Chapter2〜籠の鳥は地べたを歩く
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***
――翌朝。
(〜〜♫〜〜♫〜〜♫)
「ん……何、電話……?」
ふかふかのベッドの上で心地よく眠っていた私は、突然に鳴り響いたイカホの着信音で目を覚ます。
「こんな朝早くから、何の用だ……」
隣のベッドでは、エンペラーも今し方目を覚ましたのか、不機嫌そうに目を擦っている。そんな彼を横目に、私はイカホを手に取る。
(お父さんからだ)
嫌な予感がしつつも、私は通話ボタンを押して、イカホを耳に当てる。
「もしもし、お父さん?」
「ああ、トワ――」
(……っ!)
通話がスピーカーになっていることに気付かずに耳に当ててしまったせいで、とてつもない音量が耳を劈いて、思わず顔をしかめながらイカホを布団の上に落とす。
『どうだったかい、同居1日目は。繰り返すようだが、くれぐれもエンペラーにもその親御さんにも、使用人たちにも失礼のないようにするんだよ』
相槌を挟む間も無いほどに、朝早くとは思えない圧の強さで、父は次から次へと捲し立ててくる。
『あとそれから、当然のことだが、私が見ていないからといって、勝手にナワバリバトルに行こうなどと考えていないだろうね。先程、うちのボディーガード達をそちらに向かわせておいたから、例え実家から離れていても、甘えた行動は許されないんだよ。君は常に、見張られているのだから――』
寝起きの頭で何かを考える余裕もなく、ただぽかんとしながら、スピーカーから流れ出る父の声を無言で聞いていた。だが、やがて隣のベッドで寝ていたエンペラーが、この上なく不機嫌そうな顔をしながら、むくりと身体を起こした。
「うるさい奴だな……さっきから何だ、全く……。もういい、貸せ」
そう言うとエンペラーは、私の手から強引にイカホを掴んで取り上げた。
「あっ――」
「いいから。トワは大人しく寝ていろ」
エンペラーはそのまま、通話口に向かっていかにも不機嫌そうな声で話し始める。
「おい愚民。朝早くからオレを起こしておいて、一体何の用かと思えばそれか」
『何だと……!? 君はエンペラーか。婚約者の親に向かって「愚民」とは、一体何様のつもりだ!』
「フン、相手が誰だろうが、愚民は愚民だ。気持ちよく眠っていた所をこのようなどうでも良いことで叩き起こして、おまけに良い歳した娘を未だに幼児のように縛り付け続ける。それを愚民と呼ばずして何と呼ぶ」
『全く、君という人は……! 娘の婚約者という立場でなければ、今頃君は』
――そこまで聞こえたところで、唐突にスピーカーの声は途切れた。エンペラーが、通話を切ったのだ。
「フン、こんなのは相手にする価値すら無いだろう」
唖然とする私をよそに、そう言いながら、エンペラーは窓に歩み寄って、カーテンを捲り外を眺める。
「あれは……ジンドウ家のボディーガードか。まさか本当に、しかもあんなに沢山やって来るとは……」
彼は独りそう呟きながら、部屋の外に出て、大声で執事を呼びつける。
「何の御用でしょうか、お坊ちゃま」
「うちの者ではない侵入者たちが、外で屋敷を監視しているようだ。全員残らず追い返してやれ。例えジンドウ家の者であろうと侵入者は侵入者。容赦はするな、これは命令だ。……そのついでに、「次に無断でやって来たら命はないと思え」と伝えておけ」
「はっ、承知致しました」
執事が去っていくのを見届けて、エンペラーはふぅ、と一息つきながら、ベッドへと戻ってくる。
「これでしばらくは、大人しくなるだろう」
そうして布団に潜ると、「それでは、朝食までまだ時間があるから、もう少し寝させて貰うぞ」と言うなり、すぐに心地良さそうな寝息を立てて、眠ってしまった。
(と、とりあえず、安心して良いのかな……?)
