Chapter3 - Drowning in Pure White
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***
――2月14日。
『さあ、ブラボーチームのカウントは残り15! だがサニー選手も必死でエリアを塗り返す!』
『おっとここで、グレープ選手、スプラッシュシールドで敵の塗りを阻止! アルファチーム、再びガチエリア確保!』
『イカップル杯の頂点に立つのはS+50の王者か! はたまたマゼンタチームからの挑戦者か! 結果は最後まで分からないぞ!』
「頑張れーっ! サニー、グレープーっ!」
クサヤ温泉の観客席から、デニムキャップは身を乗り出してあらん限りの声援を送っていた。チームメイトのサニーとグレープが参加するイカップル杯で、二人は数多の強豪チームを破り、ついに決勝戦まで進出していたのだ。
『さあ、決勝戦のこの試合も時間は残り僅か! 現在のカウントリードはブラボーチーム! だがアルファチームのカウントも徐々に追いついていく! 逆転は起きるのか!』
「行け行けーっ! ファイトーっ!」
『残り時間5秒! アルファチーム、必死でエリアを塗る! カウントストップだ! しかしサニー選手がすかさず迫る! おっとここで、グレープ選手がナイスダマを構えた!』
「そこで塗れーーっ! 行っけーーっ!!」
身体の奥底から声を出して、デニムキャップはチームメイトの二人へと応援を届けようとする。
『さあ延長戦に入った! アルファチーム塗り返す! しかしここでグレープ選手のナイスダマが炸裂! ブラボーチーム、エリアを確保して……カウントリード! 試合終了ー!!』
「やったーーーー!!!!」
デニムキャップの周囲が、瞬く間に歓声と拍手に包まれる。
『第5回イカップル杯、S+50の強豪を破って、サニー選手とグレープ選手のペアが見事頂点に輝きました!』
「サニーー! グレープー! おめでとうー!!」
ステージを包む歓声に飲み込まれないように、大きく手を振りながら叫ぶ。二人もそれに気付いたようで、満面の笑みで手を振り返した。
(さてと、そろそろ私は行かなきゃ……)
ステージを取り囲んでいた観客たちが席を立ち、帰り始めると、デニムキャップはある目的のため、スカルに連絡を取ろうとナマコフォンを取り出す。
『バンカラ街 第4回フェス ホワイト陣営が全部門1位の圧勝』
画面に残っていた昨日のニュースの通知を消して、デニムキャップは胸に手を当て深呼吸する。既に何度もバトルに誘っている仲ではあるが、今回の目的はそれではない。緊張で震える手で、キーを押そうとした――その時だった。
「……ここはどこだ」
背後から……いや、頭上から、聞き慣れた声がする。
「えっ? ……え、うわあぁ!?」
デニムキャップが驚いて仰け反るのも無理はない。たった今連絡をしようとしていた本人が、今まさに、旅館の屋根の上にいたのだから。
「スカルくん!? と、とりあえず、こっち来てー!」
スカルのいる屋根に向けて、大きく手を振る。程なくしてデニムキャップの存在に気付いたスカルは、スーパージャンプでデニムキャップの隣へと降り立つ。
「スカルくん、一体どうしてここに?」
「オレはパープルチームの練習試合のために、ユノハナ大渓谷に行こうとしていただけなんだが……」
「えっと、ここはクサヤ温泉だけど……」
「……」
少しの間、沈黙が続く。やがてその沈黙を破って、デニムキャップがたどたどしく口を開く。
「あのね、スカルくん……私、スカルくんに、渡したいものがあって。今から連絡しようと思ってたから……丁度良かった」
「オレに……? 何だ?」
デニムキャップは、バッグの中から綺麗にラッピングされた袋を取り出して、スカルに手渡す。
「その……これ、フェスの時の、お礼」
「……!」
受け取ったスカルの目が、静かに輝き出す。袋の中身は、チョコペンで「ホワイト 優勝 おめでとう」と書かれた、デニムキャップの手作りのホワイトチョコレートだ。
「これ……食べて、良いのか」
袋の中身とデニムキャップとを交互に見ながら、少しだけ浮ついた声で彼が尋ねる。
「勿論だよ」
「ああ。……ありがとう」
その次の瞬間には、既に袋の中身は空になっており、スカルの手元には空の袋だけが残っていた――やはりいつも通り、一瞬で食べてしまったようだ。本当の気持ちを伝える勇気は今はまだ無くて、照れ隠しのために書いた「優勝おめでとう」の文字も、果たして意味があったのかどうかは分からない。
「……美味かった」
「そう言ってくれるなら、嬉しいよ」
好きなものに喜ぶスカルの姿が愛おしくて、デニムキャップも自然と笑みがこぼれる。
「……そういえば、だ」
空の袋を畳んでポケットに仕舞いながら、スカルは真面目な表情へと戻って、デニムキャップに向き直る。
「オレも丁度、お前に聞きたいことがある。デニムキャップ、次の昇格戦まで、あと何ポイント必要なんだ?」
「えっ? えーっと……あとオープンで3勝すれば昇格戦。明日ポイントを貯めて、明後日にまた昇格戦に挑むつもり」
「そうか……なら、丁度いい。明日の午後、お前のマゼンタチームと、オレのパープルチームで対戦するというのはどうだ」
「え、えぇーっ!?」
デニムキャップが思わず裏返った声を発しながら後ずさりする。
「ど、どうしてそんなことを……?」
「フェスの時に感じたんだ。お前は着実に実力を伸ばしつつある。昇格戦の前の最後の特訓として、オレ達に挑むのも悪くないだろう」
「で、でも、私、まだ一度もスカルくんに勝ったことないのに……」
俯きながら答えるデニムキャップの声は、語尾に近付くにつれ次第に小さくなってゆく。
「ならば、この条件はどうだ。ルールはお前の得意なガチエリア。ステージは裏取りがしやすく、長射程による制圧が難しいスメーシーワールド。これならお前たちにも十分勝機はあるだろう」
「う、うん……」
弱々しく頷くデニムキャップの声は、少しだけ震えていた。
「……そう弱気になるな。自信を持て。お前が勝てるようになるまで、何度でも再戦は受けてやる。お前がオレに勝つことで、足りない最後の武器……『自信』をつける。そのための特訓だ」
「……!」
デニムキャップが、俯いていた顔をそっと上げる。見上げたスカルの瞳は真っ直ぐで、その佇まいは何者にも揺らぐことはなく堂々としている。
(私も……こんな風になれたら)
デニムキャップの胸に、小さな希望と静かな闘志が灯る。
「分かった。私……スカルくんに追いつけるように、精一杯、頑張る」
「ああ。明日……お前の全力を見せてくれることを、楽しみにしているぞ」
昼下がりの眩しい陽光を背にして、スカルは力強く頷いた。