短編①
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《バスケ部と検事》∶花宮
※世界軸混合※黒子のバスケ×逆転裁判
※社会人年上ヒロイン
今日は久し振りに彼女と会える日。俺も部活や模試で忙しかったが、彼女も試験があった為に何ヵ月も会えていない。
柄にもなく浮き足立って、部活の片付けをする手が速くなる。
「花宮のカノジョって年上なんだっけ?」
「ああ」
「どこ受けたの?」
「司法試験」
「え…?ちょっと待って、彼女いくつ?」
「今年23だな」
「は…」
はああああっ!?
「うるせえ、でかい声出すな」
ヤマと一哉が声を揃えて叫んだ。
頭に響くそれに、思わず眉を寄せる。
「試験って、大学入試じゃねぇの!?つか司法試験その歳で受かっちゃったわけ?」
「なんだ、お前ら知らなかったのか?花宮の彼女さんは花宮と同じくらい頭がいいんだ」
「初耳だわ。結構前から付き合ってるって聞いたから、年上っつっても1、2歳だと思ってた」
「今年で3年目だったか?」
「ああ。夏で3年だな」
「中学ん時から付き合ってたのかよ。それでもカノジョ大学生だろ?きっかけがわかんね」
「そこまで教える必要ねぇだろ。俺は帰るから、鍵と日誌やっとけよ」
いつもなら施錠も自分でやるのだけれど、今日は手早く着替えてロッカールームを出た。
これから家に1度帰って、シャワーも浴びたいし服も着替え直したい。
それに、彼女との待ち合わせには少しでも早く行きたかった。
「…花宮も普通に恋とかできんだな」
「な。やっぱりどこで出会うのか謎だけど」
「彼女さん、花宮と同中なんだ。近場で偶々母校のバスケ部が試合してるからって覗いたらしいんだが、そこで花宮が一目惚れして押し切ったんだと」
「古橋、やけに詳しくね?」
「花宮のノロケを聞くのは俺の仕事だからな。相談を受けるのは瀬戸だが」
「俺らはなんでハブられてんの?」
「うるさいからだろ」
そんなやりとりが部室で続いてたとしても、早く会いたかった。
『あ、真くん!早かったね』
「それは、こっちの台詞だ。まだ待ち合わせまで30分もあるのに、なんでいんだよ」
『早く来たら早く来ただけ真くんに会える時間が増えるから。ふふ、職場から直接来ちゃった』
駅から少し離れたベンチに、彼女は既に来ていた。
落ち着いたエメラルドグリーンのワンピースに、ライトグレーのロングカーディガンを着た彼女は、仕事帰りには見えない。
『因みに、スーツは車の中。車は駅の駐車場だから、取りあえずそこまでいく?それともこの辺で夕飯食べようか?』
俺の視線を感じたのだろう、彼女はそう言って立ち上がる。
「…飯」
『じゃあ、あのお店いこう。この前紹介して貰って美味しかったから、真くん連れていきたいってずっと思ってたんだ』
そんな彼女の隣に並んで、ゆっくり手を握る。
一瞬驚いたようにこちらを見たけれど、彼女は微笑むだけで、何も言わず指を絡めた。
…………………………………………
「…こんなとこ、来て大丈夫なのか?」
『うん。初任給は真くんに奮発しようって決めてたから、遠慮せず食べて』
彼女が連れてきたのは、クラシカルな雰囲気のイタリアン。
2人分のパスタと1枚のピザをシェアするコースを頼んだ彼女は、メニューを一通り見てこちらに渡す。
『何にしよっか?』
「…雨月さんの、オススメで」
『そう?じゃあトマト系とクリーム系1つずつ頼んで、パスタもシェアしようか』
これ、真くん好きそう。
彼女は一人言を洩らしながらメニューを決め、オーダーをする。
流れるようにスムーズなその様に、5歳という歳の差と、彼女は社会人になったのだと見せつけられた気がした。
