短編①
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《何度死んだって》∶花宮
‐5周年記念 フリリク‐
花音へ捧ぐ 花宮夢
※描写はないけどヒロインは虐待児
※幽霊描写あり
※転生ネタ
※花宮は大人
とにかくなんでもOKな人向け
超シリアスからのハピエン
*****
彼女を見つけたのは中学にあがったばかりの時。
アパートの裏にある公園の隅にある東屋に、隠れるように座っていた。
「…帰らねーの?」
『…帰りたくないの』
図書館からの帰りが遅くなって、公園を突っ切って近道をしようとしたら、そこにいたのだ。
同じ中学の制服で、同じ学年色のリボンを着けたそいつ。話しかけずに無視したってよかったのだが、何故かそれが出来なかった。
近づいてみて、彼女に質量があることにほっとする。
それくらい、異質だったのだ。
ぼんやりとしていて、消えてしまいそうな…そんな感じ。
『…私、羽影雨月』
「…花宮真だ」
か細く小さな声で彼女は話した。
よくみれば、同い年にしては小柄で。小さいし、やたら細かった。
『真君は、帰らなくていいの?』
「帰っても誰もいないからな」
『…よかったら、少しお話して?』
きっかけはここから。
夕方いつもそこに座っている彼女と、ほとんど毎日話すようになった。
学校でも時折見かけるが、会話をすることはなく。決まってこの公園。
部活に入って帰りが遅くなってからも、冬になって日が短く寒い夜になっても。
彼女はその東屋に座ってぼんやりとしていた。
「…このくそ寒い中外にいる方がマシなのかよ、雨月の家は」
『うん。いっそこのまま凍死したいくらいには』
「………」
『でもね、生きるの私。大人になったら自由になれるから。それに、真君と話すのは楽しいから』
「……そうかよ」
『そうなの。ありがとう、真君だって寒いのに付き合ってくれて』
「まあ、…俺もお前と話すのは嫌じゃねぇから」
彼女は小さくはにかんだ。
実際、彼女とのとりとめのない会話は好きだったのだ。
成績優位者の名簿で俺の真下に名前が来るくらいの頭を持ってたし、趣味も似ていて。
飾り立てた綺麗事を鼻で笑う性格を知ってからは気兼ねもなく、居心地がいい奴だと思った。
そんな彼女の境遇を聞いたのは2年生になって進路の話が出始めた頃。
「寒そ」
『寒いよ。でも、別にいい』
彼女と会って2度目の冬。
制服にカーディガン、足も指定のニーソックスという出で立ちで、悴む手を擦りながら雨月はまた東屋に座っている。
俺なんて部活のジャージの上にウィンブレ着て、コートとマフラー巻いててまだ寒いのに。
『コート欲しいとか言えないし、話したくない。進路の相談だってしたくないのに…どうしよう』
「雨月ん家、それは問題あるだろ」
『あるだろうね。私の家って、母と彼氏の部屋だし』
白い息を吐きながら、彼女の両親は離婚していて母に引き取られた、と話し出す。
元いた家を出て住み始めたのが今のアパート、母親の不倫相手の部屋らしい。
『娘の前でイチャつくのもどうかと思うけど、娘に嫉妬するのも欲情するのもダメだと思うんだよ』
彼氏の視線が気持ち悪い、それに気付いた母の当たりが強い。それが居心地の悪さ、帰りたくない理由だそうだ。
「…然るべき場所に相談したら対処してくれんじゃねーの」
『それがね、お母さんがそもそも虐待児童相談員でさ。テレビでコメントしたり講演会したり、結構お偉いなんだよね』
「世の中腐ってんな」
『だからまあ、殺されはしないんじゃないかと思ってる』
「……」
『冗談だって』
