花と蝶
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《高2冬 クリスマス》
『…デート用の服を買いに行きたいです』
「当日に言うか、それ」
デート当日の日曜の朝。
どこに行きたいか聞けば、気まずそうにそう言われた。
『あんまり私服持ってなくて…買いにいくにもセンスの自信もないし…誰かと行ってもらうなら、いっそ真君とがいいなって』
「…はあ」
それでも彼女の精一杯のお洒落であろう、フリルのついたカーキ色のブラウスにジーンズ。それから普段着ているコート。
それでも悪くはないのだけど、彼女が行きたいというならそれもいいだろう。
『めんどくさい?』
「別に。構わねぇよ」
『ならよかった』
そんな彼女と、殆ど普段着の俺。
(俺も服買うか)
とりあえず家を出てショッピングモールへ向かった。
『いっぱいある…』
「そりゃな。なんか好きなブランドとかねぇの?」
『服なんて全然わかんないよ…あんまり派手なのは好きじゃないけど』
「よくそれで服見にきたな」
『…一緒に選びたかったの。真君、どんなのが好きか知らなかったから』
歩みを進めながら店を探していれば、彼女は目を逸らしながらそう言った。
「……余程アホみたいなの着てなきゃ女の服に好みなんてねぇよ」
『真君らしい。もっと端的に言うとね?』
真君に可愛いって思って欲しかったの。
『だから、好みの服を選んで貰おうと思って』
「…はぁ」
『なんで溜め息?』
「……お前の馬鹿は治らねぇなと思って」
『え、…ごめんなさい』
「いい。俺の好みでいいんだな?文句言うなよ」
煽るな、ってこの前言ったばっかりなのに。なんだこいつ。
手頃な値段の店に入って、目についたものを彼女に押し付けて試着室に放り込んだ。
『……真君』
「着たか」
『うん…どう?』
オフホワイトのニットワンピース。腰にベルベット生地のオリーブ色のリボンが一周している。
それから、ファーのついたショートブーツと、少し薄手のソーダグレーのロングコート。
「…いいんじゃね。お前いつも地味な色しか着ねぇからな」
『白とか着たことなかったよ…こういうの好きなの?』
言った通り、いつもくすんだような地味な色の服が多い彼女。値段を優先するせいで型も古いものばかり。
普段は気にもしない流行りものの服。白ニットが流行りなのはつい先程知ったもので、たまたまショーウィンドウで目についたそれが、彼女に似合いそうだと思っただけ。
「そうじゃねぇが…ただ俺が選んでやるんだから、お前が選ばなそうなやつにしてやろうと思っただけだ」
『確かに私じゃ選ばないな。リボンとかファーも可愛いくてちょっと恥ずかしいもの』
なんてはにかむから。
差し色と同じオリーブ色のリボンを髪に付けてやった。
『う…派手じゃない?浮いてない?』
「……似合ってる」
『!、ありがとう』
"似合う"の言葉だけで嬉しそうに笑う[#dn=2#]に、つられて少し笑みも零れる。
「ああ、あと。可愛い」
『!!!』
「ふはっ、真っ赤だぜ?熱でもあるなら帰るか?」
『い、意地悪!』
「そりゃどうも。まあ、嘘じゃねぇからそのまま会計して貰ってその服で出ようぜ」
『あ、ま、まって!』
いつも煽られてばかりだから、たまにはと仕返しをしたら覿面だ。
それに、可愛いと思ったのは事実だが、そのまま言える程の素直さもないからこのくらいでしか表せない。
馴れないブーツに少し手子摺りながら彼女が追い付いた時には会計も済ませていた。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
『払わせちゃってごめんね』
「いい。元から俺が払うつもりだった」
『でも、』
「買い出しじゃなくてデートなんだろ?察しろ。それで納得できないならお前の婆さんが送ってくる野菜の礼だとでも思え」
『…ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて』
