赤の似合う君と
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09
《蘇る逆転の影で》御剣視点
2月20日
「出張?」
『うん。明日から3日間、高等裁判所での仕事が入ってね』
ファイルをバックに入れ終わった雨月は、私の隣に座った。
「明日は式典だろう、しかも、貴女が臨時検事だなんて」
そう。明日は申し送りや式典があるというのに。
彼女のような腕のある検事が臨時とはいえ回される筈がないのだ。
『大方私に申し送りさせたくないんでしょ。せっかく片付いた事件、ぶり返したくないんだよ』
確かに、この3年間の申し送りで彼女は必ず冤罪を見つけだしては控訴していた。しかも、判決を覆してしまう。
「検事・オブ・ザ・イアーも、貴女が受け取るべきなのに…」
『私は有罪とらないから、対象外だと思うよ』
彼女は、進んで人のやりたがらない裁判を務める。
勝ち目のないものや、恨みを買いそうなもの。だから、腕があっても上級にはなれない。
「もっとも、あんなオモチャは貴女に似合わないが…」
『形はオモチャだけど、私は君の実力認めるよ。おめでとう』
「む…」
肩に頭のせて、彼女は優しげに微笑んだ。
そして、目を伏せた。
『でも…なんだか胸騒ぎがする』
「貴女の胸騒ぎは当たるからな…恐ろしいことに」
流れる髪を撫でながら少し戯ければ、伏せていた目をあげた。
『怜侍、何かあったらすぐに連絡してね…出来たら、何もなくても連絡して欲しい』
その目が余りにも真剣で、思わず息を飲んだ。
「あぁ…」
短く答えると、彼女の唇が重なった。
2月22日
彼女の胸騒ぎというものは的中してしまった。
首席検事の殺人容疑に、現場が私の車…想像以上だった。
「…なあ御剣、羽影さんが検事にはならなかったのか?」
「そうですよね、羽影さんの方が先輩に当たりますし…」
「彼女は今、高裁に行っているからな…」
「「えっ」」
しかも担当弁護士が成歩堂で、被疑者の妹を連れて私の執務室まで来ていた。
雨月がいれば…きっと彼女が担当したであろう事件。
まだ、やることは山積している…
「ここに、御剣って人いるでありますかっ!」
「関係のない資料を持ってくるなと伝えたではないか!」
苛々しているのも加えて、ここでミスをしたのを知るのは翌日の裁判でだった。
2月23日 法廷
巌徒局長…あの人が法廷に出て来た。そして、自分のミスを知った。
「浮かれてたのは解るけどね、過失はダメだよ御剣ちゃん。それとも…羽影ちゃんがいないとダメなのかな?」
「なっ…」
「なるほどちゃんも自立したんだしさー。いい加減、いつまでも彼女に頼ってちゃダメだよー」
そう、あの人は最後にそういって出ていった。
確かに、彼女に助言を仰ぐ事はあった。頼り過ぎているのか?私が…
『もしもし、怜侍、大変な事になったね』
その夜、自宅に着いた私に電話が入った。
「ああ…貴女の方は大丈夫なのか?」
『うん、ちょっと手こずったけど明日の裁判でけりがつくと思う』
「そうか…」
『大丈夫?怜侍…疲れてない?』
「あぁ、問題ない…貴女も無理をしないでくれたまえ」
『ありがと』
彼女の声色がいつもより明るいのは、疲れているのを隠しているから。
それを指摘したりしないし、咎めることもない。
『巴さんの事…何か力になれることない?』
「今回は…」
何故彼女が、何故私の車で、何故今あの事件が、…何故指揮権が警察局に…
「今回は、問題ない。私なりに調べる」
『そっか…無理しないで。いつでも相談して、ね』
"いつまでも彼女に頼ってちゃダメだよ"
雨月に、頼ってはいけない…
「…まだまとめたい事があるのだ」
『うん、わかった。またね』
「ああ」
電話を切ってソファーにもたれる。
局長のいう通り、彼女の助言のない大きな事件はなかったかもしれない…。
「自立…か」
独り言はそのまま空気に吸い込まれた。
2月24日
酷く寝不足だ。
考える事が山ほどある。
…考えても無駄だというのに。
成歩堂はとうとう証拠管理室の事件がない事を証明した。
そして何かに気づき始めている。
「御剣、お前本気なのか」
『……疲れてしまったのだ』
辞表。それ以外にとるべき行動が解らない。
彼女は。なんというだろうか。
"君の決断なら止めないよ"
"君が責任を負う必要はないよ"
どちらも言いそうだし、どちらを言われたいとも思わない。
この夜は電話が来なかった。鳴るのを待っている自分がいて、自分からかければいいと嗤う自分もいた。
だが、かけられなかった。
