花と蝶
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《高3冬 花宮誕②》
1月12日。
私の中で、一番大切で、一番特別で。一番悩む日。
真君の、誕生日。
『……今年、どうしよう』
おばさんは帰って来れないらしいし、部活のない冬休みだからお互い家にいる。
サプライズもできなければ、プレゼントの案も出し尽くした。
真君の好きなものは、変わらず苦いチョコと本。
本の趣味は解るけど、プレゼントとなると選べないし、チョコは消耗品だから別。
(困ったなぁ…)
いっそ、真君に選んで貰おう。
『お誕生日、おめでとう』
「……12時か」
『それでね、今日、真君がしたいこと、してほしいこと、する日にしようと思うの』
「何でも?」
『何でも』
「……なら、朝は寝坊しよう」
『へ?』
「俺が起きるまでそこにいろ。家事も、飯も、後でいいから」
『わかった。目覚ましかけないどくね』
出だしから、予想外のリクエストが入った。てっきり、早く起きて出かけるかと思ったのに。
『…』
「おはよう。まだ起きんなよ?二度寝するから」
『おはようって言ったのに?』
「ああ。お休みだ」
目を覚ませば、真君は私の髪を弄びながらそう告げて。起き上がるつもりはないらしい。
腕の中に招き入れられて、抱き寄せられる。
「朝飯の予定は?」
『フレンチトーストかだし巻き玉子』
「フレンチトースト」
『ベーコンつけてクロックムッシュ?蜂蜜かけてスイーツ風?』
「どっちも」
『欲張り。正直な真君には両方ともあげます。しかもアイスのトッピングつき』
「ふはっ、豪華だな」
そんなやりとりの中、グリグリと額を頭にすりつけられて。くすぐったいし恥ずかしいし可愛い。
『…そろそろブランチ作りに行こうかな?』
「、一緒に行く」
『うん、一緒に行こう』
お互い部屋着のスウェットのまま。私はその上にエプロンをつけてキッチンに入った。
.
『真君、座ってていいよ?』
「ここにいる」
『…じゃあ、お湯沸かして?』
「ああ」
キッチンに入っても私から離れない真君。可愛いけど、動きづらいからちょっと仕事をしてもらう。
『できたよ、ほら、食べよ』
本当にフレンチトーストを焼いただけ。
あとは真君が沸かしてくれたお湯で紅茶を淹れる。
寝ていただけなのにお腹は案外空いていて、二人ともぺろりと食べてしまった。
「……雨月」
『なに…っ!?』
「やっぱりな。甘いと思ったんだ」
片付けようと皿を流しに入れていれば、声をかけられて。
振り向いたらキスされた。
私だって甘かったよ、蜂蜜の味でいっぱいで。
『…っ、もう……』
「片付け、まだかかるか?」
『んーん、終わるよ。次はどうしようか?』
「リビングでゲーム」
『ゲーム?』
「この前ダウンロードしたろ」
まだ恥ずかしがってる私にくっついたまま、次の予定が決まる。
『あー、キャラクター決めて、モンスターと戦うやつ』
「それ。お前のもレベル上げと基礎スキルの取得はしといたから、一緒にクエスト行きたい」
『いいよ。パソコン持ってくるね』
洗い物を伏せて、エプロンを外しながらパソコンをローテーブルに運ぶ。
『…えっと、サーバーはどこだっけ』
「モエン。取り敢えず学園前で落ち合って、チーム組んだらダンジョンクエスト受ける」
『うん。…ぇ、私、チュートリアルとエピソードしかしてないのにレベル150って‼』
「この前レベルアップキャンペーンやってたから、反復クエストで上げといた。エピソードと限定クエストは回ってないから、後で回れ」
『流石。うわ、武器カッコいい‼』
「スキルもまあまあいいから戦闘も楽しい筈だ。ほら、NPCに話しかけないと進まないだろ」
リビングのソファーに寄りかかって並び、ローテーブルに置いたそれぞれのパソコンを眺める。
そこからはひたすらバトルゲームだった。ダンジョンに沸くモンスターを倒しながら最奥を目指すのだけど、真君が範囲攻撃で倒して、私はひたすら回復と状態異常の魔法をかける。攻撃特化と補助特化のペアだ。
『わ、回復ディレイ長いよ、真君が死んじゃう!』
「そこまで耐久低くないし、回避カンストしてるから慌てるな。自分の回復もしろ」
『ぇ、カンストって、レベルMAX?』
「ああ、このキャラ長いしな」
『凄いね。…あ、ちょ、バフ切れちゃう』
「雨月に攻撃すんな。失せろ」
『ゲームの中でも真君はカッコいいよね』
「ゲームの中でもお前が可愛いからだろ」
そんなことを言いながら、2時間近くクエストを回っていた。
先も言った通り、真君はゲームの中でも私を守ってくれるから。私はゲームの中でも真君の補助に徹するのだ。
.
