Chapter1〜籠の鳥は戻ってくる
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(結婚相手が……エンペラー……?)
私は目の前の出来事が現実かどうか確かめるように、何度も何度も目を擦ってみるが、今、自分の手の中にある写真は、やはりどこからどう見てもあのエンペラーだ。
「どうだい? 良家のご子息で、こんなにもかっこいいお方だ。トワにとっても最高の相手だと思うんだが」
父はソファーにどっかりと腰掛けたまま、いかに私の結婚相手――エンペラーが素晴らしい人物かを説いてくる。
「う、うーんと……」
確かに父の言う通り、顔の良さは申し分ないのだが――それでも相手は、ただ一度の偶然で対戦しただけの、ほとんど赤の他人のようなものだ。エンペラーがどんな性格なのか、どんな生活をしているのか、どんな価値観を持っているのか、何もかも分からないままでは、この結婚を受け入れても良いのか、それともそんなことをするのは嫌なのか、それすらも分からない。
「……まあ、いきなり知らない相手と結婚しろなんて言われたら、戸惑うのも無理はないわ」
次に口を開いたのは、父の隣に慎ましく座っている母だった。
「急で悪いんだけど……明日の昼、エンペラーとその親御さんと、顔合わせをすることになっているの……要するに、トワとエンペラーのお見合いね」
「は、はあ……」
明日の昼――これまた急な話だ。先程から訳の分からない情報が溢れ過ぎて、脳のキャパシティなどとっくに限界に達してしまっている私は、ただ情けない声を出しながら、話を聞いている他なかった。
「突然のことだから、トワも驚いているだろうが、これもジンドウ家の名を守るためだ。家族も、トワ自身も、幸せにするためだと思って、受け入れて欲しい」
「う、うん……」
私は受け取った写真の台紙を両手で握りしめたまま、なんとなく曖昧に返事をして、その場を後にした。
「話は全部聞いてたぞ、トワ。とんだ災難に巻き込まれたな」
両親のもとを離れ、2階の自室に戻ろうとすると、廊下には兄が待ち構えていた。
「……にしても父さん、俺が留守にしてる間にあんなに性根腐っちまったとはな。いや、元から腐ってたけど、さらに酷くなったっていうか」
壁にもたれかかりながら、吐き捨てるように兄はそう言う。
「腐ってるって……どういうこと?」
いきなり何を言い出すのか、と思い、私はただ純粋な疑問でそう尋ねる。
「いや、あれはどう考えても腐ってる。お前もそう思うだろ? 昔から、ジンドウ家の者としてどうのこうのって、やることなすことケチつけられるし、イカとして生まれていながらナワバリバトルのナの字も許されない」
「そ、それはそうだけど……」
確かに兄の言う通り、私は昔から、「ジンドウ家」の名のもとに、あれこれ行動に制限をかけられていた。もちろん不満に思うことだって沢山あったけど、それと引き換えに多くの贅沢な幸せを与えられているのも、また事実なのだ。
「私も……本当はもっと色んなことしてみたいし、ナワバリバトルだってまだまだ沢山やりたいよ? でも……お父さんは、私が幸せになれるように、色々してくれてるんだよ! この家での暮らしは、周りから見たらとっても恵まれてるから……その分、我慢だって沢山しないと……」
……だから、流石に「性根が腐ってる」だなんて言い過ぎではないか。そう言いかけた私の言葉を遮るように、兄が零す。
「……馬鹿かお前は? この期に及んでまだそんなこと言ってるのか?」
「……え?」
まるで彼らしくない、心の底から何かを軽蔑するような――けれど、強い意志を持って、諭しているようにも聞こえる、そんな声だった。
「海外に出た俺と違って、お前は生粋の箱入り娘だから分からないかもしれない。けど、俺たちの父さん、世間から見たらかなり異常だぞ? ……いわゆる「毒親」ってやつだな」
「そ、そんな……」
これまでに見たことのないような兄の態度に、私は戸惑っていた。私と違って、兄は昔から何かと反抗的な性格だったが、それでも何だかんだ言いつつ最終的には父の言うことに従っていた。いずれ父の会社の跡を継ぐことも、そのために海外に出て勉強することも、兄は特に抵抗はしていなかった。そんな彼が、父のことをはっきりと「異常」と言い切るなんて。
「確かに、お父さんは訳の分からないことで怒ることもあるし、とっても厳しいけど……でも……それは流石に言い過ぎじゃないの……? だって私、別に殴られたり蹴られたりしたことなんてないし、私の好きなものだって沢山」
「……あのな」
「ひっ」
私の言葉を遮るように、じろりと兄が私を睨みつけて、思わず後ずさりする。
