花と蝶
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《高3夏 悪童》
真君達の策は、正直頷き難かった。
本気を出さない、とは。
桐皇の闘争心を削ぐと同時に苛立ちを誘発させる為に、敢えて何も対策しないということだった。
『…それでいいの?』
「強いて言えば、苛立ちに任せてファールがとれればいいと思ってる。だし、桃井とかいうマネージャーの情報力なら、実力で俺達が劣るのは承知してる筈だからな」
『……』
「…、賭けだっつったろ。青峰はファールとっても突っ込んでくる奴だ。そのまま退場にできた方がまだ勝機がある。それに、この霧崎相手にファールとられるってのは…傷痕として残す手段だ」
『うーん…よく解らないよ』
「まあ、解らなくても構わねぇよ。ただ、対策しないのと手を抜くのは別だからな。あの躾のなってない坊主に少しぐらい噛みついてやるつもりだ」
目を細めて笑った真君は楽しそうだった。それなら、私が口を出すことはない。
『ふふ、私も引っ掻き傷くらいつけてきたい。向こうのマネージャーは優秀みたいだし、なんか役に立てることある?』
「ふはっ、原も言ってたろ?お前は桐皇のマネにはできない料理ができるんだぜ?いつもみたいに旨い蜂蜜レモンとドリンクを作ってくれればそれでいい」
『でも、』
「雨月しかできねぇんだよ、試合前の飯の調整は。それに、俺達みたいな曲者の鼓舞の仕方を心得てんだ」
胸張ってベンチにいろよ
また、くしゃりと頭を撫でられて。
(最近多いな…)
って思いながらも、心地よかったから全力で頷いた。
そしてついに、試合当日である。
私達の試合は午後一で、午前中から集まってウォーミングアップしていた。
「今回の策、案外気楽でいいよね」
「変な力が入らないからな」
「古橋は力抜きすぎな気がするけどな」
「zzz…」
『みんな、お昼作ってきたよ!』
だから、今回は張り切って全員分のお弁当を作った。
「…凄いね、ちゃんと考えて作ってある」
「羽影の飯って聞いた途端に瀬戸が起きた」
「まあ皆楽しみにしてたのは同じだろう。…にしてもすごいな」
エネルギー転換の早い炭水化物とビタミン補給用の果物がメインのお弁当。
おにぎりは鮭と梅、サンドイッチはハムとイチゴジャム。
それからゆで卵とカットフルーツがいっぱい。
『お腹は空っぽ、エネルギーは満タンがベストだからね!高エネルギー低脂質になるようにしてあるの。だから肉っ気や油はなくなっちゃうけど…』
「大丈夫、考えてくれてんのは知ってるから。ちょー旨そう」
「食い過ぎんなよ」
「わかってるよん。てか花宮には言われたくない。人一倍食べるじゃん」
わいわいがやがや、楽しそうに食べ進める彼らを見て、胸にじんわりと温かいものが広がる。
『みんな…あのね…私、見てるから』
「ああ」
「それはカッコ悪いとこ見せられねーな」
「熱烈にお願いね」
「焼き付けといてよ」
「…いくぞ」
私が、言う言葉なんてないんだ。
皆、言わなくても頑張ってる、楽しんでる。
だったら、私はそれを、余すとこなく見守るだけだ。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
全国大会の準々決勝となれば、開場の熱気は今までの比ではない。
圧巻だ。
高揚感と、緊張。狭間に立つ私は居心地の悪さすら感じている。
「今日はよろしくお願いしますね、霧崎第一のマネージャーの…羽影さん」
『こちらこそ。桐皇さん』
