花と蝶
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《高3冬 花と蝶》
3月初頭、高校生最後の日。
今日は卒業式だ。
もうこの教室で授業を受けることもないし、出席をとられることもない。
椅子が並べられたこの体育館で部活をすることもないし、ミーティングをすることもない。
式辞や証書授与の間ずっとそんなことを考えいた。
だって、私の高校生活は真君だらけだから。
予習や課題を教えてもらって、出席の返事の声が表用の爽やかボイスで毎回笑いそうになって。
バスケをプレイする真君に、監督をこなす真君に、何度となく恋をして。
でもそれが恋だと気づいたのは随分遅くて。
(楽しかったなぁ)
真君がどう思うかはわからないけど、人並みに青春して、高校生ができた。
皆と少し遠くなるのは寂しくても、後悔は何もない。
「……帰るか」
『うん、あ、皆と写真撮ってからね』
「ああ。クラスの打ち上げに捕まる前に行くぞ」
彼だってきっと一緒。
担任の挨拶が終わった教室を抜け出す。
それから部室前でいつものメンバーと少しじゃれて、写真を撮った。
「花宮達打ち上げとかは?」
『今日は大事な用があるから、このまま帰るよ』
「そうなの?俺らはOB戦の時したから引っ越しとか落ち着いてからでいいよね」
「ってか大事な用事?」
「…花宮、まさか」
「ああ。本気だ」
「え、なに、なに?」
「………報告待ちするよ」
瀬戸君だけが何となく察したらしく、原君をなだめている。
古橋君と山崎君も、よくわからないけど頑張れみたいな顔で見送ってくれた。
.
「…………心の準備できたか」
『………覚悟は決まってるよ。でも、緊張して手が、震えて止まらない』
「ふはっ、俺も同じだ…ずっと考えてるのに、まだ言葉がまとまらねぇ」
真君の家の玄関前で、立ち尽くす。
真君のお母さんは既に帰宅していて、私達は、その人に挨拶しようとしているんだ。
結婚したい、と。
えもいわれぬ不安で、拳を握り締めた。
そしたら、緊張で冷たくなった指先で、真君が私の手を覆う。
「返事や結果がどうなるかはわからないが、俺の気持ちが変わることはねぇよ」
『……私も、変わらないよ』
「…行くか」
リビングに、真君のお母さんは座っていた。
「…で、大事な話って何?急に改まって」
「俺達の、ことで」
『私、真君と、お付き合いさせて頂いてます』
「ふふっ、そんなの知ってたわよ。大歓迎だって言ったじゃない」
向かいに正座して、背筋を伸ばす。
「……、雨月と結婚したい」
「そうね、ゆくゆくは」
「違うんだ。今、籍を入れたい」
「……………、今、に拘る訳を話なさい」
話が本題に入り、おばさんの声が真剣になった。
真君からもピリピリしたオーラを感じるし、私は顔を上げているのが精一杯。
「…雨月を守る盾になりたい。こいつの親とはもう連絡が取れないんだ、頼るあてになりたい」
「真、貴方も未成年よ。1人で盾にはなれない。今までだって家族同然だったんだから、籍に拘らなくても助けあえるでしょ?」
「…助け合いだとか家族ごっこはできる。でも、何かあったとき、法律が認めるものがないと動けないから。………目に見える繋がりが欲しい」
「結婚は軽いものじゃないわ。足枷になることもある」
「わかってる。でも、俺達にはその鎖が必要なんだ。……雨月を、家族にさせて下さい」
真君が、床に手をついて頭を下げた。
それを見て、胸の底が熱くなる。
『私を、娘にしてください』
倣って、頭を下げる。
しばらくの沈黙の後、ふと空気が軽くなった。
「顔を上げて。雨月ちゃん、貴女は娘になりたくて結婚したいの?」
『そ、それも嘘ではないです。でも、真君が大切だから、側にいたいから、で、す』
「真、貴方が雨月ちゃんを守りたいのは哀れみからではない?」
「はあ?俺は可哀想だと思ったところで、誰でも守ってやりたい程できてねぇよ。雨月だからだ」