「お前はそんな風に、いつまで経ってもデモデモダッテだから、父さんに良いように利用され続けてんだよ」
「利用……?」
訳が分からず首を傾げる。すると兄は――両手で私の肩を掴んだかと思うと、激しく揺さぶりながら、鬼のような形相で怒鳴りつけてくる。
「いい加減、目を覚ませよ、トワ! 父さんはお前のことを思ってなんていない! ただお前を利用したいだけなんだよ!」
「あ……う……」
兄の物凄い剣幕に、私は何も言い返せなくなる。そんな私を前にして、畳み掛けるように兄は続ける。
「だって考えてみろよ。あれだけナワバリバトルを毛嫌いしてた癖に、金欲しさのためだけに、「ナワバリの王」と呼ばれた男の元にお前を差し出すんだからな」
「……あ」
兄が指摘した矛盾にようやく気がついて、私ははっと顔を上げる。
「しかも、向こうの家は超王手ブキメーカーとも深い繋がりがあるって聞いた。まだ開発中で世に出ていないブキの試作品を、エンペラーが持ち出して使いこなしてたって噂も聞いたことがある。……まあ要するに、それだけナワバリバトルと密接な関係のある家にお前を嫁がせるなんて、父さんの言動は明らかにおかしいんだよ」
「た、確かに……」
言われて見れば、確かに今の父の言動は矛盾だらけで、目先の金のために動いているようにも思える。――だけど、なぜそんなことをするのか。曲がりなりにも今まで「ジンドウ家の誇り」として育てられてきたはずなのに、突然切り捨ててしまうようなそんなこと、本当にあるのだろうか。私はこうして利用されるために、存在しているということなのだろうか。結婚の話だけで既に頭はいっぱいいっぱいなのに、また新たな疑問が次々と湧き上がってきて、心の容量はとっくに限界を迎えている。
「ま、要するに何が言いたいかって言うと、俺はあの結婚話には賛成できない。どう考えたってお前に良いことがあるとは思えない」
「う、うん……」
私は腕の中に収まったままの、エンペラーのお見合い写真の台紙を、無意識にぐっと握りしめていた。
「家族を幸せにするためとか、父さんはほざいてるけど。家がどうこうとかは抜きにして、「お前自身が」どう思うのかが大切だからな。結婚ってのは、お前の一生を捧げる、大事な選択なんだし。お前の人生を父さんの私欲の生贄なんかにしていいのか、よく考えろよ」
そう諭すように言う兄は、いつもの穏やかな表情に戻っていた。私は写真の台紙を握りしめたまま無言で頷いて、重い荷物を引き摺るような足取りで自室へと戻っていった。
私は目の前の出来事が現実かどうか確かめるように、何度も何度も目を擦ってみるが、今、自分の手の中にある写真は、やはりどこからどう見てもあのエンペラーだ。
「どうだい? 良家のご子息で、こんなにもかっこいいお方だ。トワにとっても最高の相手だと思うんだが」
父はソファーにどっかりと腰掛けたまま、いかに私の結婚相手――エンペラーが素晴らしい人物かを説いてくる。
「う、うーんと……」
確かに父の言う通り、顔の良さは申し分ないのだが――それでも相手は、ただ一度の偶然で対戦しただけの、ほとんど赤の他人のようなものだ。エンペラーがどんな性格なのか、どんな生活をしているのか、どんな価値観を持っているのか、何もかも分からないままでは、この結婚を受け入れても良いのか、それともそんなことをするのは嫌なのか、それすらも分からない。
「……まあ、いきなり知らない相手と結婚しろなんて言われたら、戸惑うのも無理はないわ」
次に口を開いたのは、父の隣に慎ましく座っている母だった。
「急で悪いんだけど……明日の昼、エンペラーとその親御さんと、顔合わせをすることになっているの……要するに、トワとエンペラーのお見合いね」
「は、はあ……」
明日の昼――これまた急な話だ。先程から訳の分からない情報が溢れ過ぎて、脳のキャパシティなどとっくに限界に達してしまっている私は、ただ情けない声を出しながら、話を聞いている他なかった。
「突然のことだから、トワも驚いているだろうが、これもジンドウ家の名を守るためだ。家族も、トワ自身も、幸せにするためだと思って、受け入れて欲しい」
「う、うん……」
私は受け取った写真の台紙を両手で握りしめたまま、なんとなく曖昧に返事をして、その場を後にした。
「話は全部聞いてたぞ、トワ。とんだ災難に巻き込まれたな」
両親のもとを離れ、2階の自室に戻ろうとすると、廊下には兄が待ち構えていた。
「……にしても父さん、俺が留守にしてる間にあんなに性根腐っちまったとはな。いや、元から腐ってたけど、さらに酷くなったっていうか」
壁にもたれかかりながら、吐き捨てるように兄はそう言う。
「腐ってるって……どういうこと?」
いきなり何を言い出すのか、と思い、私はただ純粋な疑問でそう尋ねる。
