純白の花と紺碧の蝶
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1日目 [花宮視点]
午前9時すこし前、1度乗り継ぎをして降り立った土地。
『…眩しい』
太陽の日差しが温かくも鋭いこの国は。
「着いたな。…アテネ」
ギリシャ。
白い建物と青空とエーゲ海に彩られた場所。
『確かに日焼け止め必須の日射量。真君、そこ座って』
「は?日焼け止めなら乗り継ぎの時に塗ったろ」
『肌はね。これは髪の毛用の日焼け止めスプレー。あんまり長持ちしないから、直前にと思って。私はさっきエチケットルームでしてきたからさ。ほーら、』
「…ん」
あまりの日差しに、ロビーで日焼け止め対策をし直してから外へ出る。
…こんなの浴びたら火傷しそうだ。暑いし。
『えっと、バス?』
「エアポートバスが出てる筈だ。…あそこか」
9時前に着いた筈の空港だけれど。
手続きやら準備やらで市街地行きのバスに乗れたのは10時頃で。
そこから更に、中々揺れるバスで走ること1時間強。
『…異国、って感じの町並みだね』
「同じヨーロッパでも雰囲気違うもんだな。ハウステンボスのオランダ風とは全く別だ」
空港近辺は、果樹園や禿げ山なんかが車窓を埋めていたけれど。
建物が多くなってくると、一気に地中海を感じさせる。白い壁に、赤茶色の屋根。
『シンタグマ広場に着いたら、広場の観光してからお昼ご飯だよね?』
「…そうだな。着いてすぐは、まだランチ始まらねぇ」
ギリシャの町は、日本に比べて昼も夜も遅い。
昼飯時は14時、夕飯時は20時だから、昼も12時にオープンしてれば良い方。寧ろ空いてる時間だから、観光客としては有難いけれど。
「…なんだ、腹減ったの?」
『えへへ…フライト長かったし、朝ご飯、結局抜いちゃったから』
フライト。時計上では、23時発で9時着だから10時間だけれども。時差ってものがあって、実質15時間かけての往路だ。
乗り継ぎの時に何か食べる予定だったのに、飛行機の写真撮ってたら食べられなかった。
『でも、飛行機でぐっすり寝たから元気だよ!寧ろ早く歩きたい。真君は?お腹空いてない?』
「空いてる。…無名戦士の墓と国会議事堂の正面だけ見たら市街地出るか」
シンタグマ広場前のバス停で降りる。
実際には通りを1つ挟んでいて広場の真ん前ではないんだが…とりあえずスーツケースを下ろして周を見渡した。
同じように回りを見渡した雨月は、たじろぐように俺の腕をぎゅっと掴む。
『…なんか、もっとギリシャ神話みたいな町かと思った』
「俺達だってサムライの国だと思われてんだ、そんなもんだろ」
『たしかに』
大通りは至って欧米にありがちな、ビルが立ち並んだ都会の風景。
落書きもあるし歩道にガムの跡もあるような、あまり洗練されていない都会。
そんな大通りを渡れば、最初の観光スポットである国会議事堂がある。
正面には無名戦士の墓と呼ばれる戦没者の合葬墓があって、左右に民族衣装を着た兵隊が立っていた。
…この兵隊がな、直立不動なんだ。
兵になるにも強さや体格や風貌まで審査されて大変なもんで。
…そ、風貌ってのは、イケメンじゃなきゃなれないってやつ。…だから
『実渕君に頼まれてたんだよね、写真撮ってきてって』
「俺も言われた。左右とも撮るか」
“お土産なら、ギリシャのイケメン撮ってきてよ”
無名戦士の墓に行くなら是非、と言われたのを思い出す。
雨月にも頼んでるあたり、余程見たかったんだろう。
彼女は何枚か首に下げたデジカメで写真を撮ると、また俺の腕を掴む。
「一緒に写るか?」
『ううん。…ハネムーンなのに、他の男の人と写るなんて野暮じゃなぁい?』
それから、そんな台詞。
「…お前は…そういう奴だよな…」
『え?』
「いや?そうだな、野暮だった。……なら、もう此処はいいか?」
『うん』
観光に来た、とは余り思ってないようだ。
本気で逃避行のつもりだろうか。
『ね、ほんとにお腹空いちゃって…』
あ、違うな。空腹が限界に近いらしい。
目線が来るときに見えたハンバーガーショップの方を向いている。
「此処まできて最初の食事がファーストフードは無いだろ。少し歩くぞ、タベルナまで我慢しろ」
タベルナ、とは。ギリシャの大衆食堂の総称だ。
目星を着けていた店に向かって、スーツケースを引きながら歩いていく。
『……ほんとに地図みないね』
「このくらいの道なら1回見れば歩けるな。紙地図なら兎も角、今は航空写真でストリートビューまで見れるんだし」
『凄いなぁ…お陰で心置きなく景色に専念できる』
「…お前、景色っていいながら俺しか見てないけど」
『バレた』
茶化し茶化され、15分程歩く。
テラス席を多く出した1つのタベルナへ。
「καλως ΗΡΘΑΤΕ Παρακαλώ πάρτε το αγαπημένο σας κάθισμα」