隣に見下ろす彼女は、ワンピースのオフタートルに口許を埋めながらはにかんでいた。
「俺も服見に行く」
『ん。どこ行こうか』
「適当。今度はお前選べよ」
『え』
「ましなもの着せろよな」
彼女は戸惑いながらも、リーズナブルなメンズショップへ足を運ぶ。
店をウロウロしては首を傾げ、あーでもないこーでもないと思案しているようだ。
「…何をそんなに悩んでんだよ」
『だって真君が着るんだもの。あんまりかっこよくて目立ったら嫌だし…でも何でも似合うし…』
「…はぁ」
『また溜め息』
「もういい。とりあえずその手に持ってる色違いで悩んでんだろ、貸せ」
雨月の発言には慣れるしかないのか。よくもまあスラスラと言えるものだ。
照れ隠しに服を引ったくって試着室に入った。
『…どっちが好み?』
「お前が選べっつったろ。どっちも悪くない」
『じゃあ、今着てる方』
ファー付のミリタリージャケット。黒を基調とするか緑を基調とするかで悩んで、結局緑にした。
中に着るのは黒いVネックのニット。
『あと、この靴。…パンツはそのままでもいいかな。欲しいものある?』
「別に。一通り持ってるしな」
渡された、ファーと同系色の琥珀色に近いハイカットブーツ。俗にいう登山靴だ。
「…お前、こういうの趣味なの?軍みたいなやつ」
『趣味…じゃないけど…似合う気がしたから。というか、やっぱり似合うね』
「あっそ。ガンでも持って欲しいのかと思ったわ」
『それも似合いそう』
「持たねぇよ、馬鹿」
軽く小突けばそれも楽しそうに笑うから。
もうこれでいいという気になった。
『今度は私が払うから』
「は?いいっつーの」
『だって、さっきコートまで買ってもらって…ほら、クリスマスプレゼントだと思って!』
「…賢者の贈り物じゃあるまいし。まあ、いいや。じゃあ頼む」
『うん!』
そもそも、どっちも自分の金じゃなくて親の金だ。
学生のうちはこんなものかもしれない。
『もうお昼だね』
「そうだな」
レジから戻ってきた彼女と店を出た。時間は12時過ぎ、確かに昼時である。
『お腹空いてる?』
「なんの為にブランチにしたんだよ、大して動いてもねえし、平気だ」
『だよね。じゃあ、次どうしようか…』
「…映画とか?昼なら空いてるだろうし。その荷物で歩き回るのは面倒だろ」
『そうだね、なんか面白いのやってるといいな』
今まで着ていた服が荷物になっているから、やっぱり1回帰るべきかとも思ったが。
彼女があまりに楽しそうで、映画館を目指すことにした。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
『…なんでこんな時期にホラーなんてやってたんだろ』
「上手くできてたな」
『見るとこそこなの?面白いとか以前に怖くて殆ど見れなかったんだけど』
「面白かったぜ?耳塞いだり目ぇ瞑ったり忙しそうで」
『それ私だよね?やっぱり見るとこ違うし』
こんな冬にホラーなんて珍しいな、と言う話をして。
嫌がる彼女を無理矢理連れていった。
純愛ものとか、それこそ見ていられない。
「そう拗ねるなよ。まだ夜まで時間あるし」
『…もう。……あ、雑貨屋さん行きたい』
「雑貨?」
『うん、荷物はロッカーに預けてさ。行こう?』
「はいはい」
雑貨なんて興味あったんだな。なんて思っていたが、店について顔がひきつった。
「仕返しのつもりか?」
『半分そう。でも、来たかったのは本当』
いかにも可愛らしい、メルヘンチックというかファンタジーというかな店。
「こんな趣味あったのか?ってか何欲しいんだよ」
『いや、私も一人で入る勇気がなかっただけで…欲しいのはこの店の奥にあるアクセサリーショップのやつ』
「…女友達といけよ」
『アクセサリーは真君とお揃いがほしいからそれはダメ』
「……あっそ」
最初からそう言えばいいのに。それから、お揃いは百歩譲っていいとして、この店である必要性は…仕返しか。