『ふぅ、やっぱり緊張しちゃうな。連れてきてくれた上司の見様見真似だったんだけど、変じゃなかった?』
「ああ…大人みたいだった」
『あ、今、ちょっと馬鹿にしたでしょ』
そんな心を読み取ったのか、彼女は はにかんで見せる。
彼女はそういう気遣いができたり、人の心が解る人だ。同じ心が解るでも、サトリみたいに嫌がらせはしない。
「それより、上司とも2人で来たのか?」
『ううん、3人。主席検事と上級検事。まさかトップ2人に誘われるとは思わなくて…すごく緊張した。主席検事なんて…宝月さんっていうんだけど、本当に美人だし仕事早いし優しいし。憧れちゃうね』
その証拠に、俺の発言から嫉妬を汲み取ったであろう彼女は。そこを追求せず、上司の1人は"美人"という言葉で女性であると暗に告げてくれている。
からかうことも、不安を煽るようなこともしない。
彼女は俺のプライドが傷つかないよう、接してくれていた。
「お待たせいたしました。アラビアータとクリームソースのニョッキでございます。こちら、チーズをテーブルでおかけいたします」
『はい、お願いします』
そこへ、パスタが運ばれてきて。ウェイターがパルメザンチーズを削る。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
『ペリエを2つ。あと、デザートと一緒に紅茶をお願いします。茶葉は任せますので』
「かしこまりました」
恭しく去っていくウェイターを見送り、彼女を見やれば、くすりと笑った。
『あれも真似。上級検事の御剣さん、紅茶が大好きなの。ここの紅茶が美味しいっていうから、一緒に飲もうね』
子供っぽく笑って見せるのに、その表情には慈しみが滲み出ていて。仄かに艷っぽさが垣間見えるものだから、"ん"と、小さく短な返事しかできなかった。
……
パスタも、続けて運ばれた生ハムのピザも美味しかった。
最後に運ばれてきたデザートのティラミスも甘過ぎず食べやすかったし、合わせて出た柑橘の匂いがする紅茶も好ましかった。
ただ、その支払いは全て彼女持ちである。
基本的にバイトをする時間はないし、小遣いは部活用具や文房具へと姿を変えていて、大した額は持っていない。
「…次来るときは、俺が払うからな」
『…!うん、そうね。真くんの初任給、私に使って貰おうかな』
美味しかったね、楽しみね、と。彼女は俺の腕に手を添えた。したこともないエスコートもどきで彼女と店を出る。
「確かに美味かったが…落ち着かねぇ」
『だね。やっぱりご飯は家で食べようか』
そう言いながら駐車場へ停めた車に乗った。
『家にいくでいい?ドライブする?』
「しなくていい」
今夜は、彼女の部屋に泊る。別に、特別なことじゃなくて、母が出張の時はよく泊りに行っていた。
『ただいま、と。お風呂沸かすから寛いでて』
だから、ここからの流れもお決まり。彼女は風呂を沸かしながら部屋着に着替えるし、俺も彼女がいない間に着替えてコーヒーを淹れて待っている。
『いい匂い…コーヒーありがとう、真くん』
大体カップを置いてソファに座った頃、彼女は戻ってきて。俺に寄りかかるようにして隣に座る。
「どうも。……そういえば、なんで雨月さんは検事になったんだ?てっきり弁護士になるんだと思ってた」
『え?うーん…裁くべき人を裁く為?』
そんな彼女から少し目を逸らして、気になっていたことを聞く。
優しい彼女は"護る"弁護士の方が似合う気がしたし、俺の傍にいる以上、罪を糾弾したいようには見えなかったから。
「は?」
『どっちでも良かったんだけどね。どんな人でも法廷に立つって怖いし心細いことだと思うから、冤罪でそこに立たされることがないよう、証拠を吟味する側を選んだの』
「…」
『それに、もし真くんに何か危害を加える人がいたら…張り切って起訴しちゃうから』
