短編①
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※ヒロイン→古橋からヒロイン→花宮になる話
基本切甘のつもりで書いてますが、ヒロインが移り気に見えたり悪童が悪童してます。
名前のあるモブ(ヨリコ)がでます
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《それは鈍くて穏やかな》
うちの部活には可愛いマネージャーとそうでないマネージャーがいる。
そうでないマネージャーが私。
私が先輩で1軍マネージャー、彼女が後輩で2軍マネージャーだった。
お互いマネージャーとしての力量はトントン、学力は僅かに彼女の方がよく、私の委員会は保健で彼女は図書だった。
『…古橋くん、隣いい?』
「ああ」
「あ、ヨリコちゃん!古橋の隣空いてるよ」
「はぁい!」
それが前提の慰労会。
ウィンターカップも終わって、打ち上げのようなものを部全体でフロアを借りてやっていて。
私は静かな古橋君の隣に好んで座っていた。
その反対に、彼女…依子さんが座る。
彼らの真意は知らないが、周りは古橋君と彼女をくっつけようと色々世話を焼いていた。
恋愛にうとい古橋君をからかう手段でもあったが、依子さんも満更でもなさそうで。
私は一気にテンションが下がってしまった。
…だって、私は彼に片思いして2年になる。
自分は後腐れないよう、部活を引退する日に伝えようとしている告白があって。
それなのに、つい最近入った後輩に横取りされたような気分だったのだ。
私なんかに、振り返る訳がないもの。
「古橋先輩は本が好きで図書委員を?」
「ああ」
「私も読書が好きで!最近はガーデニングも楽しくて余り読めてないですけど」
「そろそろ球根を植えないとな」
「はい、この前は助言ありがとうございました」
そんな、私にはわからない話をしているから余計に嫌になってしまう。
私は活字が苦手で、読書もほとんどしなければ、ガーデニングなんて論外。花を愛でるという感覚がなかった。
彼と趣味が一致しない私より、彼女と話す方が何番も楽しいだろう。
可愛いし。
『……』
ウーロン茶を啜りながら、彼のジャージの端をなんとなく摘まんだ。
ミーティングの終わりだったり、打ち上げだったり。彼の隣になれば細々とだがとりとめのない会話があったのに。
彼と逆の隣は、はしゃいでいる男子二人なので必然的に手持ちぶさただったから。
私のことも、少しでいいから見てくれないかな。
なんて、淡い期待を込めて。
「…」
『…!』
彼は無言で、私のジャージの端を摘まんだ。
未だに会話は彼女と続いていて、視線すらくれないというのに。
『……』
「先輩、なんか飲みます?」
『ううん、大丈夫』
「食べ物は?」
『いい、お腹いっぱいだから』
「え、全然食べてないじゃないですか」
その行動が、嬉しくて。
胸が詰まってしまった。
意図はわからないが、私を、気にしてくれたのだ。
それだけでいい。この行動は、許されたのだ。
「羽影さんはそれ、好きなのか?」
『っ、え』
「よく裾を引っ張るよな」
慰労会が終わって、然り気無く彼の隣に並んで歩いてみれば。彼はそう口にした。
『うん…落ち着くんだ』
「妹みたいだ」
『妹?』
「妹がいるんだが、甘えん坊でな。よく抱きついてきたりするんだ」
『あはは、仲良しだね』
落ち着く、のは君の隣であって。
裾を引っ張るのが好き、なのではなく君が好き、なのであって。
もっといえば妹が羨ましくて。
私も抱きつきたいな、とか思っちゃって。
『…お兄ちゃん欲しかったな』
と、言葉を紡ぐことでいろんなものを押し留めた。
それから、やっぱり裾を引っ張る。
「引力が働いている」
『うわ、』
それに引かれて彼が私に肩をぶつけた。
ああ、ねえ、もっと引かれてよ。惹かれてよ。
「俺は弟も欲しかったな。姉も兄も」
『全部じゃない』
ぺちり、と。背中を叩く。
こんなことでないと触れられない。
少しでも近づきたいし、近くにいたいのに。
『ねえ、古橋くん』
私と話すのはつまらないかな?
私と一緒にいるのは嫌かな?
私を好きになってくれたりはしないかな?
私は、好きって言ってもいいのかな?
