人外霧崎とわちゃわちゃ
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人外霧崎わちゃわちゃ
※似非バトルシーンあり
※人外霧崎番外
※それぞれの終末とは別世界軸
*****
雪が積もってきた。
この中を山の中にある家まで帰るのは、少々億劫。
けど、街に棲むのは疲れてしまうので引っ越す予定はない。
「おかえり、[#dn=2#]。さっき雪掻きをしたんだ、多少は歩き易いだろう」
『ありがとう、樹。そうだ、これ、お土産』
二龍松の片割れ、樹は。
山道の入り口で門番のように、いつも立っていた。
雨の日も、雪の日も。ふわふわと宙に浮く不思議な火を掲げて、私に「いってらっしゃい」と「おかえり」を告げてくれる。
「…マフラー?」
『そう。寒いでしょう?似合いそうな色だったから、買ってきた』
「ありがとう。大切に使う」
そんな彼に私はマフラーを巻き付け、おもむろに鞄を漁る。
『それから……内緒ね。ちょっとつまみ食いしよう』
「いいのか?」
『いいの。あんまり樹とはご飯食べられないからさ。…2個しかなかったし』
取り出すのは、肉まん。
アツアツではないけど、まだ温かい。
「それ、初めて食べるな」
『美味しいよ。ふかふかで、しょっぱい味』
「……、ほんとだ。旨いな」
『他にも色んな味があるんだよ。また、買ってくるね』
「ありがとう、楽しみにしてる。…さあ、気をつけてお帰り」
「どういたしまして。じゃあ、また灯り借りるね」
浮かぶ篝火を借りて、雪の中を帰路につく。
しんしんと、雪はまだ降り続いて。掻いた筈の道はまた白く埋もれかけていた。
「あ、お帰り。雪すげぇな」
『ただいま、弘。雪掻きしててくれたの』
「樹が移動できる範囲も限られてるしな。それに、他の奴ら寒がって外出ないし」
『真と康次郎は無理だね、梃子でも無理。…ありがとう、歩き易くて助かる』
家まであと少しのところ、弘はスコップを持って庭から道まで雪をどけてくれていた。
「どういたしまして。じゃ、帰るか。荷物代わるぞ」
『今日はいっぱい買い物しちゃったから重いよ』
「大丈夫大丈夫」
それからスコップを肩に担ぎ、空いた手に買い物袋を代わってくれる。
ニカッ、と明るく笑われると罪悪感より感謝が込み上げてきて。
『ありがとう』
私まで自然と笑えてしまった。
「おかえり[#dn=2#]。外、寒かったろう」
『うん。雪も結構積もってるよ』
「だろうね。山崎が中々帰って来ないから、かなり酷い降りなんだとは思ってた」
玄関を上がって、台所に顔を出すと健太郎がいた。
コトコトと何かが煮える音と、とてもいい匂いがする。
『……お腹空いた』
「すぐ出来るよ。着替えておいで」
『わかった。…夕飯、なに?』
「鯖味噌、白菜のお浸し、海老のお吸い物、大根ご飯」
『絶対美味しい。すぐ着替えてきて手伝う』
「どうも。あ、古橋も呼んで来てくれないか」
『うん』
健太郎は手際がいい。特に海産物を使った料理は、溜め息が自然に出るくらい美味しかった。
その上、物覚えがいいからレシピも豊富で、仕事がある日の夕飯は殆ど彼に頼っている。
私は…自分で作ってた頃より、食事の時間が楽しみになった。
『康次郎、ただいま』
「おかえり。今日は冷えるな」
『雪も凄く積もってるよ。まだ降ってる』
「寒い訳だ」
康次郎は、湯船で肩までしっかり湯に浸かっていた。
何回見ても、彼の下半身が錦鯉なのは目を引いて、暫くユラユラ揺れる尻尾を眺める。
『…そうだ、夕飯だっていうから上がって』
「呼びに来てくれたのか。すまないな」
『いいよ。今晩は鯖味噌だよ』
「そうか、楽しみだ」
彼は、人魚の部類の筈だけど。
魚を食べることに躊躇がないし、寧ろ好物だという。
"弱肉強食だ。魚の餌は魚だからな"
と言って。
「[#dn=2#]ちゃんおかえりー!」
『ただいま、一哉。夕飯だって』
「おーけー。机、用意するね」
『うん、お願い』
居間に出した炬燵で寝そべる一哉は、私が部屋に入るなり飛び起きた。
それから、机に箸や皿を並べていく。
台所から居間へは引き戸1枚。
健太郎が"料理も運んで"と扉越しに声をかけた。
『真、ただいま』
炬燵の、一哉とは反対側。
丸くなるようにして、首まで布団に入ってるのが。この、霧崎の地の主。
「……そんな時間か」
『そうだよ。ご飯できたから、そろそろ起きて』
「ん……」
真は、元がジョロウグモ…まあ、大蜘蛛だからか。寒さに滅法弱い。
昼間はともかく、夜の動きは緩慢だ。
「全員いるか?運ぶぞ」
『手伝うよ、弘。あと康次郎だけ』
「アイツまだ脚にならないのか」
「今来た」
「はい、古橋はお吸い物持って。原はご飯ね。山崎と[#dn=2#]で鯖運んで。お浸し持ってくから」
丸い炬燵で、席順は日替わり。
けど、一哉と康次郎の間に座ることが多い。正面は健太郎が多くて、余り隣に座ることがなかった。
『いただきます』
目の前に並ぶ、美味しそうな食事に急かされるように、手を合わせて箸をとる。
「どうぞ。いただきます」
続く健太郎に合わせて各々口ずさむと、それぞれも箸を伸ばし出した。
『はあ…今日も美味しい』
「良かった。…原、白菜も食べて。花宮は魚も食べて」
小言を挟みながら、皿はどんどん空いていく。
今日は何があったとか、明日も雪は止まないだとか、取り留めのないことを口にして。
談笑、団欒とは、こういうことなのかと沁々してしまった。
