短編①
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《花蜜》∶瀬戸
‐7周年記念 フリリク‐ リナ様へ
2019/08/10
*****
『おはよーございまーす!』
元気よく体育館に入ってくる女子マネージャー。
彼女に引きづられるように着いてくる寝ぼけ眼の男子。
雨月と瀬戸。
公認カップルで、幼なじみ。
いつもひっついてて、朝練はいつも雨月が手を引いて連れてくる。
「はよ。まーた瀬戸寝てんのか」
『うん。もう、ここまで引き擦って来るの重かったぁ。健太郎、後は自分でやってよね』
更衣室に瀬戸とスタイリング用のワックスを放り込んで、雨月は監督である花宮に練習の予定なんかを確認しにいく。
「…………あいつ、更衣室で寝てんな」
『起こしてきまーす』
それが終わっても体育館に顔を出さないのも、ままあることで。
『健太郎、朝練だってば!』
「…眠い」
『だーめ、起きて。もう、ワックスも自分で出来るでしょ』
「えー、やってよ雨月」
『私は健太郎のお母さんじゃありません!』
「わかってるよ。ねー、お願い、俺の可愛い彼女はやってくれるでしょ?」
『…っ、もうその手には乗らないんだから!』
「そう言わないで。いつか奥さんになって毎日やってほしい」
『………、しょうが、ないなぁ…』
呼びに言ったはずの雨月が丸め込まれて。
大体すぐに戻れた試しがない。
「朝っぱらからイチャつかないでほしいよね」
「見てるだけで胸焼けしそうだ」
おえー。なんて、原と山崎は朝練の度に顔をしかめる。
「しょうがないじゃん、俺の雨月が可愛いのが悪い」
けど、瀬戸の方は悪びれもしなかった。
「うっせえ!とっとと走れ!」
そのやりとりも、花宮が激を飛ばすまで続くあたり。
…毎朝のテンプレである。
***
ところ変わって教室。
霧崎は講座制の授業なのでクラス単位での授業はない。
故に、同じクラスの瀬戸と雨月も被る講座は1つだけなので、ほとんど離ればなれだった。
その、唯一同じ授業を受ける英語。
雨月の斜め後ろに瀬戸は座っていた。
で、さらにその斜め後ろに花宮が座っている。
(………こいつ、英語だけは寝ないよな)
花宮と瀬戸はほとんどの講座が被っていたから、花宮は知っている。
瀬戸は授業の大抵の時間を寝て過ごす。
教師の方も、寝てるからと言って問題を指定したりしていたが、滞りなく答えるので皆諦めた。
そんな奴が。
「……」
彼女を見つめる為だけに、英語の授業は起きているのだ。
ノートも取らず、辞書も開かず。
教科書だって開かれてるだけで、授業が進んでもページをめくることすらしない。
ただ、ただ、雨月を後ろから眺めているだけだ。
(………馬鹿みてぇ)
花宮は胸中ため息をついて、形ばかりのノートをとるのを止めた。
どうやったって黒板を見るには、瀬戸の後ろ姿を視界に入れなきゃならない。
(…ってか、起きれんなら朝練も普通にやれよ!)
なんだか胸焼けがするようで、仕方なく、代わり映えのしない窓に視線を移すよりなかった。
***
『けんたろー、お昼いこー』
午前の授業が終われば、それぞれが昼の時間。
部室で弁当を食べる者も少なからずいる。
最初は、クラスメイトに絡まれるのが面倒だと言って古橋が一人で部室を使っていた。
続いて花宮。
お互いに特に会話はなく、食べ終わった後の昼休みを読書なんかの趣味に使っていた。
そこに、二人が流れ込んで来たのだ。
花宮は角の記録机、その背中側のベンチに古橋。
で、ロッカーを背凭れにタオルを敷いた床で瀬戸と雨月が座っている。
………それはもう、ぴったりくっついて座っていた。
座ってるだけならいい。
「雨月は弁当作らないの?」
『ちょっとはやるよ。おにぎりは自分で作ってるもん』
「へー。俺に作ってきたりしてくれるイベントはないの?」
『ありませんー。私、まだ根に持ってるんで』
「……え、小学校の調理実習の?もう時効でしょ」
『時効なんてないもん!もう健太郎には料理しないって決めたんだから』
「そんなに怒んないでよ」
『怒ってないもん』
ベタベタとくっついた状態で、部室中に聞こえる声で痴話喧嘩をする。
いや、部室は確かに狭いけども。
「……お前らは、恥も外聞もないな。痴話喧嘩は外でやれ、五月蝿い」
古橋が苛つく程度には煩わしい。
元々、静かなのが気に入って部室で時間を潰していたのだから当然だが。
『でもさ、古橋くん。健太郎ってば調理実習で私が作ったホットケーキ、「…美味しくない」って言ったんだよ』
「………ホットケーキを美味しく作らない方が難しくないか?どうせホットケーキミックスだろ?」
『そう。だから、不思議なの。健太郎だけ、美味しくないって言った。健太郎の班はコーヒーゼリーだったから、お裾分けに行ったのに…すごくショックでいっぱい泣いた』
「……」
『だから、もう健太郎には料理しないの。また美味しくないって言われるの、すっごく怖いから。…もう、あんな悲しい思いしたくないもん』
