花と蝶
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《高1冬 合宿5日目》
合宿最終日、今日は練習等はなく片付けと掃除をして、昼前には瀬戸の兄弟が迎えに来てくれる。
という手筈。
その為洗濯のない雨月は今までより少し遅い6時に起きればよかった。
「…まだ5時だぞ」
『だって、目が覚めちゃった』
「寒ぃからそのままでいろ」
『…うん』
それでも、時間には起きてしまうのだから真面目というかなんというか。
昨日は遅かったんだから、大人しく寝ていればいいのに。
起き上がろうとした彼女を引き止めた。
『真君、私ね、昨日楽しかったよ。合宿連れてきてくれてありがとう。…ちょっとだけ、真君の自己紹介聞きたかったな』
すると、緩い笑顔を浮かべて、そんなことをいう。
連れてきたのは、利害の一致、共依存のせいだし、楽しませるつもりはもともとなかった。
でもまあ、悪くない合宿だったと思う。
「趣味も特技もお前は知ってるだろ」
『そうだけど…もっと知りたいな、って思ったの』
「ふーん…」
もっと、何を知りたいのだろうか。彼女が知らない俺というのは、どれ程残っているのか。
寧ろ、俺が知らない彼女はどのくらいあるんだろうか。
『ふーん、って。…そりゃぁ、真君は私に興味ないかもだけどね?』
「興味も何も、もとが近すぎるからな。…あぁ、好きなタイプ聞いてやってもいいぜ?」
『…これっぽっちも興味ない癖に。真君も教えてくれるならいいよ?』
「そっちこそ興味ねぇ癖に。いいぜ?別に減るもんじゃねぇ」
『ないことないけどな。んと…』
少し悩んでいる彼女。
ないことない、とはどういうことだ。少なからずあるということか。
第一本当に、聞いてどうするんだ。
『…優しい人かな。いつも、とか。皆に、じゃなくていい。私に優しくしてくれる人』
「ふはっ、ベタだな。女はそれいつも上位じゃねぇか」
『…タイプっていうと難しいんだもん。はい、真君の番』
「はいはい。…頭の悪い女」
『真君に好かれた人はさぞ複雑な気持ちになるね。馬鹿な子程かわいいとかそんな感じ?』
「別に、ただの馬鹿はつまらねぇから好きじゃねぇよ…」
『よく解らないなあ』
未だに布団の中。
向かい合ったまま、手も触れているのに、何も意識せず笑う雨月。
(本当、頭の悪い女)
その言葉以外でどう表すのだろう。
そこまで考えて止めた。
彼女との関係は、意識したら負けなのだ。
お互い、必要だからよりそうだけ。そこに感情は働かない。
そう、働いていないはずだ。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
そうこうして6時に起き、朝食を食べて、掃除をする。
最終日だし、管理人も点検にくるとかで風呂場なんかは念入りにやっている。
「あ、羽影ちゃん大丈夫だった?」
『うん、管理人さんにも手伝ってもらって無事に送れたよ』
何が無事だったかといえば、大量に余った食材である。
雨月の祖母がくれた野菜や米は相当な量で、残りを自宅宛に郵送してきたらしい。
『暫く野菜がメインかなぁ…』
「因みに献立浮かんでる??」
『うーん、八宝菜とか、ちゃんぽん?』
「おー、旨そう」
多分、そのうち食卓にあがるだろうな。
「お待たせ、荷物積んでいいよ」
「ああ、これが兄貴」
「すげー、新車じゃん。しかもシエ○タ」
「兄貴は新車とっかえひっかえだから。車検になる前に売っちゃうし」
「マジか」
瀬戸の兄、は瀬戸とよく似ていた。ホクロの位置が額ではなく、目尻にあることくらいしか大きな違いはない。
「ナビあるしよく通る道だから、寝るなり騒ぐなりしていいよ…って、健太郎は寝るつもりだな」
「勿論」
瀬戸は身内だからと助手席へ。ヤマと原が携帯ゲームで盛り上がり後部座席へ。
中央列はシートが狭い真ん中が雨月で俺と古橋。
大体2時間は少なくとも車内。
昨日夜更かしをしたのと練習も相まって、騒いでいた原とヤマですら静かになり。古橋はぼんやりと外を見ていた。
