Chapter2
名前変換フォーム
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***
「やったー! 勝てたー! よし、もう一回やりましょう!」
「良いですぞ! 勢いに乗って行きますぞー!」
それからオレは、時間が経つのも忘れてアズキと共にナワバリバトルを何試合も続けていた。勝っても負けても、彼女は眩しく笑っていて――そして何より、バトルに対する彼女の強気さが伺えた。勝てば更なる楽しいバトルを求め、負ければ次こそはと勝利を目指して飛び込んでいく。アズキの繰り広げる戦法も、バトルに対する姿勢も、羨ましくなるほどに、何時だって前向きなのだ。
そうして、キンメダイ美術館にて何試合目かのバトルが始まった時だった。その時もアズキは、自陣の端を塗ってスペシャルを貯めつつステージ中央に向かおうとしていた。だが、こちらが自陣側の高台を降りるより先に、敵のスプラシューターとボールドマーカーが中央の柱を超えて自陣に侵入して来たのだ。
「私が止めます!」
真っ先に飛び出していったのはアズキだ。スライドで素早く懐に飛び込み、まずはスプラシューターを倒す。だがボールドマーカーの方は動きが素早く、アズキでもなかなか仕留められない。そうしているうちに応戦に来た味方たちも、次々と返り討ちにされてしまう。
「くっ……しつこい……あと少しなのに……!」
アズキはひらりひらりとスライドで攻撃を躱しながら間合いを詰めようと迫るが、ボールドマーカーもとてつもない素早さで避けながらアズキの懐を狙っている。
「アズキ氏! オレも行きますぞ!」
敵のボールドマーカー目がけて、ポイズンミストを投げる。敵の動きは鈍ったものの、その発射口はアズキに向けられたままだ。
「このまま一気に間合いを詰めれば……しまった、インクが!」
アズキが慌てた声を上げる。背中のインクタンクは空になっていた。インクが無ければ逃走もスライドも出来ない、絶対絶命の状況だ。
「アズキ氏! こちらへ!」
咄嗟にヒッセンを振るい、アズキの背後へ塗り跡を残す。ここで彼女を安全に逃がしつつ、オレがとどめを刺してやれば勝てる――そう思っていた矢先だった。
アズキの動きが、不自然に止まった。かと思えば次の瞬間、彼女の身体はぐらりと傾いて、そのままゆっくりと地面へ崩れ落ちた。
「アズキ氏!?」
アズキは地面に横たわったまま、呼びかけても起き上がる気配が無い。敵のボールドマーカーも異変を察したようで、ブキを下ろして歩み寄る。オレはぐったりと倒れたアズキの元に駆け寄って、何度も名前を呼ぶ。
「アズキ氏! 大丈夫ですかな!?」
「う……おーろら、さん……?」
意識は辛うじてあるようだが、顔色は青白く、うっすらと開けられた目は虚ろで、焦点が合っていない。そのまま彼女は、駆けつけたスタッフ達に担架で運ばれていったのだった。
既にバトル開始から1分を過ぎての欠員ということで、そのまま試合は続行された。だがオレは、(名前)が無事なのかどうか、それだけがただ心配で、気が気でなかった。試合展開は不利にはなったが、もはや勝敗などどうでも良かった。ただ一刻も早く、試合が終わるのを待ち続けていた。
***
「アズキ氏! アズキ氏は無事ですかな!?」
試合が終わるなり直ぐに、オレはアズキが運ばれていったという、キンメダイ美術館の救護室へと向かって走る。
「キミ、アズキのフレンド? アズキのことなら心配ナイ」
救護室の前にいた、医者と思しきクラゲに話しかけられてオレは足を止める。
「インクが足りナイ時、無理にインクを出そうとすると、まれに貧血のような症状を起こス。彼女は特に激しく動いてたカラ、それが影響したと思ワレル」
「そ、そうなんですな……」
「デモ、少し休めば大丈夫。念のため、今日は激しい運動は控えるよう伝えてイル」
「わかりました、とにかく彼女が無事で良かったですぞ」
オレはそう言うと、許可を貰って救護室の中に入る。静かな部屋の中では、アズキがベッドに横たわっていた。
「アズキ氏!」
「オーロラさん……」
彼女はゆっくりと上体を起こして、ベッドに腰掛ける。顔色が良くなっているのを確認して、オレはひとまず安心する。
「ごめんなさい、オーロラさん……私のせいで心配かけてばかりで」
「謝る必要は無いですぞ。一体アズキ氏が何をしたと言うのですかな」
そう尋ねると、アズキはぽつりぽつりと語り始める。
「私……いつも一人で突っ走ってしまうんです。さっきのバイトの時も、考え無しにテッキュウを倒しに海岸に行ってやられてしまうし、バトルでもついつい考え無しにキルを取ろうと突っ込んで行ってしまうし、そのせいでこんなことに……」
「――アズキ氏は一体何を言っているのですかな!?」
思わず大きな声を上げてしまった。アズキはオレの方を見つめたままぽかんとしている。
「アズキ氏は、勇敢で、前向きで、眩しくて……そんな所が、オレにとっては羨ましいんですぞ」
「……!」
アズキは驚いたようにこちらを見つめながら胸元を押さえる。
「羨ましいだなんて……そんなこと言われたのは初めてですよ」
彼女の頬が、ほんの少しだけ紅く染まる。
「私も、オーロラさんのこと……羨ましいって思ってますよ」
「な、何ですとな!?」
照れたように目を背けられながらそう言われたものだから、思わずオレはかあっと急激に顔が熱くなる。一体彼女はどこまでオレを惚れさせれば気が済むのだろうか、と心の中で一人呟く。
「で、でもオレは、前に出る勇気のないただの陰キャで……」
オレの言葉を遮るように、彼女はううん、と首を横に振る。
「オーロラさんは、冷静に周りを見て、仲間をサポートするのが得意なんだなって……私はそう感じました」
「そ、そんなこと言われたのは……オレも初めてですぞ」
こそこそと引きこもりながら敵の足元を掬い戦意を削ぐ、嫌がらせのような陰湿な戦法なのに、アズキはそれを「羨ましい」と受け止めた。――長所と短所は表裏一体。オレ達はきっと、自分では気づけない自分自身の一面を互いに見ているのかもしれない。
――彼女のことを、もっと知りたい。そして、出来るならオレのことも、もっと知ってもらいたい。互いの内面にもっと触れたい、そう強く感じた。
「あの……アズキ氏……この後、バトルは出来なくても、どこかに軽く出かけることは大丈夫ですかな?」
「そうですね、体調も良くなったし、良いと思いますよ」
「でしたら……今丁度、ここキンメダイ美術館でイカキュアの原画展が開催されているのですが……良ければ一緒に見に行きませんかな?」
「!! ……イカキュアの……原画展……!!」
アズキは途端に目を輝かせながら、ガバッと立ち上がる。
「勿論です! ご一緒致しますーー!」
つい先ほどぐったりと倒れていたのが嘘のように、アズキは興奮している。あまりの温度差に、また倒れないかと心配になりつつも、オレは医者から彼女の帰宅の許可を確認して、展示室へと彼女を連れていった。