弁当箱を閉じながら、雨月は唇を尖らせる。
それを聞いて、瀬戸は、困ったように「あー……」と口を開いた。
「………ごめん。あれは、凄く美味しくて嬉しかったんだけど…同じ班の奴に散々雨月のことからかわれた後だったから、恥ずかしかったんだ」
『………』
「いいよ、無理して作らなくても大丈夫。でも、雨月が作ってくれたら、今度こそ、素直に美味しいって言う」
『………美味しいか、わかんないじゃん』
「わかるよ。雨月は頑張り屋だから、どうせ美味しく作れるまで練習してから食べさせるつもりでしょ?」
『……うん』
「だからね、無理はしなくていい。ただ、あれは……本当は美味しかったんだって、信じてもらえればそれでいい。…許してくれる?」
『…………。許す』
「ありがと」
後半、古橋は話なんぞ聞いてなかった。
目に見えないハートが飛び交うのを、煩わしそうに溜め息を1つ吐いて。
(こいつらに静かにしろと言う方が無理だったか)
次からは耳栓でも用意しようと決めた。
花宮は、既にイヤホンをつけていた。
***
時は放課後。
午後の授業を終えて部活が始まる。
着替えて、ウォーミングアップして、点呼をとって。
朝とは違って滞りのない進み。
そう、原が
「…なにがあったの?」
首を傾げるくらい普通の部活。
「………ああ、珍しくガチ喧嘩らしいぞ」
山崎が視線を向けるのは、雨月と瀬戸。
部室に籠って黙々と資料作りをする彼女と、自ら自主練メニューをこなす瀬戸……というのは、あまり見ない光景だった。
「喧嘩してた方が真面目にやるなら、このままのが楽なんだが」
古橋もそれに視線を向ける。
「てかなんで喧嘩?いつも瀬戸が丸め込んじゃうじゃん。雨月だって何だかんだ甘いしさ」
「さあ。昼までは普通だったが」
「午後の授業も変わんなかったと思うけどな」
3人で首を捻っていれば。
「…てめーらも練習しろっての」
「だってさ、花宮。静かすぎて逆に集中できないよ。マネージャーにメニュー聞き難いし」
花宮がバインダーとホイッスルを手にやって来た。
「ほっとけ。くっだらない理由で喧嘩してんだ。そのうち直る」
「理由知ってるのか」
「マジ?ならそれ聞いたら真面目に練習する」
「……お前らの真面目とか信用ならねえよ」
花宮は1つ息を吐いて、放課後にな……と話し始めた。
「瀬戸君、好きです」
一人の女生徒が、裏庭で瀬戸を呼び止めて。告白した。
「…………悪いけど、俺、彼女いるし。君も知ってるでしょ?」
その女子が、雨月の友達。
高校に入ってからの友人だけれど、とても仲が良かった。
「知ってるよ。雨月から沢山、お話聞いてるもの。…幼稚園から一緒なんでしょ?いじめっこから守ってくれたり、文化祭の劇でお姫様と王子様になったり、同じ高校に行くために一緒に勉強したり……ずっと傍に居てくれたんだって、凄く嬉しそうに、自慢気に話してた」
「それが羨ましくても、君じゃ雨月の代わりにはならないから」
「わかってるってば。あのね、聞くだけ聞いて。私の、自己満足。雨月の話聞いてて、羨ましかった。そんな、素敵な幼なじみが、こんなカッコいい彼氏だなんて。聞けば聞くほど、瀬戸君のことが気になって、どんどん好きになっちゃって」
「……」
「でも、雨月のことも好きだから、友達でいたいの。…けど、この気持ちのままじゃ、いつか、雨月を嫌いになっちゃいそうだから………フラれたかったんだ。…ごめんね、付き合わせて」
「…そう」
「あ、雨月には内緒ね、変な確執持ちたく無いし、これからも友達でいたいから。…………雨月を大切にしてね…なんて、言うまでもないか」
「まあね。でも、雨月の友達でいてくれてありがとう。これからも、よろしく」
「うん。…ふふ、じゃあね、瀬戸君。フラれちゃったけど、私、貴方を好きになれてよかった」
「はは。変な人だね、君」
そんな、青春の1ページみたいなやりとり。
それが、雨月本人の耳に「瀬戸と雨月の友達が話してた」という部分だけ伝わった。
他意も悪意もない、ちょっとした話題での目撃情報。
『健太郎、あの子と話してたんだって?』
「雨月と仲良くしてる子ね。うん、さっき裏庭で」
『ね、なんの話したの?』
「特に何も。ただ、雨月の彼氏?って、聞かれただけだよ」
"内緒"と言われた手前、瀬戸はそれ以上答えられなかった。
ただ、疚しいことはないから、話したことは否定しない。
『……ほんとにそれだけ?』
「そうだな……、幼なじみだって話もしたけど」
『………。嘘』
「なにが、嘘?」
『どこ…とか解んないけど、健太郎、何か隠してるでしょ。私に言えない事でもあるの?』
「解んないけど嘘…って、随分なつっかかり方じゃない?」
『はぐらかさないでよ。ねえ、本当はなんの話してたの?』
「嘘は吐いてない。話したのは本当だし」
『嘘 "は" って何よ!』
引き下がらない雨月に、瀬戸は持ち前の頭を回転させて当たり障りのないことを言うのだけど。
幼なじみである雨月にしてみれば、『なにか隠してる』と直感しているので不安を煽られるだけだった。
