花と蝶
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
《高2春 自認》
4月、この高校にはクラス替えがないからそのままのメンバーで2年生になった。
ただ、席替えはあるし、理系と文系に分かれるために講座というものが組まれる。
要するに、何が言いたいかといえば。
(真君、見なくなったなぁ…)
ということである。
席替えをしたらそこそこ離れた席になり、理系の彼と文系の私では講座もバラバラ。ホームルームとクラス単位のままの英語が2つと現代文しか同じ教室にはいない。
講座というのは厄介で、家で一緒に進めていた予習にも差が出てくるし、翌日に同じ教科があるとは限らないので質問もしづらいのである。
でも、悪いことばかりじゃない。
「ん?羽影ちゃん講座一緒じゃん」
『本当だ。古典と地理は原君と同じだね。あ、数学と日本史は古橋君と同じかな?』
「みたいだな。理科は…地学か、俺は生物だから被らないな」
「生物は俺と一緒じゃね?」
「お前と一緒で何が楽しいんだ」
原ちゃん傷ついたんですけどー
なんて、講座分けの結果を口々に報告しあう。
バスケ部のメンバーと少し距離が縮んだのだ。
「瀬戸と花宮は理系として、ザキは数学ついていけんの?」
「別にいいだろ!得意じゃねぇけど数学は好きだし、理科も好きだ。歴史とかのが解んねぇよ」
「歴史は好きだから文系でもよかったけど…文系から就職まで考えると理系選択になるよね」
「なに瀬戸、そこまで考えてんの」
「受験を目的とした講座分けなんだから、受験後を考えるのは普通だろ。花宮は?結構俺と講座被ってるね」
「…まあな」
しかしどういうわけか。この報告会で真君のテンションは下がり、機嫌は悪そうだ。
只でさえ新入生が入部してきて、指導に追われているからなおのこと。
「…そろそろ練習始めるぞ、羽影は帰っていい」
『少し、見てってもいいかな?』
「……暗くなる前に帰れよ」
そんな中でなので話は打ち切られて練習になる。
でも、いつもならすぐに帰れと言われるのに、練習を見てもいいと言われた。
そもそも、私も長居しようとしたことはあまりないのだけど。
(少し、寂しいからかな)
私が、練習の見学に残ったのは。
多分そういう理由。
講座が分かれて、予習や復習を教えてもらうにしても、完全に共通ではなくなった。
学校で会う時間、というか視界に入る時間が減ったのがどこか寂しく感じる。
(真君も、そんな風に思うんだろうか)
思わないだろうな、きっと。
利害が一致しているから、傍にいてくれるだけなんだろう。
こんな風に、胸の底にすきま風が吹くような寒さを感じたりはしないはず。
(想ってくれればいいのにな)
ああ、考えると余計に寒い。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「最近キャベツ多くないか?」
『あー…、おばあちゃんが春キャベツ送ってくれたの』
「ふーん」
地元の物産館に出せない作物で、食べきれないからと送ってくれたキャベツ。
虫に喰われたりしているが味はよく、鮮度のいいうちは冷凍したりせずに食卓に出したかった。
そのため、サラダはキャベツが続いており、メインにもロールキャベツや回鍋肉としても出ていて。
『キャベツ、飽きてきた?』
「そうじゃねぇよ。キャベツだけでよく何種類も作れると思っただけだ」
『遠慮しないで言っていいからね?』
「誰がお前相手に遠慮すんだ。季節物なんだから構わねぇよ」
彼が素を見せてくれるのは、嬉しいことだ。
部活中の彼を見るようになって、
(皆の前でも、ああやって笑うんだな)
そんな、小さなモヤモヤを抱いたりもしたけど。
「…餃子」
『いいね、一杯作って作り置きしておこうか。時間かかるから、休みの日でもいい?』
「ん」
こんな、我が儘に入らないリクエストは。可愛いとすら思えてくる。
でも
「…なんだよ」