…言えないな。
『また、明日もよろしくね』
「ああ。全く、花宮も打ち上げの翌日に早朝から1日練習いれてくるからな。マネージャーも早起き頑張れよ」
『うん、頑張る』
じゃあね、と。帰り道を別れるときに袖を摘まんだ。
名残惜しいけど、私が許させれるのはここまでで。手を繋ぐことはできないし、二人で二次会したいなんて言うことも出来ない。
彼は袖を摘ままれた腕を、手を繋いだ時のように軽く前後に振った。
それから。
「また明日な、甘えん坊」
と。
私の頭をポンポン撫でた。
それが、最初で最後。
彼と一番近くなった瞬間だった。
『…っ、ひぐっ、う、う』
三年生最後の、大会を前に。
彼と彼女が付き合い出したと知った。
可愛いくない方の私に、詳細を聞く権利も勇気もなかったが、彼の隣は彼女になってしまっていて。
幸せそうな彼女、時折ポーカーフェイスを崩す彼。
見てられない。
「おい、傷心は構わないが仕事はしろ。二軍のマネージャーと交代されたくはないだろ」
『…うん。ごめん、切り替えるね』
なんならいっそ、清々しく冷たい花宮君が私を支えてくれてる気がするほど。
それでも、素直に応援も出来なくて。
愛想笑いも上手く出来なくて。
最後の試合が終わって、部活を引退することになっても。
私の告白はまだ胸の中。
マネージャー業務を失敗して凹んだときに、無表情で慰めてくれたのが面白くて嬉しくて。
愚痴を吐けば黙って聞いてくれて、楽しい話をすれば無表情ながらに相槌をくれて。
彼から話してくれるときは独特な話が多かったけど(ホタルイカの威嚇が可愛いとか、マンドラゴラを育ててみたいとか)それも楽しかった。
『好き、だったなぁ…』
涙と嗚咽にまみれた告白は、誰もいない更衣室の床に落ちて。
ただ、名札を剥がされた彼のロッカーだけでも聞いてくれないかと、その冷たい扉に手を添えた。
『古橋君…』
名前、呼んでみたかったな。
手、繋ぎたかったな。
デートしたかったし、もっと話たかったな。
好きって、伝えたかったな…
『私の、バカ』
あのとき勇気を出さなかった、弱虫な私の、バカ。
………
[花宮視点]
「お前が馬鹿なのは今に始まったことじゃねぇだろ」
古橋のロッカーだったそこに手をついて、しゃがみこんだまま泣きじゃくる背中に声をかけた。
『っえ、は、なみや、くん?』
「まあ古橋も大概馬鹿だったけどな。どっちかというと鈍いか。どの道お前は報われねぇけど」
まさか独白中(しかも失恋の)に他人が乱入してくるとは思ってなかったのだろう。
彼女は しゃがんだ体勢から、俺を振り向く拍子に座り込んでしまい、紡ぐ言葉を見失って口を半開きにしていた。
目は未だに涙をポタポタと溢したまま。
俺はその正面にしゃがんで、その瞳を見つめる。
「あんだけアピールしてたのにな。残念ながら本人にも届かないし周りも気付かないし?俺だけだったな、わかったの」
『…気づいてたの?』
「まあな。ことあるごとに古橋の隣いくじゃねぇか。手持ちぶさたになればあいつの裾だの袖だの弄って。フリーゲーム中だって古橋しか見てねぇし」
『………』
こいつが報われなかった要因。
一つ目は、これだけされても気付かない古橋の鈍さ。
二つ目、そんな行動をしてても気に止められない彼女への無関心。
マネージャーへの興味は後輩の方へ完璧に偏っていて、彼女なんて空気同然だった。
「諦めるんだな、古橋はその程度じゃお前に興味持たなかったんだ。告白しても結果は知れてる」
『…っ……で…も、』
「それでも伝えたかったってか?俺とお前しか知らない失恋を、部全体がネタにするぞ。後輩マネージャーに負けたって」
『…!』
「伝えなくてよかったんだよ。どうしても吐きたいなら、今みたいにロッカーにでも話すか俺にするんだな」
古橋は鈍く、彼女は気弱。
俺は、その動きをずっと見ていた。
彼女のように然り気無いアピールをすることもなく。
