Forget-me-not
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《Forget-me-not》
‐10周年記念 フリリク‐
伊澄様へ捧ぐ 花宮夢
※「花と蝶」のIF。
本編には作用しません、また、医療については
ガバガバです、フィクションです。
大変お待たせいたしました。
*****
お互いが二十歳になった、大学の春休み開始直後のこと。暦で言えば2月の半ば。
相変わらず寝食を依存している俺と雨月は、同棲かつ婚姻している仲だった。
そんな彼女が、ここ数日ソワソワと落ちつかずにいる。…なんというか、楽しそうなソワソワではなく。どちらかというと不安のような落ち着きの無さに見えて。
もし、悩み事なら、話を聞きたい。そう、考えていた矢先だった。
一人で外出していた雨月が、駅の階段を踏み外して病院へ救急搬送されたのは。
「…先程運ばれた花宮雨月の家族ですが」
運ばれたのは夕方、生活圏内では大きめの病院で。息を切らして駆けつければ、彼女は検査中だと言って看護師が対応してくれた。
アレルギーや持病がないことを説明し、彼女の鞄が本人の荷物で間違いないか確認する。お揃いのキーホルダーがついた家の鍵、手帳型カバーのスマホ、割と新しい財布。
他には、見慣れない封筒が一つ。
そのあたりで、検査結果が出たからと医師面談が始まった。
診察室には医師と先程の看護師がいて、彼女の姿はない。
パソコンの画面には脳の画像が映っている。
「幸い、花宮さんの脳には異常がありません。額と手に擦り傷があって、足首を捻挫していますが骨折はないですね」
「軽症、なのでしょうか」
「そうですね。階段から落ちた、に対してはかなり軽症です。意識が戻るのは時間の問題でしょうしね。一応、頭を打ってるので一晩はこのまま入院した方がいいと思いますよ」
「ええ、お願いします」
やっと、胸を撫で下ろす。
無事ならば、それでいい。
命があって、できることなら五体満足で、後遺症が無いほうが。
なんて。生きていると解れば望みは尽きないものだ。
時間外だが面会の時間を少しとってもらい、彼女の寝顔を眺める。
いや、寝ているわけではないのかもしれないが。
顔の輪郭を指先でなぞり、包帯が巻かれた手をそっと握る。
「また明日な、雨月」
起こさないように、小声で声をかけて病室を出た。
本当は意識が戻った方がいいのだろうけど。俺がいなければ寝れない彼女を一人で置いていくのに、起きてしまった方が悪い気がして。
一人になるのは俺も同じだ。
夕食に食べている作り置きの惣菜は、彼女が作ったものなのにどこか味気ないと感じてしまう。
共依存。
幼馴染が恋人になって夫婦になっても、変わらない関係の根幹はそこにある。
「…確認するものがあったな」
ふと、彼女の鞄を見る。
貴重品だから、と携帯電話も含めて持ち帰った それの中。
見慣れた持ち物に異質な封筒。
宛名が彼女の旧姓で「親展」と印刷されていて、同棲するまで住んでいた既に取り壊された家の住所から転送されている。
差出人は物々しく堅苦しい漢字の羅列で、裁判だとか法律だとか、彼女とは関係なさそうなもの。
開封済み、とあれば彼女も読んだだろう中身を開く。
「…」
絶句、とでも言おうか。
ついこの前に成人式を済ませたばかりの、まだ学生の彼女に対して。
あの男は。
血縁だけは父親であるアイツは。
「連帯保証人」を押し付けて蒸発したらしい。
肩代わりするには余りにも巨額で、差し押さえの文字を交えた文章が脅迫のように並んでいる。
馬鹿馬鹿しい。
親であっても勝手に人の名前を使って連帯保証人にすることはできない。
どうせ取り立て業者だって違法ものだろう。
然るべきところに相談すれば済む話だ。
雨月に否はない。払う義務もない。
(雨月の悩みは、これだった…?)
(一人で解決しようとして?)