『まあ、アクセサリーっていってもネックレスとか指輪をいつもしてることは出来ないから…アンクレットかストラップがいいなって』
「アンクレットだって部活あるから外すぞ」
『ミサンガみたいなのは?』
「あれは切れるし汚れるからパス」
『じゃあストラップかキーホルダーだね』
なんて話ながら、足早に店の奥に進む。
このふわふわした空間にいるだけで寒気がするのだ。
それで、選んだのはキーホルダー。
琥珀に虫や植物が入っているのをイメージしたものだ。勿論偽物だが。
『私、この花が入ってるのがいいな。蝶々も綺麗だけど…真君は?』
「…お前が選べば?ペアにしたいんだろ」
『うーん…蜘蛛もカッコいいんだよね』
3つを見比べては首を傾げる彼女から、花と蝶を取り上げた。
「…お前のが花で俺が蝶な」
『え、蝶々でいいの?』
「ああ。その方が合ってるだろ、俺らに」
彼女が蝶で俺が蜘蛛なら、その関係は捕食対象と天敵でしかない。
彼女が花で俺が蜘蛛なら、それこそ関係なんて存在しない。同じ空間にあるというだけ。
でも。花と蝶なら。
蝶は、花の蜜なしで飢えを満たすことはできないし、花は、蝶が訪れなければその命を繋いでいくことはできない。
彼女は俺の花で、俺は彼女の蝶だ。
『…うん』
「決まったらさっさと出るぞ。鳥肌がたってくる」
『あ、待って。名前と日付いれてもらうから』
「……」
結局更に30分以上いることになった。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
冬ということもあり日が沈むのは早い。
店を出た時には薄暗くなって、イルミネーションの点灯が始まっていた。
モールの中央には大きなクリスマスツリーもあって。
そこへ向かえば、まだ早い時間なのだろう、そんなに混んではなかった。
『大きいねー』
「ああ」
『綺麗だね』
「そうだな」
『今日、楽しかった?』
「…ああ。お前は?」
『うん、楽しかった』
「…そう」
ツリーを見上げながら、ポツリポツリと会話する。
初デートどころか、家や学校以外の時間を共有することなんてなかったから。
外で彼女と一緒にいるのは不思議な感覚だった。
…同じ家に帰るようなものなのに、帰りたくないと感じるなんて。
『また、どっか一緒に行こうね』
彼女も同じだったのだろうか、俺のジャケットの端を掴みながらこちらを見上げていた。
「そうだな。……寒くなってきたし、帰るか」
その手と視線に気付き、手を離させて繋げば。
『!!…うん』
驚いたように目を丸くして、それから嬉しそうにはにかんで指を絡めてきた。
寝るとか、彼女を宥めるとか、何度も触れたことのある手のはずなのに。
存外恥ずかしかった。
でも。
(悪くねぇな)
彼女の嬉しそうな顔と、きつく握られる指は。
俺にとっても満たされるものだった。
まさかその場に知り合いがいたとも思わず。
「は…?」
翌日、"クリスマスプレゼント"とタイトルの入った画像が携帯に届いていた。
その写真写っているのが、先日のクリスマスツリーの前で手を繋いだ自分と彼女。
しかも正面から。
(知らないアドレス?誰だ?)
反応に困っていれば追伸が入って。
"中学一緒やった娘やろ?彼女?服も流行りのゆるリンクとかいうやつか?どっちの趣味や?"
(疑問符どんだけ使うんだよ、ゆるリンクとか知らねぇわ)
この胡散臭い関西弁は…今吉先輩こと妖怪サトリだろう。中学の時、連絡網用に教えたアドレスをまだ持っていたらしい。
面倒だから無視しようと暫く放っておけば、再び携帯が鳴く。
しかし、今度は部員からのlineで。
原<羽影ちゃんとデートしたの?
花<なんで
古<知らない奴から画像が届いた
貼付された画像が、さっき届いた、クリスマスツリーの、あれ。
"どこで部員の連絡先手に入れたんですか"
"そんなん気にすんなや。で、彼女?彼女やな?またどっかで会ったら紹介よろしゅう。ほな"
「……」
冷やかしか?