「ふふ、知ってますよー。監督兼主将の花宮さんと幼馴染みで恋人だとか。マネージャー歴は1年半で、マネージャーというよりお手伝いさんみたいな」
そんな中。見た目可愛い向こうのマネージャーさんは、わざとらしい言い方で煽ってきた。
そうやって、私を乱すことに意味があるとは思えないけど…やっぱり少しくらい引っ掻いてやろうと思う。
『その見解に取り立てた異議はないけど、強いて言うなら…真君とは幼馴染みであり恋人であり、家族なの。今は、家族の応援がしたくてマネージャーをしてるから、お手伝いになってるなら本望よ』
可愛くて大きな目で、ぱちくりと瞬いた彼女に続ける。
『私は彼を、皆を勝たせる為のマネージャーじゃないの。私が私でいる為の、彼が彼でいる為のマネージャー。この勝負、端から勝敗は気にしてないわ。楽しませてね?』
ああきっと、今作った笑顔は、真君の作り笑いみたいなんだろうな。
なんて思いながら、皆のいるベンチに戻る。
「なんか言われたか?」
『真君の恋人で、マネージャーというよりお手伝いさんねって』
「…」
『だから、真君と私は家族なんだから、手伝えて本望って返してきた』
「ふはっ、上出来だ」
彼の一瞬の沈黙で、彼女が何をしたかったか解った。
私じゃなくて、真君を乱したかったんだろう。
(今吉さんの入れ知恵かな)
でも、それは失敗した。
真君達は、楽しそうにコートへ向かっていく。
そして、ボールが宙に浮いた。
.
予想通り、計画通りの試合になった。
若松君、桜井君、新しくレギュラーになった3年生と1年生、この4人とはまだ対等に渡り合える。新しく入った人よりは僅かだけど上手だ。
でも、青峰君がボールを持つと、2人、3人で防御に回ってもブロックできない。
開始5分も経たずそれを確信した真君が、皆に目配せをした。
それから。
青峰君がボール持っても、誰も守備に回らなくなった。
彼の守備は捨てて、次の攻撃の為に陣形を変える。
(っんだよ、それ)
それに気付いた青峰君は苛立ちを増した。
他の桐皇の人の攻撃は守備に入るし、相応に成功させていけば、他のメンバーの苛立ちも比例していく。
(俺とやりあう気は端からねぇってか)
(青峰君じゃなきゃ止められるって言われてるみたいだ)
(舐めてんのか、クソっ)
最初からそれが目的。
相手にされないことに苛立つ青峰君と、格下扱いを受けるその他の苛立ち。
そのボルテージが上がれば、プレイに多少の荒らさが出てくる。
「黒5番、プッシング」
「黒4番…」
前半にとったファールの数、計8個。
青峰君が3、若松君が2、その他1ずつ。
頭に血が上っている桐皇は理性より本能で動いている。計算済みの霧崎からすればファールの誘発なんて容易いことだ。
フリースローやスローインを獲得したことで絶望的な点差はついていない。
劣勢だが、むしろいい試合をしている。
「多分、この休憩で頭を冷やしてくるだろうな」
「妖怪はいないが、あのマネージャーは曲者だからな。なんかしら対策してくるだろ」
「前半までに青峰退場にしたかったねー」
「まあ、それは目的じゃないからな。できなくても構わないさ」
「花宮も古橋もフリースローはばっちり決めてくれたしな」
この試合の目的は、勝利ではない。
本当は、花宮君なりの落とし前でもある。
『真君、ジャージ貸して?』
「このクソ暑いのにか?」
『だって私、ユニフォームないから。皆の仲間だって訴えたい』
「可愛いこと言ってくれんね」
「…無理すんなよ」
真君のジャージを、肩に羽織った。
私だって、それに加勢したい。
.