店員がこちらに気付いて声をかけてきた。
ポカンとする雨月を連れて日陰の席へ座る。
『…あれ、ギリシャ語?』
「そうだな。好きな席へ座れって」
『……真君、リスニングまでできちゃうんだもんね』
「飲食店で使われそうな言葉って解ってればな」
そんな会話をしているうちに、店員がメニューを持ってきて。
「Η σημερινή σύσταση…#######」
オススメはエビだとか言ってる。
「καλαμάρι、****、####、****」
だから、そのオススメと、カラマリ、グリークサラダを頼んで。後で追加注文する旨を伝えた。
『なんて言ってたの?』
「良いエビが入ったって。それの姿焼きと、カラマリとサラダ頼んだ」
『ふふ、楽しみ』
料理を待つ間、彼女はずっと俺の顔を見ていた。会話で視線を合わせるとかの域じゃない。
「…見すぎ」
『だって。カッコいいから。ギリシャ語、本当にペラペラになっちゃうし』
「…お前との旅行、それだけ楽しみだったってこと」
『…っ、やだ。好き。私も』
「はいはい」
最初の食事がテーブルに運ばれる。
グリークサラダ、と呼ばれるギリシャの定番サラダ。
葉物野菜の上にヤギのチーズが塊で乗っている。
『結構いっぱいチーズ乗ってるね』
「そうだな。あと、思ってたより柔らかい。切らなくてもトング刺せば崩れるぞ」
『ほんとだ』
ドレッシングがかかっているようには見えない、そのサラダ。
『グリークサラダはね、オリーブ油と塩胡椒だけなんだ。ヤギのチーズは癖があるって聞いてたけど、私は好き。塩気きいててサラダ向きだね』
ああ、言われて見れば。
水切りヨーグルトの塩辛いやつ…ってかんじ。
「…この癖が、ヤギ臭いってことなんだな」
『癖少ない方だけど…真君は苦手?』
「苦手…という程じゃねぇが、食べ慣れない」
『家で出さないもん、フェタチーズなんて日本じゃ中々売ってないし』
獣っぽい癖は、確かに少ない方だろう。
ただ、彼女が作るサラダに乗ってるチーズはゴーダチーズかパルメザンだから、違和感があるだけ。
サラダとしては美味いと思う。
「#####、****####」
続いてオススメだと言われていたエビが2尾と、カラマリ。
カラマリってなんだ?って思うよな。日本語では烏賊…10本足の魚介類。
あれの、フライ。
『え…?丸ごと揚げてある!』
イカのフライ、といえばイカリングだが、この店は違う。胴体の部分を切り離さずに切れ込みをいれた、揚げ焼き…みたいな料理だ。
オリーブオイルで揚げ焼きにして、レモンとハーブソルトで食べるらしい。
『柔らかいのに、プリプリしてる。…美味しい』
「…烏賊の種類か?」
『ううん、鮮度だと思う。あと、火加減が絶妙。…これは…まだ私には再現できないなぁ』
「…お前のイカステーキも十分旨いけど」
『ふふ、ありがと』
にやける彼女に、エビも取り分けてやる。
俺の手程の大きなエビ。
店員は運んで来ると目の前でそれを、縦に真っ二つにして。
生レモンの搾り汁と塩コショウを、目の前でかけていく。
サービス、といってソフトフランスパンを1皿つけてくれた。
『あああ、美味しい』
「…そうだな」
『レモンもブラックペッパーも多すぎかと思ったけど、これで丁度いいんだね。パンに乗せても美味しい』
「パンは、カラマリのオリーブオイルつけても旨いな」
『ね!…それにしても、おっきなエビ。殻の感じ、ロブスターとかオマールじゃないと思うけど』
「……ヨーロッパでも獲れるとなれば、テナガエビとかアカザエビじゃないか」
『…真君の知識幅は百科辞典だよね』
感嘆のため息を吐きながら、彼女はパンとエビを交互に頬張っている。
…リスみたいだな。
「あと、何食いたい?」
『海鮮まだあるかな?エビもイカも美味しかったから、他のも食べたい』
「あー……二枚貝のスープ、海鮮カルパッチョ、タラのフライ。…全部頼むか」
『えっ!』
「Σύγγνώμη?」
困惑する雨月を無視して店員を呼び止める。
…だってなぁ、どのメニューも目ぇ輝かせてんだから、選べなんて言えなかった。
「Αποφασίσατε?」
「**、#*、##、αποφασίσατε」
去っていく店員を目で追って、彼女は不安そうに目で伺っている。
「…どれも旨そうで選べないから、ハーフサイズはできないかって聞いたんだ。スープ以外は可能だと」
『そうなんだ。良かった、食べきれなかったらどうしようかと』
そんなこと言ってたのに、運ばれてきたら結局ペロリと食べきったのだ。
店が混み始める前に…と会計を終えれば。
彼女は俺の袖を摘まむと小声で“御馳走様ってなんていうの?”と聞く。
「Καλή χώνεψη」
『か、かり ほねぷし!』
俺に続いて、殆ど平仮名発音のそれを口にすれば。
店員は
“新婚旅行?ギリシャを是非楽しんで行ってね!”
と、気さくに笑ってくれた。
.
