短編①
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
《言葉で表すのは難しい》∶花宮
‐4周年記念 フリリク‐
橘様へ捧ぐ 花宮夢
2016/11/15
*****
霧崎第一高校男子バスケ部のマネージャーは一人。
性別は女、学業の出来もよく、運動神経も悪くない。
それでいて気が利く。
「次の練習試合は組めそうか」
『オファーしたとこは断られたけど、一件申し出があるよ』
「どこ」
『A高校。でも断ろうと思う。当日は向こうの顧問がいないから、生徒主体でやろうって』
「前に対戦したとこか」
『うん。前回の試合で肘を傷めた選手が出てる。あと、全体的に血の気が多いよ』
「…断れ。理由は適当でいい」
『じゃあ、休息日ということで』
「ふはっ、あからさま」
『向こうも明白だし、ちょうどいいでしょ?』
彼女はラフプレーを好まないが、否定はしない。
むしろ、チームの不利益は徹底的に排除に努める。
さっきの練習試合のように。
A高校のエースは、前回霧崎との対戦で肘を壊した。もちろん"事故"だ。
それでいて、生徒主体で練習試合なんて。報復したいので来やがれ、と言っているようなものだ。
オファーの段階で気付いたマネージャーが断る手筈を整えている。
因みに、マネージャーの名前は
「羽影…」
『え?』
「……休憩早める。後半ミーティングだ」
『了解、ドリンクだしながら連絡回すよ』
裏表を感じさせない、気を遣えるのに気を遣わなくていいサバサバした女。
側に置いておけば使い勝手がよく、いなければ不便。
彼女の仕事なら確認は不要だし、彼女の決定なら納得のいく理由がある。
(重宝だな)
「………花宮、それを世間では信頼って呼ぶんだ」
「はあ?俺はあいつの仕事を見て、結果を吟味した確率の上で言ってんだ。一緒にするな」
「だから、それが信頼。世間はそれを硬くというか深く考えないで、フィーリングで言ってんの」
「違うっつってんだろ。そもそもフィーリングなんてもんは信用性に欠けてんだろうが」
「だあっ、埒が明かねぇよ!瀬戸、通訳してくれ」
部活後、塾があるのだと先に帰った羽影を抜いて、レギュラーメンバーが揉めていた。
俺が嫌いな信頼、というものを、マネージャーに寄せてるのが明らかな件について。
半分寝ていた瀬戸が叩き起こされて、状況を把握する。
「……………ああ、つまり俗世では感覚で成り立ってる信頼とか絆が、花宮とマネージャーの間では理論的に証明された形で成り立ってるから、同等にしないで、ってこと」
「…簡潔にいうと?」
「信頼や絆なんて言葉じゃ表せない、足りない。って」
「wwwwwwそっちね」
「マジか。まあ、そうだよな」
「花宮は勿論だが、曲者揃いだからな。嫌な顔せずマネージャーをしてくれてるんだ、愛着なんてもんじゃないだろう」
「凄いよねーこの前なんか……」
瀬戸が出した要約に反論する間もなく、話はマネージャーのいい話へと移行する。
だいたい、俺がしようとした否定も、心からの否定ではない。
照れ隠しの、形ばかりの"ちげーよ"を飲み込んだだけだ。
.