『真君、指がちょっと疲れました』
「…そうだな。目標はクリアしたし、少し休むか」
『じゃあ、飲み物持ってくる』
お昼を少し回って。
朝は甘いものだったし、すっきりしたものがいいかな。でも疲れたし、甘い方がいいかな?
『…豆乳抹茶ラテ。黒糖入り』
「ふはっ、すっきり要素はどこいったんだよ」
『…甘いものの気分になっちゃったんだもん。コーヒー淹れる?』
「いい。俺も今日は甘いものの気分だ」
ポンポン、と。脚の間に呼ばれて。真の胡座の上に座れば、抱き寄せられるようにして寄りかかった。
『あ、私の抹茶ラテ』
「俺のも飲んでいいぜ?」
『そうだけど、そうじゃなくて。コップ、1個で良かったね』
私が抱えていたカップを、私の手ごと彼は包んで口元まで持っていった。
ラテを飲み込んだ後の吐息が耳にかかってくすぐったい。
「そうだな。せっかくだしパソコンで何か見るか。お前はいつもなに見てるんだ?」
『…うーん、綺麗な画像を集めてスライドショーにしてる。見る?』
集めた画像のファイルを開く。その名も神々しい画像file。
「これはアクアリウムか?最早景色だな」
『綺麗でしょ?結構大変みたいだけど、うっとりする。こっちは南半球の星空。カノープスもくっきり』
「ふーん。これはシュバルツヘルツか。砂漠から森までジャンル広いな」
『別名、いつか見に行きたいリスト』
「いつかな」
『一緒に?』
「当たり前だろ、バァカ」
そう言ってくれると思った。と笑って見せれば、だろうな。と笑い返されて。
残りの抹茶ラテを飲み干された。
『私の……』
「まだ言ってんのか。俺のも飲めばいいだろ、ほら」
『…ちょっと冷めちゃったね』
「まあ、仕方ねーな」
少しぬるくなったマグカップを二人で抱えてはにかむ。
そして、横から啄むようにキスされた。
『今日の真君は甘えん坊だね』
「嫌か?」
『ふふ、大歓迎』
すり寄られる感じは、大きな子どもみたいなのに。お腹に回された腕だとか、私の手ごとマグカップを支える指だとか。守られてる、という感じもする。
全部ひっくるめて好きなんだけど。
.
