短編①
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ディスタンス・ダンス
きょとんとする翔一を見るなんて、そうそうないことだ。
「え、どないしたん、」
『誕生日、おめでとうって言いたくて』
桐皇学園に通う彼と、陽泉高校に通う私。
中学は一緒だったんだけど、高校は親の引っ越しとか諸々あって遠距離恋愛中。
今は高校3年生だけど、中学を卒業してから会えたのは、今日を含めて片手で足りる程しかない。
「だって、平日やで、学校あったやろ」
『そんな野暮なこと聞かないでよ。彼女が160キロメートルの道のり、会いに来てくれたんだよ』
「……おおきに。遠路遥々、ありがとな」
『どういたしまして』
昨日のメールで、今日は部活休みだって聞いてたから。
早く帰ってSkypeしよ、と。寄り道させない作戦を企てて、家の前で待ってた。
「でも、帰りどないするん、明日かて平日や」
『実は内緒で来てるの、バイトだって言ってあるけど…18時にはこっち出なきゃ』
なんせ、片道4時間。2万円。
往復したら、8時間。4万円。
バイトして貯めたお金は、交通費だけで消えていく。
「え、18時て、もう1時間もないやん、ちょ、早く上がり!」
『お邪魔します』
急いで鍵を開けて、翔一は私を彼の部屋に通す。
そして、鞄を放り出すや、制服もそのまま抱きしめられた。
「おまえ……それならワシかて学校サボったわ」
『誕生日に学校サボるなんて、翔一にそんなことさせたくないよ』
「ワシも彼女にサボらせたくないわ!…ほんまに、もー……めっちゃ嬉しい」
『私も会えて嬉しい』
「久しぶりやんな、去年の夏休み以来か?」
『そうだね』
ぎゅうぎゅうと抱き潰されるのは、ちょっと苦しいけど。
久しぶりに触れる体温が心地いいせいか、苦しいのすら彼を実感出来て幸せだと思ってしまう。
「雨月の誕生日、会いに行ってやれんくてすまんなぁ」
『雪すごいもん、仕方ないよ』
「大学は絶対近いとこ行こな。そしたら、ワシから沢山会いに行くさかい」
『ふふ、受験頑張らなきゃ。ね、その話より、翔一の誕生日』
大事に持ってきた袋の中は紙の箱。
中身を開けて欲しいと差し出せば、彼はすぐさまリボンをほどいた。
「…ケーキ、焼いてくれたん!」
『ごめんね。長旅だから生クリームとか使えなくてシフォンケーキなんだけど…しかも、プレゼントそれしか用意してなくて』
「なんで謝るん?十分や。明日、彼女が手作りケーキくれたって自慢せんと」
それから、ケーキ単体の写真、私がケーキを持った写真を手早く撮って。
机の上に静かに置いた。
『今食べる?』
「ん…食いたいのも山々やねんけど、あと30分しかあらへんし、台所行くのも勿体ないわ」
『じゃあ、後で感想教えてね』
「雨月が家着いたら、Skype繋げて食うたる」
『ふふ。ありがと、じゃあ、着いたらすぐ連絡する』
「着いたらと言わず、電池持つなら小まめに連絡しい。心配やから」
『はぁい』
それからすぐ、彼の腕はまた私を捕らえて、胸に抱えるように抱きしめるくせに顔を上げさせようとする。さすがに苦しい。
『翔一、くび、痛い』
「ああ、すまん。いやもう出来るだけ触れてたいんやけど、近すぎると顔が見えんのや。せっかく会えたんに顔も見んと帰すん寂しいやん」
『私と翔一の身長差考えてよー…座ればいいじゃん』
「せやな。…はは、予想以上に舞い上がってるわ。それに、焦る」
『焦る?』
「あと15分やで、1秒も惜しい」
結局私たちは、とりとめのないことを話して。
ただただ抱きしめ合っては、名残惜しくキスをした。
「………ほんま、おおきに」
『どういたしまして。私も、会いたかったから…』