「結局、練習試合の相手は見つからないな」
『そりゃあねぇ…一応都内じゃ上位高校だし。あと、評判悪いし』
「そこを頑張れよ、マネージャー」
『いやいや、何とかしてくださいよ監督サマ』
今後の日程を組みながら、バインダーを二人で覗き込む。
二人とも立っていれば、身長差で見にくいもの。俺は彼女が見易いようにバインダーをやや下方に持ち、彼女も彼女で俺に合わせる為に、近寄って若干の背伸びをしていた。
(信頼、ねぇ)
彼女の横顔を、斜め上から見下ろしながら考える。
『……とはいってもやっぱり対人練習したいよね。ラフプレーはさておき、皆のモチベーションとかも関わるし。…遠征の予算、振り直してみる』
「……そうだな」
彼女の仕事に、疑いはない。これで見つからなければ、また違う手を考えるだろう。
そのうえ、任せておくことに心配もない。
(信じてるし、頼ってる、か…)
信頼なんて言葉は安っぽい気がする。彼女は、部活のうえで、もう欠かせない人材。いうなれば片腕だ。
そもそも彼女との接触は部活しかないから、全面的に信用していることになってしまうが。
『ん。じゃあ明日には報告するね』
そして、話が一段落して、ひょこっ、と。彼女は背伸びを解いた。
「……お前、ちっさ」
『は?女子の平均身長ですけど?花宮君が大きいだけ』
「…遠回しな嫌味か?」
『それは他の部員と比べてでしょ。そう言って10cm違わないじゃん』
「男の数㎝はでかいんだよ」
『なら私は数㎝でも目線が近い人がいい』
こういうサバサバしたやりとりに、彼女は優しさを混ぜてくる。
「…あっそ」
なんて返せばいいかわからない。
でも、他愛ない、こんなかけあいが好きで、息抜きになっているのも事実。
「……って思い当たったから、お礼がしたくなったってことでいい?」
「瀬戸の通訳なしでは伝わらないツンデレっぷり」
「まあ、いいんじゃないか。確かによく働いてくれてるし、俺らからも何か用意しよう」
再び、彼女が塾の日に、メンバーを呼び止めた。
瀬戸の言う内容であっている。
「も、じゃなくて、花宮が何をしていいかわからないんじゃない?」
「え?自分がお礼したいのに?」
「…礼なんてしたことねーんだよ」
「猫被ってるときみたいに考えなよ、なんでそこ素直なの」
「本心で感謝してるから、でしょ?」
「………」
瀬戸の解釈を挟みながら、話を進めていく。
本当に、どうしていいかわからないし、この気持ちが感謝でいいのかすら自信がなかった。
「普通にプレゼントでいいんじゃない?もう学年末だし、1年お疲れ様って」
「普通ってなんだ」
「俺ならハンドクリームかな。マネは水仕事多いから」
「俺は菓子。女子なら大概喜ぶだろ」
「じゃあ俺はポプリでも作るか」
「あ、俺はザキのお菓子に合わせてコーヒーか紅茶だな。てか古橋は何故ポプリ」
「庭にラベンダーがあるんだ。あれはリラックス効果がある」
「リラックスしすぎた結果が古橋である」
「どういう意味だ」
俺が、何かしようとしてたのに、こいつらのが話が早い。
勝手に結論を出して、茶番が始まっている。
「閑話休題、花宮はマネージャーを見てて、何かしてあげたいこととかないの?」
「…………」
「なんでもいいよ。よく見てるんだし、なんかあるでしょ」
「………あ…」
思い当たったそれを口にすれば、古橋ですら目を見開いて(原の目はそもそもみえないが)。
「いいじゃん、これから準備に行こう」
ムカつく程温かい目で見られた。
.
そして、とある休日練習の後。
殆ど片付けを終えた体育館で、ヤマ達が羽影引き留めた。
『えっと、どういう状態?』
「普段マネージャー業を頑張ってる羽影にお礼をしようって話になってよ」
「銘銘に色々持ち寄ってみたんだ」
羽影の前に並ぶのは、可愛い包みを持った、いつもラフプレーなんて荒業をしているメンバー。
各々ハンドクリームだとかクッキーとコーヒーだとか、果ては手作りのポプリなんかまであって。
『え、どんな風の吹き回し?これ毒入りだったり爆発したりするの?』
彼女が動揺するのも無理はない。
「俺らに対する信用低すぎじゃね!?」
「そんなわけないじゃん。でも毒の代わりに、俺らと来年もバスケしなきゃいけない魔法がかかってるけど」
受けとる?