『ううん、……食べてもらえて嬉しいなって』
「あっそ」
練習を見ているうちに思ってしまったんだ。
ボールをとる長い腕に大きな手。
時折見開かれ、細められる瞳。
(かっこいいな)
って。
多分、ずっと前から解っていたけど、気づかないフリをしていた。
彼に抱いているのは安心感だけではない。
けれど、気づいてしまったら一緒に寝るなんて到底できやしないのだ。
その整った顔が、優しい温もりが、隣にあるなんて。
意識してしまったら今まで通りになんていきっこない。
それでも、もうそれも持たない。
(好きなんだ、この人のこと)
与えられる温もりに、これほど応えたいと思ってしまうのだから。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「羽影さんは、花宮のこと好きなのか?」
『へっ!?』
そんな気づいたばかりの感情に質問をしてきたのは古橋君だった。
「どうなんだ?」
『どう、と言われても……』
「幼馴染み、よりもずっと近い距離にいるように見えるんだが…もしかして付き合っているのか?」
『違うよっ』
「……それは即答か。なら、好きだという気持ちは少なからずあると」
『……急になんの質問なの、古橋君…』
今回、図書委員でも一緒になった彼と本の返却処理をしている最中。
唐突だったそれに上手く躱すことも出来ず口ごもってしまう。
「花宮の本性を知っていても好きになる女がいるんだと思ったら興味がわいただけだ。あと、見ていて焦れったいからな」
『焦れったい?』
「俺達からは両想いにしか見えないからな。いちゃつかれても困るが、早くくっつけばいいのにと思う」
『花宮君は、私のこと好きじゃないと思うよ』
「は。ということは羽影さんは好きということか」
『…、誰にも言わないでね』
なんで生まれて初めての恋バナの相手が男子なんだろう。古橋君だからまだいいものの…しかも自覚したのは昨日だというのに。
「言わないが…あの花宮が好きでもない人の心配をするだろうか」
『…色々あるんだよ。私と花宮君には』
「ほう」
『…何、その聞きたいって顔は』
「表情を読んでくれたのは羽影さんが初めてだ。その言い方では続きが気になるだろう。…話せば何か力になれるかもしれないしな」
『古橋君、力になる云々より興味の方が顔に出てるよ』
彼は、笑顔を作らないだけで、表情や雰囲気にはわりと出ていると思うのだ。
ただ、普段無表情なのが怖いからと、顔を見ないでいると気づきにくいかもしれない。
『……、誰にも言わない?』
「言わない」
『言ったら針千本じゃ済まないからね』
「言わないと言っているだろ。こういうのは言わない方が面白い」
『なんか複雑だよ、それ』
そう言いつつも、古橋君の眼力に押されて少し話をしてみることにした。
『…私さ、未だに一人じゃ眠れないんだよね』
「?」
『中学生の時に、家でゴタゴタがあって、その時から不安で寝れなくなっちゃったの。その時、話を聞いてくれたのが花宮君。それから、眠れない日は花宮君が話を聞いてくれて、一緒に寝てくれる。私、この恩は絶対に忘れないし、どうにかしてお礼をしたくて。花宮君のご飯は私が作ってるの』
「……なるほどな」
『え?』
「花宮がマネージャーに羽影さんを選んだ理由だ。花宮は、羽影さんの料理じゃなきゃ食べれないんじゃないか?」
『……』
「図星か。それで、羽影さんは花宮がいないと眠れないと」
『……うん。花宮君はね、好きとか、そういうんじゃなくて、利害が一致してるから…』
そうだ。
彼が、解りにくい優しさを向けてくれるのも。
可愛い我が儘をいうのも。
私に利用価値があるからに他ならないじゃないか。
「……意外だな」
『何が?』
「花宮が誰かに依存するなんて、想像できないんだ。花宮にとってその他の全ては楽しむ為の駒だと思っていたから、必要な何かがあるとは思わなかった」
『…』
駒、か。
実は私も駒の一つで。
