短編①
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《腐れ外道と》:花宮
……花宮視点……
「なあ、花宮のクラスの奴だろ?俺のクラスの担任と付き合ってるとか噂になってんの」
「あ、それ俺も聞いた。なんだっけ、羽影サン?」
「知ってるぞ、委員会が一緒で連絡しにいったことがある。花宮、隣の席じゃないか?」
「マジで!?どんな子?」
月曜の昼休み、部室に集まる一軍メンバー。
いつも通り寝ている瀬戸以外の話題はそれに尽きていた。
いや、この学年全体がその噂で朝から持ちきりなのだ。
「平凡。どっちかつーと大人しい」
「そうだな、委員会でも真面目で目立ってはない」
「ふーん、じゃあ噂はデマか。そんな子じゃなさそうだし」
「甘いなーザキ。"そんな子じゃない"から噂が美味しいんだよ。しかも画像まで出回っちゃったもん、信憑性アリってもんでしょ」
原の言う通り、画像が事の発端。
自分の手元にもあるそれには、バス停でバスを待ちながら二人で一つの傘を差す男女。お互い、外側の手には同じデパートのロゴが入った買い物袋を持っている。
向かいの道路からズームで撮ったのか画質は悪い。
でも、二人を知っている人からすれば、誰と認識できる程度ではあった。
金曜の夜撮られたそれが、SNSやらで土日の間に学年中へ広まったらしい。
「しかもこのバスの行き先、センセーの家の方なんでしょ?お泊まりとかって言われてんのもそのせいだよね」
「へー。まあ担任顔がいいって女子が騒いでたから、噂が広まんのも早いわけだ」
「取り立て人はインモラルな話が好きだからな。当事者のいるクラスは大分騒がしいんじゃないか?」
「確かに落ち着きねぇよ。当の本人は何でざわついてんのか解らなくて困惑気味だったけどな」
そう、朝からクラスもあっちこっちでひそひそ話。
時折羽影を盗み見てはまたひそひそ。
彼女も視線に気づくものの、身に覚えがないのか。不思議そうな顔をして授業準備をしていた。
「誰か教えてやんねーの?友達とか聞きに来そうじゃん」
「あいつが誰かとつるんでるとこ見たことねぇからな。…特定の友達はいないのかもな」
「それでこの噂じゃ余計浮いちゃうんじゃない?カワイソー」
「俺らには関係ないがな。花宮は暫く周りが煩いかもしれないが」
「もう既に煩ぇ」
昼休みの間にクラスでどんな動きがあるかで、大分違うだろうが…鎮火することはないだろうと思った。
.
……ヒロイン視点……
「ねぇ羽影さん、北沢先生と付き合ってるらしいじゃん」
『え?』
殆ど話したことのないクラスの女子が席まで来て。
唐突にそう言われた。
「惚けなくていいよ。写真も撮ったし、証拠あるから。先生も校長に呼び出し食らって可哀想に…お泊まりは楽しかったわけ?」
『あの、話が見えません。何のことですか?』
「だから惚けんなっつーの」
クラスの女子、吉川さんがスマホの画面を私に突きつけた。
『ああ。金曜ですね、吉川さん、近くに居たんですか』
「やっぱり。買い物デートして先生ん家でお泊まりデート?生徒としてどうなのよ、それ」
『何か勘違いしてませんか?それは買い物の帰りに雨に降られて、偶々会った先生がバスを待つ間傘を持ってくれたんです』
「はあ?羽影さんこんな遠くまで買い物に行ってんの?しかもバス逆方向でしょ?」
『…なんで吉川さんが私の家の方向を知ってるのか知りませんが、その日は独り暮らしをしている兄の誕生日で。お祝いにご飯をつくりに行っただけですよ』
「っ!…嘘でしょ。部活でも仲良さげだし、どうせ外でも会ってたんじゃないの?現に呼び出された先生、授業あるのに帰っちゃったし」
吉川さんという人は、話題の中心になりたがる人だ。
偶々私と先生を見かけてネタにでもしようとしたのに、話が大きくなりすぎて引くに引けないんだろう。
それに、北沢先生は若くてカッコいいから、女子生徒の憧れでもある。
話題性はあるし、嫉妬心に火がついたのかもしれない。
『…(どうしたら引いてくれるかな)』
「無言は肯定よね?うわ、羽影さんてそういう人だったんだ」
どんな人だというのか。
