花と蝶
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《高2秋 冬杯》
そんな夏を過ごし、秋になり。ウィンターカップの予選が始まる。
それまで、俺達の間に大きな変化はなかった。
強いて言えば、向かい合って眠るようになった。あと、彼女が放課後の練習を覗いていくようになった。
そのくらい。
それを知ってか知らずか瀬戸が話しかけてきた。
「デートとかしないの?」
「いつも家で一緒にいんのにわざわざデートなんておかしいだろ」
「女の子はそうでもないかもよ?来年は受験もあるし、一回くらい誘ってみたら?」
「…デート、ねぇ」
平日は私生活を共に過ごして、休日は練習があれば一緒にいるし、なくても彼女が家事をするのを見ながら読書してる。彼女も家事を終えれば近くで自分のことをしたり、休憩したりしている。
今更デートと言われても、一緒に出掛ける先もない。
というか。
「…無駄口叩いてる場合じゃねぇんだよ。練習しろ、練習」
ウィンターカップの予選は目前だ。
いくら勝ちに拘らないとはいえ、強くなければ相手の悔しがる顔は見れない。
「真面目なのか不真面目なのか、相変わらず解らないね」
欠伸をしながら体育館に戻るのを確認して、自分も練習に加わった。
『予選、順調だね』
「ここまではな。想定内だ。秀徳は格上だし、棄ててあとの2校は抑える」
予選が始まり、出だしは順調だった。俺としても愉しい試合ができていたし。
ベッドで向かい合ってそんな話をする。
『楽しみにしてる』
「勝ってほしいのか?」
『うーん…せっかくあんなに練習してるんだもの、成果が出ればいいなって。バスケしてる真君格好いいから、一戦でも多く見たいしね』
「…バァカ。そうやすやす負けねぇよ」
ああもう、なんなんだこいつ。
『そうだね』
笑って小さく見動いだ彼女の頭を軽く撫でる。
それを嬉しそうに享受するものだから、こちらまでくすぐったくなった。
「…行けなかったら行けなかったで、クリスマスでもどっか行くか」
『え…』
「んだよ」
『…もう、純粋に応援できなくなっちゃうからそんなこと言わないで』
瀬戸のいうことは一理あったようだ。
「ふはっ、予選とはいえ応援しないとか」
『するよ!…明日、楽しめるといいね』
彼女は、頑張れとか言わない。努力とか、絆とか、俺が好きじゃないのを知っているから。
「楽しくないことなんて、俺はしないんだよ………、寝るぞ」
ただ、試合が色づくのは、こいつがいるから。
そう思うようになった。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
試合当日、泉真館に勝ち、秀徳戦は言った通り棄てていた。
面倒なのは誠凛だ。
虫酸が走る程のイイコチャンぶり。
努力していれば報われる、想いの強い方が勝つ。
なんて。
馬鹿らしくて笑えてくるし、苛立って仕方ない。
(努力すれば報われるなら、あいつは…)
それは、報われないのに努力し続けたあいつを、本物のイイコチャンを知っているから。
それに、
その寂しさを埋める為に俺みたいな奴に依存して、お互いを繋ぎ留めるために依存しあった自分達がいるから。
(てめーらのは友情ごっこだっていうんだ)
ああ。
全部壊してしまいたい。
***ヒロイン視点
解っていても不思議に思う。
彼らは、ラフプレーなんてしなくても強い。
だからこそ、勝つための行為ではないと見せつけられるのだけど。
(あんまり、聞きたくはないんだよね)
試合後の彼らに向けられる罵声や、恨みの視線。
誠凛からも、強い怒りを含む言葉や視線を向けられる。
真君も、彼らも、それだけの人ではない。
ただ、バスケをしている時だけは…悪戯を楽しむ子供と一緒なのだ。
解っている故に、耳を塞ぎたくもなるし、目をつむりたくもなる。
でも、その悔しがる姿や恨みすら、彼らの活動源になっていた。
それに、
(楽しそうだな、真君)
頭のいい彼は、狡猾なまでのプレーをする。それが成功した時の楽しそうな様子は、まさに悪童。
私がそれを止めて欲しいと思う理由は、彼が悪く言われるのを聞きたくないからであって。道徳的に、とか、そんなのはどうでもよかった。
だって、少し安心するから。
(彼も、子どもなんだ)