その問いに、羽影はにっこり微笑んで。
『勿論』
と、大事そうに受け取り、鞄にしまった。
「じゃあ、また明日からよろしく」
『うん、こちらこそ』
そう言って、次々と帰る部員達の最後尾。
「花宮、頑張れよ」
部誌をつけていた俺の前を、瀬戸が呟きながら帰っていった。
『花宮君、備品チェック終わったよ。部誌も終わる?』
「ああ。あとは施錠だけだ……それと、これ」
『ん?』
「前髪伸びて邪魔だって言ってたろ、やる」
差し出したのは、孔雀色と天鵞絨の間くらいの、深い緑色をしたカチューシャ。
控えめに、かつ、美しく。深藍色で花が刺繍されている。
『…な…に…』
「さっき、他の奴も礼だって渡してたろ、同じだ……あと、一回しか言わないからよく聞け」
『え?』
「羽影は、俺の片腕だ。お前の代わりはいないし、お前なしでまとめられるメンバーじゃない。だから、これからも、今まで通りにマネージャーをしろ…羽影は信頼してる」
自分でも信じられないこの言葉は、全て本心だった。
冷や汗をかきそうな寒さを感じている俺とは裏腹に、羽影の顔はみるみる赤く染まっていく。
なんだか居た堪れなくなって、カチューシャを彼女の頭にそっとつけた。
「…案外似合うな」
思わず漏れた本音は一層彼女を赤くして。
『…今日は私の命日だ』
戦慄く唇からそんな台詞を吐かせた。
「なんで死ぬんだよ。折角悩んで選んだんだぞ、ふざけんな」
『その台詞も殺しにきてるよ…なんなの…』
挙げ句、腰が抜けたのかへなへなと座り込む。
それに合わせてしゃがめば、彼女は手で覆って顔を隠した。
『だってさ…花宮君がさ…こんな…してくれると思わないじゃん…』
「…悪かったな、柄じゃなくて」
『そうじゃなくて!ああもうっ、嬉しくて言葉にならないよ…』
「…」
『……ありがとう、素敵なカチューシャを選んでくれて。…ありがとう、私を信頼してくれて』
正直、羽影は花宮からの労りとか感謝とか、絆とか、何も期待していなかった。
好かれなくても、嫌われなければ十分。捨てられないなら、まだ役に立ててるんだろう。
そのくらいの認識でいたから。
実際死ぬほど嬉しいやら、恥ずかしいやらで顔を上げられない。
真っ赤なうえににやけが止まらないのだから。
.
『……花宮君、申し訳ないんだけど、本当に腰が抜けちゃった…肩、貸してください』
「…驚きすぎだろ」
肩を引き寄せて、そのまま立ち上がらせた。
身長差があったから、彼女は抱きつくようにしてバランスをとる。
「よ…っ」
『うわ、ごめ、大丈夫?』
「お前の体重ごときで揺らぐかよ、歩けそうか?」
『うん。なんとか』
「じゃあ、このまま飯でも食いにいくか…せっかく可愛いのつけてやったんだし」
『わー、監督サマとデートだなんて、皆に嫉妬されてしまう』
「は?皆ってなんだよ」
『…古橋君とか?』
「やめろ」
嫌そうな顔をする俺を可笑しそうに笑って、彼女はゆっくり体を離す。
「で、返事は?」
『是非』
真っ赤なまま上目遣いで微笑んだ彼女が、なんだか可愛い気がした。
「じゃあ…どこ行くかな…」
『ラーメン!』
「色気皆無か」
『え…選択肢がハンバーガーとの2択だった私は一体』
「運動部の男子高校生に毒されたな」
今度は俺が笑う番。
頭を捻っているが、他に食べたいものは浮かばないらしい。
『…ラーメン』
「ふはっ、お前ホントいいな」
飾らない、媚びないところも可愛い…と思う。
『花宮君はラーメン好き?』
「人並み」
『因みに何味?』
「塩」
『だよね!特に白湯』
「同感。…カズサ亭か」
『あそこ美味しいよね』
加えて似通った味覚なのも親近感が沸いて、思わず口角が上がる。
「…ああ、エスコートしてやろうか?本日急遽主役になった…マネージャー様?」
調子に乗って、猫被りの声色を使いながら手を差し出せば。
『…そ、れ、狡い!』
せっかく引いた赤みを頬に差した彼女に、その手をぎゅっと捕まれた。
『………ちゃんと連れてってね、監督サマ』
「……ああ」
何処に、っていうのは多分、店だけのことじゃなくて。
もっと未来のことが含まれている。
(…お前となら、行ける気がする)
それは、連れていくというより、一緒に。
(全国…)
見たことのない高みへ。
Fin.