彼女の、こういうところが好きだ。
ラフプレーをする俺を知っていながら、俺が犯罪の一線を越えないことを信じている。
逆に、それを恨んでコートの外で攻撃してくる者への牽制を謀るなんて。
「雨月さんて、変わってる」
『真くんも変わってるよ?タメ口なのに"さん"ってつけるのやめないし。5つも上の私と付き合ってるし。私、君より先にオバサンになっちゃうんだよ?』
「…さん、は呼びたいから呼んでるだけ。タメ口なのは雨月さんが"恋人は対等だから敬語禁止"って言ったせい。年なんて…50も過ぎてくれば気になんねぇだろ。それとも俺みたいなガキは嫌か」
『…私は真くんをガキだなんて、思ったことないよ。確かにもっと甘えて欲しいと思うこともあるけど、それは子供扱いじゃなくて、愛しいから。私と50歳を過ぎても一緒にいてくれるっていうんだもの、嫌な訳ないじゃない』
雨月は、タメ口なのも雨月さんと呼ばれるのも実際好きだった。
タメ口は対等であり、彼と年が離れていることを感じず済むから。一方、[#dn=2#]さんと呼ばれることで、彼の甘えを汲み取ることができたから。
「…そう」
『うん。ふふ、大好きだよ、真くん』
「っ、」
余裕ありげな彼女に対して、俺はまだ子供なんだろう。
"俺も"と、一言返すこともできず彼女の手を握りしめた。
そうしたら、彼女は、その繋がれた手を引いて俺に抱きついて。
『あー、もう…真くんこっち向いて』
「ヤダ」
『じゃないとキスできない』
「…っ」
むしろ振り向けなくなった。ここで振り向けばキスしてもいい、もしくはしたいことになる。
変な意地が素直に振り向かせてくれない。
触れたいのは、俺も同じなのに。
『素直じゃないね。そこも好きだけど…我慢できないな』
「っ!?は、」
彼女は俺の膝を跨ぐように乗り掛かり、繋いでいない手で頬を撫でながら唇を寄せた。
『好きな人を目の前にしてお預けなんて、意地悪しないで?』
「…狡い奴」
離れた唇を、拗ねたように尖らせて。首を傾げる姿はあざといとしか言えなかった。
彼女の、この子供っぽさはわざとなのに。
まんまと引っ掛かって今度は俺から口を寄せる。
『狡い私は嫌?』
そう笑った彼女は、先程と打って変わって妖艶で。
目を逸らしたいのに、逸らせない。
「んなわけねぇだろ、馬鹿」
『馬鹿、は頂けないな』
「馬鹿だろ。答えなんて知ってたくせに」
『ごめんごめん。好きな人ほど苛めたくなっちゃうのよ』
「ガキか」
『そんなこという?あ、でも悪童とはお似合いかもね』
彼女は優しげに微笑んで抱きついた。
膝立ちした彼女の頭の方が僅かに上になり、抱き締められる形になる。
『…試合、休みとってでも応援いくよ』
「…ああ」
『……真くん…ああいうプレーはさ』
「もう、しねぇよ」
『そ…っか』
その背中に腕を回して、力をこめる。
短い遣り取りと吐息が首にかかって擽ったかった。
「俺も、雨月さんの裁判傍聴にいく」
『見ても楽しくないと思うけど?』
「それは俺が決めることだろ。…雨月さんの仕事姿、見てみたいし」
『…解った。初法廷の日時、決まったら教えるね』
彼女はやっぱり大人だった。
滲み出る興味や、隠された嫉妬を読み取っていても尚。
それを語らず包み込んでくれるのだから。
「…それと、受験は問題ねぇし、部活も調整できてるから…無理すんなよ」
そんな彼女に、"頼ってくれ"と言葉をかけられない俺はやっぱり子供なのだろう。けど、
『ありがとう。今も頼りにしてるけど、辛い時は甘えさせて貰おうかな』
取りあえず、今、甘えてもいい?
―そして逆転する世界―
『キス、足りないよ。まだ、満たされないの』
「ふはっ、俺だって足りねぇよ」
眼下に映るのは、ソファに沈む彼女と、散らばる綺麗な髪だった。
Fin.