インターバルを空けて会場に戻れば、霧崎コールが響いた。
(ああ、成功してる)
真君の落とし前。
悪童の名を、霧崎第一のものにしてしまったこと。
それは、確かに間違いではない。
真君と、その周りに集まった皆は同類だ。
でも、彼が卒業したあと、彼ら以外の部員は、そうじゃない。
「悪童の名は、返して貰わねぇとな」
これは、霧崎第一の負のイメージを払拭するための試合。
今観客には、格上の桐皇が荒いプレイをしていて、霧崎が必死に食いついているように見えている。
「おー、初めてじゃね?こんな応援されんの」
「だな。ここまで騙されてくれると哀れだ」
弱いもの、劣勢なものを応援したがる日本人の特性につけこんだ作戦。
ここまでできてしまえば、この試合はもう消化するだけ。
一気にヒール役になった桐皇の苛立ち、不満は彼らの好物。
それを楽しんでいる以上、「悪童」の名は真君のものだ。
「82対75、勝者桐皇学園!」
計画通りの結果。
むしろ、予想より点差が少ないくらい。
ファールに注意することで桐皇の勢いは下火になり、それを軽く挑発すればファールを誘発できた。
後半も計4回のファールをとったことで、勝利したはずの桐皇へのコールは少ない。
「勝ったんだからもっと嬉しそうな顔をしろよ」
「てめぇ…、仕組んでただろうが!!」
「なんのことだ?」
「勝ったのに仕組んだとか言わないでよ」
「こういう時、なんていうんだったか…」
「あれだろ、俺らの分も頑張って優勝してくれ」
「それwwww」
悔しそうな演技。
下を向いて肩を震わせているのは、泣いてるのではなく笑っている。
「…最初から、このつもりで?」
『ええ。負けは覚悟の上。桃井さんも負ける予定はなかったでしょ?この試合はね、貴方たちにヒールをして貰うことと、誠凛に弱小とまぐれのレッテルを貼るためのもの』
「…っ!」
『桐皇に負けた霧崎に負けた…もともと予選敗退してるけど、去年のIHの時も誠凛は負けてたし。WC優勝なんて、余程近くで見てた人でなければ、それこそキセキだと思う。聞こえる?ギャラリーの声』
今言ったことを、低俗に語り合う観客席。
情報収集の得意な彼女の耳は、それをよく拾うはずだ。
『勝ててもよかったの。真君達の強さがまぐれじゃないって言えるから。でも、やっぱり桐皇…青峰君は強かったよ』
貴女の幼馴染みも素敵な人ね。
そう笑って、私はベンチを立つ。
それから、コートから帰ってくる真君達とフロアを出た。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「終わったな」
「今回の試合と誠凛戦はサイコーだったね」
「真面目なバスケもできて、あれだけ悔しがってくれるもんな」
「強いて言うなら…花宮。お前に冠をやりたかったな」
「ふはっ、あんなお飾りみたいな二つ名、気にしてねぇよ」
無冠の五将。
随分不名誉なそのくくりの中で、真君だけは本当に無冠のままだ。
夜叉も雷獣も剛力も鉄心も。何かしらタイトルをとったのに、悪童だけ。
「花宮はそういうと思ったよ」
「確かにタイトルに拘りはねぇだろうけど」
「花宮がいなければ俺達は全国なんてこれなかったし、本気でバスケなんてしなかった」
「……なんだよ急に、気持ち悪い」
「解ってるでしょ?優勝なんかしなくても…」
俺達の王様は花宮だよ。
「こんなものまで用意しやがって…」
小さな、手作りの王冠。
デザインは原くんが、組み立ては山崎君が、色付けは古橋君が、飾り付けは瀬戸君が。
それを、被せるのは私が。
「監督、お疲れ様」
「花宮、お疲れ」
「キャプテンお疲れ様」