**********
店から程々歩いて20分。
13時頃に、今夜泊まるホテルにチェックインする。
ここは、リゾートホテルではない。
駅から近くて早い時間にチェックインできる場所を選んだ結果、ファミリー向けとビジネスの中間くらいのホテルになった。
それなりに安くて、24hフロントと朝食がついてるから個人的には満足している。
部屋も綺麗だし、ロビーやラウンジも洒落てて雨月も嬉しそうだから尚良し。
荷物を置いて、早々に出かける。
なんせ目指すはアクロポリスの丘だ。丘、そのものが観光地だから見て回るのに時間がかかる。
まして、町並み観光を兼ねてるから徒歩で向かう訳だし。
『石畳だねぇ。丸石埋まってて、情緒ある』
「歩きにくいことこの上ないが。スニーカー選んで正解だな」
『うん。サンダルくらいなら…とか思わなくて良かった。足が擦れちゃう』
坂道、不揃いな石畳。
履き慣れた運動靴を持っていけ、と、旅行会社に就職したザキが念を押していたのも解る。
その坂をひたすら上に向かって歩いた。
別に道を1、2本間違ったところで、丘の上にあるパルテノン神殿を目指して歩けば迷うことはない。
20分強歩いて、入り口が見えてくる。そこで入場券を買ってからも、上り坂は続いて。
『う…わぁ…』
最初に見えた遺跡で彼女は息を飲む。
「イドロ・アティコス音楽堂。今も此処で祭典するらしいな」
音楽堂、とは言うが屋根はない。
全て石で造られた、半円のライブ会場とでもいうか。
一番上の席から見下ろすと舞台の人間は米粒程だから、かなりの規模だ。
『すご…広い…』
「屋根が無い分反響しないだろうが…ここでオーケストラやオペラなんかやったら迫力あるだろうな」
『昔なんてマイクないのに、ここの席まで音届いたのかな?』
「さあな」
そこから直ぐ、プロピレア門がある。
門、と聞いて鳥居くらいの大きさを想像していたのだが、遥かに大きかった。高さ…10mくらいか?
彼女は口を開けたまま仰ぎ見ている。
『人の技術ってすごいね』
「当時は本当に人の手だけだもんな」
『…!あ、あれ?パルテノン』
それから、門の先に今回一番楽しみにしていたパルテノン神殿が見えた。
西側がまず目に入り、正面である東側を目指して回る。
『…こっちも、柱、高いね』
「写真である程度見ていたが、これだけ近いと迫力あるな」
『アテナを祀った場所だったよね…?信仰心からかなぁ…』
「単に権力や技術を見せつける側面もあるだろうが…そうだな。ギリシャ神話における勝利の女神から市の名前までつけたんだし。つっても、ペルシア戦争で損壊してんだが」
『へぇ…』
「アテナも苦笑いじゃね?キリスト教の協会になったりモスクになったり火薬庫にされたり…神殿以外の意味合いを多く持ちすぎた」
『…ほら、信仰は心だから。アテナも解ってくれるよ。神様だもん』
「ふはっ、戦神だがな」
ギリシャのアテネ市は、勝利の女神アテナを信仰するために付けられた名前だ。ゼウスの頭から生まれて来たとか、色々面白い逸話を持った女神。
蒼天を背景に石柱の写真を何枚か。
そして、また特徴的な遺跡。
『…あっちが、エレティクオン神殿』
「エレ”ク”ティオン神殿、な」
『なんでだろ、頭では解ってるのに何時も言い間違える…』
「そうやって覚えちまったんだな」
エレクティオン神殿。通称アテネ神殿。
写真なんかで見たことあるか、柱が女の形してんだ。
…あの首で屋根を支えるの、絶対辛い。
『少女の柱って、本物は大英博物館なんだよね?』
「ああ。あれをレプリカと入れ換えるってのが凄ぇよな。あんな…寄せ集めみたいな構造してるうえに、精密な彫刻がついた広い建物なんか。機械無しに造ったなんて信じられない』
エレクティオン神殿もアテナを祀る神殿だ。
祭壇以外の意味を持つ部屋があるから、見た目からして複雑な…パルテノンとは違う風貌をしているんだが。
『……大変だったよね。でも、彫刻の少女の柱の方は…人の手だから造れたって感じがする』
「…俺は、お前のそういう視点好きだ」
『え…?え、ありが、と』
そんな少女像を見ても、隣にいる彼女の方が美人だな、とか考えてる俺は相当ハネムーンに浮かれてる。
遺跡群を見て回ったあとは、アクロポリス博物館へ。
神殿から見つかった石像なんかを展示してある。