一体何の用事があって…
ってか絶対紹介したくないんだが。
原<ってかゆるリンク?
山<なにそれ
原<ペアルック手前みたいなやつ。羽影ちゃんのブーツと花宮のジャケのファーとか
古<ジャケットの色とリボンの色もそれか
その間も、lineは勝手に続いていて。
ゆるリンクとやらは理解した。
『真君?なんか険しい顔してるけど、大丈夫?』
「お前、今吉先輩って覚えてるか」
『中学の時の…眼鏡の人かな?』
「ああ。あいつが送ってきた」
画面を見せれば紡がれるのは沈黙で。
やっと出てきた言葉が
『記念写真、貰ったと思えば…』
で。
そりゃベストショットかもしれねぇけど。
転送はしてやるけども。
「しかも霧崎の部員に転送されてる」
『……』
lineのやりとりを見せれば、今度こそ絶句だった。
が、何故か少しずつ朱をさしていく頬。
「おい、」
『…やっぱり原君目敏いや…今吉さんも』
「は?」
それを指摘しようとすれば、『ゆるリンク、わざとだったの』と、はにかまれた。
俺がペアとか嫌がると思ったらしい。揃いのアクセサリーを断られたとしても、気持ちだけでもペアに…と考えたのだとか。
『ごめんね、なにも言わなくて』
もう、着てもらえないかな…。なんて考えてるんだろう、サトリじゃなくても解るその不安げな表情に。
「はあ…この程度でいいならしてやるよ。キーホルダーも使ってる」
らしくないな…と思いながらも、そう返事して。
お互いの家の鍵をつけたキーホルダーを翳したのだった。
Fin
(花宮からlineの返事がない)
(どうせイチャイチャして忘れてるんでしょ)
(でもあの羽影可愛かったよな)
(花宮の前で言ったら命の補償がないけどね)
(…だな)
.
『…デート用の服を買いに行きたいです』
「当日に言うか、それ」
デート当日の日曜の朝。
どこに行きたいか聞けば、気まずそうにそう言われた。
『あんまり私服持ってなくて…買いにいくにもセンスの自信もないし…誰かと行ってもらうなら、いっそ真君とがいいなって』
「…はあ」
それでも彼女の精一杯のお洒落であろう、フリルのついたカーキ色のブラウスにジーンズ。それから普段着ているコート。
それでも悪くはないのだけど、彼女が行きたいというならそれもいいだろう。
『めんどくさい?』
「別に。構わねぇよ」
『ならよかった』
そんな彼女と、殆ど普段着の俺。
(俺も服買うか)
とりあえず家を出てショッピングモールへ向かった。
『いっぱいある…』
「そりゃな。なんか好きなブランドとかねぇの?」
『服なんて全然わかんないよ…あんまり派手なのは好きじゃないけど』
「よくそれで服見にきたな」
『…一緒に選びたかったの。真君、どんなのが好きか知らなかったから』
歩みを進めながら店を探していれば、彼女は目を逸らしながらそう言った。
「……余程アホみたいなの着てなきゃ女の服に好みなんてねぇよ」
『真君らしい。もっと端的に言うとね?』
真君に可愛いって思って欲しかったの。
『だから、好みの服を選んで貰おうと思って』
「…はぁ」
『なんで溜め息?』
「……お前の馬鹿は治らねぇなと思って」
『え、…ごめんなさい』
「いい。俺の好みでいいんだな?文句言うなよ」
煽るな、ってこの前言ったばっかりなのに。なんだこいつ。
手頃な値段の店に入って、目についたものを彼女に押し付けて試着室に放り込んだ。
『……真君』
「着たか」
『うん…どう?』
オフホワイトのニットワンピース。腰にベルベット生地のオリーブ色のリボンが一周している。
それから、ファーのついたショートブーツと、少し薄手のソーダグレーのロングコート。
「…いいんじゃね。お前いつも地味な色しか着ねぇからな」
『白とか着たことなかったよ…こういうの好きなの?』
言った通り、いつもくすんだような地味な色の服が多い彼女。値段を優先するせいで型も古いものばかり。