そんな、吐き気のする状況下にいるとは思ってなかった。
うちだって母子家庭で、夜勤ばかりしている母だからここで話し込んでも咎められずにいるけれど。
そのレベルのことではなかったのだ。
「…なあ、一緒に霧崎第一受けろよ」
『霧崎って…』
「私立進学校だ。勉強ばっかだが寮もあるし成績優位者なら学費免除がある。親もお前を手元に置きたくないならいい返事をするだろ」
『…考えてみる。…ふふ、一緒に、だもんね』
真っ赤になった顔が寒さのせいなのか、他の理由なのかはわからない。
ただ、その冷えた頬と手を温めてやりたくて。
『…っ!』
「ああ、一緒に。だから、死ぬなよ」
彼女の両手を俺の両手で包み、息を吹いた。
『…うん、ありがとう』
彼女は俺に寄りかかり、声を殺すように暫く泣いていた。ずっと吐き出したかったんだろうに。
肩を震わせるのを見て、どんなに頭がよくても、所詮自分達は子供なのだと思い知った。
それからはもう、手を繋いだり抱き締めたりなんてことは当たり前になって。
彼女にとって支えになれてたと思うし、俺にとっても癒される時間だった。
お互いに言わないだけで、既に友達なんて枠ではない。
ただただ、言葉にするまでもないというだけ。
そんな矢先。
「は…」
朝のニュースで、隣のマンションが映っている。昨晩遅く、女子中学生が階段から転落死したらしい。
その少女の名前が…
「…雨月…っ!」
彼女だった。
彼女の母親はテレビに出るほどの著名人だったらしく、騒ぎが大きいため休校になり、外出禁止が言い渡される。
"警察は事故と自殺の両方から捜査を…"
そして、ニュースキャスターの声に歯軋りをした。
.
夕方になって、どうしようもなくあの公園に行った。
彼女と話せる気がして。
「…雨月…?」
『来てくれると思った』
実際、彼女はそこに座っていた。
でも、いつもと違うことだらけ。
なんで薄手のワンピース一枚で座ってるんだ?今夜は雪が降るって予報が出る程の寒さなのに。
その傷はなんだ?腕に痣なんてなかっただろ?頭から血が流れてるじゃないか。
なんで向こうが透けて見えるんだよ。
なんでその手に触れないんだよ。
「……」
『ニュース見たでしょ?約束、守れなくてごめんね』
こんな非現実的なこと、起こるわけないと思ってたのに。
「自殺、じゃないんだよな」
『…勿論。私は、死にたくなかったもの。それに、事故でもないよ』
「…!ならっ」
『でもね、恨まない。幸せになるためには誰かの幸せを犠牲にしなくちゃいけないから』
「雨月がそいつらの犠牲になる必要はなかったろ!俺の幸せを奪う権利はなかっただろうが!」
こいつの母とその男のために、俺が雨月と過ごす時間を奪われたのだ。そんなの、理不尽だ。
『…ありがとう』
「…」
『私も、真君といるときは幸せだった』
足元から消えかけている彼女を、唇を噛んで見つめた。
『今日ね、神様に会ったの。私まだ若かったから、できるだけ早く生まれ変わらせてくれるって』
「…神様なんているのかよ」
『神様だと思うよ?仏様だったかもしれないけど。…ね、生まれ変わっても、私を見つけてくれる?』
「ああ、絶対。雨月も、俺を忘れるなよ」
『忘れない、忘れられないよ。真君は、私が唯一好きだった人だもの』
薄らぐ体は、もう殆ど消えかけで。
掻き消されそうな体を包むように手を伸ばす。
「俺も、好きだった。…待ってる」
彼女は、笑って消えてしまった。
彼女がいた証は何もない。
それでも、俺はそこを暫く動けずにいたのだった。
あれから16年。