そんな風にだらだらしてたら、いつの間にか夕方に差し掛かって。
空の色が変わってきた。
『真君、空が面白い色してきたよ』
「そうだな。…散歩でも行くか?」
『行きたい?』
「ふはっ、あくまで俺のしたいことする日か。ああ、雨月と行きたい」
『…っ、じゃ、じゃあ、着替えなきゃね』
お互いに着替えて玄関で落ち合えば、双方去年のクリスマスで買った服だった。
「…やっぱり似合うな」
『真君もカッコいいよ』
こんな時間から出かけるのは正直寒いけど。さりげなく繋がれた手とか、出かける前にかけられた言葉とかが、心と顔を熱くさせる。
「公園の方まで行くか。少し小高くなってたし、開けてた筈だ」
『うん?』
「…空、よく見えるだろ」
『そうだね』
白い息を吐きながら、緩やかな坂を登って公園まで歩く。
空の色は青とオレンジの間。ちょっとピンク。
『あれ、貸し切りかな』
「子供は帰る時間か」
『もう寒いし暗くなるもんね。…………真君?』
小さな木立や花壇に目を向けていれば、真君はジャングルジムに登っていた。
「空が近くなるだろ雨月も来い」
伸ばされた腕を掴んで登り、頂上に座る。
『ちょっと近くなったね』
「ああ。…ああいうの、何色って言うんだろうな」
見遣る夕焼けは、オレンジと紫の間。でも、赤じゃない。
もっと闇に近くて、もっと鮮やかだ。
『…不気味だけど、綺麗』
「逢魔ヶ時ってのも頷ける」
ちらりと見た真君の横顔は、その不思議な色に照らされて。
光も影も、一人で纏っているような錯覚をした。絶対的にそこに存在しているのに、脆くて不確かで…消えてしまいそう。
『…真君、』
「帰るか?」
『うん』
私の物悲しさを感じてくれたのか、真君は目を細めて笑う。
そして、先に飛び降りで、私に腕を広げた。
「来い。受け止める」
しかもそんな格好いいことを言ってくれたから。
勢いよくその腕に飛び込む。
「ふはっ、勢いつけすぎだろ」
『だって嬉しくて』
そのまま抱きすくめられて、私も真君にしがみついた。
「さて、帰ったら飯か。予定は?」
『シチューのパイ包み。あと、スモークチキンのサラダ』
「相変わらず凝ってんな」
『特別な日だからね』
帰り道の空は紫と黒の間みたいな色で、風も冷たくなっていたのに。
やっぱり繋いだ手から熱を感じながら歩いた。
.
家でご飯を食べて、小さなケーキに蝋燭をつけて。
夜は更けていく。
『真君、誕生日おめでとう』
「ああ」
『これ、プレゼント』
食後にソファーで渡したのは黒いマフラー。
真君は寒がりの癖に、重ね着が嫌いだから。これならつけてくれると思ったのだ。
「…、ありがとな」
そのマフラーをほどいて、私の首に引っかけると。そのままぐっと引き寄せられた。
『わっ』
「で?今年もキスしてくれるわけ?」
『望むなら。って、去年は奪われたんだけど』
「そうだったな」
おどけながら彼の頬にそっと触れた。
くすぐったそうに、伏し目がちに笑うのはずるいと思う。
ふわりと唇を重ねれば、押し付けるように後頭部を支えられた。
『…っは、満足?』
「は?んなわけねーだろバァカ」
ニタニタとした笑いと一緒に優しい口付けが落ちて来るから、もうされるがままだ。
『今日、キスしてばっかり』
「俺のしたいことする日なんだろ?なら、最後まで付き合えよ」
『キスなら誕生日じゃなくても…』
「いいんだよ。俺は雨月がいればそれで良かったんだから」
ああ、もう。
『ずるい…』
「ああ。でも、2年後の誕生日には欲しいものがある」
『2年後?』
「雨月の人生。代わりに俺の名字をやる」
『……っ‼ば、か!っ今すぐあげる……名字だって、今すぐ欲しい』
なんてことを、言うんだ。
私だって、今日、言う筈だったんだ。
『私の人生、プレゼントになりますか?』
18歳になった真君と、同い年の私は。
法的に、年齢上は認めてもらえるそれ。
「……一生分でも十分だ。大切にするから、全部くれ」
ぎゅうっとしがみつけば、答えるように抱きしめ返された。
『不束ですが、どうぞよろしくお願いいたします』
「ったく、ちゃんと身を立ててからプロポーズしようと思ってたのに。随分早まっちまった」
『真君って結構真面目だよね』
「お前の人生がかかるんだから当然だろ。俺といたのに不幸になったなんて許せないからな」
悪童もびっくりな発言。
私はそんなことを思う余裕もなく、涙をこぼした。
「…泣くなよ。家族になる日、ちゃんとプロポーズしなおす。指輪は金がたまったら。式は就職してから。旅行は…学生のうちのが時間あるか、大学卒業する時に。……色々足りないが、これからも傍に居てくれ。その返事が、プレゼントでいい」
『……、居るよ。ずっと、ずっと一緒にいる』
その答は、ずっと前から決まってた。
fin.
