Chapter3
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***
午前10時。快晴の空の下、オレはアズキと並んで、スメーシーワールドのエントランスを潜る。
真っ直ぐ続く道の左右に立ち並ぶ土産物屋の窓ガラスをふと見れば、そこには自分の姿が映っていた。今日着てきたのはいつものギアではなく、先日アズキに貰った、あの新しい服だ。まだ肌に馴染まない新品のシャツの固い感触が、自分という存在をほんの少しだけ底上げしているような気がする。
周りを見れば、やはりあちらこちらにカップルが歩いている。自分たちより少し前を歩いているのは、おしゃれな服を来た背の高いボーイと、彼と腕を組んではしゃぎながらついて行くガールだ。今、ここにいる自分とアズキも、あんな感じのカップルに近づこうとしているのだろうか……否、オレ自身はあのボーイ程の見た目も魅力も、人前で堂々と腕を組んで歩けるような大胆さも持ち合わせていない。それでも――
「ねえ、最初はどこに行こっか?」
前に一歩躍り出て、覗き込むように視線を合わせて親しげに話しかけるアズキの姿。彼女もまた、いつものギアでは無く、先日オレがプレゼントした服を着ている。
――彼女に想いを伝える準備はもう、できている。……いや、「できている」と言い切ってしまうには、まだ少しだけ、何かが足りないかもしれない。それでも、今日ここでオレは、アズキに告白する。そのために覚悟を決めて来たのだ。
「アズキはどこに行きたいのですかな?」
「うーん……やっぱり定番のジェットコースターかな? あ、あとコーヒーカップも良いよね! それからボートにも乗りたいし、あとそれから、えーっと……」
無邪気にコロコロと表情を変えながら、アズキは今日一日の間にしたいことを考え続けている。
――この一日が終わる頃には、オレはきっと彼女に想いを伝えている。この場所を出る頃には、オレはきっと全ての結末を知っている。まだ午前中だというのに、微かな切なさが胸を締め付ける。
もう、「その時」まで残された時間は長くないのだ。
***
「いや〜、楽しかったー! 次はどこに行こうかな」
ジェットコースターにコーヒーカップ。今日は客が少なめの日なのか、定番のアトラクションにもあまり並ばずに乗ることができた。この調子ならアズキの乗りたいアトラクションにすぐ乗れそうだし、会話にも困らなさそうだ。さて次はどこに行こうかと思案していると、ふいにアズキが「あれ見て!」と遠くを指差す。
「何ですかな? ん、あれは……」
アズキの指し示す先には、小さな子供たちが集まって、何やら人だかりができている。そして、その中心には――
「ひれおくんだ! 凄い! 本物のひれおくんだよ!」
子供たちに囲まれるように立っているのは、スメーシーワールドのマスコットキャラクター、ひれおくん(の着ぐるみ)だった。寄ってくる子供たちと順番に手を繋いだり抱き寄せたりしながら写真を撮ってもらっている、何とも微笑ましい光景だ。
「ねえねえ、せっかくだから私たちも写真撮っていかない?」
「もちろん良いですぞ」
そうしてオレ達は、ひれおくんの前に並ぶ親子連れたちの列の後ろに加わって、順番が来るのを待つ。列はどんどん進んでいき、一つ前に並んでいた家族が撮影を終えて去っていった。オレは近くにいた子連れの親らしきクラゲにイカホを手渡して撮影を頼むと、ひれおくんに手招きされて、隣に並び立つ。
「じゃあ、私はこっち行くね!」
アズキはひれおくんの左側に立って、右手をひれおくんと繋ごうとする。オレはアズキと近くなりすぎないように、彼女の反対側である、ひれおくんの右側に立ち、左手でふかふかの感触のひれおくんの右手をそっと掴んだ。
「二人とも、もう少し内側に寄れないかしら?」