その時の事件は、母と喧嘩して家を出た少女が階段で足を滑らせての転落…と幕を閉じた。
彼女にはまだ会えていない。
どこで、なんという名で生まれ変わっているのかもわからない。
俺ももう30になるし、仕事もそこそこ順調。部下もいたりと大人になってしまった。
仕事場所の都合で、あの頃より公園からは少し離れた場所に住んでいる。
そんな冬の日の、朝のニュース。
「…○○マンションから少女が転落し、意識不明の重体です。身元は霧崎第一高校1年生の羽影雨月さんで…」
彼女のマンション、彼女の名前。
まさか。そんなことが。
会社に適当な理由で休みを告げ、慌てて公園に向かった。
「…雨月…っ!?」
『…、真君?』
「なんで、なんでまた…」
『この方が真君も見つけやすいでしょ?』
いつもの公園、いつもの東屋。
半透明な彼女が、頭と腕に怪我をして座っている。
「生まれ変わってまで嫌な思いしてんじゃねぇよ!」
『いいの、これは私が望んでここに産まれて、こうなったの。今度は、私があの人達の幸せを犠牲にして、幸せになるために』
「…まさか」
彼女は、同じ母から生まれたらしい。
そして、同じ階段から、今度は自分で落ちた。
『意識が戻ったら、突き落とされたって証言するの。あの子のように殺せばいいって話してた…って添えてね』
「…強かだな」
『ふふ、都立病院にいるから会いに来て』
痛々しい姿で笑いながら、そういって彼女は消えた。
実際病院に彼女はいて。
意識を取り戻してからは計画通りの運びだったようだ。
「……なあ、どうして名前同じなんだ?」
『神様がね、3つ条件を叶えてくれるって言ったからお願いしたの』
同じ親から産まれて、同じ名前をつけられて、同じ容姿に育つ。
不思議な一致は彼女のお願いだったらしい。
「……で、16年待ったのか」
『うん』
「もっと早く、見つけてやればよかったな」
『いいんだよ。私、約束守れなかったから、霧崎に受かってから真君に会うって決めてたの。だから、わざと何もしなかった』
「…わざわざ苦しむ必要なかったのに」
『復讐の副産物が欲しかったの。これで、私を縛るものは何もない。この身1つで真君のものになれる』
「…ふはっ、そういうことか」
身寄りの無くなった彼女。
孤児院?施設?親戚?
どいつにも渡してやる気はない。
「16だもんな。俺の嫁にくれば解決する」
『待ってるって言ってくれたもの。期待してたのよ』
「…聞こえてたのか」
消えかけの彼女が脳裏を過って。
目の前の、包帯を巻いた彼女を抱き締める。
「…待ってた。もう離してやらねぇよ。…嫁にくるよな?」
『勿論。小娘だけど、よろしくね』
「ああ。オッサンだけど、よろしくな」
『ふふ、三十路の真君も凄くカッコいい。ありがとう、待っててくれて』
抱き締め返す彼女を、更に力強く抱き締めた。
もう、絶対に、誰にもこいつを傷つけさせない。
『真君、16年もあったら他に可愛い娘いたでしょ?』
「まあ、否定はしねぇよ」
『えー…』
学校から帰ってきた彼女が、リビングで俺にまとわりつく。
あの頃みたいに寄り道せず、部活が終わったら一目散に息を切らして帰ってくるのだから可愛い。
「だが、見てくれがよくてもお前みたいに会話が楽しい奴はいなかったな」
『そう?』
「ああ。だし、お前程…」
言おうとしたことを止めた。
なんだか、それは理由にならない気がして。
「…強かな奴もいなかった」
それを、さらっとはぐらかせば。
不思議そうな顔をしつつ、彼女はそれ以上追及しなかった。
「…お前こそ、高校なら若いやつ腐る程いるだろうが。まして霧崎のバスケ部でマネージャーするとか…」