同い年の、高校生。
頭がよくて、なんでも解ってしまう彼。
私と居るとき以外で、真君に子どもらしさが出るところはバスケしかない。
(どうか。上手くいきますように)
勝たなくても、いい。
相手の選手が多少怪我しても、申し訳ないけどそれでもいい。
ただ、真君が。
傷つきませんように。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
私達がウィンターカップに出場することは叶わなかった。
誠凛との試合に負けて。
試合の勝敗はもとよりそこまで気にしていなかったが、もっと違うところで負けた感じである。
「花宮のご機嫌、斜めを通り越して水平か垂直になるんじゃないの」
「寧ろ一周して元に戻りそうな勢いだな」
メンバーも言う通り、真君にとって面白くない試合だったのは確かだ。
木吉君にしろ、黒子君にしろ。
「…なあ、羽影はこの試合見ても俺らのマネージャー続けんの?」
皆、真君に聞こえないようこそこそと話をしている中、山崎君がそう聞いてきた。
『私は続けたいよ。…あんまりああいうのに賛成してるわけじゃないけど…1番近くで見てたいし、1番近くで応援したいから』
「羽影ちゃんってば健気ー」
「応援は花宮だけじゃなくて俺達も頼むな」
『聞こえてたの?…当然でしょ』
「…てめーら全員聞こえてんだよ」
先頭を歩いていた真君が不機嫌そうに振り返った。
「わー、オコな花宮の相手とかマジ勘弁。羽影ちゃんなんとかして」
『え、え』
「マネージャー業務で1番大切な仕事だからな、花宮のご機嫌とり」
「言えてる」
原君に押されて真君の横に並んだ。
長い付き合いだからピリピリしてるのは解るし、なんで苛ついてるのかもわかる。
『…真君』
「…」
『スチールかっこよかったよ。ティアドロップも、レイアップもかっこよかった』
「…」
『誰よりもかっこよかったから…また見せてね』
最後の言葉はとても小さかった。真君以外には聞かれたくなかったから。
でも、彼には届いたようだった。
「…ったり前だろ」
横目で私を一瞥して、いつもの少し意地悪な顔で笑った。
「機嫌直った?」
「羽影さん効果覿面だな」
「んじゃ、邪魔者は帰ろうぜ」
それを見た皆が、帰宅中の進路を変えていく。
『え、だって皆もこっち側じゃ…』
「いいの、俺らはマジバよるから。花宮はどうせ来ないし、羽影ちゃんまた打ち上げしようねー」
『あ…行っちゃった』
試合後とは思えないくらい足早に皆は帰っていって。
ぽつんと真君と取り残された。
「……帰るぞ。腹へったし」
『今日は何がいい?』
「…シチュー。時間かかってもいいから、ルゥ使わないやつ」
『お腹空いたっていったとこなのに』
疲れている筈なのに、私の荷物まで持ってくれながら帰路につく。
ピリピリしたオーラこそないが、まだムカムカしているというか、不快なんだろう。彼が手の込んだものを食べたがるのはそういう時だ。
「……」
『でもね、シチュー食べたいって言う気がしてたから野菜とお肉は煮てあるんだ。あんまり時間かからないよ』
「…、クリームシチューな」
『うん。生クリームだけ買って帰らせてね』
私は、今まで一緒に帰ることなんて殆どなかったから。少し新鮮でドキドキしていて。
真君は何か言いたげにたまにこちらを見ていたけど、結局その口を開くことはなかった。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「…なあ」
『うわ、びっくりした。火使ってるから危ないよ。ご飯はもう少しだけど、なぁに?』
「…別に」
『そう?ふふ、なんかくすぐったい』
「嫌か?」
『嫌じゃない』
部屋着に着替えてキッチンに入ってきた真君は、小麦粉を炒める私の後髪を弄っている。
「…することあるか」
『手伝ってくれるの?じゃあ食器出して、あとレタスちぎってほしいな』
後を軽く振り返りながら言えば。ん、と短い返事をして手伝ってくれた。
取り立てて会話することもなく静かに夕食を終えて、真君と並んでソファーに座る。
ずっと何か言いたそうなのに、中々言い出さない彼は、なんだか真君らしくない。
お風呂を沸かしに行こうとすれば、シャワーでいいからと腕を捕まれてまた座る。
(傍にいろ、ということかな)
私を掴むその腕にもたれるように寄りかかった。
