Chapter1〜籠の鳥は戻ってくる
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***
「おはようございます、お嬢様。朝食の時間でございます。お父様がお待ちですよ」
自室の扉越しに聞こえるメイドさんの声で、私は二度寝、いや三度寝から目を覚ます。
「ん……わかった、すぐ行く」
柔らかなベッドに沈み込んだ、眠たい身体を無理やりに起こして目を擦る。ヨーロピアン調の柄のカーテンをそっと掴んで開けば、既に高く登った朝日が、レースカーテン越しに金色の光を部屋中に降らせる。
柔らかな絨毯に、特注らしい海外製の家具。世間ではこの家での生活はかなり贅沢な部類に入るらしいということを、既に私は知っている。クローゼットを開けば、普段着からドレス、ブランドのアクセサリーにバッグと、ありとあらゆる服が整然と並べられている。私はその中から普段着用のシンプルなワンピースを選んで着替え、スリッパを履いて自室を後にした。
大理石の階段を降りてダイニングに向かえば、既に父が席に着いていた。その横では、料理人さんが朝食の盛られた皿をテーブルに並べている。
父と互いに、おはよう、と挨拶をして、私も父の向かい側の席に着く。テーブルには、クロワッサン、スクランブルエッグとベーコン、サラダが並んでいた。一見するとふつうの家庭の朝食のようにも見えるが、使われているのは選りすぐりの高級食材らしい。
いただきます、と手を合わせて、父と他愛のない会話をしながら、クロワッサンを食べ始める。
「そういえば」と、父が思い出したように口を開いた。
「昨日、母さんからポストカードが届いていたぞ。トワも後で見ておきなさい」
「えっ、お母さんから! わーい、食べ終わったら見るね!」
「それから、たまにはトワからも、母さんやコハクに近況報告すれば、喜ぶと思うぞ」
「はーい」
私の母は、昔から仕事で長期の海外出張が多い。だから、この家にはいないことの方が多い。そして、兄のコハクも、海外の大学院に留学中だ。だから、今この家にいるのは、私と父と、使用人たちだけなのだ。
***
朝食を食べ終えた私は、リビングの机の上に置かれたポストカードを手に取る。母の滞在先の国の有名な観光地の写真と共に、手書きのメッセージが添えられている。次に会えるのはいつになるだろうか。そんなことを考えながら、遠い海の彼方へ思いを馳せる。
「それにしても……近況報告って、何をすればいいのかな……」
写真とメッセージを交互に眺めながら、そんなことを独り呟くと、いつの間に聞きつけたのか、スーツ姿に着替えた父が話しかけてくる。
「はっはっは、そんなに考え込まなくてもいいんだぞ。最近あった、変わった出来事とか。庭の花が咲いたとか、新しい服を買ったとかでも良い」
「変わった出来事……か。考えとく」
家族に報告できるような変わった出来事といっても、思い浮かぶことは何も無い。秘密裏に参加しているナワバリバトルのことなど書く訳にはいかない、けれど最近はそれ以外に楽しみを見いだせないのもまた現実である。
「それじゃあ、父さんは仕事に行ってくるよ。いい子にしてるんだよ」
「行ってらっしゃい、お父さん!」
父は私やメイドさん達に見送られながら、革製のビジネスバッグを片手に玄関から出ていく。父の背中が扉の向こうに見えなくなり、やがて車のエンジン音が遠ざかっていったのを確認して、私は気が抜けたように、ふう、と息を吐き出す。
(お父さんが居なくなったから……あとはメイドさん達に適当な言い訳して出ていけば、「アレ」を見に行ける……!)
ポストカードを机に置き直して、弾む気持ちで階段を駆け上がり、2階の自室に戻る。急いで髪 とメイクを整え、荷物をまとめると、再び自室を飛び出して、玄関へと向かった――ずっとずっと楽しみにしていた、「アレ」のため。父は絶対に許してくれないであろう、「アレ」を見に行くために。
「おや、お嬢様、今日はどちらへ」
靴を履いて出かけようとする私を見て、執事が声をかける。
「今日もハイカラシティよ。買い物でもしようかなって思って」
「それなら、車をお出ししますが……」
「いやいや、いらないいらないって! この歳にもなって一人で公共交通機関も使えないなんて恥ずかしいからね! その、使い方覚えなきゃって思ってて! あ、急いでるからもう行くね!」
「お嬢様! お待ちください! ……あぁ、何かあったらすぐ連絡してくださいね!」
私を引き止めようとする執事を半ば強引に振り切って、私は家を飛び出した。
過保護気味な父とは違って、使用人たちは何だかんだ言いつつも最終的には私の意思を優先してくれる所はある。だから、強引にでも家を出てしまえば、彼らは深追いはして来ない。もう後はこちらのものだ。
家の前の通りから、父の通勤ルートと被らない裏道へと抜ける。ここからハイカラシティの中心部への道は、こっそりナワバリバトルに向かう時にもう何度も通っているから、一人でも迷うことなく歩いていける。だが、今日の目的地はいつものハイカラシティではない。「アレ」が開催される、遥か遠くの地――バンカラ街だ。
やがて私は、ハイカラシティの駅に辿り着いた。私はイカホのメモ帳を開いて、あらかじめ調べておいた電車の乗り方を何度も確認する。
(ここで切符を買って……あっちのホームに降りればいいのね)
自動改札機に切符を通して、ホームに降りて電車を待つ。やがて目の前には、「特急 バンカラ街行き」と書かれた電車がやって来る。
(いよいよだ……お父さんがいる時は絶対に行かせてもらえない場所、バンカラ街に行けるんだ……!)
