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[花浜匙]
‐7周年記念 フリリク‐
クロ様へ捧ぐ 花宮夢
※花と蝶 の番外且つifです
2019/08/30
*****
バスケを続けるなら、避けて通れないとは思っていた。
合宿
10日間に渡るそれは「体力・筋力強化」が目標。
それにしては短期なんだが、まあ、金銭の事情がある。
なんせ殆ど実費だからな。長期に渡って合宿所を借りることもできなかったし、専属コーチやフードプランナーもつけられなかった。
それだけ、場所に金が掛かってる。
(ここはなぁ…飛び入り参加で来て以来か)
関東の、超大型スポーツ施設。
プレオープン中に、雨月と数日世話になった場所だ。
そのときは、木吉はいるはキセキはいるはで色々あったが…それはさておき。
体育館やグラウンドは勿論、プール、温泉、ジムまで完備してあるとなれば……それなりの費用になるってもんだ。
それでもここで合宿するのは………Jabberwockに手酷く負けたのが相当悔しかったんだろう。
参加メンバーはstrky1軍だけ。
笠松、岡村、宮地、今吉、森山………敬称略。
水戸部、氷室、俺………計8人。
それからマネージャーの雨月。
フードプランナーがつけられなかった点は、雨月が栄養管理と調理を買って出てくれたことで緩和された。
チームの金銭的な側面もあったが、何より、食を依存する俺の為。
当然、彼女の手料理を他の奴等に食べさせなければならないという悔しさがあって。
食い盛りの男8人分の炊事をさせなければならなくなった罪悪感もある。
「…無理してないか」
合宿の荷造りをする彼女に問えば。
『真君の為にする無理なんて、無理のうちに入らないの。それに、その身体は私のご飯で出来てるんだから、馬鹿言わないで』
と、照れたように、拗ねたように、慈しむように………微笑まれた。
(馬鹿はお前だバァカ!)
惚れ直した。可愛すぎか。
合宿初日、キャプテンである笠松さんの号令とともにトレーニングが始まった。
全体トレーニングと個人トレーニングの時間は別に設けられていて、個人メニューも内容と目標と成果を笠松さんに報告しなきゃいけない。笠松さんは、今吉さんに報告してる。
笠松さんが今吉さんを選んだのは「コイツには誤魔化しがきかないからな」という、ストイックの鑑みたいな理由だった。
元々、結構熱血な奴が多いんだよな………strkyって。
ストイックさで言えば宮地さんや氷室だって、気持ち悪いくらいだし。
バスケをしてる理由が「モテたい」とか不純な理由の岡村さんとか森山さんだって、手を抜いたりはしない。…女が絡むとやる気が出るのは事実だが。
………まあ、不純さと不誠実さで言ったら俺が断トツだ。何も言うまい。
今日は9時に集合、施設案内等済ませて10時からトレーニング。
雨月は早々に昼飯の用意をしに調理室へ籠った。
因みに、場所は体育館で。
ストレッチを終えた後はひたすらランニングで、短い休憩のあとは、障害物を置いた蛇行ラン。全員黙々と走り込むこと2時間。
12時。
多少ぐったりしながらも、各々着替えたり軽くシャワー浴びてくる奴なんかもいる。
男ばかりならまた違ったのかもしれないが、今回は…
『お疲れ様です!空のボトルはそっちに置いて、終わった人から着席してください。あ、お茶はセルフですよ』
と、エプロン姿の雨月が笑顔で食堂に常駐してるとなれば。
それなりに身形を整えてから食卓につくというもの。
かくいう俺だって、シャワー浴びてきたし着替えもしてきた。
「花ちゃんエプロン超カワイイ!」
『ありがとうございます、森山さん。私のお気に入りのエプロンなんです』
「これが10日見れるんなら、鬼のようなメニューも乗り切れそうじゃ」
「おいモアラと森山とっとと退けよ!いつまで経っても茶が汲めねぇじゃねぇか!」
冷たい麦茶と日本茶のポットを持って立ち止まる森山さんと岡村さんに激を飛ばす宮地さん。
俺は席をとりながら、それを眺めていた。
彼女はどうせ一番下座に座るから、その正面を。
「……なぁ、花ちゃんいつもエプロンしてはんの?」
その俺の隣に、今吉さんが座った。
「先輩、もっと上座行ってくださいよ」
「この人数で上座も下座もあるかいな。交流も兼ねてんのやし、席順くらい無礼講やで。………で?エプロンほんまにかわええなぁ?」
うざい。ほんとにうざい。
「当然でしょう?俺が雨月に選んだエプロンなんですから。毎朝毎晩、あれつけて台所にいますよ」
でも、否定はしない。
流石に中学生の頃からつけていたエプロンはシミやほつれが目立つようになったので引退させて。