彼女のことだ。
いつか言った「まだ、お父さんだと思っていたかった」その台詞で見切りがついたと思っていたけれど。
いや、逆に見切りを付けていたからこそ。
("家族"である俺に迷惑をかけないように)
差し押さえ、の文字がやたらと目についた。
「はぁぁぁ…」
やっと絞り出したのは盛大なため息だ。
彼女が転んだ駅は、封筒の差出人の事務所の最寄り駅。きっと、彼女は内容はどうあれ話をしに行ったに違いない。救急隊の話では駅から出るところだった…らしいから、たどり着く前だっただろうけど。
(そこで踏み留まったのは不幸中の幸いだが、代償がデカすぎる)
踏んだり蹴ったりとはこのことだろう。
彼女が退院したら、一通り甘やかして。この件について話をしよう。きっと、大丈夫だと解れば安心するだろうから。
*****
翌日、面会あわよくば退院の迎えに行った俺は。
雨月に合う前に診察室へ呼ばれて、面談…俗に言うインフォームドコンセントをされた。
「記憶喪失です」
その、医者からの言葉を、理解しているのに飲み込めないで聞いている。
「どうして出かけたのか、どうして転んだのか覚えていない。気づいたら病院に…など、事故当時のことを覚えていないことは、よくあります」
「ええ」
「花宮さんは、それと同時に長期記憶障害とエピソード記憶障害を併発しています」
彼女は何処へ行っていたのか、どうして駅にいたのかも解らない。
自分の家がどこにあるのか、家族がいるのか、自分が誰なのか。平たく言えば、何も覚えていなかった。
「脳の画像には異常がなかったので、衝撃による心因性のものと思われます。ご家族もお辛いでしょうけど、一番不安なのは本人ですから」
そうだろう。心細いのは彼女だろう。
それも理解しているつもりだ。
だとしても。
「…記憶、戻るんですよね」
「戻る方もいる、としか言えませんが」
信じられない、信じたくないという感情の方が大きい。
俺にとって彼女は特別で。
彼女にとっても俺は特別で。
それは、傲りでも過信でもなく、紛れもない事実だった。
だから、そこに、期待してしまったのだ。
奇跡なんて、都合のよい現実を。
『…どちら様ですか?』
そう、彼女の言葉が突き刺さるまで。
一目見たら思い出すんじゃないか、俺のことだけでも覚えてやしないか。
そんな淡い期待をしていたのだ。
「本当に…なんにも覚えてないんだな」
俺は、彼女にこんな表情を向けられたことはない。
物心ついたときには知っていた仲だから、純粋に不審がられることも、初めましてと歓迎されることも無かった。
彼女を形成してきた記憶が飛んでいるせいか、イイコであろうと振る舞うこともせず、怪訝な顔に困惑を滲ませている。
「花宮真。花宮雨月…お前の夫だ」
『夫…?結婚してるんですか?私、看護師さんに20歳だって聞いたんですけど』
「ああ。18歳の時、高校卒業するときに籍を入れた。式は上げてないが」
『…あの、まさか』
「子供はいないぞ。妊娠したこともない」
一層強張った表情が、少し和らいだ。
10代の学生婚なら妊娠婚を疑うのは無理ないだろう。
「…………実感はないかもしれないが、俺は雨月が心底好きで結婚したんだ。それだけだ。本当に、無事でよかった」
包帯を巻かれていた手。
左手をそっと握れば、彼女はビクリと身を引く動作をした。
「…悪い、失念した。そうだよな、覚えてないんじゃ、他人だもんな」
そっと、名残惜しく手を離す。
今、会ったばかりの異性に手を掴まれたら、拒絶するだろう。
わかる。
わかるんだが。
彼女に拒絶されたことのない俺にとって、それは残酷な反応だった。
『いえ、私も、なんと言ったらいいか…』
声を絞りだす彼女は、左手の薬指に指輪を着けていることに気づいたのか。暫し息を飲んで、俺の左手と交互に見遣った。
揃いの、エンゲージリングが俺の薬指にもある。
「それは、婚約指輪だ。結婚指輪は、就職してから、ちゃんとしたやつを二人で選びに行くつもりで。まだ渡せてない」
それから頃く沈黙だった。
彼女の記憶を呼び覚ます切っ掛けの為に、何か話した方がいいのかもしれないが。
どこから始めたらいいものか解らず、記憶を拒絶されたらと思うと、心構えができなかった。
『あ、の、』
口火を切ったのは彼女。
相変わらず困惑した表情だったが、何か決意したような面持ちで。
『私達は二人で住んでいるんですか?』
「あ、ああ。小さいが、一軒家にな。家は二人で選びに行ったんだ」
『え、部屋じゃなくて、家なんですか』
「高校を卒業する時に同棲する部屋を探したんだ。アパートでも良かったんだが、今住んでる家は予算とそう変わらなかった。あんまり期待するなよ、本当に小さな家だ。一階は広い1LDKと水回りだけで、二階は寝室と収納しかない」
そこまで聞いて。
彼女は一つ、大きな深呼吸。
『わかりました。そこに、帰りましょう』
「…………は、本気か」
『はい。入院費用も馬鹿にならないでしょうし、学生なら収入や蓄えもないでしょう?何か思い出せるかもしれませんし、単純に、どうやって貴方と暮らしていたのか知りたくなりました』
それから、困ったように緩く微笑った。
『よろしくお願いします、真さん』
.