「……あー、つまり?」
「話せない瀬戸と、話して欲しい雨月のすれ違い且つ拗れ」
「うわ、めんどくさ」
「てかなんで花宮は知ってんの」
「雨月が無期限で休部したいとか言い出したからな。取り敢えず許可できるだけの理由を言えっつったら瀬戸に聞いてくれと言うんで」
「聞き出した………と」
「ああ。てか今のままの方が確かに部活としては有難いんだが………あ、やっぱりな」
話を一通り聞き終えた3人は、語り手の花宮が上げた声に倣って視線を向ける。
黙々と自主練してた瀬戸が、不意に動きを止めて。
壁に寄りかかってズルズルと座り込んでしまった。
「…出たよ、スイッチオフ」
「あいつのやる気、雨月に左右されすぎだろ」
いつもみたいに眠る訳でもなく、ぼんやりと座っているだけ…なんて、本当に消沈しているらしい。
「…話したからな。練習戻れよ」
「はーい。花宮も大変だね、部員の痴話喧嘩まで面倒見なきゃいけなくて」
「全くだ。………くっそ、行ってくる」
はあ…と、溜め息を吐きながら、花宮は瀬戸の前まで来て。立ったまま見下ろしていた。
「……花宮、どうしよ」
「別に話せばいいじゃねぇか」
「、、雨月とあの子の仲を割きたくはないよ。…仲良くしてくれる女友達だって必要だ」
「その程度で割ける友情なら無いのと同じだろ」
「……じゃあ、あの子の勇気は?決意は?雨月と友達でいるために、傷付く覚悟で告白して……実際フラれて、傷ついたのに、笑って"雨月を大切にして"とまで言ってくれた…それを、」
ポツポツと話す瀬戸に、花宮の忍耐が先に切れた。
「くっっっだらねぇことでウジウジしてんじゃねえよ!!」
「…っ!?」
「お前、雨月がいなけりゃ部活もできないどころか、起きることもできないんだぞ。そんだけ執着してる女と、天秤にかける程の秘密かよ。大体、そのトモダチとやらが自己満足に瀬戸を使っただけじゃねぇか、考慮してやる余地はねぇ。そう思われるリスクを背負ってでも、そいつが雨月とトモダチしたかったってなら、それこそ、それなりの覚悟してるだろ。それともなんだ?雨月はその告白の話を聞いたらそのトモダチとやらと仲違いする程度の器なのか?自分の女の力量くらい見定めろ馬鹿」
一気に捲し立てる花宮に、瀬戸は呆気にとられる。
けど、聞き終えると、少しすっきりした顔で
「………そうだね。迷惑かけた、ちょっと部室行ってくる」
そう、体育館を出ていった。
***
体育館と部室は渡り廊下を挟んで隣接。
廊下で、雨月の他にいるもう一人のマネージャーにすれ違って
「あ、瀬戸君」
「雨月、まだ部室にいる?」
「いるよ。仲直り、しておいで。今なら、ちゃんと話聞いてくれると思う」
「ありがと、そうする」
そう、声をかけられた。
雨月の方も、話を聞いてもらったようだ。
「……雨月、入るよ」
一応ノックして、部室に足を踏み入れる。
似た者同士、雨月が作っていた資料は中途半端なところで途切れて。
本人はロッカーの前に座り込んでいた。
『………』
「……雨月、隠し事があったのは事実だよ。ごめんね」
『………うん』
「けど、」
『私も、ごめん。言いたくないことだって、あるよね。健太郎、優しいから…伝えない方がいいこともあるって…思ってくれたんだよね』
「………うん」
瀬戸は隣に座り、俯く雨月の頭をそっと撫でた。
『健太郎はさ、ちっちゃい時からずっと一緒にいるから…健太郎のことで知らないことなんて無いと思ってたの。…だから、嘘…とか、知らないことがあるって思ったら、怖くなっちゃって………』
「…そっか。あのね、実は………あの子に、告白されたんだ」
『………!』
「雨月と友達でいたいから、内緒にして欲しい。けど、踏ん切りをつけたいからフッてくれって………ごめん、仲違いしちゃったらどうしようかと思って、言えなかった」
『………………そっか。…言いづらかったよね、ごめん。大丈夫、聞かなかったことにする』
「そうしてほしいな」
『うん。だって、ちゃんとフッてくれたんだもんね?』
「当然。俺には雨月が居るって、代わりはいないって伝えたけど?」
『ありがとう。………私も、健太郎の代わりなんて、いないし、要らないから………仲直りしてくれる?』
俯けた顔を上げて、雨月は瀬戸の服の裾を掴む。
少し震えた指先を見て、彼は愛しげに目を細めた。
「うん。仲直りしよう。…好きだよ、雨月」
『ありがとう。私も、健太郎、大好きだよ』
それから、彼は彼女の額にそっと口付けて。
彼女も、応えるように彼の首に唇を寄せた。
「……部活、戻ろうか?」
『そうだね、迷惑かけちゃった』
「でも自主練だからなぁ、もう少しサボっても…」
『自主練なら、メニュー終われば帰れるでしょ?ね、早く終わらせて、その、…ゆっくり帰ろうよ』
「デートのお誘い?」
『解ってて聞いてるでしょ!意地悪』
「だって、デートもキスも、恥ずかしくて言えないなんて可愛いよね。堂々と手は繋ぐ癖にさ」
『………っ!もう、早く練習して!』