特別だと思っていた全ては罠だったというのか。
「因みに、羽影さんは一人でなければ花宮がいなくても眠れるのか?」
『さあ…試しようもないからわからないよ』
「試してみるか?」
『どうやって?』
「先程からあくびを噛み殺しているだろ。丁度眠いようだし、肩を貸すから寝てみろ」
『何言ってるの…古橋君、本気?』
「本気だ。椅子は…その辺のでいいか」
近くにあった椅子を並べて。
どうぞと言わんばかりに座るので、仕方なく隣に座った。
確かに今日は体育もあったし、少しばかり眠いのは確かだが。
『…』
「頭を貸せ。あと、目は閉じろ」
『…うん』
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
何故か、古橋君の体温は安心感を感じなかった。
代わりにホームシックのような、寂しいような気持ちが胸の底に沈んできて。
ぎゅっと掴まれたように切なかった。
「…!羽影、さん。大丈夫か」
『ごめんね、古橋君。やっぱり、眠れないみたい』
その切なさは、思わず目に涙を溜めさせるほどの力を持っていて。
古橋君を驚かせてしまったのだ。
そして、胸の底に溜まる苦しさの隙間で木霊している声に、再び自覚させられる。
(真君がいい、真君に会いたい)
依存している。
それに、恋もしている。
「……こちらこそ、すまなかったな」
『ううん、いいの。これで私も、すっきりした』
「……」
『練習、行かなきゃ。花宮君に怒られるよ』
「…ああ。羽影さんは帰った方がいいんじゃないか。目が赤いから、俺が話さなくても聞かれると思うぞ」
『…そうする。氷は作ってあるし、花宮君に帰ったって伝えてくれる?』
「構わない」
体育館に向かう古橋君を見送って、校門を出た。
帰路を辿りながら気持ちの整理をする。
(真君は、私を好きじゃない、きっと)
(真君は、私を利用しているだけかもしれない)
(でも、私は彼が好きだから)
(それでもいい、傍にいれるなら)
(それでいい)
今日は、明日のために餃子の具を買って帰ろう。
Fin.
4月、この高校にはクラス替えがないからそのままのメンバーで2年生になった。
ただ、席替えはあるし、理系と文系に分かれるために講座というものが組まれる。
要するに、何が言いたいかといえば。
(真君、見なくなったなぁ…)
ということである。
席替えをしたらそこそこ離れた席になり、理系の彼と文系の私では講座もバラバラ。ホームルームとクラス単位のままの英語が2つと現代文しか同じ教室にはいない。
講座というのは厄介で、家で一緒に進めていた予習にも差が出てくるし、翌日に同じ教科があるとは限らないので質問もしづらいのである。
でも、悪いことばかりじゃない。
「ん?羽影ちゃん講座一緒じゃん」
『本当だ。古典と地理は原君と同じだね。あ、数学と日本史は古橋君と同じかな?』
「みたいだな。理科は…地学か、俺は生物だから被らないな」
「生物は俺と一緒じゃね?」
「お前と一緒で何が楽しいんだ」
原ちゃん傷ついたんですけどー
なんて、講座分けの結果を口々に報告しあう。
バスケ部のメンバーと少し距離が縮んだのだ。
「瀬戸と花宮は理系として、ザキは数学ついていけんの?」
「別にいいだろ!得意じゃねぇけど数学は好きだし、理科も好きだ。歴史とかのが解んねぇよ」
「歴史は好きだから文系でもよかったけど…文系から就職まで考えると理系選択になるよね」
「なに瀬戸、そこまで考えてんの」
「受験を目的とした講座分けなんだから、受験後を考えるのは普通だろ。花宮は?結構俺と講座被ってるね」
「…まあな」
しかしどういうわけか。この報告会で真君のテンションは下がり、機嫌は悪そうだ。
只でさえ新入生が入部してきて、指導に追われているからなおのこと。
「…そろそろ練習始めるぞ、羽影は帰っていい」
『少し、見てってもいいかな?』
「……暗くなる前に帰れよ」
そんな中でなので話は打ち切られて練習になる。