クラスに聞こえるような大声で話す彼女に否定を投げ掛けようと思った。
しかし、ここで否定したとして、クラスに私の味方をする人はいないだろう。
吉川さんを敵に回すと面倒だ、現に今の私がそう。
北沢先生が釈明してくれて、ほとぼりが冷めるのを待つ方が賢明かな。
心外だ、と言わんばかりに目を見開いて、そのまま凝視し続ける。
居心地の悪くなった彼女は踵を返して行った。
翌日、私の考えは裏切られた。
北沢先生が辞任してしまったのだ。
「僕の軽率な行動で生徒を困らせてしまった。申し訳ありません」
申し訳なく思うなら収拾をつけてから立ち去ってくれれば良かったのに。
憧れの先生を失った女子生徒の非難を一斉に浴びる私はどうしたらいい。
北沢先生のおかげで噂の信憑性があがってしまった。
しかも、
"卒業したら迎えにくるらしい"
"最後までシてたらしい"
"羽影の方から誘ったらしい"
今では尾びれ背びれがついて独り歩きしている。
噂を振り撒く吉川さんは勿論、私の耳にも入っていて。
居心地の悪さを肌で感じるし、吉川さんを隠れ蓑にした女子の嫌がらせも増えていく。
教科書を隠される、ノートが破られる、筆記具がなくなる。などなど。
その度に
『花宮君、また忘れちゃった…ごめんね』
と、教科書、ルーズリーフ、シャーペンやら消しゴムやら。色々なものを隣の席の花宮君に貸してもらったり頂戴したりする。
"いいよ、気にしないで"
と笑ってくれる彼は救いだった。
噂のせいで今まで以上に他人との関わりがなくなった私にとって、不可抗力とはいえ分け隔てなく接して貰えるのは嬉しいことだ。
それをきっかけに雑談もしてくれるし、"噂は噂だからね。何かあれば相談にのるよ"なんて言ってくれる。
…どんなに嫌がらせをされても学校に来れるのは彼がいるからだ。寧ろ彼がいないとか生活できない。
ただ、花宮君も人気があるから、嫌がらせはヒートアップしてしまったのだけど。
***
『……はあ』
落書きをされた体操着を手にため息をついた。
読みたくもないような下賤な言葉の数々。
本当に、噂に踊らされてしまった。皆、自分が楽しければ真偽なんてどうでもいいんだろう。
私は躍り疲れてしまった。
鞄に嫌がらせの証拠を詰め込んで屋上へあがり、ペタリと座り込む。
そして、取り出したカッターで腕をなぞった。
躊躇い傷にもならないそこから、赤黒い液体が一筋流れる。
(やっぱり、とぶか)
カッターを放り投げ、フェンスのない端へと足を進めた。
後3歩。
そこまで来て腕を思いっきり後ろに引かれる。
『…っ!』
「何やってんだよ!」
『え…花宮、君?』
「相談しろっつったろうが、馬鹿なのか、お前」
確かに私を両手で引き留めているのは花宮君だ、いつも、こんな口調じゃなかったけど。
『…なんで、ここに…』
「古橋が、珍しくお前が委員会に来てないって探してて…松本から荷物持ったお前が階段上がってった…って聞いた」
(古橋君…嗚呼、同じ委員会の…目に生気のない人か)
息を切らせた彼は、説明しながら私を屋上の真ん中まで引っ張っていく。
そして、向かい合った状態で両腕を押さえられてしまった。
「…何、死のうとしてんだよ」
『花宮君も見てたでしょ?もう嫌なの、噂に振り回されて自分が蝕まれるなんて。何にすがろうとしても噂を大きくするだけ』
「……」
『でも、花宮君が普通に接してくれたのは嬉しかったよ。ありがとう』
やんわりと、腕を握る手を離そうとすれば。
その手は私を彼の胸元へ導いて、背中へ回る腕は一層拘束を強めた。
「…なあ、まだ死にたいか」
『……うん』
「俺が引き留めても?」
『……』
「俺が羽影を好きだと言っても?」
『…?』
驚いて息を詰めれば。拘束している一方の手が、私の髪を、背を、ゆっくり撫で下ろす。
「俺が、あの噂に踊らされなかったのは、信じたくなかったからだ。…もっと前から好きだったから」
『…』
「なあ、まだ死にたいなら…一緒に飛んでやるよ」
"そうじゃないなら、俺を好きになれ"
『無理だよ……私も前から好きだもの』
次に驚いたのは彼の方だったようで。