fin
その後
「…」
「…」
「…」
一悶着して、部活に戻ってきた彼らを盗み見る3人。
例の如く、原、山崎、古橋。
今度は揃って溜め息を吐いた。
原「もうさぁ…確かに喧嘩してると調子狂うけど」
山「だからといってイチャイチャされんのもな」
古「なんだろうな。何故無言なのにハートが飛び交うんだろうな」
練習に戻った瀬戸を、記録を付けながら見つめる雨月。
視線に気づく度に微笑み返す瀬戸。
ワンオンワンで対峙してる花宮は苛つきがMAX且つマッハなようで、体格上は不利な筈なのにキレッキレのボール裁きでリードしていた。
古「一番胃痛なのは花宮だな」
原「相当疲れたんだね。ワンオンワン代われって言われたもん」
古「代わってやらなかったのか」
原「やだよ。雨月が応援してるときの瀬戸の相手なんて。めっちゃカッコつけたがってウザイもん」
山「……ああ、現に今アリウープしようとして花宮に止められてるわ」
原「なんでワンオンワンでアリウープだし。馬鹿じゃないの」
古「………俺らも疲れたな。メニュー終わったらマジバでも寄ろう」
原「賛成」
山「俺も」
あーでも今日はシェイク要らね、甘いのはもう沢山
わかるー
なんて。
***
蛇足
[貴女と、もう一人のマネージャーの話]
『……』
部室に籠ってルーズリーフに資料をまとめていた雨月は、不意にペンを投げ出して、机に突っ伏した。
「なぁに、喧嘩でもしたの?」
『……喧嘩じゃないもん。健太郎が、隠し事するから、怒ってるだけ』
声をかけたのは、備品のチェックをしていたもう一人の女子マネージャー。
やんわりと笑って、でも、少し困ったように眉を下げる。
「瀬戸君が雨月ちゃんに隠し事なんて、よっぽど知られたくないのね」
『………変だよね』
「そう?端から見てても、瀬戸君が一番大切にしてるのは雨月ちゃんよ?隠す…ってことは、貴女のためなんじゃない?」
『………けど、今日だって、小学生の頃の勘違い、やっとお昼休みに解いたとこなんだよ?私、健太郎のこともっと解ってると思ってたのに………全然、わかんなくて』
「あらあら、泣かないの」
『泣いてないもん…』
彼女は、雨月をあやすように頭を撫でた。
それから、言葉を選ぶように、慎重に口を開く。
「焦らなくていいんじゃない?小学生の頃の蟠りが、今になって解けたみたいに…話す時が来たら、瀬戸君だって話してくれるわよ。雨月ちゃんが、それまで瀬戸君を待てるなら」
『………』
「それとも、瀬戸君が何か疚しいことがあって、雨月ちゃんを傷つける為に、隠し事をしてる……話さないでいると思ってるの?」
『…っ、健太郎はそんなことしないもん!』
それに、思わず叫び返した雨月は、ハッとしたように目を見張る。
『…………そうだよ、ね。……ごめん、ありがとう、気づかせてくれて。………話してくれるまで、待ってみる』
「そうね。じゃあ、私は外倉庫の点検してくるわ。…仲直り、してちょうだいね」
彼女はそう微笑むと、外倉庫に向かうために渡り廊下へ脚を踏み出した。
体育館と部室は渡り廊下を挟んで隣接。
体育館側から、誰かやってくる。
「あ、瀬戸君」
「雨月、まだ部室にいる?」
「いるよ。仲直り、しておいで。今なら、ちゃんと話聞いてくれると思う」
「ありがと、そうする」
(これで解決…かしら)
その後ろ姿を、ちょっとだけ振り返ると、彼女はまた少し微笑んで、外倉庫へと向かっていった。
fin
***
蛇足の蛇足
[花宮と、もう一人のマネージャーの話]
「…いつまで外倉庫にいるつもりだよ」
『あら、もうそんな時間?』
「もう体育館も部室も閉めたぞ」
『えぇ、私の荷物、部室なのに』
日が暮れ、部員を帰らせた花宮は。
部長として、まだ活動してるマネージャーに声をかけに来た。
「荷物はこれだろ。ほら」
『持ってきてくれたの?ありがとう』
「………もう整頓はそのくらいにしとけ。そこの鍵閉めて、鍵返したら帰るぞ」
『はぁい』
もう一人のマネージャー………彼女は、余り使われない予備のカラーコーンを拭いたり、雑多に詰め込まれたビブスの整理をしていた。
自分の荷物を差し出された彼女は、にっこりと微笑む。
花宮は、溜め息混じりに倉庫の鍵をかけ、職員室へ向かった。
『今日は疲れたね』
「全くだ。……部内恋愛禁止するか」
『でも、それじゃ瀬戸君のモチベーション下がっちゃうわ』
「……はあ………私情持ち込むのは勘弁してくれ」
『花宮君だって、私怨で練習増やすじゃない。お相子よ』
「一緒にされんのは心外だ」
それから、下駄箱、昇降口、と抜けて校門。
『………花宮君は、部内恋愛禁止にしても困らないの?』
「ああ。だって、バレない自信あるし。………リスキーで秘密が多い方が楽しいだろ?」
『ふふ、困った人』
「お前だって、"秘密"、好きなくせに」
ニヤリ、と口角を上げる花宮に、彼女もまた目を細めて笑う。
『ええ、大好きよ。………じゃあ、またね、花宮君』
「ああ、またな」
また、夜に電話しよう。
