Chapter1
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不気味な紅色に染まった薄暗い空。四方八方から潮の香りに混ざって漂う、我々とは分かり合えぬ敵の気配。――けれど、「でんせつ」の域に達した者たちにとって、それはもはや「金の匂い」でしかない。今日もテンプレート通りの日常をなぞるように、アラマキ砦の薄汚れた壁を隙間なくインクで覆って、シャケの襲来に備える。
「オオモノシャケが現れたようだね」
クマサンのアナウンスを合図に、3方向を素早く見渡して、シャケの湧く方向を確認する。
「マンゴー方面にカタパが出ましたぞ!」
「オッケー。オレが左に入れる。オーロラは右を頼む」
蓋を開けたカタパッドのコンテナへ、同時にボムを投げ入れる。爆風と同時にコンテナは崩れ落ち、操縦席が墜落した先には3つの金イクラがきらりと光る。だが、そこで欲に目を眩ませてはいけない。それが「でんせつ」の鉄則だ。
最も厄介なオオモノシャケと名高いカタパッドを倒して安心したのも束の間、今度は足元からシャケの気配を感じ取る。――モグラだ。がぶり、と喰らいつくように飛び出した大きな口を躱して、イクラコンテナの近くへとイカダッシュで移動する。案の定、モグラはコンテナ横で動かないオレの元へと吸い寄せられるようにやって来る。攻撃の合図を見て素早く退き、無防備に晒された口元へ軽くボムを転がしてやれば、次の瞬間にはそこに3つの金イクラが出来上がっていた。
キケン度で言えば180%前後だろうか。333%をクリアしたことのあるオレやマスクにとっては、この程度なら何も考えなくても作業のようにシャケを処理していくだけでクリアできてしまう。おまけに今回は、モグラやテッパンといった、いわゆる「寄せ」ができるオオモノが多く湧いてくる。海岸に現れる厄介なオオモノにはスペシャルを使い、ハイカラスクエアにいた頃から身体に染み付いているセオリー通りにコンテナ近くでオオモノを倒して納品するだけ。いとも簡単にノルマは達成できた。
「ふむ……じゃあ、ヘリに乗って戻ってきてくれたまえ」
クマサンに促され、オレとマスクと、二人の野良アルバイターはヘリに乗ってバンカラ街のクマサン商会へと戻ってきた。
「マスク氏、このまま続けるでありますか〜?」
「いや、一旦休憩する。『タコ娘』のガチャ更新の時間だからな〜」
「そうでしたな! 今回は必ずSSレアを引いてみせますぞ!」
ヘルメットと手袋を外して、控室のロッカーに置いていたイカホを手に取り、『タコ娘』のゲームアプリを起動する。「新SSレアカード登場!」というテロップと共に映し出される、アイドル風の衣装に身を包んだ美少女のイラスト。画面越しに向けられる可愛らしいその笑顔を見れば、思わず口角が上がってしまう。
「この日のために、無料分の石はしっかり貯めておきましたぞ! いざ!」
どうか、推しが出ますように!――心の内でそう強く念じながら、「10回引く!」と書かれたボタンに触れた。
「で、揃って大爆死……と」
「うぅ……不甲斐ない……」
既に持っているカードばかりがずらりと並んだ画面を閉じて、SNSの画面を開く。
『ガチャ大爆死でした……きっと徳が足りていないのですな』
そう打ち込んで、投稿ボタンを押す。ついでとばかりにタイムラインを確認すると、一枚の写真が画面に流れて来る。
「ん? これは……」
写真が添えられた投稿を、何となく読んでみると、その中にあった「イカップル杯」という文字に目が留まる。
(イカップル杯……リア充が集うあの大会……)
『昨日のイカップル杯は、残念ながら予選敗退してしまいました……でも、二人で出れて、とっても楽しかった!次は絶対勝つぞー!』――そんな文章が書かれた投稿に、お揃いのギアを着た男女の自撮り写真が添えられている。その笑顔は思わず視線を背けたくなるほどに眩しくて、目に入れるには痛みすら伴うようなものだった。オレは人差し指で画面をさっとスクロールして、視界の外へとその投稿を弾き飛ばす。
(やっぱりオレは、リア充とは程遠い存在ですな……)
先程の写真と入れ替わるように画面に流れてきた美少女のイラストに「イカす」を押して、また画面をスクロールすれば、今度はチームメイトのマルベッコーの投稿が流れてくる。今日はジャージーとイベントに行く、と言っていた彼女は、コスプレイヤーと一緒に写った写真を載せていた。
かつてブルーチームと対戦した時にゴーグルが言っていた通り、確かにチームメイトといるのは楽しいし、バトルにバイトにオタク活動に……と励む日々は充実している……と思う。けれど、オレの思う「リア充」は、それだけでは足りない……そんな気がする。例えば――イカップル杯に出ているイカタコ達が持っているような何かが。
(オレももっとこう、キラキラした……恋愛とか、してみたい……なんて、らしくないですかな……)
小さなため息をついて、SNSを閉じ、イカホをロッカーに戻す。
「さて、そろそろ次のバイトに行きましょうか、マスク氏〜」
隣でまだイカホをいじっているマスクに話しかけながら、手袋とヘルメットを着け直す。
その時だった。――背後で、キイ、と扉が開く音がした。
「あの……サーモンランのバイト募集って、ここで合ってますか……?」
入口の扉をそっと開いて、遠慮がちにそこに立っていたのは、一人のガールだった。
(――か、可愛い…………!)
