花と蝶
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《高2夏 発熱》
「お前、なんか食ったの?」
『なんにも。…お腹、空いてない』
「何か食べねぇと薬飲めないだろうが。とりあえずスポドリ飲め」
『くすり、のんだよ』
「飲んでその熱か。夜風なんかあたるからまだ38℃あるし。朝も下がってなかったら病院いくからな」
『…』
スポドリを渡して、氷嚢を首にあててやる。
ソファに縮こまる彼女は、熱っぽく赤らんだ顔で頷いた。
『真君の、ご飯…冷凍庫にいっぱいおかずあるから、好きなの食べて』
「今くらい自分の心配しとけよバァカ。…粥くらいなら食えそうか?」
『…?うん、多分。でも、』
「不味くても文句言うなよ」
鍋に適当に飯と水と塩を入れて煮た。その鍋に、ネットで調べて卵とネギをいれる。
ネギは彼女が刻んで保存していた物だ。
驚いたように、でも、嬉しそうに彼女はその様子を眺めている。
『…真君に、料理してもらうの初めてだね』
「誰かに作ったのなんか俺も初めてだわ。ってか、料理も調理実習以来だっての」
『私も、誰かが作ってくれたご飯久しぶり。…もう美味しい気がする』
「ふはっ、んだよそれ」
笑いながら粥を茶碗によそり、スプーンと一緒に差し出す。
鍋に残った量を見て、作りすぎたと解った。
『真君は?』
「あ?後で適当に」
『一緒に食べよ?待ってるから』
「…じゃあ俺も粥でいい。走り疲れて食欲ないし」
『…ごめんね』
「そう思うなら二度とするな」
余りから自分の分も茶碗によそって、ソファに座った。
いつもはテーブルで向かい合っているから、少し不思議な感じがする。
『…いただきます』
「ん。……っ、」
『どうしたの?』
「お前、しょっぱくねぇの?」
『熱で味覚鈍麻してるのかなぁ。美味しいよ?』
ゆっくり、少しずつ食べ進める彼女は、時折"美味しい"と呟いて、茶碗を大事そうに抱えた。
保温の為に体にまとっているバスタオルが、いっそう彼女を幼く見せる。
「…無理しなくていい」
『してない。おいしいし、うれしい。もっと、食べたい』
「……手、震えてる」
『腕、疲れちゃった』
「ったく…貸せ」
茶碗とスプーンを取り上げて、食事介助をしてやった。
(雛鳥みたいだな)
口をうっすら開けて待っているのをみると、そんなことを思う。
それは、彼女も同じだったようだ。
『なんか、雛と親鳥みたい』
「だな」
『お母さんに、お粥作ってもらったことなかったのになぁ。…熱だしてもこんなに、してもらったことないや』
「……」
『ありがとう。すごくおいしかったし、すごくうれしかった』
「…あっそ」
そういえば。
インフルエンザかなんかで小学校の頃休んで、ちっともよくならなくて半月くらい休んでたこともあったな、こいつ。
「……あとは」
『ふぇ?』
「なんだその間抜けた返事は。…してほしいことあんのかって聞いてんだよ」
『!!』
そうだよな、驚くよな。
俺だって驚いてんだから。
ただ、もっと。
こいつは甘えてもいいと思ったし。
こいつになら甘えられてもいいと思った。
.