(俺とアイツの関係は、誰も知らない甘美な蜜)
(ヒミツ、秘密、秘蜜)
end
‐7周年記念 フリリク‐ リナ様へ
2019/08/10
*****
『おはよーございまーす!』
元気よく体育館に入ってくる女子マネージャー。
彼女に引きづられるように着いてくる寝ぼけ眼の男子。
雨月と瀬戸。
公認カップルで、幼なじみ。
いつもひっついてて、朝練はいつも雨月が手を引いて連れてくる。
「はよ。まーた瀬戸寝てんのか」
『うん。もう、ここまで引き擦って来るの重かったぁ。健太郎、後は自分でやってよね』
更衣室に瀬戸とスタイリング用のワックスを放り込んで、雨月は監督である花宮に練習の予定なんかを確認しにいく。
「…………あいつ、更衣室で寝てんな」
『起こしてきまーす』
それが終わっても体育館に顔を出さないのも、ままあることで。
『健太郎、朝練だってば!』
「…眠い」
『だーめ、起きて。もう、ワックスも自分で出来るでしょ』
「えー、やってよ雨月」
『私は健太郎のお母さんじゃありません!』
「わかってるよ。ねー、お願い、俺の可愛い彼女はやってくれるでしょ?」
『…っ、もうその手には乗らないんだから!』
「そう言わないで。いつか奥さんになって毎日やってほしい」
『………、しょうが、ないなぁ…』
呼びに言ったはずの雨月が丸め込まれて。
大体すぐに戻れた試しがない。
「朝っぱらからイチャつかないでほしいよね」
「見てるだけで胸焼けしそうだ」
おえー。なんて、原と山崎は朝練の度に顔をしかめる。
「しょうがないじゃん、俺の雨月が可愛いのが悪い」
けど、瀬戸の方は悪びれもしなかった。
「うっせえ!とっとと走れ!」
そのやりとりも、花宮が激を飛ばすまで続くあたり。
…毎朝のテンプレである。
***
ところ変わって教室。
霧崎は講座制の授業なのでクラス単位での授業はない。
故に、同じクラスの瀬戸と雨月も被る講座は1つだけなので、ほとんど離ればなれだった。
その、唯一同じ授業を受ける英語。
雨月の斜め後ろに瀬戸は座っていた。
で、さらにその斜め後ろに花宮が座っている。
(………こいつ、英語だけは寝ないよな)
花宮と瀬戸はほとんどの講座が被っていたから、花宮は知っている。
瀬戸は授業の大抵の時間を寝て過ごす。
教師の方も、寝てるからと言って問題を指定したりしていたが、滞りなく答えるので皆諦めた。
そんな奴が。
「……」
彼女を見つめる為だけに、英語の授業は起きているのだ。
ノートも取らず、辞書も開かず。
教科書だって開かれてるだけで、授業が進んでもページをめくることすらしない。
ただ、ただ、雨月を後ろから眺めているだけだ。
(………馬鹿みてぇ)
花宮は胸中ため息をついて、形ばかりのノートをとるのを止めた。
どうやったって黒板を見るには、瀬戸の後ろ姿を視界に入れなきゃならない。
(…ってか、起きれんなら朝練も普通にやれよ!)
なんだか胸焼けがするようで、仕方なく、代わり映えのしない窓に視線を移すよりなかった。
***
『けんたろー、お昼いこー』
午前の授業が終われば、それぞれが昼の時間。
部室で弁当を食べる者も少なからずいる。
最初は、クラスメイトに絡まれるのが面倒だと言って古橋が一人で部室を使っていた。
続いて花宮。
お互いに特に会話はなく、食べ終わった後の昼休みを読書なんかの趣味に使っていた。
そこに、二人が流れ込んで来たのだ。
花宮は角の記録机、その背中側のベンチに古橋。
で、ロッカーを背凭れにタオルを敷いた床で瀬戸と雨月が座っている。
………それはもう、ぴったりくっついて座っていた。
座ってるだけならいい。
「雨月は弁当作らないの?」
『ちょっとはやるよ。おにぎりは自分で作ってるもん』
「へー。俺に作ってきたりしてくれるイベントはないの?」
『ありませんー。私、まだ根に持ってるんで』
「……え、小学校の調理実習の?もう時効でしょ」
『時効なんてないもん!もう健太郎には料理しないって決めたんだから』
「そんなに怒んないでよ」
『怒ってないもん』
ベタベタとくっついた状態で、部室中に聞こえる声で痴話喧嘩をする。
いや、部室は確かに狭いけども。
「……お前らは、恥も外聞もないな。痴話喧嘩は外でやれ、五月蝿い」
古橋が苛つく程度には煩わしい。
元々、静かなのが気に入って部室で時間を潰していたのだから当然だが。
『でもさ、古橋くん。健太郎ってば調理実習で私が作ったホットケーキ、「…美味しくない」って言ったんだよ』
「………ホットケーキを美味しく作らない方が難しくないか?どうせホットケーキミックスだろ?」
『そう。だから、不思議なの。健太郎だけ、美味しくないって言った。健太郎の班はコーヒーゼリーだったから、お裾分けに行ったのに…すごくショックでいっぱい泣いた』
「……」
『だから、もう健太郎には料理しないの。また美味しくないって言われるの、すっごく怖いから。…もう、あんな悲しい思いしたくないもん』
弁当箱を閉じながら、雨月は唇を尖らせる。