そんな中、雨月がうとうとと船を漕いではシートベルトに支えられて覚醒するのを繰り返している。
「羽影さん、いつも朝食の準備で早起きだったろう。帰りくらい寝てもいい」
「そうだよ、古橋でも花宮でも肩くらい貸してくれるって」
『…でも…』
「花宮、監督だろ。マネの健康管理の義務、肩貸してやれ」
「は…」
反論する前に、雨月の頭が肩に押し付けられる。
そしてそのまま寝息をたて始めてしまった。
(結局、朝は二度寝しなかったしな)
納得できるが、部員からは好奇の視線を感じる。
「…んだよ」
「いや?撥ね除けないんだなって」
「……そこまですることないだろ、現にあれだけの量の飯をまともに作ってたんだし」
「まあ、静かにしていようか。よく寝てるみたいだから」
なんで寝れちまったんだ、こいつ。
ちらりと目線を下げれば、本当によく寝ていた。
横髪がかかって寝顔は見えたり見えなかったり。
(…………)
「どうしたんだ?花宮」
「別に。……寝てる間にアホ面晒すのも可哀想だと思っただけだ」
「…そうか」
「花宮やっさしー」
「うるせぇ!」
「ほら、羽影が起きちゃうだろ」
手元に持っていたバッグからタオルを出して、雨月の頭にかけた。
部員からは茶々をいれられたが、これでよかったはず。
なんでこんなことをしたのか、自分でも腑に落ちなかったけれど。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯否⎯⎯⎯⎯⎯⎯
腑に落ちなかったんじゃない、やっぱり気づかないフリをしたのだ。
彼女の寝顔を晒したくなかったのは、紛れもない俺自身。
彼女のそんな無防備な姿を見れるのは自分だけでよかった。
それに。いくら疲れていたといえ、俺の隣だったからといえ、眠れてしまうのも悔しかった。
『真君、帰りに肩借りてごめんね。疲れたでしょ』
「…別に」
『そう?でも、おかげで私は疲れもとれたし、お昼も夕飯も気合い入れて作るからね!』
もっといえば。
彼女の料理を他の奴らが食べたのだって気に食わなかった。
もともと母も食べているし、完全に俺の為だけではない。でも、今回は一層"俺"という意識は薄らいでいただろう。
それが、嫉妬と呼べるものだということくらいは解っていた。
『何食べたい?』
「あ?」
『ほら、合宿中は食材も限られてるからリクエストとかカレーしか聞けなかったし。今日はこれから買い出しするから、何でも言ってよ』
「…なんでも、ねぇ」
『合宿中も誰か来たら困るのに一緒に寝てくれたし、帰りもタオルかけてくれたり…。私ができるお礼なんてこれくらいだから』
合宿中に一緒に寝るのは、確かにリスクが高かった。
だから、夜中に騒ぐ体力を残させない為のメニューを組んでいたし、部屋の場所も考えてのこと。
帰りは想定外だったから、応急措置みたいなものだったが。
「特にねぇな」
『え。今日は真君の好きなもの作るって決めてたからメニュー考えてないのに…』
「…、家に何があるんだ?」
『ほとんど何もないよ。冷凍うどんとか、そんなのしかない』
「じゃあ昼はそれでいい、夜は買い物しながら考える」
自分も随分単純だと思う。
きっと以前にもあった、"俺の好きなものを作る"という類いの発言は、俺のテンションを上昇に向かわせるのだ。
それで、つい口から出た言葉に[#dn=2#]は目を丸くし、嬉しそうに笑った。
『買い物、一緒に行ってくれるの?』
「…何もないんだろ。荷物持ちくらいはしてやるし、見ながらの方が食いたいもの言いやすい」
『ありがとう!じゃあお昼食べたら行こうね?』
ああ、何でこんなに嬉しそうにするんだろうな。
馬鹿みたいに笑顔を浮かべる彼女は。
(頭の悪い女…)
その笑顔が、どんなに期待させるかも知らないで。
***
買い物は至極普通の雰囲気だった。
ほぼ普段着の俺と、少しばかり余所行きの彼女は、合宿中の出来事を雑談しながらカートを押す。
文化祭の買い出しやお使いのような空気である。