『安心して。私は高校時代の真君に恋してるだけだから。みて、部室のこっそりダビングしてきちゃった』
「……ストーカーか」
『だって!私の知らない真君だよ?…知りたいじゃない』
霧崎で男子バスケ部のマネージャーになった彼女は。
歴代の練習風景だとか試合を録画したものを、俺のいた代の分を根こそぎコピーしてきたのだ。
『もう満足したし、部活やめて早く家に帰れるようにしようかな』
「好きなことはちゃんとやれよ?俺だって早く家に帰れる訳じゃねぇし」
『でも、真君がいる休日を部活で潰すなんて嫌』
「…まあ、雨月がいいならいいけどよ」
さっき言おうとした、お前程…の続き。
雨月程俺を求めて、俺を好きになってくれる奴はいないから。
大きな理由だけれど、彼女本位のこれを理由、と呼んでいいかわからない。
でも。
『だって、彼女になる前に奥さんになっちゃったんだもの。彼女もしたい、奥さんもしたい。真君としたいことが多すぎる』
俺本位で生きている彼女を見ると、俺なんかでも愛しさが込み上げてくるのだから、間違ってはないんじゃないか。
「…そうだな。俺も、お前としたかったこと、行きたかった場所は山ほどある。してやりたいことも」
『……』
「ほら、着替えろ。とりあえず腹一杯食わせたい」
『それは子供扱い!』
「その辺のガキと同じなわけねぇだろ。お前に年相応の幸せを与えたいだけだ。それだけのものは犠牲にした」
ポンポン、と。頭を撫でてリビングから1度追い出す。
そのドア越しに、彼女から声をかけられた。
『真君…』
「なんだ?」
『…私、真君程、私を大切にしてくれる人を知らないの。真君程、私を幸せにしてくれる人はいないの…だから、ずっと、大好き。忘れない。何度死んだって』
じゃあ、着替えてくるっ!
言うだけ言って、彼女は廊下を走って部屋に行ってしまった。
俺は、顔に集まる熱をどうしたらいいかわからず、その場にしゃがみこむ。
とりあえず、彼女がリビングに帰ってきたら、さっき言えなかった理由を、腕に閉じ込めて聞かせてやろう。
それでお相子だ。
fin
‐5周年記念 フリリク‐
花音へ捧ぐ 花宮夢
※描写はないけどヒロインは虐待児
※幽霊描写あり
※転生ネタ
※花宮は大人
とにかくなんでもOKな人向け
超シリアスからのハピエン
*****
彼女を見つけたのは中学にあがったばかりの時。
アパートの裏にある公園の隅にある東屋に、隠れるように座っていた。
「…帰らねーの?」
『…帰りたくないの』
図書館からの帰りが遅くなって、公園を突っ切って近道をしようとしたら、そこにいたのだ。
同じ中学の制服で、同じ学年色のリボンを着けたそいつ。話しかけずに無視したってよかったのだが、何故かそれが出来なかった。
近づいてみて、彼女に質量があることにほっとする。
それくらい、異質だったのだ。
ぼんやりとしていて、消えてしまいそうな…そんな感じ。
『…私、羽影雨月』
「…花宮真だ」
か細く小さな声で彼女は話した。
よくみれば、同い年にしては小柄で。小さいし、やたら細かった。
『真君は、帰らなくていいの?』
「帰っても誰もいないからな」
『…よかったら、少しお話して?』
きっかけはここから。
夕方いつもそこに座っている彼女と、ほとんど毎日話すようになった。
学校でも時折見かけるが、会話をすることはなく。決まってこの公園。
部活に入って帰りが遅くなってからも、冬になって日が短く寒い夜になっても。
彼女はその東屋に座ってぼんやりとしていた。
「…このくそ寒い中外にいる方がマシなのかよ、雨月の家は」
『うん。いっそこのまま凍死したいくらいには』
