純白の花と紺碧の蝶
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*6日目 [ヒロイン視点]
今日は朝から買い物だった。
皆にお土産を買って行きたいし、ゆっくり選びたくて。
とは言いつつ。何を買うかは目処をつけていた。
職場で配るのはサントリーニナッツ。種類も多くて美味しいしサントリーニの特産だったりする。
真君も、同じものを配るらしい。
ただ、仕事を任せてきた実渕くんのお土産を悩んでいるようだ。
『実渕くんは、石鹸とかどうだろう。果物の形してるのもあって可愛いし』
「あー…あいつはそういう方がいいか」
彼へのお土産は、オリーブ油で作った天然石鹸と教会のベルをモチーフにしたマグネットになって。
『高尾くんは何がいいかなぁ?一人暮らしの男の子って、マグネットとか石鹸、喜ばなそう』
「食い物の方がよくないか。あれは辛いの好きだったろ、フレーバーのついたオリーブ油とか」
食堂で話し相手をしてるくれる彼には、特産のオリーブ油を使った辛味油を。
『そうだね!後は、霧崎の皆に…』
この旅行はおろか結婚式まで用意してくれた霧崎の人達に選んだのは、観光地をモチーフにした小さめの置物。
ブルードームを題材にしたものが多いそれらから、
山崎くんは、中にアロマキャンドルが入ってるもの。
古橋くんは、一輪挿しになっているもの。
瀬戸くんは、灰皿になっているもの。
原くんは、シュガーポットになってるもの。
それぞれ選んで、後はハーブソルトと蜂蜜も選んだ。
「うちにも置物買うか?」
『置物もいいけど…絵もいいかなって』
「ああ。確かに」
悩み悩んで、絵も置物も両方買った。
全部宅配にして、店から店へと渡り歩いていく。
途中、アクセサリーショップが何軒もあって。
ハンドメイドなそれらは可愛いものが多く、見るだけで楽しかったのだけど。
「…これ、似合う」
「あれも…」
「ああ、それもいいな」
私が目星をつける前に、真君が次々にレジへ持っていった。
ストラップ、ネックレス、ブレスレット、アンクレット、ブローチ。何点かは真君もお揃い。
『…こんなに、良かったの?』
「そうそう来れないんだ、買わなかったことを後悔するよりは散財した方がいい」
『そう?』
「思い出を買ってるんだ、こんな時に糸目つけるのも野暮だろ」
『ふふ、そうだね。ありがとう、早速つけよ』
ターコイズのブレスレットをお揃いでつけた。
仕事があるから、普段はアクセサリーなんて全然つけないし、とても新鮮。とても特別。
ほんと、こんなに暑くなかったらずっとこうやって…手を繋いだままお散歩してたい。
「……戻るか、流石に暑いな」
『うん。あ、お昼…』
「遠回りだが、向こうの路地に店がある。パエリアが美味いらしい」
『お米、久しく食べてないからそこがいいな』
「じゃあ…次の角で右だな」
…もう地図見てないっていうね。
スペイン料理を主にするそのお店のパエリアは確かに美味しかった。
それから、バル形式の小皿料理も気になって、クロケッタ、オムレツ、イワシのマリネを食べた。
「…バルのイワシはアタリハズレがあるって聞いてはいたんだ」
『ああ、真君はこの味苦手だよね』
「なんだろうな、酢漬けにしてオリーブ油かけるのは同じだろ?」
『真君が好きなイワシのマリネはね、これに塩をひとつまみ。胡椒多め。そもそも、生のイワシより水煮缶で作ったやつの方が好きだもん』
「…ああ、確かに。…つーか、駄目だな」
『何が?』
「お前が作ったヤツが食べたい。鰯の生姜煮と炊き込みご飯」
『…私も、真君に料理したいなぁ、和食も恋しい』
「帰るのも楽しみなんて、いい旅行だよな」
『ほんと』
午後はホテルでゆっくり。
とかいいつつ、またお風呂に水を張って遊んで。
「…ほら、ギリシャ最後の夕陽だ。見に行くか?」
『うん。古城の夕陽、見たいな』
夕方すこし前。イアの古城を目指して、夕暮れの町を散歩。写真を撮るなら、結構前から場所取りしないといけないのだけど。
ウェディングフォトの時に、夕暮れのパターンも撮ってもらってあったから。撮れたらラッキー、見るのを主に。
