Chapter3
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***
少し遅めの昼食を食べ終えて、レストランの前の道をなんとなく歩きながら、マップを片手に次はどこに行こうかなどと話していると、ふいにアズキが足を止めた。
「どうしましたかな?」
「これ……シャケ?何だろ……」
アズキの視線の先には、何やら記念碑のようなものがあった。そこにはシャケと戦うイカとタコをかたどった彫刻とともに文字が刻まれていて、かなり新しいもののように見える。
「これは……ビッグランの勝利の記念碑のようですな」
「ビッグラン……そういえば、ここスメーシーワールドでもあったんだったね。私はその時まだ遠くの地方に住んでたから、ニュースでしか聞いたことないけど……オーロラくんは、ここでシャケと戦ったの?」
「その通りですぞ」
オレが答えると、アズキは何やら興味を持ったようで、ぐいぐいと近付きながらさらに質問を投げかけてくる。
「おぉー、凄いね! ねえねえ、街の中にシャケが出てくるって、どんな感じだったの!? 満潮の時ってどの辺まで浸かるの!? 教えて教えて!」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に答えながら、オレはかつてスメーシーワールドで起こったビッグランの思い出を、アズキに語り聞かせたのだった。
「凄いねオーロラくん! ってことは、オーロラくんは街を守ったヒーローってことだね!」
アズキは目を輝かせながら、更にオレとの距離を縮めてくる。
「そ、そそそんな……オレ以外にもバイトに来てた人は沢山いるし、そもそも参加するだけなら誰でもできるのであって、ヒーローだなんてそんな大げさな……」
「凄いじゃん凄いじゃん! 街の中でシャケと戦うなんて、私だったらきっと初めての時はびっくりしちゃうよ!」
「アズキはオレを過大評価しすぎではないですかな……?」
アズキの話す勢いは止まるところを知らない。アズキが褒めるほど、オレは出来たイカではないのに。これほどまでに期待されても、いずれはその期待を裏切ってしまう日が来るだろう。
「そういえば、次のビッグランってもう明日だよね」
「そうですな。マテガイ放水路の……」
「それじゃあさ、明日……私もオーロラくんと一緒に、ビッグランのバイトに行ってみてもいいかな?」
そう尋ねるアズキの瞳は、眩しいほどに純粋だ。オレの考えていることなど、まるで何も知らない、悔しささえ覚えるほどに透き通った瞳。
「も、勿論良い、ですぞ」
オレは一瞬、返事をするのに戸惑ってしまった。オレは今日、アズキに想いを伝えるつもりでこの場所に来ている。もしも、彼女の答え次第では――もう二度と、一緒にバイトに行くことなど、叶わないかもしれない。
明日のビッグランが始まる頃には、きっともうこの恋の結末は決まっている。アズキとの関係も、もう終わりを迎えているかもしれない。――そう考えた途端、言いようのない不安がオレを襲う。
(本当に、今日アズキ氏に告白してしまって良いのですかな……別に先延ばしにすることだってオレの自由だし、このままずっと友達のままでいることだってできる……)
今日はこのまま、ずっとこのまま……そんな誘惑が少しずつ這い寄ってくる。だが、それを上書きするように、アロハがかつて言っていた台詞が頭の中に響く。
『いつまでもウジウジしてたら他のボーイに取られちゃうよ?』
『とにかく、アズキちゃんのハートを掴みたかったら、早いとこ行動あるのみだからね』
――アズキを手に入れたいなら、アロハの言っていた通り、すぐにでも行動を起こすのが最善だろう。だが、今のオレには――そんな自信は無い。アズキの心を射止める自信も。射止めることができたとしても、それから先もずっと、アズキの期待に応え続けられるような者でいられる自信も。オレは、持ち合わせていないのだ。
「――くん? オーロラくん?」
「……はっ!?」
耳に飛び込んできたアズキの声で、オレは我に返った。
「どうしたの? 急に難しい顔して固まって……あ、別に、ビッグラン、私と一緒に行くの、強制はしないから……ハイスコアを目指したいなら、私よりもっと上手い人と組んだほうが良いし……」
「そ、そんなことは決して無いですぞ! 考え事をしていただけですな」
オレは慌てて弁解する。どうやらアズキには、オレが本当は一緒にバイトに行くのを嫌がっているかもしれないと勘違いさせてしまったようだ。
「そっか、なら良かった」
(え? 今、「良かった」って……?)
