第12訓
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獅子落としが、カコン、と乾いた音を庭へ響かせる。
神楽はそこへしゃがみこみ、物珍しそうな視線を向けていた。
「…いや、今までも。2日3日家を空けることはあったんだがね、さすがに1週間ともなると…」
万事屋一行は依頼を受け、とある屋敷を訪れていた。
話を聞く銀時は、目の下に濃い隈を作ったままぼんやりとしている。
絶賛二日酔いだった。
出された湯呑みを口へ運ぼうとするものの、肝心の口へ届かない。
全て畳へこぼれている。
隣に座る新八が、意識を引き戻そうと銀時の袖を掴む。
「しっかりしてくださいよ。だからあんま飲むなっていったんスよ」
「連絡は一切ないし、友達に聞いても誰も何も知らんときた。親の私が言うのもなんだが、キレイな娘だから、何かよからぬことに巻き込まれているのではないかと…」
依頼人は懐へ手を入れると、一枚の写真を静かに差し出した。
そこに写っていたのは、ピースサインを作り、満面の笑みを浮かべるふくよかなガングロギャル。
お世辞にも”キレイ”という言葉が真っ先に浮かぶ容姿ではない。
「そーっスねェ、なにか…こう巨大な…ハムをつくる機械とかに巻き込まれている可能性がありますね」
「いやそーゆんじゃなくてなんか事件とかに巻き込まれてんじゃないかと…」
「事件?あー、ハム事件とか?」
「オイ、たいがいにしろよ。せっかく来た仕事パーにするつもりか。でも、ホント。コレぼくらでいいんですかね?警察に相談した方がいいんじゃないですか」
「そんな大事にはできん。我が家は幕府開府以来徳川家に仕えてきた由緒正しき家柄。娘が夜な夜な遊び歩いていると知れたら、一族の恥だ。なんとか内密のうちに連れ帰って欲しい」
「あー?知らねーよこんな女」
酒瓶がずらりと並ぶカウンターの向こうで、鳥頭の天人は写真を一瞥すると、首を傾げた。
「この店によく遊びに来てたゆーてたヨ」
依頼人の娘の行きつけだというクラブへ、万事屋一行は聞き込みに訪れていた。
「んなこと言われてもよォ、嬢ちゃん。地球人の顔なんて見分けつかねーんだよ…名前とかは?」
「えーと…ハ、ハム子…」
「ウソつくんじゃねェ、明らかに今つけたろ!!そんな投げやりな名前つける親がいるか!!」
「忘れたけどなんかそんなん」
「オイぃぃぃ!!ホント捜す気あんのかァ!?」
神楽のあまりの適当さに、鳥頭の天人が思わずツッコミを入れる。
そして別の場所では、
「あのー、この人見ませんでしたか?」
結衣は写真を差し出しながら、店内の客へ声を掛ける。
「えー? 知らない知らない。それよりお姉さん。俺らと一緒に遊ばねー?」
「今仕事中なんで」
「いいじゃん仕事なんて後でもできるよー、ね?」
「後でもできるけど今も仕事中なんで」
「…いや、そういう意味じゃなくてさ…」
2人の聞き込みの様子を少し離れた場所から眺めていた新八は、銀時へ声をかけた。
「銀さん…神楽ちゃんと、結衣さんに任せてたら永遠に仕事終わりませんよ」
「あー、もういいんだよ。どーせ、どっかの男の家にでも転がりこんでんだろ。あのバカ娘…アホらしくてやってられるかよ。ハム買って帰りゃ、あのオッサンもごまかせるだろ」
銀時はガンガンと脈打つ二日酔いの頭を押さえる。
「ごまかせるわけねーだろ!アンタらどれだけハムでひっぱるつもりだ!!てか、結衣さんメチャクチャ絡まれてるけどほっといていいんですか?」
「あー?」
銀時は面倒くさそうに目だけを向ける。
そこでは、結衣が自分より頭一つも二つも大きな天人たちに囲まれていた。
「いや仕事なんで」
「いいじゃんいいじゃん」
「お姉さんかわいいから俺ら一緒に遊びたいんだけど」