ただ、ただ、全体を眺める振りをして彼女を見つめていた。
可愛いくない方の、彼女を。ずっと。
だから、誰も気付かなかった彼女の片思いを知るはめになってしまったけれど。
『…っ、うぅ…』
「…お前は声より涙の方が語るな。真珠みたいにポロポロ溢れてくる」
真珠なんて、臭い比喩を使うくらいには好意を抱いていた。
彼女が、古橋を想ったように。
俺も、羽影を想っている。
「ふはっ、胸貸してやるよ。俺ら以外は全員帰った。ほら、」
声を押し殺して…いや、言葉に出来ない分、涙を滴らせた彼女に腕を広げて見せれば。
あからさまに目を泳がせた。
『…っ、で…も…』
「なんだよ、また論破されたいか?大人しく慰められろ、俺が優しいうちに」
彼女へさっきまで掛けていた言葉は、優しくはないが慰めの言葉だった。
引きずるよりは切り替えた方がいい。
事実を淡々と突きつける奴や状況を共有することは必要だっただろう。
それが終わったら、優しくしてやればいい。
『……花宮…くん』
「ん」
彼女は俺に腕を伸ばし、俺はその腕を掴んで引いた。
膝立ちで肩口に顔を埋めた彼女を抱き締め、俺は床に腰をおろす。
『あの子に、なりたかった…っ、可愛くて、器用で、愛嬌があって…』
「……」
『わたし、ないものばっかり…っ、なんにもない…なにも、何も…!』
泣きじゃくって吐露された胸中を、黙って聞いていた。
俺は別にただ聞いてやるイイ人になるつもりはないし、彼女の想い人が古橋であることを嘆く悲劇のヒーローでもない。
彼女の恋は終わったのだから。
ただ、タイミングを待っているだけ。
彼女が俺に堕ちてくる、その時を。
「羽影は」
『…』
「無いのがいいんだろ」
『……』
「好きな奴に近づきたくて、服なんか摘まんじまう我慢の無さとか。やり返されただけで胸が詰まっちまう免疫の無さとか。手を繋ぎたかったで済んじまう欲の無さとか」
『…っ』
「それを総じて"可愛い"って言うんだよ。覚えとけ馬鹿」
彼女の背中をさすりながら、耳へ吹き込む言葉は本心だ。
俺が彼女を好きになったのは。
偶々後輩が可愛いかったがために埋もれてしまった、不器用で純情な内面。
抱えきれなくなった"好き"を、伝えることも抑えることもできないで。服の裾から伝えようとしているいじらしさが決定打。
『…花宮くんって、優しいね』
「はっ、どーも」
やっとしゃくりあげるのを止めた彼女は
、肩から顔を上げて小さく笑った。
「…泣き止んだみたいだな?」
『うん、ありがとう』
もうすぐ。
あと少しで彼女は堕ちてくる。
「なら、その手は離せるか?」
だって、彼女の指先は、俺の上着の裾を掴んでいるのだから。
『………っ』
「ふはっ!本当に解り易いな、お前」
彼女の、それは、語られない言葉の代わりであり、愛情表現だ。
ずっと見てた、その仕草。
その両手を取り、繋ぐことはせず目の前まで持ち上げる。
「俺なら気づいてやれる。手も繋いでやるし、名前も呼ぶし、デートもしてやるけど?」
さあ、堕ちてこい。
「お前の失恋は誰も知らない。何も気にせず、この手を握るだけだ」
さあ!早く!
『…っ、いいの?わたし、で、いいの?』
「…バァカ。お前がいいんだよ」
『ありがと…っ』
ぎこちなく絡む指先。
彼女の瞳はまた涙で潤むが、手で拭うことはできず、キラキラと涙を湛えて笑った。
『私なんか、見ててくれて、ありがとう』
「…っ」
『私も、最初から、花宮くん見てれば良かった…っ』
それが、あんまり真っ直ぐで、透き通っていたから。
「本当、なんでそんな可愛いんだろうな…雨月」
思わず、その健気な唇を俺のそれで塞いでしまった。
(そう言えば、好きって言ってねぇし言われてねぇけど)
(……まあ、後でもいいか)
だってもう、彼女は俺に堕ちてしまったのだから。
(嗚呼、長かった)
(やっと、手に入った!)