『真君、お刺身の試食あるよ!』
「…食えばいいじゃねぇか」
鮮魚売り場でテンションの上がった彼女は、年配の販売員に声をかけて小さなトレイを受け取っている。
『…はい、真君の』
「いらねぇよ、解ってんだろ」
『だって、"お兄さんの分もどうぞ"ってくれたんだもん』
「ふはっ!」
甘エビの乗ったそのトレイを、口を尖らせて押し付ける彼女に思わず笑った。
販売員にはどうやら、お使いの兄妹に見えたらしい。
雨月は同い年に見えなかったのが悔しかったようだ。
「味しねぇ」
『…そっかぁ。でも旬みたいだし、海老団子のお澄ましとか』
「…ちらし寿司」
『ああ、上に乗せようか。酢飯なら疲れてても食べやすいもんね。ボイルする?』
「生でいい」
試食した雨月は美味しそうに食べていたから、多分旨いんだろう。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
『…ドウデショウカ』
「何急に改まってんだよ、いつも通りだ。…ほら」
空になった皿を差し出せば、雨月はホッとしたようにちらし寿司をよそった。
いつも通り、彼女が作れば味が解るし、美味しいと思う。
先程は無味だった甘エビでさえも。
『お澄ましもあるよ?』
「…もらう」
本来薄味な蛤の吸い物さえも。
美味しいと感じるし、何かが満たされた気分になるのだ。
『無理しなくていいからね?』
「旨いものでも食べ過ぎたら飽きることくらい知ってるし、不味いものを我慢して食う趣味はねぇよ」
『…、誉めてる?』
「さあな」
頬を緩めて、恥ずかしそうに笑った彼女に初めて。
かわいい
という感情を抱いた。
こんな、回りくどくてチープで、本当に誉めているのかなんてわかりあぐねる言葉で。
簡単に喜んでしまう彼女が、馬鹿で可愛い。
そんな感情と、昼まで抱いていた嫉妬、独占欲を思うと、もっと使い古されたチープな言葉で表せてしまうのだから笑えない。
俺は、雨月が好きなんだ。
(ダセェな)
結局、無視しきれない程大きくなったその感情は。
"悪童"には随分似合わないものだった。
Fin.
合宿最終日、今日は練習等はなく片付けと掃除をして、昼前には瀬戸の兄弟が迎えに来てくれる。
という手筈。
その為洗濯のない雨月は今までより少し遅い6時に起きればよかった。
「…まだ5時だぞ」
『だって、目が覚めちゃった』
「寒ぃからそのままでいろ」
『…うん』
それでも、時間には起きてしまうのだから真面目というかなんというか。
昨日は遅かったんだから、大人しく寝ていればいいのに。
起き上がろうとした彼女を引き止めた。
『真君、私ね、昨日楽しかったよ。合宿連れてきてくれてありがとう。…ちょっとだけ、真君の自己紹介聞きたかったな』
すると、緩い笑顔を浮かべて、そんなことをいう。
連れてきたのは、利害の一致、共依存のせいだし、楽しませるつもりはもともとなかった。
でもまあ、悪くない合宿だったと思う。
「趣味も特技もお前は知ってるだろ」
『そうだけど…もっと知りたいな、って思ったの』
「ふーん…」
もっと、何を知りたいのだろうか。彼女が知らない俺というのは、どれ程残っているのか。
寧ろ、俺が知らない彼女はどのくらいあるんだろうか。
『ふーん、って。…そりゃぁ、真君は私に興味ないかもだけどね?』
「興味も何も、もとが近すぎるからな。…あぁ、好きなタイプ聞いてやってもいいぜ?」
『…これっぽっちも興味ない癖に。真君も教えてくれるならいいよ?』
「そっちこそ興味ねぇ癖に。いいぜ?別に減るもんじゃねぇ」
『ないことないけどな。んと…』
少し悩んでいる彼女。
ないことない、とはどういうことだ。少なからずあるということか。
第一本当に、聞いてどうするんだ。
『…優しい人かな。いつも、とか。皆に、じゃなくていい。私に優しくしてくれる人』
「ふはっ、ベタだな。女はそれいつも上位じゃねぇか」
『…タイプっていうと難しいんだもん。はい、真君の番』
「はいはい。…頭の悪い女」
『真君に好かれた人はさぞ複雑な気持ちになるね。馬鹿な子程かわいいとかそんな感じ?』