「いや、あれはどう考えても腐ってる。お前もそう思うだろ? 昔から、ジンドウ家の者としてどうのこうのって、やることなすことケチつけられるし、イカとして生まれていながらナワバリバトルのナの字も許されない」
「そ、それはそうだけど……」
確かに兄の言う通り、私は昔から、「ジンドウ家」の名のもとに、あれこれ行動に制限をかけられていた。もちろん不満に思うことだって沢山あったけど、それと引き換えに多くの贅沢な幸せを与えられているのも、また事実なのだ。
「私も……本当はもっと色んなことしてみたいし、ナワバリバトルだってまだまだ沢山やりたいよ? でも……お父さんは、私が幸せになれるように、色々してくれてるんだよ! この家での暮らしは、周りから見たらとっても恵まれてるから……その分、我慢だって沢山しないと……」
……だから、流石に「性根が腐ってる」だなんて言い過ぎではないか。そう言いかけた私の言葉を遮るように、兄が零す。
「……馬鹿かお前は? この期に及んでまだそんなこと言ってるのか?」
「……え?」
まるで彼らしくない、心の底から何かを軽蔑するような――けれど、強い意志を持って、諭しているようにも聞こえる、そんな声だった。
「海外に出た俺と違って、お前は生粋の箱入り娘だから分からないかもしれない。けど、俺たちの父さん、世間から見たらかなり異常だぞ? ……いわゆる「毒親」ってやつだな」
「そ、そんな……」
これまでに見たことのないような兄の態度に、私は戸惑っていた。私と違って、兄は昔から何かと反抗的な性格だったが、それでも何だかんだ言いつつ最終的には父の言うことに従っていた。いずれ父の会社の跡を継ぐことも、そのために海外に出て勉強することも、兄は特に抵抗はしていなかった。そんな彼が、父のことをはっきりと「異常」と言い切るなんて。
「確かに、お父さんは訳の分からないことで怒ることもあるし、とっても厳しいけど……でも……それは流石に言い過ぎじゃないの……? だって私、別に殴られたり蹴られたりしたことなんてないし、私の好きなものだって沢山」
「……あのな」
「ひっ」
私の言葉を遮るように、じろりと兄が私を睨みつけて、思わず後ずさりする。
「お前はそんな風に、いつまで経ってもデモデモダッテだから、父さんに良いように利用され続けてんだよ」
「利用……?」
訳が分からず首を傾げる。すると兄は――両手で私の肩を掴んだかと思うと、激しく揺さぶりながら、鬼のような形相で怒鳴りつけてくる。
「いい加減、目を覚ませよ、トワ! 父さんはお前のことを思ってなんていない! ただお前を利用したいだけなんだよ!」
「あ……う……」
兄の物凄い剣幕に、私は何も言い返せなくなる。そんな私を前にして、畳み掛けるように兄は続ける。
「だって考えてみろよ。あれだけナワバリバトルを毛嫌いしてた癖に、金欲しさのためだけに、「ナワバリの王」と呼ばれた男の元にお前を差し出すんだからな」
「……あ」
兄が指摘した矛盾にようやく気がついて、私ははっと顔を上げる。
「しかも、向こうの家は超王手ブキメーカーとも深い繋がりがあるって聞いた。まだ開発中で世に出ていないブキの試作品を、エンペラーが持ち出して使いこなしてたって噂も聞いたことがある。……まあ要するに、それだけナワバリバトルと密接な関係のある家にお前を嫁がせるなんて、父さんの言動は明らかにおかしいんだよ」
「た、確かに……」
言われて見れば、確かに今の父の言動は矛盾だらけで、目先の金のために動いているようにも思える。――だけど、なぜそんなことをするのか。曲がりなりにも今まで「ジンドウ家の誇り」として育てられてきたはずなのに、突然切り捨ててしまうようなそんなこと、本当にあるのだろうか。私はこうして利用されるために、存在しているということなのだろうか。結婚の話だけで既に頭はいっぱいいっぱいなのに、また新たな疑問が次々と湧き上がってきて、心の容量はとっくに限界を迎えている。
「ま、要するに何が言いたいかって言うと、俺はあの結婚話には賛成できない。どう考えたってお前に良いことがあるとは思えない」
「う、うん……」
私は腕の中に収まったままの、エンペラーのお見合い写真の台紙を、無意識にぐっと握りしめていた。
「家族を幸せにするためとか、父さんはほざいてるけど。家がどうこうとかは抜きにして、「お前自身が」どう思うのかが大切だからな。結婚ってのは、お前の一生を捧げる、大事な選択なんだし。お前の人生を父さんの私欲の生贄なんかにしていいのか、よく考えろよ」
そう諭すように言う兄は、いつもの穏やかな表情に戻っていた。私は写真の台紙を握りしめたまま無言で頷いて、重い荷物を引き摺るような足取りで自室へと戻っていった。