『ごちそうさまでした』
「お粗末様」
にこり、と健太郎は目元を細める。
それから、
「じゃあ、俺は片付け終わったら寝るよ。おやすみ」
『おやすみ。また明日ね』
健太郎は一番最初に寝床につく。
そして、いちばん最後に起きてきた。
お風呂から上がると、弘と一哉はいなかった。
「雪掻き疲れたと言って、先に寝た」
『そっか』
炬燵には、相変わらず丸くなる真と。
編み物をする康次郎。
「俺も、編み上がったから寝るが」
『アクリルたわし?』
「瀬戸が重宝だと言うからな。少し作り置きしようかと」
『これ洗いやすいんだよね。可愛いし』
「…そうか。[#dn=2#]は、欲しいものないか?」
『手芸で?…そうだなぁ、お弁当を入れるバックが欲しいかな』
「それくらいの大きさなら、すぐ作れるな。2、3日もいらないだろ」
『楽しみにしてる』
「ああ。おやすみ」
『おやすみ』
康次郎も寝床へ向かって、残ったのは私と真だけ。
『真、コーヒー飲む?』
「………飲む」
マグカップを2つ用意して机に戻れば、彼は羽織を重ねて座っていた。
「…………新しい本、あるか?」
『あるよ』
「……ん」
夜中、数十分の間の読書が彼との時間だ。
特に言葉も交わさず、広い炬燵で、寄り添うようにページを捲るだけ。
『…真、読めない』
「強ち…あながち、だな」
『ありがと』
「……コミュ障ってなんだ?」
『コミュニケーション障害の略。対人関係、対話、意志疎通の難しい障害』
「ふーん」
せいぜいこの程度だ。
『そろそろ寝よう。明日も雪だし、仕事だし』
「…寝床まで、寒いんだよな」
『離れだもんね。渡り廊下とか、来年は隣接に直そうか』
「そうしろ。…ってか、お前寒くないの」
『寒いけど…寒いから皆ここにいるんだなぁって思うと、楽しくて』
「馬鹿」
炬燵の電源を落として、マグカップを洗えば。
真はいよいよ険しい顔で縮こまる。
『仕方ないなぁ。抱っこしてってあげるよ』
着込んだ半纏の前を広げて見せれば、一瞬考えたような真も、手のひらサイズの蜘蛛になって寄ってくる。
『…よし、じゃあ。このまま布団へ』
離れ…渡り廊下の向こうの部屋が、皆で雑魚寝してる部屋だ。
壁に沿うように寝てる蛟竜が健太郎、大きな赤毛の犬…じゃなくて狼が弘。
弘のお腹を枕にしてるのが一哉。
不思議なくらい真っ直ぐな姿勢で寝てるのが康次郎。
その間に、私と真の布団。
『おやすみ…』
皆に布団をかけ直して、自分も布団を被った。
ちなみに、朝ごはんとお弁当は一哉が作ってくれる。
「おはよ、[#dn=2#]ちゃん」
『おはよう。……甘い匂いがする』
着替えて、髪を整えて、顔を洗って台所。
半纏の中に真を抱えたまま顔を出せば、一哉がフライパンを振っていた。
「今日はね、フレンチトースト。ベーコンとほうれん草のソテー、スープ」
『朝から幸せが襲ってくる』
「これから仕事頑張るんだもん、美味しいもの食べないとやる気でないじゃん」
一哉の朝食は、洋食が多い。
お弁当は和洋中関係なしに、彩りよく入ってる。
「ってか、毎朝毎晩、うちの地主運ばせてゴメンね」
『いいよ。寒いの苦手なのは知ってたし、結局一番神経使ってるもの』
「まあ、四方任されてた俺らがここに集まっちゃってるからね。別に異変があればわかるし、そんなに気張らなくたっていいのにさ」
『…霧崎、そんなに見回りとか必要な土地なの?』
「いや?特に何かあったことはないけど…雪だしね。気をつけてるだけだと思う。まあ…[#dn=2#]ちゃんを守ってあげたいんだよ。この土地に棲むんだもの、何かしら寄ってくる」
そこまで聞くと、真はモソモソと蠢いて。
人型に戻る。
「寒いんだから、早く居間行けよ!」
「寒いなら出てこなきゃいいのに。花宮って馬鹿なの?」
「馬鹿はお前だろうが」
「いや花宮だね。俺が千里眼の一つ目だって忘れた?」
『うんうん、朝から元気だね。炬燵行こう、真』
何か言い返しそうな真の手を引いて居間に連れていけば、炬燵に潜ってしまった。
「…この雪でも仕事行くのか?」
『行くつもりで雪掻きしたんだけど』
「松のとこまで着いてくわ」
弘と康次郎が次いで入ってきて、止む気配のない雪を窓越しに見ながら眉をひそめた。
「…人間の暮らしも大変だな」
『でも、悪くないでしょ?』
「だな。飯も旨いし寝床もあるし」
「働く、ということの見返りは確かにあるが…少々悪天候が過ぎる」
朝食は一哉と康次郎と弘と私。
真は炬燵にいるだけで食べないし、健太郎はまだ寝てる。
一哉がプレートを運ぶのを手伝って、朝食の始まりだ。
「ねえ、ザキが洗い物してよ。そしたら俺が駅まで[#dn=2#]ちゃん送るから」
「ああ、その方がいいか」
『一人でも大丈夫だよ』
「駄目だって。雪道なめたら痛い目見るよ」
『じゃあ、お願い』
美味しい朝食を終え、楽しみなお弁当を持って雪道を下っていく。
山の入り口、樹の松にはマフラーが巻いてあった。
(今日も頑張って働いて。皆で美味しいもの食べよう)
(皆が、寒い思いしない家にしよう)
電車に揺られながら、最近いつも思う。
彼らに出会って、生活がとても変わった。
小さい頃は、背中の痣をからかわれて友達もできず、人間不信。
中高生になっても人嫌いは治らなくて、卒業するのだけを目標に登校してた。
社会人になっても変わらず、ただただ目標も目的もなく働いて…
祖母が亡くなって、人里から少し離れた霧崎に棲みついてから、やっと穏やかに過ごせるようになった。