私はエンペラーがその場に置いていったままのイカホの画面をじっと見つめるが、もう電話がかかってくる気配は無い。私もエンペラーと同じように再び布団に潜って二度寝しようとするも、脳裏にこびり付いた父とエンペラーの声が交互に再生されて、結局寝付くことはできなかった。
***
「しかし、トワの父親、あんな事までしてくるとは……。物理的に引き離したところで、一筋縄では行かなさそうだな。何か手は……」
朝食の時間になり、再び目を覚ましたエンペラーは、私と並んで階段を降りていきながら、そんなことを独り呟いている。
(エンペラーは、私のことを守ってくれるし、とても頼りになる。でも、私はこのままで良いのかな……。わざわざ同居までしてもらって、このままずっとエンペラー達に頼りっぱなしなんて、なんだかかっこ悪い……)
私の隣を歩く彼の姿は、同じインクリングとは思えないほどに堂々としている。生まれも育ちも、似たような環境のはずなのに、片や「ジンドウ家の娘」という肩書きひとつに振り回され、片や誰かの意図などまるで関係ないように振舞っている。どうして、こんなにも違うのだろうか。
「ねぇ……エンペラーは、どうしていつも、そんな風に威厳を保っていられるの?」
思い切って、そう訊いてみた。
「威厳……王たる者の秘訣が知りたいのか? そうだな、よく分からんが……ひとつ確実に言えるのは、修行の成果、だろうな」
「修行……」
そういえば、前の大会の時に、「エンペラーはしばらく修行のためにチームを抜けていた」という話を聞いていた。しかし、一体修行とは何なのだろうか。そう尋ねようとした時、ポケットの中で、イカホが鳴り始めた。
「また!? ……あっ違う、今度はお兄ちゃんからだ! ……ごめんね、先に行ってて」
着信が兄からのものであることを確認した私は、エンペラーを先にダイニングに向かわせてから、今度はスピーカーになっていないことをしっかりと確認して、通話ボタンを押した。
『トワ、大丈夫か? さっきは父さんが迷惑かけてすまなかった』
イカホ越しに聞こえる兄の声に、どこか安心感を覚える。
「いいのいいの、お兄ちゃんが謝ることじゃないから」
『あぁ、ありがとう。……だが、こんな事態になるのは予想外だったな……。家を出ても、父さんの監視下から逃れられないとは』
兄がそう言い終わると同時に、ため息をつくのが聞こえてくる。
「やっぱり……親の決めた関係でエンペラーの所にいる限りは、家と家の結びつき、ジンドウ家の者という肩書き……いろんな物を背負ったままで、居なきゃいけないのかな」
『そうみたいだな。両家の利害関係の中に飲み込まれたまま生きていく限り、真の自由を手に入れることは難しい……』
兄はそのまま、数秒ほど黙り込んだ後、ワントーン声量を下げて、囁くような声で尋ねてきた。
『なぁ、今そこに、エンペラーはいるか?』
「……ううん」
エンペラーの姿は、既に階下に消えて見えなくなっている。きっと今頃、リビングかダイニングで私を待っているだろう。
『なら丁度いい。今から大事な話をするから、絶対に俺らの話を、誰にも聞かれないように気をつけろよ。俺ら二人以外の誰かにバレた地点で、これは終わりだからな』
「い、一体何の話を……?」
いつになく真剣な兄の様子に、どこか不安を覚えつつも、私は言われた通り、誰もいない寝室に戻り、鍵をかけて閉じこもった。
「も、もう話して大丈夫だよ」
『よし、なら結論から言おう』
そう言うと兄は、一呼吸おいてから告げた。
『お前に、「家出」を提案したいんだ。――すなわち、もう二度と戻らない、全てを捨てた上での脱走をな』
――翌朝。
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「ん……何、電話……?」
ふかふかのベッドの上で心地よく眠っていた私は、突然に鳴り響いたイカホの着信音で目を覚ます。
「こんな朝早くから、何の用だ……」
隣のベッドでは、エンペラーも今し方目を覚ましたのか、不機嫌そうに目を擦っている。そんな彼を横目に、私はイカホを手に取る。
(お父さんからだ)
嫌な予感がしつつも、私は通話ボタンを押して、イカホを耳に当てる。
「もしもし、お父さん?」
「ああ、トワ――」
(……っ!)
通話がスピーカーになっていることに気付かずに耳に当ててしまったせいで、とてつもない音量が耳を劈いて、思わず顔をしかめながらイカホを布団の上に落とす。
『どうだったかい、同居1日目は。繰り返すようだが、くれぐれもエンペラーにもその親御さんにも、使用人たちにも失礼のないようにするんだよ』
相槌を挟む間も無いほどに、朝早くとは思えない圧の強さで、父は次から次へと捲し立ててくる。
『あとそれから、当然のことだが、私が見ていないからといって、勝手にナワバリバトルに行こうなどと考えていないだろうね。先程、うちのボディーガード達をそちらに向かわせておいたから、例え実家から離れていても、甘えた行動は許されないんだよ。君は常に、見張られているのだから――』
寝起きの頭で何かを考える余裕もなく、ただぽかんとしながら、スピーカーから流れ出る父の声を無言で聞いていた。だが、やがて隣のベッドで寝ていたエンペラーが、この上なく不機嫌そうな顔をしながら、むくりと身体を起こした。
「うるさい奴だな……さっきから何だ、全く……。もういい、貸せ」
そう言うとエンペラーは、私の手から強引にイカホを掴んで取り上げた。
「あっ――」
「いいから。トワは大人しく寝ていろ」
エンペラーはそのまま、通話口に向かっていかにも不機嫌そうな声で話し始める。
「おい愚民。朝早くからオレを起こしておいて、一体何の用かと思えばそれか」
『何だと……!? 君はエンペラーか。婚約者の親に向かって「愚民」とは、一体何様のつもりだ!』
「フン、相手が誰だろうが、愚民は愚民だ。気持ちよく眠っていた所をこのようなどうでも良いことで叩き起こして、おまけに良い歳した娘を未だに幼児のように縛り付け続ける。それを愚民と呼ばずして何と呼ぶ」
『全く、君という人は……! 娘の婚約者という立場でなければ、今頃君は』
――そこまで聞こえたところで、唐突にスピーカーの声は途切れた。エンペラーが、通話を切ったのだ。
「フン、こんなのは相手にする価値すら無いだろう」
唖然とする私をよそに、そう言いながら、エンペラーは窓に歩み寄って、カーテンを捲り外を眺める。
「あれは……ジンドウ家のボディーガードか。まさか本当に、しかもあんなに沢山やって来るとは……」
彼は独りそう呟きながら、部屋の外に出て、大声で執事を呼びつける。
「何の御用でしょうか、お坊ちゃま」
「うちの者ではない侵入者たちが、外で屋敷を監視しているようだ。全員残らず追い返してやれ。例えジンドウ家の者であろうと侵入者は侵入者。容赦はするな、これは命令だ。……そのついでに、「次に無断でやって来たら命はないと思え」と伝えておけ」
「はっ、承知致しました」
執事が去っていくのを見届けて、エンペラーはふぅ、と一息つきながら、ベッドへと戻ってくる。
「これでしばらくは、大人しくなるだろう」
そうして布団に潜ると、「それでは、朝食までまだ時間があるから、もう少し寝させて貰うぞ」と言うなり、すぐに心地良さそうな寝息を立てて、眠ってしまった。
(と、とりあえず、安心して良いのかな……?)