※世界軸混合※黒子のバスケ×逆転裁判
※社会人年上ヒロイン
今日は久し振りに彼女と会える日。俺も部活や模試で忙しかったが、彼女も試験があった為に何ヵ月も会えていない。
柄にもなく浮き足立って、部活の片付けをする手が速くなる。
「花宮のカノジョって年上なんだっけ?」
「ああ」
「どこ受けたの?」
「司法試験」
「え…?ちょっと待って、彼女いくつ?」
「今年23だな」
「は…」
はああああっ!?
「うるせえ、でかい声出すな」
ヤマと一哉が声を揃えて叫んだ。
頭に響くそれに、思わず眉を寄せる。
「試験って、大学入試じゃねぇの!?つか司法試験その歳で受かっちゃったわけ?」
「なんだ、お前ら知らなかったのか?花宮の彼女さんは花宮と同じくらい頭がいいんだ」
「初耳だわ。結構前から付き合ってるって聞いたから、年上っつっても1、2歳だと思ってた」
「今年で3年目だったか?」
「ああ。夏で3年だな」
「中学ん時から付き合ってたのかよ。それでもカノジョ大学生だろ?きっかけがわかんね」
「そこまで教える必要ねぇだろ。俺は帰るから、鍵と日誌やっとけよ」
いつもなら施錠も自分でやるのだけれど、今日は手早く着替えてロッカールームを出た。
これから家に1度帰って、シャワーも浴びたいし服も着替え直したい。
それに、彼女との待ち合わせには少しでも早く行きたかった。
「…花宮も普通に恋とかできんだな」
「な。やっぱりどこで出会うのか謎だけど」
「彼女さん、花宮と同中なんだ。近場で偶々母校のバスケ部が試合してるからって覗いたらしいんだが、そこで花宮が一目惚れして押し切ったんだと」
「古橋、やけに詳しくね?」
「花宮のノロケを聞くのは俺の仕事だからな。相談を受けるのは瀬戸だが」
「俺らはなんでハブられてんの?」
「うるさいからだろ」
そんなやりとりが部室で続いてたとしても、早く会いたかった。
『あ、真くん!早かったね』
「それは、こっちの台詞だ。まだ待ち合わせまで30分もあるのに、なんでいんだよ」
『早く来たら早く来ただけ真くんに会える時間が増えるから。ふふ、職場から直接来ちゃった』
駅から少し離れたベンチに、彼女は既に来ていた。
落ち着いたエメラルドグリーンのワンピースに、ライトグレーのロングカーディガンを着た彼女は、仕事帰りには見えない。
『因みに、スーツは車の中。車は駅の駐車場だから、取りあえずそこまでいく?それともこの辺で夕飯食べようか?』
俺の視線を感じたのだろう、彼女はそう言って立ち上がる。
「…飯」
『じゃあ、あのお店いこう。この前紹介して貰って美味しかったから、真くん連れていきたいってずっと思ってたんだ』
そんな彼女の隣に並んで、ゆっくり手を握る。
一瞬驚いたようにこちらを見たけれど、彼女は微笑むだけで、何も言わず指を絡めた。
…………………………………………
「…こんなとこ、来て大丈夫なのか?」
『うん。初任給は真くんに奮発しようって決めてたから、遠慮せず食べて』
彼女が連れてきたのは、クラシカルな雰囲気のイタリアン。
2人分のパスタと1枚のピザをシェアするコースを頼んだ彼女は、メニューを一通り見てこちらに渡す。
『何にしよっか?』
「…雨月さんの、オススメで」
『そう?じゃあトマト系とクリーム系1つずつ頼んで、パスタもシェアしようか』
これ、真くん好きそう。
彼女は一人言を洩らしながらメニューを決め、オーダーをする。
流れるようにスムーズなその様に、5歳という歳の差と、彼女は社会人になったのだと見せつけられた気がした。
『ふぅ、やっぱり緊張しちゃうな。連れてきてくれた上司の見様見真似だったんだけど、変じゃなかった?』
「ああ…大人みたいだった」
