Chapter1〜籠の鳥は戻ってくる
名前変換フォーム
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
***
翌々日の夕方。私は父と共に、空港に母と兄を迎えに行っていた。
到着口に近いロビーのベンチで本を読みながら待っていると、ポケットの中で私のイカホが震え出す。画面を見ると、「今着いた」という、兄からのメッセージが届いていた。
「お兄ちゃん、着いたって! 迎えに行こう」
「ああ」
私は父と共に、到着口の方へと向かう。やがて、長い長い通路の向こう側から、スーツケースを手にした兄が、手を振りながらこちらに近づいてくるのが見えた。
「父さん! トワ! ただいまー!」
「おかえり、コハク。母さんは1時間後ぐらいに来るそうだから、一緒に待とう」
父はそう言って、ロビーの方へと戻っていく。兄と私もそれに続くように、父の少し後ろを歩いていく。
「トワ、元気にしてたか? 最近調子はどんな感じだ?」
つかつかと忙しない足取りでどんどん先に進んで、人混みの向こう側へと行ってしまう父とは対照的に、兄はのんびりと歩きながら、私を気遣うように話しかけてくる。
「……あんまり良いとは言えないかもね」
私がそう答えると、兄は露骨に困ったような顔をしながら、「……そうか」とだけ零した。
兄は、私が密かにナワバリバトルに挑んでいたことを、家の中で唯一知っている人物である。昔から私のことを気遣ってくれて、私に悩み事があれば親身になって聞いてくれたし、私がナワバリバトルをしたいという気持ちを、密かに応援してくれていた。時には、私が父や使用人たちに気付かれないように家を脱出するための手助けをしてくれることもあった。そんな兄に、今の状況のことを話したら、少しは気が楽になるだろうか。父を追いかける気も起きないまま、兄に合わせてのんびりとした歩調で歩きながら、私はそんなことを考える。
「お兄ちゃん、後でいろいろ、話させてね。できれば、誰も聞いてない時に」
「分かった。トワのためなら、俺にできることは何でもしてやるからな」
そう言って、兄は優しく微笑む。私が彼の妹で良かったと、心から思った。
母を乗せた飛行機が到着したのは、それから1時間ほど過ぎてからだった。三人で到着口に母を迎えに行き、久しぶりに家族4人が同じ場所に揃う。
「ただいま。皆、元気にしてたかしら」
「ああ」「うん!」
電話越しではなく、直接母の声を聞くのは一年ぶりぐらいだろうか。柔らかな母の声を聞くと、自然と心が安らいでいく。
「よし、それじゃあ帰るぞ。今夜はご馳走だ。皆の好きな物、たくさん用意してるからな」
「あら、良いじゃない。遠慮なく食べさせてもらうわよ、うふふ」
それぞれが期待に満ちた足取りで、空港を出て車に向かっていく。空虚で退屈だった私の世界も、今夜は元の彩りを取り戻してくれそうな予感がした。
***
「ごちそうさまでした!」
「ふぅ〜、食べた食べた〜」
夕食のデザートを食べ終えた私の隣で、兄は満足気にお腹をさすっている。そんな幸せに満ちた空間に、今度は父の声が飛び込んでくる。
「そうだ、トワ。聞いてくれるかい?」
「どうしたの?」
食べ終えた後の皿を、メイドさんが忙しなく運んでいく横で、父はやけに真摯な目で私を見ながら話しかけてきていた。
「トワに、大切な話があるんだ。後でリビングに来なさい」
「大切な話……?」
……もしかして、私が勝手にナワバリバトルに出ていたことで、また何か言われるのだろうか。それにしては、父の態度は物腰柔らかで、どこか嬉しそうにさえ見える。私を叱りつけようとしているとは、到底思えない。一体何が始まるのだろうかと疑問に思いながら、私はリビングに向かうことにした。
「さて、母さんも来たことだし、回りくどい話は無しにして、本題から入ろう」
リビングのソファーに、父と母が並んで座っている。私はその向かい側のソファーに、一人で腰掛ける。家の中だというのにどこか緊張感が漂っていて、何だかいかにも真面目な話が始まりそうな雰囲気だ。
「実は――トワには、父さんの決めた相手と結婚してもらうことが決まったんだ」
「………………え?」
何が何だか分からず、私はその場でぽかんと固まっていた。
「け……結婚?」
意味も分からないまま聞き返すと、父は「そうだ、トワの結婚が決まったんだぞ、そのために母さんにも帰ってきてもらったんだからな」と、得意気に話している。
「え……でも……結婚って……なんで、私の知らないうちに決められて……?」
おかしい。何かがおかしい。私はそう思って、恐る恐る父に問いかける。私の想像していた「結婚」というのは、何処かで出会った素敵なボーイと恋に落ちて、そのまま互いに仲を深めて、ロマンチックに指輪を渡されて――そんな感じのものだった。なのに、今、父の口から出た「結婚」は、そんなものとはかけ離れている。こんな風に突然呼び出されて、はい結婚することになりましたよと軽々しく言われるだなんて、そんなことは私の常識の中には無い。
「これにはね、深い訳があるんだよ。ジンドウ家の存続に関わる、大事な事情がね」
父がそこまで言ったところで、今度は母がぽつりぽつりと話し始めた。
「父さんの会社はね……今、経営が傾いて、大変な状況なの。そこで、会社を立て直すために、とある資産家からお金の援助を受けることになったんだけど……その条件が、そこの長男とトワを結婚させる、というものなのよ」
「そ、そんな……!?」
私の知らないところで、そんな風になっていただなんて。驚きを隠せず、開いた口が塞がらない。
「事情は分かったけど……でもそんな、知らない人といきなり結婚だなんて……ちょっと……」
そう答えながら、私は自分の身体が小刻みに震えていることに気がついた。驚きと不安と恐怖が入り交じった形容し難い感情が、私を支配している。顔も名前も知りもしない相手と結婚することになっただなんて、いくらなんでも二つ返事では受け入れられる訳がない。自分の身の回りに何が起こっているのか。これから私はどうなってしまうのか。私はどうするべきなのか。そんな疑問と不安が、頭の中でぐるぐると渦巻いている。
「まあまあ、まずは落ち着いて。お相手のことを知りもせずに逃げるなんてのは良くない。まずはこれを見てくれ」
そう言って父は、豪華な装丁の台紙を私に差し出す。
「これが、そのお相手の写真だよ」
私は父から受け取った台紙を、恐る恐る開いた。その瞬間、私の目に飛び込んできたのは――
「えっ――エンペラー…………!?」
眩いサンイエローの