Welcome to the Villains' world.
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「首をはねろ!!(オフ・ウィズ・ユア・ヘッド)」
リドルに首輪をつけられた狸は炎を出せなくなっていた。そりゃそうだ。リドルのユニーク魔法は、首輪をはめた者の魔法を使えなくさせる強力な魔法だ。鏡の間の炎が鎮火したのも、そのおかげらしい。
「どうにかしてください!貴方の使い魔でしょう!?しっかり躾を……」
「わ、私の使い魔じゃありません!」
「ーーーえ?貴方のじゃない?」
「見知らぬケモノです」
クロウリーがユウに注意するが、ユウはとんでもないと言わんばかりにそれを否定した。先程ナマエの誤解を解いた時と同様、必死であった。それもそうだろう。完全な免罪である。
「……そうでしたっけ?ごほん。では、学園外に放り出しておきましょう。鍋にしたりはしません。私、優しいので。誰かお願いします」
「ぎにゃー!離すんだゾ!オレ様は……絶対、絶対!大魔法士になってやるんだゾーーー!!」
その叫びを最後に、狸の姿は消えてしまった。
「なんか、ちょっとかわいそう…」
「そうだね。なんで、あんなに必死だったんだろう?この学園にいたいならペットとして飼うってのもアリだけどなあ」
ユウが心配そうに眉を下げて言うので、ナマエもそれに同意した。モストロ・ラウンジの看板狸とかにしたら面白そうである。
「そんなこと許されるはずがありませんよ。躾のなっていない獣なんて、手がかかるだけです」
「げっ!アズール!」
先程まで狸を追い詰めた……いや、追いかけて捕まえたアズールがナマエの目の前に現れた。ニッコリと綺麗な笑顔を浮かべているが、その目からは怒りの色が滲んでいる。
それを見たナマエは、思わず隣にいたユウにしがみついた。
「げ、とはなんです。遅刻したナマエさん」
「そ、そそそそれには海より深いわけが……」
「言い訳は後で聞きましょう。ほら、戻りますよ」
「え、ちょっと!待って!ねえ!怖いんだけど!ちゃんと言い訳聞いてくれるよね!?」
「ええ、正当な言い訳であればね」
「うぐっ!2年生になった途端説教とかやだーーー!!」
「それは自業自得でしょう!」
ユウから無理矢理引き剥がされ、ナマエはズルズルとアズールに引き摺られていく。ナマエはわんわんと泣き喚いていたが、ユウはぽかんとした顔をしてそれらを見送った。
「おい、あれって……シャンドラー家の…」
「オクタヴィネル寮寮長が連れてきたってことは、もしかしてオクタヴィネル寮なのか?」
「ディアソムニアだと思ってたんだが……なんかイメージと違うよな…」
こそこそと新入生から声が聞こえる。アズールはそれを耳にして、ため息をついた。シャンドラーという姓は良くも悪くも人の視線を集めやすい。
在校生であればもう噛みすぎて味の薄くなったネタだとしても、新入生は違う。かの有名魔法士一家のシャンドラーの一族だと、その目を輝かせて、熱心にその姿を追うのだ。それはそれでモストロ・ラウンジの集客は見込めそうなので、万々歳ではあるのだが。
「しっかりなさい。見られていますよ」
「1年前と同じだねー!沢山見られるのって懐かしいー!」
「その頃から全く変わってないのもどうかと思いますが。まあ、貴方の場合はそうなんでしょうね。なんせ、貴方自身と肩書きのギャップの差はありすぎるので」
「えへへ」
「何笑ってるんですか。褒めてませんよ」
アズールの冷めた言葉にナマエはちぇーっとぼやく。
とはいえ、ナマエはアズールにとって大層利用価値のある駒だ。このシャンドラーでさえも従わせている寮長ともなれば、頭のいい新入生たちは素直にアズールの言うことを聞いてくれるようになるだろう。そのために、この手の中で可愛がってやっていたのだ。アズールはうっそりと笑む。
「少々予定外のトラブルはありましたが、これにて入学式は閉会です。各寮長は新入生を連れて寮へ戻ってください」
クロウリーの言葉により、アズールは3年生のオクタヴィネル寮生に新入生をオクタヴィネル寮の談話室に連れていくように指示をだす。この1年でしっかりと教育のいき届いたその寮生は、アズールの言葉通り新入生を連れて、寮へと向かっていった。
わいわいと集団になって廊下を歩く新入生はまだ初々しい空気を持っている。新しく出来た可愛い後輩たちにほっこりとする。それでも、アズールの歩みは止まらないので、ナマエは離れていく後輩たちを名残惜しむように眺めていた。
「アズール、入学式お疲れ様です」
「めちゃくちゃ猫かぶってんじゃん。アズール、超面白え〜」
アズールがやってきたのは、フロイドとジェイドの元だった。体調を崩していたフロイドも元気と機嫌を取り戻していたらしい。
「まだこの後に新入生への挨拶が残っていますので。その前に、ナマエさん」
「へい!」
「返事だけはいいですね。さて、遅刻した言い訳を聞きましょうか?」
