人外霧崎とわちゃわちゃ
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人魚の古橋とわちゃわちゃ
今日は突然雨が降ってきた。
帰りの電車から降りて、駅から出ようとした瞬間。それはもう、バケツをひっくり返したように。
慌てて折り畳み傘を開くが、雨が強すぎて大して役に立っていない。
それどころか、山道を登る足元は既にびしょ濡れだ。辛うじて上半身だけ守られている。
そんな豪雨の帰り道。いつもの祠と松の対の場所。
まだ残っている方の松の横に誰か立っている。
しかも、煌々と松明を照らして。
『今度は松の木の精霊かな?』
「おおよそ当たりだな。俺は二龍松の片割れ、松本樹。ここで以前、人狼を助けていたろ?それを見込んで頼みがあるんだ」
雨に打たれながらも全く消えない松明で彼は辺りを照らす。
彼らはどうやら私に人外だと隠す気はないようだ。
「…その、南の池の主がそこにいるんだが…動けなくてな」
『怪我?』
「いや…本人から聞いてくれ。むしろ、見れば解る」
祠の後ろを照らされて納得した。
そりゃあ、動けないだろう、なんせ彼の足は…
『…人魚?』
「ああ。乾くと足になるんだが、湖に戻る前に雨に降られてな」
『……いきなり降ってきたもんね』
魚だった。
白と赤の模様をした鱗は、錦鯉を思わせる。突然の雨で砂利の上に座り込むことになったせいか、所々傷になって痛々しい。
『……どうしようか』
「俺も解らない。如何せんここから動けないんだ」
『うん、そうだね。台車もってくるから、ちょっと待ってて』
人魚とはそう話をまとめて、樹を振り返る。
「……すまない、俺はここから動けないんだ」
『解った。明かりだけつけててほしい』
「まかせろ」
彼は、松を離れることができないそうだ。
それを確認して家まで戻り、台車を引いて戻ってくる。
「すまないな」
『いいよ、でも、君を持ち上げる力がないんだよね。擦ったらその鱗痛いでしょ』
「それも考慮してブルーシート敷いてくれたんだろ?なんとかするさ」
「無理するな、手を貸す」
樹の力も借りて人魚を荷台に積む。
『…さて、湖だか池だかに返せばいいの?』
「台車で行くのは無理だろうな。道が狭いし、多分水が溢れてる。あと、湖だ」
「あれは池だろ」
「湖だ」
『わかった、わかったから』
雨は酷くなる一方だし、とりあえず台車を家まで引いて帰ることにした。
樹が手伝えなくてすまない、と、松明を貸してくれた。しかも、この松明。ふわふわと目の前を浮いていて手で持たなくてもよいのがなんとも楽だった。
『えっと、人魚さん?』
「康二郎だ。古橋、康二郎」
『康二郎、寒くない?』
「…それなりにな。だがそのまま返すぞ、人間は水に慣れてないだろ、びしょ濡れだ」
『はは、まあね。カッパ来てきたんだけど、あんま意味無いや』
荷台で彼はよくしゃべった。
死んだような目をしてたから心配していたのだが、案外爽やかな声でスラスラと話すからつい聞き入ってしまう。
『何で湖から出たの?』
「湖に入る水が少なくなってな。水源を辿ってみたら、どうやら木の枝が溜まってるようだったから退かしに行ったんだ。それが割りと時間を食ってな、この様だ」
『それはお疲れさま。乾かして足にするのも時間かかったでしょ』
「そうだな。自然乾燥で30分くらいか」
『ふぅん、魚に戻るのは?ちょっと濡れたくらいでもだめ?』
「時間の経過と範囲によりきりだな。詳しい境界線は俺も把握できてない」
そんな人間ライフを聞きながら、なんとか家までついて。
荷台ごと玄関に乗り入れた。
ブルーシートごと康二郎を引き摺りおろして、タオルケットを渡す。
『これで乾けばとりあえず足になるんだよね?』
「ああ、助かる」