『一緒に、寝て?』
「バァカ。いつも寝てんだろうが」
『風邪、うつるかもしれないよ?』
「お前のは風邪じゃなくて大方疲労だろ。うつらねぇよ」
彼女はよたよたと階段を上がり、一緒にベッドへ転がった。
『さっきの、まだ有効?』
「…言ってみろ」
『背中、さすってほしい』
「…」
『いいの、手を繋いでくれれるなら、それだけで…ぅわっ!』
「…こうじゃなきゃ手が届かないだろ」
抱き寄せる様に向かい合って、邪魔な下になる腕を折り曲げて枕がわりにし、上になる腕を彼女の背に回した。
もとより夏で夜でも気温はそこそこ高いのに、加えて彼女の熱で尚暑い。
まして、この距離。
俺の心臓は随分早く脈打っていた。
(まずいな)
そして、彼女の頭は胸の近くにある。
聞こえてくれるなと思うのに、彼女から擦り寄ってきたから。つい硬直した。
『真君…』
「…なんだ」
『この前の合宿で、私泣いたでしょ?寂しくない辛くない苦しくない、そんなの嘘。口にしたら解った、ずっと寂しかったし辛くて苦しかったの。……でも、もういい』
「……」
『お母さんがいなくても、お父さんが帰って来なくても。真君がいてくれれば、それでいい。真君がいたから、寂しくても寂しくなかったし、辛くても頑張れた。…だから、もう少し…もう少し、傍にいて』
「…バカ」
でも、その硬直もすぐにとけた。子供をあやすように背中を撫でながら、溜め息をつく。
いくら熱があるといっても浮かされすぎだし、煽りすぎだ。
「もう少しってなんだ。この先手放してやる気は毛頭ねぇ」
『…!』
「…ああもう、めんどくせぇな。お前じゃなきゃ探しになんていかない、お前じゃなきゃ我が儘なんて言わせない。解るか?」
顔をあげようと身動いた雨月を、胸に押し付けた。
早鐘を打つ心音は彼女に届くだろうか。
騙してなんかないし、癪に障るが俺が煽られている。
それを伝える方法、他に思い付かないくらいには切羽詰まっていた。
『…っ、まこと、くん。自惚れてもいいの?だって、わたし、…』
「これで解らないとか頭悪すぎ。……お前が特別だって、雨月が好きだっつってんだ。解れ」
胸元から聞こえる嗚咽と、湿り気を帯びてくるシャツで彼女の涙を察する。
それと同時に、縋るような手には一層力が入って。
『私も…好き。真君の傍にいたい、真君じゃなきゃ嫌だ』
(なんだ、躊躇しなくてもよかったのか)
「好き」
という言葉は。
思っていたより軽くなかった。
..
目が覚める、という感覚でいつの間にか寝ていたことを悟った。
(夢じゃねぇんだな)
腕におさまったまましがみつくような彼女を見て、それも確信する。
額に触れれば熱といえる程のものもなかった。
『…、おはよ……っ!』
「おはよう。何驚いてんだ」
『だ、だって』
「因みに夢じゃねぇから。覚えてないとか言わせねぇし」
『い、言わない!』
「…朝から元気だな…。熱もねぇし大丈夫だとは思うが、大事をとって今日は休め」
触れたことで目を覚ました彼女は、はっとしたように目を見開いたかと思えば、オロオロと視線を泳がせ始めた。
熱に浮かされていた自分を覚えているんだろう。
熱もないのに赤くなる雨月を面白く思いながら髪をくしゃりと撫でた。
『…やだ、学校いく』
「やだじゃねぇよ。学校で倒れても困る」
『……だって』
離れたくないから。
と続く言葉は、彼女の心の傷が浅くないことを物語っていた。それに、ぎゅっと縋るように力の入った腕に、心臓を直接掴まれたような気持ちになる。
「…馬鹿。今日から進路相談で半日しか授業ないだろうが」
『午後は部活あるでしょ?見に行きたい』
「来んな。部活出ないで帰ってきてやるから」
『だ、駄目だよ…真君キャプテンだもの』
「じゃあキャプテンが病み上がりのマネをこきつかったって噂がたつな」
『…う』
イイコチャンな彼女は、迷惑をかけるという選択はできない。
