ライトラスト ‐§1‐
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エースが談話室のソファでさみしく夜を明かした朝、デュースがやってきた。エースの首輪を見て腕を組む。
「やっぱりオンボロ寮に来てたのか。他の寮生から話は聞いたぞ。寮長のタルトを盗み食いして首輪をはめられるとは…お前、相当バカだな」
「うるっせ!お前にだけは言われたくねー!」
エースを迎えに来たのか様子を見に来たのかバカにしに来たのか、定かではない。朝から元気な喧騒は寝起きには堪える。
「うるさ…」
「ところで、寮長まだ怒ってた?」
「いや、そうでもない。今朝はすこしイライラしている様子で、起床時間を守れなかった奴が三人ほどお前と同じ目にあっていたくらいだ」
「……起床時間を守れなかっただけで?」
「全然そうでもなくねぇじゃん!めっちゃ怒ってるじゃん!」
ユウと二人で顔を見合わせる。どうやら、思っていたより事態は簡単に済みそうにないかもしれない。
――――
不満と文句、両方ともたらたらのエースがいやいや謝罪に行くのを野次馬、もとい付き添いとしてハーツラビュル寮へ向かう。
鏡をくぐり抜けて転移した先。薔薇の木が生えた立派な庭園が広がっており、赤いレンガ造りの城めいた寮舎がそびえたつ。オンボロ寮とは比べるのも憚られる立派さだった。
「ほわぁ~!めっちゃ豪華だ!オレ様たちの寮と全然違うんだゾ!」
「私があえて黙っていたことを……」
「…比較すると切なくなるからやめよう」
寮に向かって歩を進める。
「――やばいやばい。急いで薔薇を赤く塗らないと」
薔薇を赤く塗る?
「おっと危ない。塗り残しは首が飛ぶぞ」
そちらの方に視線を向けると、一人の生徒が白薔薇を赤く塗っているところだった。まるで、不思議の国のアリスに出てくるトランプ兵のように。
ユウがぽつりとつぶやいた。
「この光景、どこかで見たような気が……」
歓喜で胸が躍る。彼女は忘れてしまっているか、あまり詳しくはないようだけど、やはりこの子は私と同じ日本から来た――。
「それ、なにしてんの?」
エースの問い掛けに生徒は振り返る。
「これ?見ての通り薔薇を赤く塗ってるだけだけど」
「えぇっ!?なんでそんなことを?」
「ん~、反応がフレッシュでカワイーね!…って、よく見たら君たち、昨日十億マドルのシャンデリア壊して退学騒ぎ起こした新入生じゃん!
しかも君は、その日の晩にタルトを盗んで罪の上塗りをした子だ!」
悪評が広まるのが早い。新入生同士、仲を深めるきっかけの話題としてはうってつけだったことだろう。デュースも肩を落としている。
「で、そっちは学園長に大抜擢されたっていう特待生に、噂のオンボロ寮の監督生になったコ!学校中で話題のニューカマーたちと朝イチで会えるなんてラッキー♪
ねねね、君たち一緒に写メ撮ろーよ!イェーイ!」
肩に腕を回されて、インカメラで全員まとめてパシャリ。怒涛の勢いに呑まれてされるがままだ。
「あ、これマジカメ上げていい?タグ付けしたいから名前教えてよ」
「こ、こんな不意打ちで撮られた写真、ネットに上げられたら困ります!…いきなりだったから表情も間抜けだし」
「え~。じゃあこれアプリで加工して、顔の下半分スタンプで隠してっと…これでいい?」
「あっ、えっ!?すごい盛れてる!なんてアプリ?」
「ちょいちょいちょいそこの二人!なんか仲良くなってるけど!」
「そうそう、名前教えて欲しいんだった。そこの君から教えてよ」
驚異の加工技術につい距離感が近くなってしまった。
それぞれ自己紹介を終え、薔薇塗りマジカメ男もといケイトが三年の先輩ということが判明したところで、「白い薔薇を赤く塗る」という謎の行動がハーツラビュル伝統の「なんでもない日おめでとう」パーティに向けたものだったということが判明する。
芋づる式にエースが盗み食いをしたケーキはよくわからない「何でもない日」をお祝いする大切なケーキだった、という答えも導き出された。
特になんでもない日を寮総出で祝うという脈絡のないシュールな伝統はやはり、不思議の国めいていた。
「とにかく、理由は後、後!今は薔薇を赤く塗るのを手伝って!
デュースちゃんにミオちゃん、グリムちゃんは魔法でやれるよね。
エースちゃんとユウちゃんは魔法が使えないからこれ、ペンキ」
「ま、魔法で色を変える、ですか…」
「そんなのやったことねぇんだゾ」
「まだ授業も本格的に始まってないのに…できるかな」
「オッケー、ダイジョブ、リラーックス!なんとかなるなる!寮長に首をはねられたくなきゃ急げ~」
学園長から渡されたマジカルペンを取り出す。
魔法をろくに使ったことがない自分でも、上手くできるだろうか?
魔法を使うには、具体的なイメージが必要。炭坑でエースたちが言っていた言葉を思い出す。
目をつむって、深呼吸。薔薇の一番スタンダードな色は赤だから、イメージには困らない。白い薔薇が赤く塗りかわるイメージを強く思い描いて、ペンを振る。そうして、そうっと瞼を開けた。
「あ……」
「すごいすごい、初めてでできちゃうなんてさっすが特待生ちゃん!」
「ああ、やるな、ミオ。僕も見習って…」
視線の先で、さっきまで純白だった薔薇は真紅に変わっていた。