「………」
『でもね、生きるの私。大人になったら自由になれるから。それに、真君と話すのは楽しいから』
「……そうかよ」
『そうなの。ありがとう、真君だって寒いのに付き合ってくれて』
「まあ、…俺もお前と話すのは嫌じゃねぇから」
彼女は小さくはにかんだ。
実際、彼女とのとりとめのない会話は好きだったのだ。
成績優位者の名簿で俺の真下に名前が来るくらいの頭を持ってたし、趣味も似ていて。
飾り立てた綺麗事を鼻で笑う性格を知ってからは気兼ねもなく、居心地がいい奴だと思った。
そんな彼女の境遇を聞いたのは2年生になって進路の話が出始めた頃。
「寒そ」
『寒いよ。でも、別にいい』
彼女と会って2度目の冬。
制服にカーディガン、足も指定のニーソックスという出で立ちで、悴む手を擦りながら雨月はまた東屋に座っている。
俺なんて部活のジャージの上にウィンブレ着て、コートとマフラー巻いててまだ寒いのに。
『コート欲しいとか言えないし、話したくない。進路の相談だってしたくないのに…どうしよう』
「雨月ん家、それは問題あるだろ」
『あるだろうね。私の家って、母と彼氏の部屋だし』
白い息を吐きながら、彼女の両親は離婚していて母に引き取られた、と話し出す。
元いた家を出て住み始めたのが今のアパート、母親の不倫相手の部屋らしい。
『娘の前でイチャつくのもどうかと思うけど、娘に嫉妬するのも欲情するのもダメだと思うんだよ』
彼氏の視線が気持ち悪い、それに気付いた母の当たりが強い。それが居心地の悪さ、帰りたくない理由だそうだ。
「…然るべき場所に相談したら対処してくれんじゃねーの」
『それがね、お母さんがそもそも虐待児童相談員でさ。テレビでコメントしたり講演会したり、結構お偉いなんだよね』
「世の中腐ってんな」
『だからまあ、殺されはしないんじゃないかと思ってる』
「……」
『冗談だって』
そんな、吐き気のする状況下にいるとは思ってなかった。
うちだって母子家庭で、夜勤ばかりしている母だからここで話し込んでも咎められずにいるけれど。
そのレベルのことではなかったのだ。
「…なあ、一緒に霧崎第一受けろよ」
『霧崎って…』
「私立進学校だ。勉強ばっかだが寮もあるし成績優位者なら学費免除がある。親もお前を手元に置きたくないならいい返事をするだろ」
『…考えてみる。…ふふ、一緒に、だもんね』
真っ赤になった顔が寒さのせいなのか、他の理由なのかはわからない。
ただ、その冷えた頬と手を温めてやりたくて。
『…っ!』
「ああ、一緒に。だから、死ぬなよ」
彼女の両手を俺の両手で包み、息を吹いた。
『…うん、ありがとう』
彼女は俺に寄りかかり、声を殺すように暫く泣いていた。ずっと吐き出したかったんだろうに。
肩を震わせるのを見て、どんなに頭がよくても、所詮自分達は子供なのだと思い知った。
それからはもう、手を繋いだり抱き締めたりなんてことは当たり前になって。
彼女にとって支えになれてたと思うし、俺にとっても癒される時間だった。
お互いに言わないだけで、既に友達なんて枠ではない。
ただただ、言葉にするまでもないというだけ。
そんな矢先。
「は…」
朝のニュースで、隣のマンションが映っている。昨晩遅く、女子中学生が階段から転落死したらしい。
その少女の名前が…
「…雨月…っ!」
彼女だった。
彼女の母親はテレビに出るほどの著名人だったらしく、騒ぎが大きいため休校になり、外出禁止が言い渡される。
"警察は事故と自殺の両方から捜査を…"
そして、ニュースキャスターの声に歯軋りをした。
.