そんな感じで出掛けていった。
名前も知らない、言葉も通じない人の往来で。
真君の手と声だけを頼りに歩いていく。
「……あの、崖の手前にするか」
幸い、シーズンが少々ずれているせいか、角の方に場所をとる。
そのまま崖に(段差、が正しいかも)腰かけて、下の町並みとか、磯辺とか、石階段なんかを見下ろした。
綺麗な町。
この3日間、この町の一部だったなんて。
『…綺麗』
「ん」
白い町並みが、小金に、朱に、黄昏色に、染まっていくのを、じっと眺めている。
そっと肩を抱き寄せてくれるところ、とても好き。
『写真、それでも1枚くらい』
「そうだな。雨月、手、こうやって」
『えっと、…ああ、こうね』
右手の人差し指と親指だけ立てて L の形、それを同じ形の真君の左手と組み合わせる。
後は腕を伸ばして、カメラを縮小にして、間に夕陽を納めた。
お互いの手で作ったフレームに、水平線と夕陽が映っている。
「…思ったよりいいな」
『真君、ハートもやりたい』
「はいはい」
そのあとは、結婚指輪を翳したやつも撮って。
ふと周りをみたら、回りのカップルも真似して撮っていた。目があったブロンドヘアのお姉さんが、サムズアップとウインクを送ってくれる。隣の白人男性も、指をクロスさせた…なんだっけ、グッドラックみたいなのをしてた。
「…イギリス系のカップルだな」
『そうなの?』
「ギリシャは人に手のひらを見せるのは侮辱行為だって、旅行にくる前に言ったろ?サムズアップとピースは特に」
『……言ってた』
「だから、現地の奴じゃない。サムズアップが好意的なのは英語圏が主だ。それでいてアイコンタクトとかウインクを好むならイギリスか、って感じだな」
最後まで真君の知識に感服しっぱなしである。
「…暗くなる、戻るぞ」
『ありがと』
手を引いて立ち上がらせてくれた真君は、そのまま指を絡めて手を繋ぐ。
こんな異国の地でも、やっぱりこの手の温もりは信じられた。感慨深くて、強く握り返す。
「…どうした?」
『んー?最後の夜だから、ゆっくり歩きたいなって。でも、お腹空いちゃったから早くご飯も食べたいの』
「ふはっ、それは、悩ましいな?夕飯はこのままホテルのレストラン予約だが…時間も戻ってすぐだな。早めに頼んだし」
『そうだね、うん、戻ろっか』
「…夜、街へ出るのは危ないから駄目だが…バルコニーでデートするか?」
『是非。…デート、ふふ、デート』
新婚旅行中にデートなんて、なんか変だけど。とても嬉しくて、ときめいて、堪らないのは。
それだけ真君が好きだから。
新婚旅行をする夫として、デートをする恋人として、共に生きてくれる家族として、かけがえのない人だから。
ホテルのレストランは、ギリシャ料理だった。
食べ納めとばかりにムサカ、ザジキ、カラマリ、クレフティコ、サガナキを堪能する。ホテルのコースだけあって、タベルナで出てきたものに比べればはるかに繊細な味。
日本でいう、食堂と料亭のような差だ。
サービスのデザートと食後酒を頂いて、部屋に戻ったのは21時。
「夜は冷えるぞ」
バルコニーのベンチに誘いながら、真君はストールを肩にかけてくれる。
『ありがと。真君は?上着いいの?』
「俺にはあの食後酒きつすぎだ。あっつい」
『チプロ、美味しかったね。ストレートショットは確かに強いけど』
「ほぼダブルで飲んだ癖によく言う」
『真君が一口舐めただけで酔っちゃったからじゃない』
ギリシャのお店では、食後のサービスにデザートとかお酒を出してくれるところがある。
ここのホテルは、デザートもお酒も出してくれた。
その、食後酒のチプロ、ギリシャの伝統酒としては古参。甘い香りに誘われて飲みすぎると危険なそのアルコール度数、なんと40度。
「…本当に、赤くなりもしないのな」
真君は私の頬を指先で撫でる。
その指が少し冷たくて、やっぱり冷えてるんじゃん…と、ストールを半分彼の肩にかけた。
『真君は赤いし熱いね。首まで赤い』
倣って、彼の頬から耳まで撫でてみれば。くすぐったそうに笑う。
「冷たくていいな」
『そう?』
「ああ」
暑いんだか寒いんだか。