1月12日。
私の中で、一番大切で、一番特別で。一番悩む日。
真君の、誕生日。
『……今年、どうしよう』
おばさんは帰って来れないらしいし、部活のない冬休みだからお互い家にいる。
サプライズもできなければ、プレゼントの案も出し尽くした。
真君の好きなものは、変わらず苦いチョコと本。
本の趣味は解るけど、プレゼントとなると選べないし、チョコは消耗品だから別。
(困ったなぁ…)
いっそ、真君に選んで貰おう。
『お誕生日、おめでとう』
「……12時か」
『それでね、今日、真君がしたいこと、してほしいこと、する日にしようと思うの』
「何でも?」
『何でも』
「……なら、朝は寝坊しよう」
『へ?』
「俺が起きるまでそこにいろ。家事も、飯も、後でいいから」
『わかった。目覚ましかけないどくね』
出だしから、予想外のリクエストが入った。てっきり、早く起きて出かけるかと思ったのに。
『…』
「おはよう。まだ起きんなよ?二度寝するから」
『おはようって言ったのに?』
「ああ。お休みだ」
目を覚ませば、真君は私の髪を弄びながらそう告げて。起き上がるつもりはないらしい。
腕の中に招き入れられて、抱き寄せられる。
「朝飯の予定は?」
『フレンチトーストかだし巻き玉子』
「フレンチトースト」
『ベーコンつけてクロックムッシュ?蜂蜜かけてスイーツ風?』
「どっちも」
『欲張り。正直な真君には両方ともあげます。しかもアイスのトッピングつき』
「ふはっ、豪華だな」
そんなやりとりの中、グリグリと額を頭にすりつけられて。くすぐったいし恥ずかしいし可愛い。
『…そろそろブランチ作りに行こうかな?』
「、一緒に行く」
『うん、一緒に行こう』
お互い部屋着のスウェットのまま。私はその上にエプロンをつけてキッチンに入った。
.
『真君、座ってていいよ?』
「ここにいる」
『…じゃあ、お湯沸かして?』
「ああ」
キッチンに入っても私から離れない真君。可愛いけど、動きづらいからちょっと仕事をしてもらう。
『できたよ、ほら、食べよ』
本当にフレンチトーストを焼いただけ。
あとは真君が沸かしてくれたお湯で紅茶を淹れる。
寝ていただけなのにお腹は案外空いていて、二人ともぺろりと食べてしまった。
「……雨月」
『なに…っ!?』
「やっぱりな。甘いと思ったんだ」
片付けようと皿を流しに入れていれば、声をかけられて。
振り向いたらキスされた。
私だって甘かったよ、蜂蜜の味でいっぱいで。
『…っ、もう……』
「片付け、まだかかるか?」
『んーん、終わるよ。次はどうしようか?』
「リビングでゲーム」
『ゲーム?』
「この前ダウンロードしたろ」
まだ恥ずかしがってる私にくっついたまま、次の予定が決まる。
『あー、キャラクター決めて、モンスターと戦うやつ』
「それ。お前のもレベル上げと基礎スキルの取得はしといたから、一緒にクエスト行きたい」
『いいよ。パソコン持ってくるね』
洗い物を伏せて、エプロンを外しながらパソコンをローテーブルに運ぶ。
『…えっと、サーバーはどこだっけ』
「モエン。取り敢えず学園前で落ち合って、チーム組んだらダンジョンクエスト受ける」
『うん。…ぇ、私、チュートリアルとエピソードしかしてないのにレベル150って‼』
「この前レベルアップキャンペーンやってたから、反復クエストで上げといた。エピソードと限定クエストは回ってないから、後で回れ」
『流石。うわ、武器カッコいい‼』
「スキルもまあまあいいから戦闘も楽しい筈だ。ほら、NPCに話しかけないと進まないだろ」
リビングのソファーに寄りかかって並び、ローテーブルに置いたそれぞれのパソコンを眺める。
そこからはひたすらバトルゲームだった。ダンジョンに沸くモンスターを倒しながら最奥を目指すのだけど、真君が範囲攻撃で倒して、私はひたすら回復と状態異常の魔法をかける。攻撃特化と補助特化のペアだ。
『わ、回復ディレイ長いよ、真君が死んじゃう!』
「そこまで耐久低くないし、回避カンストしてるから慌てるな。自分の回復もしろ」
『ぇ、カンストって、レベルMAX?』
「ああ、このキャラ長いしな」
『凄いね。…あ、ちょ、バフ切れちゃう』
「雨月に攻撃すんな。失せろ」
『ゲームの中でも真君はカッコいいよね』
「ゲームの中でもお前が可愛いからだろ」
そんなことを言いながら、2時間近くクエストを回っていた。
先も言った通り、真君はゲームの中でも私を守ってくれるから。私はゲームの中でも真君の補助に徹するのだ。
.