普段は気にもしない流行りものの服。白ニットが流行りなのはつい先程知ったもので、たまたまショーウィンドウで目についたそれが、彼女に似合いそうだと思っただけ。
「そうじゃねぇが…ただ俺が選んでやるんだから、お前が選ばなそうなやつにしてやろうと思っただけだ」
『確かに私じゃ選ばないな。リボンとかファーも可愛いくてちょっと恥ずかしいもの』
なんてはにかむから。
差し色と同じオリーブ色のリボンを髪に付けてやった。
『う…派手じゃない?浮いてない?』
「……似合ってる」
『!、ありがとう』
"似合う"の言葉だけで嬉しそうに笑う[#dn=2#]に、つられて少し笑みも零れる。
「ああ、あと。可愛い」
『!!!』
「ふはっ、真っ赤だぜ?熱でもあるなら帰るか?」
『い、意地悪!』
「そりゃどうも。まあ、嘘じゃねぇからそのまま会計して貰ってその服で出ようぜ」
『あ、ま、まって!』
いつも煽られてばかりだから、たまにはと仕返しをしたら覿面だ。
それに、可愛いと思ったのは事実だが、そのまま言える程の素直さもないからこのくらいでしか表せない。
馴れないブーツに少し手子摺りながら彼女が追い付いた時には会計も済ませていた。
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『払わせちゃってごめんね』
「いい。元から俺が払うつもりだった」
『でも、』
「買い出しじゃなくてデートなんだろ?察しろ。それで納得できないならお前の婆さんが送ってくる野菜の礼だとでも思え」
『…ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて』
隣に見下ろす彼女は、ワンピースのオフタートルに口許を埋めながらはにかんでいた。
「俺も服見に行く」
『ん。どこ行こうか』
「適当。今度はお前選べよ」
『え』
「ましなもの着せろよな」
彼女は戸惑いながらも、リーズナブルなメンズショップへ足を運ぶ。
店をウロウロしては首を傾げ、あーでもないこーでもないと思案しているようだ。
「…何をそんなに悩んでんだよ」
『だって真君が着るんだもの。あんまりかっこよくて目立ったら嫌だし…でも何でも似合うし…』
「…はぁ」
『また溜め息』
「もういい。とりあえずその手に持ってる色違いで悩んでんだろ、貸せ」
雨月の発言には慣れるしかないのか。よくもまあスラスラと言えるものだ。
照れ隠しに服を引ったくって試着室に入った。
『…どっちが好み?』
「お前が選べっつったろ。どっちも悪くない」
『じゃあ、今着てる方』
ファー付のミリタリージャケット。黒を基調とするか緑を基調とするかで悩んで、結局緑にした。
中に着るのは黒いVネックのニット。
『あと、この靴。…パンツはそのままでもいいかな。欲しいものある?』
「別に。一通り持ってるしな」
渡された、ファーと同系色の琥珀色に近いハイカットブーツ。俗にいう登山靴だ。
「…お前、こういうの趣味なの?軍みたいなやつ」
『趣味…じゃないけど…似合う気がしたから。というか、やっぱり似合うね』
「あっそ。ガンでも持って欲しいのかと思ったわ」
『それも似合いそう』
「持たねぇよ、馬鹿」
軽く小突けばそれも楽しそうに笑うから。
もうこれでいいという気になった。
『今度は私が払うから』
「は?いいっつーの」
『だって、さっきコートまで買ってもらって…ほら、クリスマスプレゼントだと思って!』
「…賢者の贈り物じゃあるまいし。まあ、いいや。じゃあ頼む」
『うん!』
そもそも、どっちも自分の金じゃなくて親の金だ。
学生のうちはこんなものかもしれない。
『もうお昼だね』
「そうだな」
レジから戻ってきた彼女と店を出た。時間は12時過ぎ、確かに昼時である。
『お腹空いてる?』