「アズール、ナマエさんは迷子になっていた新入生を保護するために遅れたらしいですよ」
「ほう、そうですか」
ジェイドの言葉にアズールは器用に片眉だけ上げる。これは、言い逃れができるかもしれない。そう期待して、ジェイドの言葉に同意を示すようにナマエはひたすら首を縦に振った。
「困った人を助けるのは、慈悲深き海の魔女の精神に基づいたオクタヴィネル寮生としては褒められた行為でしょう」
「でしょ!?炎消すのに頑張ったんだよ!!」
「だから、あの獣と遅れてきた新入生は濡れていたんですね。可哀想に、魔法のコントロール能力の低いナマエさんが保護したばっかりに」
よし!なんとか話をうやむやにできた!誤魔化せたぞ!なんか貶された気がするが、今はそんなことを気にする暇などない。ナマエはほっと胸をなでおろした。
「ところでナマエさん、ご自身でアイメイクはされたのですか?」
「え?」
すると、ジェイドはナマエの目元に指で触れた。水のようにひんやりとした感触に、ナマエは自然と目を細めた。
ナマエの目の縁は深い黒で力強くなぞられていた。大きな目が更に際立っている。しかし、少し滲んでいる部分があることから、何回か失敗してやり直していることが分かった。
「そう!今回は自分で頑張ってみた!どう?」
「ええ、似合っていますよ」
「クマノミちゃん、不器用なのにすごいじゃーん」
「がんばったんだよー、ほんと!おかげで遅刻するかと思って、必死に走った……はっ!」
まずい。余計なことを口にした。ナマエは慌てて口を抑えたが、もう既に遅かった。アズールは「そうですか。遅刻するかと思って、走ってきたんですね」と、その瞳を鈍く光らせていた。横に立っているジェイドとフロイドはにやあっと意地の悪い笑みを浮かべていた。
ああ、これはバレた!そして、嵌められた!
「ナマエさん、罰として1ヶ月間閉店後のモストロ・ラウンジの掃除をお願いしますね」
「え!?せめて1週間……」
「何寝ぼけたことを言っているんですか。遅刻した上に言い逃れようと下手くそな嘘まで着いた罰です」
「うわーん!1ヶ月もなんて長いよー!」
「ええい!まとわりつくな!鬱陶しいですよ!」
アズールの足に必死に引っ付いてわんわんと喚くナマエ。あれがシャンドラー家なのか?と、引いた目で周りに見られようが、お構い無しだ。ナマエは家柄も何も気にせず、自分のしたいように全力で生きる。そんな人間だ。
とはいえ、アズールもナマエには何だかんだ甘いところがある。「分かりました!2週間で手を打ちましょう!」と、結局はアズールが折れてやっているのだから、天性の馬鹿にはやはり適わないものなのだ。
「クマノミちゃんもひでえよな。ジェイドもさあ、ずーっと待ってたもんねえ」
「へ?何を?」
「いつもアイメイクしてってお願いしてくるじゃん。ジェイド、今日もクマノミちゃんが来るのをギリギリまで待ってたのに、全然来ないから」
「だから、今日は珍しくジェイドの準備が遅かったんですねえ」
「うっ!だって、最近ジェイド忙しそうだったし……」
まさか準備して待ってくれているとは思ってもなかった。ナマエがジェイドを思わず見やれば、彼は相変わらずいつもの笑顔をうかべたままだ。うわ、何考えてんのかさっぱり分からない。
「面倒なことすんなよな。クマノミちゃんが他の誰かにお願いしたんじゃないかって思ったし。ぎゅーって絞めちゃうところだった」
「絞め…!?なんで!?」
「ええ、聞いちゃうの?だって、ジェイドは……」
「フロイド」
「あはっ、ごめんってえ。怒んないでよ、ジェイド」
ジェイドの鋭い声にフロイドは笑ってそのまま口を閉ざした。怒らないでと彼は言うが、ジェイドは笑みを貼り付けたままだ。確かにちょっとピリッとした空気を纏っているが、怒っているようには見えない。それが分かるとはさすが兄弟だな、とナマエは人知れず感心した。
「さて、分かりましたね、ナマエさん。馬鹿なくせに変な気遣いなどせず、素直にジェイドに甘えておいてください。遅刻までされたら本末転倒です」
「馬鹿って言った!馬鹿って言った方が馬鹿なんだよアズール!ばーかばーか!」
「貴方には言われたくありません!」
すると、アズールとナマエはまたぎゃんぎゃんと口論を始めた。いつもは高いところで人々を見下ろして高笑いをするアズールが、ナマエと口喧嘩する時だけはどうも年相応に戻ってしまう。フロイドとジェイドは、そんなふたりを見るのが、実は楽しかったりする。
「クマノミちゃんってばおかしいよね。拾い上げるところはそこなんだぁ」
「ええ、本当に」
「ジェイドもよかったね。クマノミちゃんに逃げられてなくて」
「ふふ、そうですねえ。逃げ場のない岩陰まで追いかけて、追い詰めて、食べてしまうところでした」
「ジェイドってばこわぁい」
くすくす、くすくす。二人の獣が岩陰で静かに笑っていた。
こうして、波乱に満ちた入学式は終えた。そしてそれと同時に、ナマエの2年生としての生活も、慌ただしくもスタートしたのだった。