撮影役を頼んだクラゲがそう言うと、オレが動き出す間もなく、取り囲むように並んでいた子供たちから、口々に声が上がる。
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、なんで離れてるのー?」
「もしかして、ケンカしてるのー?」
「ふたりとも、仲良くしようよー」
そんな言葉が、あどけない声で次々にオレ達に向けて降りかかる。
「い、いや、決してそんな訳では……」
オレが弁明すると、子供たちからの声はさらに強くなる。
「じゃあさ、お兄ちゃんとお姉ちゃん、もっとくっついちゃおうよ!」
「お兄ちゃん達、仲良しなんだよね!」
すると、その言葉たちに呼応するように、ひれおくんはふかふかの左手をアズキの背中に、右手をオレの背中に回すと、ぐい、と真ん中に向かって同時に抱き寄せられる。
「えっ……?」
「あ……」
オレとアズキは、ひれおくんの腕の中で、互いの肩が触れそうなほど近い距離にまで引き寄せられていた。
「わーい! お兄ちゃんとお姉ちゃん、ラブラブだー!」
子供たちの中の一人からそんな声が上がると、アズキは明らかに顔を赤くして戸惑っている。
「えっ、あっ、えーっと……?」
きっと今、アズキは否が応でもオレのことを意識せざるを得ない状況だろう。付き合ってすらいないのに、こんなことになってしまって良いのだろうか。オレはいったいどう反応すれば良いのか。引っ張っても引っ張っても絡まって解けない糸のように、焦りが混ざる中での思考回路はただただ混乱を呼ぶだけだ。
「はーい二人とも、笑って笑ってー」
イカホを構えたクラゲの声で、ようやく俺は絡まる思考から抜け出して我に返る。
「それじゃあ行くよー。はい、チーズ」
意識して笑顔を作るのが苦手なオレは、うまく笑えていただろうか。オレはクラゲからイカホを返してもらうと、撮ってもらった写真を確認する。そこには、少し緊張気味ではあるものの、ふたり並んで笑い合うアズキとオレ、そしてそれをふわりと包み込むひれおくんの姿がしっかりと映っていた。
「ありがとうございます!」
二人でクラゲにお礼を言って、子供たちの輪から離れる。丁度その時、その場にいた親子連れの中の一人の親が、「そろそろ始まる時間だから、もう行かなきゃ」と、子供の手を引いてどこかへと歩き始める。そして、それに続くように、撮影を終えた他の親子たちも、「もうすぐ時間だね」「広場に行かなきゃ」などと話しながら、次々と同じ方向へ向かっていく。
「何だろう、広場の方で何かあるのかな?」
親子連れたちがぞろぞろと広場に向かっていく光景を見ながら、アズキがそう呟くと、それを聞いていたらしき先程のクラゲが、にこやかに話しかけてきた。
「もうすぐ広場でイカキュアのショーが始まるのよ。きっとあの子たちも、みんな楽しみにしているのね」
「……! イカキュア……!」
彼女の好きなアニメの名前が出た途端に、ぱあっ、という効果音が付きそうなほど、彼女の表情が輝き始める。
「なるほど、ありがとうございます! ……ねえ、オーロラくん、せっかくだから私たちも見にいかない!?」
「もちろん、良いに決まってますぞ! アズキ氏に楽しんで欲しくて誘ったんですからな」
「……!」
楽しんで欲しくて誘った――その言葉を発すると同時に、再びアズキの頬が微かに染まる。
「えっ、あ、あれ、もしかして今オレ、とんでもなく恥ずかしいことを……あ、あ、今のは忘れて欲しいですぞーー!」
たちまち顔に熱が上っていくのを感じて、オレは少しパニックになる。モテるボーイが格好つけて言いそうな、到底オレには似合いそうにない言葉ではないか。
「と、とにかく、今から広場に向かいますぞ!」
「う、うん!」
