赤の似合う君と
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12
《逆転の植物園》御剣視点
『一面にプリムラが咲いてるなんて、お伽話みたいだね』
花畑の中央に建つ展望台の最上階、平日の為か、殆ど貸し切り状態のそこで。
見渡す限り続く淡紅色の絨毯に、彼女は喜びの声をあげた。
「プリムラ?」
『桜草のことだよ。花言葉は、早春の悲しみ』
「?」
『春一番に咲いて、他の花が咲く前に散ってしまう。独りぼっちの桜草』
「……ここなら、悲しくないだろうな」
『うん』
植物園に行きたがるだけあって、花が好きでそれらに詳しかった。
『怜侍、あっちも行こ』
捕まれた指先の冷たさに、2月の終わりの肌寒さを感じる。
その指を握り返し、並ぶように歩いていく。
「急がなくても花は逃げないが」
『でも、早く見たい』
桜草の中の細い小道を私を引っ張って連れていく。
右も左もずっとずっと淡紅色で。
その鮮やかさの向こうに、温室らしい建物が見えてきた。
温室の中はバラ園で、入口にはバラのアーチがかかっていた。
赤、白、黄、ピンク…色とりどりの花弁に瞳を輝かす彼女はまるで少女で。
つい、笑みがこぼれた。
『男の人って、お花見てもあんまり楽しくないでしょう?』
「綺麗だとは思うがな。貴女の表情を見ている方が楽しい」
『何それ』
拗ねたような、笑ったような。そんな顔をしてみせた雨月がまた愉しいのだ。
『記念撮影、やって貰おうよ。ほら』
バラに囲まれたステージと、日付のはいったボード。一枚1500円の文字。
『すみません、写真お願いしていいですか?』
「どうぞ!あ、お前、御剣!」
「ム!矢張、何故!」
「バイトだよ、バ・イ・ト」
『あぁ、あの時の証人の方?』
素晴らしいタイミングで素晴らしい奴に出会ってしまった。
『写真2枚お願いします』
「おう!バッチリ撮るからな。そこに並んでくれ」
促されたステージ。
嬉しそうな彼女を見ると頬が緩むが、ニヤつく矢張を見ると…アレだ。
「御剣、もっとくっつけよ。なんならキスしててもいいんだぜ?」
「!矢張、キサマっ」
『はいはい、こんな感じ?』
「お、ラブラブって感じだぜ!」
ぐっと腕を引かれて寄り添う。引かれた腕をそのまま絡ませた。
『眉間、寄せないでね?』
「…努力しよう」
「撮るぜー?せーの…」
………………………
『はい、3000円』
「確かに。あ、そこから好きなバラ一本ずつ持って行っていいぜ。サービスだから」
『え、本当!どれにしようかな』
「…矢張、何かいらぬことをしていないだろうな」
「してねーよ!でも、写真もサービスしておいたからあとで見てみろよ」
『私これがいいな。怜侍は?』
「任せる。雨月の好きなのを選びたまえ」
『じゃあ、これとこれで』
紅いバラと白いバラを包んで貰い、その場を後にした。
「またよろしくたのむぜー」
.
『こっちが怜侍』
紅いバラを手渡される。
君は紅が似合うから、と。
「貴女は白が似合うな」
『白は誰にでも合うの』
クスクスと笑う彼女は、バラの味がするというソフトクリームを食べていた。
春先のまだ寒い時期だったが、温室の中で防寒着は暑いくらいだったのだ。
『怜侍も味見してみる?はい、』
差し出されたわずかに色づいたそれに舌をのばす。
味が、というより香がバラそのものだった。
「甘いな」
『でしょうね』
またクスクスと笑った彼女も、ソフトクリームに舌をのばす。
「バラの花言葉は"愛"だったか」
『そうだよ。バラは"愛"と"美"』
白いバラを手にクルクルと回す。自分のバラを見て、棘の処理が済んでいることに気づいた。
『赤いバラは"真の愛""熱烈な愛"。白いバラは"愛の告白"』
「色によって違うのか?」
『うん、チューリップとかも色で違うよ』
真の愛。そう聞くと手元にあるバラの表情が違って見える気がした。
『はい、怜侍』
赤いバラを見つめていた私の前に、彼女の白いバラ。
(愛の告白…)
差し出されたそれを、そっと受け取って。今度は赤いそれを彼女に差し出す。
「受け取ってもらえるだろうか」
『勿論』
たおやかな指先は受け取って、それこそ花のように微笑んだ。
『あー、楽しかった』
家に帰って花瓶にバラを活けながら、彼女はやっぱり笑っていた。
「それはよかった」
『怜侍も楽しめるところがあればいいのにね』
「私も楽しかったから気にしないで頂きたい」
別に。貴女が笑ってくれるなら何処に行ったっていいのだ。
『私は君のそういう優しいとこ、好きだよ』
「む…」
『ふふ。今日は怜侍を一人占め』
抱き着いて嬉しそうに頬を寄せた彼女。
子が親に甘えるような、親が子を抱きすくめるような。
言いようのないものを感じて。
すべて、彼女に委ねた。
「そういえば、写真を見ていなかったな」
『あ、そうだね』
一晩を共にして、いくばくも無い別れまでの時間の中で、ふと思い出した。
二輪のバラが刺さる花瓶の傍ら。置かれた封筒を手にとり、並んでソファーに座る。
頼んだ写真は2枚の筈なのに、4枚の紙が覗いていた。
『ぷっ、怜侍やっぱり眉間寄ってる…』
「わ、笑わないで頂きたい!」
取り出した2枚は正面を向いて、眉間の寄った私と、穏やかに微笑んだ彼女の写真。
『あ、これ…』
「矢張のサービスはこれ、ということか」
3枚目は正面を向く前、彼女が私に話し掛けた瞬間の写真。
『怜侍いい顔してる』
「雨月も…。いい絵だな」
優しげで、それでいて無邪気に目を細めて見上げる彼女と。それを見つめ返す、困ったような笑みに幸せを滲ませる御剣が写っていた。
「…!」
『どうしたの?』
4枚目。先程の写真が2枚入っているものと思って見たそれは。
『ガーデンウェディングのご案内、花畑でのブライダルを提案します…?』
昨日訪れた植物園での結婚式の案内状。白い花畑の中の小道を歩く新郎新婦の絵が載っていた。
「これもサービスなのだろうか」
『サービス…かな。私ももう28だし。あと2年で三十路だよ』
「…その」
『解ってるって。気長に待ってて…いいんだよね?』
ふんわりと笑ってみせた彼女はあどけない少女のようで。
(いつもの事だが、年上という事を忘れるな…)
その少女の左手をとり、薬指に唇を寄せた。
「予約させて頂こうか」
晴れやかな笑顔を浮かべて彼女は頷いた。
『約束、ね』
ただ、見えない未来を待つのではない。そこに目標があるだけで、それが、また待つ時間を支えるのだろうから。
『…そろそろ行かないとね』
「…あぁ」
『送るよ』
空港まで来てくれた彼女から白いバラを受け取る。
私達の間で、それは別れの口づけなんかよりずっと確かなもので。
『たまには連絡しなさいよね?』
「…了解した。貴女も…な」
『うん』
そうして、私はまた日本を後にした。
(矢張もたまにはいいことをするものだな)
そんな事を思いながら。
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