Chapter3
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***
すっかり傾いた陽の光が、地面にふたつの影を長く落としている。オレ達は両手に収まりきらない程のアトラクションを満喫して、気づけばもう、日没が近付いていた。
(もうすぐ、今日が終わってしまう)
刻一刻と近づく、今日という日の終わり、そして「今のこの関係」の終わり。明日の自分たちはどうなっているのか、それを自分自身の意思で決めなければいけない時が、目の前に迫ってきている。
「もうこんな時間かぁ……名残惜しいなぁ」
沈みゆく太陽を眺めながら、アズキはぽつりと呟く。
「時間的にも、次が最後のアトラクションですな。最後はやっぱり……」
「「観覧車!」」
二人の声が重なって、目をあわせて笑い合う。
「観覧車はここから少し歩かないといけないけど……大丈夫ですかな?」
「大丈夫だよ、行こう行こう!」
オレは緊張で少しずつ締め付けられていく胸を抑えながら、アズキと共に観覧車に向かって歩き始める。
歩いていく間にも陽は傾いていき、ほのかな夕闇が辺りを包み始める。それと同時に、園内にも照明が灯り始める。夕方と夜が混ざり合うような空の色の下で、オレは「最後の時」に向けた歩みを進めていく。
「着きましたぞ、観覧車」
「あんまり並んでないから、すぐ乗れそうだね。行こ行こ!」
これから何が起こるのかも、アズキはきっと知らない。無邪気な瞳で、列の最後尾へと一足先に走って行く。
計画では、この観覧車の中で、アズキに告白する予定だ。だが、いざその瞬間を目の前に控えて、オレが本当にそれを実行し得るのかどうか、全くもって自信は無かった。
(「好き」と口に出して伝えるなど……オレにできるのですかな……きっと、カッコ悪い姿を見せてしまうに違いないですな……アロハ氏ほどにもなれば、スマートに伝えられるんだろうけど……)
待機列は次々に進んでいく。オレ達が観覧車に乗り込むまでの時間は、決意を固めるにはあまりにも短すぎた。係員に笑顔で見送られながら、オレはゴンドラの中に、アズキと二人きりになった。
ゴンドラが少しずつ上昇していく。アズキと向かい合って座って、何を話そうか、何と伝えようか、オレは必死に考える。もう時間がない。ここで伝えなければいけない。けれど、頭の中でシミュレーションするだけでも、胸が詰まるようで、うまく言葉が出てこない。二人だけの空間に、オレの心臓の音だけが響いてしまいそうなほど、胸の拍動は高まり、息が詰まってしまいそうなほどに苦しい。そんなオレの気持ちにも決して呼応することは無く、ゴンドラはただゆっくりと、しかし確実に地上から引き離されていく。
「わぁ、見て! あれ、何だろう?」
頂上まであと半分といったところだろうか。ふいにアズキが、外を指さして声を上げる。彼女の視線の先、指さした景色の中には池が広がっており、そこには小さなランタンの灯りが無数に浮かんでいる。
「そういえば、今日は夕方からキャンドルナイトのイベントをやる日だそうですな。どうやら今から、池でランタンを飛ばすみたいですぞ」
オレも窓に身を寄せて、アズキと同じ、池の方向を眺める。その時、丁度池の上から、そして周囲から、ふわりふわりと光の粒が、空中へゆっくりと舞い上がっていく。
「わぁ、綺麗……!」
宙へと舞い上がったランタンの薄明かりが、夕闇の中を静かに照らし出す。ゆらり、ゆらりと揺れる光が、空中を、そして水面を静かに彩っていく。