電車が止まり、ドアが開くと、私は爽やかな風に背中を押されるように、軽い足取りで乗り込んだ。
ドアが閉まり、電車が動き出す。窓の外は、ビルが立ち並ぶ街並みから、郊外の住宅地、田園風景、と目まぐるしく景色は変わっていく。そして、長いトンネルを抜けると――乾いた土地が広がる、バンカラ地方の渓谷へと出る。
(わぁ……!)
画面越しにしか見たことのない景色が、目の前に広がっている。雄大な自然の風景に、思わず感動の声を上げたくなる。
やがて、岩と砂煙の向こうに、ありとあらゆる時代と文化を詰め込んだような建物が密集する風景が顔を出した。
(あれが……バンカラ街!)
電車は渓谷を抜けて、ビルの間を通り抜けながら、終点である混沌の街――バンカラ街へと辿り着いた。
「ご乗車ありがとうございます」というアナウンスを聞きながら、人波に流されるように電車を降りて、イカホのメモ帳に記した道順を何度も確認しながら、改札を抜けて駅の出口へと向かう。
エスカレーターを登って、屋根の下から一歩踏み出すと、眩しい日差しが降り注いでくる。思わず目を細めながら、私は目の前にできた人だかりを見渡す。駅を出てすぐ目の前が、ロビーの入口。そして、その上には――「ナワバリバトル頂上決戦 バンカラ杯」と書かれた幕が掲げられている。
そう、私は、今日ここで行われる、ナワバリバトルの大会――「バンカラ杯」を現地で観戦するために、バンカラ街までやって来たのだ。
「おはようございます、お嬢様。朝食の時間でございます。お父様がお待ちですよ」
自室の扉越しに聞こえるメイドさんの声で、私は二度寝、いや三度寝から目を覚ます。
「ん……わかった、すぐ行く」
柔らかなベッドに沈み込んだ、眠たい身体を無理やりに起こして目を擦る。ヨーロピアン調の柄のカーテンをそっと掴んで開けば、既に高く登った朝日が、レースカーテン越しに金色の光を部屋中に降らせる。
柔らかな絨毯に、特注らしい海外製の家具。世間ではこの家での生活はかなり贅沢な部類に入るらしいということを、既に私は知っている。クローゼットを開けば、普段着からドレス、ブランドのアクセサリーにバッグと、ありとあらゆる服が整然と並べられている。私はその中から普段着用のシンプルなワンピースを選んで着替え、スリッパを履いて自室を後にした。
大理石の階段を降りてダイニングに向かえば、既に父が席に着いていた。その横では、料理人さんが朝食の盛られた皿をテーブルに並べている。
父と互いに、おはよう、と挨拶をして、私も父の向かい側の席に着く。テーブルには、クロワッサン、スクランブルエッグとベーコン、サラダが並んでいた。一見するとふつうの家庭の朝食のようにも見えるが、使われているのは選りすぐりの高級食材らしい。
いただきます、と手を合わせて、父と他愛のない会話をしながら、クロワッサンを食べ始める。
「そういえば」と、父が思い出したように口を開いた。
「昨日、母さんからポストカードが届いていたぞ。トワも後で見ておきなさい」
「えっ、お母さんから! わーい、食べ終わったら見るね!」
「それから、たまにはトワからも、母さんやコハクに近況報告すれば、喜ぶと思うぞ」
「はーい」
私の母は、昔から仕事で長期の海外出張が多い。だから、この家にはいないことの方が多い。そして、兄のコハクも、海外の大学院に留学中だ。だから、今この家にいるのは、私と父と、使用人たちだけなのだ。
***
朝食を食べ終えた私は、リビングの机の上に置かれたポストカードを手に取る。母の滞在先の国の有名な観光地の写真と共に、手書きのメッセージが添えられている。次に会えるのはいつになるだろうか。そんなことを考えながら、遠い海の彼方へ思いを馳せる。
「それにしても……近況報告って、何をすればいいのかな……」
写真とメッセージを交互に眺めながら、そんなことを独り呟くと、いつの間に聞きつけたのか、スーツ姿に着替えた父が話しかけてくる。
「はっはっは、そんなに考え込まなくてもいいんだぞ。最近あった、変わった出来事とか。庭の花が咲いたとか、新しい服を買ったとかでも良い」
「変わった出来事……か。考えとく」
家族に報告できるような変わった出来事といっても、思い浮かぶことは何も無い。秘密裏に参加しているナワバリバトルのことなど書く訳にはいかない、けれど最近はそれ以外に楽しみを見いだせないのもまた現実である。
「それじゃあ、父さんは仕事に行ってくるよ。いい子にしてるんだよ」
「行ってらっしゃい、お父さん!」
父は私やメイドさん達に見送られながら、革製のビジネスバッグを片手に玄関から出ていく。父の背中が扉の向こうに見えなくなり、やがて車のエンジン音が遠ざかっていったのを確認して、私は気が抜けたように、ふう、と息を吐き出す。
(お父さんが居なくなったから……あとはメイドさん達に適当な言い訳して出ていけば、「アレ」を見に行ける……!)