――その瞬間、世界の全ての時間が、止まったように感じられた。
彼女を一目見るなり、まるでリッターで心臓を撃ち抜かれたかのような感覚に陥った。
艶やかに揺れる髪 。くりっとした愛らしい瞳。華奢な体つき。どこかあどけなく、澄んだ声色。薄暗い部屋に光が射して、天使が舞い降りたのかと思わせるほどに、そのガールは可愛くて、愛らしくて――呼吸さえも忘れるほどに、目が釘付けになる。
(な、何だこの可愛い子は……こんな可愛い子が、この世に存在するのですかな……!?)
ぼうっと彼女に見とれている間に、目前に置かれた木彫りの熊からクマサンの声が流れ出す。
「おや、キミは新しいバイト希望者かね。名前を教えてくれるかな?」
「アズキ、と言います」
「アズキだね。キミにはまず、研修を受けてもらう必要があるんだが……」
目の前にいるガール――アズキを見つめながら、オレはそっと自分の胸に手を当てる。息が詰まりそうなほどに、胸の奥がきゅっと締め付けられ、心臓の鼓動は加速していく。瞬きをする度に、少しずつ頬が熱を帯びていく。
(ドキドキして、目が離せない……これはもしかして、一目惚れ、ってやつ……!?)
高鳴る胸を押さえながら、オレはアズキとクマサンとのやり取りに耳を傾ける。
「ふむ、もうすぐ次のヘリが出る時間だ。本来、研修は1対1での指導なんだが……今はシフトに空きがあってね。折角だから、マスクとオーロラヘッドホンは、彼女と一緒に現地に行って、研修を手伝ってくれるかい?」
「デュ!?」
「えっ!? ……は、はい!」
唐突にクマサンの指名を受けたものだから、返事する声が思わず裏返ってしまう。
「それじゃあ、アズキはまずバイトツナギに着替えてから、二人と一緒にヘリに乗ってくれたまえ」
「わかりました!」
更衣室に向かうアズキの背中をぼんやりと見送りながら、オレはあれこれ思いを巡らせる。
(まさか、あの子の研修を手伝えるなんて……これって、あの子とお近付きになれる、チャンスなのでは……!? そ、そして、もし、もしも、いつかあの子と付き合えたり……なんてことがあったら……)
脳内であんなことやこんなことを考えていくうちに、胸の鼓動はさらに加速してゆく。
「……オーロラ、何ぼーっとしてるんだ?」
「はっ! ……いやいや、何でもありませんぞ、マスク氏!」
慌てて取り乱すも、すぐに平静を装う。そうしているうちに、オレンジ色のバイトツナギに着替えたアズキが更衣室から出てきた。
「初めまして。アズキと言います。よろしくお願いします!」
彼女はそう言って、丁寧に頭を下げる。
「オレはオーロラヘッドホン。長いから、オーロラで良いですぞ」
「オレはマスク。よろしくね〜」
「オーロラさんと、マスクさん……あ、もしかして、S4の……シアンチームの方ですか!?」
アズキはキラキラと目を輝かせながら、オレとマスクを交互に見つめている。
「そ、そうですけど……」
「ま。まさか、あのシアンチームにこんな所でお会いできるなんて……! 嬉しい限りですっ!」
「う、嬉しいですとな……!? オレは、そ、そこまでの者では……」
嬉しい、だなんて。思わず舞い上がってしまいたくなるような言葉だ。けれど、褒められることには慣れていない上に、チームメイト以外のガールと話すことなど滅多に無いオレは、どう反応して言いか分からず、ただモジモジしてしまうだけであった。
「オオモノシャケが現れたようだね」
クマサンのアナウンスを合図に、3方向を素早く見渡して、シャケの湧く方向を確認する。
「マンゴー方面にカタパが出ましたぞ!」
「オッケー。オレが左に入れる。オーロラは右を頼む」
蓋を開けたカタパッドのコンテナへ、同時にボムを投げ入れる。爆風と同時にコンテナは崩れ落ち、操縦席が墜落した先には3つの金イクラがきらりと光る。だが、そこで欲に目を眩ませてはいけない。それが「でんせつ」の鉄則だ。
最も厄介なオオモノシャケと名高いカタパッドを倒して安心したのも束の間、今度は足元からシャケの気配を感じ取る。――モグラだ。がぶり、と喰らいつくように飛び出した大きな口を躱して、イクラコンテナの近くへとイカダッシュで移動する。案の定、モグラはコンテナ横で動かないオレの元へと吸い寄せられるようにやって来る。攻撃の合図を見て素早く退き、無防備に晒された口元へ軽くボムを転がしてやれば、次の瞬間にはそこに3つの金イクラが出来上がっていた。