ストールの中で肩を寄せ合って、頬と指を擦り合わせる。
『葡萄酒はね、酒造法で禁止されてるから…ワインもチプロもウーゾも作ってあげられないんだ』
「別に酒が好きな訳じゃねぇし、構わねぇよ。……でも、雨月の作った金木犀の酒、旨かったな」
『あれは私も自信作』
「アカシアも良かった」
『蜂蜜みたいな風味だったよね』
夜の海と星空を視界の端に入れながら。
私たちは結局お互いしか見ていなかった。
「……帰ったら、土産の蜂蜜でレモネードが飲みたい」
『いいね。でも、日本はもう少し寒いかも』
「なら、温かいの」
『蜂蜜レモンにしようね』
クスクスと、明日の帰路の間に買うお土産を計算にいれていく。
朝、このイアを出立して。フィラから飛行機でアテネ空港へ。
そこから一度アテネ市街に立ち寄り、お土産の買い足しと昼食を済ませる。
あとは、アテネ空港に戻って、イスタンブールを経由して東京に戻るだけ。
「…終わってみれば、あっという間だが…変な感じだ」
『へん?』
「始まる時は、始まってもないのに“帰りたくない”なんて思ってた。お前と2人っきりの、誰にも何にも邪魔されない時間が、嬉しくて。実際、滅茶苦茶楽しかった」
お酒が入った真君は饒舌だ。そして、私にとても甘い。
「でもな」
ふはっ、て。笑いながら私を抱き寄せる。
「そろそろ、お前が作った飯、食いたい。どの店の料理も確かに美味いんだ。味は解る。けど、そうじゃなくて」
私も、真君を抱き締め返しながらクスクス笑った。
『なんだ、真君もホームシックじゃん』
「ああ、そうか。お前は2日目からホームシックだったもんな」
『確かに変な感じだね。だってさ、真君しか要らないのに、貴方がいれば世界は回るのに。帰りたい場所があるの』
「…いい家にできてたみたいで何よりだ」
『そうだね。私も、真君にそう思って貰えてるなら、よかった』
「それも含めて、いい旅行だったな」
『うん。…また、どっか行こうね。こんなに長くなくていいから』
「そうだな」
結局、私たちときたら。
広い広いスイートルームの片隅で、肩を寄せ合っている時間が一番幸せだった。
6日目終.
今日は朝から買い物だった。
皆にお土産を買って行きたいし、ゆっくり選びたくて。
とは言いつつ。何を買うかは目処をつけていた。
職場で配るのはサントリーニナッツ。種類も多くて美味しいしサントリーニの特産だったりする。
真君も、同じものを配るらしい。
ただ、仕事を任せてきた実渕くんのお土産を悩んでいるようだ。
『実渕くんは、石鹸とかどうだろう。果物の形してるのもあって可愛いし』
「あー…あいつはそういう方がいいか」
彼へのお土産は、オリーブ油で作った天然石鹸と教会のベルをモチーフにしたマグネットになって。
『高尾くんは何がいいかなぁ?一人暮らしの男の子って、マグネットとか石鹸、喜ばなそう』
「食い物の方がよくないか。あれは辛いの好きだったろ、フレーバーのついたオリーブ油とか」
食堂で話し相手をしてるくれる彼には、特産のオリーブ油を使った辛味油を。
『そうだね!後は、霧崎の皆に…』
この旅行はおろか結婚式まで用意してくれた霧崎の人達に選んだのは、観光地をモチーフにした小さめの置物。
ブルードームを題材にしたものが多いそれらから、
山崎くんは、中にアロマキャンドルが入ってるもの。
古橋くんは、一輪挿しになっているもの。
瀬戸くんは、灰皿になっているもの。
原くんは、シュガーポットになってるもの。
それぞれ選んで、後はハーブソルトと蜂蜜も選んだ。
「うちにも置物買うか?」
『置物もいいけど…絵もいいかなって』
「ああ。確かに」
悩み悩んで、絵も置物も両方買った。
全部宅配にして、店から店へと渡り歩いていく。
途中、アクセサリーショップが何軒もあって。
ハンドメイドなそれらは可愛いものが多く、見るだけで楽しかったのだけど。
「…これ、似合う」
「あれも…」
「ああ、それもいいな」
私が目星をつける前に、真君が次々にレジへ持っていった。
ストラップ、ネックレス、ブレスレット、アンクレット、ブローチ。何点かは真君もお揃い。