ポストカードを机に置き直して、弾む気持ちで階段を駆け上がり、2階の自室に戻る。急いで
「おや、お嬢様、今日はどちらへ」
靴を履いて出かけようとする私を見て、執事が声をかける。
「今日もハイカラシティよ。買い物でもしようかなって思って」
「それなら、車をお出ししますが……」
「いやいや、いらないいらないって! この歳にもなって一人で公共交通機関も使えないなんて恥ずかしいからね! その、使い方覚えなきゃって思ってて! あ、急いでるからもう行くね!」
「お嬢様! お待ちください! ……あぁ、何かあったらすぐ連絡してくださいね!」
私を引き止めようとする執事を半ば強引に振り切って、私は家を飛び出した。
過保護気味な父とは違って、使用人たちは何だかんだ言いつつも最終的には私の意思を優先してくれる所はある。だから、強引にでも家を出てしまえば、彼らは深追いはして来ない。もう後はこちらのものだ。
家の前の通りから、父の通勤ルートと被らない裏道へと抜ける。ここからハイカラシティの中心部への道は、こっそりナワバリバトルに向かう時にもう何度も通っているから、一人でも迷うことなく歩いていける。だが、今日の目的地はいつものハイカラシティではない。「アレ」が開催される、遥か遠くの地――バンカラ街だ。
やがて私は、ハイカラシティの駅に辿り着いた。私はイカホのメモ帳を開いて、あらかじめ調べておいた電車の乗り方を何度も確認する。
(ここで切符を買って……あっちのホームに降りればいいのね)
自動改札機に切符を通して、ホームに降りて電車を待つ。やがて目の前には、「特急 バンカラ街行き」と書かれた電車がやって来る。
(いよいよだ……お父さんがいる時は絶対に行かせてもらえない場所、バンカラ街に行けるんだ……!)
電車が止まり、ドアが開くと、私は爽やかな風に背中を押されるように、軽い足取りで乗り込んだ。
ドアが閉まり、電車が動き出す。窓の外は、ビルが立ち並ぶ街並みから、郊外の住宅地、田園風景、と目まぐるしく景色は変わっていく。そして、長いトンネルを抜けると――乾いた土地が広がる、バンカラ地方の渓谷へと出る。
(わぁ……!)
画面越しにしか見たことのない景色が、目の前に広がっている。雄大な自然の風景に、思わず感動の声を上げたくなる。
やがて、岩と砂煙の向こうに、ありとあらゆる時代と文化を詰め込んだような建物が密集する風景が顔を出した。
(あれが……バンカラ街!)
電車は渓谷を抜けて、ビルの間を通り抜けながら、終点である混沌の街――バンカラ街へと辿り着いた。
「ご乗車ありがとうございます」というアナウンスを聞きながら、人波に流されるように電車を降りて、イカホのメモ帳に記した道順を何度も確認しながら、改札を抜けて駅の出口へと向かう。
エスカレーターを登って、屋根の下から一歩踏み出すと、眩しい日差しが降り注いでくる。思わず目を細めながら、私は目の前にできた人だかりを見渡す。駅を出てすぐ目の前が、ロビーの入口。そして、その上には――「ナワバリバトル頂上決戦 バンカラ杯」と書かれた幕が掲げられている。
そう、私は、今日ここで行われる、ナワバリバトルの大会――「バンカラ杯」を現地で観戦するために、バンカラ街までやって来たのだ。