(でも結局、賑やかでいいなぁ…って思って暮らしてる)
(…変なの)
彼らに会えて良かったと思ってる。
今は、冬の間だけと言ってうちに棲んでるけど…いつかは、いつでも、夜は皆が帰ってくる場所にしたい。
(……いつか…いつか…)
***
[#dn=2#]を見送った原が帰宅して。
やっと瀬戸が起きてくる。
彼らは冬の間、彼女に温かい寝床と食事を餌に釣られて、一緒に住むことにしたのだ。
朝食とお弁当を、原が。
家の掃除を、古橋が。
雪掻きや畑の外仕事を、山崎が。
夕食の用意と山崎の手伝いを、瀬戸が。
それぞれ対価として担っている。
花宮は、家の仕事は特に任されていない。
四方を任せていた者が皆一様に集まってしまったから、霧崎全体を静かに警戒していた。
因みに、普段は野山や水辺で暮らすくらいだから。[#dn=2#]がいない昼食はわざわざ作って食べるということはしなかった。
彼らも、一応、衣食住に金銭がかかることと、働かなければ金銭が得られないことは理解していたから。
そして、今日も各々の仕事を終えた昼過ぎ。
「ねー、こんなに雪降ったことあったっけ?」
「ここ数十年は記憶にねぇけど?」
「いや、100年単位だな。ここは確かに雪の降る土地だが、この量をこの速さで積もらせたのは大昔だ」
窓の外を見た原は、自分の膝を越える積雪に首を傾げた。
山崎もそういえば、と首をもたげ、花宮は眉をひそめる。
「雪女?…だけじゃないね、気配が荒々しいのも居る」
「…………、雪鬼…か」
静かに眺めていた瀬戸と古橋も口を開いた。
「どうする…って、聞くまでもないか」
「お帰り願うしかないね」
「…!ちゃんと入り口から来たな。出迎えるぞ」
霧崎に侵入した妖の気配を、花宮が察する。
「俺は、湯でも沸かして待っていよう。役に立つのは全部終わってからだからな」
「そうだね。おうち、まかせたよ」
そして、古橋を残して雪の中へ飛び出していった。
「……チッ、ほんとクソ寒いな!」
「侵入は許してないけど。遅いよ花宮」
「悪いな、松。で?相手は?」
「お察しの雪女と雪鬼だ」
駆けた先、松の木の向こうに白装束の女が一人。
そして、白い毛むくじゃらの大きな鬼が一匹。
肌を刺すような冷気を纏ってそこに佇んでいた。
「入ってはこれないが、立ち退く気もないと」
片割れとはいえ、二龍松である松本が張った結界が女と鬼の行く手を阻んでいる。
踏み出す足を、延ばす腕を弾かれながらも、2体は退こうとしなかった。
「結構殺気だってんね」
「…なんの用?」
「………」
「生憎、ここには凍らせる男もいないし、食料も大してないよ。他所を当たってほしい」
「………」
瀬戸の問いかけに、二体は答えない。
けれど。
「ツバキ ガ ホシイ」
そう、口を開いた。
口を耳まで裂いて、拳を振り上げて突進してくる鬼。
血も凍るような吐息を吐き出す雪女。
勿論、こちらだってそのままではない。
「そうか、話合えないと」
瀬戸は蛟竜の姿を顕現させ、雪女に巻き付く。
山崎は、赤毛の狼へと姿を変え、振りかぶられた鬼の腕に噛みついた。
「あァああアアぁアアあァア!」
「ぐぉおおおオオおオォ!!」
耳をつんざく、高い悲鳴と。
地響きのような、うめき声。
「…ツ…バキ……」
それでも、うわ言のように2体は、ツバキ、椿と繰り返す。
それを見て、花宮は一歩進み出た。
「…あのな。あの椿を食べたところで、力は増えないぞ。寿命も変わらない。これは、ただの印だ。妖力も、精力も、アイツには何も残ってない」
足止めを余儀なくされる二体に、花宮はそのまま訥々と言葉を投げる。
「今すぐ帰れ。殺す理由は無い」
それを聞いて、瀬戸と山崎が僅かに力を緩めた瞬間だ。
雪妖怪は各々拘束から抜け出し、尚も前進しようと足を踏み出す。
血走った目は何も映していないし、その耳にも何も届いてはいないのだろう。
がむしゃらな突進は、結界を突き破る程。
けれど、二人はそれを追わなかった。
花宮が張った蜘蛛の巣が見えたから。
雪妖怪は見事にひっかかり、細く、白く、延々と絡む、その糸に絡め取られた。
糸は、雪女の着物に、雪鬼の体毛に食い込んでいく。
もがけばもがくほど糸は食い込み、逃げ出すことは叶わず、その身を切り付けるばかりだ。
「帰れと言っただろ。……地獄に垂らした蜘蛛の糸に縋らなかったのは、お前らだからな」
きつくなった糸に、ポタポタと赤い血が染みて伝って流れてくる。
やがて、身動きすらしなくなった雪女と雪鬼を糸から解放すれば。
トドメと言わんばかりに、瀬戸が雪女を締め上げ、山崎が雪鬼の喉笛を咬み切った。
「……なんだったんだ、結局」
二体は、雪になって消えた。
ふと見上げれば、空を覆った雲もなくなっている。
「さあな。まあ、妖怪が力欲しさに…なんてのは良くある話だ」
「椿が欲しい…とはねぇ」
「ああいうの食べたら力が増えるとか長生きできるって本当なの?」
「まやかしだな。古橋の人魚の肉にも実際に不老不死の力なんてないし、椿を宿らせた俺だって椿の力は使えない」
「人間の願望が詰まってるだけか」
「………じゃあ、今の2体も人間だったのかな」
「かもな」
「……気配も完全に消えたし、帰るぞ。雪が降ってなくても寒いもんは寒い」
何百年と生きていれば、不可思議なことなんていくらでもある。
ただ、彼らが抱く感想は
([#dn=2#]が帰って来るまでに片付いて良かった)
そんなものだった。
*****
『雪、止んで良かったね』