キケン度で言えば180%前後だろうか。333%をクリアしたことのあるオレやマスクにとっては、この程度なら何も考えなくても作業のようにシャケを処理していくだけでクリアできてしまう。おまけに今回は、モグラやテッパンといった、いわゆる「寄せ」ができるオオモノが多く湧いてくる。海岸に現れる厄介なオオモノにはスペシャルを使い、ハイカラスクエアにいた頃から身体に染み付いているセオリー通りにコンテナ近くでオオモノを倒して納品するだけ。いとも簡単にノルマは達成できた。
「ふむ……じゃあ、ヘリに乗って戻ってきてくれたまえ」
クマサンに促され、オレとマスクと、二人の野良アルバイターはヘリに乗ってバンカラ街のクマサン商会へと戻ってきた。
「マスク氏、このまま続けるでありますか〜?」
「いや、一旦休憩する。『タコ娘』のガチャ更新の時間だからな〜」
「そうでしたな! 今回は必ずSSレアを引いてみせますぞ!」
ヘルメットと手袋を外して、控室のロッカーに置いていたイカホを手に取り、『タコ娘』のゲームアプリを起動する。「新SSレアカード登場!」というテロップと共に映し出される、アイドル風の衣装に身を包んだ美少女のイラスト。画面越しに向けられる可愛らしいその笑顔を見れば、思わず口角が上がってしまう。
「この日のために、無料分の石はしっかり貯めておきましたぞ! いざ!」
どうか、推しが出ますように!――心の内でそう強く念じながら、「10回引く!」と書かれたボタンに触れた。
「で、揃って大爆死……と」
「うぅ……不甲斐ない……」
既に持っているカードばかりがずらりと並んだ画面を閉じて、SNSの画面を開く。
『ガチャ大爆死でした……きっと徳が足りていないのですな』
そう打ち込んで、投稿ボタンを押す。ついでとばかりにタイムラインを確認すると、一枚の写真が画面に流れて来る。
「ん? これは……」
写真が添えられた投稿を、何となく読んでみると、その中にあった「イカップル杯」という文字に目が留まる。
(イカップル杯……リア充が集うあの大会……)
『昨日のイカップル杯は、残念ながら予選敗退してしまいました……でも、二人で出れて、とっても楽しかった!次は絶対勝つぞー!』――そんな文章が書かれた投稿に、お揃いのギアを着た男女の自撮り写真が添えられている。その笑顔は思わず視線を背けたくなるほどに眩しくて、目に入れるには痛みすら伴うようなものだった。オレは人差し指で画面をさっとスクロールして、視界の外へとその投稿を弾き飛ばす。
(やっぱりオレは、リア充とは程遠い存在ですな……)
先程の写真と入れ替わるように画面に流れてきた美少女のイラストに「イカす」を押して、また画面をスクロールすれば、今度はチームメイトのマルベッコーの投稿が流れてくる。今日はジャージーとイベントに行く、と言っていた彼女は、コスプレイヤーと一緒に写った写真を載せていた。
かつてブルーチームと対戦した時にゴーグルが言っていた通り、確かにチームメイトといるのは楽しいし、バトルにバイトにオタク活動に……と励む日々は充実している……と思う。けれど、オレの思う「リア充」は、それだけでは足りない……そんな気がする。例えば――イカップル杯に出ているイカタコ達が持っているような何かが。
(オレももっとこう、キラキラした……恋愛とか、してみたい……なんて、らしくないですかな……)
小さなため息をついて、SNSを閉じ、イカホをロッカーに戻す。
「さて、そろそろ次のバイトに行きましょうか、マスク氏〜」
隣でまだイカホをいじっているマスクに話しかけながら、手袋とヘルメットを着け直す。
その時だった。――背後で、キイ、と扉が開く音がした。
「あの……サーモンランのバイト募集って、ここで合ってますか……?」
入口の扉をそっと開いて、遠慮がちにそこに立っていたのは、一人のガールだった。
(――か、可愛い…………!)
