"みつけた"
"それで逃げたつもりだった?"
"怖くて帰ってこれない?"
"待ってるよ。いつも見てるから"
"誰かと住んでるの?"
"その人と一緒に家族に会いに行こうか"
"おかえり"
今日の日付から遡って一週間分。
ストーカーのような一文だけのメモ。
口を開きかけた私に差し出される、もう一枚のメモ。
"17年の恨み
お前とて生かしておくものか"
「立派な脅迫ではないか!警察に届けを…」
『出したよっ、出したけど…』
彼女だって、私だって。
解ってはいるのだ。
実害が起きていない今、警察は動かない。
独自に調べようにも、資料はもう残っていない。
「…これは、どこで?」
『最後の一枚は、私のアパート。残りの7枚はこのマンションの郵便受けに入ってた』
オートロックが作動するのは、各フロアの入口から。
郵便受けはエレベーターホールにあって、住人はおろか尋ねて来る者は誰其となく入れる場所だ。
昨日は、余りに疲れていて気づかなかった…。
「貴女は何日帰らずにいたのだ」
『10日かな。この部屋を割り出されたくなかったし…一人でいるのも怖かったから』
"怖かった"
彼女から出た言葉はぐっと胸を締め付けて。
小刻みに震える体を抱き寄せた。
「明日、もう一度被害届けを出そう。それで、17年前の事件があった場所で聞き込みをしようと思う。勿論、貴女には触れず。貴女も参加せずに」
コクコクと頷く彼女の頭を撫でる。
私はいつだって、彼女が一番不安な時に傍にいない。
今回は、絶対彼女を支える。
泣かせなどしない。
「一応…身辺警護の話は出てるッスけど…不審人物の特徴も解らないッスから、何ともいえねッス」
「…そうか」
『でしょうね…』
被害届けは受理されたものの、具体的な動き方が決まらない。
大きな動きをして刺激するのも危険だ。
「あの、羽影検事、同居人がいるっスか?」
『ええ』
「…」
「ならその人にも警護つけた方がいいッスね、このメモだと…」
(何故このような時には観察力があがるのだっ!)
『私もそれが心配で仕方なかったんだけど…。糸鋸刑事、警護頼むよ』
「えっ?誰ッスか?」
『いつも通りでいいからさ』
「まさかっ!?」
「…」
『じゃあ御剣君、糸鋸刑事と調査お願い。気をつけて』
「…心得た」
「そういう事なら任せるッス!」
やたら張り切る糸鋸刑事に若干押されながらも、普段の悪戯っぽい彼女の笑顔に少し安心した。
検事局にいる彼女はいつだって、私の憧れる"羽影検事"なのだ。
「御剣検事……これは途方もないッス…」
「ここまで難航するとは…」
現場。
彼女の実家があった辺りはすっかり変わってしまっていた。
挙げ句、被害者家族は年寄り以外は引っ越しており、引っ越し先もてんでばらばら。
「端からあたるのは厳しいッスね…」
「…っ、一刻でも早く捕まえたいというのに!」
被害者の多かった事件だけあって、関係者の数も取り分け多い。
もしかしたら、身の回りの不審人物をあたった方が何か出るかもしれない。
(一度、局に戻るか)
『おかえり。何か解った?』
「いや…被害者の家族は殆ど引っ越してしまっていて話は聞けなかった」
『そう…私もエレベーターホールの監視カメラの映像見たんだけど、郵便受けは死角になっていて写ってなかったわ…』
「毎日足を運んでいる人物などは?」
『それが、入居者と郵便会社以外の人物は写っていないの』
「ならば…」
そのどちらに当てはまる人物が犯人。
ひらり、と寄越された書類には名前の一覧。
『入居者と、郵便会社のリストよ。…驚くことに、被害者の苗字とは誰も一致しないわ』
「…?名前はどうやって…」
『17年前の新聞を読み漁ったのよ。名前だけなら被害者リストもできてるわ』
なんて仕事が速いのだろう。
昨日の震えていた彼女の面影はどこにもない。
「籍をいれたり、抜いたりしていないか役所へ確認を取ってこよう」
そこまで言った時、執務室へ一人の警備員が飛び込んできた。
「しゅ、主席検事!エントランスにナイフを持った女が!」