「いつまでも彼女に頼っては駄目…か」
2月25日
『ま、間に合ったかしら』
ロビーに駆け込んできたのは紛れもなく
「羽影さん!」
「羽影検事…」
彼女。局長が出かけ宝月主席の証言を待つ短い休憩の時だった。
「羽影さん、あの、あなたの裁判の方は…」
『特急で片付けて来たよ。君のお姉さんの無実を見届ける為にね』
「貴女は…2年前から気付いていたのか…?」
『いや。怪しいとは思っていたけど…皮肉なことに確信が持てたのは多田敷さんが殺されてから…』
暫し間を置いて、彼女はゆっくり微笑んだ。
『でも、君達はここまで辿り着いた。後少しで二つの事件の真犯人が解るはずだよ…』
「二つのって…直人さんは…私が……」
『…最後まで可能性を捨てないことが逆転の鍵よ』
そして、真面目な顔になって。
というよりは冷めた目に静かな怒りを燈していた。
『皆を傷つけた罪人に罰を。大切な者を守り通す女神に解放を。』
そしてまた微笑んでこちらを見渡した。
『私も…検察席に立つ』
「なっ…」
『誤解しないでね。御剣君が心配なんじゃない…私自身、見届けたいんだ』
その笑顔の裏に、先程の怒りとは裏腹に哀しみが見えた。
「そろそろ時間ッス」
こうして、最後の幕開けとなった。
「えっと…羽影検事、担当検事は原則一人なのですが…?」
『私はここにいるだけです。御剣検事の補佐官だと思っていただければ』
「ふむぅ…」
こうして、彼女が隣にいる裁判が始まった。
新米の頃以来だからか、懐かしい感覚さえ覚える。
「これより証言に移ります」
証言が進むに連れ、尋問が終わるに連れ、縺れていた糸が少しずつ解けていくのがわかった。
局長の尋問の末、やっと、真実が見えた。
「御剣ちゃんも解るよ、奴らと一人で戦うには、どうしたらいいか…」
『巌徒局長、この法廷に一人で戦う者はいないのです…貴方は自ら一人になってしまった』
「一人の方が戦いやすかったしね。犯罪者を憎む気持ちは君にもあるだろう?御剣ちゃんも…君は僕と同じ匂いがする」
"でもね、僕には始まりのメロディーが聞こえているんだ"
そういって彼は退室した。
そして、主席検事に笑顔が戻った。
「御剣君、貴方も頑張りましたね、苦しかったでしょう」
「やめて頂きたいっ」
「羽影さん、いい後輩を持ちましたね。そして、よく育てました。貴女もこの2年間は辛かったでしょう」
『確かに、御剣君は自慢の後輩です。私が育てるまでもなく。私は…貴女の苦しみに比べればたいしたことはありません』
「本当に…ありがとう」
二人の間にしか解らないような微笑みを交わしていた。
「さて…そろそろ判決を言い渡しましょう…」
無罪
閉廷後 ※ヒロイン視点
「御剣君、そんなところにかくれてないで出てらっしゃいな」
「…おめでとうございます…それだけ、お伝えしようと」
いたたまれない、とでもいうかのような態度の彼。
御剣君の揺らぎは見て取れるものだった。
「貴方が病むことはないわ」
宝月検事の言葉も届かないようだった。
「羽影さん…あなたには、姉としての私と同じ苦しみを味わせてしまった…」
『好きでやったことです、お気に病まず。先輩の守り通す志、尊敬します』
「どういうこと…だろうか?」
訝しむような御剣君に、宝月検事はまた穏やかな微笑みを向けた。
「あなたは、よき先輩を持ったということです。羽影さんがこの2年間、なぜ敗北の検事などと蔑まれてきたのかわかりますか?」
「…それは…」
「御剣君に不正な証拠品がある裁判をまわさないように、自分でその裁判を受け持っていた…そして、彼女は私達が"作った"証拠を決して使わなかった。だから、正しい犯人を引きずり出せた。それは…結果として敗訴をもたらす…」
驚いた顔で私を見つめる彼にゆっくり微笑んだ。
『君が傷つくのはできるだけみたくなかったから…、つい手を出してしまったの』
「では、私のために貴女はあんなに噂を…」
『君のため…というか私のエゴだけどね。ま、真実を追求しない愚か者の噂なんてどこ吹く風だよ』
ニタニタと笑って見せれば、困ったように眉を寄せた。
「君は、一人じゃないわ」
「御剣…法廷で待ってるからなっ」
「…シツレイする……」
私にかけられる言葉はなかった。
止めることも。
見送ることも。
どちらもとてもチープな。
安っぽい言葉になってしまいそうで………。
何か声をかけていれば。
何か変わったかもしれないのに。
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