――その瞬間、世界の全ての時間が、止まったように感じられた。
彼女を一目見るなり、まるでリッターで心臓を撃ち抜かれたかのような感覚に陥った。
艶やかに揺れる
(な、何だこの可愛い子は……こんな可愛い子が、この世に存在するのですかな……!?)
ぼうっと彼女に見とれている間に、目前に置かれた木彫りの熊からクマサンの声が流れ出す。
「おや、キミは新しいバイト希望者かね。名前を教えてくれるかな?」
「アズキ、と言います」
「アズキだね。キミにはまず、研修を受けてもらう必要があるんだが……」
目の前にいるガール――アズキを見つめながら、オレはそっと自分の胸に手を当てる。息が詰まりそうなほどに、胸の奥がきゅっと締め付けられ、心臓の鼓動は加速していく。瞬きをする度に、少しずつ頬が熱を帯びていく。
(ドキドキして、目が離せない……これはもしかして、一目惚れ、ってやつ……!?)
高鳴る胸を押さえながら、オレはアズキとクマサンとのやり取りに耳を傾ける。
「ふむ、もうすぐ次のヘリが出る時間だ。本来、研修は1対1での指導なんだが……今はシフトに空きがあってね。折角だから、マスクとオーロラヘッドホンは、彼女と一緒に現地に行って、研修を手伝ってくれるかい?」
「デュ!?」
「えっ!? ……は、はい!」
唐突にクマサンの指名を受けたものだから、返事する声が思わず裏返ってしまう。
「それじゃあ、アズキはまずバイトツナギに着替えてから、二人と一緒にヘリに乗ってくれたまえ」
「わかりました!」
更衣室に向かうアズキの背中をぼんやりと見送りながら、オレはあれこれ思いを巡らせる。
(まさか、あの子の研修を手伝えるなんて……これって、あの子とお近付きになれる、チャンスなのでは……!? そ、そして、もし、もしも、いつかあの子と付き合えたり……なんてことがあったら……)
脳内であんなことやこんなことを考えていくうちに、胸の鼓動はさらに加速してゆく。
「……オーロラ、何ぼーっとしてるんだ?」
「はっ! ……いやいや、何でもありませんぞ、マスク氏!」
慌てて取り乱すも、すぐに平静を装う。そうしているうちに、オレンジ色のバイトツナギに着替えたアズキが更衣室から出てきた。
「初めまして。アズキと言います。よろしくお願いします!」
彼女はそう言って、丁寧に頭を下げる。
「オレはオーロラヘッドホン。長いから、オーロラで良いですぞ」
「オレはマスク。よろしくね〜」
「オーロラさんと、マスクさん……あ、もしかして、S4の……シアンチームの方ですか!?」
アズキはキラキラと目を輝かせながら、オレとマスクを交互に見つめている。
「そ、そうですけど……」
「ま。まさか、あのシアンチームにこんな所でお会いできるなんて……! 嬉しい限りですっ!」
「う、嬉しいですとな……!? オレは、そ、そこまでの者では……」
嬉しい、だなんて。思わず舞い上がってしまいたくなるような言葉だ。けれど、褒められることには慣れていない上に、チームメイト以外のガールと話すことなど滅多に無いオレは、どう反応して言いか分からず、ただモジモジしてしまうだけであった。