「ワシかて会いたかったわ。けど、言うても無理させるだけや思っとったん。…まさか、来てるくれるとはなぁ。とんだサプライズやし、めっちゃ嬉しかったわ」
駅のホームまで見送りに来てくれた彼は、私の頭をワシャワシャと撫でる。
『ならよかった。けど、次…いつかわかんないんだ。もう勉強しなきゃだからバイト入れなくて…試合、見に来れないかも』
「かまへんよ。雨月が応援してくれとんのは、よう解ってるから。寧ろ今までお前に無理させてばっかやし、見に来いなんて言えへんて」
『…いいの?』
「その顔、狡いわぁ。…あんな、来て欲しくないんちゃうよ。確かに雨月が見に来るとなれば嬉しいで。会えるんも嬉しい。けどな、会いに来させてばっかで忍びないん。カッコつかへんやん」
『…』
「せやから、待っとってくれへん?インハイもウィンターカップも終わったら、ワシから会いに行くさかい」
『…!…待ってて、いいの?』
「おん。きっと、全部終わったら雨月に会いたくなる。会ったら、どんな結果でも切り替えられると思うねん」
『…わかった。じゃあ、向こうから応援してる。連絡、無理しなくていいからね。私、ちょっとやそっとじゃ、翔一のこと忘れてあげないんだから』
「そない可愛えこと言うて、帰せなくなるやろ、阿呆。…ワシかて忘れたりせえへんよ、さ、気をつけて帰り」
電車がホームに入ってくるのが見える。
最後に、と。強く抱きつけば、彼もまた、抱き返してくれた。
『……翔一、お誕生日おめでとう。18歳の翔一も、大好き』
そんな彼の制服のポケットに、私はもうひとつのプレゼントを突っ込んで電車に飛び乗る。
「…っ、またな」
『うん、またね!』
翔一は中身の確認より、私の見送りを優先してくれた。
そういうとこも、大好き。
(…私は傍にいられないけど、)
(少しでも翔一の支えになりますように)
******
「…健気やなぁ、相変わらず」
手作りのお守り。
なんて、他人事だったら鼻で笑ったやろうけど、ポケットに入れられたそれを見て零れたのは。
嘲笑ではなく、だらしない程のニヤケだった。
(鞄がええかなぁ、それとも携帯がええか?)
アイツが作ったんなら、身に付けていたいと思うし。
周りに見せびらかしたいとも思う。
(あー…アカン。もう会いたい。今年の誕生日最高か、つらいわぁ…)
駅から出て、ニヤニヤしながら家路を辿る。
(せっかくケーキ焼いてもらったんやし、合いそうな飲み物でも買うて帰ろか)
進路を少しずらそうとした瞬間、携帯が鳴って。
彼女が忘れ物でもしたんかと慌てて開けば。
『ケーキの袋にコーヒーと紅茶入ってるから、好きな方飲んでね❤️』
とラインが来ていた。
(……ワシが、読まれとる)
(はは、敵わんなぁ)
「おおきに。今、飲み物買おうと思ったとこや、ナイスタイミング」
『買う前でよかった!その紅茶、色も綺麗だから、あれば白いカップ使って』
「白い湯飲みならあるで」
『湯飲み(笑)和風だけどいいんじゃない?』
「ほなそれで。あ、飯や。ちょお離れんで」
『またねー』
そんなこんなで彼女が家に着くまで、いや着いてからもSkype繋げてめっちゃ話してた。
まあ、ワシも誕生日で浮かれてたん。
ケーキも紅茶も一瞬で終わったし、ケーキの箱に付いてたリボンに手書きで『happy birthday』って見つけてから、リボンも壁に飾る始末。
「あー…アカン」
『何がアカンのです?』
「好きすぎる、つらい」
『じゃあ私もアカン』
「アカンもん同士、これからもよろしゅうな」
『勿論。宜しくね、翔一。……大好き、お誕生日おめでと。…明日も練習と勉強、頑張って』
「ありがとうな、雨月も疲れたやろ。ゆっくり休み、ほなな」
『またね、おやすみ』
「おやすみ。…ワシも好きやで」
いい逃げはワシのお得意。
あー、ええ1日やった。寝よ。
んで、明日ケーキとお守り、諏佐と若松に自慢しよ。
fin