ざっと見て回るだけで2時間近くかかった。
感想は、凄いの一言に尽きる。日本とは文明も文化も違いすぎて言葉で言い表すのは難儀と言うもの 。
「…18時か」
『思った程時間かからなかったね』
「どうするか…ギリシャは夕飯も遅いぞ。20時近くにならないと店がない」
『ホテル戻る?』
「………。まだ歩けるか?」
『それは、歩けたら良いとこ連れてってくれるって意味?』
「夕日が綺麗な丘」
『歩ける!』
「いい返事だ。っていっても、麓まではタクシー拾うか」
リカヴィトスの丘、という夕焼けスポット。
こっちは日没19時近くだから、夕陽を見てから夕食くらいで丁度いい。
市街を少し抜けて、タクシーを降りたら丘を上る。
人気スポットだけあって、カップルや家族連れ、カメラマンなんかが結構いた。
『…町が見渡せるね』
「ああ。さっきのアクロポリスを含めて、これだけ開けた町並みを一望できるのはいいな」
長崎や函館の夜景のように、街明かりを楽しむ展望スポットではないが。
建物が白い壁でできている分、夕陽の反射が綺麗に浮き出る。
『…綺麗な色。オレンジより輝いて、神々しい』
「茜色、よりは金色だな。ゴールデンイエローって感じ」
『同じ太陽なのにね。なんか、すごく特別に見える。…涙出そう』
「そりゃあ…特別な旅行で来てるんだ。見え方くらい感傷的でもいいだろ」
『真君も、心に響く?』
「………まあ」
夕陽に照らされる雨月が儚くて泣けそう。
という意味では。
「二人で来れて良かったな、とは思う」
『それは、私も』
彼女は はにかんで、写真を数枚撮る。
完全に逆光だが、夕陽をバックに2人で自撮り。
そんな頃には、日もかなり落ちて薄暗くなってきた。
「…くだるぞ。あんまり暗いと足元危ない」
『うん』
丘を降りれば、レストランの予約といい時間。
街中に戻って予約していた店へ入る。
『内装可愛い…お人形の部屋みたい』
「木で統一してるのがいいんだろうな」
Kiouzin、という店。
…ドレスコードがいらないくらいにはカジュアルだが、タベルナ程大衆向きではない。
料理は伝統的なギリシャ料理に一工夫…って感じらしい。
まあ、伝統的な味を食べる前からそれでいいのか…は、さておき。
「…なんだったか、雨月が食べたがってた」
『ムサカ!あと、ザジキ』
「あー…あるな。ムサカと…ザッジキ?」
『それそれ。両方サイドメニューみたいな感じ』
「なら、その2つとサラダ頼んで様子見るか」
通された席でメニューを覗く。
ギリシャ語と英語の両方の表記があって、どんな料理か想像しやすい。
『サラダはシンプルなグリーンサラダにしない?ホルトって言って、レモンとオリーブ油でたべるの』
「ああ。いいんじゃね?…飲み物は?ワインもある」
『ハウスワイン、一杯貰おうかな』
「じゃあ俺も」
一先ずその注文を終えて、再びメニューへ視線を投げる。他の席を見る限り、メインにもう一品頼んでも問題無さそうだ。
『メインは…パスティシオ、山羊のアン・パピヨート、ピッカーニャ、ラムチョップ、ポークチョップ、ラムのミートボール、ツナフライ…』
「待て待て、料理になると急に読めるな?」
『ほら、英語ならなんとなく。知ってる料理なら殊更』
あ、今 少し得意顔したな。可愛い。
「……どれも良く知らないんだが、どれがいい?」
『うー…ん、ラムのミートボール。滅多に見ないし、スパゲッティついてるし、ボリュームもありそう』
「じゃあ、それ」
ってか、肉ばっかりだな。
昼間は魚ばっかだったけど。
「η ΚΡΟΚΕΤΑ ΜΟΥΣΑΚΑ」
ムサカと呼ばれるグラタンと、シンプルなサラダ、ザジキ…はなんて説明したもんか。
『ザジキってね、ヨーグルトにキュウリを摩り卸して入れたソースなの。こうやってチップスとかフライにつけたり、ピタパンに挟んだり』
「料理に関しては俺の出る幕ないな」
『…、旅行楽しみだったから、勉強し直したの』
「…そういうとこな」
『おあいこでしょ』
「ふはっ、違いねぇ」
ワイングラスを傾けながら、前菜が片付いて。
先程のラムのミートボールがテーブルに来る頃には、若干ほろ酔い。
彼女も同じ量を飲んでる筈なんだが…相変わらず顔には出ない。
『羊さんって、美味しいんだね…』
「伊達に羊肉文化じゃないな」
結構早く食べ終わったんじゃないか?