「なんの為にブランチにしたんだよ、大して動いてもねえし、平気だ」
『だよね。じゃあ、次どうしようか…』
「…映画とか?昼なら空いてるだろうし。その荷物で歩き回るのは面倒だろ」
『そうだね、なんか面白いのやってるといいな』
今まで着ていた服が荷物になっているから、やっぱり1回帰るべきかとも思ったが。
彼女があまりに楽しそうで、映画館を目指すことにした。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
『…なんでこんな時期にホラーなんてやってたんだろ』
「上手くできてたな」
『見るとこそこなの?面白いとか以前に怖くて殆ど見れなかったんだけど』
「面白かったぜ?耳塞いだり目ぇ瞑ったり忙しそうで」
『それ私だよね?やっぱり見るとこ違うし』
こんな冬にホラーなんて珍しいな、と言う話をして。
嫌がる彼女を無理矢理連れていった。
純愛ものとか、それこそ見ていられない。
「そう拗ねるなよ。まだ夜まで時間あるし」
『…もう。……あ、雑貨屋さん行きたい』
「雑貨?」
『うん、荷物はロッカーに預けてさ。行こう?』
「はいはい」
雑貨なんて興味あったんだな。なんて思っていたが、店について顔がひきつった。
「仕返しのつもりか?」
『半分そう。でも、来たかったのは本当』
いかにも可愛らしい、メルヘンチックというかファンタジーというかな店。
「こんな趣味あったのか?ってか何欲しいんだよ」
『いや、私も一人で入る勇気がなかっただけで…欲しいのはこの店の奥にあるアクセサリーショップのやつ』
「…女友達といけよ」
『アクセサリーは真君とお揃いがほしいからそれはダメ』
「……あっそ」
最初からそう言えばいいのに。それから、お揃いは百歩譲っていいとして、この店である必要性は…仕返しか。
『まあ、アクセサリーっていってもネックレスとか指輪をいつもしてることは出来ないから…アンクレットかストラップがいいなって』
「アンクレットだって部活あるから外すぞ」
『ミサンガみたいなのは?』
「あれは切れるし汚れるからパス」
『じゃあストラップかキーホルダーだね』
なんて話ながら、足早に店の奥に進む。
このふわふわした空間にいるだけで寒気がするのだ。
それで、選んだのはキーホルダー。
琥珀に虫や植物が入っているのをイメージしたものだ。勿論偽物だが。
『私、この花が入ってるのがいいな。蝶々も綺麗だけど…真君は?』
「…お前が選べば?ペアにしたいんだろ」
『うーん…蜘蛛もカッコいいんだよね』
3つを見比べては首を傾げる彼女から、花と蝶を取り上げた。
「…お前のが花で俺が蝶な」
『え、蝶々でいいの?』
「ああ。その方が合ってるだろ、俺らに」
彼女が蝶で俺が蜘蛛なら、その関係は捕食対象と天敵でしかない。
彼女が花で俺が蜘蛛なら、それこそ関係なんて存在しない。同じ空間にあるというだけ。
でも。花と蝶なら。
蝶は、花の蜜なしで飢えを満たすことはできないし、花は、蝶が訪れなければその命を繋いでいくことはできない。
彼女は俺の花で、俺は彼女の蝶だ。
『…うん』
「決まったらさっさと出るぞ。鳥肌がたってくる」
『あ、待って。名前と日付いれてもらうから』
「……」
結局更に30分以上いることになった。
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冬ということもあり日が沈むのは早い。
店を出た時には薄暗くなって、イルミネーションの点灯が始まっていた。
モールの中央には大きなクリスマスツリーもあって。
そこへ向かえば、まだ早い時間なのだろう、そんなに混んではなかった。
『大きいねー』
「ああ」
『綺麗だね』
「そうだな」
『今日、楽しかった?』
「…ああ。お前は?」
『うん、楽しかった』
