Chapter2〜籠の鳥は地べたを歩く
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「家出……? 全てを……捨てる?」
突然の兄からの提案に、私は意味が分からず――いや、分かりたくなかったのかもしれない。とにかく、聞き返さずにはいられなかった。
『文字通りだ。一ヶ月後、答えを出す日までの間に――俺たちの家も、エンペラーの家も、全て捨てて、遠くへ逃げ出すんだ』
「……」
全てを捨てる――その言葉に実感が湧かず、私はただ黙ったままでいるしかなかった。
『……いや、無理にとは言わない。自分で言っておいて何だけど、これはすごく無茶な提案だってのは分かってる。……けど』
「いや、その話、詳しく聞かせて」
私は兄の話に食いつくように答えた。例えそれが無茶な提案であろうとも、それが真の「幸せ」を手に入れるための、一つの選択肢になり得るのならば、聞き流す訳にはいかない。
『分かった。俺が考えている計画というのはだな……この一ヶ月の同居期間を利用して、まず、トワには最低限、「自立した生活」ができるようになるための、準備をしてもらう』
「自立……?」
『あぁ。俺たちは今まで、何もかもが周囲に頼りきりの生活だったからな。でも、それでは駄目だ。食事、洗濯、掃除――とにかく最低限、一人で生活できるだけの力を身につけなければいけない』
「確かにそうね」
『そして……同居最終日の夜、皆が寝静まった頃を狙って、お前はこっそり、家から抜け出し、遠くへと逃げるんだ。こっちの家の者にも、エンペラーの家の者にも……誰にも見つからないように。そして、そのままお前は、どこか遠くの地で、一人で暮らす……勿論、俺もできる限りは手助けしてやるから、完全に孤立する訳ではないけどな』
「…………」
遠くの地、一人で。「ジンドウ トワ」の名も、この土地で得た縁も、全てを捨てて――誰にも見つからぬように。現実離れした言葉だけが、頭の中を駆け巡っていく。
『まあ、それを実行するかどうかは、お前次第だ。ただでさえ訳の分からない結婚話に、今までとは違う家での生活で、お前も疲れてるだろうからな。今すぐに結論を出す必要は無い。けれど……「自立するための修行」は、しておいて損は無いと思う』
「うん……」
兄が告げた計画を本当に実行するならば、これまでの人生、そしてこれからの人生も、全てを捧げて捨て去る、多大なる覚悟が必要になるだろう。けれど、幸せになれる方法がそれしか無いのなら、一ヶ月後の私は――本当にその覚悟が、できているのだろうか。全く想像すらも付かず、不安が募っていく。
『という訳で、また何かあったらいつでも連絡してくれ。俺は明日から海外に戻らないといけないけど、トワの緊急事態には、なるべく早く駆けつけるから』
「分かった。ありがとう、お兄ちゃん」
兄に礼を告げて、通話を切った。エンペラーを待たせているから、一刻も早くダイニングに向かわなければいけない。私は寝室を出ると、急いで階下のダイニングへ向かう。
「ごめんなさい、待たせちゃって……」
「構わぬぞ。朝食が冷めないよう、温めさせておいたからな。さあ、一緒に食べようではないか」
嫌な顔ひとつせず、私を待ってくれていたエンペラーと向かい合って、私は席に着く。
「いただきます」
二人の声が重なり、温かな朝食の風景が始まる。
……一ヶ月後には、裏切ることになるかもしれない相手を目の前にして。
(自立するための修行……か)
エンペラーと取り留めのない話をしつつ、私は先程の電話で兄から言われたことを、頭の中で整理していた。
(ん……修行? そういえば、さっき……)
私はふと思い出す。先程エンペラーに、修行とは何なのか、と尋ねかけて、電話に遮られてしまったことを。
彼の言う「修行」と、兄の言う「修行」。果たして同じなのかは分からないけれど、もしかしたら、何かヒントになり得るかもしれない。
「エンペラー、そういえばさっき、「修行」って言ってたけど……一体どんなことをしたの? 詳しく教えて欲しいの」
「ほう、修行に興味があるのか。お前も高みを目指したいのか?」
「高み……? う、うーんと……ま、まあある意味、自分を高めるためではある、けど……?」
「ならば丁度いい。オレの修行の思い出を聞かせてやろう」
そう言うと、彼は語り始めた――かつての修行の道のりを。そこで得られたものの数々を。
「へぇ……ロブさんって人、色んなことを教えてくれたんだね。……私も、ロブさんのお店で働いたら、良い修行になるかな?」
「いや、ロブの店は今はもう無いぞ」
「えっ」
急に素っ頓狂な声が出て、思わずフォークを落としそうになってしまった。
「ロブは今は旅に出ていて、会えないからな。ついでにキッチンカーは廃車になって、ナメロウ金属のガラクタになっているという噂を聞いた」
「そ、そうなんだ……」
私は少しだけ落胆してしまった。彼と同じ修行をすれば、私も彼と同じように何かを得られるかもしれないと思ったのに。それに、飲食店で働くというだけでも、生活に必要な料理の知識が身について、今後のためになるかもしれない、そう思ったのに。
「えっと、じゃあ……な、何か代わりになりそうな修行方法はあるかな……?」
「……それは、自分で考えてみろ」
「えぇ……」
私はがっくりと肩を落とした。
「ただ他人と同じ道を辿るだけでは、何の為にもならないぞ。自分には何が足りないのか。そのために何をすれば良いのか。それを自分自身で考えることも、修行のうちだ」
「はーい……頑張ります」
相も変わらず堂々としていエンペラーとは対照的に、私は丸まった背中が元に戻らないまま、朝食を食べ終えたのだった。
***
寝室に戻り、ドレッサーの前でメイクをしながら、私は「修行の方法」について、一生懸命考えていた。
ロブさんの店で働くというのは、実際悪くはない……いや、良い方法だと思う。それはきっと間違いない。では、ロブに会えない現在では、何をすべきなのか。
(何か、似たようなものは――)
――そこまで考えて、ふと、頭の中に一筋の小さな閃光が走る。
(似たようなもの……あるじゃない!!)