なんせ中々味が良くて、酒も進む料理だった。
彼女は白ワインを3杯目、俺は赤とロゼを1杯ずつ。
てっきり彼女はデザートまで食べると思っていたのに
『…えっとね、結構お腹いっぱいなの』
と、少し眠たげ。
まあ、初日から沢山歩いたし、酒も入れば疲れも出るだろ。
帰りはタクシーを拾ってホテルまで戻った。
『……ふふ』
「なんだ?」
ホテルでシャワーを浴びて、ベッドに2人。
彼女は眠そうにしながらも楽しげ。
『新婚旅行…たのしい』
「そりゃ何よりだ」
『あのね、思い出してたの。初めて同じベッドで寝た時のこと』
「…………、中学ん時か」
何時もは抱き締める距離なのに、彼女は俺の右手を握るだけで、その腕の距離を縮めない。
『…あの時の私はズタボロで、苦しくて寒くて切なくて、でも、そんな感情の名前も知らなくて。でもね、縋りついた真君の手が、とても温かくて安心したの』
「……俺は、」
『知ってる。優しくしてるつもりは無かったでしょ?それでも、真君が、私を助けてくれた』
「………。優しくする気が無かったのは確かだが…お前が傷ついてるの、いい気もしなかったんだ」
彼女の手に左手を重ねて、指に力を籠める。
「…今は、この手を取れて良かったと思ってる」
『……ありがとう。私は、今も貴方に助けられてる』
彼女の目蓋は次第に重くなって。
握った俺の手を引き寄せて、眠りに落ちていった。
「おやすみ…また、明日」
1日目終
午前9時すこし前、1度乗り継ぎをして降り立った土地。
『…眩しい』
太陽の日差しが温かくも鋭いこの国は。
「着いたな。…アテネ」
ギリシャ。
白い建物と青空とエーゲ海に彩られた場所。
『確かに日焼け止め必須の日射量。真君、そこ座って』
「は?日焼け止めなら乗り継ぎの時に塗ったろ」
『肌はね。これは髪の毛用の日焼け止めスプレー。あんまり長持ちしないから、直前にと思って。私はさっきエチケットルームでしてきたからさ。ほーら、』
「…ん」
あまりの日差しに、ロビーで日焼け止め対策をし直してから外へ出る。
…こんなの浴びたら火傷しそうだ。暑いし。
『えっと、バス?』
「エアポートバスが出てる筈だ。…あそこか」
9時前に着いた筈の空港だけれど。
手続きやら準備やらで市街地行きのバスに乗れたのは10時頃で。
そこから更に、中々揺れるバスで走ること1時間強。
『…異国、って感じの町並みだね』
「同じヨーロッパでも雰囲気違うもんだな。ハウステンボスのオランダ風とは全く別だ」
空港近辺は、果樹園や禿げ山なんかが車窓を埋めていたけれど。
建物が多くなってくると、一気に地中海を感じさせる。白い壁に、赤茶色の屋根。
『シンタグマ広場に着いたら、広場の観光してからお昼ご飯だよね?』
「…そうだな。着いてすぐは、まだランチ始まらねぇ」
ギリシャの町は、日本に比べて昼も夜も遅い。
昼飯時は14時、夕飯時は20時だから、昼も12時にオープンしてれば良い方。寧ろ空いてる時間だから、観光客としては有難いけれど。
「…なんだ、腹減ったの?」
『えへへ…フライト長かったし、朝ご飯、結局抜いちゃったから』
フライト。時計上では、23時発で9時着だから10時間だけれども。時差ってものがあって、実質15時間かけての往路だ。
乗り継ぎの時に何か食べる予定だったのに、飛行機の写真撮ってたら食べられなかった。
『でも、飛行機でぐっすり寝たから元気だよ!寧ろ早く歩きたい。真君は?お腹空いてない?』
「空いてる。…無名戦士の墓と国会議事堂の正面だけ見たら市街地出るか」
シンタグマ広場前のバス停で降りる。
実際には通りを1つ挟んでいて広場の真ん前ではないんだが…とりあえずスーツケースを下ろして周を見渡した。
同じように回りを見渡した雨月は、たじろぐように俺の腕をぎゅっと掴む。
『…なんか、もっとギリシャ神話みたいな町かと思った』
「俺達だってサムライの国だと思われてんだ、そんなもんだろ」
『たしかに』
大通りは至って欧米にありがちな、ビルが立ち並んだ都会の風景。
落書きもあるし歩道にガムの跡もあるような、あまり洗練されていない都会。
そんな大通りを渡れば、最初の観光スポットである国会議事堂がある。
正面には無名戦士の墓と呼ばれる戦没者の合葬墓があって、左右に民族衣装を着た兵隊が立っていた。
…この兵隊がな、直立不動なんだ。
兵になるにも強さや体格や風貌まで審査されて大変なもんで。
…そ、風貌ってのは、イケメンじゃなきゃなれないってやつ。…だから
『実渕君に頼まれてたんだよね、写真撮ってきてって』
「俺も言われた。左右とも撮るか」
“お土産なら、ギリシャのイケメン撮ってきてよ”
無名戦士の墓に行くなら是非、と言われたのを思い出す。
雨月にも頼んでるあたり、余程見たかったんだろう。
彼女は何枚か首に下げたデジカメで写真を撮ると、また俺の腕を掴む。
「一緒に写るか?」
『ううん。…ハネムーンなのに、他の男の人と写るなんて野暮じゃなぁい?』
それから、そんな台詞。
「…お前は…そういう奴だよな…」
『え?』
「いや?そうだな、野暮だった。……なら、もう此処はいいか?」
『うん』
観光に来た、とは余り思ってないようだ。
本気で逃避行のつもりだろうか。
『ね、ほんとにお腹空いちゃって…』
あ、違うな。空腹が限界に近いらしい。
目線が来るときに見えたハンバーガーショップの方を向いている。
「此処まできて最初の食事がファーストフードは無いだろ。少し歩くぞ、タベルナまで我慢しろ」