「主将お疲れ」
「真君、お疲れ様」
背伸びをして、真君の頭に冠をちょこんとのっければ。
「………バァカ」
真君はそれきり下を向いてしまって。
彼より背の高い皆は見えないだろうけど、笑いたいような泣きたいような、両方我慢してるような顔をしている。
「やべ、怒らせた?」
「友情ごっことか言われちゃう系?」
「でもやるなら今日しかないだろ」
「嫌だったら即行突き返されてるでしょ、いいんだよこれで」
私達を、真君達を繋げているのは、絆や友情じゃない。
でも。
蜘蛛の糸に絡められた私達は、他のチームに負けないくらい仲良しだと思う。
仲良し、なんて言ったら嫌がられるだろうけど。
「……お前らが霧崎第一でよかった」
「え」
「花宮が」
「デレた」
「二度と言わねぇよ、バァカ!」
でも、本当にそうなんだろう。
(真くんが、笑ってる)
「それとね。霧崎第一の王様が花宮なら、それを支えてくれたお姫様がいるんだよ」
「尤も、王は王でも魔王かもしれんがな」
「魔王と悪魔に安らぎをくれたお姫様にも冠を」
「笑うなよ?これ、花宮の案なんだから」
「バラしてんじゃねぇよ!」
「似た者夫婦とは言ったものだな。花宮の冠は彼女の案だ」
微笑ましく皆を眺めていれば、その視線が急に集まって。
真君が、可愛い花冠を頭に乗せてくれた。
「合宿のご飯、美味しかったよん」
「毎日早起きして作ってくれたな」
「しかもあの量。差し入れも助かった」
「休憩中は、いてくれるだけで空気が和んだよね」
「…、お前を、マネージャーにしてよかった」
『…っ、わ、私、そんなに…』
「役にたってたよ。十分」
「俺らが建前だけでこんなことする連中じゃねぇの、解ってんだろ」
ああきっと。
私はまた真君と同じ顔をしている。
嬉しくて嬉しくて、笑いたいのに涙がでそう。
『あ、りがとう。っ私も、皆のマネージャーができて、よかった」
結局私は我慢できなくて、皆に泣き笑いを晒したのだった。
(そんな顔、俺以外に見せてんじゃねぇよ)
(わっ、ちょ、真君!)
(花宮、TPO)
(ちょっと、パッション、押さえてこーぜ?)
(違う。合ってるけど違うから)
(ほら、全員後ろ向いて着替え始めたからマネ解放してあげて)
(その前にその冠バカップルを撮影しておく)
(それ、ワシにも送ってな)
((((!?))))
最後の関西弁は、きっと幻聴。
(だと信じたい)
Fin
真君達の策は、正直頷き難かった。
本気を出さない、とは。
桐皇の闘争心を削ぐと同時に苛立ちを誘発させる為に、敢えて何も対策しないということだった。
『…それでいいの?』
「強いて言えば、苛立ちに任せてファールがとれればいいと思ってる。だし、桃井とかいうマネージャーの情報力なら、実力で俺達が劣るのは承知してる筈だからな」
『……』
「…、賭けだっつったろ。青峰はファールとっても突っ込んでくる奴だ。そのまま退場にできた方がまだ勝機がある。それに、この霧崎相手にファールとられるってのは…傷痕として残す手段だ」
『うーん…よく解らないよ』
「まあ、解らなくても構わねぇよ。ただ、対策しないのと手を抜くのは別だからな。あの躾のなってない坊主に少しぐらい噛みついてやるつもりだ」
目を細めて笑った真君は楽しそうだった。それなら、私が口を出すことはない。
『ふふ、私も引っ掻き傷くらいつけてきたい。向こうのマネージャーは優秀みたいだし、なんか役に立てることある?』
「ふはっ、原も言ってたろ?お前は桐皇のマネにはできない料理ができるんだぜ?いつもみたいに旨い蜂蜜レモンとドリンクを作ってくれればそれでいい」
『でも、』