オマケ
「とうとう告白したの?オメデト」
「よかったな、羽影」
「は?」
『え?』
「あれ?昨日ラーメンデートしたって聞いたから、てっきりくっついたのかと」
『普通に…食べて…送って貰った』
「手も繋いでたって聞いたんだけど」
やいのやいのと騒ぐ原と、心底不思議そうな古橋、頭を抱える山崎。…寝ている瀬戸。
「なんでもかんでも恋愛で括んじゃねーよ。俺は羽影がマネとして信頼できるから、部活以外の時間も共有したいと思っただけだ」
「…なに、友達とでもいいたいの?」
「そんな安っぽくて曖昧な関係にすんな。俺は羽影なら自分の時間を割く価値があるって判断したんだ」
「だからさ!それと恋の違いはどこなわけ!?」
「またか、瀬戸、通y
「そのままだよ。好きなのは否定してない。彼女と付き合いたいとかじゃなくて、花宮にとって羽影に時間を費やすことは意味があるってだけ。……世間では恋だろうけどね」
っ、被せんな!」
自分の考えてたことが、上手く伝わらなくて。そのまま言い合いをしてしまったが。
(本人、いるんだよな)
一歩後ろで、困ったように笑っている羽影。
「………なあ、俺がお前に恋してるとしたら、どうする?」
嫌がる素振りはない、と、判断して悪戯に笑えば。
『両想いだね、って笑ってあげる』
と微笑み返された。
これから始まるのは
部活がなくても
彼女と関われる日々
(ねぇ、カチューシャの色ってさ)
(霧崎のユニフォーム)
(じゃあ、花柄は…)
(俺の苗字)
(……花宮君、本当は自覚してたでしょ?)
(さあ?)
(しかも両想いなのも解ってたよね?)
(ふはっ、どーだろな?)
Fin.
((特別だ、ってことは自覚してたけどな))
‐4周年記念 フリリク‐
橘様へ捧ぐ 花宮夢
2016/11/15
*****
霧崎第一高校男子バスケ部のマネージャーは一人。
性別は女、学業の出来もよく、運動神経も悪くない。
それでいて気が利く。
「次の練習試合は組めそうか」
『オファーしたとこは断られたけど、一件申し出があるよ』
「どこ」
『A高校。でも断ろうと思う。当日は向こうの顧問がいないから、生徒主体でやろうって』
「前に対戦したとこか」
『うん。前回の試合で肘を傷めた選手が出てる。あと、全体的に血の気が多いよ』
「…断れ。理由は適当でいい」
『じゃあ、休息日ということで』
「ふはっ、あからさま」
『向こうも明白だし、ちょうどいいでしょ?』
彼女はラフプレーを好まないが、否定はしない。
むしろ、チームの不利益は徹底的に排除に努める。
さっきの練習試合のように。
A高校のエースは、前回霧崎との対戦で肘を壊した。もちろん"事故"だ。
それでいて、生徒主体で練習試合なんて。報復したいので来やがれ、と言っているようなものだ。
オファーの段階で気付いたマネージャーが断る手筈を整えている。
因みに、マネージャーの名前は
「羽影…」
『え?』
「……休憩早める。後半ミーティングだ」
『了解、ドリンクだしながら連絡回すよ』
裏表を感じさせない、気を遣えるのに気を遣わなくていいサバサバした女。
側に置いておけば使い勝手がよく、いなければ不便。
彼女の仕事なら確認は不要だし、彼女の決定なら納得のいく理由がある。
(重宝だな)
「………花宮、それを世間では信頼って呼ぶんだ」
「はあ?俺はあいつの仕事を見て、結果を吟味した確率の上で言ってんだ。一緒にするな」
「だから、それが信頼。世間はそれを硬くというか深く考えないで、フィーリングで言ってんの」
「違うっつってんだろ。そもそもフィーリングなんてもんは信用性に欠けてんだろうが」
「だあっ、埒が明かねぇよ!瀬戸、通訳してくれ」
部活後、塾があるのだと先に帰った羽影を抜いて、レギュラーメンバーが揉めていた。
俺が嫌いな信頼、というものを、マネージャーに寄せてるのが明らかな件について。
半分寝ていた瀬戸が叩き起こされて、状況を把握する。
「……………ああ、つまり俗世では感覚で成り立ってる信頼とか絆が、花宮とマネージャーの間では理論的に証明された形で成り立ってるから、同等にしないで、ってこと」
「…簡潔にいうと?」
「信頼や絆なんて言葉じゃ表せない、足りない。って」
「wwwwwwそっちね」
「マジか。まあ、そうだよな」
「花宮は勿論だが、曲者揃いだからな。嫌な顔せずマネージャーをしてくれてるんだ、愛着なんてもんじゃないだろう」
「凄いよねーこの前なんか……」
瀬戸が出した要約に反論する間もなく、話はマネージャーのいい話へと移行する。
だいたい、俺がしようとした否定も、心からの否定ではない。
照れ隠しの、形ばかりの"ちげーよ"を飲み込んだだけだ。
.