タベルナ、とは。ギリシャの大衆食堂の総称だ。
目星を着けていた店に向かって、スーツケースを引きながら歩いていく。
『……ほんとに地図みないね』
「このくらいの道なら1回見れば歩けるな。紙地図なら兎も角、今は航空写真でストリートビューまで見れるんだし」
『凄いなぁ…お陰で心置きなく景色に専念できる』
「…お前、景色っていいながら俺しか見てないけど」
『バレた』
茶化し茶化され、15分程歩く。
テラス席を多く出した1つのタベルナへ。
「καλως ΗΡΘΑΤΕ Παρακαλώ πάρτε το αγαπημένο σας κάθισμα」
店員がこちらに気付いて声をかけてきた。
ポカンとする雨月を連れて日陰の席へ座る。
『…あれ、ギリシャ語?』
「そうだな。好きな席へ座れって」
『……真君、リスニングまでできちゃうんだもんね』
「飲食店で使われそうな言葉って解ってればな」
そんな会話をしているうちに、店員がメニューを持ってきて。
「Η σημερινή σύσταση…#######」
オススメはエビだとか言ってる。
「καλαμάρι、****、####、****」
だから、そのオススメと、カラマリ、グリークサラダを頼んで。後で追加注文する旨を伝えた。
『なんて言ってたの?』
「良いエビが入ったって。それの姿焼きと、カラマリとサラダ頼んだ」
『ふふ、楽しみ』
料理を待つ間、彼女はずっと俺の顔を見ていた。会話で視線を合わせるとかの域じゃない。
「…見すぎ」
『だって。カッコいいから。ギリシャ語、本当にペラペラになっちゃうし』
「…お前との旅行、それだけ楽しみだったってこと」
『…っ、やだ。好き。私も』
「はいはい」
最初の食事がテーブルに運ばれる。
グリークサラダ、と呼ばれるギリシャの定番サラダ。
葉物野菜の上にヤギのチーズが塊で乗っている。
『結構いっぱいチーズ乗ってるね』
「そうだな。あと、思ってたより柔らかい。切らなくてもトング刺せば崩れるぞ」
『ほんとだ』
ドレッシングがかかっているようには見えない、そのサラダ。
『グリークサラダはね、オリーブ油と塩胡椒だけなんだ。ヤギのチーズは癖があるって聞いてたけど、私は好き。塩気きいててサラダ向きだね』
ああ、言われて見れば。
水切りヨーグルトの塩辛いやつ…ってかんじ。
「…この癖が、ヤギ臭いってことなんだな」
『癖少ない方だけど…真君は苦手?』
「苦手…という程じゃねぇが、食べ慣れない」
『家で出さないもん、フェタチーズなんて日本じゃ中々売ってないし』
獣っぽい癖は、確かに少ない方だろう。
ただ、彼女が作るサラダに乗ってるチーズはゴーダチーズかパルメザンだから、違和感があるだけ。
サラダとしては美味いと思う。
「#####、****####」
続いてオススメだと言われていたエビが2尾と、カラマリ。
カラマリってなんだ?って思うよな。日本語では烏賊…10本足の魚介類。
あれの、フライ。
『え…?丸ごと揚げてある!』
イカのフライ、といえばイカリングだが、この店は違う。胴体の部分を切り離さずに切れ込みをいれた、揚げ焼き…みたいな料理だ。
オリーブオイルで揚げ焼きにして、レモンとハーブソルトで食べるらしい。
『柔らかいのに、プリプリしてる。…美味しい』
「…烏賊の種類か?」
『ううん、鮮度だと思う。あと、火加減が絶妙。…これは…まだ私には再現できないなぁ』
「…お前のイカステーキも十分旨いけど」
『ふふ、ありがと』
にやける彼女に、エビも取り分けてやる。
俺の手程の大きなエビ。
店員は運んで来ると目の前でそれを、縦に真っ二つにして。
生レモンの搾り汁と塩コショウを、目の前でかけていく。
サービス、といってソフトフランスパンを1皿つけてくれた。
『あああ、美味しい』
「…そうだな」
『レモンもブラックペッパーも多すぎかと思ったけど、これで丁度いいんだね。パンに乗せても美味しい』
「パンは、カラマリのオリーブオイルつけても旨いな」
『ね!…それにしても、おっきなエビ。殻の感じ、ロブスターとかオマールじゃないと思うけど』
「……ヨーロッパでも獲れるとなれば、テナガエビとかアカザエビじゃないか」
『…真君の知識幅は百科辞典だよね』
感嘆のため息を吐きながら、彼女はパンとエビを交互に頬張っている。
…リスみたいだな。
「あと、何食いたい?」
『海鮮まだあるかな?エビもイカも美味しかったから、他のも食べたい』
「あー……二枚貝のスープ、海鮮カルパッチョ、タラのフライ。…全部頼むか」
『えっ!』
「Σύγγνώμη?」
困惑する雨月を無視して店員を呼び止める。
…だってなぁ、どのメニューも目ぇ輝かせてんだから、選べなんて言えなかった。
「Αποφασίσατε?」
「**、#*、##、αποφασίσατε」
去っていく店員を目で追って、彼女は不安そうに目で伺っている。
「…どれも旨そうで選べないから、ハーフサイズはできないかって聞いたんだ。スープ以外は可能だと」
『そうなんだ。良かった、食べきれなかったらどうしようかと』
そんなこと言ってたのに、運ばれてきたら結局ペロリと食べきったのだ。
店が混み始める前に…と会計を終えれば。
彼女は俺の袖を摘まむと小声で“御馳走様ってなんていうの?”と聞く。
「Καλή χώνεψη」
『か、かり ほねぷし!』
俺に続いて、殆ど平仮名発音のそれを口にすれば。
店員は
“新婚旅行?ギリシャを是非楽しんで行ってね!”
と、気さくに笑ってくれた。
.