さして迷惑でもないのだが、効果は覿面で大人しくなる。
「ちゃんと帰ってくるから」
『…ありがと…』
そして、そんな言葉に安堵の表情を浮かべた。
***
「花宮、羽影ちゃん大丈夫?」
「疲れが溜まっただけだろ、大事じゃない」
「ふーん?」
「花宮も疲れてるんじゃないか?顔色よくないが」
「花宮の血色がよくないのは前からだけど、隈できてるよ」
「羽影さんとなにかあったのか」
「なんでもかんでも羽影に繋げんじゃねぇよ」
朝練、昼休みともに雨月の話題が絶えない。
この後の午後の練習だってどうしたものかと気を揉んでいるのに。
「だって、花宮がまともな思考できなくなるのはマネ絡みだけだから。午後練はなんとかするから帰ったら?心配なんでしょ?」
「はぁ?」
「花宮がどうかより羽影さんが待っているんじゃないか?」
「あれ?いつの間にか進展したの?原ちゃん初耳」
「俺もだわ。瀬戸と古橋は何で知ってんの?」
「瀬戸…お前」
「誰にも話してない。古橋の情報源は彼女本人でしょ、委員会一緒みたいだし」
「口止めされてたんだがな、緊急事態だからやむを得ないだろう」
「………………」
自覚する前にこいつらに気づかれてたとか、ダサすぎる。
まあ隠す必要については特にないんだろうが、絶対面倒だ。いや隠していた方が反応に困るだろうな、雨月が。
「今日は帰るんだろ?見舞いだ。庭の花と、パン焼いてきた」
「古橋の女子力パないわー。俺とザキなんて栄養ドリンクだよ。はい」
「俺からは梅干し。クエン酸は疲れにいいから」
「瀬戸はばあちゃんか」
「ザキと原はオジサンだね」
あれよあれよと手元に集まる見舞品。
あいつ、好かれてんな。
「何より、花宮が傍にいる方がいいだろ。鍵は俺が閉めるから」
「部誌は俺が書いてあげるよ」
「じゃあ俺は備品チェックしとくわ」
「掃除も分担しとくし」
多分、俺も気を使われている。
「…ふはっ、まるで邪魔者扱いだな」
「追い出してんの。代償は[#dn=1#]ちゃんとの詳細でいいよ。ノロケはいらないけど」
「じゃあ明日、結果報告待ってるから」
「…てめぇら」
苛立ちはするものの、早く帰れるにこしたことはない。
結果報告、というかは解らないが釘をさせるなら新しい関係を話したってマイナスではないだろう。
.
家に帰れば、彼女は未だにベッドにいて。枕を抱えて座っていた。
「…帰ったけど」
『!おかえり、え、あ、部活…』
「帰れって追い出された。他のやつらから見舞品預かってる。……ってか、古橋になに話してんだよ」
『…古橋君、内緒にしてっていったのに』
まあ、俺も瀬戸に話したしそれはいいとしよう。
「まあ、その件は明日散々聞かれるだろうから覚悟しとけよ」
『……皆目敏いよね。私が自覚するより早かったみたいだし』
「正直関係が関係だったから…そういう言葉で繋ぐのも今更な気もするがな」
『そうだよね。好きって言葉に違和感があるのはそのせいかな。確かに好きだけど…最初から好きだったし…なんかいい言葉がないなぁ』
「……お前、無自覚?」
え?と首を傾げる彼女に頭が少し痛んだ。
好きって言い過ぎだし、最初から好きってなんだ。
自覚したのは最近って言ったばかりなのに。
「もういい、今日は考えるのなしだ。よく休め」
『うん、あ、でもご飯…洗濯も…』
「もしもの為って冷凍してんだから今使えよ。洗濯機回すくらい俺もできる」
『じゃあお風呂くらいやるから、ね?』
「…やりたいんだろ、好きにしろよ」
休めといってもじっとしていられないらしい。
ちょこちょこと家事に手を出しては、俺の後をついてまわる。
「…、」
『あ…邪魔?』
「別に。ただまあ、本当に俺のこと好きな」
『うん。好き。大好き』
「…お前は……」
夜になっても一向に離れない彼女は、腕が触れる距離で予習をしている。
隣で課題をやる俺の肘も度々ぶつかるが、それにすらニコニコしていて。