‐10周年記念 フリリク‐
伊澄様へ捧ぐ 花宮夢
※「花と蝶」のIF。
本編には作用しません、また、医療については
ガバガバです、フィクションです。
大変お待たせいたしました。
*****
お互いが二十歳になった、大学の春休み開始直後のこと。暦で言えば2月の半ば。
相変わらず寝食を依存している俺と雨月は、同棲かつ婚姻している仲だった。
そんな彼女が、ここ数日ソワソワと落ちつかずにいる。…なんというか、楽しそうなソワソワではなく。どちらかというと不安のような落ち着きの無さに見えて。
もし、悩み事なら、話を聞きたい。そう、考えていた矢先だった。
一人で外出していた雨月が、駅の階段を踏み外して病院へ救急搬送されたのは。
「…先程運ばれた花宮雨月の家族ですが」
運ばれたのは夕方、生活圏内では大きめの病院で。息を切らして駆けつければ、彼女は検査中だと言って看護師が対応してくれた。
アレルギーや持病がないことを説明し、彼女の鞄が本人の荷物で間違いないか確認する。お揃いのキーホルダーがついた家の鍵、手帳型カバーのスマホ、割と新しい財布。
他には、見慣れない封筒が一つ。
そのあたりで、検査結果が出たからと医師面談が始まった。
診察室には医師と先程の看護師がいて、彼女の姿はない。
パソコンの画面には脳の画像が映っている。
「幸い、花宮さんの脳には異常がありません。額と手に擦り傷があって、足首を捻挫していますが骨折はないですね」
「軽症、なのでしょうか」
「そうですね。階段から落ちた、に対してはかなり軽症です。意識が戻るのは時間の問題でしょうしね。一応、頭を打ってるので一晩はこのまま入院した方がいいと思いますよ」
「ええ、お願いします」
やっと、胸を撫で下ろす。
無事ならば、それでいい。
命があって、できることなら五体満足で、後遺症が無いほうが。
なんて。生きていると解れば望みは尽きないものだ。
時間外だが面会の時間を少しとってもらい、彼女の寝顔を眺める。
いや、寝ているわけではないのかもしれないが。
顔の輪郭を指先でなぞり、包帯が巻かれた手をそっと握る。
「また明日な、雨月」
起こさないように、小声で声をかけて病室を出た。
本当は意識が戻った方がいいのだろうけど。俺がいなければ寝れない彼女を一人で置いていくのに、起きてしまった方が悪い気がして。
一人になるのは俺も同じだ。
夕食に食べている作り置きの惣菜は、彼女が作ったものなのにどこか味気ないと感じてしまう。
共依存。
幼馴染が恋人になって夫婦になっても、変わらない関係の根幹はそこにある。
「…確認するものがあったな」
ふと、彼女の鞄を見る。
貴重品だから、と携帯電話も含めて持ち帰った それの中。
見慣れた持ち物に異質な封筒。
宛名が彼女の旧姓で「親展」と印刷されていて、同棲するまで住んでいた既に取り壊された家の住所から転送されている。
差出人は物々しく堅苦しい漢字の羅列で、裁判だとか法律だとか、彼女とは関係なさそうなもの。
開封済み、とあれば彼女も読んだだろう中身を開く。
「…」
絶句、とでも言おうか。
ついこの前に成人式を済ませたばかりの、まだ学生の彼女に対して。
あの男は。
血縁だけは父親であるアイツは。
「連帯保証人」を押し付けて蒸発したらしい。
肩代わりするには余りにも巨額で、差し押さえの文字を交えた文章が脅迫のように並んでいる。
馬鹿馬鹿しい。
親であっても勝手に人の名前を使って連帯保証人にすることはできない。
どうせ取り立て業者だって違法ものだろう。
然るべきところに相談すれば済む話だ。
雨月に否はない。払う義務もない。
(雨月の悩みは、これだった…?)
(一人で解決しようとして?)