夕方になって、どうしようもなくあの公園に行った。
彼女と話せる気がして。
「…雨月…?」
『来てくれると思った』
実際、彼女はそこに座っていた。
でも、いつもと違うことだらけ。
なんで薄手のワンピース一枚で座ってるんだ?今夜は雪が降るって予報が出る程の寒さなのに。
その傷はなんだ?腕に痣なんてなかっただろ?頭から血が流れてるじゃないか。
なんで向こうが透けて見えるんだよ。
なんでその手に触れないんだよ。
「……」
『ニュース見たでしょ?約束、守れなくてごめんね』
こんな非現実的なこと、起こるわけないと思ってたのに。
「自殺、じゃないんだよな」
『…勿論。私は、死にたくなかったもの。それに、事故でもないよ』
「…!ならっ」
『でもね、恨まない。幸せになるためには誰かの幸せを犠牲にしなくちゃいけないから』
「雨月がそいつらの犠牲になる必要はなかったろ!俺の幸せを奪う権利はなかっただろうが!」
こいつの母とその男のために、俺が雨月と過ごす時間を奪われたのだ。そんなの、理不尽だ。
『…ありがとう』
「…」
『私も、真君といるときは幸せだった』
足元から消えかけている彼女を、唇を噛んで見つめた。
『今日ね、神様に会ったの。私まだ若かったから、できるだけ早く生まれ変わらせてくれるって』
「…神様なんているのかよ」
『神様だと思うよ?仏様だったかもしれないけど。…ね、生まれ変わっても、私を見つけてくれる?』
「ああ、絶対。雨月も、俺を忘れるなよ」
『忘れない、忘れられないよ。真君は、私が唯一好きだった人だもの』
薄らぐ体は、もう殆ど消えかけで。
掻き消されそうな体を包むように手を伸ばす。
「俺も、好きだった。…待ってる」
彼女は、笑って消えてしまった。
彼女がいた証は何もない。
それでも、俺はそこを暫く動けずにいたのだった。
あれから16年。
その時の事件は、母と喧嘩して家を出た少女が階段で足を滑らせての転落…と幕を閉じた。
彼女にはまだ会えていない。
どこで、なんという名で生まれ変わっているのかもわからない。
俺ももう30になるし、仕事もそこそこ順調。部下もいたりと大人になってしまった。
仕事場所の都合で、あの頃より公園からは少し離れた場所に住んでいる。
そんな冬の日の、朝のニュース。
「…○○マンションから少女が転落し、意識不明の重体です。身元は霧崎第一高校1年生の羽影雨月さんで…」
彼女のマンション、彼女の名前。
まさか。そんなことが。
会社に適当な理由で休みを告げ、慌てて公園に向かった。
「…雨月…っ!?」
『…、真君?』
「なんで、なんでまた…」
『この方が真君も見つけやすいでしょ?』
いつもの公園、いつもの東屋。
半透明な彼女が、頭と腕に怪我をして座っている。
「生まれ変わってまで嫌な思いしてんじゃねぇよ!」
『いいの、これは私が望んでここに産まれて、こうなったの。今度は、私があの人達の幸せを犠牲にして、幸せになるために』
「…まさか」
彼女は、同じ母から生まれたらしい。
そして、同じ階段から、今度は自分で落ちた。
『意識が戻ったら、突き落とされたって証言するの。あの子のように殺せばいいって話してた…って添えてね』
「…強かだな」
『ふふ、都立病院にいるから会いに来て』
痛々しい姿で笑いながら、そういって彼女は消えた。
実際病院に彼女はいて。
意識を取り戻してからは計画通りの運びだったようだ。
「……なあ、どうして名前同じなんだ?」
『神様がね、3つ条件を叶えてくれるって言ったからお願いしたの』
同じ親から産まれて、同じ名前をつけられて、同じ容姿に育つ。
不思議な一致は彼女のお願いだったらしい。
「……で、16年待ったのか」
『うん』
「もっと早く、見つけてやればよかったな」
『いいんだよ。私、約束守れなかったから、霧崎に受かってから真君に会うって決めてたの。だから、わざと何もしなかった』
「…わざわざ苦しむ必要なかったのに」
『復讐の副産物が欲しかったの。これで、私を縛るものは何もない。この身1つで真君のものになれる』
「…ふはっ、そういうことか」
身寄りの無くなった彼女。
孤児院?施設?親戚?