……後日談……
「……が、OB戦の予定だ。ラフプレイは無しだが潰す勢いで」
「後輩潰すとかどうなの」
「とりあえず、その日は空けときゃいいんだな?」
「入試に響かないようにってのは解るが、引退して一週間後は早くないか?」
「まあ、感覚鈍る前でいいけどね」
後日、部室の片付けをしにきたメンツにOB戦の日程を伝える。
俺の後ろには雨月がいて、一緒に聞いていた。
…俺の制服の裾をつまみながら。
「…じゃ、解散」
「おー」
パンパンと手を叩けば各々散って。
最後に部室を出る時、古橋と同じタイミングになった。
「…羽影さんは、相変わらずそれ、好きだな」
『…っ』
裾から袖に移った手を見た古橋は、彼女に声をかけた。
指先に力を込めたまま固まってしまった彼女を背中に庇いながら、俺は笑う。
「はあ?俺が好き、の間違いだろ」
ついで、彼女の手を握りしめれば、彼女の指はそれに応えた。
「…」
「…。OB戦、ちゃんとやれよ」
「ああ」
繋がれた手と、彼女の顔と、俺の顔を順に見た古橋は何も言わなかった。
いままでの彼女の気持ちに気づいたのか、気づいてないのか、奴の顔からはわ解らない。
『…』
「雨月、」
先に帰る古橋を見送る彼女に視線を合わせれば、何か思い悩むような顔をしていて。
思わず名前を呼んだ。
そうしたら、覚悟を決めたように、背伸びをして
「…っ!」
『…真……くん、好きです』
唇を、合わせた。
彼女から、聞けるのは、もっと先だと思ってたし。
彼女から、してもらえるとは、思ってなかったし。
なんならいっそ、まだ古橋が好きかと頭を過ったところだった。
そんなタイミングだったから、本当に驚いて。
「俺も好きだよ。…雨月のこと、絶対に離さない」
溢れていくのは、言いそびれた告白。
一緒に溢れそうになる涙を隠すように、
雨月を抱き締めた。
(堕ちたのは)
(俺も一緒か)
fin
基本切甘のつもりで書いてますが、ヒロインが移り気に見えたり悪童が悪童してます。
名前のあるモブ(ヨリコ)がでます
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《それは鈍くて穏やかな》
うちの部活には可愛いマネージャーとそうでないマネージャーがいる。
そうでないマネージャーが私。
私が先輩で1軍マネージャー、彼女が後輩で2軍マネージャーだった。
お互いマネージャーとしての力量はトントン、学力は僅かに彼女の方がよく、私の委員会は保健で彼女は図書だった。
『…古橋くん、隣いい?』
「ああ」
「あ、ヨリコちゃん!古橋の隣空いてるよ」
「はぁい!」
それが前提の慰労会。
ウィンターカップも終わって、打ち上げのようなものを部全体でフロアを借りてやっていて。
私は静かな古橋君の隣に好んで座っていた。
その反対に、彼女…依子さんが座る。
彼らの真意は知らないが、周りは古橋君と彼女をくっつけようと色々世話を焼いていた。
恋愛にうとい古橋君をからかう手段でもあったが、依子さんも満更でもなさそうで。
私は一気にテンションが下がってしまった。
…だって、私は彼に片思いして2年になる。
自分は後腐れないよう、部活を引退する日に伝えようとしている告白があって。
それなのに、つい最近入った後輩に横取りされたような気分だったのだ。
私なんかに、振り返る訳がないもの。
「古橋先輩は本が好きで図書委員を?」
「ああ」
「私も読書が好きで!最近はガーデニングも楽しくて余り読めてないですけど」
「そろそろ球根を植えないとな」
「はい、この前は助言ありがとうございました」
そんな、私にはわからない話をしているから余計に嫌になってしまう。
私は活字が苦手で、読書もほとんどしなければ、ガーデニングなんて論外。花を愛でるという感覚がなかった。
彼と趣味が一致しない私より、彼女と話す方が何番も楽しいだろう。
可愛いし。
『……』