『…こんなに、良かったの?』
「そうそう来れないんだ、買わなかったことを後悔するよりは散財した方がいい」
『そう?』
「思い出を買ってるんだ、こんな時に糸目つけるのも野暮だろ」
『ふふ、そうだね。ありがとう、早速つけよ』
ターコイズのブレスレットをお揃いでつけた。
仕事があるから、普段はアクセサリーなんて全然つけないし、とても新鮮。とても特別。
ほんと、こんなに暑くなかったらずっとこうやって…手を繋いだままお散歩してたい。
「……戻るか、流石に暑いな」
『うん。あ、お昼…』
「遠回りだが、向こうの路地に店がある。パエリアが美味いらしい」
『お米、久しく食べてないからそこがいいな』
「じゃあ…次の角で右だな」
…もう地図見てないっていうね。
スペイン料理を主にするそのお店のパエリアは確かに美味しかった。
それから、バル形式の小皿料理も気になって、クロケッタ、オムレツ、イワシのマリネを食べた。
「…バルのイワシはアタリハズレがあるって聞いてはいたんだ」
『ああ、真君はこの味苦手だよね』
「なんだろうな、酢漬けにしてオリーブ油かけるのは同じだろ?」
『真君が好きなイワシのマリネはね、これに塩をひとつまみ。胡椒多め。そもそも、生のイワシより水煮缶で作ったやつの方が好きだもん』
「…ああ、確かに。…つーか、駄目だな」
『何が?』
「お前が作ったヤツが食べたい。鰯の生姜煮と炊き込みご飯」
『…私も、真君に料理したいなぁ、和食も恋しい』
「帰るのも楽しみなんて、いい旅行だよな」
『ほんと』
午後はホテルでゆっくり。
とかいいつつ、またお風呂に水を張って遊んで。
「…ほら、ギリシャ最後の夕陽だ。見に行くか?」
『うん。古城の夕陽、見たいな』
夕方すこし前。イアの古城を目指して、夕暮れの町を散歩。写真を撮るなら、結構前から場所取りしないといけないのだけど。
ウェディングフォトの時に、夕暮れのパターンも撮ってもらってあったから。撮れたらラッキー、見るのを主に。
そんな感じで出掛けていった。
名前も知らない、言葉も通じない人の往来で。
真君の手と声だけを頼りに歩いていく。
「……あの、崖の手前にするか」
幸い、シーズンが少々ずれているせいか、角の方に場所をとる。
そのまま崖に(段差、が正しいかも)腰かけて、下の町並みとか、磯辺とか、石階段なんかを見下ろした。
綺麗な町。
この3日間、この町の一部だったなんて。
『…綺麗』
「ん」
白い町並みが、小金に、朱に、黄昏色に、染まっていくのを、じっと眺めている。
そっと肩を抱き寄せてくれるところ、とても好き。
『写真、それでも1枚くらい』
「そうだな。雨月、手、こうやって」
『えっと、…ああ、こうね』
右手の人差し指と親指だけ立てて L の形、それを同じ形の真君の左手と組み合わせる。
後は腕を伸ばして、カメラを縮小にして、間に夕陽を納めた。
お互いの手で作ったフレームに、水平線と夕陽が映っている。
「…思ったよりいいな」
『真君、ハートもやりたい』
「はいはい」
そのあとは、結婚指輪を翳したやつも撮って。
ふと周りをみたら、回りのカップルも真似して撮っていた。目があったブロンドヘアのお姉さんが、サムズアップとウインクを送ってくれる。隣の白人男性も、指をクロスさせた…なんだっけ、グッドラックみたいなのをしてた。
「…イギリス系のカップルだな」
『そうなの?』
「ギリシャは人に手のひらを見せるのは侮辱行為だって、旅行にくる前に言ったろ?サムズアップとピースは特に」
『……言ってた』
「だから、現地の奴じゃない。サムズアップが好意的なのは英語圏が主だ。それでいてアイコンタクトとかウインクを好むならイギリスか、って感じだな」
最後まで真君の知識に感服しっぱなしである。
「…暗くなる、戻るぞ」
『ありがと』
手を引いて立ち上がらせてくれた真君は、そのまま指を絡めて手を繋ぐ。
こんな異国の地でも、やっぱりこの手の温もりは信じられた。感慨深くて、強く握り返す。
「…どうした?」
『んー?最後の夜だから、ゆっくり歩きたいなって。でも、お腹空いちゃったから早くご飯も食べたいの』