彼女のことだ。
いつか言った「まだ、お父さんだと思っていたかった」その台詞で見切りがついたと思っていたけれど。
いや、逆に見切りを付けていたからこそ。
("家族"である俺に迷惑をかけないように)
差し押さえ、の文字がやたらと目についた。
「はぁぁぁ…」
やっと絞り出したのは盛大なため息だ。
彼女が転んだ駅は、封筒の差出人の事務所の最寄り駅。きっと、彼女は内容はどうあれ話をしに行ったに違いない。救急隊の話では駅から出るところだった…らしいから、たどり着く前だっただろうけど。
(そこで踏み留まったのは不幸中の幸いだが、代償がデカすぎる)
踏んだり蹴ったりとはこのことだろう。
彼女が退院したら、一通り甘やかして。この件について話をしよう。きっと、大丈夫だと解れば安心するだろうから。
*****
翌日、面会あわよくば退院の迎えに行った俺は。
雨月に合う前に診察室へ呼ばれて、面談…俗に言うインフォームドコンセントをされた。
「記憶喪失です」
その、医者からの言葉を、理解しているのに飲み込めないで聞いている。
「どうして出かけたのか、どうして転んだのか覚えていない。気づいたら病院に…など、事故当時のことを覚えていないことは、よくあります」
「ええ」
「花宮さんは、それと同時に長期記憶障害とエピソード記憶障害を併発しています」
彼女は何処へ行っていたのか、どうして駅にいたのかも解らない。
自分の家がどこにあるのか、家族がいるのか、自分が誰なのか。平たく言えば、何も覚えていなかった。
「脳の画像には異常がなかったので、衝撃による心因性のものと思われます。ご家族もお辛いでしょうけど、一番不安なのは本人ですから」
そうだろう。心細いのは彼女だろう。
それも理解しているつもりだ。
だとしても。
「…記憶、戻るんですよね」
「戻る方もいる、としか言えませんが」
信じられない、信じたくないという感情の方が大きい。
俺にとって彼女は特別で。
彼女にとっても俺は特別で。
それは、傲りでも過信でもなく、紛れもない事実だった。
だから、そこに、期待してしまったのだ。
奇跡なんて、都合のよい現実を。
『…どちら様ですか?』
そう、彼女の言葉が突き刺さるまで。
一目見たら思い出すんじゃないか、俺のことだけでも覚えてやしないか。
そんな淡い期待をしていたのだ。
「本当に…なんにも覚えてないんだな」
俺は、彼女にこんな表情を向けられたことはない。
物心ついたときには知っていた仲だから、純粋に不審がられることも、初めましてと歓迎されることも無かった。
彼女を形成してきた記憶が飛んでいるせいか、イイコであろうと振る舞うこともせず、怪訝な顔に困惑を滲ませている。
「花宮真。花宮雨月…お前の夫だ」
『夫…?結婚してるんですか?私、看護師さんに20歳だって聞いたんですけど』
「ああ。18歳の時、高校卒業するときに籍を入れた。式は上げてないが」
『…あの、まさか』
「子供はいないぞ。妊娠したこともない」
一層強張った表情が、少し和らいだ。
10代の学生婚なら妊娠婚を疑うのは無理ないだろう。
「…………実感はないかもしれないが、俺は雨月が心底好きで結婚したんだ。それだけだ。本当に、無事でよかった」
包帯を巻かれていた手。
左手をそっと握れば、彼女はビクリと身を引く動作をした。
「…悪い、失念した。そうだよな、覚えてないんじゃ、他人だもんな」
そっと、名残惜しく手を離す。
今、会ったばかりの異性に手を掴まれたら、拒絶するだろう。
わかる。
わかるんだが。
彼女に拒絶されたことのない俺にとって、それは残酷な反応だった。
『いえ、私も、なんと言ったらいいか…』
声を絞りだす彼女は、左手の薬指に指輪を着けていることに気づいたのか。暫し息を飲んで、俺の左手と交互に見遣った。
揃いの、エンゲージリングが俺の薬指にもある。
「それは、婚約指輪だ。結婚指輪は、就職してから、ちゃんとしたやつを二人で選びに行くつもりで。まだ渡せてない」
それから頃く沈黙だった。
彼女の記憶を呼び覚ます切っ掛けの為に、何か話した方がいいのかもしれないが。
どこから始めたらいいものか解らず、記憶を拒絶されたらと思うと、心構えができなかった。
『あ、の、』
口火を切ったのは彼女。
相変わらず困惑した表情だったが、何か決意したような面持ちで。
『私達は二人で住んでいるんですか?』
「あ、ああ。小さいが、一軒家にな。家は二人で選びに行ったんだ」
『え、部屋じゃなくて、家なんですか』
「高校を卒業する時に同棲する部屋を探したんだ。アパートでも良かったんだが、今住んでる家は予算とそう変わらなかった。あんまり期待するなよ、本当に小さな家だ。一階は広い1LDKと水回りだけで、二階は寝室と収納しかない」
そこまで聞いて。
彼女は一つ、大きな深呼吸。
『わかりました。そこに、帰りましょう』
「…………は、本気か」
『はい。入院費用も馬鹿にならないでしょうし、学生なら収入や蓄えもないでしょう?何か思い出せるかもしれませんし、単純に、どうやって貴方と暮らしていたのか知りたくなりました』
それから、困ったように緩く微笑った。
『よろしくお願いします、真さん』
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