「そうだな」
『……なんで、皆そんなに疲れてるの?』
夜、仕事終わりに駅まで一哉が迎えに来てくれて。
家に帰れば、真はともかく、弘と健太郎まで炬燵で寝ていた。
そして、珍しく康次郎が台所で調理をしている。
「……雪、始末してた」
『…雪掻き?』
「そんなところ」
一番戸に近かった弘の横に屈んで、眠そうな顔に質問すれば。
やっぱり眠そうな返事が返ってきて。
『そっか。お疲れ様、ありがとう』
頭をワシャワシャと撫でる。
いつもなら、恥ずかしいそうに"やめろよ!"とか言うのに、今日はただくすぐったそうに、「おう」と撫でられている。
「山崎ずるいよ、俺だって頑張った」
反対側、完全に寝てると思った健太郎から声がかかる。
「[#dn=2#]、」
『うんうん、健太郎もお疲れ。ありがとうね』
眠そうに目を細めた彼の頭を、さわさわと優しく撫でれば。そのまま目を閉じて微睡んだ。
「えー、なら原ちゃんも頑張ったよ」
「お前立ってただけだろ」
「俺は"視る"のが仕事なの!」
『わかってるよ。一哉、ありがと、お疲れ様』
上から立ったまま見下ろしていた一哉に、私は再び立ち上がって並ぶ。
彼の方が背が高いので、頭ではなく、頬を両手で挟むようにスリスリと撫でた。
「ありがとー」
満足げな一哉はニマニマ笑うと、台所へ手伝いに向かう。
入れ違いに、出来上がった皿を持った康次郎が入ってきて、じっと、私を見つめた。
「………」
『…ふふ、うん、康次郎だって頑張ってるよね。ありがとう』
そう告げれば、満足そうに頷いて。
炬燵に取り皿と箸を並べると、そのまま座って私を見上げた。
「なぁに?皆甘えん坊だね」
そんな彼の頭をポンポンと撫でれば、やはりそれを期待していたらしく。
緩く微笑んでくれた。
「[#dn=2#]ちゃん、鍋いくから気をつけて」
『うん。あ、お玉と取り箸追いかける』
「お願い」
そのうち、一哉が土鍋を運んできた。
鱈とつくねが入ったちゃんこ鍋。
匂いに釣られて、炬燵で寝てた彼らもモソモソと起き上がる。
『…お疲れ様、まこと。ありがとね』
「ん…」
最後まで渋ってた真の髪をそっと撫でれば。
パチパチと瞬きをして起き上がった。
そして、皆で囲む食卓は。
「…原、野菜も食べて。花宮は魚も食べて」
『弘、もっとよく噛んで。康次郎、お魚以外も食べて』
いつもと変わらない、穏やかで暖かな空間。
『……春も、こうやって過ごしたいなぁ』
「…」
『…夏も、秋も。朝も夜も、皆といたい…もう、私、きっと独りぼっちに耐えられないよ。…こんな、こんな幸せ知っちゃったら、戻れない』
笑顔があって、隠し事がなくて、優しい誰かと、受け入れ合って生きてけるなんて、思ってもみなかった。
「…俺達はね、構わないんだよ」
「けど、俺らは人間と同じようには暮らせない」
「身分証とかないから稼げないし、居るだけならともかく、暮らすのはまた別だ」
「お前の負担も大きいだろ。俺達はそれぞれ生きて来れたんだ、飯の用意も明かりも水も、お前が用意する必要はないはずだ」
「………勘違いしないでね?今、一緒に暮らしてるの、俺達だってとても楽しいんだよ」
困ったように笑う一哉と健太郎。
その他も頷いて。
「楽しいし、幸せだから。お前に無理をさせたくない」
そう言われてしまえば。
私は押し黙るよりなかった。
6人分の食費なんて、いくら趣味のない私でも稼ぎ続けられやしない。
今は、賞与が出たから暮らせてるけど、半年持つとは思えなかったから。
『………そうだよね、冷静に考えれば、わかるのにね』
今より仕事を増やせば、稼ぎは増えるけど。
彼等と過ごす時間は減って、嫌いな人混みに、もっといなきゃいけなくなる。
『無理言って、ごめん。…でも!来年の冬は、またこうやって集まってくれる?それを楽しみに、私…がんばるから』
そこまで言えば、真がため息をついた。
「……あのな、別に棲まないだけで、会いに来るぐらいはするぞ」
「そうだな。湖にも来て欲しい」
「あとね、俺が海から魚を持ってくれば少しは食費浮くと思うんだ」
「俺と原で畑でもやれば自給自足も…まあ、多少は?と思うんだが」
「いつか鶏も飼ったりしてさ、楽しそうでしょ?」
そして、皆。また困ったように微笑んで。
「…目処が立ったら、いつか、ちゃんと一緒に暮らそう」
「きっと、そう遠くないと思うからさ」
「…お前も霧崎の住人だからな。面倒見てやるよ」
今度は、私が頭を撫でられる番だった。
『…っ、』
「だからさ、そんな、いまわの際みたいな顔しないでくれる?」
「まだ冬も長いしな。春になるまで世話になるぞ」
「古橋は風呂、ホントに気に入ったよな」
「花宮は炬燵がお気に入りだな」
「原ちゃんはストーブかな。上で焼き芋するの好き」
「湯たんぽとか、原始的だけどいいよね」
「俺は…」
「ザキはご飯でしょ。目ぇ輝いてるもん」
頭上を飛び交う、会話が暖かくて。
(…永遠があれば、いいのにな)
そんなことを思ってしまった。
(春になったら新しい椿を植えよう)
(私の、人の身が朽ちても)
(私の意思が、皆と居られるように)
*****************
「………だから、雪女と雪鬼が来たんだな」
「あの子が、冬を終わらせたくなかったんだね」
「ツバキがホシイって…椿を欲しいんじゃなくて、椿が欲しがってる…って意味だったのか」
「なるほどな」
「………じゃあ、俺らも、一因だよな」
だって、皆、冬に終わってほしくなかった。