一瞬目を丸くした後、綺麗な顔を、綺麗に歪めて笑った。
「ふはっ、言ったな?もう離さねぇから覚悟しろよ」
彼はこんな笑い方もするのか。
…でも、今は彼以外に、彼以上に頼れる人はいない。
何より。
彼の心音の速さを信じたかった。
……花宮視点……真相…
時は遡って半年ほど前。
学年が上がると同時の席替えで、羽影とは隣の席になった。
第一印象、平凡。
不細工ではない。が、華やか美人かというとまた違う。
でも、人受けの良さそうな顔立ちと雰囲気だった。
そんな彼女と初めてやりとりをしたのはGWが明けてから。
古典の教科書とノートがない。原に貸したまま戻ってきていなかったのだ。
それに気づいた彼女は俺に自分の教科書を貸した。
『私はノートで大丈夫』
とりあえず教科書を開けば、綺麗な字で単語の訳や活用形が書込まれていて。
咄嗟に覗いたノートにも、びっしりと原文と訳文が書かれていた。
その文字の綺麗さといったら。
俺は人生で初めて文字で人に興味を持った。
他の授業でもノートを盗み見るようになったし、彼女の板書は例え写し終わっていても写真を撮る。
書道部と聞いてからは展示も見に行くようになった。
「やっぱり凄く綺麗な字を書くね」
『ありがとう、そう言ってもらえると嬉しい』
偶々展示場で出会してしまい、猫かぶりこそしているが本心を伝えた。
その時の嬉しそうな笑顔が綺麗で。まさかそれを切っ掛けに好きなるとは思わなかった。
(あれは…羽影?)
そしてあの金曜、向かいのバス停で両手に買い物袋を携えて立っている彼女を見つけた。
両手が塞がっているせいで、傘がずり落ちて困っているようだ。
そこへ、若い男が近づいてきて傘を直してやる。
それでお互い知り合いだったのか言葉を交わし、男が買い物袋と傘をを持つのを手伝うことになったらしい。
(あれ、書道部の顧問か)
若くてイケメンとか騒がれてた教員。それが解ったら無性に腹が立って。
面白い事を思い付いた。
(笑った顔が綺麗なら、泣いた顔はもっと綺麗だろう)
ケイタイのカメラを構え、顔が解るか解らないかくらいのピントになるようにズームする。
そして、とった写真を成り済ましでクラスに拡散した。
発信元は解らないようにしたから、目立ちたがりの吉川あたりが自分が撮ったと言い出すだろう。
あとは適当に煽り文を流せば…
月曜のような事が起こる。
まさかその段階で学年に広まるとは思わなかったが、予想通りだ。
後は彼女が困り始めたら相談相手になればいい。弱っている時に漬け込めば物にしやすいし、絶対的な信頼を寄せるようになる。
想定外だったのは北沢の辞任。完全に女子がイジメにシフトチェンジしてしまった。
しかし、これはこれで利用させて貰った。教科書がない、と、以前とは逆で今度は俺が貸したり、共用したりする。時折自分で彼女のノートを切り取っては、ルーズリーフを渡すなどの自演もやった。
誤算だったのは結局彼女が俺を頼らないこと。それは逆に、俺が手を貸しているようにしか見えなくて、イジメがエスカレートしてしまった。
古橋から話を聞いて、もしや――と屋上へ走れば案の定。
大誤算。
そこまで追い詰めては意味がない。
ゆったりと屋上の端へ歩く彼女を、思いっきり後ろに引っ張った。
切羽詰まり過ぎて余所行きの言葉遣いを忘れてしまったが、まあいいや。
あとは元々の計画通り。
もて余しているこの感情を、彼女が欲しい形にして与えるだけ。
「まだ死にたいか?」
そこからはゆっくり、彼女に問いかけていく。
「俺が引き留めても?」
考える時間の中で気づけ。
「俺が、好きだと言っても?」
お前の心を占めるのは誰なのか。
「前から好きだった」
俺の心を占めるのは誰なのか。
「まだ死にたいなら、一緒に飛んでやるよ」
そして決断しろ。
「そうじゃないなら、俺を好きになれ」
まあ、選択権はねぇけど。
『無理かな、私も前から好きだもの』
「――、言ったな?覚悟しろよ、もう離さねぇからな」
(嗚呼
やっと手に入った!)
愛しさと興奮で胸は高鳴る一方だった。
例えば、あの
(噂)の
(発端)が、実は
(俺)っていうことそれはもう
(誰も知らない事)で
Fin.
