29(短編)
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Nameを見送ってから3ヶ月の時が過ぎた。
あの日、死ぬには早すぎるほど若々しい姿で眠る彼女を、花と共に棺に入れた。
傷のない顔。まるで眠っているような、少し触ればくすぐったさに目を覚ましてしまうような死に顔。
しかし、触れば氷のように冷たかった。
3ヶ月の時が過ぎたが、私は毎日を変わりなく過ごしている。
悪魔超人として、魔界のプリンスとして、何事も無かったかのように過ごしていたのだ。
当たり前のことだった。悪魔超人が人間1人の死を目の当たりにしたところで、悲しみに明け暮れることなどない。
そう思っていたある日、一輪の花を見つけた。
その日の空は青く、太陽は雲に隠れてはいなかった。
久々に訪れた人間の世界は相変わらず騒々しかったが、人気のいない場所へ出向けば打って変わって静まり返る。
そこは草原だった。
そういえばNameも、人の多い街中より静かな自然で暮らすのが好きだった。
そんなことを思いながら足元を見れば、その花が咲いていた。
Nameの好きだった花。
ある時は私のために摘み、ある時は2人の部屋に飾り、ある時は棺に入れたあの花。
それを目にした時、私はふと彼女のことを思い出した。
思い出そうとした。
...彼女は、どんな声だっただろうか。
頭の中に浮かぶ彼女の顔には、何故か大きな靄がかかっていた。
初めて会った日のことも、仲間に紹介した日のことも、指輪をはめた日のことも、覚えていたはずだ。
あの顔を、声を、私は覚えていたはずだ...。
風が吹く。足元の花が揺れる。
同時に、私の中に"後悔"という感情が湧き上がる。
「私ね、アシュラと出会えて本当に良かった。」
共に唇を重ねたあの日、そう言ったNameはどんな顔をしていただろうか。
「私、もうすぐ死んじゃうけどね...。でも死んでも絶対忘れないから、アシュラも私のこと忘れないでほしいな......なんてね。」
ベッドの上でそう告げる彼女は確かに笑っていた。
しかし思い出せない。悔いのない幸せそうな笑顔だったか、悲しみを押し殺したようなぎこちない笑顔だったか、緩やかでお淑やかな笑顔だったか...。
陽だまりのように暖かな笑顔を思い出そうとしても、必ず靄がかかってしまうのだ。
あの時握った手の感触でさえも、私はすっかり忘れているのだ。
何かが頬を伝う。
あの時と同じだ。幼い頃、私は全く同じように目から熱い液体を流した。
いくら拭っても止まることはなかった。頭の中で薄れゆくNameの記憶を思い出そうとする度に、私の目頭は熱くなってゆく。
思い出せない。思い通りに、思い出すことができない。
何故もっと彼女の声を聞かなかったのか。彼女を見なかったのか、彼女に触れなかったのか。
私の中のNameの記憶は、たった3ヶ月で剥がれ落ちてしまうほど淡泊で薄っぺらいものなのか?
拳を強く握った。誰にも押し付けられない怒りに、歯を食いしばった。
叫びたい気分だった。自身に対する怒りに、後悔に打ちひしがれていた。
どんなに強く拳を握っても、涙は止まらない。
「Name...」
返事は聞こえない。
ただ、足元で花が揺れているだけだった。
この花もいつかは枯れてしまうのだ。そして跡形もなく消えてしまう。
私の記憶も、この花のように朽ちてしまうのだろうか...。
いつか私がNameの元へ行けたら。
その時は今まで以上に沢山の愛を伝え、彼女の声を聞き、彼女を見ていたい。
青空の広がる草原。吹く風に揺れる花を見ながら、私はNameへの懺悔と想いを風に乗せた。
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