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Chapter1〜籠の鳥は戻ってくる

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 4人で一斉に、ステージの中央へと向かう。広場を見渡すように、手前の足場に立てば、敵陣側の足場にも私たちと同じように、立ちはだかる4つの影が見える。
「行こう!」
 リーダーの合図で、私たちは中央の広場を奪いに飛び出していく。だが――
「あいたっ!」
「……っ!?」
 何が起きたのか、それすら確かめる間もなく、味方たちは次々と倒されていく。
「みんな!」
 リスポーンへと飛ばされていく味方たちを横目で見ながら、次の一手を考えていると、突然、目の前を黄色い影が横切る。
「敵だ……!」
 私を狙う敵の存在に気付いて、急いで私は影の方向へと傘を構える。だが――
「遅かったな」
 その影は、目にも止まらぬ速さのスライドで傘の横へと回り込んだかと思うと、すかさず私を狙い撃つ。
「うっ……!」
 私は為す術もなく――スプラマニューバーでやられた。

「――王はやられぬ」

 私を仕留めたそのボーイ――エンペラーは、フッ、と不敵な笑みをこぼすと、そのままひらりと方向転換して、残る味方の一人も仕留める。
『おおっとエンペラーチーム、開始僅か30秒も経たないうちにワイプアウトじゃー!』
 観客たちが、わあっ、と沸き起こるような歓声に包まれる。そして、それに応えるようにエンペラーはスライドの構えを解いて立ち上がると、仲間たちを率いながら一歩一歩、堂々たる歩みを進めていく。

『これぞまさしく……王道エンペラーロードや……!』

「……っ!」
 ステージが、隅から隅まで王者の色に染め上げられていく。リスポーンを待つ間、私はその様を、ただ奥歯を噛み締めて見ていることしか出来なかった。

「行かなきゃ……王道エンペラーロードを止めに……!」
 リスポーンに戻ってくるなり、すぐに私は再び中央に向けて飛び出していく。エンペラーチームは既に中央を塗り固め、曲がり角を曲がって段差の下へと向かってきている。
「そこだ!」
 隊列の一番端、プリンツの前に立ちはだかるように、私は傘を開いて構える。
「……!」
 インクが弾き返され、一瞬戸惑う素振りを見せるプリンツ。隊列が崩されたように思えた。だが――
トワ! 後ろ!」
「えっ――」
 チームメイトの声に反応して、素早く後ろを振り返る。だが、それよりも更に速く、視界にも捉えきれない程の一瞬で――背中から走るインクの痛みが、身体を貫く。
「…………!」
 傘の裏側に回り込むように現れたのは、またしてもエンペラーだった。壊れた傘をインクの海の中へと手放しながら、漸く私は、隊列が崩れたのではなく、エンペラーが私たちを仕留めるために動き回っていたのだと理解した。

『エイエーイ!(王道エンペラーロードが進んでいく! 試合時間は残り半分! しかしすでにエンペラーチーム、ステージの7割を塗り尽くした! 勢いが止まらない!)』

「つ、強すぎる……!」
「どうやって押し返せばいいの……?」

 飛び交うインクを誰も止められず、私たちはただひたすらに返り討ちにされていく。エンペラーチームは既に、段差を乗り越え自陣側にまで侵入して来ていた。照準に捉えられないほどに素早いスライド、一瞬の隙さえ見せずに足元を奪うブラスターの爆風、チャージャーの的確な射撃、足の踏み場も無くなるほどに飛び交うボム。打開の糸口を探ろうとすればする程、一人また一人と、リスポーンのアーマーすら容易に剥がして、あっけなく葬り去られてしまう。キルを取れたら。スペシャルを貯められたら。そんな希望すら、僅かに一歩前へと出ただけで、圧倒的な実力差を前に、簡単に潰されてしまう。
 残り1分半、そして残り1分。もう何度リスポーンから飛び出しただろうか。このままずっと、為す術なく蹂躙され続けるだけの虚しい時間が続いてしまうのか。そんな絶望的な考えが、私たちの間に漂い始める。
(このまま……このまま何もできずに負けるなんて、そんなのは嫌……!)
 傘の柄をぐっと握りしめながら、次の一手を考える。握りすぎてパージされた傘が、エンペラーチームの待ち構える段差の下へと流れていくが、たったそれだけでは糠に釘だ。激しく飛び交う敵のインクに飲まれて、あっという間に消え去ってしまう。
(せめて、ここから少しでも押し返すことができたら……!)
 私は必死にチャージャーの射線や飛び交うボムから逃れつつ、ロボットボムを投げながら時間を稼いでいた。そして――スペシャルが溜まると同時に、私はジェットパックで高く飛び上がる。
『既にステージの9割が、エンペラーチームに塗られている! しかしトワ選手、ジェットパックで抗う!』
 空中に浮かびながら、ふわふわと揺れる身体。ランチャーの飛んでいく方向すら、うまく制御できない。撃っても撃っても当たることのない弾を、それでも必死に放ち続ける。
『おっとエンペラーチーム、少し前線が崩れたか!?』
 残り時間はあと僅か。少しだけ前線を押し戻せたとはいえ、ステージの8割以上を占拠されてしまったこの状況から勝てる可能性はもはや絶望的だ。
(負けてもいい、だけどせめて、少しでも前に……!)
 だが、そんな必死の思いを裏切るように、ジェットパックは効果切れとなって、容赦なく発動地点へと戻されていく。しかも――
トワ、危ない!」
「……!」
 降下していく私の足元では、ジェットパックの着地点を狙うように、マニューバーを構えたエンペラーが立ちはだかっていた。
(まずい、このままだと、着地狩りされる……!)
 このまま私は、何もできずにやられてしまうのか。否――ほんの少しでもいい。この絶望的な状況に、少しでも抗いたい――そう願いながら、私は決死の覚悟で傘の柄を握りしめる。
『おおっと、エンペラーが着地狩りを狙う――』
 重力に引かれ、私の身体はエンペラーの目の前へと落下していく。そのまま私は、着地に合わせてスライドするエンペラーの方に向けて――素早く傘を開いた。
「…………!」
 着地と同時に放たれたサンイエローのインクは――バシャ、という音と共に、眼前に構えた傘によって弾かれる。
『――が、トワ選手、王の攻撃を防いだー!!』