アズキの言葉を確かめる間も無く、彼女は畳み掛けるように話しかけてくる。
「それより早く決めちゃおうよ、次のアトラクション! 時間は有限だからね!」
「そうですな。じゃあ、ここから一番近いのは……」
オレはマップを開いて、自分たちが今いる位置を確かめる。
「この近くに、お化け屋敷がありますな」
「え、お、お化け屋敷……?」
お化け屋敷と聞いたアズキは、不安げに眉をひそめる。
「もしかして、アズキ氏はお化け屋敷は苦手なタイプですかな? それなら別のところに……」
「ううん、行きたい……!」
アズキは身を乗り出して、連れて行って、と目で訴える。
「大丈夫ですかな? 無理をする必要はないですぞ」
「大丈夫、オーロラくんと一緒なら、克服できる……気がする」
「じゃあ……行ってみますかな」
オレはホラゲーなんかもやっているから、耐性はある……はずだ。それに、吊り橋効果とやらも期待できるかもしれない。オレはアズキを連れて、近くにあるお化け屋敷へと向かった。
入場待ちの列に並んでいる間、アズキはいつもより口数が少なかった。
「本当に大丈夫ですかな? 引き返しても良いんですぞ」
「だ、大丈夫だよ、きっとオーロラくんが守ってくれるから!」
アズキは少し震えつつも、冗談っぽく笑ってそう言ってみせた。
「えっ!? オ、オレはそんな……守れる保証など……」
守れる保証などない――そう言いかけて、オレは口をつぐんだ。アズキを守れる自信はないけど、折角ここまで来たのだから、せめて少しでもかっこいい所は見せたい。そのためにはきっと、弱気な自分など見せない方が良い。
「……よし、できる限りではあるけれど……オレがついているから、安心して欲しいですぞ」
「やったー!」
その時、ちょうどオレ達の入場の番になった。入口の奥は先の見えない暗い空間。オレはアズキを連れて、足を踏み入れた。
「それにしても意外ですな。勇敢なアズキ氏にも、怖いものがあるなんて」
淀んだ空気が立ち込める、心細さを煽るような狭い通路で、オレはアズキの一歩先をゆっくりと歩く。
「バトルやバイトの時は、仲間がいるっていう安心感があるから……」
震える声でアズキが答えた、その時だった。
(――ガタンッ!)
「ひゃあっ!?」
「うおっ!?」
仕掛けが動き出す音に、ビクッ、と身体が反応する。
「ひぃぃぃっ!」
それと同時に、アズキが悲鳴を上げながら飛び退いて、オレの腕にしがみ付く。
「アズキ氏!?」
「こ、怖いよぉぉ……助けてオーロラくん……」
アズキはオレの腕を離そうとする気配はない。震える腕の感触と体温が、シャツ越しに伝わってくる。
(こ、これは……近すぎますぞ……!)
跳ね上がる心臓の拍動が、お化けのせいなのか、それとも腕に伝わるアズキの温もりのせいなのか、自分には分からない。
「アズキ氏、そ、そんなに触れられると……」
弾けそうな胸を抑え、どうにか理性を保ちながらアズキに告げる。
「はっ!? あ、ご、ごめん……!」
アズキも自分が何をしたのかようやく気付いたようで、掴んでいた腕を慌てて手放したのだった。
「ごめん、驚いちゃってつい……ひゃあぁっ!?」
今度は反対方向で突如として仕掛けが動き出す。それに驚いたアズキは、再び悲鳴を上げて、オレの腕にしがみ付く。
「アズキ氏〜〜!?」
もはや恐怖と興奮の区別もつかぬまま、オレは仕掛けとアズキの行動の両方に驚いて、腰を抜かしそうになる。
「ま、まずは一旦落ち着くのですぞ! 深呼吸して!」
訳も分からないまま二人で慌てていると、やがて再びオレの腕からはアズキの体温が離れていく。
「あ、えっと、ごめんオーロラくん……」
「き、気にすることはありませんぞ……とにかく、まずは先に進むことですな」
「う、うん……」
隣のアズキにも聞こえてしまいそうなほどの胸の鼓動は、鎮まる気配を見せない。
「あ、あのね、オーロラくん……」
再び静かで暗い通路に差し掛かる頃、おどおどとアズキが口を開く。
「その……私、オーロラくんの袖、握っててもいいかな……? その方が、安心するから……」
「アズキ氏!? もちろん、良いですぞ……」
そう答える自分の声もまた、アズキと同じように、微かに震えているのを感じ取った。
「じゃ、じゃあ……」
アズキはそっと、オレの着ているシャツの袖を握りしめた。
「このまま、進もう……?」
「ですな……」
跳ねるような鼓動が止まらないのはお化け屋敷の恐怖からなのか、それともアズキへの想いなのか。今のオレにはそれすら区別がつかない。