ウーロン茶を啜りながら、彼のジャージの端をなんとなく摘まんだ。
ミーティングの終わりだったり、打ち上げだったり。彼の隣になれば細々とだがとりとめのない会話があったのに。
彼と逆の隣は、はしゃいでいる男子二人なので必然的に手持ちぶさただったから。
私のことも、少しでいいから見てくれないかな。
なんて、淡い期待を込めて。
「…」
『…!』
彼は無言で、私のジャージの端を摘まんだ。
未だに会話は彼女と続いていて、視線すらくれないというのに。
『……』
「先輩、なんか飲みます?」
『ううん、大丈夫』
「食べ物は?」
『いい、お腹いっぱいだから』
「え、全然食べてないじゃないですか」
その行動が、嬉しくて。
胸が詰まってしまった。
意図はわからないが、私を、気にしてくれたのだ。
それだけでいい。この行動は、許されたのだ。
「羽影さんはそれ、好きなのか?」
『っ、え』
「よく裾を引っ張るよな」
慰労会が終わって、然り気無く彼の隣に並んで歩いてみれば。彼はそう口にした。
『うん…落ち着くんだ』
「妹みたいだ」
『妹?』
「妹がいるんだが、甘えん坊でな。よく抱きついてきたりするんだ」
『あはは、仲良しだね』
落ち着く、のは君の隣であって。
裾を引っ張るのが好き、なのではなく君が好き、なのであって。
もっといえば妹が羨ましくて。
私も抱きつきたいな、とか思っちゃって。
『…お兄ちゃん欲しかったな』
と、言葉を紡ぐことでいろんなものを押し留めた。
それから、やっぱり裾を引っ張る。
「引力が働いている」
『うわ、』
それに引かれて彼が私に肩をぶつけた。
ああ、ねえ、もっと引かれてよ。惹かれてよ。
「俺は弟も欲しかったな。姉も兄も」
『全部じゃない』
ぺちり、と。背中を叩く。
こんなことでないと触れられない。
少しでも近づきたいし、近くにいたいのに。
『ねえ、古橋くん』
私と話すのはつまらないかな?
私と一緒にいるのは嫌かな?
私を好きになってくれたりはしないかな?
私は、好きって言ってもいいのかな?
…言えないな。
『また、明日もよろしくね』
「ああ。全く、花宮も打ち上げの翌日に早朝から1日練習いれてくるからな。マネージャーも早起き頑張れよ」
『うん、頑張る』
じゃあね、と。帰り道を別れるときに袖を摘まんだ。
名残惜しいけど、私が許させれるのはここまでで。手を繋ぐことはできないし、二人で二次会したいなんて言うことも出来ない。
彼は袖を摘ままれた腕を、手を繋いだ時のように軽く前後に振った。
それから。
「また明日な、甘えん坊」
と。
私の頭をポンポン撫でた。
それが、最初で最後。
彼と一番近くなった瞬間だった。
『…っ、ひぐっ、う、う』
三年生最後の、大会を前に。
彼と彼女が付き合い出したと知った。
可愛いくない方の私に、詳細を聞く権利も勇気もなかったが、彼の隣は彼女になってしまっていて。
幸せそうな彼女、時折ポーカーフェイスを崩す彼。
見てられない。
「おい、傷心は構わないが仕事はしろ。二軍のマネージャーと交代されたくはないだろ」
『…うん。ごめん、切り替えるね』
なんならいっそ、清々しく冷たい花宮君が私を支えてくれてる気がするほど。
それでも、素直に応援も出来なくて。
愛想笑いも上手く出来なくて。
最後の試合が終わって、部活を引退することになっても。
私の告白はまだ胸の中。
マネージャー業務を失敗して凹んだときに、無表情で慰めてくれたのが面白くて嬉しくて。
愚痴を吐けば黙って聞いてくれて、楽しい話をすれば無表情ながらに相槌をくれて。
彼から話してくれるときは独特な話が多かったけど(ホタルイカの威嚇が可愛いとか、マンドラゴラを育ててみたいとか)それも楽しかった。
『好き、だったなぁ…』
涙と嗚咽にまみれた告白は、誰もいない更衣室の床に落ちて。
ただ、名札を剥がされた彼のロッカーだけでも聞いてくれないかと、その冷たい扉に手を添えた。