新しいものを俺が贈った。あのエプロンはシンプルで機能的だが、彼女にとても似合うものだったから。
「なんや、もっと独占欲強いと思たわ。エプロン姿なんて見せへん!飯も食わさん!みたいな」
「どっちも妥協したんですよ。1万歩くらい譲渡した結果です」
「……寧ろその歩数、なんで譲れたん?」
「雨月がエプロン自慢したいって言ったのと、俺がアイツの飯食べたかったんで」
隠そうと思ったって隠せない相手なら。
彼女が知られたくないこと以外は喋ったっていいだろうと思った。
実際、サトリは辟易した顔をしている。
「お前ら自分の飯くらい運べるだろ、皿とりにこい!」
そこに笠松さんの号令が飛んで、各々トレイやら皿を運び始めた。
『ありがとうございます、笠松さん。温かいうちに食べてもらいたいので助かります』
「…おう、このくらいはさせる」
雨月にはにかまれた笠松さんは、ちょっと目を泳がせながら皿を運んでいく。
因みに、昼飯は玄米入りの飯、豆腐とワカメの味噌汁、八宝菜、リンゴだった。
………俺は、10日間のメニューは全部知ってる。だって、彼女が俺に何を食べたいか聞きながら考えた献立だから。
まあ、所々水戸部と相談したりもしてたが。
『気分で食べたいものとかできたらこっそり教えてね。できる工夫はするよ』
なんて言いつつ、ちゃんと栄養とか考えて作ってあるんだし、そんなワガママは言わない。
「ちゃんと感謝して食えよ!いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
お決まりの笠松さんの号令。
それから、がっつくような食器の音と咀嚼音。
続けて口々に「うまい」と聞こえてくる。
当然だろ、誰が作ったと思ってんだ。なんて苛立ちと。
そうだろう、俺の嫁の飯だからな。なんて誇らしさと。
複雑な気持ちで顔を上げれば。
『………?』
雨月が"お味はいかが?"と首を傾げた。
「……」
隣にサトリがいるのが気に障ったから、口には出さずにただ頷けば。
パアッと、嬉しそうに笑うものだから。
さっきの複雑な感情は消し飛んだ。可愛いんだよ馬鹿。
「堪忍してや、このバカップル」
「次から隣に座らなければいいんですよ」
さすがのサトリはその辺感じ取ったようで。
口ではそう言いながら相変わらず胡散臭いニヤケた笑みを向けてくる。
けど、知らね。
好きでこの人が俺らの隣に座ったんだから。
.
午後はジムを使った筋トレ。
着替えてコインランドリーを回してから、食堂。
夕飯は豚の生姜焼きで、変わらず旨かった。
そこまでは穏やかだったんだが。
「…笠松、その組み合わせに躊躇なかったのか?」
ひきつる宮地さんに、笠松さんは首を傾げた。
「なんか不都合あんのか?」
と。
雨月を入れて9人の俺達は、4部屋に割り振られる。
全員の予想は、雨月が1人部屋、残り3部屋を3・3・2人で使うものだったが。
雨月と俺が2人、残りを3・2・2人で使うように笠松さんは組み合わせた。
「だって、女と相部屋って…」
「夫婦だろ?お袋と親父が同じ部屋で寝てんだから問題ないんじゃないか?」
「………あー…そうなんのか?」
釈然としない森山さんと宮地さんは首を傾げたままだが
「俺達は問題ないです」
『私も1人で1部屋は申し訳ないので、是非これで』
俺達は願ったり叶ったりなので圧し通った。
「…お前ら、家でも同じ部屋で寝るん?」
「当然でしょ」
「いやいや、夫婦でも寝室は別とかあるやん」
「なんで同じ家に住んでんのにわざわざ別んとこで寝なきゃいけないんですか」
それすら、今吉さんにはからかうネタになるらしく。
またニタニタと迫ってきたのでイライラしながら返す。
「…布団も一緒?」
「野暮なこと聞かないでください」
そう、イライラしてんのはこっちだし、そっちが好きで聞いてきたくせに。
なんでか辟易とした顔をされた。
俺達のやり取りを気にもせず、笠松さんは部屋割りの説明を続ける。
「残りは水戸部と氷室で1部屋な。先輩と一緒じゃ休まらないだろ」
「配慮ありがとうございます」
「おう。後は森山、宮地で2人部屋。余りが3人部屋な」
「なんでその組み合わせなん?」
「今吉と岡村はキャプテン経験あるだろ。毎日とか長時間とは言わねぇから、話聞きたくてな」
「ほんとは?」
「森山のモテ談義も宮地のアイドル話もついていけないから、セットで遠ざけた」
「酷い!」
森山さんが喚く隣で、岡村さんがボソリと呟くのが聞こえた。
「……誰かと眠るなんて、一生縁がないかもしれないのぅ…」
………哀愁漂いすぎて「そうですね」なんて、軽口も叩けなかった。
雨月は聞こえていなかったようで、俺の服の裾を摘まむと、
『…良かったね、おんなじ部屋で』
と小声ではにかんだ。
ホッとしたようなその顔に、小さく頷いて。