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店から程々歩いて20分。
13時頃に、今夜泊まるホテルにチェックインする。
ここは、リゾートホテルではない。
駅から近くて早い時間にチェックインできる場所を選んだ結果、ファミリー向けとビジネスの中間くらいのホテルになった。
それなりに安くて、24hフロントと朝食がついてるから個人的には満足している。
部屋も綺麗だし、ロビーやラウンジも洒落てて雨月も嬉しそうだから尚良し。
荷物を置いて、早々に出かける。
なんせ目指すはアクロポリスの丘だ。丘、そのものが観光地だから見て回るのに時間がかかる。
まして、町並み観光を兼ねてるから徒歩で向かう訳だし。
『石畳だねぇ。丸石埋まってて、情緒ある』
「歩きにくいことこの上ないが。スニーカー選んで正解だな」
『うん。サンダルくらいなら…とか思わなくて良かった。足が擦れちゃう』
坂道、不揃いな石畳。
履き慣れた運動靴を持っていけ、と、旅行会社に就職したザキが念を押していたのも解る。
その坂をひたすら上に向かって歩いた。
別に道を1、2本間違ったところで、丘の上にあるパルテノン神殿を目指して歩けば迷うことはない。
20分強歩いて、入り口が見えてくる。そこで入場券を買ってからも、上り坂は続いて。
『う…わぁ…』
最初に見えた遺跡で彼女は息を飲む。
「イドロ・アティコス音楽堂。今も此処で祭典するらしいな」
音楽堂、とは言うが屋根はない。
全て石で造られた、半円のライブ会場とでもいうか。
一番上の席から見下ろすと舞台の人間は米粒程だから、かなりの規模だ。
『すご…広い…』
「屋根が無い分反響しないだろうが…ここでオーケストラやオペラなんかやったら迫力あるだろうな」
『昔なんてマイクないのに、ここの席まで音届いたのかな?』
「さあな」
そこから直ぐ、プロピレア門がある。
門、と聞いて鳥居くらいの大きさを想像していたのだが、遥かに大きかった。高さ…10mくらいか?
彼女は口を開けたまま仰ぎ見ている。
『人の技術ってすごいね』
「当時は本当に人の手だけだもんな」
『…!あ、あれ?パルテノン』
それから、門の先に今回一番楽しみにしていたパルテノン神殿が見えた。
西側がまず目に入り、正面である東側を目指して回る。
『…こっちも、柱、高いね』
「写真である程度見ていたが、これだけ近いと迫力あるな」
『アテナを祀った場所だったよね…?信仰心からかなぁ…』
「単に権力や技術を見せつける側面もあるだろうが…そうだな。ギリシャ神話における勝利の女神から市の名前までつけたんだし。つっても、ペルシア戦争で損壊してんだが」
『へぇ…』
「アテナも苦笑いじゃね?キリスト教の協会になったりモスクになったり火薬庫にされたり…神殿以外の意味合いを多く持ちすぎた」
『…ほら、信仰は心だから。アテナも解ってくれるよ。神様だもん』
「ふはっ、戦神だがな」
ギリシャのアテネ市は、勝利の女神アテナを信仰するために付けられた名前だ。ゼウスの頭から生まれて来たとか、色々面白い逸話を持った女神。
蒼天を背景に石柱の写真を何枚か。
そして、また特徴的な遺跡。
『…あっちが、エレティクオン神殿』
「エレ”ク”ティオン神殿、な」
『なんでだろ、頭では解ってるのに何時も言い間違える…』
「そうやって覚えちまったんだな」
エレクティオン神殿。通称アテネ神殿。
写真なんかで見たことあるか、柱が女の形してんだ。
…あの首で屋根を支えるの、絶対辛い。
『少女の柱って、本物は大英博物館なんだよね?』
「ああ。あれをレプリカと入れ換えるってのが凄ぇよな。あんな…寄せ集めみたいな構造してるうえに、精密な彫刻がついた広い建物なんか。機械無しに造ったなんて信じられない』
エレクティオン神殿もアテナを祀る神殿だ。
祭壇以外の意味を持つ部屋があるから、見た目からして複雑な…パルテノンとは違う風貌をしているんだが。
『……大変だったよね。でも、彫刻の少女の柱の方は…人の手だから造れたって感じがする』
「…俺は、お前のそういう視点好きだ」
『え…?え、ありが、と』
そんな少女像を見ても、隣にいる彼女の方が美人だな、とか考えてる俺は相当ハネムーンに浮かれてる。
遺跡群を見て回ったあとは、アクロポリス博物館へ。
神殿から見つかった石像なんかを展示してある。
ざっと見て回るだけで2時間近くかかった。
感想は、凄いの一言に尽きる。日本とは文明も文化も違いすぎて言葉で言い表すのは難儀と言うもの 。
「…18時か」
『思った程時間かからなかったね』
「どうするか…ギリシャは夕飯も遅いぞ。20時近くにならないと店がない」
『ホテル戻る?』
「………。まだ歩けるか?」
『それは、歩けたら良いとこ連れてってくれるって意味?』
「夕日が綺麗な丘」
『歩ける!』
「いい返事だ。っていっても、麓まではタクシー拾うか」
リカヴィトスの丘、という夕焼けスポット。
こっちは日没19時近くだから、夕陽を見てから夕食くらいで丁度いい。