「あー…まぁあの調子なら、今は仕事中だからって断るだろ」
銀時はしばらくその様子を眺めていた。
天人たちはまだ離れない。
「仕事中なんで」
「だから終わってからでいいって」
「今仕事中なんで」
「だから聞いたって」
愛想笑いを浮べながらも、結衣は同じ言葉を繰り返す。
銀時は頭を押さえ、新八に聞こえないくらい小さくため息をついた。
「俺、二日酔いで調子ワリーし、適当にやっといて、新ちゃん」
「ちょっ、銀さん」
そう言い残すと、銀時はふらふらと結衣の方へ歩いていく。
「はいはーい、お兄さん達ちょっとどけてねー」
群がる天人たちの間を割るように進み、そのまま結衣の肩へ腕を回した。
「よぉ」
「あ、銀時」
「チッ、男連れかよ」
「早く言えよな」
「時間の無駄だったわ」
天人たちは興味を失ったように散っていく。
結衣の肩に回していた腕を降ろし、ため息をついた。
「『あ、銀時』じゃねーよ。二日酔いの人間に余計な仕事増やすんじゃねぇ」
「…あー、うん、ありがとう」
自分の気持ちを置き去りにすんな。そう言って教えたのはほんの数日前のこと。
覚えているのか、いないのか。
「う"っ」
だが今はそれどころでは無い。
不意に胃の中がせり上がる感覚に襲われ、銀時は慌てて口元を押さえた。
「あ"ー…結衣ちゃん、ちょっと厠連れてって」
「なんでわざわざ、たまにしかない依頼の前日に飲むかな」
呆れたように息をつきながらも、結衣は銀時の肩を貸す。
「行こ」
ふらつく銀時を支えながら、2人は厠を探して歩き出した。
「先にフロアの方戻ってるね。色々ハムさんのこと聞いてみる」
「おー」
男子便所の前で銀時と別れ、結衣は再びフロアへ戻る。
懐から依頼人の娘の写真を取り出し、もう一度見つめた。
行きつけだというから来てみたものの、客はおろか店員でさえ、誰一人として彼女を見た覚えがないという。
「…そういうもんなのかな」
ポツリと漏らした、その時。
後頭部に冷たく硬いものが押し当てられた。
同時に周囲を数人の天人達が取り囲んだ。
「動くなよ。てめーも連中の仲間か?」
「…連中?」
「最近、俺達のことコソコソ嗅ぎ回ってんだろ」
「いや…心当たりはないんだけど」
「しらばっくれてんじゃねーぞ!!」
「…そういわれてもなぁ」
天人は苛立ったように舌打ちする。
「さっきのチャイナ服の娘と、メガネかけたガキ。お前の仲間だろ」
「そうだね。でもコソコソ嗅ぎ回ってるって言うのは人違いだと思う」
「話しててもラチがあかねぇ。オイ、こいつもあのガキ共と同じ様にしてやれ」
男が顎でしゃくった先には、天人たちに拘束され、焦点の合わない目で立ち尽くす神楽と新八の姿があった。
結衣が目を見開いたその時、背後から伸びた腕に両腕を封じられ、そのまま床へ押さえつけられる。
「っ…!」
振りほどこうと身を捩る。
だが、押さえつける天人は自分の倍はあろうかという巨体だった。
その腕力の前では、人間の女一人に抗えるはずもない。
そのまま髪を乱暴に掴まれ、無理やり顔を上へ向けさせられる。
「お前はこっちな」
男が取り出したのは、小さなガラス瓶。
中では怪しげな液体がゆらゆらと揺れていた。
「あのガキ共に使った薬はもうなくなっちまってよ、こっちはもっと効くぜェ」
瓶の口を強引に唇へ押し当てられる。
顔を背けようとするが、顎を掴まれ逃げられない。
ぐい、と瓶が傾いた。
押し返した拍子に薬液が口元からこぼれ、顎を伝って落ちる。
「けほっ…」
次の瞬間。
身体の奥から熱が込み上げた。
心臓が一つ、大きく脈打つ。
耳鳴り。
景色がゆっくりと滲み始める。
周囲の声も、まるで水の中から聞いているように遠ざかっていった。
「おい、こいつも連れてくぞ」
その言葉だけが、かすかに耳へ残った。