朝飯作らなきゃいけない雨月の為に、とっとと寝ようと思った矢先。
「はよ寝るんやで?無理させんと、ちゃんと寝かしてやりや」
今吉さんが、耳元で囁いた。
………意図は汲んだ、察した、ムカついた。
コイツの頭ん中は親父か。
絶対隣の部屋に来て聞き耳立てるつもりだろ。好きにしろよ、アンタが望んでるようなイベントは起きねえから。
「…言われなくても、雨月は俺と一緒なら秒で寝れるんで」
「お前は睡眠薬かいな」
「そうですよ。明日も雨月は早起きしてアンタの朝飯も作んなきゃいけないんですから、早く部屋に戻らせてください」
雨月を引き寄せて、イライラしながらも作り笑いをすれば。
サトリはやっぱり愉しげに笑う。
「えらい大事にしてんな、ほんま」
「………大事にできないなら結婚なんてしませけど」
何を言ったってこの胡散臭い笑みを崩させることはできないんだから。
開き直って本音をかませば、今吉さんは少し間を置いて頭を掻いて。
「せやなぁ…そこまで言えるんやもんな」
何を思ったのかわからないが、両手を軽くあげて降参のように首を振った。
「わかった。お休み、ほな、明日な」
「ああ」
『おやすみなさい』
やっぱり何がわかったのか解らないが、
離れていいなら…と足早に割り振られた自室に向かった。
もちろん、2つ用意されたベッドの片方は使われなかった。
****
翌朝、軽い早朝練の後。
食堂には変わらず雨月のエプロン姿。
「おはよう雨月ちゃん、今日も可愛いね!」
「やめとき森山。花宮の眉間がえらいことになるで」
全粒粉のマフィン、ベーコンエッグ、温野菜サラダ、フルーツヨーグルト、コーヒー。
そんな朝食を目の前にしてのやりとりに、俺は溜め息を吐きながら自分のカップを手に取った。
「………俺の嫁はいつでも可愛いんで。別に気にしませんけど」
「はぁぁ、朝からお熱くてかなわん」
注がれるブラックコーヒーを一瞥して、彼女に視線を向ける。
俺達の会話なんて気にせず『オレンジジュースもありますよ』なんてニコニコしていた。
………普段は朝食を抜くことが多い俺だが、合宿の時だけはちゃんと食べる。
早朝練があるから腹が減る…のもあるが、単に他の奴らが食って俺の腹に入らないのが気に食わないから。
よって、オレンジジュースも飲んだ。
「マコトはいつもこんな素敵な朝を迎えるのかい?」
HAHAHA、って吹き出しが付きそうな笑顔で氷室が隣に座る。
「……まあ」
「じゃあ、独り占め出来なくて不機嫌なんだ」
「どこが不機嫌だよ」
「気にしません"けど" って、引っ掛かったからさ」
「…勝手に言ってろ」
「そう?じゃあ遠慮なく」
遠慮なく?と疑問を抱くと同時に、氷室は口を開いて。
雨月に問いかける。
「ねえ、マコトはさ、朝起きておはようのkissとかしてくれるの?」
ブフッ、とコーヒーを吐いたのはもうひとつ隣にいた笠松さんと宮地さん。
思わず飲み込んで噎せてるのが俺と今吉さん。
口を半開きのまま閉じられないのが雨月。
「えー、ノーコメントかい?日本人って皆恥ずかしがりでそういうことしないけど、君らくらいlovey doveyならあるかなって。だって一緒のベッドで眠るんだろ?朝のkissもholdもないなんて寂しいじゃないか」
なんでもないように続ける氷室に、これでもかというくらい雨月は赤面した。
そして、助けを求めるように俺に視線を移す。
「はは、無言の肯定だね。睦まじくて何よりだよ」
その流れで理解されてしまったのが癪だがしょうがない。
だって事実だし。
「………氷室、許さん」
「え、岡村さんなんで怒ってるの?え、泣いてる?」
「お前のせいで知りたくもないこと知っちまったからだよ!」
朝から賑やかだな、うるせえ。
なんて途中から傍観者になっていれば
「おい、花宮!」
『「はい』」
「お前らがノロケていいのは1日3回までだ!今ので1だからあと2な。二人そろって返事してんじゃねーよ!」
宮地さんから怒濤のキレ。
「なんで3回?」
「するなっつっても無理だからな、妥協。緑間のワガママ券と同じだ」
ノロケたつもりはないし、そもそも氷室や今吉サンが話題を振らなきゃ喋らないのに。
「ええんちゃう?4回目からペナルティやな。楽しみ」
…ほんと、謀ったような笑い方しやがる。
2日目以降は、午前が個人で午後が全体。
午後のうち前半は水泳固定で後半はボールを使っての技術練習や模擬戦。
午前と午後に1回ずつ、雨月がドリンクボトルの交換と軽食を持ってきてくれる。…全員分な。
休憩となれば、懲りもせずに今吉サンは寄ってきて。
「なあなあ、家では呼び方違うたりするん?」
とニヤニヤ笑う。
「別に」
「えー、真君に雨月やろ?アダ名とか使わんの?」
「使いません」