彼は一瞬驚いたように身動いだけれど、何も言わず私を見下ろしている。
『…私は真君の味方だよ。真君が好きだから。…だからね、真君が悪く言われるのを聞きたくないの。それだけ』
「…負けないって言ったことには」
『確かにもっと真君の試合見たかったけど。来年もあるし、気にしてないよ』
それに、あんなカッコいい真君、あれ以上見てたら血が沸騰しちゃう
最後、おどけてそう言えば。
ふはっ、と笑い声とも吐息ともつかない音が降ってきて。
「…来年はお前用のアイシングも持って試合いかねぇとな」
『そうだね』
少し赤らんだ顔で微笑してくれた。
やっぱり、そんなことを気にしていて。随分かわいらしい悪童だ。
笑ってくれてよかった、なんてその顔を見上げていれば。
前髪を避けられて
「…まあ、冬の予定は空いちまったから。クリスマス、行きたいとこ考えとけよ」
『!!…本当に?』
「なんだよ、行きたくないなのか?」
『違う!行きたいけど、その、それって…』
デートのお誘いを受けた。
今まで一緒に出かけたのなんて、スーパーの買い物くらい。
もともと二人でいる時間が長く、常にお家デートみたいなものだったから。
誘ってもらえるなんて思ってなかった。
「…今更初デートだな。まあ、飯は家で食うけど」
『真君…』
「あ?」
『もう、沸騰しそう…』
だからか、私のキャパシティーは一杯一杯だった。
ただでさえ、今日は真君の試合を見てたのだ。不可抗力とはいえ興奮冷め遣らぬまま口から出した、カッコいいとか好きだとか。
今更恥ずかしいし、その上デートとか…
「ふはっ、真っ赤」
『今見ないで…恥ずかしい』
「なんだよ、俺のせいじゃねぇだろ」
『…っ、真君がカッコいいのが悪い』
「お前さっきから聞いてれば…」
思わず顔を伏せれば、そのまま抱き締められて一層体が熱くなる。
「お前がどんだけ俺が好きかはよく解ったわ。だが忘れんな」
俺だって雨月が好きなんだ。
「あんま煽ってんじゃねぇよ」
シャワー浴びてくる、と真君が席をたって。
(う…わ。うわぁ…)
一人になった部屋に自分の忙しない心臓の音が響くようだった。
Fin.
そんな夏を過ごし、秋になり。ウィンターカップの予選が始まる。
それまで、俺達の間に大きな変化はなかった。
強いて言えば、向かい合って眠るようになった。あと、彼女が放課後の練習を覗いていくようになった。
そのくらい。
それを知ってか知らずか瀬戸が話しかけてきた。
「デートとかしないの?」
「いつも家で一緒にいんのにわざわざデートなんておかしいだろ」
「女の子はそうでもないかもよ?来年は受験もあるし、一回くらい誘ってみたら?」
「…デート、ねぇ」
平日は私生活を共に過ごして、休日は練習があれば一緒にいるし、なくても彼女が家事をするのを見ながら読書してる。彼女も家事を終えれば近くで自分のことをしたり、休憩したりしている。
今更デートと言われても、一緒に出掛ける先もない。
というか。
「…無駄口叩いてる場合じゃねぇんだよ。練習しろ、練習」
ウィンターカップの予選は目前だ。
いくら勝ちに拘らないとはいえ、強くなければ相手の悔しがる顔は見れない。
「真面目なのか不真面目なのか、相変わらず解らないね」
欠伸をしながら体育館に戻るのを確認して、自分も練習に加わった。
『予選、順調だね』
「ここまではな。想定内だ。秀徳は格上だし、棄ててあとの2校は抑える」
予選が始まり、出だしは順調だった。俺としても愉しい試合ができていたし。
ベッドで向かい合ってそんな話をする。
『楽しみにしてる』
「勝ってほしいのか?」
『うーん…せっかくあんなに練習してるんだもの、成果が出ればいいなって。バスケしてる真君格好いいから、一戦でも多く見たいしね』
「…バァカ。そうやすやす負けねぇよ」
ああもう、なんなんだこいつ。
『そうだね』
笑って小さく見動いだ彼女の頭を軽く撫でる。
それを嬉しそうに享受するものだから、こちらまでくすぐったくなった。
「…行けなかったら行けなかったで、クリスマスでもどっか行くか」
『え…』
「んだよ」
『…もう、純粋に応援できなくなっちゃうからそんなこと言わないで』
瀬戸のいうことは一理あったようだ。
「ふはっ、予選とはいえ応援しないとか」
『するよ!…明日、楽しめるといいね』