「……そう………」
おばさんは暫く考えて、一つ頷いた。
「やっぱり、私とあの人の息子ね」
「は?」
「今まで話さなかったけどね、私と真のお父さんも、20そこそこで結婚したわ。彼の家にも私の家にも頭を下げにいって。今の真みたいに、彼は私を守りたいからって熱弁して」
「……」
「だから、あなた達の気持ちは解るの。小さな世界から、大切な人を助け出す手段を探したんでしょう。私達は認めてもらえなくて、でも、そこに留まることも出来なくて……、駆け落ちしたの。今は仲直りしたけどね」
『…』
「真、側にいてあげる時間が余りないお母さんでごめんね。でも、私はいつになっても貴方のお母さんだから。頼る時は頼りなさい。…その条件だけよ」
「…!じゃあ」
そして、にっこり微笑みながら私を見ると
「花宮家にようこそ、雨月ちゃん」
そう言った。
『………っ、よろしくお願いいたします、お、お母さん』
「よろしくね。今まで通り、息子の側にいて上げて頂戴。それに、今まで以上に私にも真にも甘えなさいね」
「……本当に、父さんいたんだな」
「反対されたら駆け落ちするつもりだったでしょ。あの人と同じ目をしてたからすぐ解ったわ…そんなところ似たのね。真、時間は有限よ、彼女を大切にね」
「…言われなくても」
ここで私の緊張の糸が切れて、涙腺が壊れた。
真君の真剣な表情を見たら一層。
「泣くなって。守るって言ったそばからこれじゃ立場ないだろ」
『だってぇ…、私に、家族できるんだよ、お母さんがいるの。真君と、いていいって…っ』
「そうだ。俺はお前が辛い時は一緒に悩むし一緒に泣く。嬉しい時は一緒に笑うから。嬉しいんだろ?笑えって」
『…ぐす、っ、うん!』
目尻から流れる水滴を、指で払いながら真君も笑ってくれた。
お母さんはそれを見て、やっぱり笑ってくれた。
私が欲しかった、家族。
その輪に入れてもらえた。
『不束者ですが、よろしくお願いいたします』
.
それから数日、扶養とか未成年婚の資料を読んで、婚姻届けを書いた。
こんな紙切れ1枚で、私達は恋人から夫婦に、他人から家族になれると思ったら不思議な気持ちになる。
「なあ、俺は…お前がいなければ、守りたいとか大切にしたいなんて気持ちは…感じずに、一生理解できずに過ごしたんだろうな」
『そんなこと言ったら、私は真君がいなければ、ずっと一人ぼっちで…嬉しいことも悲しいこともすり減らして生きてたよ、きっと』
その紙切れをしかるべき場所に提出して、二人で過ごした家に帰った。
今取り壊されているこの家の前で、思うことは少なくない。
でも、これで良かったと思える現在がある。真君がいる。
「運命だとか奇跡だとか、信じちゃいねぇがな」
『欠けてた半分を、お互いに持ってたみたいな感じだよね。真君なしで生きてくなんて、想像できないし、したくない』
「……出会わなかったらどうなってたかも、想像つかないし、したくないな」
『私なんて生きてないかもね』
「だから想像したくないっつってんだろ」
眉間を寄せて睨む真君に、つい笑った。
正式に家族になったところで、私達の本質は何も変わりはしない。
『ごめん。でもね、こんな上手くいっていいのかな、って…』
「………今までが上手くいってなさすぎんだから、いいんだよ」
ガラガラと音を立てて崩れて行く家。
私の寂しさも、哀しさも、一緒に消して忘れてしまいたい。
覚えていたいのは、窓を伝って知った真君の優しさと、一緒に寝てくれた温かさ、一緒にご飯を食べてくれた喜びだけだから。
そしてそれは、家が無くなっても在ると真君が約束してくれた。
ならば、ここに未練なんてない。
私と彼は手を取り合ってと言うより、寄り添い合って、縺れあいながら生きてゆくんだ。
切っても切れない糸で絡まったように。
(だって私たちは)
花と蝶
(お互いがいなければ生きていけない)
END