「雨月しかできねぇんだよ、試合前の飯の調整は。それに、俺達みたいな曲者の鼓舞の仕方を心得てんだ」
胸張ってベンチにいろよ
また、くしゃりと頭を撫でられて。
(最近多いな…)
って思いながらも、心地よかったから全力で頷いた。
そしてついに、試合当日である。
私達の試合は午後一で、午前中から集まってウォーミングアップしていた。
「今回の策、案外気楽でいいよね」
「変な力が入らないからな」
「古橋は力抜きすぎな気がするけどな」
「zzz…」
『みんな、お昼作ってきたよ!』
だから、今回は張り切って全員分のお弁当を作った。
「…凄いね、ちゃんと考えて作ってある」
「羽影の飯って聞いた途端に瀬戸が起きた」
「まあ皆楽しみにしてたのは同じだろう。…にしてもすごいな」
エネルギー転換の早い炭水化物とビタミン補給用の果物がメインのお弁当。
おにぎりは鮭と梅、サンドイッチはハムとイチゴジャム。
それからゆで卵とカットフルーツがいっぱい。
『お腹は空っぽ、エネルギーは満タンがベストだからね!高エネルギー低脂質になるようにしてあるの。だから肉っ気や油はなくなっちゃうけど…』
「大丈夫、考えてくれてんのは知ってるから。ちょー旨そう」
「食い過ぎんなよ」
「わかってるよん。てか花宮には言われたくない。人一倍食べるじゃん」
わいわいがやがや、楽しそうに食べ進める彼らを見て、胸にじんわりと温かいものが広がる。
『みんな…あのね…私、見てるから』
「ああ」
「それはカッコ悪いとこ見せられねーな」
「熱烈にお願いね」
「焼き付けといてよ」
「…いくぞ」
私が、言う言葉なんてないんだ。
皆、言わなくても頑張ってる、楽しんでる。
だったら、私はそれを、余すとこなく見守るだけだ。
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全国大会の準々決勝となれば、開場の熱気は今までの比ではない。
圧巻だ。
高揚感と、緊張。狭間に立つ私は居心地の悪さすら感じている。
「今日はよろしくお願いしますね、霧崎第一のマネージャーの…羽影さん」
『こちらこそ。桐皇さん』
「ふふ、知ってますよー。監督兼主将の花宮さんと幼馴染みで恋人だとか。マネージャー歴は1年半で、マネージャーというよりお手伝いさんみたいな」
そんな中。見た目可愛い向こうのマネージャーさんは、わざとらしい言い方で煽ってきた。
そうやって、私を乱すことに意味があるとは思えないけど…やっぱり少しくらい引っ掻いてやろうと思う。
『その見解に取り立てた異議はないけど、強いて言うなら…真君とは幼馴染みであり恋人であり、家族なの。今は、家族の応援がしたくてマネージャーをしてるから、お手伝いになってるなら本望よ』
可愛くて大きな目で、ぱちくりと瞬いた彼女に続ける。
『私は彼を、皆を勝たせる為のマネージャーじゃないの。私が私でいる為の、彼が彼でいる為のマネージャー。この勝負、端から勝敗は気にしてないわ。楽しませてね?』
ああきっと、今作った笑顔は、真君の作り笑いみたいなんだろうな。
なんて思いながら、皆のいるベンチに戻る。
「なんか言われたか?」
『真君の恋人で、マネージャーというよりお手伝いさんねって』
「…」
『だから、真君と私は家族なんだから、手伝えて本望って返してきた』
「ふはっ、上出来だ」
彼の一瞬の沈黙で、彼女が何をしたかったか解った。
私じゃなくて、真君を乱したかったんだろう。
(今吉さんの入れ知恵かな)
でも、それは失敗した。
真君達は、楽しそうにコートへ向かっていく。
そして、ボールが宙に浮いた。
.