「結局、練習試合の相手は見つからないな」
『そりゃあねぇ…一応都内じゃ上位高校だし。あと、評判悪いし』
「そこを頑張れよ、マネージャー」
『いやいや、何とかしてくださいよ監督サマ』
今後の日程を組みながら、バインダーを二人で覗き込む。
二人とも立っていれば、身長差で見にくいもの。俺は彼女が見易いようにバインダーをやや下方に持ち、彼女も彼女で俺に合わせる為に、近寄って若干の背伸びをしていた。
(信頼、ねぇ)
彼女の横顔を、斜め上から見下ろしながら考える。
『……とはいってもやっぱり対人練習したいよね。ラフプレーはさておき、皆のモチベーションとかも関わるし。…遠征の予算、振り直してみる』
「……そうだな」
彼女の仕事に、疑いはない。これで見つからなければ、また違う手を考えるだろう。
そのうえ、任せておくことに心配もない。
(信じてるし、頼ってる、か…)
信頼なんて言葉は安っぽい気がする。彼女は、部活のうえで、もう欠かせない人材。いうなれば片腕だ。
そもそも彼女との接触は部活しかないから、全面的に信用していることになってしまうが。
『ん。じゃあ明日には報告するね』
そして、話が一段落して、ひょこっ、と。彼女は背伸びを解いた。
「……お前、ちっさ」
『は?女子の平均身長ですけど?花宮君が大きいだけ』
「…遠回しな嫌味か?」
『それは他の部員と比べてでしょ。そう言って10cm違わないじゃん』
「男の数㎝はでかいんだよ」
『なら私は数㎝でも目線が近い人がいい』
こういうサバサバしたやりとりに、彼女は優しさを混ぜてくる。
「…あっそ」
なんて返せばいいかわからない。
でも、他愛ない、こんなかけあいが好きで、息抜きになっているのも事実。
「……って思い当たったから、お礼がしたくなったってことでいい?」
「瀬戸の通訳なしでは伝わらないツンデレっぷり」
「まあ、いいんじゃないか。確かによく働いてくれてるし、俺らからも何か用意しよう」
再び、彼女が塾の日に、メンバーを呼び止めた。
瀬戸の言う内容であっている。
「も、じゃなくて、花宮が何をしていいかわからないんじゃない?」
「え?自分がお礼したいのに?」
「…礼なんてしたことねーんだよ」
「猫被ってるときみたいに考えなよ、なんでそこ素直なの」
「本心で感謝してるから、でしょ?」
「………」
瀬戸の解釈を挟みながら、話を進めていく。
本当に、どうしていいかわからないし、この気持ちが感謝でいいのかすら自信がなかった。
「普通にプレゼントでいいんじゃない?もう学年末だし、1年お疲れ様って」
「普通ってなんだ」
「俺ならハンドクリームかな。マネは水仕事多いから」
「俺は菓子。女子なら大概喜ぶだろ」
「じゃあ俺はポプリでも作るか」
「あ、俺はザキのお菓子に合わせてコーヒーか紅茶だな。てか古橋は何故ポプリ」
「庭にラベンダーがあるんだ。あれはリラックス効果がある」
「リラックスしすぎた結果が古橋である」
「どういう意味だ」
俺が、何かしようとしてたのに、こいつらのが話が早い。
勝手に結論を出して、茶番が始まっている。
「閑話休題、花宮はマネージャーを見てて、何かしてあげたいこととかないの?」
「…………」
「なんでもいいよ。よく見てるんだし、なんかあるでしょ」
「………あ…」
思い当たったそれを口にすれば、古橋ですら目を見開いて(原の目はそもそもみえないが)。
「いいじゃん、これから準備に行こう」
ムカつく程温かい目で見られた。
.