「…そう」
ツリーを見上げながら、ポツリポツリと会話する。
初デートどころか、家や学校以外の時間を共有することなんてなかったから。
外で彼女と一緒にいるのは不思議な感覚だった。
…同じ家に帰るようなものなのに、帰りたくないと感じるなんて。
『また、どっか一緒に行こうね』
彼女も同じだったのだろうか、俺のジャケットの端を掴みながらこちらを見上げていた。
「そうだな。……寒くなってきたし、帰るか」
その手と視線に気付き、手を離させて繋げば。
『!!…うん』
驚いたように目を丸くして、それから嬉しそうにはにかんで指を絡めてきた。
寝るとか、彼女を宥めるとか、何度も触れたことのある手のはずなのに。
存外恥ずかしかった。
でも。
(悪くねぇな)
彼女の嬉しそうな顔と、きつく握られる指は。
俺にとっても満たされるものだった。
まさかその場に知り合いがいたとも思わず。
「は…?」
翌日、"クリスマスプレゼント"とタイトルの入った画像が携帯に届いていた。
その写真写っているのが、先日のクリスマスツリーの前で手を繋いだ自分と彼女。
しかも正面から。
(知らないアドレス?誰だ?)
反応に困っていれば追伸が入って。
"中学一緒やった娘やろ?彼女?服も流行りのゆるリンクとかいうやつか?どっちの趣味や?"
(疑問符どんだけ使うんだよ、ゆるリンクとか知らねぇわ)
この胡散臭い関西弁は…今吉先輩こと妖怪サトリだろう。中学の時、連絡網用に教えたアドレスをまだ持っていたらしい。
面倒だから無視しようと暫く放っておけば、再び携帯が鳴く。
しかし、今度は部員からのlineで。
原<羽影ちゃんとデートしたの?
花<なんで
古<知らない奴から画像が届いた
貼付された画像が、さっき届いた、クリスマスツリーの、あれ。
"どこで部員の連絡先手に入れたんですか"
"そんなん気にすんなや。で、彼女?彼女やな?またどっかで会ったら紹介よろしゅう。ほな"
「……」
冷やかしか?
一体何の用事があって…
ってか絶対紹介したくないんだが。
原<ってかゆるリンク?
山<なにそれ
原<ペアルック手前みたいなやつ。羽影ちゃんのブーツと花宮のジャケのファーとか
古<ジャケットの色とリボンの色もそれか
その間も、lineは勝手に続いていて。
ゆるリンクとやらは理解した。
『真君?なんか険しい顔してるけど、大丈夫?』
「お前、今吉先輩って覚えてるか」
『中学の時の…眼鏡の人かな?』
「ああ。あいつが送ってきた」
画面を見せれば紡がれるのは沈黙で。
やっと出てきた言葉が
『記念写真、貰ったと思えば…』
で。
そりゃベストショットかもしれねぇけど。
転送はしてやるけども。
「しかも霧崎の部員に転送されてる」
『……』
lineのやりとりを見せれば、今度こそ絶句だった。
が、何故か少しずつ朱をさしていく頬。
「おい、」
『…やっぱり原君目敏いや…今吉さんも』
「は?」
それを指摘しようとすれば、『ゆるリンク、わざとだったの』と、はにかまれた。
俺がペアとか嫌がると思ったらしい。揃いのアクセサリーを断られたとしても、気持ちだけでもペアに…と考えたのだとか。
『ごめんね、なにも言わなくて』
もう、着てもらえないかな…。なんて考えてるんだろう、サトリじゃなくても解るその不安げな表情に。
「はあ…この程度でいいならしてやるよ。キーホルダーも使ってる」
らしくないな…と思いながらも、そう返事して。
お互いの家の鍵をつけたキーホルダーを翳したのだった。
Fin
(花宮からlineの返事がない)
(どうせイチャイチャして忘れてるんでしょ)
(でもあの羽影可愛かったよな)
(花宮の前で言ったら命の補償がないけどね)
(…だな)
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