「ふはっ、それは、悩ましいな?夕飯はこのままホテルのレストラン予約だが…時間も戻ってすぐだな。早めに頼んだし」
『そうだね、うん、戻ろっか』
「…夜、街へ出るのは危ないから駄目だが…バルコニーでデートするか?」
『是非。…デート、ふふ、デート』
新婚旅行中にデートなんて、なんか変だけど。とても嬉しくて、ときめいて、堪らないのは。
それだけ真君が好きだから。
新婚旅行をする夫として、デートをする恋人として、共に生きてくれる家族として、かけがえのない人だから。
ホテルのレストランは、ギリシャ料理だった。
食べ納めとばかりにムサカ、ザジキ、カラマリ、クレフティコ、サガナキを堪能する。ホテルのコースだけあって、タベルナで出てきたものに比べればはるかに繊細な味。
日本でいう、食堂と料亭のような差だ。
サービスのデザートと食後酒を頂いて、部屋に戻ったのは21時。
「夜は冷えるぞ」
バルコニーのベンチに誘いながら、真君はストールを肩にかけてくれる。
『ありがと。真君は?上着いいの?』
「俺にはあの食後酒きつすぎだ。あっつい」
『チプロ、美味しかったね。ストレートショットは確かに強いけど』
「ほぼダブルで飲んだ癖によく言う」
『真君が一口舐めただけで酔っちゃったからじゃない』
ギリシャのお店では、食後のサービスにデザートとかお酒を出してくれるところがある。
ここのホテルは、デザートもお酒も出してくれた。
その、食後酒のチプロ、ギリシャの伝統酒としては古参。甘い香りに誘われて飲みすぎると危険なそのアルコール度数、なんと40度。
「…本当に、赤くなりもしないのな」
真君は私の頬を指先で撫でる。
その指が少し冷たくて、やっぱり冷えてるんじゃん…と、ストールを半分彼の肩にかけた。
『真君は赤いし熱いね。首まで赤い』
倣って、彼の頬から耳まで撫でてみれば。くすぐったそうに笑う。
「冷たくていいな」
『そう?』
「ああ」
暑いんだか寒いんだか。
ストールの中で肩を寄せ合って、頬と指を擦り合わせる。
『葡萄酒はね、酒造法で禁止されてるから…ワインもチプロもウーゾも作ってあげられないんだ』
「別に酒が好きな訳じゃねぇし、構わねぇよ。……でも、雨月の作った金木犀の酒、旨かったな」
『あれは私も自信作』
「アカシアも良かった」
『蜂蜜みたいな風味だったよね』
夜の海と星空を視界の端に入れながら。
私たちは結局お互いしか見ていなかった。
「……帰ったら、土産の蜂蜜でレモネードが飲みたい」
『いいね。でも、日本はもう少し寒いかも』
「なら、温かいの」
『蜂蜜レモンにしようね』
クスクスと、明日の帰路の間に買うお土産を計算にいれていく。
朝、このイアを出立して。フィラから飛行機でアテネ空港へ。
そこから一度アテネ市街に立ち寄り、お土産の買い足しと昼食を済ませる。
あとは、アテネ空港に戻って、イスタンブールを経由して東京に戻るだけ。
「…終わってみれば、あっという間だが…変な感じだ」
『へん?』
「始まる時は、始まってもないのに“帰りたくない”なんて思ってた。お前と2人っきりの、誰にも何にも邪魔されない時間が、嬉しくて。実際、滅茶苦茶楽しかった」
お酒が入った真君は饒舌だ。そして、私にとても甘い。
「でもな」
ふはっ、て。笑いながら私を抱き寄せる。
「そろそろ、お前が作った飯、食いたい。どの店の料理も確かに美味いんだ。味は解る。けど、そうじゃなくて」
私も、真君を抱き締め返しながらクスクス笑った。
『なんだ、真君もホームシックじゃん』
「ああ、そうか。お前は2日目からホームシックだったもんな」
『確かに変な感じだね。だってさ、真君しか要らないのに、貴方がいれば世界は回るのに。帰りたい場所があるの』
「…いい家にできてたみたいで何よりだ」
『そうだね。私も、真君にそう思って貰えてるなら、よかった』
「それも含めて、いい旅行だったな」
『うん。…また、どっか行こうね。こんなに長くなくていいから』
「そうだな」
結局、私たちときたら。
広い広いスイートルームの片隅で、肩を寄せ合っている時間が一番幸せだった。
6日目終.