第10訓
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土方が一気に間合いを詰め、刀を振り下ろす。
だが、その刃は空を切った。
「刃物プラプラ振り回すんじゃねェェ!!」
声は背後。
振り返るより早く、銀時の飛び蹴りが土方の背中を捉えた。
土方は前転の勢いを殺さず、一回転。
地を蹴ると同時に、下からすくい上げるように刀を振り抜く。
刹那、赤い雫が宙を舞った。
「なんだ?オイ。銀さーん、てめっ遊んでたらギャラ払わねーぞ」
屋根の向こう側から棟梁の怒鳴り声が飛んでくる。
「うるせェハゲェェ!!警察呼べ警察!!」
「俺が警察だよ」
「…あ、そうだった…世も末だなオイ」
「クククそーだな」
あだだ、と銀時は肩の傷を押さえながら立ち上がった。
そしてようやく鞘から刀を抜く。
それを見て満足そうに笑った土方は銀時に斬り掛かる。
「うらァァァァァ!!」
斬った。その手応えがあった。筈だった。
刀が捉えたのは、風に舞う一枚の手ぬぐいだけ。
気付けば、銀時の刀が振り抜かれていた。
カランと、土方の刀身が落ちる。
思考が止まる。
目の前には、折られた刀だけが残っていた。
「はァい、終了ォ」
肩を抑えながら銀時は踵を返す。
「いだだ。おいハゲェェ!!俺ちょっと病院行ってくるわ!!」
「待てェ!!…てめェ情けでもかけたつもりか」
「情けだァ?そんなもんお前にかける位ならご飯にかけるわ。喧嘩ってのはよォ、何か護るためにやるんだろうが。お前が真選組を護ろうとしたようによ」
「…護るって、お前は何護ったってんだ」
「俺の
「銀時、病院行く前に一旦見せて」
「へいへい」
結衣は銀時の肩へ歩み寄る。
器用に手ぬぐいを裂き、傷口へ当てる。
出血を抑えるよう少しきつめに引いて結ぶ。
銀時が小さく顔をしかめた。
「痛ぇんだけど」
「我慢して」
「急に厳しくなったな、オイ」
「怪我したの銀時だから」
「はいはい」
そんなやり取りをしながら、結衣は結び目を指で確かめる。
そして、ふと顔を上げた。
「ねぇ」
「あ?」
「さっき何に怒ってたの」
「別に」
少し怒ったような不貞腐れたような、そんなそっけない返事。
結衣は銀時の横顔を見つめ、それから視線を落とした。
「さっきの人?」
「違ぇ」
結衣は銀時の横顔を見つめ、それから視線を落とした。
さっきの光景を頭の中で一つずつ並べ直す。
土方が現れて。刀を抜いて。
「どいてろ女。邪魔だ」そう言われて。
自分は一歩下がった。
──何か間違っていたんだろうか。
考えても、答えは見つからない。
「……じゃあ私?」
銀時は答えない。
「邪魔だったからどいたんだけど」
その言葉に、銀時がゆっくり息を吐く。
「……だから、そういうとこ」
「え?」
「何でお前が決めんだ」
結衣は瞬きをする。意味が分からない。
「あの人にも言われたけど、私があそこにいたら銀時が応戦しにくいのは事実だったでしょ」
それは言い訳でも我慢でもない。
ただ、自分なりに一番丸く収まる答えを口にしただけだった。
銀時は立ち止まる。
「じゃあよ。お前知らねぇ奴に『死ね』って言われたら死ぬのか」
結衣の思考が止まる。その言葉を、反射的に否定できなかった。
銀時は眉をひそめる。
「考えんな。そこは『違う』だ」
少しの沈黙。
銀時はため息をつく。
「お前さ、知らねぇ奴に何か言われるたんびに、何でも『はい分かりました』って受け取るな」
結衣は俯いた。
「……でも、揉めるよりその方が」
「楽だから?」
銀時の問に少し考えて、小さく頷いた。
「……うん。そうしてた方が早いし、相手も嫌な気分にならないから」
銀時は苦笑した。
「じゃあ、お前は?」
「え?」
「お前は嫌な気分にならなかったのか」
その質問に、結衣は黙る。
自分の気持ち。
そんなものをちゃんと考えたことがあっただろうか。
嫌だった?
悲しかった?
腹が立った?
胸の中を探してみる。でも、分からない。
「……そんなこと、ちゃんと考えたことなかった」
銀時はその答えを聞いて、静かに息を吐いた。
「だろうな」
責めるような声ではなかった。
むしろ、やっぱりな、とでも言いたげだった。
「揉めろとは言わねぇ。でもな嫌なら嫌って思っていい。腹立ったなら腹立っていい」
「……」
「別に口に出さなくてもいいからよ」
そこで一度、銀時は結衣を見る。
「自分の気持ちまで置いてくな」
結衣は何も答えなかった。
ただ、その言葉だけを頭の中で何度も転がす。
自分の気持ち。
それがどこにあるのかも、よく分からない。
嫌だったのか。
腹が立っていたのか。
それとも、本当に何も思っていなかったのか。
考えて。
考えて。
また考えて。
それでも、結局よく分からない。
「……難しい」
ぽつりと漏らす。
銀時は笑う。
「知ってる」
「だからゆっくり覚えりゃいい。」
しばらく歩いてから、結衣は小さく頷いた。
「……うん。やってみる……分かるようになるかな」
「さぁな」
あっさりした返事。
結衣が少しだけ顔を上げる。
「でも、分かんなくてもいいんじゃねーの」
「え?」
「そのうち分かる時もあるだろ」
銀時は頭を掻く。
「最初っから自分の気持ち全部分かってる奴なんざ、そういねーよ」
「……そっか」
「だから、まぁ」
銀時は前を向いたまま言う。
「次なんかあった時に、ちょっとだけ考えてみりゃいい」
結衣はしばらく黙って歩く。
それから、小さく頷いた。
「……うん。やってみる」
昔からそうだった。
嫌だと思うより先に譲る。
腹が立つより先に受け入れる。
そうした方が、揉めない。
相手も傷つかない。
自分だって楽だ。
そうやっているうちに、自分が何を感じているのかを考えることそのものを、いつの間にか後回しにするようになった。
だから今だって。
「嫌だった?」
そう聞かれても、すぐには答えられない。
それでも。
「分からない」
と答えられたことだけは、少し違っていた。
分からないなら、分からないままでいい。
考えることから始めればいい。
銀時が言いたかったのは、怒り方でも、喧嘩の仕方でもない。
ただ、自分の気持ちをなかったことにしないこと。
それだけだった。
しばらく歩いてから、銀時がふっと笑う。
「まァ、俺には普通に怒るけどな」
結衣も少し笑った。
「それは銀時がお金ないのにパチンコ行くから」
「パチンコには一攫千金の夢がある」
「その夢で何回家賃なくなった?」
「……」
「あと何回説明したら分かる?」
「……今日のところは勘弁してくれ」
「ダメ」
「お前、俺以外にもそのくらい自己主張しろよ」
「……頑張る」
「そこは『はい』じゃねーんだな」
「銀時だから」
「なんだそれ」
結衣は少しだけ笑う。
銀時も、呆れたように笑った。
《あとがき》
「つーか、団子屋って何の話?」
「バイト」
「え?そんなのしてたっけ?」
「誰かさんの稼ぎが悪いから単発バイト」
「誰だよ、その甲斐性なし」
「銀時」
「オブラートって知ってる?」
「包むものないから」