からかってやろうと声をかけたら、まっすぐすぎる答にこちらがダメージをうけた。
『嫌だったら、言わないから』
「…、雨月」
嫌、とかそういうことじゃない。そうじゃないが言葉にするのは憚られた。
だから、同じ思いをすればいい。
「俺も好きだ。…嫌じゃないのはわかれよ」
肩を少し引き寄せて囁けば、彼女は顔を赤く染めてはにかんだ。
『…嬉しい。だけど、ちょっとくすぐったいね』
多分、彼女が言うから可愛らしく見えるんだろう。
俺が言ったら痛いにも程があるし、柄じゃない。
***
翌日
『ご心配おかけしました。お見舞ありがとう、お陰で元気になりました』
「いいよーそんな固くならなくて」
「お見舞云々より花宮じゃないのか」
「古橋ってオブラート使わないよな」
「でも花宮の報告は貰うって話だったよね」
復帰した雨月の隣に立ってことの成り行きを見ていれば結局こうだ。
"どうするの?"と言わんばかりの視線を彼女から感じる。
「…とりあえず、手を出したらブッ潰す。あと、雨月はマネである以前に俺のだ」
「ww独占欲の塊www」
「花宮、羽影さんが心の準備できてなかったらしいぞ」
「マネ顔隠しなよ。真っ赤」
「花宮ってそういうこと言えんだな」
真っ赤になった彼女は、瀬戸の言葉で慌てて顔を隠したが。
(…、悪くないな)
少し嬉しそうに口角をあげていた。
「じゃあ、羽影ちゃんからも一言」
『え、え!』
「俺に報告するのは義務だろ」
『ならこっそりでいいじゃない…』
「はーやーくー」
『……、部活中に真君って呼んだらごめんなさい』
「うわ、地味に刺さる」
「花宮も何気に名前呼びしてたしな」
雨月はそれが精一杯だったらしく、恥ずかしそうに俯いている。
「こんなとこだろ。練習始めるぞ」
「んー、これでじれったい日々から解放されるね」
「見てるこっちがもどかしかったからな」
「……つべこべ言ってんじゃねぇよ。お前は好きにしろよ、自習室なり帰るなり」
『見てく』
「怪我しない場所にいろよな」
(くっついてもあんま変わらないんじゃね?)
(俺もそんな気がしてきた。むしろ公認にしたせいで余計ノロケな気がしてくる)
(みてるだけで幸せなかんじだな)
(マジでくっついたんだ)
(((((ってか、)))))
あれが花宮とか信じられない。
Fin.
「お前、なんか食ったの?」
『なんにも。…お腹、空いてない』
「何か食べねぇと薬飲めないだろうが。とりあえずスポドリ飲め」
『くすり、のんだよ』
「飲んでその熱か。夜風なんかあたるからまだ38℃あるし。朝も下がってなかったら病院いくからな」
『…』
スポドリを渡して、氷嚢を首にあててやる。
ソファに縮こまる彼女は、熱っぽく赤らんだ顔で頷いた。
『真君の、ご飯…冷凍庫にいっぱいおかずあるから、好きなの食べて』
「今くらい自分の心配しとけよバァカ。…粥くらいなら食えそうか?」
『…?うん、多分。でも、』
「不味くても文句言うなよ」
鍋に適当に飯と水と塩を入れて煮た。その鍋に、ネットで調べて卵とネギをいれる。
ネギは彼女が刻んで保存していた物だ。
驚いたように、でも、嬉しそうに彼女はその様子を眺めている。
『…真君に、料理してもらうの初めてだね』
「誰かに作ったのなんか俺も初めてだわ。ってか、料理も調理実習以来だっての」
『私も、誰かが作ってくれたご飯久しぶり。…もう美味しい気がする』
「ふはっ、んだよそれ」
笑いながら粥を茶碗によそり、スプーンと一緒に差し出す。
鍋に残った量を見て、作りすぎたと解った。
『真君は?』
「あ?後で適当に」
『一緒に食べよ?待ってるから』
「…じゃあ俺も粥でいい。走り疲れて食欲ないし」
『…ごめんね』
「そう思うなら二度とするな」
余りから自分の分も茶碗によそって、ソファに座った。
いつもはテーブルで向かい合っているから、少し不思議な感じがする。