早く外に出てアズキを安心させたいという思いと、このままアズキに手を離さないでいてほしいという思い。出口の明かりがみえるまで、ふたつの切ない想いは胸をぎゅうと締め付けていたのだった。
少し遅めの昼食を食べ終えて、レストランの前の道をなんとなく歩きながら、マップを片手に次はどこに行こうかなどと話していると、ふいにアズキが足を止めた。
「どうしましたかな?」
「これ……シャケ?何だろ……」
アズキの視線の先には、何やら記念碑のようなものがあった。そこにはシャケと戦うイカとタコをかたどった彫刻とともに文字が刻まれていて、かなり新しいもののように見える。
「これは……ビッグランの勝利の記念碑のようですな」
「ビッグラン……そういえば、ここスメーシーワールドでもあったんだったね。私はその時まだ遠くの地方に住んでたから、ニュースでしか聞いたことないけど……オーロラくんは、ここでシャケと戦ったの?」
「その通りですぞ」
オレが答えると、アズキは何やら興味を持ったようで、ぐいぐいと近付きながらさらに質問を投げかけてくる。
「おぉー、凄いね! ねえねえ、街の中にシャケが出てくるって、どんな感じだったの!? 満潮の時ってどの辺まで浸かるの!? 教えて教えて!」
矢継ぎ早に飛んでくる質問に答えながら、オレはかつてスメーシーワールドで起こったビッグランの思い出を、アズキに語り聞かせたのだった。
「凄いねオーロラくん! ってことは、オーロラくんは街を守ったヒーローってことだね!」
アズキは目を輝かせながら、更にオレとの距離を縮めてくる。
「そ、そそそんな……オレ以外にもバイトに来てた人は沢山いるし、そもそも参加するだけなら誰でもできるのであって、ヒーローだなんてそんな大げさな……」
「凄いじゃん凄いじゃん! 街の中でシャケと戦うなんて、私だったらきっと初めての時はびっくりしちゃうよ!」
「アズキはオレを過大評価しすぎではないですかな……?」
アズキの話す勢いは止まるところを知らない。アズキが褒めるほど、オレは出来たイカではないのに。これほどまでに期待されても、いずれはその期待を裏切ってしまう日が来るだろう。
「そういえば、次のビッグランってもう明日だよね」
「そうですな。マテガイ放水路の……」
「それじゃあさ、明日……私もオーロラくんと一緒に、ビッグランのバイトに行ってみてもいいかな?」
そう尋ねるアズキの瞳は、眩しいほどに純粋だ。オレの考えていることなど、まるで何も知らない、悔しささえ覚えるほどに透き通った瞳。
「も、勿論良い、ですぞ」
オレは一瞬、返事をするのに戸惑ってしまった。オレは今日、アズキに想いを伝えるつもりでこの場所に来ている。もしも、彼女の答え次第では――もう二度と、一緒にバイトに行くことなど、叶わないかもしれない。
明日のビッグランが始まる頃には、きっともうこの恋の結末は決まっている。アズキとの関係も、もう終わりを迎えているかもしれない。――そう考えた途端、言いようのない不安がオレを襲う。
(本当に、今日アズキ氏に告白してしまって良いのですかな……別に先延ばしにすることだってオレの自由だし、このままずっと友達のままでいることだってできる……)
今日はこのまま、ずっとこのまま……そんな誘惑が少しずつ這い寄ってくる。だが、それを上書きするように、アロハがかつて言っていた台詞が頭の中に響く。
『いつまでもウジウジしてたら他のボーイに取られちゃうよ?』
『とにかく、アズキちゃんのハートを掴みたかったら、早いとこ行動あるのみだからね』
――アズキを手に入れたいなら、アロハの言っていた通り、すぐにでも行動を起こすのが最善だろう。だが、今のオレには――そんな自信は無い。アズキの心を射止める自信も。射止めることができたとしても、それから先もずっと、アズキの期待に応え続けられるような者でいられる自信も。オレは、持ち合わせていないのだ。
「――くん? オーロラくん?」
「……はっ!?」
耳に飛び込んできたアズキの声で、オレは我に返った。
「どうしたの? 急に難しい顔して固まって……あ、別に、ビッグラン、私と一緒に行くの、強制はしないから……ハイスコアを目指したいなら、私よりもっと上手い人と組んだほうが良いし……」
「そ、そんなことは決して無いですぞ! 考え事をしていただけですな」
オレは慌てて弁解する。どうやらアズキには、オレが本当は一緒にバイトに行くのを嫌がっているかもしれないと勘違いさせてしまったようだ。
「そっか、なら良かった」
(え? 今、「良かった」って……?)