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3月初頭、高校生最後の日。
今日は卒業式だ。
もうこの教室で授業を受けることもないし、出席をとられることもない。
椅子が並べられたこの体育館で部活をすることもないし、ミーティングをすることもない。
式辞や証書授与の間ずっとそんなことを考えいた。
だって、私の高校生活は真君だらけだから。
予習や課題を教えてもらって、出席の返事の声が表用の爽やかボイスで毎回笑いそうになって。
バスケをプレイする真君に、監督をこなす真君に、何度となく恋をして。
でもそれが恋だと気づいたのは随分遅くて。
(楽しかったなぁ)
真君がどう思うかはわからないけど、人並みに青春して、高校生ができた。
皆と少し遠くなるのは寂しくても、後悔は何もない。
「……帰るか」
『うん、あ、皆と写真撮ってからね』
「ああ。クラスの打ち上げに捕まる前に行くぞ」
彼だってきっと一緒。
担任の挨拶が終わった教室を抜け出す。
それから部室前でいつものメンバーと少しじゃれて、写真を撮った。
「花宮達打ち上げとかは?」
『今日は大事な用があるから、このまま帰るよ』
「そうなの?俺らはOB戦の時したから引っ越しとか落ち着いてからでいいよね」
「ってか大事な用事?」
「…花宮、まさか」
「ああ。本気だ」
「え、なに、なに?」
「………報告待ちするよ」
瀬戸君だけが何となく察したらしく、原君をなだめている。
古橋君と山崎君も、よくわからないけど頑張れみたいな顔で見送ってくれた。
.
「…………心の準備できたか」
『………覚悟は決まってるよ。でも、緊張して手が、震えて止まらない』
「ふはっ、俺も同じだ…ずっと考えてるのに、まだ言葉がまとまらねぇ」
真君の家の玄関前で、立ち尽くす。
真君のお母さんは既に帰宅していて、私達は、その人に挨拶しようとしているんだ。
結婚したい、と。
えもいわれぬ不安で、拳を握り締めた。
そしたら、緊張で冷たくなった指先で、真君が私の手を覆う。
「返事や結果がどうなるかはわからないが、俺の気持ちが変わることはねぇよ」
『……私も、変わらないよ』
「…行くか」
リビングに、真君のお母さんは座っていた。
「…で、大事な話って何?急に改まって」
「俺達の、ことで」
『私、真君と、お付き合いさせて頂いてます』
「ふふっ、そんなの知ってたわよ。大歓迎だって言ったじゃない」
向かいに正座して、背筋を伸ばす。
「……、雨月と結婚したい」
「そうね、ゆくゆくは」
「違うんだ。今、籍を入れたい」
「……………、今、に拘る訳を話なさい」
話が本題に入り、おばさんの声が真剣になった。
真君からもピリピリしたオーラを感じるし、私は顔を上げているのが精一杯。
「…雨月を守る盾になりたい。こいつの親とはもう連絡が取れないんだ、頼るあてになりたい」
「真、貴方も未成年よ。1人で盾にはなれない。今までだって家族同然だったんだから、籍に拘らなくても助けあえるでしょ?」
「…助け合いだとか家族ごっこはできる。でも、何かあったとき、法律が認めるものがないと動けないから。………目に見える繋がりが欲しい」
「結婚は軽いものじゃないわ。足枷になることもある」
「わかってる。でも、俺達にはその鎖が必要なんだ。……雨月を、家族にさせて下さい」
真君が、床に手をついて頭を下げた。
それを見て、胸の底が熱くなる。
『私を、娘にしてください』
倣って、頭を下げる。
しばらくの沈黙の後、ふと空気が軽くなった。
「顔を上げて。雨月ちゃん、貴女は娘になりたくて結婚したいの?」
『そ、それも嘘ではないです。でも、真君が大切だから、側にいたいから、で、す』
「真、貴方が雨月ちゃんを守りたいのは哀れみからではない?」
「はあ?俺は可哀想だと思ったところで、誰でも守ってやりたい程できてねぇよ。雨月だからだ」
「……そう………」
おばさんは暫く考えて、一つ頷いた。