fin
※似非バトルシーンあり
※人外霧崎番外
※それぞれの終末とは別世界軸
*****
雪が積もってきた。
この中を山の中にある家まで帰るのは、少々億劫。
けど、街に棲むのは疲れてしまうので引っ越す予定はない。
「おかえり、[#dn=2#]。さっき雪掻きをしたんだ、多少は歩き易いだろう」
『ありがとう、樹。そうだ、これ、お土産』
二龍松の片割れ、樹は。
山道の入り口で門番のように、いつも立っていた。
雨の日も、雪の日も。ふわふわと宙に浮く不思議な火を掲げて、私に「いってらっしゃい」と「おかえり」を告げてくれる。
「…マフラー?」
『そう。寒いでしょう?似合いそうな色だったから、買ってきた』
「ありがとう。大切に使う」
そんな彼に私はマフラーを巻き付け、おもむろに鞄を漁る。
『それから……内緒ね。ちょっとつまみ食いしよう』
「いいのか?」
『いいの。あんまり樹とはご飯食べられないからさ。…2個しかなかったし』
取り出すのは、肉まん。
アツアツではないけど、まだ温かい。
「それ、初めて食べるな」
『美味しいよ。ふかふかで、しょっぱい味』
「……、ほんとだ。旨いな」
『他にも色んな味があるんだよ。また、買ってくるね』
「ありがとう、楽しみにしてる。…さあ、気をつけてお帰り」
「どういたしまして。じゃあ、また灯り借りるね」
浮かぶ篝火を借りて、雪の中を帰路につく。
しんしんと、雪はまだ降り続いて。掻いた筈の道はまた白く埋もれかけていた。
「あ、お帰り。雪すげぇな」
『ただいま、弘。雪掻きしててくれたの』
「樹が移動できる範囲も限られてるしな。それに、他の奴ら寒がって外出ないし」
『真と康次郎は無理だね、梃子でも無理。…ありがとう、歩き易くて助かる』
家まであと少しのところ、弘はスコップを持って庭から道まで雪をどけてくれていた。
「どういたしまして。じゃ、帰るか。荷物代わるぞ」
『今日はいっぱい買い物しちゃったから重いよ』
「大丈夫大丈夫」
それからスコップを肩に担ぎ、空いた手に買い物袋を代わってくれる。
ニカッ、と明るく笑われると罪悪感より感謝が込み上げてきて。
『ありがとう』
私まで自然と笑えてしまった。
「おかえり[#dn=2#]。外、寒かったろう」
『うん。雪も結構積もってるよ』
「だろうね。山崎が中々帰って来ないから、かなり酷い降りなんだとは思ってた」
玄関を上がって、台所に顔を出すと健太郎がいた。
コトコトと何かが煮える音と、とてもいい匂いがする。
『……お腹空いた』
「すぐ出来るよ。着替えておいで」
『わかった。…夕飯、なに?』
「鯖味噌、白菜のお浸し、海老のお吸い物、大根ご飯」
『絶対美味しい。すぐ着替えてきて手伝う』
「どうも。あ、古橋も呼んで来てくれないか」
『うん』
健太郎は手際がいい。特に海産物を使った料理は、溜め息が自然に出るくらい美味しかった。
その上、物覚えがいいからレシピも豊富で、仕事がある日の夕飯は殆ど彼に頼っている。
私は…自分で作ってた頃より、食事の時間が楽しみになった。
『康次郎、ただいま』
「おかえり。今日は冷えるな」
『雪も凄く積もってるよ。まだ降ってる』
「寒い訳だ」
康次郎は、湯船で肩までしっかり湯に浸かっていた。
何回見ても、彼の下半身が錦鯉なのは目を引いて、暫くユラユラ揺れる尻尾を眺める。
『…そうだ、夕飯だっていうから上がって』
「呼びに来てくれたのか。すまないな」
『いいよ。今晩は鯖味噌だよ』
「そうか、楽しみだ」
彼は、人魚の部類の筈だけど。
魚を食べることに躊躇がないし、寧ろ好物だという。
"弱肉強食だ。魚の餌は魚だからな"
と言って。
「[#dn=2#]ちゃんおかえりー!」
『ただいま、一哉。夕飯だって』
「おーけー。机、用意するね」
『うん、お願い』
居間に出した炬燵で寝そべる一哉は、私が部屋に入るなり飛び起きた。
それから、机に箸や皿を並べていく。
台所から居間へは引き戸1枚。
健太郎が"料理も運んで"と扉越しに声をかけた。
『真、ただいま』
炬燵の、一哉とは反対側。
丸くなるようにして、首まで布団に入ってるのが。この、霧崎の地の主。
「……そんな時間か」
『そうだよ。ご飯できたから、そろそろ起きて』
「ん……」
真は、元がジョロウグモ…まあ、大蜘蛛だからか。寒さに滅法弱い。
昼間はともかく、夜の動きは緩慢だ。
「全員いるか?運ぶぞ」
『手伝うよ、弘。あと康次郎だけ』
「アイツまだ脚にならないのか」
「今来た」
「はい、古橋はお吸い物持って。原はご飯ね。山崎と[#dn=2#]で鯖運んで。お浸し持ってくから」
丸い炬燵で、席順は日替わり。
けど、一哉と康次郎の間に座ることが多い。正面は健太郎が多くて、余り隣に座ることがなかった。
『いただきます』
目の前に並ぶ、美味しそうな食事に急かされるように、手を合わせて箸をとる。
「どうぞ。いただきます」
続く健太郎に合わせて各々口ずさむと、それぞれも箸を伸ばし出した。
『はあ…今日も美味しい』
「良かった。…原、白菜も食べて。花宮は魚も食べて」
小言を挟みながら、皿はどんどん空いていく。
今日は何があったとか、明日も雪は止まないだとか、取り留めのないことを口にして。
談笑、団欒とは、こういうことなのかと沁々してしまった。
『ごちそうさまでした』
「お粗末様」
にこり、と健太郎は目元を細める。
それから、
「じゃあ、俺は片付け終わったら寝るよ。おやすみ」
