短編①
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《壊れればガラクタだから》
※2021花宮生誕祭
彼の誕生日を祝うのは、何度目だろう。
1月12日を目前に悩むのは、何年目だろう。
(今年は、なにをプレゼントしよう)
手元のスケジュール帳とお財布とにらめっこ。
花宮真と出会って10回目の冬。
今まで贈った品物のリストを前に、今年こそ、溜め息を吐いた。
花宮という人は、天の邪鬼だ。
頭がいい癖に子供っぽく、善悪の分別がある癖に倫理に従わない。
よって、プレゼントをしたときの返事は
「どうも」
たったそれだけ。
それでも贈り続けているのは、私の愛情表現ゆえに。
与えることでしか好意を伝えられない私は、物を、言葉を、時を、感情を、全部彼に注いでいる。
初めは、高校1年生の時、リストバンド。
次が、高校2年生で、スポーツタオル。
3年生の時は部活が終わっていたのでマフラー。
大学1年生、19歳のプレゼントは手袋。
20歳の時は万年筆で、21歳の時がネクタイとネクタイピン、22歳がパスケースとウォレット。
23歳は腕時計で、24歳が折り畳み傘とカフスボタン。
どれもこれも返事は「どうも」で、開封して身に付けて貰っても、その後は一度も見たことがない。
(気に入らないのか、誕生日が嫌いなのか)
彼の性格上、誕生日を大いに喜びはしないだろう。
それでも、付かず離れず10年も恋人をさせてくれてるのだから、要らないなら素直に要らないと言うとも思う。
(それだけは、今もわかんないんだよね)
悩み悩んで歳も明けた。
1月12日の夜7時、彼の部屋のインターホンを鳴らす。
「…入れば」
『お邪魔します』
勝手知ったる彼のアパート。
靴を脱いで、コートを脱いで。部屋に入れば、彼は帰ったばかりなのか、通勤鞄と黒いコートがソファーに投げ出されている。
『はなみや、』
それらを纏めてフックにひっかけたあと。
先客のいなくなったソファーに彼と座り込んだ。
そういうとき、自然と体を寄せて腕を回して来るのは花宮の方だ。
だから、嫌われたとか飽きられたとか、そういう心配はあまりしない。
彼は嫌いなものを近くに置けないタイプだから。
…かといって嫌いなものが視界に入ったら放って置くこともできなくて、「壊し方」ばかり考える彼を呼び戻すのが私の役割だったりもする。
ともあれ。
「…風呂入ってきたのか」
私を抱き寄せた花宮は、スン…と髪を嗅いで。毛先を梳きながら呟いた。
『うん。早上がりだったんだ。夕飯も買ってきたから、温めて食べよ』
「やっててくれんなら俺もシャワー浴びてくる」
『いいよ。台所借りるね』
「好きにしろよ。…ああ、お前が置いてった卵と生クリーム、まだあるぞ」
『え、お正月のじゃん』
次いで項や耳殻にまで指を這わせて遊んでおいて。
「じゃあ風呂行ってくる」
ネクタイを緩めた彼は、するりとバスルームへ消えてった。
((あのネクタイも、ハンカチも、カフスボタンも、私が贈ったものじゃない))
「…温めるだけじゃなかったのかよ」
『まさか卵がそのまま残ってるとは思わないでしょ、自炊してるっていうから置いてったのに』
冷凍パスタとサラダを買ってきた私は、6コ入りで未開封の卵パックを見て呆然。賞味期限は明日。
急きょ卵を茹で、温泉卵をパスタの上に。固茹でを解してミモザサラダに。残り2つは鍋の中でプリンになっている最中。
「コレステロールやばそう」
『…私のお腹をみて言うところが嫌』
「その上につけばいいのにな」
『デリカシーを覚えようか』
テーブルに並べていけば、彼もグラスやカトラリーを出してくれる。まあ、彼の家だし。
席についてしまえば、適当な「いただきます」を口火に食事は始まった。
毎年そう、お誕生日の音頭とか取らない。私の誕生日の時も。
プレゼントは彼もくれるし、料理が出来合いなのも変わらない。
