Chapter3
名前変換フォーム
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***
「来たよー、オーロラくん!」
午後になり、約束の時間になると、クマサン商会の扉を開けてアズキが姿を現した。
「待っていましたぞ! オレは先に試し撃ち場に向かっているから、着替えたら来て……」
そこまで言いかけたところで、入り口の扉が再び、キイ、と音を立てて開かれる。
「どもー。クマサン商会って、ここで合ってるー?」
「バイト始めたくて来たんですケドー」
聞こえてきたのは場違いにも思えるほどに明るい、二人のガールの声だ。
「おや、新しいバイト希望者が来たようだね……名前を教えてくれるかい?」
木彫りの熊から響くクマサンの声に、二人ははきはきと答えていく。
「オクタグラスとー」「ムギでーす」
「了解、オクタグラスとムギだね……それじゃあ、二人には早速研修を受けてもらいたいのだが……」
オクタグラスとムギは早速、オレンジ色のバイトツナギを受け取っている。どうやらやる気はあるようだ。
「本当に来ましたな……オクタグラスとムギ……」
オレがぼそりと呟いたのを、アズキには聞かれていたようで、彼女は「どうかしたの?」と顔を覗き込んで来る。
「いやいや、何でもないですぞ」
首を振りながら、クマサンの声に耳を傾ける。
「それじゃあ、着替えたら早速、研修に向かってもらうよ……それと、オーロラヘッドホンとアズキ……二人は彼女たちについて行って、手助けをしてくれたまえ」
「え、オレが、ですかな?」
「はい、分かりました!」
戸惑うオレの横で、アズキは元気よく返事をしている。すると早速、オクタグラスとムギはアズキの元へと駆け寄ってきた。
「キミがアズキちゃん? 初めましてー!」
「研修教えてくれるんだよねー? ヨロシクー!」
「よ、よろしく……?」
薄暗く陰鬱で、どこか怪しい雰囲気を醸し出している部屋の空気には全く似合わない、はじけるような甲高い声が辺りに響き渡る。
(ほ、本当にこの作戦、大丈夫なんですかな……? アズキ氏も勢いに押されすぎて若干引き気味ですぞ……?)
彼女たちがアズキと仲良くなってくれるのかどうか、そしてシャケの巣食う危険な戦場でバイトをする様子が全く想像できない二人がきちんと仕事をこなせるのかどうか。不安を抱えつつも、オレは彼女たちと共に商会のヘリに乗り込んだ。
***
「いやー、助かったよアズキちゃん! マニューバー上手いんだね!」
「いつか一緒にナワバリバトル行っちゃおうよー!」
「そうだね、私いっぱいビーコン置くから、じゃんじゃん使ってよ!」
研修を終え、そのままこのメンバーで何度かバイトをこなし、オクタグラスとムギが「かけだし」から「はんにんまえ」に上がった辺りには、アズキは彼女たちのキャピキャピした雰囲気に完全に馴染んで、すっかり仲良くなっていた。
(最初はどうなることかと思いましたが……流石ピンクチーム、すぐに仲良くなれてしまうのですな……)
仲睦まじいガール達の雰囲気を壊さないよう、クマサン商会に戻って来てからも、オレは一歩引いた位置から彼女たちを眺めていた。
「それじゃ、アタシ達はこの後パーリーだから〜」
「良かったらアズキちゃんもイカスタライブ見てよね! それじゃ、またね〜!」
バイトを終えて帰っていくオクタグラスとムギの後ろ姿が見えなくなるまで、アズキは大きく手を振り続けてから、「私も今日はそろそろ終わりにするね」と、ガール用の更衣室へ向かっていく。
「では、オレもそろそろ終わりますかな」
アズキが向かって行ったのとは反対方向、ボーイ用の更衣室に入って、オレはバイトツナギを脱いで畳んでいく。いつものギアに着替えて、荷物を持って出ていこうとした時、ポケットの中でイカホが鳴り始めた。手に取ってみると、画面にはまたしても「アロハ」の文字が見える。
「全く、鬱陶しいですな……もしもし?」
面倒に思いつつも通話ボタンを押して、話しかける。