『おやすみ。また明日ね』
健太郎は一番最初に寝床につく。
そして、いちばん最後に起きてきた。
お風呂から上がると、弘と一哉はいなかった。
「雪掻き疲れたと言って、先に寝た」
『そっか』
炬燵には、相変わらず丸くなる真と。
編み物をする康次郎。
「俺も、編み上がったから寝るが」
『アクリルたわし?』
「瀬戸が重宝だと言うからな。少し作り置きしようかと」
『これ洗いやすいんだよね。可愛いし』
「…そうか。[#dn=2#]は、欲しいものないか?」
『手芸で?…そうだなぁ、お弁当を入れるバックが欲しいかな』
「それくらいの大きさなら、すぐ作れるな。2、3日もいらないだろ」
『楽しみにしてる』
「ああ。おやすみ」
『おやすみ』
康次郎も寝床へ向かって、残ったのは私と真だけ。
『真、コーヒー飲む?』
「………飲む」
マグカップを2つ用意して机に戻れば、彼は羽織を重ねて座っていた。
「…………新しい本、あるか?」
『あるよ』
「……ん」
夜中、数十分の間の読書が彼との時間だ。
特に言葉も交わさず、広い炬燵で、寄り添うようにページを捲るだけ。
『…真、読めない』
「強ち…あながち、だな」
『ありがと』
「……コミュ障ってなんだ?」
『コミュニケーション障害の略。対人関係、対話、意志疎通の難しい障害』
「ふーん」
せいぜいこの程度だ。
『そろそろ寝よう。明日も雪だし、仕事だし』
「…寝床まで、寒いんだよな」
『離れだもんね。渡り廊下とか、来年は隣接に直そうか』
「そうしろ。…ってか、お前寒くないの」
『寒いけど…寒いから皆ここにいるんだなぁって思うと、楽しくて』
「馬鹿」
炬燵の電源を落として、マグカップを洗えば。
真はいよいよ険しい顔で縮こまる。
『仕方ないなぁ。抱っこしてってあげるよ』
着込んだ半纏の前を広げて見せれば、一瞬考えたような真も、手のひらサイズの蜘蛛になって寄ってくる。
『…よし、じゃあ。このまま布団へ』
離れ…渡り廊下の向こうの部屋が、皆で雑魚寝してる部屋だ。
壁に沿うように寝てる蛟竜が健太郎、大きな赤毛の犬…じゃなくて狼が弘。
弘のお腹を枕にしてるのが一哉。
不思議なくらい真っ直ぐな姿勢で寝てるのが康次郎。
その間に、私と真の布団。
『おやすみ…』
皆に布団をかけ直して、自分も布団を被った。
ちなみに、朝ごはんとお弁当は一哉が作ってくれる。
「おはよ、[#dn=2#]ちゃん」
『おはよう。……甘い匂いがする』
着替えて、髪を整えて、顔を洗って台所。
半纏の中に真を抱えたまま顔を出せば、一哉がフライパンを振っていた。
「今日はね、フレンチトースト。ベーコンとほうれん草のソテー、スープ」
『朝から幸せが襲ってくる』
「これから仕事頑張るんだもん、美味しいもの食べないとやる気でないじゃん」
一哉の朝食は、洋食が多い。
お弁当は和洋中関係なしに、彩りよく入ってる。
「ってか、毎朝毎晩、うちの地主運ばせてゴメンね」
『いいよ。寒いの苦手なのは知ってたし、結局一番神経使ってるもの』
「まあ、四方任されてた俺らがここに集まっちゃってるからね。別に異変があればわかるし、そんなに気張らなくたっていいのにさ」
『…霧崎、そんなに見回りとか必要な土地なの?』
「いや?特に何かあったことはないけど…雪だしね。気をつけてるだけだと思う。まあ…[#dn=2#]ちゃんを守ってあげたいんだよ。この土地に棲むんだもの、何かしら寄ってくる」
そこまで聞くと、真はモソモソと蠢いて。
人型に戻る。
「寒いんだから、早く居間行けよ!」
「寒いなら出てこなきゃいいのに。花宮って馬鹿なの?」
「馬鹿はお前だろうが」
「いや花宮だね。俺が千里眼の一つ目だって忘れた?」
『うんうん、朝から元気だね。炬燵行こう、真』
何か言い返しそうな真の手を引いて居間に連れていけば、炬燵に潜ってしまった。
「…この雪でも仕事行くのか?」
『行くつもりで雪掻きしたんだけど』
「松のとこまで着いてくわ」
弘と康次郎が次いで入ってきて、止む気配のない雪を窓越しに見ながら眉をひそめた。
「…人間の暮らしも大変だな」
『でも、悪くないでしょ?』
「だな。飯も旨いし寝床もあるし」
「働く、ということの見返りは確かにあるが…少々悪天候が過ぎる」
朝食は一哉と康次郎と弘と私。
真は炬燵にいるだけで食べないし、健太郎はまだ寝てる。
一哉がプレートを運ぶのを手伝って、朝食の始まりだ。
「ねえ、ザキが洗い物してよ。そしたら俺が駅まで[#dn=2#]ちゃん送るから」
「ああ、その方がいいか」
『一人でも大丈夫だよ』
「駄目だって。雪道なめたら痛い目見るよ」
『じゃあ、お願い』
美味しい朝食を終え、楽しみなお弁当を持って雪道を下っていく。
山の入り口、樹の松にはマフラーが巻いてあった。
(今日も頑張って働いて。皆で美味しいもの食べよう)
(皆が、寒い思いしない家にしよう)
電車に揺られながら、最近いつも思う。
彼らに出会って、生活がとても変わった。
小さい頃は、背中の痣をからかわれて友達もできず、人間不信。
中高生になっても人嫌いは治らなくて、卒業するのだけを目標に登校してた。
社会人になっても変わらず、ただただ目標も目的もなく働いて…
祖母が亡くなって、人里から少し離れた霧崎に棲みついてから、やっと穏やかに過ごせるようになった。
(でも結局、賑やかでいいなぁ…って思って暮らしてる)
(…変なの)
彼らに会えて良かったと思ってる。