ペナルティがある、と言われた以上、答えない・喋らないが正解。
アダ名を使わない明確な理由なんてない、ガキの頃からそう呼んでるから今更変えないだけだ。
つーかお前らが雨月ちゃんとか呼んでんじゃねーよ。
「つまらんなー」
「でもマコト、きっと心の中でhoneyとか呼んでるタイプじゃない?」
「それは笑うわ」
氷室が入ってくると、俺が黙ってても無駄。
「darling、は男でも女でもいいんよな?」
「日本では男性に向けてですけどね。案外古風にmy sweetとかsweet pumpkinなんて呼んでるかも」
「雨月ちゃんは、そういうの呼ばれたいとかあるん?」
不意に、軽食のおにぎりを配っていた彼女に話が飛ぶ。
聞いてはいただろうが、答えは用意してなかったらしい。
『え………考えたこともなかったです』
目をパチクリさせて立ち止まってしまった。
「ちょぉ想像してみ、花宮からのハニー呼び。アリ?ナシ?」
えっと…と考え始めた雨月と今吉サンの間に割って入る。
「ナシだ。……ほら、宮地さんと岡村さんが待ちわびてるぞ。早く行けよ」
『そうだった。じゃあ、行ってくるね』
残りのおにぎりを持たせて、その場を離れさせれば、今吉サンは不服そうな顔。
「返事聞きたかったわぁ」
「聞いてどうするんですか」
「アリでもナシでも、ワシが1回呼んでみようかと」
「やめろふざけんなばか」
「全部平仮名でしゃべんなやガキ」
その癖最後は楽しそうに嗤いやがる。
ほんっと、うざい。
そう、そんなことが10日続いた。
幸い、相手にしないのが効果的で、宮地さんにノロケカウントを入れられることもなく。
10日目。
「……雨月ちゃんの飯を食えんのも、これで最後じゃ…」
「エプロン姿も、これで見納めか…」
消沈する岡村さんと森山さん。
無視して黙々と昼飯を掻き込んでいれば、笠松さんと宮地さんまで小さくため息をついて。
「………進学してから独り暮らしで自炊と惣菜ばっかだったから、人が作ってくれた飯って久しぶりだったな」
「そうだな。……なんつーか、実家帰ったみたいだったわ」
「すげー安心感だよな。懐かしいとすら思う」
「ノロケ禁止とは言ったが、花宮が嫁に胃袋捕まれんのは解るわ。家に帰って飯食おうって思う」
そう溢した。
雨月は只、困ったように笑って。
『おかわりありますよ』
と声をかける。
それぞれが皿を掲げて平らげてく様を見て、今吉サンはまたニヤニヤと笑った。
「…また合宿で飯作ってくれ言われたら、どないする?」
正直、断りたい。
雨月に作らせるのは嫌だし、俺がコイツ以外の飯食いたくないんだから、俺だって参加しない。
(けどアイツは…作りたいって言うんだろうな)
("真君を受け入れてくれる人だから")
(とか、イイコチャンなこと言って)
「……そうですね、常に惚気全開でいいなら、いいですよ」
「え…ええ……それは、雨月ちゃんの飯と天秤にかけても辛いなぁ。あれ、ノロケた内に入らんのやろ?」
「ああ」
「因みに、全開にしたらどないな嫁自慢聞けるん?」
「アイツは、ひけらかすものじゃない。誰から見てどうであっても、俺にとって唯一無二の存在なんだよ。…だからって貶すことは赦さねぇが、惚気ろっつっても無理な話だ」
「………無自覚って怖いわぁ……」
最後の最後、今吉サンはやっとあの飄々とした笑みを崩した。
******
「これで合宿は終了だ。けど、これは自分の課題と向き合う材料にすぎない。各々自主練・研究を怠らないように」
〆の挨拶を笠松さんがして。
初日現地集合だったように、最終日も現地解散。
散っていくメンバーの中、雨月は とととっ と近づいて来た。
『お疲れ様、真君』
「お互いにな。…大変だっただろ」
『それなりにね。でも、今は家のキッチンが恋しい』
「あんなに作ってたのに、まだ料理したいのかよ」
『慣れ親しんだキッチンで、真君と選んだ食器で、二人きりでご飯が食べたいの…わかる?』
「わかってる。………そんで、いつものベッドで手を繋いで寝れば満足だろ?」
『えへへ。…だからね、夕飯に食べたいもの教えて?』
嗚呼、高校の時の合宿終わりも、雰囲気こそ違うが、こんな感じだった。
違うのは、感情を隠さなくていいし、偽らなくていいこと。
「さっき食ったばっかりで浮かぶかよ。…コーヒーでも飲んで、ゆっくりしてから考えようぜ。遅い時間に買い物行くのも楽しいだろ?」
『ふふ、そうだね。じゃあ、帰ったらお茶の用意する』
…………、こういう顔を独占したいのも変わってないか。
緩く微笑んだ彼女の頭をそっと撫でて。
「とっとと帰るぞ」
そっと手を繋いだ。
(…こんなにも)
(いつも通りが恋しい)
fin
今吉と宮地
(なあ今吉、ペナルティホントに考えてたか?)