――こんな調子で、本当に上手くいくのだろうか。まだ昇りきっていない太陽が照らす道を、恥ずかしさを誤魔化すように、オレは小刻みな足取りで進んでいった。
午前10時。快晴の空の下、オレはアズキと並んで、スメーシーワールドのエントランスを潜る。
真っ直ぐ続く道の左右に立ち並ぶ土産物屋の窓ガラスをふと見れば、そこには自分の姿が映っていた。今日着てきたのはいつものギアではなく、先日アズキに貰った、あの新しい服だ。まだ肌に馴染まない新品のシャツの固い感触が、自分という存在をほんの少しだけ底上げしているような気がする。
周りを見れば、やはりあちらこちらにカップルが歩いている。自分たちより少し前を歩いているのは、おしゃれな服を来た背の高いボーイと、彼と腕を組んではしゃぎながらついて行くガールだ。今、ここにいる自分とアズキも、あんな感じのカップルに近づこうとしているのだろうか……否、オレ自身はあのボーイ程の見た目も魅力も、人前で堂々と腕を組んで歩けるような大胆さも持ち合わせていない。それでも――
「ねえ、最初はどこに行こっか?」
前に一歩躍り出て、覗き込むように視線を合わせて親しげに話しかけるアズキの姿。彼女もまた、いつものギアでは無く、先日オレがプレゼントした服を着ている。
――彼女に想いを伝える準備はもう、できている。……いや、「できている」と言い切ってしまうには、まだ少しだけ、何かが足りないかもしれない。それでも、今日ここでオレは、アズキに告白する。そのために覚悟を決めて来たのだ。
「アズキはどこに行きたいのですかな?」
「うーん……やっぱり定番のジェットコースターかな? あ、あとコーヒーカップも良いよね! それからボートにも乗りたいし、あとそれから、えーっと……」
無邪気にコロコロと表情を変えながら、アズキは今日一日の間にしたいことを考え続けている。
――この一日が終わる頃には、オレはきっと彼女に想いを伝えている。この場所を出る頃には、オレはきっと全ての結末を知っている。まだ午前中だというのに、微かな切なさが胸を締め付ける。
もう、「その時」まで残された時間は長くないのだ。
***
「いや〜、楽しかったー! 次はどこに行こうかな」
ジェットコースターにコーヒーカップ。今日は客が少なめの日なのか、定番のアトラクションにもあまり並ばずに乗ることができた。この調子ならアズキの乗りたいアトラクションにすぐ乗れそうだし、会話にも困らなさそうだ。さて次はどこに行こうかと思案していると、ふいにアズキが「あれ見て!」と遠くを指差す。
「何ですかな? ん、あれは……」
アズキの指し示す先には、小さな子供たちが集まって、何やら人だかりができている。そして、その中心には――
「ひれおくんだ! 凄い! 本物のひれおくんだよ!」
子供たちに囲まれるように立っているのは、スメーシーワールドのマスコットキャラクター、ひれおくん(の着ぐるみ)だった。寄ってくる子供たちと順番に手を繋いだり抱き寄せたりしながら写真を撮ってもらっている、何とも微笑ましい光景だ。
「ねえねえ、せっかくだから私たちも写真撮っていかない?」
「もちろん良いですぞ」
そうしてオレ達は、ひれおくんの前に並ぶ親子連れたちの列の後ろに加わって、順番が来るのを待つ。列はどんどん進んでいき、一つ前に並んでいた家族が撮影を終えて去っていった。オレは近くにいた子連れの親らしきクラゲにイカホを手渡して撮影を頼むと、ひれおくんに手招きされて、隣に並び立つ。
「じゃあ、私はこっち行くね!」
アズキはひれおくんの左側に立って、右手をひれおくんと繋ごうとする。オレはアズキと近くなりすぎないように、彼女の反対側である、ひれおくんの右側に立ち、左手でふかふかの感触のひれおくんの右手をそっと掴んだ。
「二人とも、もう少し内側に寄れないかしら?」