「すごい……! こんなに幻想的な風景が見られるなんて……!」
アズキは窓に張り付くようにして、外の風景を眺めている。その透き通った瞳にもまた、ランタンのほのかな光が映し出されている。
どれくらいの間、彼女は外を眺めていただろうか。それはほんの一瞬のようにも、とてつもなく長い時間のようにも思えた。やがてアズキは窓からオレの方に視線を移して、にこりと笑ってみせた。
「私……今日、ここに来れて、すっごく良かった……!」
その瞬間――オレの胸が、ドクン、と大きく高鳴った。
この感覚は――初めてアズキを見た、あの時と同じだ。全ての時間が止まったようで、呼吸さえも忘れるほどの、あの感覚。
外の景色を彩る光に照らされた横顔に、一点の曇りもない彩やかな笑顔。無邪気で前向きで可愛くて――アズキの全てに、オレは心を奪われているということを、オレは再び感じ取る。
それと同時に、抱え込んできたアズキへの想いが、締め付けられた胸の蓋を押し上げるように湧き上がって、溢れ出して止まらなくなる。
アズキのことをもっと知りたい。
アズキにもっと近付きたい。
アズキに触れてみたい。
そして……出来ることならば、アズキにもオレのことを、見ていて欲しい。
――そんな想いが、とめどなく溢れ出して止まらなくなる。もうオレ一人では、到底抱えきれないほどに。
「伝えたい」――そう、はっきりと思った。
わがままでも良い。分不相応でも良い。この切なく苦しい想いをオレだけが抱えているなど、もはや耐えられそうにない。ただこの溢れ出す想いを、それを抱えるオレ自身のことを、アズキにも知って欲しい。アズキに伝えたい。願うことは、ただそれだけだった。
「――アズキ氏」
名前を呼べば、彼女はオレの方に向き直る。上昇していくゴンドラは、間もなく頂上に差し掛かろうとしている。
「今日、オレがアズキ氏とここに来たのは……アズキ氏に伝えたいことが、あるからなんですぞ」
「……?」
アズキは澄み渡った瞳を、ゆっくりとこちらに向ける。その瞳をしっかりと見つめ返して、オレは勇気を出して口を開く。溢れ出す想いを、止めてしまわないように。
「――アズキ氏のことが、好きだということ」
掠れそうな声で、けれど確かに、はっきりと、そう伝えた。
どくどくと、早まっていく鼓動が身体を駆け巡る。膝の上に乗せた拳をぎゅっと握れば、じんわりと汗と熱が滲む。今すぐ逃げ出したくなる衝動を堪えて、オレはただ、アズキを見つめている――その視線の先で、彼女の瞳に映る温かな光が揺らいでいる。
「オーロラくん、それって……」
アズキは目を逸らすことなく、微かに口を開く。
「私……オーロラくんの恋人に、なっていいって、こと……?」
頬を染めて、何度も瞬きをしながら、彼女はそう訊いてくる。
「い、今何と……」
「私……私だって」
揺らぐ光を映していた瞳は、今はただ真っ直ぐに、オレだけを見つめている。
「私だって――オーロラくんのことが好きで、ここに来たんだから」
「……!」
身体を駆け巡る鼓動と熱が、さらに高まっていく。けれどそれは、自分自身を苦しめるように締め付けるものではない。この景色を、この空を超えて、ふわり、遥か高くへと舞い上がる、そんな衝動だ。
「アズキ氏……」
オレは今、確かに聞いたのだ。アズキもオレのことが好きなのだと。今、確かにオレの想いはアズキに届いて――そして、彼女の想いもまた、オレの心へと確かに響いている。
(オレの願っていた未来が、今、叶って……?)