(ほんまはな、部屋を別けたろうと思ってん)
(………それ、雨月も辛そうだな)
(せやねん。いや、あの子のノロケも大概やから、それでもええっちゃええねんけど…どっちもモチベーション下がると思うんよ)
(言えてる。部屋で会えなかったら食堂でイチャつきそうだもんな)
(だったら、どうせ寝るだけやし部屋くらい一緒の方が被害少なくて済むやろ)
(岡村筆頭に森山とか、直視したら膝から崩れるだろうよ)
(同室で組んだ笠松すら、氷室が寝起きチューの話振った時は後悔してたで)
(……どうでもいいけど、今吉が"チュー"とか言うの親父臭いな。キモい)
(やかましいわアホ)
end
‐7周年記念 フリリク‐
クロ様へ捧ぐ 花宮夢
※花と蝶 の番外且つifです
2019/08/30
*****
バスケを続けるなら、避けて通れないとは思っていた。
合宿
10日間に渡るそれは「体力・筋力強化」が目標。
それにしては短期なんだが、まあ、金銭の事情がある。
なんせ殆ど実費だからな。長期に渡って合宿所を借りることもできなかったし、専属コーチやフードプランナーもつけられなかった。
それだけ、場所に金が掛かってる。
(ここはなぁ…飛び入り参加で来て以来か)
関東の、超大型スポーツ施設。
プレオープン中に、雨月と数日世話になった場所だ。
そのときは、木吉はいるはキセキはいるはで色々あったが…それはさておき。
体育館やグラウンドは勿論、プール、温泉、ジムまで完備してあるとなれば……それなりの費用になるってもんだ。
それでもここで合宿するのは………Jabberwockに手酷く負けたのが相当悔しかったんだろう。
参加メンバーはstrky1軍だけ。
笠松、岡村、宮地、今吉、森山………敬称略。
水戸部、氷室、俺………計8人。
それからマネージャーの雨月。
フードプランナーがつけられなかった点は、雨月が栄養管理と調理を買って出てくれたことで緩和された。
チームの金銭的な側面もあったが、何より、食を依存する俺の為。
当然、彼女の手料理を他の奴等に食べさせなければならないという悔しさがあって。
食い盛りの男8人分の炊事をさせなければならなくなった罪悪感もある。
「…無理してないか」
合宿の荷造りをする彼女に問えば。
『真君の為にする無理なんて、無理のうちに入らないの。それに、その身体は私のご飯で出来てるんだから、馬鹿言わないで』
と、照れたように、拗ねたように、慈しむように………微笑まれた。
(馬鹿はお前だバァカ!)
惚れ直した。可愛すぎか。
合宿初日、キャプテンである笠松さんの号令とともにトレーニングが始まった。
全体トレーニングと個人トレーニングの時間は別に設けられていて、個人メニューも内容と目標と成果を笠松さんに報告しなきゃいけない。笠松さんは、今吉さんに報告してる。
笠松さんが今吉さんを選んだのは「コイツには誤魔化しがきかないからな」という、ストイックの鑑みたいな理由だった。
元々、結構熱血な奴が多いんだよな………strkyって。
ストイックさで言えば宮地さんや氷室だって、気持ち悪いくらいだし。
バスケをしてる理由が「モテたい」とか不純な理由の岡村さんとか森山さんだって、手を抜いたりはしない。…女が絡むとやる気が出るのは事実だが。
………まあ、不純さと不誠実さで言ったら俺が断トツだ。何も言うまい。
今日は9時に集合、施設案内等済ませて10時からトレーニング。
雨月は早々に昼飯の用意をしに調理室へ籠った。
因みに、場所は体育館で。
ストレッチを終えた後はひたすらランニングで、短い休憩のあとは、障害物を置いた蛇行ラン。全員黙々と走り込むこと2時間。
12時。
多少ぐったりしながらも、各々着替えたり軽くシャワー浴びてくる奴なんかもいる。
男ばかりならまた違ったのかもしれないが、今回は…
『お疲れ様です!空のボトルはそっちに置いて、終わった人から着席してください。あ、お茶はセルフですよ』
と、エプロン姿の雨月が笑顔で食堂に常駐してるとなれば。
それなりに身形を整えてから食卓につくというもの。
かくいう俺だって、シャワー浴びてきたし着替えもしてきた。
「花ちゃんエプロン超カワイイ!」
『ありがとうございます、森山さん。私のお気に入りのエプロンなんです』
「これが10日見れるんなら、鬼のようなメニューも乗り切れそうじゃ」
「おいモアラと森山とっとと退けよ!いつまで経っても茶が汲めねぇじゃねぇか!」
冷たい麦茶と日本茶のポットを持って立ち止まる森山さんと岡村さんに激を飛ばす宮地さん。
俺は席をとりながら、それを眺めていた。
彼女はどうせ一番下座に座るから、その正面を。
「……なぁ、花ちゃんいつもエプロンしてはんの?」
その俺の隣に、今吉さんが座った。
「先輩、もっと上座行ってくださいよ」
「この人数で上座も下座もあるかいな。交流も兼ねてんのやし、席順くらい無礼講やで。………で?エプロンほんまにかわええなぁ?」
うざい。ほんとにうざい。
「当然でしょう?俺が雨月に選んだエプロンなんですから。毎朝毎晩、あれつけて台所にいますよ」