アズキの言葉を確かめる間も無く、彼女は畳み掛けるように話しかけてくる。
「それより早く決めちゃおうよ、次のアトラクション! 時間は有限だからね!」
「そうですな。じゃあ、ここから一番近いのは……」
オレはマップを開いて、自分たちが今いる位置を確かめる。
「この近くに、お化け屋敷がありますな」
「え、お、お化け屋敷……?」
お化け屋敷と聞いたアズキは、不安げに眉をひそめる。
「もしかして、アズキ氏はお化け屋敷は苦手なタイプですかな? それなら別のところに……」
「ううん、行きたい……!」
アズキは身を乗り出して、連れて行って、と目で訴える。
「大丈夫ですかな? 無理をする必要はないですぞ」
「大丈夫、オーロラくんと一緒なら、克服できる……気がする」
「じゃあ……行ってみますかな」
オレはホラゲーなんかもやっているから、耐性はある……はずだ。それに、吊り橋効果とやらも期待できるかもしれない。オレはアズキを連れて、近くにあるお化け屋敷へと向かった。
入場待ちの列に並んでいる間、アズキはいつもより口数が少なかった。
「本当に大丈夫ですかな? 引き返しても良いんですぞ」
「だ、大丈夫だよ、きっとオーロラくんが守ってくれるから!」
アズキは少し震えつつも、冗談っぽく笑ってそう言ってみせた。
「えっ!? オ、オレはそんな……守れる保証など……」
守れる保証などない――そう言いかけて、オレは口をつぐんだ。アズキを守れる自信はないけど、折角ここまで来たのだから、せめて少しでもかっこいい所は見せたい。そのためにはきっと、弱気な自分など見せない方が良い。
「……よし、できる限りではあるけれど……オレがついているから、安心して欲しいですぞ」
「やったー!」
その時、ちょうどオレ達の入場の番になった。入口の奥は先の見えない暗い空間。オレはアズキを連れて、足を踏み入れた。
「それにしても意外ですな。勇敢なアズキ氏にも、怖いものがあるなんて」
淀んだ空気が立ち込める、心細さを煽るような狭い通路で、オレはアズキの一歩先をゆっくりと歩く。
「バトルやバイトの時は、仲間がいるっていう安心感があるから……」
震える声でアズキが答えた、その時だった。
(――ガタンッ!)
「ひゃあっ!?」
「うおっ!?」
仕掛けが動き出す音に、ビクッ、と身体が反応する。
「ひぃぃぃっ!」
それと同時に、アズキが悲鳴を上げながら飛び退いて、オレの腕にしがみ付く。
「アズキ氏!?」
「こ、怖いよぉぉ……助けてオーロラくん……」
アズキはオレの腕を離そうとする気配はない。震える腕の感触と体温が、シャツ越しに伝わってくる。
(こ、これは……近すぎますぞ……!)
跳ね上がる心臓の拍動が、お化けのせいなのか、それとも腕に伝わるアズキの温もりのせいなのか、自分には分からない。
「アズキ氏、そ、そんなに触れられると……」
弾けそうな胸を抑え、どうにか理性を保ちながらアズキに告げる。
「はっ!? あ、ご、ごめん……!」
アズキも自分が何をしたのかようやく気付いたようで、掴んでいた腕を慌てて手放したのだった。
「ごめん、驚いちゃってつい……ひゃあぁっ!?」
今度は反対方向で突如として仕掛けが動き出す。それに驚いたアズキは、再び悲鳴を上げて、オレの腕にしがみ付く。
「アズキ氏〜〜!?」
もはや恐怖と興奮の区別もつかぬまま、オレは仕掛けとアズキの行動の両方に驚いて、腰を抜かしそうになる。
「ま、まずは一旦落ち着くのですぞ! 深呼吸して!」
訳も分からないまま二人で慌てていると、やがて再びオレの腕からはアズキの体温が離れていく。
「あ、えっと、ごめんオーロラくん……」
「き、気にすることはありませんぞ……とにかく、まずは先に進むことですな」
「う、うん……」
隣のアズキにも聞こえてしまいそうなほどの胸の鼓動は、鎮まる気配を見せない。
「あ、あのね、オーロラくん……」
再び静かで暗い通路に差し掛かる頃、おどおどとアズキが口を開く。
「その……私、オーロラくんの袖、握っててもいいかな……? その方が、安心するから……」
「アズキ氏!? もちろん、良いですぞ……」
そう答える自分の声もまた、アズキと同じように、微かに震えているのを感じ取った。
「じゃ、じゃあ……」
アズキはそっと、オレの着ているシャツの袖を握りしめた。
「このまま、進もう……?」
「ですな……」
跳ねるような鼓動が止まらないのはお化け屋敷の恐怖からなのか、それともアズキへの想いなのか。今のオレにはそれすら区別がつかない。
早く外に出てアズキを安心させたいという思いと、このままアズキに手を離さないでいてほしいという思い。出口の明かりがみえるまで、ふたつの切ない想いは胸をぎゅうと締め付けていたのだった。