『真君、指がちょっと疲れました』
「…そうだな。目標はクリアしたし、少し休むか」
『じゃあ、飲み物持ってくる』
お昼を少し回って。
朝は甘いものだったし、すっきりしたものがいいかな。でも疲れたし、甘い方がいいかな?
『…豆乳抹茶ラテ。黒糖入り』
「ふはっ、すっきり要素はどこいったんだよ」
『…甘いものの気分になっちゃったんだもん。コーヒー淹れる?』
「いい。俺も今日は甘いものの気分だ」
ポンポン、と。脚の間に呼ばれて。真の胡座の上に座れば、抱き寄せられるようにして寄りかかった。
『あ、私の抹茶ラテ』
「俺のも飲んでいいぜ?」
『そうだけど、そうじゃなくて。コップ、1個で良かったね』
私が抱えていたカップを、私の手ごと彼は包んで口元まで持っていった。
ラテを飲み込んだ後の吐息が耳にかかってくすぐったい。
「そうだな。せっかくだしパソコンで何か見るか。お前はいつもなに見てるんだ?」
『…うーん、綺麗な画像を集めてスライドショーにしてる。見る?』
集めた画像のファイルを開く。その名も神々しい画像file。
「これはアクアリウムか?最早景色だな」
『綺麗でしょ?結構大変みたいだけど、うっとりする。こっちは南半球の星空。カノープスもくっきり』
「ふーん。これはシュバルツヘルツか。砂漠から森までジャンル広いな」
『別名、いつか見に行きたいリスト』
「いつかな」
『一緒に?』
「当たり前だろ、バァカ」
そう言ってくれると思った。と笑って見せれば、だろうな。と笑い返されて。
残りの抹茶ラテを飲み干された。
『私の……』
「まだ言ってんのか。俺のも飲めばいいだろ、ほら」
『…ちょっと冷めちゃったね』
「まあ、仕方ねーな」
少しぬるくなったマグカップを二人で抱えてはにかむ。
そして、横から啄むようにキスされた。
『今日の真君は甘えん坊だね』
「嫌か?」
『ふふ、大歓迎』
すり寄られる感じは、大きな子どもみたいなのに。お腹に回された腕だとか、私の手ごとマグカップを支える指だとか。守られてる、という感じもする。
全部ひっくるめて好きなんだけど。
.