彼が鱗を拭いている間に、風呂を沸かして自分もシャワーを浴びる。
1時間以上雨に当たった体は芯まで冷えて、結構辛い。
『…おー』
「なんだその声は」
風呂場を出てリビングへ戻れば、康二郎の足は確かに人間のそれで。
浴衣の裾から覗く爪先に感動した。
というか、浴衣便利だな。足とか魚とか関係なく着れるもんね。
『いや、足だなって。怪我は?薬とかあるよ』
「大丈夫だ。……くしゅっ」
『寒いね。あ、お風呂入……れる?』
「…温くすれば、恐らく」
風呂の温度を調節して、良さそうなところで康二郎は湯船に浸かり込んだ。
「……驚いたな」
『驚いた顔してないよ?』
「顔に出にくい質なんだ。…これ、凄くいい。これを知ったら冬の湖には入れないな」
『そうじゃん、冬どうしてんの』
「湖の底の方で泥被って寝てる」
『…ね、冬の間はうちに来なよ』
「いいのか?」
『うん。雪かきとか手伝ってくれたらご飯とお風呂も付ける』
湯船に浸かった彼は、光の入らない大きな黒目を気持ちよさげに細めながら、微かに笑った。
「それは魅力的だ。冬だけと言わずお願いしたいところだな」
『湖の主がそんなに湖離れていいの?』
「それもそうだな。余り離れてると力が弱まる」
『力?』
「…助けてくれたお礼だ。右手を貸せ」
不思議に思いながら右手を差し出す。
そこには、台車を牽くときにささくれが刺さった小さな、しかし地味に痛い傷があった。
そこに、康二郎はゆっくり息を吹き掛けた。
『…嘘』
「人魚の肉を食べると不老不死になるという逸話があるだろ。あれは嘘だが、治癒の能力は多少持ってるんだ」
『……ありがと、凄いね』
「伊達に人魚してないさ。……それにしても、風呂はいいものだな」
『気に入ったようで何より。雨が止むまで、ゆっくりしてって』
彼は本当にその晩を湯船で過ごし、翌日の夕方、水が引いたのを見計らって名残惜しく霧の中を帰っていった。
(あ、足の深爪も左手の切り傷も治ってる…)
死んだ魚みたいな目とか思ってごめん。
fin
今日は突然雨が降ってきた。
帰りの電車から降りて、駅から出ようとした瞬間。それはもう、バケツをひっくり返したように。
慌てて折り畳み傘を開くが、雨が強すぎて大して役に立っていない。
それどころか、山道を登る足元は既にびしょ濡れだ。辛うじて上半身だけ守られている。
そんな豪雨の帰り道。いつもの祠と松の対の場所。
まだ残っている方の松の横に誰か立っている。
しかも、煌々と松明を照らして。
『今度は松の木の精霊かな?』
「おおよそ当たりだな。俺は二龍松の片割れ、松本樹。ここで以前、人狼を助けていたろ?それを見込んで頼みがあるんだ」
雨に打たれながらも全く消えない松明で彼は辺りを照らす。
彼らはどうやら私に人外だと隠す気はないようだ。
「…その、南の池の主がそこにいるんだが…動けなくてな」
『怪我?』
「いや…本人から聞いてくれ。むしろ、見れば解る」
祠の後ろを照らされて納得した。
そりゃあ、動けないだろう、なんせ彼の足は…
『…人魚?』
「ああ。乾くと足になるんだが、湖に戻る前に雨に降られてな」
『……いきなり降ってきたもんね』
魚だった。
白と赤の模様をした鱗は、錦鯉を思わせる。突然の雨で砂利の上に座り込むことになったせいか、所々傷になって痛々しい。
『……どうしようか』
「俺も解らない。如何せんここから動けないんだ」
『うん、そうだね。台車もってくるから、ちょっと待ってて』
人魚とはそう話をまとめて、樹を振り返る。
「……すまない、俺はここから動けないんだ」
『解った。明かりだけつけててほしい』
「まかせろ」
彼は、松を離れることができないそうだ。
それを確認して家まで戻り、台車を引いて戻ってくる。
「すまないな」
『いいよ、でも、君を持ち上げる力がないんだよね。擦ったらその鱗痛いでしょ』