そして、とある休日練習の後。
殆ど片付けを終えた体育館で、ヤマ達が羽影引き留めた。
『えっと、どういう状態?』
「普段マネージャー業を頑張ってる羽影にお礼をしようって話になってよ」
「銘銘に色々持ち寄ってみたんだ」
羽影の前に並ぶのは、可愛い包みを持った、いつもラフプレーなんて荒業をしているメンバー。
各々ハンドクリームだとかクッキーとコーヒーだとか、果ては手作りのポプリなんかまであって。
『え、どんな風の吹き回し?これ毒入りだったり爆発したりするの?』
彼女が動揺するのも無理はない。
「俺らに対する信用低すぎじゃね!?」
「そんなわけないじゃん。でも毒の代わりに、俺らと来年もバスケしなきゃいけない魔法がかかってるけど」
受けとる?
その問いに、羽影はにっこり微笑んで。
『勿論』
と、大事そうに受け取り、鞄にしまった。
「じゃあ、また明日からよろしく」
『うん、こちらこそ』
そう言って、次々と帰る部員達の最後尾。
「花宮、頑張れよ」
部誌をつけていた俺の前を、瀬戸が呟きながら帰っていった。
『花宮君、備品チェック終わったよ。部誌も終わる?』
「ああ。あとは施錠だけだ……それと、これ」
『ん?』
「前髪伸びて邪魔だって言ってたろ、やる」
差し出したのは、孔雀色と天鵞絨の間くらいの、深い緑色をしたカチューシャ。
控えめに、かつ、美しく。深藍色で花が刺繍されている。
『…な…に…』
「さっき、他の奴も礼だって渡してたろ、同じだ……あと、一回しか言わないからよく聞け」
『え?』
「羽影は、俺の片腕だ。お前の代わりはいないし、お前なしでまとめられるメンバーじゃない。だから、これからも、今まで通りにマネージャーをしろ…羽影は信頼してる」
自分でも信じられないこの言葉は、全て本心だった。
冷や汗をかきそうな寒さを感じている俺とは裏腹に、羽影の顔はみるみる赤く染まっていく。
なんだか居た堪れなくなって、カチューシャを彼女の頭にそっとつけた。
「…案外似合うな」
思わず漏れた本音は一層彼女を赤くして。
『…今日は私の命日だ』
戦慄く唇からそんな台詞を吐かせた。
「なんで死ぬんだよ。折角悩んで選んだんだぞ、ふざけんな」
『その台詞も殺しにきてるよ…なんなの…』
挙げ句、腰が抜けたのかへなへなと座り込む。
それに合わせてしゃがめば、彼女は手で覆って顔を隠した。
『だってさ…花宮君がさ…こんな…してくれると思わないじゃん…』
「…悪かったな、柄じゃなくて」
『そうじゃなくて!ああもうっ、嬉しくて言葉にならないよ…』
「…」
『……ありがとう、素敵なカチューシャを選んでくれて。…ありがとう、私を信頼してくれて』
正直、羽影は花宮からの労りとか感謝とか、絆とか、何も期待していなかった。
好かれなくても、嫌われなければ十分。捨てられないなら、まだ役に立ててるんだろう。
そのくらいの認識でいたから。
実際死ぬほど嬉しいやら、恥ずかしいやらで顔を上げられない。
真っ赤なうえににやけが止まらないのだから。
.