『…いただきます』
「ん。……っ、」
『どうしたの?』
「お前、しょっぱくねぇの?」
『熱で味覚鈍麻してるのかなぁ。美味しいよ?』
ゆっくり、少しずつ食べ進める彼女は、時折"美味しい"と呟いて、茶碗を大事そうに抱えた。
保温の為に体にまとっているバスタオルが、いっそう彼女を幼く見せる。
「…無理しなくていい」
『してない。おいしいし、うれしい。もっと、食べたい』
「……手、震えてる」
『腕、疲れちゃった』
「ったく…貸せ」
茶碗とスプーンを取り上げて、食事介助をしてやった。
(雛鳥みたいだな)
口をうっすら開けて待っているのをみると、そんなことを思う。
それは、彼女も同じだったようだ。
『なんか、雛と親鳥みたい』
「だな」
『お母さんに、お粥作ってもらったことなかったのになぁ。…熱だしてもこんなに、してもらったことないや』
「……」
『ありがとう。すごくおいしかったし、すごくうれしかった』
「…あっそ」
そういえば。
インフルエンザかなんかで小学校の頃休んで、ちっともよくならなくて半月くらい休んでたこともあったな、こいつ。
「……あとは」
『ふぇ?』
「なんだその間抜けた返事は。…してほしいことあんのかって聞いてんだよ」
『!!』
そうだよな、驚くよな。
俺だって驚いてんだから。
ただ、もっと。
こいつは甘えてもいいと思ったし。
こいつになら甘えられてもいいと思った。
.
『一緒に、寝て?』
「バァカ。いつも寝てんだろうが」
『風邪、うつるかもしれないよ?』
「お前のは風邪じゃなくて大方疲労だろ。うつらねぇよ」
彼女はよたよたと階段を上がり、一緒にベッドへ転がった。
『さっきの、まだ有効?』
「…言ってみろ」
『背中、さすってほしい』
「…」
『いいの、手を繋いでくれれるなら、それだけで…ぅわっ!』
「…こうじゃなきゃ手が届かないだろ」
抱き寄せる様に向かい合って、邪魔な下になる腕を折り曲げて枕がわりにし、上になる腕を彼女の背に回した。
もとより夏で夜でも気温はそこそこ高いのに、加えて彼女の熱で尚暑い。
まして、この距離。
俺の心臓は随分早く脈打っていた。
(まずいな)
そして、彼女の頭は胸の近くにある。
聞こえてくれるなと思うのに、彼女から擦り寄ってきたから。つい硬直した。
『真君…』
「…なんだ」
『この前の合宿で、私泣いたでしょ?寂しくない辛くない苦しくない、そんなの嘘。口にしたら解った、ずっと寂しかったし辛くて苦しかったの。……でも、もういい』
「……」
『お母さんがいなくても、お父さんが帰って来なくても。真君がいてくれれば、それでいい。真君がいたから、寂しくても寂しくなかったし、辛くても頑張れた。…だから、もう少し…もう少し、傍にいて』
「…バカ」
でも、その硬直もすぐにとけた。子供をあやすように背中を撫でながら、溜め息をつく。
いくら熱があるといっても浮かされすぎだし、煽りすぎだ。
「もう少しってなんだ。この先手放してやる気は毛頭ねぇ」
『…!』
「…ああもう、めんどくせぇな。お前じゃなきゃ探しになんていかない、お前じゃなきゃ我が儘なんて言わせない。解るか?」
顔をあげようと身動いた雨月を、胸に押し付けた。
早鐘を打つ心音は彼女に届くだろうか。
騙してなんかないし、癪に障るが俺が煽られている。
それを伝える方法、他に思い付かないくらいには切羽詰まっていた。
『…っ、まこと、くん。自惚れてもいいの?だって、わたし、…』
「これで解らないとか頭悪すぎ。……お前が特別だって、雨月が好きだっつってんだ。解れ」
胸元から聞こえる嗚咽と、湿り気を帯びてくるシャツで彼女の涙を察する。
それと同時に、縋るような手には一層力が入って。
『私も…好き。真君の傍にいたい、真君じゃなきゃ嫌だ』
(なんだ、躊躇しなくてもよかったのか)
「好き」
という言葉は。
思っていたより軽くなかった。
..