撮影役を頼んだクラゲがそう言うと、オレが動き出す間もなく、取り囲むように並んでいた子供たちから、口々に声が上がる。
「お兄ちゃんとお姉ちゃん、なんで離れてるのー?」
「もしかして、ケンカしてるのー?」
「ふたりとも、仲良くしようよー」
そんな言葉が、あどけない声で次々にオレ達に向けて降りかかる。
「い、いや、決してそんな訳では……」
オレが弁明すると、子供たちからの声はさらに強くなる。
「じゃあさ、お兄ちゃんとお姉ちゃん、もっとくっついちゃおうよ!」
「お兄ちゃん達、仲良しなんだよね!」
すると、その言葉たちに呼応するように、ひれおくんはふかふかの左手をアズキの背中に、右手をオレの背中に回すと、ぐい、と真ん中に向かって同時に抱き寄せられる。
「えっ……?」
「あ……」
オレとアズキは、ひれおくんの腕の中で、互いの肩が触れそうなほど近い距離にまで引き寄せられていた。
「わーい! お兄ちゃんとお姉ちゃん、ラブラブだー!」
子供たちの中の一人からそんな声が上がると、アズキは明らかに顔を赤くして戸惑っている。
「えっ、あっ、えーっと……?」
きっと今、アズキは否が応でもオレのことを意識せざるを得ない状況だろう。付き合ってすらいないのに、こんなことになってしまって良いのだろうか。オレはいったいどう反応すれば良いのか。引っ張っても引っ張っても絡まって解けない糸のように、焦りが混ざる中での思考回路はただただ混乱を呼ぶだけだ。
「はーい二人とも、笑って笑ってー」
イカホを構えたクラゲの声で、ようやく俺は絡まる思考から抜け出して我に返る。
「それじゃあ行くよー。はい、チーズ」
意識して笑顔を作るのが苦手なオレは、うまく笑えていただろうか。オレはクラゲからイカホを返してもらうと、撮ってもらった写真を確認する。そこには、少し緊張気味ではあるものの、ふたり並んで笑い合うアズキとオレ、そしてそれをふわりと包み込むひれおくんの姿がしっかりと映っていた。
「ありがとうございます!」
二人でクラゲにお礼を言って、子供たちの輪から離れる。丁度その時、その場にいた親子連れの中の一人の親が、「そろそろ始まる時間だから、もう行かなきゃ」と、子供の手を引いてどこかへと歩き始める。そして、それに続くように、撮影を終えた他の親子たちも、「もうすぐ時間だね」「広場に行かなきゃ」などと話しながら、次々と同じ方向へ向かっていく。
「何だろう、広場の方で何かあるのかな?」
親子連れたちがぞろぞろと広場に向かっていく光景を見ながら、アズキがそう呟くと、それを聞いていたらしき先程のクラゲが、にこやかに話しかけてきた。
「もうすぐ広場でイカキュアのショーが始まるのよ。きっとあの子たちも、みんな楽しみにしているのね」
「……! イカキュア……!」
彼女の好きなアニメの名前が出た途端に、ぱあっ、という効果音が付きそうなほど、彼女の表情が輝き始める。
「なるほど、ありがとうございます! ……ねえ、オーロラくん、せっかくだから私たちも見にいかない!?」
「もちろん、良いに決まってますぞ! アズキ氏に楽しんで欲しくて誘ったんですからな」
「……!」
楽しんで欲しくて誘った――その言葉を発すると同時に、再びアズキの頬が微かに染まる。
「えっ、あ、あれ、もしかして今オレ、とんでもなく恥ずかしいことを……あ、あ、今のは忘れて欲しいですぞーー!」
たちまち顔に熱が上っていくのを感じて、オレは少しパニックになる。モテるボーイが格好つけて言いそうな、到底オレには似合いそうにない言葉ではないか。
「と、とにかく、今から広場に向かいますぞ!」
「う、うん!」
――こんな調子で、本当に上手くいくのだろうか。まだ昇りきっていない太陽が照らす道を、恥ずかしさを誤魔化すように、オレは小刻みな足取りで進んでいった。