でも、いつもならすぐに帰れと言われるのに、練習を見てもいいと言われた。
そもそも、私も長居しようとしたことはあまりないのだけど。
(少し、寂しいからかな)
私が、練習の見学に残ったのは。
多分そういう理由。
講座が分かれて、予習や復習を教えてもらうにしても、完全に共通ではなくなった。
学校で会う時間、というか視界に入る時間が減ったのがどこか寂しく感じる。
(真君も、そんな風に思うんだろうか)
思わないだろうな、きっと。
利害が一致しているから、傍にいてくれるだけなんだろう。
こんな風に、胸の底にすきま風が吹くような寒さを感じたりはしないはず。
(想ってくれればいいのにな)
ああ、考えると余計に寒い。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「最近キャベツ多くないか?」
『あー…、おばあちゃんが春キャベツ送ってくれたの』
「ふーん」
地元の物産館に出せない作物で、食べきれないからと送ってくれたキャベツ。
虫に喰われたりしているが味はよく、鮮度のいいうちは冷凍したりせずに食卓に出したかった。
そのため、サラダはキャベツが続いており、メインにもロールキャベツや回鍋肉としても出ていて。
『キャベツ、飽きてきた?』
「そうじゃねぇよ。キャベツだけでよく何種類も作れると思っただけだ」
『遠慮しないで言っていいからね?』
「誰がお前相手に遠慮すんだ。季節物なんだから構わねぇよ」
彼が素を見せてくれるのは、嬉しいことだ。
部活中の彼を見るようになって、
(皆の前でも、ああやって笑うんだな)
そんな、小さなモヤモヤを抱いたりもしたけど。
「…餃子」
『いいね、一杯作って作り置きしておこうか。時間かかるから、休みの日でもいい?』
「ん」
こんな、我が儘に入らないリクエストは。可愛いとすら思えてくる。
でも
「…なんだよ」
『ううん、……食べてもらえて嬉しいなって』
「あっそ」
練習を見ているうちに思ってしまったんだ。
ボールをとる長い腕に大きな手。
時折見開かれ、細められる瞳。
(かっこいいな)
って。
多分、ずっと前から解っていたけど、気づかないフリをしていた。
彼に抱いているのは安心感だけではない。
けれど、気づいてしまったら一緒に寝るなんて到底できやしないのだ。
その整った顔が、優しい温もりが、隣にあるなんて。
意識してしまったら今まで通りになんていきっこない。
それでも、もうそれも持たない。
(好きなんだ、この人のこと)
与えられる温もりに、これほど応えたいと思ってしまうのだから。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
「羽影さんは、花宮のこと好きなのか?」
『へっ!?』
そんな気づいたばかりの感情に質問をしてきたのは古橋君だった。
「どうなんだ?」
『どう、と言われても……』
「幼馴染み、よりもずっと近い距離にいるように見えるんだが…もしかして付き合っているのか?」
『違うよっ』
「……それは即答か。なら、好きだという気持ちは少なからずあると」
『……急になんの質問なの、古橋君…』
今回、図書委員でも一緒になった彼と本の返却処理をしている最中。
唐突だったそれに上手く躱すことも出来ず口ごもってしまう。
「花宮の本性を知っていても好きになる女がいるんだと思ったら興味がわいただけだ。あと、見ていて焦れったいからな」
『焦れったい?』
「俺達からは両想いにしか見えないからな。いちゃつかれても困るが、早くくっつけばいいのにと思う」
『花宮君は、私のこと好きじゃないと思うよ』
「は。ということは羽影さんは好きということか」
『…、誰にも言わないでね』
なんで生まれて初めての恋バナの相手が男子なんだろう。古橋君だからまだいいものの…しかも自覚したのは昨日だというのに。
「言わないが…あの花宮が好きでもない人の心配をするだろうか」
