花と蝶
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《高2夏 自覚》
「花宮、最近随分機嫌悪いね」
「あ?」
「ほら。インターハイ前で忙しいのは解るけどさ」
「そこまで固執してねぇよ」
ゴールデンウィークも明けて、蒸し暑くなってきた休日練習。新入生が片付けをしたのを見届けて、部室の鍵を閉めにきたところ。
中でまだ瀬戸が寝ていたので声を掛ければこんな会話が始まった。
あと数週間で地区大会が始まるが、レギュラー陣は余程当たりが悪くない限りそう負けないところまで仕上がっている。新人なんかウィンターカップに間に合えば十分だし、忙しい程ではない。
「そうなの?じゃあマネージャー?最近放課後練も結構出てくし、ドリンクも作ってくれるよね」
「どういう意味だ」
「好きなら好きって言えばいいのに。花宮も嫉妬なんてするんだね」
「…、そんなんじゃねぇよ」
瀬戸は、話が早い。
思考のスピードが近いから話しやすいが、読まれやすいのは余り好かなかった。
「ふーん?…訳ありみたいだけど、後回しにした方がややこしくなるよ」
「お前に何が解るんだ」
「じゃあ、話してよ。解るかもしれないし、打開するかもしれない」
まさか、自分がこんな話題を話すことになるとは思っていなかった。
本来話さなくても良かったし、丸め込むこともできた筈だから、話したいとも思ったんだろう。
この気持ちの対処方法は知らなかったから。
「…俺とあいつは、共依存みたいなもんだ。あいつがいなければ俺は餓死するし、俺がいなければあいつは過労死する」
「餓死に過労死か」
「あいつは一人じゃ眠れねぇんだよ。俺も、あいつの作った飯以外は味が解らねぇし、無理に食ってると吐く」
「マネにした理由はわかったよ。あと、甘いもの嫌いとかカカオ100%のチョコが好きとか言ってるのもそのせい?」
「そうでもしねぇとバレンタインとか調理実習が」
「面倒だろうね」
貰ってもどうせ棄てるのだから、棄てる手間を省くに越したことはない。
「マネが眠れないっていうのは、不安とかその手の理由でしょ?花宮が依存する理由が解らない」
「……俺もはっきりしねぇ。惰性で食ってた飯が旨いと思ったのは、あいつが作ったやつが最初だった。それから、それ以外が不味いとか、無味とか、」
「もしかしてさ。自分の為に作ってくれた…っていう独占欲的なものが自己暗示をかけてるんじゃない?」
「はぁ?」
「それか、自分が羽影さんに依存している限りは彼女が離れないという打算。あの子優しいから、花宮が望めばずっとそうやって傍に置いておける」
「……もういい」
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
瀬戸のいうことは殆ど当たっていた。
彼女を手放さない方法、彼女の優しさに漬け込むのが一番簡単だ。
仮に彼女が一人で眠れるようになっても、きっかけになった夜の事を"恩"と感じている彼女のことだから。
俺が望む限り飯を作り続けるに違いない。
イイコチャンであるあいつが、飯が食えなくなる俺を見捨てていく筈がないのだ。
「そこまでわかった上で、はい」
「…んだよ、これ」
「見て解るでしょ、サンドイッチ。駅前で昼飯用に買ったんだけど、寝てたら食べ損ねた。美味いよ、ここの」
差し出されたそれ。
あいつが作ったわけじゃない、それ。
「…味しねぇよ。寧ろ不味い」
「重症だね。それ、タバスコ効いてて無味とか不味いで済む代物じゃないよ」
「…チッ」
「そんな方法じゃなくても、羽影さんは傍に居てくれるんじゃない?」
「だからって今更言えるか」
「言っていいと思うけど、花宮らしくないね。もっと攻めればいいのに」
「…うるせぇ。鍵閉めるぞ」
臆している。
なんて、認めたくなかったのだ。
今まで通り、彼女の時間を俺に費やさせ、彼女に依存される。その関係は恋愛感情なんかよりずっと強固なものであると思うから。
信頼とか、絆なんてものでは言い表せない結び付きだと思うから。
それを壊したくない、チープな関係にしたくない。
***
そうこうするうちに地区大会は始まった。
インターハイまではいけなかったが、そこそこの戦績である。
勝つことにこだわりはないし、強いて言えば負かすことで悔しがってくれればいい。勝つ、というのは結果ではなく手段だ。
今回、問題はそこではなく雨月である。
もとより、彼女をマネージャーにするにあたって思うところはいくつかあった。
父子家庭の彼女は家事の切り盛りを一人でやっていて、俺の飯まで用意している。そして頭が悪くないとはいえ、進学校に区分される霧崎第一ではそれなり以上の勉強をしなければついていけない。