私はエンペラーがその場に置いていったままのイカホの画面をじっと見つめるが、もう電話がかかってくる気配は無い。私もエンペラーと同じように再び布団に潜って二度寝しようとするも、脳裏にこびり付いた父とエンペラーの声が交互に再生されて、結局寝付くことはできなかった。
***
「しかし、トワの父親、あんな事までしてくるとは……。物理的に引き離したところで、一筋縄では行かなさそうだな。何か手は……」
朝食の時間になり、再び目を覚ましたエンペラーは、私と並んで階段を降りていきながら、そんなことを独り呟いている。
(エンペラーは、私のことを守ってくれるし、とても頼りになる。でも、私はこのままで良いのかな……。わざわざ同居までしてもらって、このままずっとエンペラー達に頼りっぱなしなんて、なんだかかっこ悪い……)
私の隣を歩く彼の姿は、同じインクリングとは思えないほどに堂々としている。生まれも育ちも、似たような環境のはずなのに、片や「ジンドウ家の娘」という肩書きひとつに振り回され、片や誰かの意図などまるで関係ないように振舞っている。どうして、こんなにも違うのだろうか。
「ねぇ……エンペラーは、どうしていつも、そんな風に威厳を保っていられるの?」
思い切って、そう訊いてみた。
「威厳……王たる者の秘訣が知りたいのか? そうだな、よく分からんが……ひとつ確実に言えるのは、修行の成果、だろうな」
「修行……」
そういえば、前の大会の時に、「エンペラーはしばらく修行のためにチームを抜けていた」という話を聞いていた。しかし、一体修行とは何なのだろうか。そう尋ねようとした時、ポケットの中で、イカホが鳴り始めた。
「また!? ……あっ違う、今度はお兄ちゃんからだ! ……ごめんね、先に行ってて」
着信が兄からのものであることを確認した私は、エンペラーを先にダイニングに向かわせてから、今度はスピーカーになっていないことをしっかりと確認して、通話ボタンを押した。
『トワ、大丈夫か? さっきは父さんが迷惑かけてすまなかった』
イカホ越しに聞こえる兄の声に、どこか安心感を覚える。
「いいのいいの、お兄ちゃんが謝ることじゃないから」
『あぁ、ありがとう。……だが、こんな事態になるのは予想外だったな……。家を出ても、父さんの監視下から逃れられないとは』
兄がそう言い終わると同時に、ため息をつくのが聞こえてくる。
「やっぱり……親の決めた関係でエンペラーの所にいる限りは、家と家の結びつき、ジンドウ家の者という肩書き……いろんな物を背負ったままで、居なきゃいけないのかな」
『そうみたいだな。両家の利害関係の中に飲み込まれたまま生きていく限り、真の自由を手に入れることは難しい……』
兄はそのまま、数秒ほど黙り込んだ後、ワントーン声量を下げて、囁くような声で尋ねてきた。
『なぁ、今そこに、エンペラーはいるか?』
「……ううん」
エンペラーの姿は、既に階下に消えて見えなくなっている。きっと今頃、リビングかダイニングで私を待っているだろう。
『なら丁度いい。今から大事な話をするから、絶対に俺らの話を、誰にも聞かれないように気をつけろよ。俺ら二人以外の誰かにバレた地点で、これは終わりだからな』
「い、一体何の話を……?」
いつになく真剣な兄の様子に、どこか不安を覚えつつも、私は言われた通り、誰もいない寝室に戻り、鍵をかけて閉じこもった。
「も、もう話して大丈夫だよ」
『よし、なら結論から言おう』
そう言うと兄は、一呼吸おいてから告げた。
『お前に、「家出」を提案したいんだ。――すなわち、もう二度と戻らない、全てを捨てた上での脱走をな』