そんな風にだらだらしてたら、いつの間にか夕方に差し掛かって。
空の色が変わってきた。
『真君、空が面白い色してきたよ』
「そうだな。…散歩でも行くか?」
『行きたい?』
「ふはっ、あくまで俺のしたいことする日か。ああ、雨月と行きたい」
『…っ、じゃ、じゃあ、着替えなきゃね』
お互いに着替えて玄関で落ち合えば、双方去年のクリスマスで買った服だった。
「…やっぱり似合うな」
『真君もカッコいいよ』
こんな時間から出かけるのは正直寒いけど。さりげなく繋がれた手とか、出かける前にかけられた言葉とかが、心と顔を熱くさせる。
「公園の方まで行くか。少し小高くなってたし、開けてた筈だ」
『うん?』
「…空、よく見えるだろ」
『そうだね』
白い息を吐きながら、緩やかな坂を登って公園まで歩く。
空の色は青とオレンジの間。ちょっとピンク。
『あれ、貸し切りかな』
「子供は帰る時間か」
『もう寒いし暗くなるもんね。…………真君?』
小さな木立や花壇に目を向けていれば、真君はジャングルジムに登っていた。
「空が近くなるだろ雨月も来い」
伸ばされた腕を掴んで登り、頂上に座る。
『ちょっと近くなったね』
「ああ。…ああいうの、何色って言うんだろうな」
見遣る夕焼けは、オレンジと紫の間。でも、赤じゃない。
もっと闇に近くて、もっと鮮やかだ。
『…不気味だけど、綺麗』
「逢魔ヶ時ってのも頷ける」
ちらりと見た真君の横顔は、その不思議な色に照らされて。
光も影も、一人で纏っているような錯覚をした。絶対的にそこに存在しているのに、脆くて不確かで…消えてしまいそう。
『…真君、』
「帰るか?」
『うん』
私の物悲しさを感じてくれたのか、真君は目を細めて笑う。
そして、先に飛び降りで、私に腕を広げた。
「来い。受け止める」
しかもそんな格好いいことを言ってくれたから。
勢いよくその腕に飛び込む。
「ふはっ、勢いつけすぎだろ」
『だって嬉しくて』
そのまま抱きすくめられて、私も真君にしがみついた。
「さて、帰ったら飯か。予定は?」
『シチューのパイ包み。あと、スモークチキンのサラダ』
「相変わらず凝ってんな」
『特別な日だからね』
帰り道の空は紫と黒の間みたいな色で、風も冷たくなっていたのに。
やっぱり繋いだ手から熱を感じながら歩いた。
.
家でご飯を食べて、小さなケーキに蝋燭をつけて。
夜は更けていく。
『真君、誕生日おめでとう』
「ああ」
『これ、プレゼント』
食後にソファーで渡したのは黒いマフラー。
真君は寒がりの癖に、重ね着が嫌いだから。これならつけてくれると思ったのだ。
「…、ありがとな」
そのマフラーをほどいて、私の首に引っかけると。そのままぐっと引き寄せられた。
『わっ』
「で?今年もキスしてくれるわけ?」
『望むなら。って、去年は奪われたんだけど』
「そうだったな」
おどけながら彼の頬にそっと触れた。
くすぐったそうに、伏し目がちに笑うのはずるいと思う。
ふわりと唇を重ねれば、押し付けるように後頭部を支えられた。
『…っは、満足?』
「は?んなわけねーだろバァカ」
ニタニタとした笑いと一緒に優しい口付けが落ちて来るから、もうされるがままだ。
『今日、キスしてばっかり』
「俺のしたいことする日なんだろ?なら、最後まで付き合えよ」
『キスなら誕生日じゃなくても…』
「いいんだよ。俺は雨月がいればそれで良かったんだから」
ああ、もう。
『ずるい…』
「ああ。でも、2年後の誕生日には欲しいものがある」
『2年後?』
「雨月の人生。代わりに俺の名字をやる」
『……っ‼ば、か!っ今すぐあげる……名字だって、今すぐ欲しい』
なんてことを、言うんだ。
私だって、今日、言う筈だったんだ。
『私の人生、プレゼントになりますか?』
18歳になった真君と、同い年の私は。
法的に、年齢上は認めてもらえるそれ。
「……一生分でも十分だ。大切にするから、全部くれ」
ぎゅうっとしがみつけば、答えるように抱きしめ返された。
『不束ですが、どうぞよろしくお願いいたします』
「ったく、ちゃんと身を立ててからプロポーズしようと思ってたのに。随分早まっちまった」
『真君って結構真面目だよね』
「お前の人生がかかるんだから当然だろ。俺といたのに不幸になったなんて許せないからな」
悪童もびっくりな発言。
私はそんなことを思う余裕もなく、涙をこぼした。
「…泣くなよ。家族になる日、ちゃんとプロポーズしなおす。指輪は金がたまったら。式は就職してから。旅行は…学生のうちのが時間あるか、大学卒業する時に。……色々足りないが、これからも傍に居てくれ。その返事が、プレゼントでいい」
『……、居るよ。ずっと、ずっと一緒にいる』
その答は、ずっと前から決まってた。
fin.