それを聞いて、瀬戸は、困ったように「あー……」と口を開いた。
「………ごめん。あれは、凄く美味しくて嬉しかったんだけど…同じ班の奴に散々雨月のことからかわれた後だったから、恥ずかしかったんだ」
『………』
「いいよ、無理して作らなくても大丈夫。でも、雨月が作ってくれたら、今度こそ、素直に美味しいって言う」
『………美味しいか、わかんないじゃん』
「わかるよ。雨月は頑張り屋だから、どうせ美味しく作れるまで練習してから食べさせるつもりでしょ?」
『……うん』
「だからね、無理はしなくていい。ただ、あれは……本当は美味しかったんだって、信じてもらえればそれでいい。…許してくれる?」
『…………。許す』
「ありがと」
後半、古橋は話なんぞ聞いてなかった。
目に見えないハートが飛び交うのを、煩わしそうに溜め息を1つ吐いて。
(こいつらに静かにしろと言う方が無理だったか)
次からは耳栓でも用意しようと決めた。
花宮は、既にイヤホンをつけていた。
***
時は放課後。
午後の授業を終えて部活が始まる。
着替えて、ウォーミングアップして、点呼をとって。
朝とは違って滞りのない進み。
そう、原が
「…なにがあったの?」
首を傾げるくらい普通の部活。
「………ああ、珍しくガチ喧嘩らしいぞ」
山崎が視線を向けるのは、雨月と瀬戸。
部室に籠って黙々と資料作りをする彼女と、自ら自主練メニューをこなす瀬戸……というのは、あまり見ない光景だった。
「喧嘩してた方が真面目にやるなら、このままのが楽なんだが」
古橋もそれに視線を向ける。
「てかなんで喧嘩?いつも瀬戸が丸め込んじゃうじゃん。雨月だって何だかんだ甘いしさ」
「さあ。昼までは普通だったが」
「午後の授業も変わんなかったと思うけどな」
3人で首を捻っていれば。
「…てめーらも練習しろっての」
「だってさ、花宮。静かすぎて逆に集中できないよ。マネージャーにメニュー聞き難いし」
花宮がバインダーとホイッスルを手にやって来た。
「ほっとけ。くっだらない理由で喧嘩してんだ。そのうち直る」
「理由知ってるのか」
「マジ?ならそれ聞いたら真面目に練習する」
「……お前らの真面目とか信用ならねえよ」
花宮は1つ息を吐いて、放課後にな……と話し始めた。
「瀬戸君、好きです」
一人の女生徒が、裏庭で瀬戸を呼び止めて。告白した。
「…………悪いけど、俺、彼女いるし。君も知ってるでしょ?」
その女子が、雨月の友達。
高校に入ってからの友人だけれど、とても仲が良かった。
「知ってるよ。雨月から沢山、お話聞いてるもの。…幼稚園から一緒なんでしょ?いじめっこから守ってくれたり、文化祭の劇でお姫様と王子様になったり、同じ高校に行くために一緒に勉強したり……ずっと傍に居てくれたんだって、凄く嬉しそうに、自慢気に話してた」
「それが羨ましくても、君じゃ雨月の代わりにはならないから」
「わかってるってば。あのね、聞くだけ聞いて。私の、自己満足。雨月の話聞いてて、羨ましかった。そんな、素敵な幼なじみが、こんなカッコいい彼氏だなんて。聞けば聞くほど、瀬戸君のことが気になって、どんどん好きになっちゃって」
「……」
「でも、雨月のことも好きだから、友達でいたいの。…けど、この気持ちのままじゃ、いつか、雨月を嫌いになっちゃいそうだから………フラれたかったんだ。…ごめんね、付き合わせて」
「…そう」
「あ、雨月には内緒ね、変な確執持ちたく無いし、これからも友達でいたいから。…………雨月を大切にしてね…なんて、言うまでもないか」
「まあね。でも、雨月の友達でいてくれてありがとう。これからも、よろしく」
「うん。…ふふ、じゃあね、瀬戸君。フラれちゃったけど、私、貴方を好きになれてよかった」
「はは。変な人だね、君」
そんな、青春の1ページみたいなやりとり。
それが、雨月本人の耳に「瀬戸と雨月の友達が話してた」という部分だけ伝わった。
他意も悪意もない、ちょっとした話題での目撃情報。
『健太郎、あの子と話してたんだって?』
「雨月と仲良くしてる子ね。うん、さっき裏庭で」
『ね、なんの話したの?』
「特に何も。ただ、雨月の彼氏?って、聞かれただけだよ」
"内緒"と言われた手前、瀬戸はそれ以上答えられなかった。
ただ、疚しいことはないから、話したことは否定しない。
『……ほんとにそれだけ?』
「そうだな……、幼なじみだって話もしたけど」
『………。嘘』
「なにが、嘘?」
『どこ…とか解んないけど、健太郎、何か隠してるでしょ。私に言えない事でもあるの?』
「解んないけど嘘…って、随分なつっかかり方じゃない?」
『はぐらかさないでよ。ねえ、本当はなんの話してたの?』
「嘘は吐いてない。話したのは本当だし」
『嘘 "は" って何よ!』
引き下がらない雨月に、瀬戸は持ち前の頭を回転させて当たり障りのないことを言うのだけど。
幼なじみである雨月にしてみれば、『なにか隠してる』と直感しているので不安を煽られるだけだった。
「……あー、つまり?」