『あ、今、ちょっと馬鹿にしたでしょ』
そんな心を読み取ったのか、彼女は はにかんで見せる。
彼女はそういう気遣いができたり、人の心が解る人だ。同じ心が解るでも、サトリみたいに嫌がらせはしない。
「それより、上司とも2人で来たのか?」
『ううん、3人。主席検事と上級検事。まさかトップ2人に誘われるとは思わなくて…すごく緊張した。主席検事なんて…宝月さんっていうんだけど、本当に美人だし仕事早いし優しいし。憧れちゃうね』
その証拠に、俺の発言から嫉妬を汲み取ったであろう彼女は。そこを追求せず、上司の1人は"美人"という言葉で女性であると暗に告げてくれている。
からかうことも、不安を煽るようなこともしない。
彼女は俺のプライドが傷つかないよう、接してくれていた。
「お待たせいたしました。アラビアータとクリームソースのニョッキでございます。こちら、チーズをテーブルでおかけいたします」
『はい、お願いします』
そこへ、パスタが運ばれてきて。ウェイターがパルメザンチーズを削る。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
『ペリエを2つ。あと、デザートと一緒に紅茶をお願いします。茶葉は任せますので』
「かしこまりました」
恭しく去っていくウェイターを見送り、彼女を見やれば、くすりと笑った。
『あれも真似。上級検事の御剣さん、紅茶が大好きなの。ここの紅茶が美味しいっていうから、一緒に飲もうね』
子供っぽく笑って見せるのに、その表情には慈しみが滲み出ていて。仄かに艷っぽさが垣間見えるものだから、"ん"と、小さく短な返事しかできなかった。
……
パスタも、続けて運ばれた生ハムのピザも美味しかった。
最後に運ばれてきたデザートのティラミスも甘過ぎず食べやすかったし、合わせて出た柑橘の匂いがする紅茶も好ましかった。
ただ、その支払いは全て彼女持ちである。
基本的にバイトをする時間はないし、小遣いは部活用具や文房具へと姿を変えていて、大した額は持っていない。
「…次来るときは、俺が払うからな」
『…!うん、そうね。真くんの初任給、私に使って貰おうかな』
美味しかったね、楽しみね、と。彼女は俺の腕に手を添えた。したこともないエスコートもどきで彼女と店を出る。
「確かに美味かったが…落ち着かねぇ」
『だね。やっぱりご飯は家で食べようか』
そう言いながら駐車場へ停めた車に乗った。
『家にいくでいい?ドライブする?』
「しなくていい」
今夜は、彼女の部屋に泊る。別に、特別なことじゃなくて、母が出張の時はよく泊りに行っていた。
『ただいま、と。お風呂沸かすから寛いでて』
だから、ここからの流れもお決まり。彼女は風呂を沸かしながら部屋着に着替えるし、俺も彼女がいない間に着替えてコーヒーを淹れて待っている。
『いい匂い…コーヒーありがとう、真くん』
大体カップを置いてソファに座った頃、彼女は戻ってきて。俺に寄りかかるようにして隣に座る。
「どうも。……そういえば、なんで雨月さんは検事になったんだ?てっきり弁護士になるんだと思ってた」
『え?うーん…裁くべき人を裁く為?』
そんな彼女から少し目を逸らして、気になっていたことを聞く。
優しい彼女は"護る"弁護士の方が似合う気がしたし、俺の傍にいる以上、罪を糾弾したいようには見えなかったから。
「は?」
『どっちでも良かったんだけどね。どんな人でも法廷に立つって怖いし心細いことだと思うから、冤罪でそこに立たされることがないよう、証拠を吟味する側を選んだの』
「…」
『それに、もし真くんに何か危害を加える人がいたら…張り切って起訴しちゃうから』
彼女の、こういうところが好きだ。