彼からのプレゼントは装飾品が多く、いつも好みに合うものをくれるのでヘビーローテーションで使っている。高校生の時に貰ったシュシュは解れが出てきたので、二十歳の時に貰ったぬいぐるみの腕に着けたけど。
他にもミサンガや、ネックレス、スカーフ、ピアス、キーホルダー、アンクレット、文房具も何点か。
毎日どれかしら持ち歩いている。
(今日はキーホルダーの付いたポーチに、ピアス)
食べ終わって、卵と生クリームを蒸しただけのお手軽プリンとショートケーキを取り出した。
それすらも、なんとは無しに食べ始めて、なんとなく終わる。
時間は20時半だった。
いつもはここからシャワーだから、ちょっと余裕ある。
『…』
「…」
きっと。今までなら。
私はこのタイミングでプレゼントを渡した。
小さく『おめでとう』と囁いて、『今年も一緒にいたい』なんてもっと小さく呟きながら抱きついて。
開けて開けてとせがんでは、たった一度、彼が使うのを目に焼き付けていた。
「…」
今年。私は何も持って来なかった。
何を喜んでくれるのか、とうとう解らなくなってしまったのだ。
花宮に似合いそうなループタイとリング、ネクタイやマフラーや手袋だって新しいものが目について。贈りたいものは次々見つかるのに。
…彼が使っているところを、想像できなかった。
『はなみや、』
「なに」
また、ソファーに座り込んで。
彼がお腹に手を回すのを、温かく感じたり恥ずかしく感じたりしながら、そっと名前を呼ぶ。
『好き』
「…」
『おめでと』
その後は、なんにも出てこなかった。
緩く抱きついて、それだけだった。
「……、どうも」
返事も変わらない。
ただ、視線が私から逸れていかないから。続きを求めているのだと察してしまう。
『あの、ね』
ごめんなさい、と謝るのは違うと思った。
彼がプレゼントを楽しみにしてるかは疑問が残るところだし、プレゼントを用意するのを忘れたわけでもない。
『選べなかったの。…花宮が喜ぶもの、解らなくて』
今度察したのは彼の方だった。
小さな深呼吸が聞こえた後には、手を捕まれていて。
すくっ、と立ち上がった彼は私を連れて隣の寝室へ移動する。
クローゼットと本棚とベッドしかない部屋で、彼はクローゼットを選んだ。
両開きのクローゼットの下部、上げ底に見えて引き出しだった場所を、彼は開いた。
引っ張り出された大きめの引き出し。
『あ…』
見覚えのあるマフラー。ネクタイ。タオルにリストバンド。…全部、そこに綺麗に並んでいた。
しかも、包装紙や、紙袋まで畳んで残してある。
…良くみれば、バレンタインにあげたチョコの包み紙まであった。
「……使わないんじゃない、使えないんじゃない、…残したいんだ」
『……喜んで、くれてたんだ』
「ああ。…悪かったな、解りにくくて」
『ほんとだよ。まさか、勿体なくて使えないタイプだなんて、思いもしなかった』
雑貨を置かないシンプルな部屋に、そこだけ、ぎゅうぎゅうに思い出が詰まってる。
とても意外だった。
「……なあ」
『うん。解ってくれてたなら、いい。私がどれだけ時間を割いて悩んで…花宮のこと考えて、選んでるか』
「解ってるから、使っちまうのが嫌だったんだ」
『使って欲しくて選んだのに』
最後、ちょっとからかって笑えば。彼は珍しく、あからさまに言葉を詰まらせた。
それが可愛かったから、この件はこれで良いことにしようと思う。
『…いいよ。花宮が行き着いた[大切にする方法]がこれなら、私はいい。喜んでくれてたなら、それでいい。…ごめんね、汲み取ってあげられなかった』
「……誰だって俺がそんな女々しい思考回路だなんて思わねえだろうよ」
『うん、10年もいたのに、知らなかった。…もっと知らないことあるかもしれない。…もっと知り尽くしたいから、今年も一緒に居てね、花宮』
しなだれかかるように抱きつけば、ちゃんと抱きしめてくれた。
『お誕生日、おめでと』
「…どうも」
後日、目をつけていたループタイを渡せば、案の定引き出しに入れられて。
更に後日、別の引き出しにデートで行った施設や映画ののパンフレットやレシート、チケットの半券がびっしり詰まってるのも知ることになる。