市街を少し抜けて、タクシーを降りたら丘を上る。
人気スポットだけあって、カップルや家族連れ、カメラマンなんかが結構いた。
『…町が見渡せるね』
「ああ。さっきのアクロポリスを含めて、これだけ開けた町並みを一望できるのはいいな」
長崎や函館の夜景のように、街明かりを楽しむ展望スポットではないが。
建物が白い壁でできている分、夕陽の反射が綺麗に浮き出る。
『…綺麗な色。オレンジより輝いて、神々しい』
「茜色、よりは金色だな。ゴールデンイエローって感じ」
『同じ太陽なのにね。なんか、すごく特別に見える。…涙出そう』
「そりゃあ…特別な旅行で来てるんだ。見え方くらい感傷的でもいいだろ」
『真君も、心に響く?』
「………まあ」
夕陽に照らされる雨月が儚くて泣けそう。
という意味では。
「二人で来れて良かったな、とは思う」
『それは、私も』
彼女は はにかんで、写真を数枚撮る。
完全に逆光だが、夕陽をバックに2人で自撮り。
そんな頃には、日もかなり落ちて薄暗くなってきた。
「…くだるぞ。あんまり暗いと足元危ない」
『うん』
丘を降りれば、レストランの予約といい時間。
街中に戻って予約していた店へ入る。
『内装可愛い…お人形の部屋みたい』
「木で統一してるのがいいんだろうな」
Kiouzin、という店。
…ドレスコードがいらないくらいにはカジュアルだが、タベルナ程大衆向きではない。
料理は伝統的なギリシャ料理に一工夫…って感じらしい。
まあ、伝統的な味を食べる前からそれでいいのか…は、さておき。
「…なんだったか、雨月が食べたがってた」
『ムサカ!あと、ザジキ』
「あー…あるな。ムサカと…ザッジキ?」
『それそれ。両方サイドメニューみたいな感じ』
「なら、その2つとサラダ頼んで様子見るか」
通された席でメニューを覗く。
ギリシャ語と英語の両方の表記があって、どんな料理か想像しやすい。
『サラダはシンプルなグリーンサラダにしない?ホルトって言って、レモンとオリーブ油でたべるの』
「ああ。いいんじゃね?…飲み物は?ワインもある」
『ハウスワイン、一杯貰おうかな』
「じゃあ俺も」
一先ずその注文を終えて、再びメニューへ視線を投げる。他の席を見る限り、メインにもう一品頼んでも問題無さそうだ。
『メインは…パスティシオ、山羊のアン・パピヨート、ピッカーニャ、ラムチョップ、ポークチョップ、ラムのミートボール、ツナフライ…』
「待て待て、料理になると急に読めるな?」
『ほら、英語ならなんとなく。知ってる料理なら殊更』
あ、今 少し得意顔したな。可愛い。
「……どれも良く知らないんだが、どれがいい?」
『うー…ん、ラムのミートボール。滅多に見ないし、スパゲッティついてるし、ボリュームもありそう』
「じゃあ、それ」
ってか、肉ばっかりだな。
昼間は魚ばっかだったけど。
「η ΚΡΟΚΕΤΑ ΜΟΥΣΑΚΑ」
ムサカと呼ばれるグラタンと、シンプルなサラダ、ザジキ…はなんて説明したもんか。
『ザジキってね、ヨーグルトにキュウリを摩り卸して入れたソースなの。こうやってチップスとかフライにつけたり、ピタパンに挟んだり』
「料理に関しては俺の出る幕ないな」
『…、旅行楽しみだったから、勉強し直したの』
「…そういうとこな」
『おあいこでしょ』
「ふはっ、違いねぇ」
ワイングラスを傾けながら、前菜が片付いて。
先程のラムのミートボールがテーブルに来る頃には、若干ほろ酔い。
彼女も同じ量を飲んでる筈なんだが…相変わらず顔には出ない。
『羊さんって、美味しいんだね…』
「伊達に羊肉文化じゃないな」
結構早く食べ終わったんじゃないか?
なんせ中々味が良くて、酒も進む料理だった。
彼女は白ワインを3杯目、俺は赤とロゼを1杯ずつ。
てっきり彼女はデザートまで食べると思っていたのに
『…えっとね、結構お腹いっぱいなの』
と、少し眠たげ。
まあ、初日から沢山歩いたし、酒も入れば疲れも出るだろ。
帰りはタクシーを拾ってホテルまで戻った。
『……ふふ』
「なんだ?」
ホテルでシャワーを浴びて、ベッドに2人。
彼女は眠そうにしながらも楽しげ。
『新婚旅行…たのしい』
「そりゃ何よりだ」
『あのね、思い出してたの。初めて同じベッドで寝た時のこと』
「…………、中学ん時か」
何時もは抱き締める距離なのに、彼女は俺の右手を握るだけで、その腕の距離を縮めない。
『…あの時の私はズタボロで、苦しくて寒くて切なくて、でも、そんな感情の名前も知らなくて。でもね、縋りついた真君の手が、とても温かくて安心したの』
「……俺は、」
『知ってる。優しくしてるつもりは無かったでしょ?それでも、真君が、私を助けてくれた』
「………。優しくする気が無かったのは確かだが…お前が傷ついてるの、いい気もしなかったんだ」
彼女の手に左手を重ねて、指に力を籠める。
「…今は、この手を取れて良かったと思ってる」
『……ありがとう。私は、今も貴方に助けられてる』
彼女の目蓋は次第に重くなって。
握った俺の手を引き寄せて、眠りに落ちていった。
「おやすみ…また、明日」
1日目終