目が覚める、という感覚でいつの間にか寝ていたことを悟った。
(夢じゃねぇんだな)
腕におさまったまましがみつくような彼女を見て、それも確信する。
額に触れれば熱といえる程のものもなかった。
『…、おはよ……っ!』
「おはよう。何驚いてんだ」
『だ、だって』
「因みに夢じゃねぇから。覚えてないとか言わせねぇし」
『い、言わない!』
「…朝から元気だな…。熱もねぇし大丈夫だとは思うが、大事をとって今日は休め」
触れたことで目を覚ました彼女は、はっとしたように目を見開いたかと思えば、オロオロと視線を泳がせ始めた。
熱に浮かされていた自分を覚えているんだろう。
熱もないのに赤くなる雨月を面白く思いながら髪をくしゃりと撫でた。
『…やだ、学校いく』
「やだじゃねぇよ。学校で倒れても困る」
『……だって』
離れたくないから。
と続く言葉は、彼女の心の傷が浅くないことを物語っていた。それに、ぎゅっと縋るように力の入った腕に、心臓を直接掴まれたような気持ちになる。
「…馬鹿。今日から進路相談で半日しか授業ないだろうが」
『午後は部活あるでしょ?見に行きたい』
「来んな。部活出ないで帰ってきてやるから」
『だ、駄目だよ…真君キャプテンだもの』
「じゃあキャプテンが病み上がりのマネをこきつかったって噂がたつな」
『…う』
イイコチャンな彼女は、迷惑をかけるという選択はできない。
さして迷惑でもないのだが、効果は覿面で大人しくなる。
「ちゃんと帰ってくるから」
『…ありがと…』
そして、そんな言葉に安堵の表情を浮かべた。
***
「花宮、羽影ちゃん大丈夫?」
「疲れが溜まっただけだろ、大事じゃない」
「ふーん?」
「花宮も疲れてるんじゃないか?顔色よくないが」
「花宮の血色がよくないのは前からだけど、隈できてるよ」
「羽影さんとなにかあったのか」
「なんでもかんでも羽影に繋げんじゃねぇよ」
朝練、昼休みともに雨月の話題が絶えない。
この後の午後の練習だってどうしたものかと気を揉んでいるのに。
「だって、花宮がまともな思考できなくなるのはマネ絡みだけだから。午後練はなんとかするから帰ったら?心配なんでしょ?」
「はぁ?」
「花宮がどうかより羽影さんが待っているんじゃないか?」
「あれ?いつの間にか進展したの?原ちゃん初耳」
「俺もだわ。瀬戸と古橋は何で知ってんの?」
「瀬戸…お前」
「誰にも話してない。古橋の情報源は彼女本人でしょ、委員会一緒みたいだし」
「口止めされてたんだがな、緊急事態だからやむを得ないだろう」
「………………」
自覚する前にこいつらに気づかれてたとか、ダサすぎる。
まあ隠す必要については特にないんだろうが、絶対面倒だ。いや隠していた方が反応に困るだろうな、雨月が。
「今日は帰るんだろ?見舞いだ。庭の花と、パン焼いてきた」
「古橋の女子力パないわー。俺とザキなんて栄養ドリンクだよ。はい」
「俺からは梅干し。クエン酸は疲れにいいから」
「瀬戸はばあちゃんか」
「ザキと原はオジサンだね」
あれよあれよと手元に集まる見舞品。
あいつ、好かれてんな。
「何より、花宮が傍にいる方がいいだろ。鍵は俺が閉めるから」
「部誌は俺が書いてあげるよ」
「じゃあ俺は備品チェックしとくわ」
「掃除も分担しとくし」
多分、俺も気を使われている。
「…ふはっ、まるで邪魔者扱いだな」
「追い出してんの。代償は[#dn=1#]ちゃんとの詳細でいいよ。ノロケはいらないけど」
「じゃあ明日、結果報告待ってるから」
「…てめぇら」
苛立ちはするものの、早く帰れるにこしたことはない。
結果報告、というかは解らないが釘をさせるなら新しい関係を話したってマイナスではないだろう。
.