『古橋君…』
名前、呼んでみたかったな。
手、繋ぎたかったな。
デートしたかったし、もっと話たかったな。
好きって、伝えたかったな…
『私の、バカ』
あのとき勇気を出さなかった、弱虫な私の、バカ。
………
[花宮視点]
「お前が馬鹿なのは今に始まったことじゃねぇだろ」
古橋のロッカーだったそこに手をついて、しゃがみこんだまま泣きじゃくる背中に声をかけた。
『っえ、は、なみや、くん?』
「まあ古橋も大概馬鹿だったけどな。どっちかというと鈍いか。どの道お前は報われねぇけど」
まさか独白中(しかも失恋の)に他人が乱入してくるとは思ってなかったのだろう。
彼女は しゃがんだ体勢から、俺を振り向く拍子に座り込んでしまい、紡ぐ言葉を見失って口を半開きにしていた。
目は未だに涙をポタポタと溢したまま。
俺はその正面にしゃがんで、その瞳を見つめる。
「あんだけアピールしてたのにな。残念ながら本人にも届かないし周りも気付かないし?俺だけだったな、わかったの」
『…気づいてたの?』
「まあな。ことあるごとに古橋の隣いくじゃねぇか。手持ちぶさたになればあいつの裾だの袖だの弄って。フリーゲーム中だって古橋しか見てねぇし」
『………』
こいつが報われなかった要因。
一つ目は、これだけされても気付かない古橋の鈍さ。
二つ目、そんな行動をしてても気に止められない彼女への無関心。
マネージャーへの興味は後輩の方へ完璧に偏っていて、彼女なんて空気同然だった。
「諦めるんだな、古橋はその程度じゃお前に興味持たなかったんだ。告白しても結果は知れてる」
『…っ……で…も、』
「それでも伝えたかったってか?俺とお前しか知らない失恋を、部全体がネタにするぞ。後輩マネージャーに負けたって」
『…!』
「伝えなくてよかったんだよ。どうしても吐きたいなら、今みたいにロッカーにでも話すか俺にするんだな」
古橋は鈍く、彼女は気弱。
俺は、その動きをずっと見ていた。
彼女のように然り気無いアピールをすることもなく。
ただ、ただ、全体を眺める振りをして彼女を見つめていた。
可愛いくない方の、彼女を。ずっと。
だから、誰も気付かなかった彼女の片思いを知るはめになってしまったけれど。
『…っ、うぅ…』
「…お前は声より涙の方が語るな。真珠みたいにポロポロ溢れてくる」
真珠なんて、臭い比喩を使うくらいには好意を抱いていた。
彼女が、古橋を想ったように。
俺も、羽影を想っている。
「ふはっ、胸貸してやるよ。俺ら以外は全員帰った。ほら、」
声を押し殺して…いや、言葉に出来ない分、涙を滴らせた彼女に腕を広げて見せれば。
あからさまに目を泳がせた。
『…っ、で…も…』
「なんだよ、また論破されたいか?大人しく慰められろ、俺が優しいうちに」
彼女へさっきまで掛けていた言葉は、優しくはないが慰めの言葉だった。
引きずるよりは切り替えた方がいい。
事実を淡々と突きつける奴や状況を共有することは必要だっただろう。
それが終わったら、優しくしてやればいい。
『……花宮…くん』
「ん」
彼女は俺に腕を伸ばし、俺はその腕を掴んで引いた。
膝立ちで肩口に顔を埋めた彼女を抱き締め、俺は床に腰をおろす。
『あの子に、なりたかった…っ、可愛くて、器用で、愛嬌があって…』
「……」
『わたし、ないものばっかり…っ、なんにもない…なにも、何も…!』
泣きじゃくって吐露された胸中を、黙って聞いていた。
俺は別にただ聞いてやるイイ人になるつもりはないし、彼女の想い人が古橋であることを嘆く悲劇のヒーローでもない。
彼女の恋は終わったのだから。
ただ、タイミングを待っているだけ。
彼女が俺に堕ちてくる、その時を。
「羽影は」
『…』
「無いのがいいんだろ」
『……』
「好きな奴に近づきたくて、服なんか摘まんじまう我慢の無さとか。やり返されただけで胸が詰まっちまう免疫の無さとか。手を繋ぎたかったで済んじまう欲の無さとか」