……花宮視点……
「なあ、花宮のクラスの奴だろ?俺のクラスの担任と付き合ってるとか噂になってんの」
「あ、それ俺も聞いた。なんだっけ、羽影サン?」
「知ってるぞ、委員会が一緒で連絡しにいったことがある。花宮、隣の席じゃないか?」
「マジで!?どんな子?」
月曜の昼休み、部室に集まる一軍メンバー。
いつも通り寝ている瀬戸以外の話題はそれに尽きていた。
いや、この学年全体がその噂で朝から持ちきりなのだ。
「平凡。どっちかつーと大人しい」
「そうだな、委員会でも真面目で目立ってはない」
「ふーん、じゃあ噂はデマか。そんな子じゃなさそうだし」
「甘いなーザキ。"そんな子じゃない"から噂が美味しいんだよ。しかも画像まで出回っちゃったもん、信憑性アリってもんでしょ」
原の言う通り、画像が事の発端。
自分の手元にもあるそれには、バス停でバスを待ちながら二人で一つの傘を差す男女。お互い、外側の手には同じデパートのロゴが入った買い物袋を持っている。
向かいの道路からズームで撮ったのか画質は悪い。
でも、二人を知っている人からすれば、誰と認識できる程度ではあった。
金曜の夜撮られたそれが、SNSやらで土日の間に学年中へ広まったらしい。
「しかもこのバスの行き先、センセーの家の方なんでしょ?お泊まりとかって言われてんのもそのせいだよね」
「へー。まあ担任顔がいいって女子が騒いでたから、噂が広まんのも早いわけだ」
「取り立て人はインモラルな話が好きだからな。当事者のいるクラスは大分騒がしいんじゃないか?」
「確かに落ち着きねぇよ。当の本人は何でざわついてんのか解らなくて困惑気味だったけどな」
そう、朝からクラスもあっちこっちでひそひそ話。
時折羽影を盗み見てはまたひそひそ。
彼女も視線に気づくものの、身に覚えがないのか。不思議そうな顔をして授業準備をしていた。
「誰か教えてやんねーの?友達とか聞きに来そうじゃん」
「あいつが誰かとつるんでるとこ見たことねぇからな。…特定の友達はいないのかもな」
「それでこの噂じゃ余計浮いちゃうんじゃない?カワイソー」
「俺らには関係ないがな。花宮は暫く周りが煩いかもしれないが」
「もう既に煩ぇ」
昼休みの間にクラスでどんな動きがあるかで、大分違うだろうが…鎮火することはないだろうと思った。
.
……ヒロイン視点……
「ねぇ羽影さん、北沢先生と付き合ってるらしいじゃん」
『え?』
殆ど話したことのないクラスの女子が席まで来て。
唐突にそう言われた。
「惚けなくていいよ。写真も撮ったし、証拠あるから。先生も校長に呼び出し食らって可哀想に…お泊まりは楽しかったわけ?」
『あの、話が見えません。何のことですか?』
「だから惚けんなっつーの」
クラスの女子、吉川さんがスマホの画面を私に突きつけた。
『ああ。金曜ですね、吉川さん、近くに居たんですか』
「やっぱり。買い物デートして先生ん家でお泊まりデート?生徒としてどうなのよ、それ」
『何か勘違いしてませんか?それは買い物の帰りに雨に降られて、偶々会った先生がバスを待つ間傘を持ってくれたんです』
「はあ?羽影さんこんな遠くまで買い物に行ってんの?しかもバス逆方向でしょ?」
『…なんで吉川さんが私の家の方向を知ってるのか知りませんが、その日は独り暮らしをしている兄の誕生日で。お祝いにご飯をつくりに行っただけですよ』
「っ!…嘘でしょ。部活でも仲良さげだし、どうせ外でも会ってたんじゃないの?現に呼び出された先生、授業あるのに帰っちゃったし」
吉川さんという人は、話題の中心になりたがる人だ。
偶々私と先生を見かけてネタにでもしようとしたのに、話が大きくなりすぎて引くに引けないんだろう。
それに、北沢先生は若くてカッコいいから、女子生徒の憧れでもある。
話題性はあるし、嫉妬心に火がついたのかもしれない。
『…(どうしたら引いてくれるかな)』
「無言は肯定よね?うわ、羽影さんてそういう人だったんだ」
どんな人だというのか。
クラスに聞こえるような大声で話す彼女に否定を投げ掛けようと思った。
しかし、ここで否定したとして、クラスに私の味方をする人はいないだろう。