そこまで聞いた時には、彼女は走りだしていて。
私は慌てて追い掛ける。
「いるんでしょっ!?羽影の娘!出てきなさい!」
確かに、エントランスには30歳を過ぎたくらいのナイフを持った女。
ただし状況が悪いのは、自分の喉にそれを宛がっていること。
たまたま検事局にいた刑事、警官らもいるが、動くに動けずにいる。
『私が羽影。とりあえず、用件聞こうか』
「探したよ…探しくたびれたし、今度は待ちくたびれた!」
『それで、わざわざ出向いて来たわけね』
「フンっ、どうせ私の手がかりなんて見つからなかったくせに」
『ええ。貴女が誰かさえ解らないわ。教えてくれない?』
なだめるようで、挑発的な言葉を重ねる雨月。
恐ろしいことに、その目は冷静な色を浮かべている。
「恋人よ!17年前に殺されたシンヤの恋人…」
『…それは、家族をあたってもでない筈ね』
「ムカつくのよ、何の報いも受けずに死んだ羽影が!その家族が生きてるのが!シンヤが死んだのに普通に暮らしてるアンタが!」
『…』
「おまけに恋人までいるの!?私と彼になかった未来を、アンタが手に入れるなんて許さない!」
『…』
「なんとかいいなさいよ!」
"くだらない"
小さく彼女の唇がそう動いた気がした。
『じゃあ、貴女は私がどうなったら満足なの?貴女が彼を失ったように、私も父を母を弟を失った。そこになんの差があるの?』
「はぁ?」
『私は父が犯人だなんてこれっぽっちも思ってないけど、父だって妻と息子を失ってから死んだ。なんの報いもないなんて、本気で言ってる?』
「何人もの命を奪ったのよ?一人や二人の代償があって当然、アンタの幸せも壊して報復するんだからっ!」
叫ぶと同時に走り出したその女は、ナイフを手前に向けた。
止めに走る警官と、逃げようとするギャラリーの間で、そのナイフの切っ先は私へ向いた。
「アンタも同じ目に合わせてやるっ」
その声と同時に目の前に紙きれが何枚も舞い、私は突き飛ばされた。
『…この検事局で、私の目の前で、そんな事させるわけないでしょ…』
自然と閉じていた目を開ければ、先程まで読んでいたリストをあててナイフを掴む雨月がいた。
無理矢理、止められたナイフを引こうとする女。
摩擦で切れた雨月の手から血が滲んで、一瞬、顔を歪ませたように見えたのに、次の瞬間には女の手を蹴り上げてナイフを蹴り飛ばした。
『糸鋸刑事、手錠』
「は、はいっス!現行犯逮捕っス!!」
女の手首に手錠がかかり、何か騒ぎながらも警察署へと連れられていく。
騒然としたエントランスも、徐々に落ち着きを取り戻した。
「羽影検事…」
『御剣君、怪我はない?』
「わ、私のことより貴女の心配をしたまえ!」
『あは、ちょっと痛いかも』
「医務室へ早く!」
さっきまでの勢いはどうしたのか、いや、昨日の怯えた様子はどこへいったのか。
あっけらかんと医務室へ向かっていく彼女。
なんだか拍子抜けしてしまう。
(だが、彼女が止めてくれなかったら…)
隣に付き添いながら、無力感に苛まれる。
「貴女は無茶な人だな」
『今回ばかりは頭より体が先に動いちゃって。お互い無事でよかった』
「……すまない」
『なんで謝るのよ』
「今回の件、何も役に立てなかった」
『気にすることないよ、御剣君がいるってだけで私も気合いが入ったから』
医務室で手当を受けて(大したことはなかったらしい)、彼女は署まで事情聴取に出向き、私も多少の受け答えをした。
その後、筆跡鑑定もすんで、あの脅迫文も女の物だと解った。
供述によれば、羽影氏が獄死してから憎しみを向ける相手がなくなり、その矛先は雨月へ向いたのだとか。
(理不尽だな)
雨月だって、同じ年月を苦しんだ筈なのに。
あの女ばかりが苦しかった訳ではないのに。
『御剣君、帰ろ 』
気丈に笑う羽影。
手に巻かれた包帯こそ痛々しいのに、彼女の顔は開放感に満ちている。
「うム」
彼女は理不尽や憎悪に負けたりしない。
いつだって冷静で、それでいて温かくて。
(寂しがりで、)
(泣き虫な)
そんな彼女が愛しい。