彼女は、頑張れとか言わない。努力とか、絆とか、俺が好きじゃないのを知っているから。
「楽しくないことなんて、俺はしないんだよ………、寝るぞ」
ただ、試合が色づくのは、こいつがいるから。
そう思うようになった。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
試合当日、泉真館に勝ち、秀徳戦は言った通り棄てていた。
面倒なのは誠凛だ。
虫酸が走る程のイイコチャンぶり。
努力していれば報われる、想いの強い方が勝つ。
なんて。
馬鹿らしくて笑えてくるし、苛立って仕方ない。
(努力すれば報われるなら、あいつは…)
それは、報われないのに努力し続けたあいつを、本物のイイコチャンを知っているから。
それに、
その寂しさを埋める為に俺みたいな奴に依存して、お互いを繋ぎ留めるために依存しあった自分達がいるから。
(てめーらのは友情ごっこだっていうんだ)
ああ。
全部壊してしまいたい。
***ヒロイン視点
解っていても不思議に思う。
彼らは、ラフプレーなんてしなくても強い。
だからこそ、勝つための行為ではないと見せつけられるのだけど。
(あんまり、聞きたくはないんだよね)
試合後の彼らに向けられる罵声や、恨みの視線。
誠凛からも、強い怒りを含む言葉や視線を向けられる。
真君も、彼らも、それだけの人ではない。
ただ、バスケをしている時だけは…悪戯を楽しむ子供と一緒なのだ。
解っている故に、耳を塞ぎたくもなるし、目をつむりたくもなる。
でも、その悔しがる姿や恨みすら、彼らの活動源になっていた。
それに、
(楽しそうだな、真君)
頭のいい彼は、狡猾なまでのプレーをする。それが成功した時の楽しそうな様子は、まさに悪童。
私がそれを止めて欲しいと思う理由は、彼が悪く言われるのを聞きたくないからであって。道徳的に、とか、そんなのはどうでもよかった。
だって、少し安心するから。
(彼も、子どもなんだ)
同い年の、高校生。
頭がよくて、なんでも解ってしまう彼。
私と居るとき以外で、真君に子どもらしさが出るところはバスケしかない。
(どうか。上手くいきますように)
勝たなくても、いい。
相手の選手が多少怪我しても、申し訳ないけどそれでもいい。
ただ、真君が。
傷つきませんように。
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⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
私達がウィンターカップに出場することは叶わなかった。
誠凛との試合に負けて。
試合の勝敗はもとよりそこまで気にしていなかったが、もっと違うところで負けた感じである。
「花宮のご機嫌、斜めを通り越して水平か垂直になるんじゃないの」
「寧ろ一周して元に戻りそうな勢いだな」
メンバーも言う通り、真君にとって面白くない試合だったのは確かだ。
木吉君にしろ、黒子君にしろ。
「…なあ、羽影はこの試合見ても俺らのマネージャー続けんの?」
皆、真君に聞こえないようこそこそと話をしている中、山崎君がそう聞いてきた。
『私は続けたいよ。…あんまりああいうのに賛成してるわけじゃないけど…1番近くで見てたいし、1番近くで応援したいから』
「羽影ちゃんってば健気ー」
「応援は花宮だけじゃなくて俺達も頼むな」
『聞こえてたの?…当然でしょ』
「…てめーら全員聞こえてんだよ」
先頭を歩いていた真君が不機嫌そうに振り返った。
「わー、オコな花宮の相手とかマジ勘弁。羽影ちゃんなんとかして」
『え、え』
「マネージャー業務で1番大切な仕事だからな、花宮のご機嫌とり」
「言えてる」
原君に押されて真君の横に並んだ。
長い付き合いだからピリピリしてるのは解るし、なんで苛ついてるのかもわかる。
『…真君』
「…」
『スチールかっこよかったよ。ティアドロップも、レイアップもかっこよかった』
「…」
『誰よりもかっこよかったから…また見せてね』
最後の言葉はとても小さかった。真君以外には聞かれたくなかったから。
でも、彼には届いたようだった。
「…ったり前だろ」
横目で私を一瞥して、いつもの少し意地悪な顔で笑った。
「機嫌直った?」
「羽影さん効果覿面だな」