fin
※2021花宮生誕祭
彼の誕生日を祝うのは、何度目だろう。
1月12日を目前に悩むのは、何年目だろう。
(今年は、なにをプレゼントしよう)
手元のスケジュール帳とお財布とにらめっこ。
花宮真と出会って10回目の冬。
今まで贈った品物のリストを前に、今年こそ、溜め息を吐いた。
花宮という人は、天の邪鬼だ。
頭がいい癖に子供っぽく、善悪の分別がある癖に倫理に従わない。
よって、プレゼントをしたときの返事は
「どうも」
たったそれだけ。
それでも贈り続けているのは、私の愛情表現ゆえに。
与えることでしか好意を伝えられない私は、物を、言葉を、時を、感情を、全部彼に注いでいる。
初めは、高校1年生の時、リストバンド。
次が、高校2年生で、スポーツタオル。
3年生の時は部活が終わっていたのでマフラー。
大学1年生、19歳のプレゼントは手袋。
20歳の時は万年筆で、21歳の時がネクタイとネクタイピン、22歳がパスケースとウォレット。
23歳は腕時計で、24歳が折り畳み傘とカフスボタン。
どれもこれも返事は「どうも」で、開封して身に付けて貰っても、その後は一度も見たことがない。
(気に入らないのか、誕生日が嫌いなのか)
彼の性格上、誕生日を大いに喜びはしないだろう。
それでも、付かず離れず10年も恋人をさせてくれてるのだから、要らないなら素直に要らないと言うとも思う。
(それだけは、今もわかんないんだよね)
悩み悩んで歳も明けた。
1月12日の夜7時、彼の部屋のインターホンを鳴らす。
「…入れば」
『お邪魔します』
勝手知ったる彼のアパート。
靴を脱いで、コートを脱いで。部屋に入れば、彼は帰ったばかりなのか、通勤鞄と黒いコートがソファーに投げ出されている。
『はなみや、』
それらを纏めてフックにひっかけたあと。
先客のいなくなったソファーに彼と座り込んだ。
そういうとき、自然と体を寄せて腕を回して来るのは花宮の方だ。
だから、嫌われたとか飽きられたとか、そういう心配はあまりしない。
彼は嫌いなものを近くに置けないタイプだから。
…かといって嫌いなものが視界に入ったら放って置くこともできなくて、「壊し方」ばかり考える彼を呼び戻すのが私の役割だったりもする。
ともあれ。
「…風呂入ってきたのか」
私を抱き寄せた花宮は、スン…と髪を嗅いで。毛先を梳きながら呟いた。
『うん。早上がりだったんだ。夕飯も買ってきたから、温めて食べよ』
「やっててくれんなら俺もシャワー浴びてくる」
『いいよ。台所借りるね』
「好きにしろよ。…ああ、お前が置いてった卵と生クリーム、まだあるぞ」
『え、お正月のじゃん』
次いで項や耳殻にまで指を這わせて遊んでおいて。
「じゃあ風呂行ってくる」
ネクタイを緩めた彼は、するりとバスルームへ消えてった。
((あのネクタイも、ハンカチも、カフスボタンも、私が贈ったものじゃない))
「…温めるだけじゃなかったのかよ」
『まさか卵がそのまま残ってるとは思わないでしょ、自炊してるっていうから置いてったのに』
冷凍パスタとサラダを買ってきた私は、6コ入りで未開封の卵パックを見て呆然。賞味期限は明日。
急きょ卵を茹で、温泉卵をパスタの上に。固茹でを解してミモザサラダに。残り2つは鍋の中でプリンになっている最中。
「コレステロールやばそう」
『…私のお腹をみて言うところが嫌』
「その上につけばいいのにな」
『デリカシーを覚えようか』
テーブルに並べていけば、彼もグラスやカトラリーを出してくれる。まあ、彼の家だし。
席についてしまえば、適当な「いただきます」を口火に食事は始まった。
毎年そう、お誕生日の音頭とか取らない。私の誕生日の時も。
プレゼントは彼もくれるし、料理が出来合いなのも変わらない。
彼からのプレゼントは装飾品が多く、いつも好みに合うものをくれるのでヘビーローテーションで使っている。高校生の時に貰ったシュシュは解れが出てきたので、二十歳の時に貰ったぬいぐるみの腕に着けたけど。