でも、否定はしない。
流石に中学生の頃からつけていたエプロンはシミやほつれが目立つようになったので引退させて。
新しいものを俺が贈った。あのエプロンはシンプルで機能的だが、彼女にとても似合うものだったから。
「なんや、もっと独占欲強いと思たわ。エプロン姿なんて見せへん!飯も食わさん!みたいな」
「どっちも妥協したんですよ。1万歩くらい譲渡した結果です」
「……寧ろその歩数、なんで譲れたん?」
「雨月がエプロン自慢したいって言ったのと、俺がアイツの飯食べたかったんで」
隠そうと思ったって隠せない相手なら。
彼女が知られたくないこと以外は喋ったっていいだろうと思った。
実際、サトリは辟易した顔をしている。
「お前ら自分の飯くらい運べるだろ、皿とりにこい!」
そこに笠松さんの号令が飛んで、各々トレイやら皿を運び始めた。
『ありがとうございます、笠松さん。温かいうちに食べてもらいたいので助かります』
「…おう、このくらいはさせる」
雨月にはにかまれた笠松さんは、ちょっと目を泳がせながら皿を運んでいく。
因みに、昼飯は玄米入りの飯、豆腐とワカメの味噌汁、八宝菜、リンゴだった。
………俺は、10日間のメニューは全部知ってる。だって、彼女が俺に何を食べたいか聞きながら考えた献立だから。
まあ、所々水戸部と相談したりもしてたが。
『気分で食べたいものとかできたらこっそり教えてね。できる工夫はするよ』
なんて言いつつ、ちゃんと栄養とか考えて作ってあるんだし、そんなワガママは言わない。
「ちゃんと感謝して食えよ!いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
お決まりの笠松さんの号令。
それから、がっつくような食器の音と咀嚼音。
続けて口々に「うまい」と聞こえてくる。
当然だろ、誰が作ったと思ってんだ。なんて苛立ちと。
そうだろう、俺の嫁の飯だからな。なんて誇らしさと。
複雑な気持ちで顔を上げれば。
『………?』
雨月が"お味はいかが?"と首を傾げた。
「……」
隣にサトリがいるのが気に障ったから、口には出さずにただ頷けば。
パアッと、嬉しそうに笑うものだから。
さっきの複雑な感情は消し飛んだ。可愛いんだよ馬鹿。
「堪忍してや、このバカップル」
「次から隣に座らなければいいんですよ」
さすがのサトリはその辺感じ取ったようで。
口ではそう言いながら相変わらず胡散臭いニヤケた笑みを向けてくる。
けど、知らね。
好きでこの人が俺らの隣に座ったんだから。
.
午後はジムを使った筋トレ。
着替えてコインランドリーを回してから、食堂。
夕飯は豚の生姜焼きで、変わらず旨かった。
そこまでは穏やかだったんだが。
「…笠松、その組み合わせに躊躇なかったのか?」
ひきつる宮地さんに、笠松さんは首を傾げた。
「なんか不都合あんのか?」
と。
雨月を入れて9人の俺達は、4部屋に割り振られる。
全員の予想は、雨月が1人部屋、残り3部屋を3・3・2人で使うものだったが。
雨月と俺が2人、残りを3・2・2人で使うように笠松さんは組み合わせた。
「だって、女と相部屋って…」
「夫婦だろ?お袋と親父が同じ部屋で寝てんだから問題ないんじゃないか?」
「………あー…そうなんのか?」
釈然としない森山さんと宮地さんは首を傾げたままだが
「俺達は問題ないです」
『私も1人で1部屋は申し訳ないので、是非これで』
俺達は願ったり叶ったりなので圧し通った。
「…お前ら、家でも同じ部屋で寝るん?」
「当然でしょ」
「いやいや、夫婦でも寝室は別とかあるやん」
「なんで同じ家に住んでんのにわざわざ別んとこで寝なきゃいけないんですか」
それすら、今吉さんにはからかうネタになるらしく。
またニタニタと迫ってきたのでイライラしながら返す。
「…布団も一緒?」
「野暮なこと聞かないでください」
そう、イライラしてんのはこっちだし、そっちが好きで聞いてきたくせに。
なんでか辟易とした顔をされた。
俺達のやり取りを気にもせず、笠松さんは部屋割りの説明を続ける。
「残りは水戸部と氷室で1部屋な。先輩と一緒じゃ休まらないだろ」
「配慮ありがとうございます」
「おう。後は森山、宮地で2人部屋。余りが3人部屋な」
「なんでその組み合わせなん?」
「今吉と岡村はキャプテン経験あるだろ。毎日とか長時間とは言わねぇから、話聞きたくてな」
「ほんとは?」
「森山のモテ談義も宮地のアイドル話もついていけないから、セットで遠ざけた」
「酷い!」
森山さんが喚く隣で、岡村さんがボソリと呟くのが聞こえた。
「……誰かと眠るなんて、一生縁がないかもしれないのぅ…」
………哀愁漂いすぎて「そうですね」なんて、軽口も叩けなかった。
雨月は聞こえていなかったようで、俺の服の裾を摘まむと、
『…良かったね、おんなじ部屋で』
と小声ではにかんだ。
ホッとしたようなその顔に、小さく頷いて。
朝飯作らなきゃいけない雨月の為に、とっとと寝ようと思った矢先。