『……花宮君、申し訳ないんだけど、本当に腰が抜けちゃった…肩、貸してください』
「…驚きすぎだろ」
肩を引き寄せて、そのまま立ち上がらせた。
身長差があったから、彼女は抱きつくようにしてバランスをとる。
「よ…っ」
『うわ、ごめ、大丈夫?』
「お前の体重ごときで揺らぐかよ、歩けそうか?」
『うん。なんとか』
「じゃあ、このまま飯でも食いにいくか…せっかく可愛いのつけてやったんだし」
『わー、監督サマとデートだなんて、皆に嫉妬されてしまう』
「は?皆ってなんだよ」
『…古橋君とか?』
「やめろ」
嫌そうな顔をする俺を可笑しそうに笑って、彼女はゆっくり体を離す。
「で、返事は?」
『是非』
真っ赤なまま上目遣いで微笑んだ彼女が、なんだか可愛い気がした。
「じゃあ…どこ行くかな…」
『ラーメン!』
「色気皆無か」
『え…選択肢がハンバーガーとの2択だった私は一体』
「運動部の男子高校生に毒されたな」
今度は俺が笑う番。
頭を捻っているが、他に食べたいものは浮かばないらしい。
『…ラーメン』
「ふはっ、お前ホントいいな」
飾らない、媚びないところも可愛い…と思う。
『花宮君はラーメン好き?』
「人並み」
『因みに何味?』
「塩」
『だよね!特に白湯』
「同感。…カズサ亭か」
『あそこ美味しいよね』
加えて似通った味覚なのも親近感が沸いて、思わず口角が上がる。
「…ああ、エスコートしてやろうか?本日急遽主役になった…マネージャー様?」
調子に乗って、猫被りの声色を使いながら手を差し出せば。
『…そ、れ、狡い!』
せっかく引いた赤みを頬に差した彼女に、その手をぎゅっと捕まれた。
『………ちゃんと連れてってね、監督サマ』
「……ああ」
何処に、っていうのは多分、店だけのことじゃなくて。
もっと未来のことが含まれている。
(…お前となら、行ける気がする)
それは、連れていくというより、一緒に。
(全国…)
見たことのない高みへ。
Fin.
オマケ
「とうとう告白したの?オメデト」
「よかったな、羽影」
「は?」
『え?』
「あれ?昨日ラーメンデートしたって聞いたから、てっきりくっついたのかと」
『普通に…食べて…送って貰った』
「手も繋いでたって聞いたんだけど」
やいのやいのと騒ぐ原と、心底不思議そうな古橋、頭を抱える山崎。…寝ている瀬戸。
「なんでもかんでも恋愛で括んじゃねーよ。俺は羽影がマネとして信頼できるから、部活以外の時間も共有したいと思っただけだ」
「…なに、友達とでもいいたいの?」
「そんな安っぽくて曖昧な関係にすんな。俺は羽影なら自分の時間を割く価値があるって判断したんだ」
「だからさ!それと恋の違いはどこなわけ!?」
「またか、瀬戸、通y
「そのままだよ。好きなのは否定してない。彼女と付き合いたいとかじゃなくて、花宮にとって羽影に時間を費やすことは意味があるってだけ。……世間では恋だろうけどね」
っ、被せんな!」
自分の考えてたことが、上手く伝わらなくて。そのまま言い合いをしてしまったが。
(本人、いるんだよな)
一歩後ろで、困ったように笑っている羽影。
「………なあ、俺がお前に恋してるとしたら、どうする?」
嫌がる素振りはない、と、判断して悪戯に笑えば。
『両想いだね、って笑ってあげる』
と微笑み返された。
これから始まるのは
部活がなくても
彼女と関われる日々
(ねぇ、カチューシャの色ってさ)
(霧崎のユニフォーム)
(じゃあ、花柄は…)
(俺の苗字)
(……花宮君、本当は自覚してたでしょ?)
(さあ?)
(しかも両想いなのも解ってたよね?)
(ふはっ、どーだろな?)
Fin.
((特別だ、ってことは自覚してたけどな))