吉川さんを敵に回すと面倒だ、現に今の私がそう。
北沢先生が釈明してくれて、ほとぼりが冷めるのを待つ方が賢明かな。
心外だ、と言わんばかりに目を見開いて、そのまま凝視し続ける。
居心地の悪くなった彼女は踵を返して行った。
翌日、私の考えは裏切られた。
北沢先生が辞任してしまったのだ。
「僕の軽率な行動で生徒を困らせてしまった。申し訳ありません」
申し訳なく思うなら収拾をつけてから立ち去ってくれれば良かったのに。
憧れの先生を失った女子生徒の非難を一斉に浴びる私はどうしたらいい。
北沢先生のおかげで噂の信憑性があがってしまった。
しかも、
"卒業したら迎えにくるらしい"
"最後までシてたらしい"
"羽影の方から誘ったらしい"
今では尾びれ背びれがついて独り歩きしている。
噂を振り撒く吉川さんは勿論、私の耳にも入っていて。
居心地の悪さを肌で感じるし、吉川さんを隠れ蓑にした女子の嫌がらせも増えていく。
教科書を隠される、ノートが破られる、筆記具がなくなる。などなど。
その度に
『花宮君、また忘れちゃった…ごめんね』
と、教科書、ルーズリーフ、シャーペンやら消しゴムやら。色々なものを隣の席の花宮君に貸してもらったり頂戴したりする。
"いいよ、気にしないで"
と笑ってくれる彼は救いだった。
噂のせいで今まで以上に他人との関わりがなくなった私にとって、不可抗力とはいえ分け隔てなく接して貰えるのは嬉しいことだ。
それをきっかけに雑談もしてくれるし、"噂は噂だからね。何かあれば相談にのるよ"なんて言ってくれる。
…どんなに嫌がらせをされても学校に来れるのは彼がいるからだ。寧ろ彼がいないとか生活できない。
ただ、花宮君も人気があるから、嫌がらせはヒートアップしてしまったのだけど。
***
『……はあ』
落書きをされた体操着を手にため息をついた。
読みたくもないような下賤な言葉の数々。
本当に、噂に踊らされてしまった。皆、自分が楽しければ真偽なんてどうでもいいんだろう。
私は躍り疲れてしまった。
鞄に嫌がらせの証拠を詰め込んで屋上へあがり、ペタリと座り込む。
そして、取り出したカッターで腕をなぞった。
躊躇い傷にもならないそこから、赤黒い液体が一筋流れる。
(やっぱり、とぶか)
カッターを放り投げ、フェンスのない端へと足を進めた。
後3歩。
そこまで来て腕を思いっきり後ろに引かれる。
『…っ!』
「何やってんだよ!」
『え…花宮、君?』
「相談しろっつったろうが、馬鹿なのか、お前」
確かに私を両手で引き留めているのは花宮君だ、いつも、こんな口調じゃなかったけど。
『…なんで、ここに…』
「古橋が、珍しくお前が委員会に来てないって探してて…松本から荷物持ったお前が階段上がってった…って聞いた」
(古橋君…嗚呼、同じ委員会の…目に生気のない人か)
息を切らせた彼は、説明しながら私を屋上の真ん中まで引っ張っていく。
そして、向かい合った状態で両腕を押さえられてしまった。
「…何、死のうとしてんだよ」
『花宮君も見てたでしょ?もう嫌なの、噂に振り回されて自分が蝕まれるなんて。何にすがろうとしても噂を大きくするだけ』
「……」
『でも、花宮君が普通に接してくれたのは嬉しかったよ。ありがとう』
やんわりと、腕を握る手を離そうとすれば。
その手は私を彼の胸元へ導いて、背中へ回る腕は一層拘束を強めた。
「…なあ、まだ死にたいか」
『……うん』
「俺が引き留めても?」
『……』
「俺が羽影を好きだと言っても?」
『…?』
驚いて息を詰めれば。拘束している一方の手が、私の髪を、背を、ゆっくり撫で下ろす。
「俺が、あの噂に踊らされなかったのは、信じたくなかったからだ。…もっと前から好きだったから」
『…』
「なあ、まだ死にたいなら…一緒に飛んでやるよ」
"そうじゃないなら、俺を好きになれ"
『無理だよ……私も前から好きだもの』
次に驚いたのは彼の方だったようで。
一瞬目を丸くした後、綺麗な顔を、綺麗に歪めて笑った。
「ふはっ、言ったな?もう離さねぇから覚悟しろよ」
彼はこんな笑い方もするのか。