今は、冬の間だけと言ってうちに棲んでるけど…いつかは、いつでも、夜は皆が帰ってくる場所にしたい。
(……いつか…いつか…)
***
[#dn=2#]を見送った原が帰宅して。
やっと瀬戸が起きてくる。
彼らは冬の間、彼女に温かい寝床と食事を餌に釣られて、一緒に住むことにしたのだ。
朝食とお弁当を、原が。
家の掃除を、古橋が。
雪掻きや畑の外仕事を、山崎が。
夕食の用意と山崎の手伝いを、瀬戸が。
それぞれ対価として担っている。
花宮は、家の仕事は特に任されていない。
四方を任せていた者が皆一様に集まってしまったから、霧崎全体を静かに警戒していた。
因みに、普段は野山や水辺で暮らすくらいだから。[#dn=2#]がいない昼食はわざわざ作って食べるということはしなかった。
彼らも、一応、衣食住に金銭がかかることと、働かなければ金銭が得られないことは理解していたから。
そして、今日も各々の仕事を終えた昼過ぎ。
「ねー、こんなに雪降ったことあったっけ?」
「ここ数十年は記憶にねぇけど?」
「いや、100年単位だな。ここは確かに雪の降る土地だが、この量をこの速さで積もらせたのは大昔だ」
窓の外を見た原は、自分の膝を越える積雪に首を傾げた。
山崎もそういえば、と首をもたげ、花宮は眉をひそめる。
「雪女?…だけじゃないね、気配が荒々しいのも居る」
「…………、雪鬼…か」
静かに眺めていた瀬戸と古橋も口を開いた。
「どうする…って、聞くまでもないか」
「お帰り願うしかないね」
「…!ちゃんと入り口から来たな。出迎えるぞ」
霧崎に侵入した妖の気配を、花宮が察する。
「俺は、湯でも沸かして待っていよう。役に立つのは全部終わってからだからな」
「そうだね。おうち、まかせたよ」
そして、古橋を残して雪の中へ飛び出していった。
「……チッ、ほんとクソ寒いな!」
「侵入は許してないけど。遅いよ花宮」
「悪いな、松。で?相手は?」
「お察しの雪女と雪鬼だ」
駆けた先、松の木の向こうに白装束の女が一人。
そして、白い毛むくじゃらの大きな鬼が一匹。
肌を刺すような冷気を纏ってそこに佇んでいた。
「入ってはこれないが、立ち退く気もないと」
片割れとはいえ、二龍松である松本が張った結界が女と鬼の行く手を阻んでいる。
踏み出す足を、延ばす腕を弾かれながらも、2体は退こうとしなかった。
「結構殺気だってんね」
「…なんの用?」
「………」
「生憎、ここには凍らせる男もいないし、食料も大してないよ。他所を当たってほしい」
「………」
瀬戸の問いかけに、二体は答えない。
けれど。
「ツバキ ガ ホシイ」
そう、口を開いた。
口を耳まで裂いて、拳を振り上げて突進してくる鬼。
血も凍るような吐息を吐き出す雪女。
勿論、こちらだってそのままではない。
「そうか、話合えないと」
瀬戸は蛟竜の姿を顕現させ、雪女に巻き付く。
山崎は、赤毛の狼へと姿を変え、振りかぶられた鬼の腕に噛みついた。
「あァああアアぁアアあァア!」
「ぐぉおおおオオおオォ!!」
耳をつんざく、高い悲鳴と。
地響きのような、うめき声。
「…ツ…バキ……」
それでも、うわ言のように2体は、ツバキ、椿と繰り返す。
それを見て、花宮は一歩進み出た。
「…あのな。あの椿を食べたところで、力は増えないぞ。寿命も変わらない。これは、ただの印だ。妖力も、精力も、アイツには何も残ってない」
足止めを余儀なくされる二体に、花宮はそのまま訥々と言葉を投げる。
「今すぐ帰れ。殺す理由は無い」
それを聞いて、瀬戸と山崎が僅かに力を緩めた瞬間だ。
雪妖怪は各々拘束から抜け出し、尚も前進しようと足を踏み出す。
血走った目は何も映していないし、その耳にも何も届いてはいないのだろう。
がむしゃらな突進は、結界を突き破る程。
けれど、二人はそれを追わなかった。
花宮が張った蜘蛛の巣が見えたから。
雪妖怪は見事にひっかかり、細く、白く、延々と絡む、その糸に絡め取られた。
糸は、雪女の着物に、雪鬼の体毛に食い込んでいく。
もがけばもがくほど糸は食い込み、逃げ出すことは叶わず、その身を切り付けるばかりだ。
「帰れと言っただろ。……地獄に垂らした蜘蛛の糸に縋らなかったのは、お前らだからな」
きつくなった糸に、ポタポタと赤い血が染みて伝って流れてくる。
やがて、身動きすらしなくなった雪女と雪鬼を糸から解放すれば。
トドメと言わんばかりに、瀬戸が雪女を締め上げ、山崎が雪鬼の喉笛を咬み切った。
「……なんだったんだ、結局」
二体は、雪になって消えた。
ふと見上げれば、空を覆った雲もなくなっている。
「さあな。まあ、妖怪が力欲しさに…なんてのは良くある話だ」
「椿が欲しい…とはねぇ」
「ああいうの食べたら力が増えるとか長生きできるって本当なの?」
「まやかしだな。古橋の人魚の肉にも実際に不老不死の力なんてないし、椿を宿らせた俺だって椿の力は使えない」
「人間の願望が詰まってるだけか」
「………じゃあ、今の2体も人間だったのかな」
「かもな」
「……気配も完全に消えたし、帰るぞ。雪が降ってなくても寒いもんは寒い」
何百年と生きていれば、不可思議なことなんていくらでもある。
ただ、彼らが抱く感想は
([#dn=2#]が帰って来るまでに片付いて良かった)
そんなものだった。
*****
『雪、止んで良かったね』
「そうだな」
『……なんで、皆そんなに疲れてるの?』
夜、仕事終わりに駅まで一哉が迎えに来てくれて。