「はよ寝るんやで?無理させんと、ちゃんと寝かしてやりや」
今吉さんが、耳元で囁いた。
………意図は汲んだ、察した、ムカついた。
コイツの頭ん中は親父か。
絶対隣の部屋に来て聞き耳立てるつもりだろ。好きにしろよ、アンタが望んでるようなイベントは起きねえから。
「…言われなくても、雨月は俺と一緒なら秒で寝れるんで」
「お前は睡眠薬かいな」
「そうですよ。明日も雨月は早起きしてアンタの朝飯も作んなきゃいけないんですから、早く部屋に戻らせてください」
雨月を引き寄せて、イライラしながらも作り笑いをすれば。
サトリはやっぱり愉しげに笑う。
「えらい大事にしてんな、ほんま」
「………大事にできないなら結婚なんてしませけど」
何を言ったってこの胡散臭い笑みを崩させることはできないんだから。
開き直って本音をかませば、今吉さんは少し間を置いて頭を掻いて。
「せやなぁ…そこまで言えるんやもんな」
何を思ったのかわからないが、両手を軽くあげて降参のように首を振った。
「わかった。お休み、ほな、明日な」
「ああ」
『おやすみなさい』
やっぱり何がわかったのか解らないが、
離れていいなら…と足早に割り振られた自室に向かった。
もちろん、2つ用意されたベッドの片方は使われなかった。
****
翌朝、軽い早朝練の後。
食堂には変わらず雨月のエプロン姿。
「おはよう雨月ちゃん、今日も可愛いね!」
「やめとき森山。花宮の眉間がえらいことになるで」
全粒粉のマフィン、ベーコンエッグ、温野菜サラダ、フルーツヨーグルト、コーヒー。
そんな朝食を目の前にしてのやりとりに、俺は溜め息を吐きながら自分のカップを手に取った。
「………俺の嫁はいつでも可愛いんで。別に気にしませんけど」
「はぁぁ、朝からお熱くてかなわん」
注がれるブラックコーヒーを一瞥して、彼女に視線を向ける。
俺達の会話なんて気にせず『オレンジジュースもありますよ』なんてニコニコしていた。
………普段は朝食を抜くことが多い俺だが、合宿の時だけはちゃんと食べる。
早朝練があるから腹が減る…のもあるが、単に他の奴らが食って俺の腹に入らないのが気に食わないから。
よって、オレンジジュースも飲んだ。
「マコトはいつもこんな素敵な朝を迎えるのかい?」
HAHAHA、って吹き出しが付きそうな笑顔で氷室が隣に座る。
「……まあ」
「じゃあ、独り占め出来なくて不機嫌なんだ」
「どこが不機嫌だよ」
「気にしません"けど" って、引っ掛かったからさ」
「…勝手に言ってろ」
「そう?じゃあ遠慮なく」
遠慮なく?と疑問を抱くと同時に、氷室は口を開いて。
雨月に問いかける。
「ねえ、マコトはさ、朝起きておはようのkissとかしてくれるの?」
ブフッ、とコーヒーを吐いたのはもうひとつ隣にいた笠松さんと宮地さん。
思わず飲み込んで噎せてるのが俺と今吉さん。
口を半開きのまま閉じられないのが雨月。
「えー、ノーコメントかい?日本人って皆恥ずかしがりでそういうことしないけど、君らくらいlovey doveyならあるかなって。だって一緒のベッドで眠るんだろ?朝のkissもholdもないなんて寂しいじゃないか」
なんでもないように続ける氷室に、これでもかというくらい雨月は赤面した。
そして、助けを求めるように俺に視線を移す。
「はは、無言の肯定だね。睦まじくて何よりだよ」
その流れで理解されてしまったのが癪だがしょうがない。
だって事実だし。
「………氷室、許さん」
「え、岡村さんなんで怒ってるの?え、泣いてる?」
「お前のせいで知りたくもないこと知っちまったからだよ!」
朝から賑やかだな、うるせえ。
なんて途中から傍観者になっていれば
「おい、花宮!」
『「はい』」
「お前らがノロケていいのは1日3回までだ!今ので1だからあと2な。二人そろって返事してんじゃねーよ!」
宮地さんから怒濤のキレ。
「なんで3回?」
「するなっつっても無理だからな、妥協。緑間のワガママ券と同じだ」
ノロケたつもりはないし、そもそも氷室や今吉サンが話題を振らなきゃ喋らないのに。
「ええんちゃう?4回目からペナルティやな。楽しみ」
…ほんと、謀ったような笑い方しやがる。
2日目以降は、午前が個人で午後が全体。
午後のうち前半は水泳固定で後半はボールを使っての技術練習や模擬戦。
午前と午後に1回ずつ、雨月がドリンクボトルの交換と軽食を持ってきてくれる。…全員分な。
休憩となれば、懲りもせずに今吉サンは寄ってきて。
「なあなあ、家では呼び方違うたりするん?」
とニヤニヤ笑う。
「別に」
「えー、真君に雨月やろ?アダ名とか使わんの?」
「使いません」
ペナルティがある、と言われた以上、答えない・喋らないが正解。
アダ名を使わない明確な理由なんてない、ガキの頃からそう呼んでるから今更変えないだけだ。
つーかお前らが雨月ちゃんとか呼んでんじゃねーよ。
「つまらんなー」
「でもマコト、きっと心の中でhoneyとか呼んでるタイプじゃない?」
「それは笑うわ」