「やっぱり、私とあの人の息子ね」
「は?」
「今まで話さなかったけどね、私と真のお父さんも、20そこそこで結婚したわ。彼の家にも私の家にも頭を下げにいって。今の真みたいに、彼は私を守りたいからって熱弁して」
「……」
「だから、あなた達の気持ちは解るの。小さな世界から、大切な人を助け出す手段を探したんでしょう。私達は認めてもらえなくて、でも、そこに留まることも出来なくて……、駆け落ちしたの。今は仲直りしたけどね」
『…』
「真、側にいてあげる時間が余りないお母さんでごめんね。でも、私はいつになっても貴方のお母さんだから。頼る時は頼りなさい。…その条件だけよ」
「…!じゃあ」
そして、にっこり微笑みながら私を見ると
「花宮家にようこそ、雨月ちゃん」
そう言った。
『………っ、よろしくお願いいたします、お、お母さん』
「よろしくね。今まで通り、息子の側にいて上げて頂戴。それに、今まで以上に私にも真にも甘えなさいね」
「……本当に、父さんいたんだな」
「反対されたら駆け落ちするつもりだったでしょ。あの人と同じ目をしてたからすぐ解ったわ…そんなところ似たのね。真、時間は有限よ、彼女を大切にね」
「…言われなくても」
ここで私の緊張の糸が切れて、涙腺が壊れた。
真君の真剣な表情を見たら一層。
「泣くなって。守るって言ったそばからこれじゃ立場ないだろ」
『だってぇ…、私に、家族できるんだよ、お母さんがいるの。真君と、いていいって…っ』
「そうだ。俺はお前が辛い時は一緒に悩むし一緒に泣く。嬉しい時は一緒に笑うから。嬉しいんだろ?笑えって」
『…ぐす、っ、うん!』
目尻から流れる水滴を、指で払いながら真君も笑ってくれた。
お母さんはそれを見て、やっぱり笑ってくれた。
私が欲しかった、家族。
その輪に入れてもらえた。
『不束者ですが、よろしくお願いいたします』
.
それから数日、扶養とか未成年婚の資料を読んで、婚姻届けを書いた。
こんな紙切れ1枚で、私達は恋人から夫婦に、他人から家族になれると思ったら不思議な気持ちになる。
「なあ、俺は…お前がいなければ、守りたいとか大切にしたいなんて気持ちは…感じずに、一生理解できずに過ごしたんだろうな」
『そんなこと言ったら、私は真君がいなければ、ずっと一人ぼっちで…嬉しいことも悲しいこともすり減らして生きてたよ、きっと』
その紙切れをしかるべき場所に提出して、二人で過ごした家に帰った。
今取り壊されているこの家の前で、思うことは少なくない。
でも、これで良かったと思える現在がある。真君がいる。
「運命だとか奇跡だとか、信じちゃいねぇがな」
『欠けてた半分を、お互いに持ってたみたいな感じだよね。真君なしで生きてくなんて、想像できないし、したくない』
「……出会わなかったらどうなってたかも、想像つかないし、したくないな」
『私なんて生きてないかもね』
「だから想像したくないっつってんだろ」
眉間を寄せて睨む真君に、つい笑った。
正式に家族になったところで、私達の本質は何も変わりはしない。
『ごめん。でもね、こんな上手くいっていいのかな、って…』
「………今までが上手くいってなさすぎんだから、いいんだよ」
ガラガラと音を立てて崩れて行く家。
私の寂しさも、哀しさも、一緒に消して忘れてしまいたい。
覚えていたいのは、窓を伝って知った真君の優しさと、一緒に寝てくれた温かさ、一緒にご飯を食べてくれた喜びだけだから。
そしてそれは、家が無くなっても在ると真君が約束してくれた。
ならば、ここに未練なんてない。
私と彼は手を取り合ってと言うより、寄り添い合って、縺れあいながら生きてゆくんだ。
切っても切れない糸で絡まったように。
(だって私たちは)
花と蝶
(お互いがいなければ生きていけない)
END
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