「それも考慮してブルーシート敷いてくれたんだろ?なんとかするさ」
「無理するな、手を貸す」
樹の力も借りて人魚を荷台に積む。
『…さて、湖だか池だかに返せばいいの?』
「台車で行くのは無理だろうな。道が狭いし、多分水が溢れてる。あと、湖だ」
「あれは池だろ」
「湖だ」
『わかった、わかったから』
雨は酷くなる一方だし、とりあえず台車を家まで引いて帰ることにした。
樹が手伝えなくてすまない、と、松明を貸してくれた。しかも、この松明。ふわふわと目の前を浮いていて手で持たなくてもよいのがなんとも楽だった。
『えっと、人魚さん?』
「康二郎だ。古橋、康二郎」
『康二郎、寒くない?』
「…それなりにな。だがそのまま返すぞ、人間は水に慣れてないだろ、びしょ濡れだ」
『はは、まあね。カッパ来てきたんだけど、あんま意味無いや』
荷台で彼はよくしゃべった。
死んだような目をしてたから心配していたのだが、案外爽やかな声でスラスラと話すからつい聞き入ってしまう。
『何で湖から出たの?』
「湖に入る水が少なくなってな。水源を辿ってみたら、どうやら木の枝が溜まってるようだったから退かしに行ったんだ。それが割りと時間を食ってな、この様だ」
『それはお疲れさま。乾かして足にするのも時間かかったでしょ』
「そうだな。自然乾燥で30分くらいか」
『ふぅん、魚に戻るのは?ちょっと濡れたくらいでもだめ?』
「時間の経過と範囲によりきりだな。詳しい境界線は俺も把握できてない」
そんな人間ライフを聞きながら、なんとか家までついて。
荷台ごと玄関に乗り入れた。
ブルーシートごと康二郎を引き摺りおろして、タオルケットを渡す。
『これで乾けばとりあえず足になるんだよね?』
「ああ、助かる」
彼が鱗を拭いている間に、風呂を沸かして自分もシャワーを浴びる。
1時間以上雨に当たった体は芯まで冷えて、結構辛い。
『…おー』
「なんだその声は」
風呂場を出てリビングへ戻れば、康二郎の足は確かに人間のそれで。
浴衣の裾から覗く爪先に感動した。
というか、浴衣便利だな。足とか魚とか関係なく着れるもんね。
『いや、足だなって。怪我は?薬とかあるよ』
「大丈夫だ。……くしゅっ」
『寒いね。あ、お風呂入……れる?』
「…温くすれば、恐らく」
風呂の温度を調節して、良さそうなところで康二郎は湯船に浸かり込んだ。
「……驚いたな」
『驚いた顔してないよ?』
「顔に出にくい質なんだ。…これ、凄くいい。これを知ったら冬の湖には入れないな」
『そうじゃん、冬どうしてんの』
「湖の底の方で泥被って寝てる」
『…ね、冬の間はうちに来なよ』
「いいのか?」
『うん。雪かきとか手伝ってくれたらご飯とお風呂も付ける』
湯船に浸かった彼は、光の入らない大きな黒目を気持ちよさげに細めながら、微かに笑った。
「それは魅力的だ。冬だけと言わずお願いしたいところだな」
『湖の主がそんなに湖離れていいの?』
「それもそうだな。余り離れてると力が弱まる」
『力?』
「…助けてくれたお礼だ。右手を貸せ」
不思議に思いながら右手を差し出す。
そこには、台車を牽くときにささくれが刺さった小さな、しかし地味に痛い傷があった。
そこに、康二郎はゆっくり息を吹き掛けた。
『…嘘』
「人魚の肉を食べると不老不死になるという逸話があるだろ。あれは嘘だが、治癒の能力は多少持ってるんだ」
『……ありがと、凄いね』
「伊達に人魚してないさ。……それにしても、風呂はいいものだな」
『気に入ったようで何より。雨が止むまで、ゆっくりしてって』
彼は本当にその晩を湯船で過ごし、翌日の夕方、水が引いたのを見計らって名残惜しく霧の中を帰っていった。
(あ、足の深爪も左手の切り傷も治ってる…)
死んだ魚みたいな目とか思ってごめん。
fin