『…っ』
「それを総じて"可愛い"って言うんだよ。覚えとけ馬鹿」
彼女の背中をさすりながら、耳へ吹き込む言葉は本心だ。
俺が彼女を好きになったのは。
偶々後輩が可愛いかったがために埋もれてしまった、不器用で純情な内面。
抱えきれなくなった"好き"を、伝えることも抑えることもできないで。服の裾から伝えようとしているいじらしさが決定打。
『…花宮くんって、優しいね』
「はっ、どーも」
やっとしゃくりあげるのを止めた彼女は
、肩から顔を上げて小さく笑った。
「…泣き止んだみたいだな?」
『うん、ありがとう』
もうすぐ。
あと少しで彼女は堕ちてくる。
「なら、その手は離せるか?」
だって、彼女の指先は、俺の上着の裾を掴んでいるのだから。
『………っ』
「ふはっ!本当に解り易いな、お前」
彼女の、それは、語られない言葉の代わりであり、愛情表現だ。
ずっと見てた、その仕草。
その両手を取り、繋ぐことはせず目の前まで持ち上げる。
「俺なら気づいてやれる。手も繋いでやるし、名前も呼ぶし、デートもしてやるけど?」
さあ、堕ちてこい。
「お前の失恋は誰も知らない。何も気にせず、この手を握るだけだ」
さあ!早く!
『…っ、いいの?わたし、で、いいの?』
「…バァカ。お前がいいんだよ」
『ありがと…っ』
ぎこちなく絡む指先。
彼女の瞳はまた涙で潤むが、手で拭うことはできず、キラキラと涙を湛えて笑った。
『私なんか、見ててくれて、ありがとう』
「…っ」
『私も、最初から、花宮くん見てれば良かった…っ』
それが、あんまり真っ直ぐで、透き通っていたから。
「本当、なんでそんな可愛いんだろうな…雨月」
思わず、その健気な唇を俺のそれで塞いでしまった。
(そう言えば、好きって言ってねぇし言われてねぇけど)
(……まあ、後でもいいか)
だってもう、彼女は俺に堕ちてしまったのだから。
(嗚呼、長かった)
(やっと、手に入った!)
……後日談……
「……が、OB戦の予定だ。ラフプレイは無しだが潰す勢いで」
「後輩潰すとかどうなの」
「とりあえず、その日は空けときゃいいんだな?」
「入試に響かないようにってのは解るが、引退して一週間後は早くないか?」
「まあ、感覚鈍る前でいいけどね」
後日、部室の片付けをしにきたメンツにOB戦の日程を伝える。
俺の後ろには雨月がいて、一緒に聞いていた。
…俺の制服の裾をつまみながら。
「…じゃ、解散」
「おー」
パンパンと手を叩けば各々散って。
最後に部室を出る時、古橋と同じタイミングになった。
「…羽影さんは、相変わらずそれ、好きだな」
『…っ』
裾から袖に移った手を見た古橋は、彼女に声をかけた。
指先に力を込めたまま固まってしまった彼女を背中に庇いながら、俺は笑う。
「はあ?俺が好き、の間違いだろ」
ついで、彼女の手を握りしめれば、彼女の指はそれに応えた。
「…」
「…。OB戦、ちゃんとやれよ」
「ああ」
繋がれた手と、彼女の顔と、俺の顔を順に見た古橋は何も言わなかった。
いままでの彼女の気持ちに気づいたのか、気づいてないのか、奴の顔からはわ解らない。
『…』
「雨月、」
先に帰る古橋を見送る彼女に視線を合わせれば、何か思い悩むような顔をしていて。
思わず名前を呼んだ。
そうしたら、覚悟を決めたように、背伸びをして
「…っ!」
『…真……くん、好きです』
唇を、合わせた。
彼女から、聞けるのは、もっと先だと思ってたし。
彼女から、してもらえるとは、思ってなかったし。
なんならいっそ、まだ古橋が好きかと頭を過ったところだった。
そんなタイミングだったから、本当に驚いて。
「俺も好きだよ。…雨月のこと、絶対に離さない」
溢れていくのは、言いそびれた告白。
一緒に溢れそうになる涙を隠すように、
雨月を抱き締めた。
(堕ちたのは)
(俺も一緒か)
fin