どいつにも渡してやる気はない。
「16だもんな。俺の嫁にくれば解決する」
『待ってるって言ってくれたもの。期待してたのよ』
「…聞こえてたのか」
消えかけの彼女が脳裏を過って。
目の前の、包帯を巻いた彼女を抱き締める。
「…待ってた。もう離してやらねぇよ。…嫁にくるよな?」
『勿論。小娘だけど、よろしくね』
「ああ。オッサンだけど、よろしくな」
『ふふ、三十路の真君も凄くカッコいい。ありがとう、待っててくれて』
抱き締め返す彼女を、更に力強く抱き締めた。
もう、絶対に、誰にもこいつを傷つけさせない。
『真君、16年もあったら他に可愛い娘いたでしょ?』
「まあ、否定はしねぇよ」
『えー…』
学校から帰ってきた彼女が、リビングで俺にまとわりつく。
あの頃みたいに寄り道せず、部活が終わったら一目散に息を切らして帰ってくるのだから可愛い。
「だが、見てくれがよくてもお前みたいに会話が楽しい奴はいなかったな」
『そう?』
「ああ。だし、お前程…」
言おうとしたことを止めた。
なんだか、それは理由にならない気がして。
「…強かな奴もいなかった」
それを、さらっとはぐらかせば。
不思議そうな顔をしつつ、彼女はそれ以上追及しなかった。
「…お前こそ、高校なら若いやつ腐る程いるだろうが。まして霧崎のバスケ部でマネージャーするとか…」
『安心して。私は高校時代の真君に恋してるだけだから。みて、部室のこっそりダビングしてきちゃった』
「……ストーカーか」
『だって!私の知らない真君だよ?…知りたいじゃない』
霧崎で男子バスケ部のマネージャーになった彼女は。
歴代の練習風景だとか試合を録画したものを、俺のいた代の分を根こそぎコピーしてきたのだ。
『もう満足したし、部活やめて早く家に帰れるようにしようかな』
「好きなことはちゃんとやれよ?俺だって早く家に帰れる訳じゃねぇし」
『でも、真君がいる休日を部活で潰すなんて嫌』
「…まあ、雨月がいいならいいけどよ」
さっき言おうとした、お前程…の続き。
雨月程俺を求めて、俺を好きになってくれる奴はいないから。
大きな理由だけれど、彼女本位のこれを理由、と呼んでいいかわからない。
でも。
『だって、彼女になる前に奥さんになっちゃったんだもの。彼女もしたい、奥さんもしたい。真君としたいことが多すぎる』
俺本位で生きている彼女を見ると、俺なんかでも愛しさが込み上げてくるのだから、間違ってはないんじゃないか。
「…そうだな。俺も、お前としたかったこと、行きたかった場所は山ほどある。してやりたいことも」
『……』
「ほら、着替えろ。とりあえず腹一杯食わせたい」
『それは子供扱い!』
「その辺のガキと同じなわけねぇだろ。お前に年相応の幸せを与えたいだけだ。それだけのものは犠牲にした」
ポンポン、と。頭を撫でてリビングから1度追い出す。
そのドア越しに、彼女から声をかけられた。
『真君…』
「なんだ?」
『…私、真君程、私を大切にしてくれる人を知らないの。真君程、私を幸せにしてくれる人はいないの…だから、ずっと、大好き。忘れない。何度死んだって』
じゃあ、着替えてくるっ!
言うだけ言って、彼女は廊下を走って部屋に行ってしまった。
俺は、顔に集まる熱をどうしたらいいかわからず、その場にしゃがみこむ。
とりあえず、彼女がリビングに帰ってきたら、さっき言えなかった理由を、腕に閉じ込めて聞かせてやろう。
それでお相子だ。
fin