氷室が入ってくると、俺が黙ってても無駄。
「darling、は男でも女でもいいんよな?」
「日本では男性に向けてですけどね。案外古風にmy sweetとかsweet pumpkinなんて呼んでるかも」
「雨月ちゃんは、そういうの呼ばれたいとかあるん?」
不意に、軽食のおにぎりを配っていた彼女に話が飛ぶ。
聞いてはいただろうが、答えは用意してなかったらしい。
『え………考えたこともなかったです』
目をパチクリさせて立ち止まってしまった。
「ちょぉ想像してみ、花宮からのハニー呼び。アリ?ナシ?」
えっと…と考え始めた雨月と今吉サンの間に割って入る。
「ナシだ。……ほら、宮地さんと岡村さんが待ちわびてるぞ。早く行けよ」
『そうだった。じゃあ、行ってくるね』
残りのおにぎりを持たせて、その場を離れさせれば、今吉サンは不服そうな顔。
「返事聞きたかったわぁ」
「聞いてどうするんですか」
「アリでもナシでも、ワシが1回呼んでみようかと」
「やめろふざけんなばか」
「全部平仮名でしゃべんなやガキ」
その癖最後は楽しそうに嗤いやがる。
ほんっと、うざい。
そう、そんなことが10日続いた。
幸い、相手にしないのが効果的で、宮地さんにノロケカウントを入れられることもなく。
10日目。
「……雨月ちゃんの飯を食えんのも、これで最後じゃ…」
「エプロン姿も、これで見納めか…」
消沈する岡村さんと森山さん。
無視して黙々と昼飯を掻き込んでいれば、笠松さんと宮地さんまで小さくため息をついて。
「………進学してから独り暮らしで自炊と惣菜ばっかだったから、人が作ってくれた飯って久しぶりだったな」
「そうだな。……なんつーか、実家帰ったみたいだったわ」
「すげー安心感だよな。懐かしいとすら思う」
「ノロケ禁止とは言ったが、花宮が嫁に胃袋捕まれんのは解るわ。家に帰って飯食おうって思う」
そう溢した。
雨月は只、困ったように笑って。
『おかわりありますよ』
と声をかける。
それぞれが皿を掲げて平らげてく様を見て、今吉サンはまたニヤニヤと笑った。
「…また合宿で飯作ってくれ言われたら、どないする?」
正直、断りたい。
雨月に作らせるのは嫌だし、俺がコイツ以外の飯食いたくないんだから、俺だって参加しない。
(けどアイツは…作りたいって言うんだろうな)
("真君を受け入れてくれる人だから")
(とか、イイコチャンなこと言って)
「……そうですね、常に惚気全開でいいなら、いいですよ」
「え…ええ……それは、雨月ちゃんの飯と天秤にかけても辛いなぁ。あれ、ノロケた内に入らんのやろ?」
「ああ」
「因みに、全開にしたらどないな嫁自慢聞けるん?」
「アイツは、ひけらかすものじゃない。誰から見てどうであっても、俺にとって唯一無二の存在なんだよ。…だからって貶すことは赦さねぇが、惚気ろっつっても無理な話だ」
「………無自覚って怖いわぁ……」
最後の最後、今吉サンはやっとあの飄々とした笑みを崩した。
******
「これで合宿は終了だ。けど、これは自分の課題と向き合う材料にすぎない。各々自主練・研究を怠らないように」
〆の挨拶を笠松さんがして。
初日現地集合だったように、最終日も現地解散。
散っていくメンバーの中、雨月は とととっ と近づいて来た。
『お疲れ様、真君』
「お互いにな。…大変だっただろ」
『それなりにね。でも、今は家のキッチンが恋しい』
「あんなに作ってたのに、まだ料理したいのかよ」
『慣れ親しんだキッチンで、真君と選んだ食器で、二人きりでご飯が食べたいの…わかる?』
「わかってる。………そんで、いつものベッドで手を繋いで寝れば満足だろ?」
『えへへ。…だからね、夕飯に食べたいもの教えて?』
嗚呼、高校の時の合宿終わりも、雰囲気こそ違うが、こんな感じだった。
違うのは、感情を隠さなくていいし、偽らなくていいこと。
「さっき食ったばっかりで浮かぶかよ。…コーヒーでも飲んで、ゆっくりしてから考えようぜ。遅い時間に買い物行くのも楽しいだろ?」
『ふふ、そうだね。じゃあ、帰ったらお茶の用意する』
…………、こういう顔を独占したいのも変わってないか。
緩く微笑んだ彼女の頭をそっと撫でて。
「とっとと帰るぞ」
そっと手を繋いだ。
(…こんなにも)
(いつも通りが恋しい)
fin
今吉と宮地
(なあ今吉、ペナルティホントに考えてたか?)
(ほんまはな、部屋を別けたろうと思ってん)
(………それ、雨月も辛そうだな)
(せやねん。いや、あの子のノロケも大概やから、それでもええっちゃええねんけど…どっちもモチベーション下がると思うんよ)
(言えてる。部屋で会えなかったら食堂でイチャつきそうだもんな)
(だったら、どうせ寝るだけやし部屋くらい一緒の方が被害少なくて済むやろ)
(岡村筆頭に森山とか、直視したら膝から崩れるだろうよ)
(同室で組んだ笠松すら、氷室が寝起きチューの話振った時は後悔してたで)
(……どうでもいいけど、今吉が"チュー"とか言うの親父臭いな。キモい)
(やかましいわアホ)
end