アズキと両想いになること。望んではいたけれど、決して期待などしないようにしていた願い。それが叶って、確かに嬉しくて――けれど、動揺して、言葉がうまく出てこない。
「アズキ氏……そ、それはつまり、えーっと……?」
つまり――オレはアズキと結ばれたのだということ。それを確かめたくて、でも、洒落た台詞など、咄嗟には用意できない。
「つまり、って、つまり……?」
「そ、その……オレと、その、恋人、に……?」
ただただ照れくさくて、「好き」と口にした瞬間よりも更に声が震える。そんなオレを見てアズキは、ふふっ、と微笑みながら頷く。
「こ、こんなカッコ悪いオレだけど、その、よければ……」
「こっちこそ……よ、よろしく……?」
アズキの声もまた、先程よりも僅かに震えている。きっと彼女もまた、同じ気持ちなのかもしれない。なんとなく逸らしていた視線をアズキの方に戻せば、ぱちり、と視線がぶつかる。そして、どちらからともなく、笑いがこぼれ始めたのだった。
「オーロラくん、隣、行っていい?」
そう尋ねるアズキは、既に席から腰を浮かせようとしていた。
「勿論、良いですぞ」
オレが座っている側の席の、池が見える側を空けて、オレは端に詰める。
「ありがと……お邪魔するね」
そう言って、彼女はオレの隣に座る。まだ遠慮が残っているのか、オレと彼女の間に隔たる拳ひとつ分の隙間がもどかしい。
「手……繋いで良いですかな」
オレは勇気を出して、そう優しく話しかける。
「うん……!」
照れたように微笑みながら、アズキは頷く。
オレはそんな彼女が差し出した手の上に、そっと自分の手を重ねて――指を絡めて、きゅっと優しく握る。繋がる指先から、手のひらから、伝わる体温が鼓動を加速させる。
ゴンドラはいつの間にか、もう頂上を通り過ぎてしまったらしい。アズキの温もりを感じて、外の景色を彩る光を眺めながら、願うのは、この幸せがいつまでも続いて欲しい、ただそれだけだった。
***
「今日は楽しかった……本当にありがとう!」
「こちらこそ、ですな。それじゃあ、また明日……クマサン商会で待っていますぞ」
「うん! ビッグラン……一緒に頑張ろうね!」
すっかり日も暮れて、スメーシーワールドを出たオレは、駅のホームでアズキを見送る。
アズキを乗せた電車が動き始めて、やがて遥か遠く、暗闇の中へと消えていく。その暗闇の向こう――バンカラ地方の方角へと続く空の端が、微かに赤く染まっている。夕暮れのようなものではない、不吉な予兆を感じさせる不気味な赤色だ。きっともう、シャケが近くまで迫ってきているのだろう。アズキの住むバンカラ街を、アズキと過ごせる日常を守るためにも、全力を尽くさなくてはならない。遠く、マテガイ放水路に思いを馳せながら、オレは明日に向けて、決意を強く胸に抱いたのだった。
すっかり傾いた陽の光が、地面にふたつの影を長く落としている。オレ達は両手に収まりきらない程のアトラクションを満喫して、気づけばもう、日没が近付いていた。
(もうすぐ、今日が終わってしまう)
刻一刻と近づく、今日という日の終わり、そして「今のこの関係」の終わり。明日の自分たちはどうなっているのか、それを自分自身の意思で決めなければいけない時が、目の前に迫ってきている。
「もうこんな時間かぁ……名残惜しいなぁ」
沈みゆく太陽を眺めながら、アズキはぽつりと呟く。
「時間的にも、次が最後のアトラクションですな。最後はやっぱり……」
「「観覧車!」」
二人の声が重なって、目をあわせて笑い合う。
「観覧車はここから少し歩かないといけないけど……大丈夫ですかな?」
「大丈夫だよ、行こう行こう!」
オレは緊張で少しずつ締め付けられていく胸を抑えながら、アズキと共に観覧車に向かって歩き始める。
歩いていく間にも陽は傾いていき、ほのかな夕闇が辺りを包み始める。それと同時に、園内にも照明が灯り始める。夕方と夜が混ざり合うような空の色の下で、オレは「最後の時」に向けた歩みを進めていく。
「着きましたぞ、観覧車」
「あんまり並んでないから、すぐ乗れそうだね。行こ行こ!」
これから何が起こるのかも、アズキはきっと知らない。無邪気な瞳で、列の最後尾へと一足先に走って行く。
計画では、この観覧車の中で、アズキに告白する予定だ。だが、いざその瞬間を目の前に控えて、オレが本当にそれを実行し得るのかどうか、全くもって自信は無かった。
(「好き」と口に出して伝えるなど……オレにできるのですかな……きっと、カッコ悪い姿を見せてしまうに違いないですな……アロハ氏ほどにもなれば、スマートに伝えられるんだろうけど……)
待機列は次々に進んでいく。オレ達が観覧車に乗り込むまでの時間は、決意を固めるにはあまりにも短すぎた。係員に笑顔で見送られながら、オレはゴンドラの中に、アズキと二人きりになった。