予想通り、計画通りの試合になった。
若松君、桜井君、新しくレギュラーになった3年生と1年生、この4人とはまだ対等に渡り合える。新しく入った人よりは僅かだけど上手だ。
でも、青峰君がボールを持つと、2人、3人で防御に回ってもブロックできない。
開始5分も経たずそれを確信した真君が、皆に目配せをした。
それから。
青峰君がボール持っても、誰も守備に回らなくなった。
彼の守備は捨てて、次の攻撃の為に陣形を変える。
(っんだよ、それ)
それに気付いた青峰君は苛立ちを増した。
他の桐皇の人の攻撃は守備に入るし、相応に成功させていけば、他のメンバーの苛立ちも比例していく。
(俺とやりあう気は端からねぇってか)
(青峰君じゃなきゃ止められるって言われてるみたいだ)
(舐めてんのか、クソっ)
最初からそれが目的。
相手にされないことに苛立つ青峰君と、格下扱いを受けるその他の苛立ち。
そのボルテージが上がれば、プレイに多少の荒らさが出てくる。
「黒5番、プッシング」
「黒4番…」
前半にとったファールの数、計8個。
青峰君が3、若松君が2、その他1ずつ。
頭に血が上っている桐皇は理性より本能で動いている。計算済みの霧崎からすればファールの誘発なんて容易いことだ。
フリースローやスローインを獲得したことで絶望的な点差はついていない。
劣勢だが、むしろいい試合をしている。
「多分、この休憩で頭を冷やしてくるだろうな」
「妖怪はいないが、あのマネージャーは曲者だからな。なんかしら対策してくるだろ」
「前半までに青峰退場にしたかったねー」
「まあ、それは目的じゃないからな。できなくても構わないさ」
「花宮も古橋もフリースローはばっちり決めてくれたしな」
この試合の目的は、勝利ではない。
本当は、花宮君なりの落とし前でもある。
『真君、ジャージ貸して?』
「このクソ暑いのにか?」
『だって私、ユニフォームないから。皆の仲間だって訴えたい』
「可愛いこと言ってくれんね」
「…無理すんなよ」
真君のジャージを、肩に羽織った。
私だって、それに加勢したい。
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インターバルを空けて会場に戻れば、霧崎コールが響いた。
(ああ、成功してる)
真君の落とし前。
悪童の名を、霧崎第一のものにしてしまったこと。
それは、確かに間違いではない。
真君と、その周りに集まった皆は同類だ。
でも、彼が卒業したあと、彼ら以外の部員は、そうじゃない。
「悪童の名は、返して貰わねぇとな」
これは、霧崎第一の負のイメージを払拭するための試合。
今観客には、格上の桐皇が荒いプレイをしていて、霧崎が必死に食いついているように見えている。
「おー、初めてじゃね?こんな応援されんの」
「だな。ここまで騙されてくれると哀れだ」
弱いもの、劣勢なものを応援したがる日本人の特性につけこんだ作戦。
ここまでできてしまえば、この試合はもう消化するだけ。
一気にヒール役になった桐皇の苛立ち、不満は彼らの好物。
それを楽しんでいる以上、「悪童」の名は真君のものだ。
「82対75、勝者桐皇学園!」
計画通りの結果。
むしろ、予想より点差が少ないくらい。
ファールに注意することで桐皇の勢いは下火になり、それを軽く挑発すればファールを誘発できた。
後半も計4回のファールをとったことで、勝利したはずの桐皇へのコールは少ない。
「勝ったんだからもっと嬉しそうな顔をしろよ」
「てめぇ…、仕組んでただろうが!!」
「なんのことだ?」
「勝ったのに仕組んだとか言わないでよ」
「こういう時、なんていうんだったか…」
「あれだろ、俺らの分も頑張って優勝してくれ」
「それwwww」
悔しそうな演技。
下を向いて肩を震わせているのは、泣いてるのではなく笑っている。
「…最初から、このつもりで?」
『ええ。負けは覚悟の上。桃井さんも負ける予定はなかったでしょ?この試合はね、貴方たちにヒールをして貰うことと、誠凛に弱小とまぐれのレッテルを貼るためのもの』
「…っ!」