私はひらめきの勢いで立ち上がると、メイクも途中のまま、エンペラーの元に駆け寄る。
「エンペラー! 私今日、ハイカラシティのロビーに行ってきていいかな」
「ああ、勿論だ。車を出して欲しいなら、執事に頼むと良い」
そのまま、次に執事を呼び出して、ハイカラシティの中心部までの送迎をお願いする。
一旦ドレッサーに戻って、メイクを終えてから、私はすぐさま外出用の服に着替えて――そのまま玄関を出て、執事が用意してくれた車に乗り込む。
「行ってきます!」
車はすぐに、ロビーの前に到着した。私は車から降りて一直線にロビーに向かうと、入ってすぐ、右手にある売店――「サンカクス」の前にできた列に並ぶ。
一人、また一人と、私の前に並んでいた客が、商品を受け取って去っていく。
そして、最後尾にいた私の順番になった。
「あら、いらっしゃい!」
笑顔で挨拶をしてくれたのは、店員である金魚のおばちゃん だ。
「注文を言ってねぇ。チケットはあるかい?」
にこやかに話しかける彼女のその態度は、あくまで私を「客」として見ているものだ。
だが――私がここに来た目的は、そうではない。
「いえ、その、私は……注文じゃなくて……」
「あら、どうしたの?」
私は緊張で高鳴る心臓を押さえ、深呼吸して落ち着かせたら、意を決して――
――深々と頭を下げ、大きな声で告げる。
「私を――弟子にしてください!!」
突然の兄からの提案に、私は意味が分からず――いや、分かりたくなかったのかもしれない。とにかく、聞き返さずにはいられなかった。
『文字通りだ。一ヶ月後、答えを出す日までの間に――俺たちの家も、エンペラーの家も、全て捨てて、遠くへ逃げ出すんだ』
「……」
全てを捨てる――その言葉に実感が湧かず、私はただ黙ったままでいるしかなかった。
『……いや、無理にとは言わない。自分で言っておいて何だけど、これはすごく無茶な提案だってのは分かってる。……けど』
「いや、その話、詳しく聞かせて」
私は兄の話に食いつくように答えた。例えそれが無茶な提案であろうとも、それが真の「幸せ」を手に入れるための、一つの選択肢になり得るのならば、聞き流す訳にはいかない。
『分かった。俺が考えている計画というのはだな……この一ヶ月の同居期間を利用して、まず、トワには最低限、「自立した生活」ができるようになるための、準備をしてもらう』
「自立……?」
『あぁ。俺たちは今まで、何もかもが周囲に頼りきりの生活だったからな。でも、それでは駄目だ。食事、洗濯、掃除――とにかく最低限、一人で生活できるだけの力を身につけなければいけない』
「確かにそうね」
『そして……同居最終日の夜、皆が寝静まった頃を狙って、お前はこっそり、家から抜け出し、遠くへと逃げるんだ。こっちの家の者にも、エンペラーの家の者にも……誰にも見つからないように。そして、そのままお前は、どこか遠くの地で、一人で暮らす……勿論、俺もできる限りは手助けしてやるから、完全に孤立する訳ではないけどな』
「…………」
遠くの地、一人で。「ジンドウ トワ」の名も、この土地で得た縁も、全てを捨てて――誰にも見つからぬように。現実離れした言葉だけが、頭の中を駆け巡っていく。
『まあ、それを実行するかどうかは、お前次第だ。ただでさえ訳の分からない結婚話に、今までとは違う家での生活で、お前も疲れてるだろうからな。今すぐに結論を出す必要は無い。けれど……「自立するための修行」は、しておいて損は無いと思う』
「うん……」
兄が告げた計画を本当に実行するならば、これまでの人生、そしてこれからの人生も、全てを捧げて捨て去る、多大なる覚悟が必要になるだろう。けれど、幸せになれる方法がそれしか無いのなら、一ヶ月後の私は――本当にその覚悟が、できているのだろうか。全く想像すらも付かず、不安が募っていく。
『という訳で、また何かあったらいつでも連絡してくれ。俺は明日から海外に戻らないといけないけど、トワの緊急事態には、なるべく早く駆けつけるから』
「分かった。ありがとう、お兄ちゃん」
兄に礼を告げて、通話を切った。エンペラーを待たせているから、一刻も早くダイニングに向かわなければいけない。私は寝室を出ると、急いで階下のダイニングへ向かう。
「ごめんなさい、待たせちゃって……」
「構わぬぞ。朝食が冷めないよう、温めさせておいたからな。さあ、一緒に食べようではないか」