ゴンドラが少しずつ上昇していく。アズキと向かい合って座って、何を話そうか、何と伝えようか、オレは必死に考える。もう時間がない。ここで伝えなければいけない。けれど、頭の中でシミュレーションするだけでも、胸が詰まるようで、うまく言葉が出てこない。二人だけの空間に、オレの心臓の音だけが響いてしまいそうなほど、胸の拍動は高まり、息が詰まってしまいそうなほどに苦しい。そんなオレの気持ちにも決して呼応することは無く、ゴンドラはただゆっくりと、しかし確実に地上から引き離されていく。
「わぁ、見て! あれ、何だろう?」
頂上まであと半分といったところだろうか。ふいにアズキが、外を指さして声を上げる。彼女の視線の先、指さした景色の中には池が広がっており、そこには小さなランタンの灯りが無数に浮かんでいる。
「そういえば、今日は夕方からキャンドルナイトのイベントをやる日だそうですな。どうやら今から、池でランタンを飛ばすみたいですぞ」
オレも窓に身を寄せて、アズキと同じ、池の方向を眺める。その時、丁度池の上から、そして周囲から、ふわりふわりと光の粒が、空中へゆっくりと舞い上がっていく。
「わぁ、綺麗……!」
宙へと舞い上がったランタンの薄明かりが、夕闇の中を静かに照らし出す。ゆらり、ゆらりと揺れる光が、空中を、そして水面を静かに彩っていく。
「すごい……! こんなに幻想的な風景が見られるなんて……!」
アズキは窓に張り付くようにして、外の風景を眺めている。その透き通った瞳にもまた、ランタンのほのかな光が映し出されている。
どれくらいの間、彼女は外を眺めていただろうか。それはほんの一瞬のようにも、とてつもなく長い時間のようにも思えた。やがてアズキは窓からオレの方に視線を移して、にこりと笑ってみせた。
「私……今日、ここに来れて、すっごく良かった……!」
その瞬間――オレの胸が、ドクン、と大きく高鳴った。
この感覚は――初めてアズキを見た、あの時と同じだ。全ての時間が止まったようで、呼吸さえも忘れるほどの、あの感覚。
外の景色を彩る光に照らされた横顔に、一点の曇りもない彩やかな笑顔。無邪気で前向きで可愛くて――アズキの全てに、オレは心を奪われているということを、オレは再び感じ取る。
それと同時に、抱え込んできたアズキへの想いが、締め付けられた胸の蓋を押し上げるように湧き上がって、溢れ出して止まらなくなる。
アズキのことをもっと知りたい。
アズキにもっと近付きたい。
アズキに触れてみたい。
そして……出来ることならば、アズキにもオレのことを、見ていて欲しい。
――そんな想いが、とめどなく溢れ出して止まらなくなる。もうオレ一人では、到底抱えきれないほどに。
「伝えたい」――そう、はっきりと思った。
わがままでも良い。分不相応でも良い。この切なく苦しい想いをオレだけが抱えているなど、もはや耐えられそうにない。ただこの溢れ出す想いを、それを抱えるオレ自身のことを、アズキにも知って欲しい。アズキに伝えたい。願うことは、ただそれだけだった。
「――アズキ氏」
名前を呼べば、彼女はオレの方に向き直る。上昇していくゴンドラは、間もなく頂上に差し掛かろうとしている。
「今日、オレがアズキ氏とここに来たのは……アズキ氏に伝えたいことが、あるからなんですぞ」
「……?」
アズキは澄み渡った瞳を、ゆっくりとこちらに向ける。その瞳をしっかりと見つめ返して、オレは勇気を出して口を開く。溢れ出す想いを、止めてしまわないように。
「――アズキ氏のことが、好きだということ」
掠れそうな声で、けれど確かに、はっきりと、そう伝えた。
どくどくと、早まっていく鼓動が身体を駆け巡る。膝の上に乗せた拳をぎゅっと握れば、じんわりと汗と熱が滲む。今すぐ逃げ出したくなる衝動を堪えて、オレはただ、アズキを見つめている――その視線の先で、彼女の瞳に映る温かな光が揺らいでいる。
「オーロラくん、それって……」
アズキは目を逸らすことなく、微かに口を開く。
「私……オーロラくんの恋人に、なっていいって、こと……?」
頬を染めて、何度も瞬きをしながら、彼女はそう訊いてくる。
「い、今何と……」
「私……私だって」
揺らぐ光を映していた瞳は、今はただ真っ直ぐに、オレだけを見つめている。
「私だって――オーロラくんのことが好きで、ここに来たんだから」
「……!」
身体を駆け巡る鼓動と熱が、さらに高まっていく。けれどそれは、自分自身を苦しめるように締め付けるものではない。この景色を、この空を超えて、ふわり、遥か高くへと舞い上がる、そんな衝動だ。
「アズキ氏……」
オレは今、確かに聞いたのだ。アズキもオレのことが好きなのだと。今、確かにオレの想いはアズキに届いて――そして、彼女の想いもまた、オレの心へと確かに響いている。
(オレの願っていた未来が、今、叶って……?)