家に帰れば、彼女は未だにベッドにいて。枕を抱えて座っていた。
「…帰ったけど」
『!おかえり、え、あ、部活…』
「帰れって追い出された。他のやつらから見舞品預かってる。……ってか、古橋になに話してんだよ」
『…古橋君、内緒にしてっていったのに』
まあ、俺も瀬戸に話したしそれはいいとしよう。
「まあ、その件は明日散々聞かれるだろうから覚悟しとけよ」
『……皆目敏いよね。私が自覚するより早かったみたいだし』
「正直関係が関係だったから…そういう言葉で繋ぐのも今更な気もするがな」
『そうだよね。好きって言葉に違和感があるのはそのせいかな。確かに好きだけど…最初から好きだったし…なんかいい言葉がないなぁ』
「……お前、無自覚?」
え?と首を傾げる彼女に頭が少し痛んだ。
好きって言い過ぎだし、最初から好きってなんだ。
自覚したのは最近って言ったばかりなのに。
「もういい、今日は考えるのなしだ。よく休め」
『うん、あ、でもご飯…洗濯も…』
「もしもの為って冷凍してんだから今使えよ。洗濯機回すくらい俺もできる」
『じゃあお風呂くらいやるから、ね?』
「…やりたいんだろ、好きにしろよ」
休めといってもじっとしていられないらしい。
ちょこちょこと家事に手を出しては、俺の後をついてまわる。
「…、」
『あ…邪魔?』
「別に。ただまあ、本当に俺のこと好きな」
『うん。好き。大好き』
「…お前は……」
夜になっても一向に離れない彼女は、腕が触れる距離で予習をしている。
隣で課題をやる俺の肘も度々ぶつかるが、それにすらニコニコしていて。
からかってやろうと声をかけたら、まっすぐすぎる答にこちらがダメージをうけた。
『嫌だったら、言わないから』
「…、雨月」
嫌、とかそういうことじゃない。そうじゃないが言葉にするのは憚られた。
だから、同じ思いをすればいい。
「俺も好きだ。…嫌じゃないのはわかれよ」
肩を少し引き寄せて囁けば、彼女は顔を赤く染めてはにかんだ。
『…嬉しい。だけど、ちょっとくすぐったいね』
多分、彼女が言うから可愛らしく見えるんだろう。
俺が言ったら痛いにも程があるし、柄じゃない。
***
翌日
『ご心配おかけしました。お見舞ありがとう、お陰で元気になりました』
「いいよーそんな固くならなくて」
「お見舞云々より花宮じゃないのか」
「古橋ってオブラート使わないよな」
「でも花宮の報告は貰うって話だったよね」
復帰した雨月の隣に立ってことの成り行きを見ていれば結局こうだ。
"どうするの?"と言わんばかりの視線を彼女から感じる。
「…とりあえず、手を出したらブッ潰す。あと、雨月はマネである以前に俺のだ」
「ww独占欲の塊www」
「花宮、羽影さんが心の準備できてなかったらしいぞ」
「マネ顔隠しなよ。真っ赤」
「花宮ってそういうこと言えんだな」
真っ赤になった彼女は、瀬戸の言葉で慌てて顔を隠したが。
(…、悪くないな)
少し嬉しそうに口角をあげていた。
「じゃあ、羽影ちゃんからも一言」
『え、え!』
「俺に報告するのは義務だろ」
『ならこっそりでいいじゃない…』
「はーやーくー」
『……、部活中に真君って呼んだらごめんなさい』
「うわ、地味に刺さる」
「花宮も何気に名前呼びしてたしな」
雨月はそれが精一杯だったらしく、恥ずかしそうに俯いている。
「こんなとこだろ。練習始めるぞ」
「んー、これでじれったい日々から解放されるね」
「見てるこっちがもどかしかったからな」
「……つべこべ言ってんじゃねぇよ。お前は好きにしろよ、自習室なり帰るなり」
『見てく』
「怪我しない場所にいろよな」
(くっついてもあんま変わらないんじゃね?)
(俺もそんな気がしてきた。むしろ公認にしたせいで余計ノロケな気がしてくる)
(みてるだけで幸せなかんじだな)
(マジでくっついたんだ)
(((((ってか、)))))
あれが花宮とか信じられない。
Fin.