嫌な顔ひとつせず、私を待ってくれていたエンペラーと向かい合って、私は席に着く。
「いただきます」
二人の声が重なり、温かな朝食の風景が始まる。
……一ヶ月後には、裏切ることになるかもしれない相手を目の前にして。
(自立するための修行……か)
エンペラーと取り留めのない話をしつつ、私は先程の電話で兄から言われたことを、頭の中で整理していた。
(ん……修行? そういえば、さっき……)
私はふと思い出す。先程エンペラーに、修行とは何なのか、と尋ねかけて、電話に遮られてしまったことを。
彼の言う「修行」と、兄の言う「修行」。果たして同じなのかは分からないけれど、もしかしたら、何かヒントになり得るかもしれない。
「エンペラー、そういえばさっき、「修行」って言ってたけど……一体どんなことをしたの? 詳しく教えて欲しいの」
「ほう、修行に興味があるのか。お前も高みを目指したいのか?」
「高み……? う、うーんと……ま、まあある意味、自分を高めるためではある、けど……?」
「ならば丁度いい。オレの修行の思い出を聞かせてやろう」
そう言うと、彼は語り始めた――かつての修行の道のりを。そこで得られたものの数々を。
「へぇ……ロブさんって人、色んなことを教えてくれたんだね。……私も、ロブさんのお店で働いたら、良い修行になるかな?」
「いや、ロブの店は今はもう無いぞ」
「えっ」
急に素っ頓狂な声が出て、思わずフォークを落としそうになってしまった。
「ロブは今は旅に出ていて、会えないからな。ついでにキッチンカーは廃車になって、ナメロウ金属のガラクタになっているという噂を聞いた」
「そ、そうなんだ……」
私は少しだけ落胆してしまった。彼と同じ修行をすれば、私も彼と同じように何かを得られるかもしれないと思ったのに。それに、飲食店で働くというだけでも、生活に必要な料理の知識が身について、今後のためになるかもしれない、そう思ったのに。
「えっと、じゃあ……な、何か代わりになりそうな修行方法はあるかな……?」
「……それは、自分で考えてみろ」
「えぇ……」
私はがっくりと肩を落とした。
「ただ他人と同じ道を辿るだけでは、何の為にもならないぞ。自分には何が足りないのか。そのために何をすれば良いのか。それを自分自身で考えることも、修行のうちだ」
「はーい……頑張ります」
相も変わらず堂々としていエンペラーとは対照的に、私は丸まった背中が元に戻らないまま、朝食を食べ終えたのだった。
***
寝室に戻り、ドレッサーの前でメイクをしながら、私は「修行の方法」について、一生懸命考えていた。
ロブさんの店で働くというのは、実際悪くはない……いや、良い方法だと思う。それはきっと間違いない。では、ロブに会えない現在では、何をすべきなのか。
(何か、似たようなものは――)
――そこまで考えて、ふと、頭の中に一筋の小さな閃光が走る。
(似たようなもの……あるじゃない!!)
私はひらめきの勢いで立ち上がると、メイクも途中のまま、エンペラーの元に駆け寄る。
「エンペラー! 私今日、ハイカラシティのロビーに行ってきていいかな」
「ああ、勿論だ。車を出して欲しいなら、執事に頼むと良い」
そのまま、次に執事を呼び出して、ハイカラシティの中心部までの送迎をお願いする。
一旦ドレッサーに戻って、メイクを終えてから、私はすぐさま外出用の服に着替えて――そのまま玄関を出て、執事が用意してくれた車に乗り込む。
「行ってきます!」
車はすぐに、ロビーの前に到着した。私は車から降りて一直線にロビーに向かうと、入ってすぐ、右手にある売店――「サンカクス」の前にできた列に並ぶ。
一人、また一人と、私の前に並んでいた客が、商品を受け取って去っていく。
そして、最後尾にいた私の順番になった。
「あら、いらっしゃい!」
笑顔で挨拶をしてくれたのは、店員である
「注文を言ってねぇ。チケットはあるかい?」
にこやかに話しかける彼女のその態度は、あくまで私を「客」として見ているものだ。
だが――私がここに来た目的は、そうではない。
「いえ、その、私は……注文じゃなくて……」
「あら、どうしたの?」
私は緊張で高鳴る心臓を押さえ、深呼吸して落ち着かせたら、意を決して――
――深々と頭を下げ、大きな声で告げる。
「私を――弟子にしてください!!」