『あ、オーロラ〜? どう? オクタグラスとムギ、うまくやってたっしょ?』
「え? あぁ、まぁ……」
距離感を履き違えているとしか思えないテンションに若干引きつつも返事をすると、畳み掛けるようにアロハが告げる。
『良かったじゃんオーロラー! 二人から聞いたんだけどさ、アズキちゃんかなり良い感じだよ〜! もう完全に脈アリって感じ? とにかく、このまま早くアタックしちゃいなってー』
「え……は?」
今、「脈アリ」とかいう言葉が聞こえた気がしたが、どうにもこうにも信じられないし、本当に現実なのかどうか疑わしい。
「ほ、本当なんですな?」
『本当に決まってるじゃん〜』
「……や、やっぱりオレには信じられないですぞ……アズキ氏がオレに好意を抱くなど……」
『考えすぎだなぁ、オーロラは。いつまでもウジウジしてたら他のボーイに取られちゃうよ?』
「いや、確かにそうだけど……」
オレは誰かに好かれたことなんて無い。だから、もしオレが告白したとして、どう思われるかなんて全く分からない。気持ちを伝えるということ自体が全く想像のつかないことだし、手の届かないどこか別の世界、おとぎ話の中の出来事のように思えてくる。
『ま、とにかく、アズキちゃんのハートを掴みたかったら、早いとこ行動あるのみだからね。またデートにも誘ってみたら? 今度は遊園地とか良いんじゃない?』
「考えておきますぞ……」
『最後はオーロラ次第だから、頑張ってね。それじゃ、またね〜』
そのまま電話は切れて、ツーツー、という音が耳を通り抜けていく。
(最後はオレ次第、か……)
オレは荷物を持って、更衣室を出ようと扉に手をかける。扉の向こうで、ゴソゴソと誰かが動いている音がする。きっとアズキだろう。
(オレが、アズキをデートに誘わなければ……気持ちを伝えなければ……)
世の恋人たちは、何も努力しなくても勝手に誰かを好きになって、勝手に誰かに好かれて、勝手に恋人になっていく――オレはなんとなくそう思っていた。だけど、きっとそれは違うと、今ならオレでも分かる。
自分から動いて、自分から気持ちを伝えて、自分の力でアズキを振り向かせなければいけない。アロハの言っていた「最後はオーロラ次第」とは、きっとそういうことだろう。
今の自分にそんなことが出来るのかどうかは分からない。だけど、出来ないにしても、やろうとしなければ、きっと何も始まらない。
(上手くはいかないかもしれないけど――アロハの言っていたことが本当なら……)
扉に手をかけたまま、オレは深呼吸した。もうどうにでもなれ、そんな気持ちで、勢いよく扉を開いた。
「アズキ氏……」
「あ、オーロラくん! お疲れ〜」
「あ、あの……アズキ氏とは、その、この前もタラポートショッピングパークに行ったりしたけど……今度もまた……どこかに行きたいというか、そういうのは……ありませんかな?」
「えっ、もしかして、またどこか連れて行ってくれるの!? そうだなぁー、どこが良いかなー」
反応を見る限り、またオレとデート……することは問題無さそうだ。
「オレから提案というか、お願いというか……その、あるんだけど、スメーシーワールドに行くのとかは……どうですかな?」
声が微かに震えているのが、自分でも分かる。
「えっ、スメーシーワールド!? 良いの? やったー! 行く行くー!」
はしゃぐアズキの眩しい笑顔を見ながら、オレはほっとして、イカホで予定を確認する。
「それでは、来週の……ビッグランの前の日なら、オレは一日空いているから、その日に……一緒に行きませんかな?」
「もちろん良いよ! 楽しみにしてるねー!」
アズキは心から嬉しそうにそう告げて、「私はこの後予定があるから、また明日ねー!」と手を振りながら帰っていった。
もう――きっと後戻りはできない。自信がなくても、上手くいくか分からなくても、このまま進んでいくしかない。
(オレは……きっと、伝えてみせますぞ)
決意を胸に抱いて、広場へと出る扉を開く。射し込んでくる眩しい光は、夏が始まったことを告げているようだった。