アズキと両想いになること。望んではいたけれど、決して期待などしないようにしていた願い。それが叶って、確かに嬉しくて――けれど、動揺して、言葉がうまく出てこない。
「アズキ氏……そ、それはつまり、えーっと……?」
つまり――オレはアズキと結ばれたのだということ。それを確かめたくて、でも、洒落た台詞など、咄嗟には用意できない。
「つまり、って、つまり……?」
「そ、その……オレと、その、恋人、に……?」
ただただ照れくさくて、「好き」と口にした瞬間よりも更に声が震える。そんなオレを見てアズキは、ふふっ、と微笑みながら頷く。
「こ、こんなカッコ悪いオレだけど、その、よければ……」
「こっちこそ……よ、よろしく……?」
アズキの声もまた、先程よりも僅かに震えている。きっと彼女もまた、同じ気持ちなのかもしれない。なんとなく逸らしていた視線をアズキの方に戻せば、ぱちり、と視線がぶつかる。そして、どちらからともなく、笑いがこぼれ始めたのだった。
「オーロラくん、隣、行っていい?」
そう尋ねるアズキは、既に席から腰を浮かせようとしていた。
「勿論、良いですぞ」
オレが座っている側の席の、池が見える側を空けて、オレは端に詰める。
「ありがと……お邪魔するね」
そう言って、彼女はオレの隣に座る。まだ遠慮が残っているのか、オレと彼女の間に隔たる拳ひとつ分の隙間がもどかしい。
「手……繋いで良いですかな」
オレは勇気を出して、そう優しく話しかける。
「うん……!」
照れたように微笑みながら、アズキは頷く。
オレはそんな彼女が差し出した手の上に、そっと自分の手を重ねて――指を絡めて、きゅっと優しく握る。繋がる指先から、手のひらから、伝わる体温が鼓動を加速させる。
ゴンドラはいつの間にか、もう頂上を通り過ぎてしまったらしい。アズキの温もりを感じて、外の景色を彩る光を眺めながら、願うのは、この幸せがいつまでも続いて欲しい、ただそれだけだった。
***
「今日は楽しかった……本当にありがとう!」
「こちらこそ、ですな。それじゃあ、また明日……クマサン商会で待っていますぞ」
「うん! ビッグラン……一緒に頑張ろうね!」
すっかり日も暮れて、スメーシーワールドを出たオレは、駅のホームでアズキを見送る。
アズキを乗せた電車が動き始めて、やがて遥か遠く、暗闇の中へと消えていく。その暗闇の向こう――バンカラ地方の方角へと続く空の端が、微かに赤く染まっている。夕暮れのようなものではない、不吉な予兆を感じさせる不気味な赤色だ。きっともう、シャケが近くまで迫ってきているのだろう。アズキの住むバンカラ街を、アズキと過ごせる日常を守るためにも、全力を尽くさなくてはならない。遠く、マテガイ放水路に思いを馳せながら、オレは明日に向けて、決意を強く胸に抱いたのだった。