となれば、部活をする時間はもともと彼女にはなかった。
お互いの依存のために利点は合致しているものの、雨月の自由と休息を奪っているのは明らか。
だから、マネージャーとして疲れさせるつもりはなかった。練習中も自習にあててよかった。
なのに。
『みんな頑張ってるのに、私だけ休めないよ』
と、自主的に差し入れやドリンクを作り始めるし、部室の掃除もする。
2年生になって模試も増えたし、最近はテストもあって勉強も必要だった。
そんな日が続けば。
(随分疲れてんな)
目に見えて疲弊しているのが解った。
活動が増えていたのに、勉強のせいで睡眠時間は減っていたのだから当然といえば当然のことだ。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
『試合、お疲れ様』
「疲れてんのはお前だろ、暫く部活来なくていいから休んどけ」
『…でも』
「来んな。わかったな?」
『…うん』
こいつの疲れた笑顔は嫌いだった。俺の前でイイコチャンでいる必要なんてないのに、無理して笑っているみたいで。
『…インターハイ、見に行く?』
「情報収集程度にな。ウィンターカップの予選で当たりそうなところくらいはいくつもりだ」
『私も、いっていい?』
「…バスケ解らないんだろ?眠れないにしても体を休める時間か勉強にあてとけ」
『……うん』
嗚呼ほら。覇気なんて殆どない。
最近はダメだといってもごねたりしていたのに、随分大人しい。
「……夕飯も、簡単でいい」
『簡単って、案外難しいよ?何がいい?』
「、すぐできるもの。手間かけなくていいから」
『そっか。…なんか考えるね』
自分の注文に応えようとする彼女に沸き上がる気持ちは。
…体力を使わせたくなくて「簡単でいい」と言わせたこの気持ちは。
「好き」
の言葉に収まらない気がしていた。
***
その試合の翌日が登校日なのだから、疲れもそこそこにある。
彼女は眠そうに、というかダルそうに登校していった。休んでもよさそうなものだが、授業数の少ない保体があるからと、ぎこちなく笑っていた。
保体は2回欠席すると単位が足りなくなるから厄介だ。
そんな、ダルそうな彼女をみていたから。
「羽影は体調不良で早退した」
昼のホームルームで担任が告げた言葉にも特に驚きはしなかった。
Fin
「花宮、最近随分機嫌悪いね」
「あ?」
「ほら。インターハイ前で忙しいのは解るけどさ」
「そこまで固執してねぇよ」
ゴールデンウィークも明けて、蒸し暑くなってきた休日練習。新入生が片付けをしたのを見届けて、部室の鍵を閉めにきたところ。
中でまだ瀬戸が寝ていたので声を掛ければこんな会話が始まった。
あと数週間で地区大会が始まるが、レギュラー陣は余程当たりが悪くない限りそう負けないところまで仕上がっている。新人なんかウィンターカップに間に合えば十分だし、忙しい程ではない。
「そうなの?じゃあマネージャー?最近放課後練も結構出てくし、ドリンクも作ってくれるよね」
「どういう意味だ」
「好きなら好きって言えばいいのに。花宮も嫉妬なんてするんだね」
「…、そんなんじゃねぇよ」
瀬戸は、話が早い。
思考のスピードが近いから話しやすいが、読まれやすいのは余り好かなかった。
「ふーん?…訳ありみたいだけど、後回しにした方がややこしくなるよ」
「お前に何が解るんだ」
「じゃあ、話してよ。解るかもしれないし、打開するかもしれない」
まさか、自分がこんな話題を話すことになるとは思っていなかった。
本来話さなくても良かったし、丸め込むこともできた筈だから、話したいとも思ったんだろう。
この気持ちの対処方法は知らなかったから。
「…俺とあいつは、共依存みたいなもんだ。あいつがいなければ俺は餓死するし、俺がいなければあいつは過労死する」
「餓死に過労死か」
「あいつは一人じゃ眠れねぇんだよ。俺も、あいつの作った飯以外は味が解らねぇし、無理に食ってると吐く」
「マネにした理由はわかったよ。あと、甘いもの嫌いとかカカオ100%のチョコが好きとか言ってるのもそのせい?」
「そうでもしねぇとバレンタインとか調理実習が」
「面倒だろうね」
貰ってもどうせ棄てるのだから、棄てる手間を省くに越したことはない。
「マネが眠れないっていうのは、不安とかその手の理由でしょ?花宮が依存する理由が解らない」
「……俺もはっきりしねぇ。惰性で食ってた飯が旨いと思ったのは、あいつが作ったやつが最初だった。それから、それ以外が不味いとか、無味とか、」
「もしかしてさ。自分の為に作ってくれた…っていう独占欲的なものが自己暗示をかけてるんじゃない?」