「話せない瀬戸と、話して欲しい雨月のすれ違い且つ拗れ」
「うわ、めんどくさ」
「てかなんで花宮は知ってんの」
「雨月が無期限で休部したいとか言い出したからな。取り敢えず許可できるだけの理由を言えっつったら瀬戸に聞いてくれと言うんで」
「聞き出した………と」
「ああ。てか今のままの方が確かに部活としては有難いんだが………あ、やっぱりな」
話を一通り聞き終えた3人は、語り手の花宮が上げた声に倣って視線を向ける。
黙々と自主練してた瀬戸が、不意に動きを止めて。
壁に寄りかかってズルズルと座り込んでしまった。
「…出たよ、スイッチオフ」
「あいつのやる気、雨月に左右されすぎだろ」
いつもみたいに眠る訳でもなく、ぼんやりと座っているだけ…なんて、本当に消沈しているらしい。
「…話したからな。練習戻れよ」
「はーい。花宮も大変だね、部員の痴話喧嘩まで面倒見なきゃいけなくて」
「全くだ。………くっそ、行ってくる」
はあ…と、溜め息を吐きながら、花宮は瀬戸の前まで来て。立ったまま見下ろしていた。
「……花宮、どうしよ」
「別に話せばいいじゃねぇか」
「、、雨月とあの子の仲を割きたくはないよ。…仲良くしてくれる女友達だって必要だ」
「その程度で割ける友情なら無いのと同じだろ」
「……じゃあ、あの子の勇気は?決意は?雨月と友達でいるために、傷付く覚悟で告白して……実際フラれて、傷ついたのに、笑って"雨月を大切にして"とまで言ってくれた…それを、」
ポツポツと話す瀬戸に、花宮の忍耐が先に切れた。
「くっっっだらねぇことでウジウジしてんじゃねえよ!!」
「…っ!?」
「お前、雨月がいなけりゃ部活もできないどころか、起きることもできないんだぞ。そんだけ執着してる女と、天秤にかける程の秘密かよ。大体、そのトモダチとやらが自己満足に瀬戸を使っただけじゃねぇか、考慮してやる余地はねぇ。そう思われるリスクを背負ってでも、そいつが雨月とトモダチしたかったってなら、それこそ、それなりの覚悟してるだろ。それともなんだ?雨月はその告白の話を聞いたらそのトモダチとやらと仲違いする程度の器なのか?自分の女の力量くらい見定めろ馬鹿」
一気に捲し立てる花宮に、瀬戸は呆気にとられる。
けど、聞き終えると、少しすっきりした顔で
「………そうだね。迷惑かけた、ちょっと部室行ってくる」
そう、体育館を出ていった。
***
体育館と部室は渡り廊下を挟んで隣接。
廊下で、雨月の他にいるもう一人のマネージャーにすれ違って
「あ、瀬戸君」
「雨月、まだ部室にいる?」
「いるよ。仲直り、しておいで。今なら、ちゃんと話聞いてくれると思う」
「ありがと、そうする」
そう、声をかけられた。
雨月の方も、話を聞いてもらったようだ。
「……雨月、入るよ」
一応ノックして、部室に足を踏み入れる。
似た者同士、雨月が作っていた資料は中途半端なところで途切れて。
本人はロッカーの前に座り込んでいた。
『………』
「……雨月、隠し事があったのは事実だよ。ごめんね」
『………うん』
「けど、」
『私も、ごめん。言いたくないことだって、あるよね。健太郎、優しいから…伝えない方がいいこともあるって…思ってくれたんだよね』
「………うん」
瀬戸は隣に座り、俯く雨月の頭をそっと撫でた。
『健太郎はさ、ちっちゃい時からずっと一緒にいるから…健太郎のことで知らないことなんて無いと思ってたの。…だから、嘘…とか、知らないことがあるって思ったら、怖くなっちゃって………』
「…そっか。あのね、実は………あの子に、告白されたんだ」
『………!』
「雨月と友達でいたいから、内緒にして欲しい。けど、踏ん切りをつけたいからフッてくれって………ごめん、仲違いしちゃったらどうしようかと思って、言えなかった」
『………………そっか。…言いづらかったよね、ごめん。大丈夫、聞かなかったことにする』
「そうしてほしいな」
『うん。だって、ちゃんとフッてくれたんだもんね?』
「当然。俺には雨月が居るって、代わりはいないって伝えたけど?」
『ありがとう。………私も、健太郎の代わりなんて、いないし、要らないから………仲直りしてくれる?』
俯けた顔を上げて、雨月は瀬戸の服の裾を掴む。
少し震えた指先を見て、彼は愛しげに目を細めた。
「うん。仲直りしよう。…好きだよ、雨月」
『ありがとう。私も、健太郎、大好きだよ』
それから、彼は彼女の額にそっと口付けて。
彼女も、応えるように彼の首に唇を寄せた。
「……部活、戻ろうか?」
『そうだね、迷惑かけちゃった』
「でも自主練だからなぁ、もう少しサボっても…」
『自主練なら、メニュー終われば帰れるでしょ?ね、早く終わらせて、その、…ゆっくり帰ろうよ』
「デートのお誘い?」
『解ってて聞いてるでしょ!意地悪』
「だって、デートもキスも、恥ずかしくて言えないなんて可愛いよね。堂々と手は繋ぐ癖にさ」
『………っ!もう、早く練習して!』
fin
その後
「…」
「…」
「…」