家に帰れば、真はともかく、弘と健太郎まで炬燵で寝ていた。
そして、珍しく康次郎が台所で調理をしている。
「……雪、始末してた」
『…雪掻き?』
「そんなところ」
一番戸に近かった弘の横に屈んで、眠そうな顔に質問すれば。
やっぱり眠そうな返事が返ってきて。
『そっか。お疲れ様、ありがとう』
頭をワシャワシャと撫でる。
いつもなら、恥ずかしいそうに"やめろよ!"とか言うのに、今日はただくすぐったそうに、「おう」と撫でられている。
「山崎ずるいよ、俺だって頑張った」
反対側、完全に寝てると思った健太郎から声がかかる。
「[#dn=2#]、」
『うんうん、健太郎もお疲れ。ありがとうね』
眠そうに目を細めた彼の頭を、さわさわと優しく撫でれば。そのまま目を閉じて微睡んだ。
「えー、なら原ちゃんも頑張ったよ」
「お前立ってただけだろ」
「俺は"視る"のが仕事なの!」
『わかってるよ。一哉、ありがと、お疲れ様』
上から立ったまま見下ろしていた一哉に、私は再び立ち上がって並ぶ。
彼の方が背が高いので、頭ではなく、頬を両手で挟むようにスリスリと撫でた。
「ありがとー」
満足げな一哉はニマニマ笑うと、台所へ手伝いに向かう。
入れ違いに、出来上がった皿を持った康次郎が入ってきて、じっと、私を見つめた。
「………」
『…ふふ、うん、康次郎だって頑張ってるよね。ありがとう』
そう告げれば、満足そうに頷いて。
炬燵に取り皿と箸を並べると、そのまま座って私を見上げた。
「なぁに?皆甘えん坊だね」
そんな彼の頭をポンポンと撫でれば、やはりそれを期待していたらしく。
緩く微笑んでくれた。
「[#dn=2#]ちゃん、鍋いくから気をつけて」
『うん。あ、お玉と取り箸追いかける』
「お願い」
そのうち、一哉が土鍋を運んできた。
鱈とつくねが入ったちゃんこ鍋。
匂いに釣られて、炬燵で寝てた彼らもモソモソと起き上がる。
『…お疲れ様、まこと。ありがとね』
「ん…」
最後まで渋ってた真の髪をそっと撫でれば。
パチパチと瞬きをして起き上がった。
そして、皆で囲む食卓は。
「…原、野菜も食べて。花宮は魚も食べて」
『弘、もっとよく噛んで。康次郎、お魚以外も食べて』
いつもと変わらない、穏やかで暖かな空間。
『……春も、こうやって過ごしたいなぁ』
「…」
『…夏も、秋も。朝も夜も、皆といたい…もう、私、きっと独りぼっちに耐えられないよ。…こんな、こんな幸せ知っちゃったら、戻れない』
笑顔があって、隠し事がなくて、優しい誰かと、受け入れ合って生きてけるなんて、思ってもみなかった。
「…俺達はね、構わないんだよ」
「けど、俺らは人間と同じようには暮らせない」
「身分証とかないから稼げないし、居るだけならともかく、暮らすのはまた別だ」
「お前の負担も大きいだろ。俺達はそれぞれ生きて来れたんだ、飯の用意も明かりも水も、お前が用意する必要はないはずだ」
「………勘違いしないでね?今、一緒に暮らしてるの、俺達だってとても楽しいんだよ」
困ったように笑う一哉と健太郎。
その他も頷いて。
「楽しいし、幸せだから。お前に無理をさせたくない」
そう言われてしまえば。
私は押し黙るよりなかった。
6人分の食費なんて、いくら趣味のない私でも稼ぎ続けられやしない。
今は、賞与が出たから暮らせてるけど、半年持つとは思えなかったから。
『………そうだよね、冷静に考えれば、わかるのにね』
今より仕事を増やせば、稼ぎは増えるけど。
彼等と過ごす時間は減って、嫌いな人混みに、もっといなきゃいけなくなる。
『無理言って、ごめん。…でも!来年の冬は、またこうやって集まってくれる?それを楽しみに、私…がんばるから』
そこまで言えば、真がため息をついた。
「……あのな、別に棲まないだけで、会いに来るぐらいはするぞ」
「そうだな。湖にも来て欲しい」
「あとね、俺が海から魚を持ってくれば少しは食費浮くと思うんだ」
「俺と原で畑でもやれば自給自足も…まあ、多少は?と思うんだが」
「いつか鶏も飼ったりしてさ、楽しそうでしょ?」
そして、皆。また困ったように微笑んで。
「…目処が立ったら、いつか、ちゃんと一緒に暮らそう」
「きっと、そう遠くないと思うからさ」
「…お前も霧崎の住人だからな。面倒見てやるよ」
今度は、私が頭を撫でられる番だった。
『…っ、』
「だからさ、そんな、いまわの際みたいな顔しないでくれる?」
「まだ冬も長いしな。春になるまで世話になるぞ」
「古橋は風呂、ホントに気に入ったよな」
「花宮は炬燵がお気に入りだな」
「原ちゃんはストーブかな。上で焼き芋するの好き」
「湯たんぽとか、原始的だけどいいよね」
「俺は…」
「ザキはご飯でしょ。目ぇ輝いてるもん」
頭上を飛び交う、会話が暖かくて。
(…永遠があれば、いいのにな)
そんなことを思ってしまった。
(春になったら新しい椿を植えよう)
(私の、人の身が朽ちても)
(私の意思が、皆と居られるように)
*****************
「………だから、雪女と雪鬼が来たんだな」
「あの子が、冬を終わらせたくなかったんだね」
「ツバキがホシイって…椿を欲しいんじゃなくて、椿が欲しがってる…って意味だったのか」
「なるほどな」
「………じゃあ、俺らも、一因だよな」
だって、皆、冬に終わってほしくなかった。
fin
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