「んじゃ、邪魔者は帰ろうぜ」
それを見た皆が、帰宅中の進路を変えていく。
『え、だって皆もこっち側じゃ…』
「いいの、俺らはマジバよるから。花宮はどうせ来ないし、羽影ちゃんまた打ち上げしようねー」
『あ…行っちゃった』
試合後とは思えないくらい足早に皆は帰っていって。
ぽつんと真君と取り残された。
「……帰るぞ。腹へったし」
『今日は何がいい?』
「…シチュー。時間かかってもいいから、ルゥ使わないやつ」
『お腹空いたっていったとこなのに』
疲れている筈なのに、私の荷物まで持ってくれながら帰路につく。
ピリピリしたオーラこそないが、まだムカムカしているというか、不快なんだろう。彼が手の込んだものを食べたがるのはそういう時だ。
「……」
『でもね、シチュー食べたいって言う気がしてたから野菜とお肉は煮てあるんだ。あんまり時間かからないよ』
「…、クリームシチューな」
『うん。生クリームだけ買って帰らせてね』
私は、今まで一緒に帰ることなんて殆どなかったから。少し新鮮でドキドキしていて。
真君は何か言いたげにたまにこちらを見ていたけど、結局その口を開くことはなかった。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「…なあ」
『うわ、びっくりした。火使ってるから危ないよ。ご飯はもう少しだけど、なぁに?』
「…別に」
『そう?ふふ、なんかくすぐったい』
「嫌か?」
『嫌じゃない』
部屋着に着替えてキッチンに入ってきた真君は、小麦粉を炒める私の後髪を弄っている。
「…することあるか」
『手伝ってくれるの?じゃあ食器出して、あとレタスちぎってほしいな』
後を軽く振り返りながら言えば。ん、と短い返事をして手伝ってくれた。
取り立てて会話することもなく静かに夕食を終えて、真君と並んでソファーに座る。
ずっと何か言いたそうなのに、中々言い出さない彼は、なんだか真君らしくない。
お風呂を沸かしに行こうとすれば、シャワーでいいからと腕を捕まれてまた座る。
(傍にいろ、ということかな)
私を掴むその腕にもたれるように寄りかかった。
彼は一瞬驚いたように身動いだけれど、何も言わず私を見下ろしている。
『…私は真君の味方だよ。真君が好きだから。…だからね、真君が悪く言われるのを聞きたくないの。それだけ』
「…負けないって言ったことには」
『確かにもっと真君の試合見たかったけど。来年もあるし、気にしてないよ』
それに、あんなカッコいい真君、あれ以上見てたら血が沸騰しちゃう
最後、おどけてそう言えば。
ふはっ、と笑い声とも吐息ともつかない音が降ってきて。
「…来年はお前用のアイシングも持って試合いかねぇとな」
『そうだね』
少し赤らんだ顔で微笑してくれた。
やっぱり、そんなことを気にしていて。随分かわいらしい悪童だ。
笑ってくれてよかった、なんてその顔を見上げていれば。
前髪を避けられて
「…まあ、冬の予定は空いちまったから。クリスマス、行きたいとこ考えとけよ」
『!!…本当に?』
「なんだよ、行きたくないなのか?」
『違う!行きたいけど、その、それって…』
デートのお誘いを受けた。
今まで一緒に出かけたのなんて、スーパーの買い物くらい。
もともと二人でいる時間が長く、常にお家デートみたいなものだったから。
誘ってもらえるなんて思ってなかった。
「…今更初デートだな。まあ、飯は家で食うけど」
『真君…』
「あ?」
『もう、沸騰しそう…』
だからか、私のキャパシティーは一杯一杯だった。
ただでさえ、今日は真君の試合を見てたのだ。不可抗力とはいえ興奮冷め遣らぬまま口から出した、カッコいいとか好きだとか。
今更恥ずかしいし、その上デートとか…
「ふはっ、真っ赤」
『今見ないで…恥ずかしい』
「なんだよ、俺のせいじゃねぇだろ」
『…っ、真君がカッコいいのが悪い』
「お前さっきから聞いてれば…」
思わず顔を伏せれば、そのまま抱き締められて一層体が熱くなる。
「お前がどんだけ俺が好きかはよく解ったわ。だが忘れんな」
俺だって雨月が好きなんだ。
「あんま煽ってんじゃねぇよ」
シャワー浴びてくる、と真君が席をたって。
(う…わ。うわぁ…)
一人になった部屋に自分の忙しない心臓の音が響くようだった。
Fin.