『…色々あるんだよ。私と花宮君には』
「ほう」
『…何、その聞きたいって顔は』
「表情を読んでくれたのは羽影さんが初めてだ。その言い方では続きが気になるだろう。…話せば何か力になれるかもしれないしな」
『古橋君、力になる云々より興味の方が顔に出てるよ』
彼は、笑顔を作らないだけで、表情や雰囲気にはわりと出ていると思うのだ。
ただ、普段無表情なのが怖いからと、顔を見ないでいると気づきにくいかもしれない。
『……、誰にも言わない?』
「言わない」
『言ったら針千本じゃ済まないからね』
「言わないと言っているだろ。こういうのは言わない方が面白い」
『なんか複雑だよ、それ』
そう言いつつも、古橋君の眼力に押されて少し話をしてみることにした。
『…私さ、未だに一人じゃ眠れないんだよね』
「?」
『中学生の時に、家でゴタゴタがあって、その時から不安で寝れなくなっちゃったの。その時、話を聞いてくれたのが花宮君。それから、眠れない日は花宮君が話を聞いてくれて、一緒に寝てくれる。私、この恩は絶対に忘れないし、どうにかしてお礼をしたくて。花宮君のご飯は私が作ってるの』
「……なるほどな」
『え?』
「花宮がマネージャーに羽影さんを選んだ理由だ。花宮は、羽影さんの料理じゃなきゃ食べれないんじゃないか?」
『……』
「図星か。それで、羽影さんは花宮がいないと眠れないと」
『……うん。花宮君はね、好きとか、そういうんじゃなくて、利害が一致してるから…』
そうだ。
彼が、解りにくい優しさを向けてくれるのも。
可愛い我が儘をいうのも。
私に利用価値があるからに他ならないじゃないか。
「……意外だな」
『何が?』
「花宮が誰かに依存するなんて、想像できないんだ。花宮にとってその他の全ては楽しむ為の駒だと思っていたから、必要な何かがあるとは思わなかった」
『…』
駒、か。
実は私も駒の一つで。
特別だと思っていた全ては罠だったというのか。
「因みに、羽影さんは一人でなければ花宮がいなくても眠れるのか?」
『さあ…試しようもないからわからないよ』
「試してみるか?」
『どうやって?』
「先程からあくびを噛み殺しているだろ。丁度眠いようだし、肩を貸すから寝てみろ」
『何言ってるの…古橋君、本気?』
「本気だ。椅子は…その辺のでいいか」
近くにあった椅子を並べて。
どうぞと言わんばかりに座るので、仕方なく隣に座った。
確かに今日は体育もあったし、少しばかり眠いのは確かだが。
『…』
「頭を貸せ。あと、目は閉じろ」
『…うん』
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
何故か、古橋君の体温は安心感を感じなかった。
代わりにホームシックのような、寂しいような気持ちが胸の底に沈んできて。
ぎゅっと掴まれたように切なかった。
「…!羽影、さん。大丈夫か」
『ごめんね、古橋君。やっぱり、眠れないみたい』
その切なさは、思わず目に涙を溜めさせるほどの力を持っていて。
古橋君を驚かせてしまったのだ。
そして、胸の底に溜まる苦しさの隙間で木霊している声に、再び自覚させられる。
(真君がいい、真君に会いたい)
依存している。
それに、恋もしている。
「……こちらこそ、すまなかったな」
『ううん、いいの。これで私も、すっきりした』
「……」
『練習、行かなきゃ。花宮君に怒られるよ』
「…ああ。羽影さんは帰った方がいいんじゃないか。目が赤いから、俺が話さなくても聞かれると思うぞ」
『…そうする。氷は作ってあるし、花宮君に帰ったって伝えてくれる?』
「構わない」
体育館に向かう古橋君を見送って、校門を出た。
帰路を辿りながら気持ちの整理をする。
(真君は、私を好きじゃない、きっと)
(真君は、私を利用しているだけかもしれない)
(でも、私は彼が好きだから)
(それでもいい、傍にいれるなら)
(それでいい)
今日は、明日のために餃子の具を買って帰ろう。
Fin.