「別に、ただの馬鹿はつまらねぇから好きじゃねぇよ…」
『よく解らないなあ』
未だに布団の中。
向かい合ったまま、手も触れているのに、何も意識せず笑う雨月。
(本当、頭の悪い女)
その言葉以外でどう表すのだろう。
そこまで考えて止めた。
彼女との関係は、意識したら負けなのだ。
お互い、必要だからよりそうだけ。そこに感情は働かない。
そう、働いていないはずだ。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
そうこうして6時に起き、朝食を食べて、掃除をする。
最終日だし、管理人も点検にくるとかで風呂場なんかは念入りにやっている。
「あ、羽影ちゃん大丈夫だった?」
『うん、管理人さんにも手伝ってもらって無事に送れたよ』
何が無事だったかといえば、大量に余った食材である。
雨月の祖母がくれた野菜や米は相当な量で、残りを自宅宛に郵送してきたらしい。
『暫く野菜がメインかなぁ…』
「因みに献立浮かんでる??」
『うーん、八宝菜とか、ちゃんぽん?』
「おー、旨そう」
多分、そのうち食卓にあがるだろうな。
「お待たせ、荷物積んでいいよ」
「ああ、これが兄貴」
「すげー、新車じゃん。しかもシエ○タ」
「兄貴は新車とっかえひっかえだから。車検になる前に売っちゃうし」
「マジか」
瀬戸の兄、は瀬戸とよく似ていた。ホクロの位置が額ではなく、目尻にあることくらいしか大きな違いはない。
「ナビあるしよく通る道だから、寝るなり騒ぐなりしていいよ…って、健太郎は寝るつもりだな」
「勿論」
瀬戸は身内だからと助手席へ。ヤマと原が携帯ゲームで盛り上がり後部座席へ。
中央列はシートが狭い真ん中が雨月で俺と古橋。
大体2時間は少なくとも車内。
昨日夜更かしをしたのと練習も相まって、騒いでいた原とヤマですら静かになり。古橋はぼんやりと外を見ていた。
そんな中、雨月がうとうとと船を漕いではシートベルトに支えられて覚醒するのを繰り返している。
「羽影さん、いつも朝食の準備で早起きだったろう。帰りくらい寝てもいい」
「そうだよ、古橋でも花宮でも肩くらい貸してくれるって」
『…でも…』
「花宮、監督だろ。マネの健康管理の義務、肩貸してやれ」
「は…」
反論する前に、雨月の頭が肩に押し付けられる。
そしてそのまま寝息をたて始めてしまった。
(結局、朝は二度寝しなかったしな)
納得できるが、部員からは好奇の視線を感じる。
「…んだよ」
「いや?撥ね除けないんだなって」
「……そこまですることないだろ、現にあれだけの量の飯をまともに作ってたんだし」
「まあ、静かにしていようか。よく寝てるみたいだから」
なんで寝れちまったんだ、こいつ。
ちらりと目線を下げれば、本当によく寝ていた。
横髪がかかって寝顔は見えたり見えなかったり。
(…………)
「どうしたんだ?花宮」
「別に。……寝てる間にアホ面晒すのも可哀想だと思っただけだ」
「…そうか」
「花宮やっさしー」
「うるせぇ!」
「ほら、羽影が起きちゃうだろ」
手元に持っていたバッグからタオルを出して、雨月の頭にかけた。
部員からは茶々をいれられたが、これでよかったはず。
なんでこんなことをしたのか、自分でも腑に落ちなかったけれど。
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯否⎯⎯⎯⎯⎯⎯
腑に落ちなかったんじゃない、やっぱり気づかないフリをしたのだ。
彼女の寝顔を晒したくなかったのは、紛れもない俺自身。
彼女のそんな無防備な姿を見れるのは自分だけでよかった。
それに。いくら疲れていたといえ、俺の隣だったからといえ、眠れてしまうのも悔しかった。
『真君、帰りに肩借りてごめんね。疲れたでしょ』
「…別に」
『そう?でも、おかげで私は疲れもとれたし、お昼も夕飯も気合い入れて作るからね!』
もっといえば。
彼女の料理を他の奴らが食べたのだって気に食わなかった。