ラフプレーをする俺を知っていながら、俺が犯罪の一線を越えないことを信じている。
逆に、それを恨んでコートの外で攻撃してくる者への牽制を謀るなんて。
「雨月さんて、変わってる」
『真くんも変わってるよ?タメ口なのに"さん"ってつけるのやめないし。5つも上の私と付き合ってるし。私、君より先にオバサンになっちゃうんだよ?』
「…さん、は呼びたいから呼んでるだけ。タメ口なのは雨月さんが"恋人は対等だから敬語禁止"って言ったせい。年なんて…50も過ぎてくれば気になんねぇだろ。それとも俺みたいなガキは嫌か」
『…私は真くんをガキだなんて、思ったことないよ。確かにもっと甘えて欲しいと思うこともあるけど、それは子供扱いじゃなくて、愛しいから。私と50歳を過ぎても一緒にいてくれるっていうんだもの、嫌な訳ないじゃない』
雨月は、タメ口なのも雨月さんと呼ばれるのも実際好きだった。
タメ口は対等であり、彼と年が離れていることを感じず済むから。一方、[#dn=2#]さんと呼ばれることで、彼の甘えを汲み取ることができたから。
「…そう」
『うん。ふふ、大好きだよ、真くん』
「っ、」
余裕ありげな彼女に対して、俺はまだ子供なんだろう。
"俺も"と、一言返すこともできず彼女の手を握りしめた。
そうしたら、彼女は、その繋がれた手を引いて俺に抱きついて。
『あー、もう…真くんこっち向いて』
「ヤダ」
『じゃないとキスできない』
「…っ」
むしろ振り向けなくなった。ここで振り向けばキスしてもいい、もしくはしたいことになる。
変な意地が素直に振り向かせてくれない。
触れたいのは、俺も同じなのに。
『素直じゃないね。そこも好きだけど…我慢できないな』
「っ!?は、」
彼女は俺の膝を跨ぐように乗り掛かり、繋いでいない手で頬を撫でながら唇を寄せた。
『好きな人を目の前にしてお預けなんて、意地悪しないで?』
「…狡い奴」
離れた唇を、拗ねたように尖らせて。首を傾げる姿はあざといとしか言えなかった。
彼女の、この子供っぽさはわざとなのに。
まんまと引っ掛かって今度は俺から口を寄せる。
『狡い私は嫌?』
そう笑った彼女は、先程と打って変わって妖艶で。
目を逸らしたいのに、逸らせない。
「んなわけねぇだろ、馬鹿」
『馬鹿、は頂けないな』
「馬鹿だろ。答えなんて知ってたくせに」
『ごめんごめん。好きな人ほど苛めたくなっちゃうのよ』
「ガキか」
『そんなこという?あ、でも悪童とはお似合いかもね』
彼女は優しげに微笑んで抱きついた。
膝立ちした彼女の頭の方が僅かに上になり、抱き締められる形になる。
『…試合、休みとってでも応援いくよ』
「…ああ」
『……真くん…ああいうプレーはさ』
「もう、しねぇよ」
『そ…っか』
その背中に腕を回して、力をこめる。
短い遣り取りと吐息が首にかかって擽ったかった。
「俺も、雨月さんの裁判傍聴にいく」
『見ても楽しくないと思うけど?』
「それは俺が決めることだろ。…雨月さんの仕事姿、見てみたいし」
『…解った。初法廷の日時、決まったら教えるね』
彼女はやっぱり大人だった。
滲み出る興味や、隠された嫉妬を読み取っていても尚。
それを語らず包み込んでくれるのだから。
「…それと、受験は問題ねぇし、部活も調整できてるから…無理すんなよ」
そんな彼女に、"頼ってくれ"と言葉をかけられない俺はやっぱり子供なのだろう。けど、
『ありがとう。今も頼りにしてるけど、辛い時は甘えさせて貰おうかな』
取りあえず、今、甘えてもいい?
―そして逆転する世界―
『キス、足りないよ。まだ、満たされないの』
「ふはっ、俺だって足りねぇよ」
眼下に映るのは、ソファに沈む彼女と、散らばる綺麗な髪だった。
Fin.