「はぁ?」
「それか、自分が羽影さんに依存している限りは彼女が離れないという打算。あの子優しいから、花宮が望めばずっとそうやって傍に置いておける」
「……もういい」
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
瀬戸のいうことは殆ど当たっていた。
彼女を手放さない方法、彼女の優しさに漬け込むのが一番簡単だ。
仮に彼女が一人で眠れるようになっても、きっかけになった夜の事を"恩"と感じている彼女のことだから。
俺が望む限り飯を作り続けるに違いない。
イイコチャンであるあいつが、飯が食えなくなる俺を見捨てていく筈がないのだ。
「そこまでわかった上で、はい」
「…んだよ、これ」
「見て解るでしょ、サンドイッチ。駅前で昼飯用に買ったんだけど、寝てたら食べ損ねた。美味いよ、ここの」
差し出されたそれ。
あいつが作ったわけじゃない、それ。
「…味しねぇよ。寧ろ不味い」
「重症だね。それ、タバスコ効いてて無味とか不味いで済む代物じゃないよ」
「…チッ」
「そんな方法じゃなくても、羽影さんは傍に居てくれるんじゃない?」
「だからって今更言えるか」
「言っていいと思うけど、花宮らしくないね。もっと攻めればいいのに」
「…うるせぇ。鍵閉めるぞ」
臆している。
なんて、認めたくなかったのだ。
今まで通り、彼女の時間を俺に費やさせ、彼女に依存される。その関係は恋愛感情なんかよりずっと強固なものであると思うから。
信頼とか、絆なんてものでは言い表せない結び付きだと思うから。
それを壊したくない、チープな関係にしたくない。
***
そうこうするうちに地区大会は始まった。
インターハイまではいけなかったが、そこそこの戦績である。
勝つことにこだわりはないし、強いて言えば負かすことで悔しがってくれればいい。勝つ、というのは結果ではなく手段だ。
今回、問題はそこではなく雨月である。
もとより、彼女をマネージャーにするにあたって思うところはいくつかあった。
父子家庭の彼女は家事の切り盛りを一人でやっていて、俺の飯まで用意している。そして頭が悪くないとはいえ、進学校に区分される霧崎第一ではそれなり以上の勉強をしなければついていけない。
となれば、部活をする時間はもともと彼女にはなかった。
お互いの依存のために利点は合致しているものの、雨月の自由と休息を奪っているのは明らか。
だから、マネージャーとして疲れさせるつもりはなかった。練習中も自習にあててよかった。
なのに。
『みんな頑張ってるのに、私だけ休めないよ』
と、自主的に差し入れやドリンクを作り始めるし、部室の掃除もする。
2年生になって模試も増えたし、最近はテストもあって勉強も必要だった。
そんな日が続けば。
(随分疲れてんな)
目に見えて疲弊しているのが解った。
活動が増えていたのに、勉強のせいで睡眠時間は減っていたのだから当然といえば当然のことだ。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
『試合、お疲れ様』
「疲れてんのはお前だろ、暫く部活来なくていいから休んどけ」
『…でも』
「来んな。わかったな?」
『…うん』
こいつの疲れた笑顔は嫌いだった。俺の前でイイコチャンでいる必要なんてないのに、無理して笑っているみたいで。
『…インターハイ、見に行く?』
「情報収集程度にな。ウィンターカップの予選で当たりそうなところくらいはいくつもりだ」
『私も、いっていい?』
「…バスケ解らないんだろ?眠れないにしても体を休める時間か勉強にあてとけ」
『……うん』
嗚呼ほら。覇気なんて殆どない。
最近はダメだといってもごねたりしていたのに、随分大人しい。
「……夕飯も、簡単でいい」
『簡単って、案外難しいよ?何がいい?』
「、すぐできるもの。手間かけなくていいから」
『そっか。…なんか考えるね』
自分の注文に応えようとする彼女に沸き上がる気持ちは。
…体力を使わせたくなくて「簡単でいい」と言わせたこの気持ちは。
「好き」
の言葉に収まらない気がしていた。
***
その試合の翌日が登校日なのだから、疲れもそこそこにある。
彼女は眠そうに、というかダルそうに登校していった。休んでもよさそうなものだが、授業数の少ない保体があるからと、ぎこちなく笑っていた。
保体は2回欠席すると単位が足りなくなるから厄介だ。
そんな、ダルそうな彼女をみていたから。
「羽影は体調不良で早退した」
昼のホームルームで担任が告げた言葉にも特に驚きはしなかった。
Fin