…でも、今は彼以外に、彼以上に頼れる人はいない。
何より。
彼の心音の速さを信じたかった。
……花宮視点……真相…
時は遡って半年ほど前。
学年が上がると同時の席替えで、羽影とは隣の席になった。
第一印象、平凡。
不細工ではない。が、華やか美人かというとまた違う。
でも、人受けの良さそうな顔立ちと雰囲気だった。
そんな彼女と初めてやりとりをしたのはGWが明けてから。
古典の教科書とノートがない。原に貸したまま戻ってきていなかったのだ。
それに気づいた彼女は俺に自分の教科書を貸した。
『私はノートで大丈夫』
とりあえず教科書を開けば、綺麗な字で単語の訳や活用形が書込まれていて。
咄嗟に覗いたノートにも、びっしりと原文と訳文が書かれていた。
その文字の綺麗さといったら。
俺は人生で初めて文字で人に興味を持った。
他の授業でもノートを盗み見るようになったし、彼女の板書は例え写し終わっていても写真を撮る。
書道部と聞いてからは展示も見に行くようになった。
「やっぱり凄く綺麗な字を書くね」
『ありがとう、そう言ってもらえると嬉しい』
偶々展示場で出会してしまい、猫かぶりこそしているが本心を伝えた。
その時の嬉しそうな笑顔が綺麗で。まさかそれを切っ掛けに好きなるとは思わなかった。
(あれは…羽影?)
そしてあの金曜、向かいのバス停で両手に買い物袋を携えて立っている彼女を見つけた。
両手が塞がっているせいで、傘がずり落ちて困っているようだ。
そこへ、若い男が近づいてきて傘を直してやる。
それでお互い知り合いだったのか言葉を交わし、男が買い物袋と傘をを持つのを手伝うことになったらしい。
(あれ、書道部の顧問か)
若くてイケメンとか騒がれてた教員。それが解ったら無性に腹が立って。
面白い事を思い付いた。
(笑った顔が綺麗なら、泣いた顔はもっと綺麗だろう)
ケイタイのカメラを構え、顔が解るか解らないかくらいのピントになるようにズームする。
そして、とった写真を成り済ましでクラスに拡散した。
発信元は解らないようにしたから、目立ちたがりの吉川あたりが自分が撮ったと言い出すだろう。
あとは適当に煽り文を流せば…
月曜のような事が起こる。
まさかその段階で学年に広まるとは思わなかったが、予想通りだ。
後は彼女が困り始めたら相談相手になればいい。弱っている時に漬け込めば物にしやすいし、絶対的な信頼を寄せるようになる。
想定外だったのは北沢の辞任。完全に女子がイジメにシフトチェンジしてしまった。
しかし、これはこれで利用させて貰った。教科書がない、と、以前とは逆で今度は俺が貸したり、共用したりする。時折自分で彼女のノートを切り取っては、ルーズリーフを渡すなどの自演もやった。
誤算だったのは結局彼女が俺を頼らないこと。それは逆に、俺が手を貸しているようにしか見えなくて、イジメがエスカレートしてしまった。
古橋から話を聞いて、もしや――と屋上へ走れば案の定。
大誤算。
そこまで追い詰めては意味がない。
ゆったりと屋上の端へ歩く彼女を、思いっきり後ろに引っ張った。
切羽詰まり過ぎて余所行きの言葉遣いを忘れてしまったが、まあいいや。
あとは元々の計画通り。
もて余しているこの感情を、彼女が欲しい形にして与えるだけ。
「まだ死にたいか?」
そこからはゆっくり、彼女に問いかけていく。
「俺が引き留めても?」
考える時間の中で気づけ。
「俺が、好きだと言っても?」
お前の心を占めるのは誰なのか。
「前から好きだった」
俺の心を占めるのは誰なのか。
「まだ死にたいなら、一緒に飛んでやるよ」
そして決断しろ。
「そうじゃないなら、俺を好きになれ」
まあ、選択権はねぇけど。
『無理かな、私も前から好きだもの』
「――、言ったな?覚悟しろよ、もう離さねぇからな」
(嗚呼
やっと手に入った!)
愛しさと興奮で胸は高鳴る一方だった。
例えば、あの
(噂)の
(発端)が、実は
(俺)っていうことそれはもう
(誰も知らない事)で
Fin.
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