もともと母も食べているし、完全に俺の為だけではない。でも、今回は一層"俺"という意識は薄らいでいただろう。
それが、嫉妬と呼べるものだということくらいは解っていた。
『何食べたい?』
「あ?」
『ほら、合宿中は食材も限られてるからリクエストとかカレーしか聞けなかったし。今日はこれから買い出しするから、何でも言ってよ』
「…なんでも、ねぇ」
『合宿中も誰か来たら困るのに一緒に寝てくれたし、帰りもタオルかけてくれたり…。私ができるお礼なんてこれくらいだから』
合宿中に一緒に寝るのは、確かにリスクが高かった。
だから、夜中に騒ぐ体力を残させない為のメニューを組んでいたし、部屋の場所も考えてのこと。
帰りは想定外だったから、応急措置みたいなものだったが。
「特にねぇな」
『え。今日は真君の好きなもの作るって決めてたからメニュー考えてないのに…』
「…、家に何があるんだ?」
『ほとんど何もないよ。冷凍うどんとか、そんなのしかない』
「じゃあ昼はそれでいい、夜は買い物しながら考える」
自分も随分単純だと思う。
きっと以前にもあった、"俺の好きなものを作る"という類いの発言は、俺のテンションを上昇に向かわせるのだ。
それで、つい口から出た言葉に[#dn=2#]は目を丸くし、嬉しそうに笑った。
『買い物、一緒に行ってくれるの?』
「…何もないんだろ。荷物持ちくらいはしてやるし、見ながらの方が食いたいもの言いやすい」
『ありがとう!じゃあお昼食べたら行こうね?』
ああ、何でこんなに嬉しそうにするんだろうな。
馬鹿みたいに笑顔を浮かべる彼女は。
(頭の悪い女…)
その笑顔が、どんなに期待させるかも知らないで。
***
買い物は至極普通の雰囲気だった。
ほぼ普段着の俺と、少しばかり余所行きの彼女は、合宿中の出来事を雑談しながらカートを押す。
文化祭の買い出しやお使いのような空気である。
『真君、お刺身の試食あるよ!』
「…食えばいいじゃねぇか」
鮮魚売り場でテンションの上がった彼女は、年配の販売員に声をかけて小さなトレイを受け取っている。
『…はい、真君の』
「いらねぇよ、解ってんだろ」
『だって、"お兄さんの分もどうぞ"ってくれたんだもん』
「ふはっ!」
甘エビの乗ったそのトレイを、口を尖らせて押し付ける彼女に思わず笑った。
販売員にはどうやら、お使いの兄妹に見えたらしい。
雨月は同い年に見えなかったのが悔しかったようだ。
「味しねぇ」
『…そっかぁ。でも旬みたいだし、海老団子のお澄ましとか』
「…ちらし寿司」
『ああ、上に乗せようか。酢飯なら疲れてても食べやすいもんね。ボイルする?』
「生でいい」
試食した雨月は美味しそうに食べていたから、多分旨いんだろう。
.
⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯
『…ドウデショウカ』
「何急に改まってんだよ、いつも通りだ。…ほら」
空になった皿を差し出せば、雨月はホッとしたようにちらし寿司をよそった。
いつも通り、彼女が作れば味が解るし、美味しいと思う。
先程は無味だった甘エビでさえも。
『お澄ましもあるよ?』
「…もらう」
本来薄味な蛤の吸い物さえも。
美味しいと感じるし、何かが満たされた気分になるのだ。
『無理しなくていいからね?』
「旨いものでも食べ過ぎたら飽きることくらい知ってるし、不味いものを我慢して食う趣味はねぇよ」
『…、誉めてる?』
「さあな」
頬を緩めて、恥ずかしそうに笑った彼女に初めて。
かわいい
という感情を抱いた。
こんな、回りくどくてチープで、本当に誉めているのかなんてわかりあぐねる言葉で。
簡単に喜んでしまう彼女が、馬鹿で可愛い。
そんな感情と、昼まで抱いていた嫉妬、独占欲を思うと、もっと使い古されたチープな言葉で表せてしまうのだから笑えない。
俺は、雨月が好きなんだ。
(ダセェな)
結局、無視しきれない程大きくなったその感情は。
"悪童"には随分似合わないものだった。
Fin.