一悶着して、部活に戻ってきた彼らを盗み見る3人。
例の如く、原、山崎、古橋。
今度は揃って溜め息を吐いた。
原「もうさぁ…確かに喧嘩してると調子狂うけど」
山「だからといってイチャイチャされんのもな」
古「なんだろうな。何故無言なのにハートが飛び交うんだろうな」
練習に戻った瀬戸を、記録を付けながら見つめる雨月。
視線に気づく度に微笑み返す瀬戸。
ワンオンワンで対峙してる花宮は苛つきがMAX且つマッハなようで、体格上は不利な筈なのにキレッキレのボール裁きでリードしていた。
古「一番胃痛なのは花宮だな」
原「相当疲れたんだね。ワンオンワン代われって言われたもん」
古「代わってやらなかったのか」
原「やだよ。雨月が応援してるときの瀬戸の相手なんて。めっちゃカッコつけたがってウザイもん」
山「……ああ、現に今アリウープしようとして花宮に止められてるわ」
原「なんでワンオンワンでアリウープだし。馬鹿じゃないの」
古「………俺らも疲れたな。メニュー終わったらマジバでも寄ろう」
原「賛成」
山「俺も」
あーでも今日はシェイク要らね、甘いのはもう沢山
わかるー
なんて。
***
蛇足
[貴女と、もう一人のマネージャーの話]
『……』
部室に籠ってルーズリーフに資料をまとめていた雨月は、不意にペンを投げ出して、机に突っ伏した。
「なぁに、喧嘩でもしたの?」
『……喧嘩じゃないもん。健太郎が、隠し事するから、怒ってるだけ』
声をかけたのは、備品のチェックをしていたもう一人の女子マネージャー。
やんわりと笑って、でも、少し困ったように眉を下げる。
「瀬戸君が雨月ちゃんに隠し事なんて、よっぽど知られたくないのね」
『………変だよね』
「そう?端から見てても、瀬戸君が一番大切にしてるのは雨月ちゃんよ?隠す…ってことは、貴女のためなんじゃない?」
『………けど、今日だって、小学生の頃の勘違い、やっとお昼休みに解いたとこなんだよ?私、健太郎のこともっと解ってると思ってたのに………全然、わかんなくて』
「あらあら、泣かないの」
『泣いてないもん…』
彼女は、雨月をあやすように頭を撫でた。
それから、言葉を選ぶように、慎重に口を開く。
「焦らなくていいんじゃない?小学生の頃の蟠りが、今になって解けたみたいに…話す時が来たら、瀬戸君だって話してくれるわよ。雨月ちゃんが、それまで瀬戸君を待てるなら」
『………』
「それとも、瀬戸君が何か疚しいことがあって、雨月ちゃんを傷つける為に、隠し事をしてる……話さないでいると思ってるの?」
『…っ、健太郎はそんなことしないもん!』
それに、思わず叫び返した雨月は、ハッとしたように目を見張る。
『…………そうだよ、ね。……ごめん、ありがとう、気づかせてくれて。………話してくれるまで、待ってみる』
「そうね。じゃあ、私は外倉庫の点検してくるわ。…仲直り、してちょうだいね」
彼女はそう微笑むと、外倉庫に向かうために渡り廊下へ脚を踏み出した。
体育館と部室は渡り廊下を挟んで隣接。
体育館側から、誰かやってくる。
「あ、瀬戸君」
「雨月、まだ部室にいる?」
「いるよ。仲直り、しておいで。今なら、ちゃんと話聞いてくれると思う」
「ありがと、そうする」
(これで解決…かしら)
その後ろ姿を、ちょっとだけ振り返ると、彼女はまた少し微笑んで、外倉庫へと向かっていった。
fin
***
蛇足の蛇足
[花宮と、もう一人のマネージャーの話]
「…いつまで外倉庫にいるつもりだよ」
『あら、もうそんな時間?』
「もう体育館も部室も閉めたぞ」
『えぇ、私の荷物、部室なのに』
日が暮れ、部員を帰らせた花宮は。
部長として、まだ活動してるマネージャーに声をかけに来た。
「荷物はこれだろ。ほら」
『持ってきてくれたの?ありがとう』
「………もう整頓はそのくらいにしとけ。そこの鍵閉めて、鍵返したら帰るぞ」
『はぁい』
もう一人のマネージャー………彼女は、余り使われない予備のカラーコーンを拭いたり、雑多に詰め込まれたビブスの整理をしていた。
自分の荷物を差し出された彼女は、にっこりと微笑む。
花宮は、溜め息混じりに倉庫の鍵をかけ、職員室へ向かった。
『今日は疲れたね』
「全くだ。……部内恋愛禁止するか」
『でも、それじゃ瀬戸君のモチベーション下がっちゃうわ』
「……はあ………私情持ち込むのは勘弁してくれ」
『花宮君だって、私怨で練習増やすじゃない。お相子よ』
「一緒にされんのは心外だ」
それから、下駄箱、昇降口、と抜けて校門。
『………花宮君は、部内恋愛禁止にしても困らないの?』
「ああ。だって、バレない自信あるし。………リスキーで秘密が多い方が楽しいだろ?」
『ふふ、困った人』
「お前だって、"秘密"、好きなくせに」
ニヤリ、と口角を上げる花宮に、彼女もまた目を細めて笑う。
『ええ、大好きよ。………じゃあ、またね、花宮君』
「ああ、またな」
また、夜に電話しよう。
(俺とアイツの関係は、誰も知らない甘美な蜜)
(ヒミツ、秘密、秘蜜)
end