『桐皇に負けた霧崎に負けた…もともと予選敗退してるけど、去年のIHの時も誠凛は負けてたし。WC優勝なんて、余程近くで見てた人でなければ、それこそキセキだと思う。聞こえる?ギャラリーの声』
今言ったことを、低俗に語り合う観客席。
情報収集の得意な彼女の耳は、それをよく拾うはずだ。
『勝ててもよかったの。真君達の強さがまぐれじゃないって言えるから。でも、やっぱり桐皇…青峰君は強かったよ』
貴女の幼馴染みも素敵な人ね。
そう笑って、私はベンチを立つ。
それから、コートから帰ってくる真君達とフロアを出た。
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「終わったな」
「今回の試合と誠凛戦はサイコーだったね」
「真面目なバスケもできて、あれだけ悔しがってくれるもんな」
「強いて言うなら…花宮。お前に冠をやりたかったな」
「ふはっ、あんなお飾りみたいな二つ名、気にしてねぇよ」
無冠の五将。
随分不名誉なそのくくりの中で、真君だけは本当に無冠のままだ。
夜叉も雷獣も剛力も鉄心も。何かしらタイトルをとったのに、悪童だけ。
「花宮はそういうと思ったよ」
「確かにタイトルに拘りはねぇだろうけど」
「花宮がいなければ俺達は全国なんてこれなかったし、本気でバスケなんてしなかった」
「……なんだよ急に、気持ち悪い」
「解ってるでしょ?優勝なんかしなくても…」
俺達の王様は花宮だよ。
「こんなものまで用意しやがって…」
小さな、手作りの王冠。
デザインは原くんが、組み立ては山崎君が、色付けは古橋君が、飾り付けは瀬戸君が。
それを、被せるのは私が。
「監督、お疲れ様」
「花宮、お疲れ」
「キャプテンお疲れ様」
「主将お疲れ」
「真君、お疲れ様」
背伸びをして、真君の頭に冠をちょこんとのっければ。
「………バァカ」
真君はそれきり下を向いてしまって。
彼より背の高い皆は見えないだろうけど、笑いたいような泣きたいような、両方我慢してるような顔をしている。
「やべ、怒らせた?」
「友情ごっことか言われちゃう系?」
「でもやるなら今日しかないだろ」
「嫌だったら即行突き返されてるでしょ、いいんだよこれで」
私達を、真君達を繋げているのは、絆や友情じゃない。
でも。
蜘蛛の糸に絡められた私達は、他のチームに負けないくらい仲良しだと思う。
仲良し、なんて言ったら嫌がられるだろうけど。
「……お前らが霧崎第一でよかった」
「え」
「花宮が」
「デレた」
「二度と言わねぇよ、バァカ!」
でも、本当にそうなんだろう。
(真くんが、笑ってる)
「それとね。霧崎第一の王様が花宮なら、それを支えてくれたお姫様がいるんだよ」
「尤も、王は王でも魔王かもしれんがな」
「魔王と悪魔に安らぎをくれたお姫様にも冠を」
「笑うなよ?これ、花宮の案なんだから」
「バラしてんじゃねぇよ!」
「似た者夫婦とは言ったものだな。花宮の冠は彼女の案だ」
微笑ましく皆を眺めていれば、その視線が急に集まって。
真君が、可愛い花冠を頭に乗せてくれた。
「合宿のご飯、美味しかったよん」
「毎日早起きして作ってくれたな」
「しかもあの量。差し入れも助かった」
「休憩中は、いてくれるだけで空気が和んだよね」
「…、お前を、マネージャーにしてよかった」
『…っ、わ、私、そんなに…』
「役にたってたよ。十分」
「俺らが建前だけでこんなことする連中じゃねぇの、解ってんだろ」
ああきっと。
私はまた真君と同じ顔をしている。
嬉しくて嬉しくて、笑いたいのに涙がでそう。
『あ、りがとう。っ私も、皆のマネージャーができて、よかった」
結局私は我慢できなくて、皆に泣き笑いを晒したのだった。
(そんな顔、俺以外に見せてんじゃねぇよ)
(わっ、ちょ、真君!)
(花宮、TPO)
(ちょっと、パッション、押さえてこーぜ?)
(違う。合ってるけど違うから)
(ほら、全員後ろ向いて着替え始めたからマネ解放してあげて)
(その前にその冠バカップルを撮影しておく)
(それ、ワシにも送ってな)
((((!?))))
最後の関西弁は、きっと幻聴。
(だと信じたい)
Fin