そしてそのまま――試合終了の笛が鳴り響いた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」
 傘を構えたままの私と、マニューバーを構えたままのエンペラー。互いに睨みをきかせて向かい合ったまま、沈黙と、激しく弾む息遣いだけが、二人の間を流れていく。
「…………っ……」
 ああ、試合が終わったんだ。ようやくそう実感したその瞬間、その場で立ち尽くしたままの私に、どっと疲労感が押し寄せる。私はブキを手放すと、崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。

『結果は――78.0%対18.6%!』
『エンペラーチームの圧勝じゃー!!』

 360度、周囲から歓声が降り注ぐ。その声すらも、今の私にとっては、立ち上がることを阻むように重く伸しかかる圧のように感じられた。ステージの上も、それを取り囲む観客も、まるで全ての世界が、王者の色に染め上げられているようで、私は言葉を失ったまま、ただ呆然とその場に座り込んでいることしかできなかった。
 そんな私のもとに、聞き慣れないひとつの声が降り注ぐ。

「確か……トワと言ったな」

 名前を呼ばれ、驚いて顔を上げる。そこにいた声の主――エンペラーは、座り込んだままの私を見下ろして、ただじっとそこに佇んでいた。

「この程度で諦めるな。絶望に抗う意思があるのなら――何度でも、挑みに来い。いつでも歓迎してやる」

 返事をするのも忘れて、私が呆気に取られている間に、彼はそう言い残すと、純白のコートを翻して去っていく。鳴り止まない歓声、サンイエローで覆い尽くされたステージの広場、その真ん中を歩いていく堂々たる背中。その佇まいはまるで、気高き黄金の光に照らされた、王者の凱旋そのものであった。


***


「負けちゃった……ごめんなさい、私のせいで……」
「ううん、トワはよく頑張ってくれたよ! 最後までエンペラーに立ち向かおうと頑張ってたもん!」
「エンペラーチーム、すごく強かった……けど、私たちにも目標がまた一つ増えたよ」
「次に対決する時にはもっと沢山塗れるように、私たちも強くなってやるんだからね」
 試合を終えて、ロビーに戻ってきた私たち4人。あれだけ酷い負け方をしたというのに、チームメンバーたちの顔は、皆晴れやかだ。
トワ、一緒に出てくれて、本当にありがとう! トワがいなかったら、エンペラーチームと対決なんていう貴重な経験、できなかったからね!」
「よーし、次も頑張るぞー!」
「おーっ!」
 敗北を糧に、次の一歩へと進もうと決意を固めるチームメンバー達。そんな彼女たちを横目に、これから私はどこに行こうか、せっかくだからエンペラーチームの次の試合でも見に行こうか――そんなことを考えていた、その時だった。

「――やはりここにいたのか、トワ

 浮かれた空気を一瞬にして凍らせるように、聞き覚えのある、冷ややかな低い声が私の耳に飛び込んでくる。


「嘘…………お父さん!?」


 振り返るとそこには確かに、数人のボディーガードを引き連れた父の姿があった。
 一瞬にして、背筋が凍りつく。言い逃れなどできそうにもない。一歩一歩、つかつかとこちらに歩み寄ってくる父の姿を前に、私はただ震えていることしかできなかった。
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