他にもミサンガや、ネックレス、スカーフ、ピアス、キーホルダー、アンクレット、文房具も何点か。
毎日どれかしら持ち歩いている。
(今日はキーホルダーの付いたポーチに、ピアス)
食べ終わって、卵と生クリームを蒸しただけのお手軽プリンとショートケーキを取り出した。
それすらも、なんとは無しに食べ始めて、なんとなく終わる。
時間は20時半だった。
いつもはここからシャワーだから、ちょっと余裕ある。
『…』
「…」
きっと。今までなら。
私はこのタイミングでプレゼントを渡した。
小さく『おめでとう』と囁いて、『今年も一緒にいたい』なんてもっと小さく呟きながら抱きついて。
開けて開けてとせがんでは、たった一度、彼が使うのを目に焼き付けていた。
「…」
今年。私は何も持って来なかった。
何を喜んでくれるのか、とうとう解らなくなってしまったのだ。
花宮に似合いそうなループタイとリング、ネクタイやマフラーや手袋だって新しいものが目について。贈りたいものは次々見つかるのに。
…彼が使っているところを、想像できなかった。
『はなみや、』
「なに」
また、ソファーに座り込んで。
彼がお腹に手を回すのを、温かく感じたり恥ずかしく感じたりしながら、そっと名前を呼ぶ。
『好き』
「…」
『おめでと』
その後は、なんにも出てこなかった。
緩く抱きついて、それだけだった。
「……、どうも」
返事も変わらない。
ただ、視線が私から逸れていかないから。続きを求めているのだと察してしまう。
『あの、ね』
ごめんなさい、と謝るのは違うと思った。
彼がプレゼントを楽しみにしてるかは疑問が残るところだし、プレゼントを用意するのを忘れたわけでもない。
『選べなかったの。…花宮が喜ぶもの、解らなくて』
今度察したのは彼の方だった。
小さな深呼吸が聞こえた後には、手を捕まれていて。
すくっ、と立ち上がった彼は私を連れて隣の寝室へ移動する。
クローゼットと本棚とベッドしかない部屋で、彼はクローゼットを選んだ。
両開きのクローゼットの下部、上げ底に見えて引き出しだった場所を、彼は開いた。
引っ張り出された大きめの引き出し。
『あ…』
見覚えのあるマフラー。ネクタイ。タオルにリストバンド。…全部、そこに綺麗に並んでいた。
しかも、包装紙や、紙袋まで畳んで残してある。
…良くみれば、バレンタインにあげたチョコの包み紙まであった。
「……使わないんじゃない、使えないんじゃない、…残したいんだ」
『……喜んで、くれてたんだ』
「ああ。…悪かったな、解りにくくて」
『ほんとだよ。まさか、勿体なくて使えないタイプだなんて、思いもしなかった』
雑貨を置かないシンプルな部屋に、そこだけ、ぎゅうぎゅうに思い出が詰まってる。
とても意外だった。
「……なあ」
『うん。解ってくれてたなら、いい。私がどれだけ時間を割いて悩んで…花宮のこと考えて、選んでるか』
「解ってるから、使っちまうのが嫌だったんだ」
『使って欲しくて選んだのに』
最後、ちょっとからかって笑えば。彼は珍しく、あからさまに言葉を詰まらせた。
それが可愛かったから、この件はこれで良いことにしようと思う。
『…いいよ。花宮が行き着いた[大切にする方法]がこれなら、私はいい。喜んでくれてたなら、それでいい。…ごめんね、汲み取ってあげられなかった』
「……誰だって俺がそんな女々しい思考回路だなんて思わねえだろうよ」
『うん、10年もいたのに、知らなかった。…もっと知らないことあるかもしれない。…もっと知り尽くしたいから、今年も一緒に居てね、花宮』
しなだれかかるように抱きつけば、ちゃんと抱きしめてくれた。
『お誕生日、おめでと』
「…どうも」
後日、目をつけていたループタイを渡せば、案の定引き出しに入れられて。
更に後日、別の引き出しにデートで行った施設や映画ののパンフレットやレシート、チケットの半券がびっしり詰まってるのも知ることになる。
fin